■T・W・I・N■
宮本ぽち |
【3452】【不動・望子】【警視庁超常現象対策本部オペレーター 巡査】 |
「ねえ、刑事さん」
田宮徹はふふっと声を出して笑った。「ぼくはやってませんよ」
「それを決めるのは私たち」
刑事課の柳・鏡華(やなぎ・きょうか)刑事は古ぼけたデスクに肘をつき、きつい目で田宮を見据える。しかし田宮は動じずに刑事を見下ろし、あまつさえ細く切れ上がった瞳に皮肉っぽい冷笑を浮かべている。
「現場の血痕はあなたのものと一致した。あなたのその左手の傷、犯行時に被疑者にやられたんでしょう? あなたを見たっていう目撃者もいるのよ」
「それはぼくの分身ですよ。ぼくじゃない」
「分身? 幽霊みたいなものかしら」
付き合いきれない、といった表情で鏡華はふんと鼻を鳴らす。「それならどうして指紋や血痕が残ってるの? 幽霊なら指紋も血痕もないでしょう。違う?」
「幽霊なんていうちゃちなもんじゃない。あいつはちゃんとした分身ですよ。もっとも、被害者に攻撃されるようじゃぼくの分身としては落第点ですけどね。あんな出来損ない、さっさと逮捕してください。好きにしてやってくださいよ」
鏡華は軽く舌打ちした。決定的な物証で逮捕されたというのに、この自信は一体何なのだ。
「賭けませんか」
と田宮は言い、机の上に肘を乗せて神経質そうに両の指を組み合わせた。
「あいつはまた人を殺しますよ。ぼくが捕まったのをいいことにね。あいつは俺から解放されたがってる。だから、ぼくがここで動けない以上は好きに動き回るはずです」
「何を賭けるの?」
「また同じような事件が起こったらぼくを釈放してください」
鏡華の眉がぴくりと吊り上がった。田宮は無精ひげの散らばった口元をさかんに気にしながら不敵な笑みを浮かべる。
「だってそうでしょう。ぼくがここにいる時に同じ手口の殺人が起こったら、犯人はぼくじゃないってことですよ。釈放されて然るべきです。そう、今夜あたり起こるんじゃないかな。今夜は確か満月のはずだから」
「・・・・・・模倣犯ということもありうるわ。あなたと同じ手口だからって、あなたがやったという証拠にはならない」
鏡華が舌打ちとともにその台詞を吐き捨てた、そのときだった。
「や、柳!」
どたどたという足音とともに先輩刑事が取調室に飛び込んでくる。その表情に困惑と動揺を読み取って鏡華は腰を上げた。
「まただ。ビルの屋上での刺殺。目撃者は田宮徹を見たと言っている」
「あはははははは!」
と笑ったのは田宮だった。振り返った鏡華はぞっとした。田宮は腹を抱え、さもおかしそうに笑い転げている。それはまるで子供のように無邪気な笑顔だった。
「だから言ったでしょ」
くすくすくすと笑いながら田宮は言う。「ぼくじゃなくて、ぼくの分身がやったんだって」
あどけない田宮の笑い声が狭い取調べ室の壁に不気味に乱反射した。
鏡華は目の前の小さなドアを睨みつけるようにして立っていた。慌しく立ち働きつつも、同僚や先輩たちがちらちらとこちらを見ているのを背中に感じる。
このドアの向こうにあるのはかつて刑事課の物置だった部屋。現在は沢木・氷吾(さわき・ひょうご)がたった一人で統括する刑事課二係の拠点となっている。ここに仕事を頼むのは刑事課では手に負えぬ奇怪な事件が発生した時だけだ。
ノブに手を伸ばす。と、がちゃりという音とともにノブが回ってドアが開いた。
「おや、柳さん」
沢木氷吾がにこにことした顔をのぞかせる。「やっぱりね。そろそろ来るんじゃないかなーって思ってたんだ」
この男のスローな口調とほんわかした雰囲気には溜息が出る。それでも、田宮の件をこの男に依頼するしかないのだ。
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T・W・I・N
宮本署刑事課二係。刑事課はともかく、二係とは聞き慣れない部署である。宮本署刑事課に足を踏み入れた不動・望子(ふどう・のぞみこ)巡査はその理由を体で理解した。刑事たちが一斉にこちらを向いたのである。望子に突き刺さるのは好奇と怪訝、そして敵意の眼差し。「二係はどこでしょうか」などと尋ねられる雰囲気ではない。
しかし尋ねるまでもなかった。刑事課の壁際に設えられた粗末なアルミのドアが開き、糸目の男が顔を見せたからである。二係の沢木・氷吾(さわき・ひょうご)警部補だろう。沢木のほうも警察の制服を身に着けた望子に気付いて会釈した。
二係のオフィス――と呼べるほど上等な空間ではないが――は八畳ほどのスペースしかなかった。そこにデスクと小さな応接セットがひとつずつ置かれているのだから、歩き回れる空間はそう広くはない。しかし床に落ちているゴミどころか窓の桟に薄く積もる埃すら見当たらないし、机には端をきっちり合わせたファイルやバインダーが整然と重ねられていた。
「ご足労恐縮です。宮本署刑事課二係警部補、沢木氷吾です」
「心霊事件の可能性が高いとのことですので、本庁対超一課より応援に来ました不動巡査です」
二人は互いに自己紹介をして警察手帳を見せ合った。
「たいちょう一課って?」
という少女の声に顔を向ける。デスクの椅子に前後逆に座った小柄な少女がにこにこしながら望子を見ていた。小学校高学年か中学校に入りたてくらいの年齢であろうか。不自然なまでに白い肌に白い髪、そして紫色の瞳という容貌はどこか神秘の雰囲気をかもし出している。
「“超常現象対策本部・対超常現象一課”、略して対超一課です」
「へぇー、そんなところがあるんだぁ。かっこいいね」
長身に長い黒髪、理知的な目元という望子の容貌にはピシッとした警察官の制服がよく似合う。そんな彼女に(あかる)と名乗った少女は羨望の眼差しを向けた。
「それでは、早速ですが被疑者に会わせてもらえませんでしょうか」
望子は凛とした声で言った。
投身自殺のためにビルの屋上まで上がって来た男女が月のきれいな夜――しかも決まって午前零時ごろに立て続けに五人刺殺されたというのが今回の連続殺人事件の概要。うち、五人目の被害者が抵抗し、犯人が持っていたナイフを奪って犯人の左手に切りつけた。結局被害者は犯人の逆襲にあって無残に刺し殺されてしまったわけだが、その時に現場に残った血痕によって田宮が浮かび上がったのだった。
そして田宮を取り調べている最中に同じ手口で六人目の犠牲者が出た。現場近くで田宮を見たという目撃者に田宮の顔を見せたところ、「間違いなくこの男だ」という確認がとれた。
被疑者名、田宮徹。二十七歳独身。普通の小学校、中学校、高校、大学を経て現在は小さな会社の会社員。生まれてすぐに母を亡くし、父に連れられて父の愛人の所で暮らすも父は田宮が六歳の時に死亡。五件目までの一連の連続殺人事件の犯行時刻には「自分の部屋で一人で寝ていた」と主張しているがそれを証明する者はなく、アリバイはないに等しい。「今回の連続殺人は自分の分身がやったのだ」などと不可解なことを言う割には心理学を毛嫌いし、オカルトに傾倒している様子もないようだ。
捜査資料から以上の情報を得た上で、望子は沢木とともに田宮と対面した。
「釈放してくれるんじゃないんですか?」
取調室に現れた望子を見て田宮は薄い唇を歪めた。
「共犯の可能性もありますので、犯人逮捕までは容疑は晴れません。ですから、素直に捜査に協力してチャッチャと事件解決させてしまいましょう」
そうすれば早期の釈放にもつながりますし、と言いながら望子は田宮を観察した。いかにも神経質そうな男だ。シミひとつない白い肌に黒い髪。ひょろりとした体躯は貧弱そのもの。留置所暮らしでヒゲを剃ることもままならないのであろう、顎に散った不精ヒゲを盛んに右手で気にするしぐさが印象的だった。左手の甲にある切り傷は五人目の被害者に抵抗された時のものだろうか。
「分身さんの似顔絵を作りますので彼の特徴を説明してください」
「似顔絵ですか」
スケッチブックを取り出した望子に田宮は皮肉に満ちた冷笑を浮かべる。「わざわざ説明するまでもありません。あいつはぼくにそっくりですから」
「分かってます。捜査に必要だから描くんです。似顔絵というのは心を映す鏡でもあるんですよ」
伊達眼鏡をかけ、望子は厳しい視線を田宮に向ける。それは言葉通りの意味でもあった。似顔絵を描いた相手の考えを読み取るのが望子の能力である。
田宮は軽く舌打ちし、少々投げやりな口調で分身の容貌の特徴を語った。それを元に望子は鉛筆を走らせ、これでいいかと田宮に確認を取りながら作成を進める。同時に、伊達眼鏡を通して似顔絵の分身の思考を心霊的に読み取っていった。
自己顕示欲。初めに感じたのはそれだった。目撃者が出ていることから考えても、分身は顔を隠さずに犯行に及んでいる。普通、犯罪者は顔を見られぬ配慮をするものだ。あえて自分の犯行であることをアピールしたいという意識があると考えるのが妥当だろう。
それに分身からすれば罪を本体の田宮になすりつけるほうが好都合であるはずなのに、わざわざ田宮本人が捕まっている間に――田宮には犯行が不可能な日時に六件目の事件を起こしている。捕まりたくないと考えるのが犯罪者の心情。なのにあえて田宮から疑いを逸らすような真似をしている。この場合、考えられるケースはふたつ。殺人行為そのものを楽しむ快楽犯か、あるいは自分という存在を誇示したいがための行動か。似顔絵の向こうに見えるのは後者だった。
それと――もうひとつ、何か大きな感情が見える。それは自己顕示欲と同じ、あるいはそれを上回るほど大きなものだった。しかしいくら目を凝らしても読み取れない。暗い霧がぼんやりと分身を覆い隠しているようで、望子の力をもってしても把握することはできなかった。分身自身が頑なに望子の力を拒んでいるようにさえ思えた。
出来上がった似顔絵は、不精ヒゲがないことを除けば田宮そのものだった。切れ上がった神経質そうな目、蝋細工のような唇、繊細な細い髪の毛、貧弱な肩幅。よく似ている。次に望子は田宮の似顔絵の作成に入った。もちろん伊達眼鏡は装着したままである。
望子の目が田宮とスケッチブックの間を往復するたびに少しずつ似顔絵が出来上がる。が、不意にきーんとした頭痛を感じて手を止めた。なんだろう、この強いものは。強固で、冷たくて。頑丈なバリケードが望子の力を跳ね返している、そんな錯覚にさえとらわれた。
「似顔絵は心を移す鏡、とか言っていましたね」
冷笑とともに田宮が言った。「あなたはぼくの気持ちが理解できるとでも言う気ですか?」
望子は黙って目を上げた。
「ぼくはね。心理学とか、そういうのが大嫌いなんですよ。他人に何が分かる。自分の気持ちが分かるのは自分だけだ。同じような経験をしたとでもいうのならともかく――」
ぼくの気持ちが分かってたまるか、と田宮は憎々しげに吐き捨てる。
「自殺者ばかり狙うのはなぜです?」
望子は似顔絵と田宮を交互に見ながら尋ねた。田宮は白い顔を歪めて笑った。笑った、というにはあまりにも皮肉に満ちた表情だったかも知れない。
「自殺志願者を狙って何が悪いんです。死のうとしている人間を殺して罪になるのですか? ぼくが殺さなくてもどうせあいつらは死ぬんですよ。第一、自殺志願者には腹が立つんですよね。殺されそうな目に・・・・・・死んだほうが楽だという目にあったことがあるんですかね、あいつらは。“生きたくても生きられない人たちがたくさんいるんだから自殺なんてとんでもないことだ”なんて青臭いことを言うつもりはありませんがね、死んだほうが楽だという目に何度も遭いながらも死ぬことすら許されない人間がいるということを忘れないでほしいですね」
田宮は血走った目を見開き、口角に泡をつけながら一気にそうまくし立てた。まるで自分は殺されかけた経験があるかのような口ぶりだ。望子はもう一度田宮と似顔絵をじっと見比べた。しかし、見えない。分身より濃く、深い霧が田宮の周りを取り巻いている。この靄を透かして中を覗き込むことは相当難しいと感じられる。望子は黙って聞いている沢木に目を向けた。この辺りのことは後ほど、と沢木は目配せした。
「分身が生まれたのはなぜです? 分身は何者なのですか?」
「ぼくの代わりに痛めつけられるためですよ」
田宮は薄い唇を歪めた。「ぼくを守るために生まれた別人格です」
「多重人格ということですか?」
望子の問いに田宮は浅く肯いた。
「それでは、月夜の晩だけ事件を起こす理由は? 午前零時という時間帯にも何か意味があるんですか」
「零時頃の月がいちばん美しいからですよ。ちょうど中天に達する頃・・・・・・誰にも邪魔されず、空の真ん中で煌々と孤高の輝きを見せて」
田宮は詩でも吟じるかのように朗々と歌い上げ、うっとりを目を閉じて顎を持ち上げる。女のように白く華奢な喉がむき出しになった。
「月は美しい。ぼくにとっては月が唯一の光。あの夜、月に導かれてぼくはあいつを殺した。ねえ、月光を浴びたナイフがどれだけ美しいかご存知ですか? 血を浴びるとなおさら美しいんですよ」
「殺した?」
望子の眉がびりっと音を立てて中央に寄る。
田宮はゆっくりと目を開いた。
「ええ、殺しましたよ。自分の父親を。月夜の晩に」
開かれた田宮の目には勝ち誇った笑みが浮かんでいた。
「二十一年前にね。だからもう時効でしょう? 現在、殺人の時効は二十五年になったそうですが、改正の遡及効は及ばない(犯行後に条文が改正されても、犯行時の条文が適用される)のが刑法の大原則・・・・・・」
薄い唇の端がかすかに持ち上がる。「もちろん、月夜に父親を殺したからといって今回の連続殺人事件の犯人がぼくだということにはなりませんよね」
田宮は口元に手を持っていき、くすくすくすとさもおかしそうに笑い続けた。
「トラウマがあるみたいだよ、あの田宮って奴」
一通りの尋問を終えた後、自販機のミルクセーキを飲みながら自称沢木の助手・耀は溜息をつく。
「子供の頃にずいぶん悲惨な目に遭ったみたい。小さい頃にお母さんが死んで、お父さんは田宮を連れて愛人の所に転がり込んだんだって。このお父さんが無職で飲んだくれで、ホステスの愛人の稼ぎで暮らしてたんだってさ。酒乱の気もあって、何かというと田宮を殴ったり刺したりしてたみたい。幼児虐待って言えばそれまでだけど、何度も殺されかけたんだって。それと、愛人が田宮の存在を疎ましがってたんだね。“隠し子がいると思われたらいやよ”なんて言って。だからお父さんは田宮を家に閉じ込めて外に出さなかった。愛人の機嫌をそこねたらお父さんはおまんま食べられなくなっちゃうから。それである日田宮は父親を殺しちゃった。何かの拍子か、正当防衛あるいは過剰防衛か、狙ってやったのかは知らないけど。警察もまさか六歳の子供がやったとは思わなかったんだろうな」
「どうしてそんなことまで知ってるんです?」
コーヒーの紙コップを手にした望子は耀の言葉に肯きつつも首をかしげた。沢木から渡された資料にはそんな記述はなかったはずだ。
「これがあたしの仕事だもん」
これくらい当然、と耀は小さい胸を張って鼻の穴を膨らませる。望子は少々怪訝に思ったが「そうですか」とだけ返しておいた。
「“ぼくにとっては月が唯一の光だった”というのはその辺に関係しているんでしょうか」
「みたいだよ。昼間でも分厚いカーテンが閉められた薄暗い室内に閉じ込められてたって聞いたから。カーテンの隙間から見る月が唯一の慰めだったって・・・・・・」
薄暗い部屋に閉じ込められ、外界との接触を絶たれた少年に差し込む一筋の光明。それが月だったのだろうか。
「それじゃ、あたしは先に帰ってるから」
耀は空のコップをゴミ箱に放り投げてぱたぱたと走って行った。望子も冷めかけたコーヒーを飲み干し、カップをゴミ箱に落とす。かさり、と乾いた音がした。伊達眼鏡をかけて田宮の分身の似顔絵に目をやる。「ぼくの代わりに痛めつけられるために分身が生まれた」と田宮は言った。父親からの、殺されかけるほど壮絶な虐待の痛みと記憶を肩代わりさせるために別人格が生み出されたと考えれば筋道が通る。
ただ、多重人格は「分身」とは違う。ひとつの体に複数の人格が同居するのが多重人格だ。言い換えるならば、人格は複数でも体はひとつということになる。六件目の犯行が起こった時、田宮の体は間違いなく宮本署の取調室にあった。多重人格では説明がつかない。
そこで望子はひとつの仮説を立てていた。分身の似顔絵から感じる力は、“意志”と換言できるほどに強いものだ。分身の意志があまりにも強く、そのために体まで分裂してしまったのだとしたら? もっともこれはあくまで推論だし、そのあたりのことは分身を捕まえて聞くことができれば手っ取り早いのだろうが・・・・・・。
――今夜は月が綺麗でしょうね。
取調室で田宮が口にした何気ない一言が耳の中に蘇る。眼鏡の向こうで何かがゆらりとうごめいた。望子の背中にぞくっと寒気が走る。
――今夜、また同じ手口で殺してやる。
眼鏡を通して、分身の言葉がはっきりと聞こえた。
「沢木警部補。人員の手配をお願いいたします」
望子は二係に飛び込むなり沢木にそう告げた。沢木は長身の女性と話しているところだった。黒い髪に青い瞳は異国の風情を思わせる。耀と取っ組み合いの喧嘩をしている和装のおかっぱ頭の少女――というよりは女児だろうか――が、怪訝そうに望子を見やった。青い瞳の女性が草間興信所から派遣されたシュライン・エマで、おかっぱの女児が本郷・源(ほんごう・みなと)だと沢木が紹介する。特命警部補という源の肩書きに望子は目をぱちくりさせた。
「ほう、おんしも刑事(デカ)か」
源はじろじろと無遠慮に望子を眺め回す。上品な和服に袴、そして六歳という年齢からは想像もつかぬ言葉遣いだった。
「それならばあだ名をつけねばなるまいの」
「あだ名?」
「あだ名をつけるのが刑事ドラマの定番じゃろう。あやつがアンドン――昼行灯のことじゃ――刑事(デカ)、こやつが幼児体型刑事(デカ)。それからあやつがスコッチ刑事(デカ)じゃ」
源は沢木、耀、そして刑事課で立ち働く柳を順々に指して得意げに胸を張る。はあ、と望子は呆れるしかない。
「不動巡査とかいったか。おんしは何デカがいいかのう?」
「“コスプレ刑事(デカ)”は?」
「な」
無邪気な耀の言葉に望子の顔が引きつる。「なぜそれをっ!」
「ごめんあそばせ。アタクシは情報屋、情報収集が仕事でしてよ」
おほほほ、と耀は似合わない笑いを立てながらにやにやとする。「不動巡査の情報も調査済みでございますわ」
「私は不動です! コスプレ刑事(デカ)なんて失礼な名前で呼ばないでください!」
「なんじゃ、つまらん。ノリの悪い奴じゃな」
「不動さん、何か進展があったのですか?」
という沢木の問いで望子は我に返った。気を取り直し、軽く咳払いしてから口を開く。
「結論から申し上げれば、今回の事件の犯人は田宮の別人格である可能性があります」
「多重人格ということ?」
シュラインが先回りして待ったをかける。「人格が複数でも体はひとつのはず。今回は田宮が警察にいる間に分身が事件を起こしているのよ。多重人格では説明がつかないわ」
「多重人格である疑いはかなり濃厚です。幼い頃の経験が原因なのでしょう。ただ、厳密に言えば多重人格とは少し違います。もしかしたら・・・・・・」
体まで分裂した極端な多重人格のパターンかも知れないという望子の言葉に一同は顔を見合わせた。
眼下に広がるのは騒々しいネオンと車のヘッドライトの数珠、行き来する人々の頭。足元から吹き上がる冷たい風にさらされ、帽子を目深にかぶった茶髪の女はゆっくりと歩を進める。闇の中へ、コンクリートの縁の突端へ。その先に待つのはさらなる闇である。
もはやフェンスは超えた。その先には冷たい風に吹かれる幅3メートルほどのコンクリートが頼りなく広がる。女は無言でその上を歩く。コンクリートが途切れた先にあるものは死という名の永遠の闇。それを望んでこのビルの屋上に上ったはずなのに、いざとなると足がすくみそうになる。下界から吹き付ける夜風に体温を奪われているせいばかりとも思えない。怯え。躊躇。そんな感情が明らかに彼女の歩みを鈍らせていた。
「死ぬんですか?」
不意に背後で笑いを含んだ男性の声がした。振り返ると、フェンスのこちら側に薄い微笑とともにひょろ長い男が立っていた。右手で顎をさかんにさすっている。
「怖いんでしょ?」
男はふふっと笑ってみせた。「自殺しようとしたものの、いざとなると怖くて飛び降りることができない。ぼくはね・・・・・・腹が立つんですよ、そういう人間を見ていると。死にそうになったことがあるんですか? 殺されそうになった経験があるんですか? ないんでしょ? あればさっさと飛び降りられるはず」
血走った眼に徐々に敵意と殺意が燃え始めるのが見てとれる。女は茶色い髪を小さく揺らして息を呑んだ。ポケットに差し込まれた男の右手の中で、凛とした月光を受けてちかりと光る銀色の刃を見たのだ。二人の頭上では中天に差し掛かった月が青白い光を無言で地表に投げかけていた。
「死ぬ恐怖も知らないくせに自殺を考えて、そのあげくに“やっぱり怖いから死にたくない”。腹が立つんですよ! 死ぬことすらさせてもらえない人間だっているのに! ぼくはあなたみたいな人を何人もこの手で殺してきた、月に導かれて!」
成人男子のものとは思えぬ甲高い絶叫が月の光に吸い上げられ、墨を流した空へと広がる。ひゅうひゅうという音は闇を渡る風のものか。
「ああ・・・・・・なんて美しい」
不意に男は恍惚の表情を浮かべて月を仰ぎ見る。ナイフを持った右手を顔の辺りまで上げて冷たい刃に月光を反射させる。角度を変えるたび、研ぎ澄まされた切っ先に万華鏡のように乱反射を繰り返す月光の粒子が男の目にも反射する。
「ねえ、綺麗でしょう」
男はナイフの光を茶髪の女に示し、両手を広げてゆっくりと歩み寄る。「血で彩られるともっと綺麗なんですよ。ぼくはその光を見たい。協力してくれますよね。あなたは自殺志願者でしょう? それならここから飛び降りようがぼくに殺されようが同じですよね?」
薄い唇が両端の限界まで持ち上げられる。大きく見開かれた目が輝いているのは月の光が進入しているからなのか、それとも殺人に接する興奮ゆえか。じりじりと男が迫る。女も本能的に後ずさる。しかし背後には粗末なコンクリートのへりがあるだけだ。
「どうしたんですか。そのままさっさと飛び降りればいいでしょう」
男はくすくすくすとさもおかしそうに笑ってナイフを構える。「やっぱりできないんでしょ? 怖いから。それならぼくが殺してあげますよ!」
男が一気に間合いを詰める。ごうっと吹きつける風に女の茶色い髪が揺れる。きらきらと冷たい光を放つ切っ先が迫る。
そのとき、乾いた発砲音が夜の帳を引き裂いた。
「威嚇射撃は済ませました」
屋上に現れた沢木はまっすぐに天に向けた腕をゆっくりと水平に伸ばし、黒光りする銃口を男に向ける。「次は当てます。警官の銃の殺傷能力は三流ですが、一応“拳銃”ですからねえ。肩や足でも当たればそれなりに痛いですよ」
「田宮徹、おんしは完全に包囲されておる! ナイフを捨てるのじゃ!」
「危ないから子供は下がっていてください」
興奮する特命警部補・本郷源を望子が下がらせる。
「何を抜かす! わしは特命警部補じゃぞ、巡査が警部補に向かって――」
「分かったから少し黙っていてください! ほんとに危ないですよ!」
源とのやり取りを無理矢理切り上げ、望子は厳しい声で男に武器を捨てるように告げる。そして教科書通りに腕をまっすぐに伸ばし、片膝をついて拳銃を構えた。ふたつの銃口に狙われて男は一瞬目を揺らす。茶髪の女はその隙を逃さなかった。素早く男の足を払う。不意をつかれた攻撃に男はしりもちをついた。その拍子にナイフが手から飛ぶ。女は足を飛ばしてナイフを遠くに蹴り飛ばした。コンクリートの上を冷たい金属音が転がった。
「それじゃ、一緒に来てもらいましょうか」
シュラインは目深にかぶった帽子と茶髪のウィッグを脱ぎ捨てて男を見下ろした。おとり捜査にひっかかったのだとようやく悟って男は目を丸くした。
「柳さん? どうも、沢木です。田宮さんは・・・・・・ああ、そう。ありがとう」
沢木は宮本署に詰めている柳と話して携帯電話を切った。「田宮徹さんは現在も取り調べ室で尋問を受けているそうですよ。ということは、あなたはやはり分身ですね」
シュラインはまじまじと男を見た。神経質そうに顎を撫でる手つき、左手の甲に見える切り傷の跡。それにあの喋り方、笑い方、台詞の内容。不精ヒゲがないことを除けば田宮そのものである。
「名前は?」
シュラインの問いに、分身は「トオル」とだけ答えた。
「あなたが今回の一連の事件の犯人ですね? 六人ともあなたが殺した」
望子の言葉にトオルは薄笑いを浮かべる。薄い唇も、そこにこびりつくような笑い方も田宮にそっくりだった。
トオルを署に連れて帰り、望子・シュライン・沢木はトオルの、源と耀・鏡華は田宮の尋問に当たった。
「奴は体を持った別人格かも知れません」
田宮の尋問を終えて二係に戻ったあの時、望子はそう説明した。「幼少期の体験が元で奴の人格は分裂した。本体の人格と、父親に虐待を受ける時にだけ現れる別人格に。虐待を受けている間の痛みと記憶を別人格に持たせることで本体の人格を守ろうとしたのです。しかし虐待を受けている時間があまりにも長かったため、次第に別人格のほうも強い意思を持つようになった。そして最後には体まで・・・・・・」
「それじゃあ、多重人格の果てに生まれたドッペルゲンガーとでも言ったほうがいいのかしら」
そう言った後でシュラインは自らの言葉に首をかしげる。
「ドッペルゲンガーを生み出している間はひどい吐き気や眩暈がしたり、時間がゆっくり進んでいるような錯覚を感じると聞いたことがあるわ。田宮にはそんな様子はなかったはず」
「ええ、ドッペルゲンガーではないでしょう。恐らく超常的な多重人格の極端なパターン・・・・・・」
あの田宮ならば考えられないこともない、という望子の言葉にシュラインも同意した。
「沢木警部補、田宮は“今夜は月が綺麗だ”などと口走っていました。分身が現れるかも知れません。高いビルのある区画に集中的に人員を配置してください。警部補ならば刑事たちを動かせますね?」
「不可能ではありませんが」
望子の提案に沢木は難色を示す。「投身自殺ができそうな高いビルなど都内にいくらでもあります。これまでの事件発生現場に規則性や関連性はありません。都内のすべての高層ビルに人員を配置するのはいささか・・・・・・」
望子は軽く舌打ちした。分身が現れそうな場所は“自殺ができそうな高いビルの屋上”と読み取れただけで、具体的な区画までが分かったわけではない。
「それならおとりを使ってはどうでしょう?」
というシュラインの提案に沢木は首を横に振る。
「おとり捜査は違法です。それで犯人を捕まえたとしても、捜査方法の適正さが争われる可能性が」
「存じています。ですから、“捜査”でなければいいのでしょう」
シュラインの言葉の意図を察しかねた望子が怪訝そうな視線を向ける。
「幸い、私は民間人です。民間人が自殺を望んで高層ビルの屋上に上り、田宮に殺されそうになったところへたまたま張り込んでいた警察が駆けつける・・・・・・それなら筋も通るんじゃありませんか」
そして今、田宮徹の分身であるトオルは望子とシュラインの前で不敵に笑っている。唇の端を持ち上げた皮肉っぽい笑みは田宮そのものであった。
「そうですよ。ぼくがやったんです。六人ともね」
トオルはあっさりそう言った。「徹の指示なんか受けてません。指示される覚えもない。すべてぼくの独断です」
「しかしトオルさんは月にこだわり、自殺者ばかりを殺していますね。田宮徹さんも同じことを言っていたのですが?」
「当然です。ぼくはあいつの分身ですから。あいつの思考や感覚はぼくに伝わるんですよ」
ふふ、とトオルは笑って右手で顎をさする。
「あなたは間違いなく分身なのですか?」
望子は机に腕を置いて静かに身を乗り出した。望子の手元には彼女が描いたトオルの似顔絵があった。トオルはくすりと笑って肯いた。
「ぼくは父親からの虐待を肩代わりするために生み出された。虐待を受ける時だけぼくが呼び出されたんです」
それがどういうことか分かりますか、と語るトオルの目には静かな憎悪が揺らめいていた。
「殴られ、刺され、殺されかけるためだけにぼくが生み出されたんですよ。殴られ、刺され、殺されかけるのがぼくの役目。ぼくが死にそうになっている間、徹はぼくの中ですやすや眠っていたんですよ」
「田宮さんのお父さんを殺したのは?」
「徹です。徹は月の光が大好きでしたから。あいつにとっては月が唯一の光だった。だからぼくが教えたんです、月光が当たったナイフの美しさは格別だと。血に染まったナイフに月の光が当たると余計に美しいとね。そうしたらあいつ、本当に父親を殺したんですよ」
くすくすくす、と小さな笑い声が漏れる。あどけなく、無邪気で、純粋に“楽しい”という感情のみを表している笑み。それは子供のように純真で、それゆえに残酷な微笑でもあった。
「それじゃあ、お父さんの殺害を指示したのはあなた?」
「ええ。解放されるためにはそれしかない、殺さなければ殺されると言って」
簡単でしたよ、とトオルは笑う。「ぼくと徹の体が分かれたのは今から一年ほど前でしたかねえ。ぼくの力があまりにも強くなったから体まで別になってしまったんです」
机の上で握り締めた望子の拳に知らず知らずのうちに力がこもる。田宮は分身に指示を受けたなどとは一言も口にしていなかった。自身がそうと気付かぬうちに、いつの間にかトオルによって操られていたということなのか。
「ねえ・・・・・・どれだけつらいか分かります? 痛めつけられるためだけに生きることが」
そして、今度はトオルが望子とシュラインに問う。
「殴られ、蹴られ、刺され。どれだけ懇願しても許されることはない。死んだほうが楽だなんて何度も考えました。でも死ぬことすら許されない。ぼくは父親の都合のいいおもちゃですからね、父親がぼくを手放すはずがない。だからぼくは痛めつけられるためだけに生きなければならなかった。それがどれだけつらいか分かりますか? 分からないでしょうね。同じような経験をした人間でなければ。父親が死んだ後に徹の親類が徹をカウンセリングに通わせたけれど、心理学の学位を持ったカウンセラーもやはり分かってくれなかった。ぼくの存在にすら気付かなかったんですよ? ぼくが生まれた原因にもね。そのくせもっともらしい病名や理論を振りかざしてバカ高いカウンセリング料をとって。ぼくが心理学に敵意を覚えたのはその頃からですね。所詮他人が他人の気持ちを理解し、把握するなんて不可能なんですよ。心理学に携わる人間はまずその前提を理解すべきです。そりゃあ心理学が有用であることは認めるし、ある種の助けにはなるでしょうけれど、人の気持ちを“完全に理解する”のは土台不可能。体系的にパターン化された学問で千差万別の人の心を分類できるだなんて傲慢もいいところだ。自分の気持ちが分かるのは自分だけなのに」
ぼくの気持ちが分かってたまるか、とトオルは咳込むように繰り返した。
「・・・・・・ひとつ、分からないことがあるのですが」
シュラインは低く言った。「どうして顔も隠さずに・・・・・・あまつさえ、同一犯であることをアピールするように同じ手口での犯行を繰り返したんですか? 犯罪者なら犯行を知られたくないと思うのが当たり前。それなら顔を隠すのが自然なんじゃ? 顔を隠すことなんてマスクやサングラスで簡単にできるのに」
「あなたは自己顕示欲が旺盛なのではありませんか? 顔を隠さないのも、わざと同じ手口で犯行を繰り返したのも自分という存在を誇示したかったからでは?」
望子も猜疑の目をトオルに向ける。トオルの薄い唇の端が激しく痙攣した。
「自己顕示欲、ね。お得意の心理学ですか。それともプロファイリング? やっぱり何も分かっちゃいない。心理学なんて所詮その程度――」
唇の痙攣が徐々に皮肉っぽい笑いに変わり、口の両端が限界まで吊り上がる。大きく目を見開き、大きく裂けた口で笑う姿は田宮にそっくりだった。
「復讐ですよ。徹に対する、復讐です」
「復讐?」
「ええ。父親と徹はぼくを苦しめた。父親は死に、今度は徹の番です。表の世界の人間として生きているのは徹。ぼくが殺人を起こせば、当然警察はぼくではなく徹を疑う。捕まるのもぼくではなく徹」
「田宮徹を殺人容疑者に仕立て上げ、苦しめようと? そのためにわざと顔も隠さず、血痕を現場に残したりして田宮が捕まるように仕向けたんですね」
望子の問いにトオルは薄ら笑いで肯いた。
「最後に徹を殺せば復讐は完了・・・・・・ぼくは自由になれるんです」
トオルはふらりと椅子から立ち上がった。吸い寄せられるように窓辺に立つ。四角い闇のてっぺんには青白い月が無言で輝いていた。
「ああ・・・・・・美しい」
トオルは月を見上げたまま、かすれた声で呟く。手がズボンのウエストの内側に差し込まれた。沢木が眉を吊り上げる。取り出されたのは小型のナイフだった。所持品は押収したはずなのに、まだ隠し持っていたのか。
「ほら、見て・・・・・・きらきらと輝いているでしょう」
誰に言うでもなく、トオルはうっとりとした表情でナイフの刃に月光を反射させる。
「血を浴びると余計に美しいんですよ。こうやって――」
まさか。察した望子が制止の声を上げる。沢木が飛び出した。しかし遅かった。
トオルは何の躊躇も見せずにナイフを自らの喉に突き立てていた。
望子が喉の奥で小さく悲鳴を上げる。シュラインは椅子を蹴立ててトオルに駆け寄った。沢木は携帯を取り出して救急に連絡する。
トオルはすぐに自分の喉からナイフを引き抜いた。切り裂かれた気管からひゅーひゅーと音を立てて空気が漏れていた。
「ほら・・・・・・見て。きらきらと輝いて・・・・・・」
そして、血にまみれた手とナイフを降り注ぐ月の光の中に持って行く。トオルは口の端をかすかに持ち上げた。
「徹・・・・・・ざまあ見ろ・・・・・・これで・・・・・・解放された・・・・・・。ぼくは・・・・・・じ・・・・・・」
自由だ、と言いかけたのだろうか。トオルは血の海の中に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
「沢木さん」
同時に、別室で田宮の取調べに当たっていた柳鏡華刑事が飛び込んでくる。「田宮が自殺しました」
望子とシュラインは顔を見合わせた。鏡華は整った顔を歪めて低く押し殺した声で言う。
「ナイフを隠し持っていたのです。所持品は厳重にチェックしたはずなのですが。急に月を見ながらナイフを喉に当てがって・・・・・・」
「自分からそうしたのかい?」
という沢木の問いに鏡華は肯きかけたが、すぐに首を横に振った。
「ナイフを取り出して、“月の光が当たって綺麗だ”などと抜かしていましたが・・・・・・自分でナイフを喉に当てながら、“やめろ、死にたくない、助けてくれ”と必死で叫んでいました。まるで田宮の意に反して手が勝手に動いているかのように――」
「分身が・・・・・・トオルが、田宮徹の意志を支配したんだわ」
シュラインは呆然として呟いた。「トオルは強い力を持った分身だった。最後の最後に分身の力が本体を上回った・・・・・・」
トオルの“復讐”はこれで果たされたのだ。
沢木の連絡を受けた救急隊が駆けつける。騒ぎを聞きつけた刑事たちも何事かと部屋を覗き込む。沢木は救急隊員に向かって小さく首を横に振り、遺体を運んでくれるようにとだけ言った。
「自分の存在に気付いてほしかったんでしょうね」
望子はそう呟いて血の海の中に膝をつき、トオルの顔の上にそっと手をかざして瞼を閉じてやった。シュラインは望子の言わんとすることを察しかねて黙って彼女に顔を向ける。
「どうしても解せないことがあるんです。田宮に対する復讐ならば、なぜ田宮が捕まっている間に犯行を重ねたのか。田宮が警察に留置されている間に同じ手口の事件が起これば・・・・・・少なくとも六件目に関しては別人の犯行なのではないかと誰だって考えます。事実、宮本署もそう考えたからこそ二係に捜査を依頼したのでしょう」
シュラインは小さく息を呑んだ。
「自己顕示欲が強い。私はトオルの人格をそう分析しました。犯罪者は自分に疑いがかからないことを望むもの。それなのにトオルはあえて田宮徹の犯行ではないと思わせた・・・・・・自分の存在を知らしめたかったからという以外に、理由は考えられません」
「田宮の分身として――田宮の裏の人格として、日の当たらない場所でずっと生きて来たし、そうしなければいけなかったんだもの」
当然よ、とシュラインは呟いた。「それじゃ何のために生まれてきたのか分からない。誰かに自分の存在を知ってほしかったんでしょうね」
望子が小さく肯く。
毛布を巻かれ、担架に乗せられたトオルの体は、シュラインや望子と何ら変わらない普通の人間のものにしか見えなかった。救急隊員たちに運ばれて行くトオルを見送りながら、望子はしばらくその場を動けずにいた。 (了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3452 / 不動・望子(ふどう・のぞみこ)/女性/24歳/警視庁超常現象対策本部オペレーター 巡査
0086 / シュライン・エマ /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1108 / 本郷・源(ほんごう・みなと)/女性/6歳/オーナー 小学生 獣人
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■ ライター通信 ■
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不動・望子さま
お初にお目にかかります、宮本ぽちと申す者です。
このたびは「T・W・I・N」にご参加くださり、まことにありがとうございました。
分身の正体を暴く上で不動さまのお力に大変助けられ、心より感謝している次第です。
さて今回は一生懸命「ホラーチックなサスペンス」を目指しましたが、いかがだったでしょうか;
字数だけなら短編小説並になってしまいましたが、最後までご覧くだされば幸いです。
二係は“特殊捜査係”とも呼ばれておりまして、その性質上、今回のように少々不可解な事件を扱うことが多くなります。
またいつか、沢木にお力を貸してくださることをお待ち申し上げております。
なお、田宮とトオルの台詞の中に自殺志願者に対する相当に不適切な記述がございますが、それは彼らの「非常に偏った価値観」の上にのみ成立するものであり、私がそう考えていないことはもちろん、このような価値観が一般に通用するものではないと認識しているということを念のために申し上げておきます。
宮本ぽち 拝
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