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■藤里色紙和歌■

エム・リー
【2991】【大徳寺・華子】【忌唄の唄い手】

 
 街中を外れ、電車とバスとで揺られる事、数時間。
 そこには見事な藤棚が咲く事で知られる場所があるのです。

 この度、その藤を愛でつつ茶会でも開こうじゃないかという運びとなりました。
 しかし、ただの茶会では些かつまらないものもございましょう。
 そこで、この度の茶会では、皆様に平安朝の貴族方の装束を纏っていただき、雅やかに百人一首でも楽しもうという運びとなったのです。




ゆく年くる年2005-2006 大晦日編


 今の時世、365日24時間休む事なく開いているスーパーというのは、最早珍しいものでもなくなりつつある。それはそれで便利なものでもあるのだが、それが年末年始ともなれば、幾分か肩すかしをくったような気持ちになるのも確かだ。
 とは云え、深夜帯の遅い時間まで勤め働いている華子にとり、この風潮はありがたいものでもある。

 勤め先であるバーを後にして、スーパーでの買い物を済ませ、人の足の途絶えた夜の道を歩く。
 家々には門松やら正月の飾りやらが見受けられる。それを横目に見やりながら、華子は白い息を吐いた。
 スーパーの袋の中には昆布とにしん、鶏肉。
「正月って云ったって、ひとりで迎えるんじゃあ、味気ないモンだねえ」
 ため息がてらそうごちて、ついと視線を持ち上げる。
 ビルとビル、屋根という屋根の遥か上。広がる天は漆黒の一色で塗り固められている。この夜の闇が解かれ、朝を迎える頃には、また新しい年を迎える事となるのだ。
 夜の一色を見上げて白い息を吐き、華子は目をしばたかせる。
 ――――こうして夜の景色を眺めていると、ふと、心によぎる風景がある。
 華子の、形の良い唇が、ゆっくりと動き、声を成さない言葉を為した。それは、心によぎる、ひとつの名前。
 吐き出す白い息がゆらりゆらりと昇っていった。
 夜風が耳を撫ぜて過ぎていく。
 華子はしばたかせていた瞼をゆったりと持ち上げて、暗色ばかりの天を仰ぎ眺めた。
「――――ふ、」
 もうひとつ息を吐き、留めていた足を再びゆっくりと進める。
 
 口にしたところで、きっと、滅多な事では入りこめる場所ではないのだ。あの、夜の薄闇ばかりが広がる四つ辻という場所は。
 ならば、早々に部屋へと戻り、暖かなコタツの中へと潜りこむとしよう。そして昆布巻きと煮付けの支度を整え、何も変わらないながら、正月というものを満喫するとしよう。
 そう思い立って歩き出した華子の足は、しかし、またすぐにひたりと留まった。
 いつの間にやら、目の前に広がっていたのは東京の街並とは異なる風情であった。
 旧い都を思わせる大路、広がる薄闇。路の傍らに点在する家屋は茅葺やら瓦屋根やらで、中には薄い灯が宿っている。
 吹き抜ける夜風が、何所からか長唄やら都都逸やらを乗せて流れて来る。
 華子は、急ぎスーパーの袋を確認しつつ、がくりと大きく肩を落とした。
「おンやあ? そげな所に突っ立ってぼうやりなすって、どうしたンかい」
 通りすがった妖怪のひとりが、のんびりとした口調で華子に声を掛けていった。
 華子は提灯を片手に引っ提げて茶屋へと向かう妖怪を追い眺め、今にも膝つきそうな面持ちで独りごちる。
「ああっ、もっと食材をたくさん買っておけば良かった」
 ぼそりと呟き、妖怪の後を追って足を進める。
 向かうのは、四つ辻にただ一軒きりの茶屋。

「おや、華子さん」
 四つ辻の、建てつけの悪い門戸を引き開けて中に踏み入ると、茶屋の主である侘助が穏やかな声音で華子の名を口にした。
 侘助の顔を見た拍子に、寒さに冷えきっていた体がふんわりと温かくなっていくのを感じる。華子はふと息を吐き、それから満面の笑みを浮かべた。
 茶屋の中は、いつものそれよりも少しばかり雑然とした感を色濃いものとしていた。木造の椅子はテーブルの上に乗せられ、妖怪達はハタキやら竹箒やらを手にしているのだ。
「すいませんね、今日はちっとばかりごちゃごちゃしてまして」
 安穏と微笑む侘助に、華子はゆっくりとかぶりを振る。
「もしかして、大掃除でもしてんのかい?」
「ええ、まあ、形ばかりのものですけれどもね。ほら、現世ではもう大晦日じゃないですか」
 華子が頷き微笑むと、侘助は止めていた手を再び忙しく動かして、古びた柱を雑巾がけし始めた。
 華子は束の間そうして侘助を見つめていたが、すぐに笑みを浮かべて腕を捲り上げた。
「じゃあ、私も手伝うとするよ」
 笑みを浮かべ、手近にあった雑巾を洗い、水気を絞る。
 華子の動きを確かめて、侘助が少しばかり慌てて駆け寄った。
「いえ、そんな。華子さんは、こちらではお客なんですし」
「おや? じゃあ、この子達は客じゃあないってんのかい?」
 首を傾げて侘助を見上げ、華子は片手で店の中を示して診せる。
 侘助はしばし口をつぐみ、それからゆっくりと微笑んだ。
「それじゃあ、俺は奥の方にいますんで、華子さんはこちらをお願いします」
「出入り口の側だね。よし、任せとくれ」
 大きく頷き、浮かべていた笑みも大きいものへと変える。振り向くと、華子は近くにいた妖怪達と共に掃除を始めた。
 とはいえ、茶屋の中は決して広くはない。手を抜かずにきっちりと掃除したとしても、さほどには時間を要さないだろう。
 華子は柱や戸板を丁寧に拭きながら、茶屋の掃除をしている妖怪達を確かめた。そして、ふと小さな笑みを漏らす。
 ああ、なるほど。これでは、この茶屋の大掃除にも長時間を要するだろう。そう思い、目を細ませて。
 妖怪達はどれもが鼻歌まじりに、のんびりとした動きで茶屋の中を掃除していたのだ。
 茶屋の奥の掃除をすると云っていた侘助もまた然り。侘助はといえば、自分が焼いた茶碗や湯呑などを一つ手にしてはそれをまじまじと確かめ、しきりに何か考え事をしたりしているようだった。
「しようがないねえ、まったく」
 小さな笑みをこぼしてそう呟くと、華子は再び拭き掃除を始めた。

 華子の手伝いもあってか、茶屋の大掃除はそれから程なくして終わった。
 かざりっけのない茶屋の壁には、正月を思わせる飾りがぶら下げられた。
 大掃除という一大仕事を終えた妖怪達は、綺麗になったばかりのテーブルにつき、いつもと変わらない風景を作り上げていた。
「よお、大将! 酒をくれよ」
「わしには茶をおくれ」
「あーあー、一つ目の小僧が腹ぁ減ったって泣いてらあな」
 妖怪達は口々にそう述べ、侘助は穏やかに笑ってその声のひとつひとつをこなしていく。
「侘助さん、私も手伝うよ。これを運べばいいんだろう?」
 盆を手に取り、燗された酒を妖怪へと運ぶ。
 侘助は
「お願いします、華子さん」
 と述べたきり、「すいません」だの「そんな、いいですよ」だのと云った言葉を口にしようとはしなかった。

「ああ、そういえば」
 茶屋の手伝いがひとしきり落ち着いた頃、侘助は湯呑を洗いながら華子を見やった。
「華子さん、お正月は御節なんかは作りますか?」
 華子は、妖怪達が引けたテーブルを丁寧に拭きながら、顔を持ち上げて頷いた。
「洒落たものは作れないけどね。昆布巻きと、煮付けなんかやろうかと思ってたところさ」
「なるほど。ああ、じゃあ、華子さんにお願いするとしようかな」
 顎に手をあててそうごちる侘助に、華子はつと首を傾げる。
「あ、いえ、俺、御節なんかは作った事がなくて。でも今年は、連中がどうしても御節を食いたいってんで、とりあえず材料なんぞを揃えてきてみたんですがね」
 侘助がそう述べて広げた袋の中を、華子はちらりと覗き込む。
 黒豆、数の子、栗にさつまいも。いかに海老。
「ああ、これだけ揃ってりゃあ、立派な御節が出来るよ」
 頷き、微笑んで、侘助に目を向ける。
「お願いしてもよろしいでしょうか」
 頭を掻きながらそう目を細める侘助に、華子は笑みを大きなものへと変えた。
「侘助さんも手伝っとくれよ。なにしろ、手間のかかるものだからね」
 そう言葉を掛けて袖を捲くる。
 さて、何から作るとしようか。 




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2991 / 大徳寺・華子 / 女性 / 111歳 / 忌唄の唄い手】

NPC:侘助

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         ライター通信          
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あけましておめでとうございます。
このたびは、大晦日編、元日編と、2件も発注をくださいまして、まことにありがとうございました!
まずは大晦日編、お届けいたします。
詳しい(?)コメントは、元日編にて。

それでは、以下、次号! (な、ノリで・笑)