■藤里色紙和歌■
エム・リー |
【2991】【大徳寺・華子】【忌唄の唄い手】 |
街中を外れ、電車とバスとで揺られる事、数時間。
そこには見事な藤棚が咲く事で知られる場所があるのです。
この度、その藤を愛でつつ茶会でも開こうじゃないかという運びとなりました。
しかし、ただの茶会では些かつまらないものもございましょう。
そこで、この度の茶会では、皆様に平安朝の貴族方の装束を纏っていただき、雅やかに百人一首でも楽しもうという運びとなったのです。
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ゆく年くる年2005-2006 新年編
「そういえば」
茶屋の片付けもあらかた終わり、侘助が淹れた茶を嗜みながら、華子はふと顔をあげた。
「もうそろそろ除夜の鐘が鳴る頃合いかねえ」
そう告げて、改めて茶屋の中を見回してみるが、時計らしいものは見当たらない。
再び侘助を見ると、侘助は華子の視線を受けてやんわりと微笑み、華子が作った煮物の芋をひとつ、つまみあげて口にした。
「ここは、現世とは時間の流れも逸した場所でして。時計なんてもんも置いてないんですよ」
「おや、そうなのかい? じゃあ、正月なんてものも、本来無関係なものなのかねえ?」
「まあ、本来はそうですね。もっとも、正月だとかそういうものは、連中もそれなりに大事にしてるもんでもありますから、雰囲気だけでもって風潮は未だに立ち消えちゃいませんけどね」
うなずく侘助を見やり、華子は「ふうん」と返して目を細ませた。
「じゃあ、携帯での確認も出来ないのかねえ」
そうごちて、傍らにかけてあったカバンの中から携帯電話を取り出し、時刻表示を確かめる。
携帯の時計は、間もなく日付変更時刻である事を知らせていた。
「ふうん? どうやら普通に表示はされるみたいだね」
首を傾げた華子の横から顔を覗かせて、侘助もまた「本当ですね」うなずく。
華子は、思いがけず間近に現れた侘助の顔を横目に見やり、ふと、頬を薄紅に染めて視線を泳がせた。
「そういやあ、侘助さんは正月なんかはどこかへ出かけたりなんかするのかい」
わざとらしく首を鳴らしてそう訊ね、華子は不自然だと感じられない程度の動きで椅子をずらす。
侘助は華子の隣の椅子を引き寄せてそれに腰を落とし、眼鏡の位置をただしながら答えた。
「まあ、ひとりで初詣なんてのもつまらないもんですしね。いつもはここで連中と一緒に過ごしてますよ」
「……ひとり?」
思わずそう返して、華子は侘助の顔を覗きこんだ。
「いいひとがいたりするんじゃないのかい?」
そう訊ねて微笑み、黒色の双眸をゆらりと細ませる。
すると、侘助は弱々しい笑みを浮かべて顎を撫ぜ、かぶりを振って茶を飲んだ。
「そんな相手がいたらいいんでしょうけれどもねえ。ハハ、どうにも、縁がないようでして」
「ふうん」
そううなずいて、華子もまた同様に茶を口に運んだ。
茶屋の中には、今は華子と侘助のふたりきりしかいない。大掃除と称した片付けが済んだ頃には、妖怪達はひとりまたひとりと茶屋を後にしていったのだった。
しばしの沈黙が流れ、茶屋の戸板を揺らす風の音ばかりが華子の耳をくすぐった。
「ねえ、侘助さん。もしよかったら、このままここで年を越させてもらっても構わないかねえ?」
手にしていた湯呑をかたりと置いて、羊羹を切り分けている侘助の目を覗き込む。
侘助は、華子の視線を見つめ返してふと笑い、
「どうぞ、いくらでもごゆっくりなさっていってください」
そう述べ、羊羹を小皿の上へと乗せて寄越した。
「ああ、そうだ。よかったら後で初詣でもどうですか、ご一緒に」
「え?」
小皿を受け取ったところでそう問われ、華子はふと目を見開いた。
「ご予定がおありでしたか?」
華子がふと固まってしまったのを見て取ったのか、侘助はそう続けて申し訳なさげに口を閉ざす。
華子は、しかし、慌ててかぶりを振り、わずかに身を乗り出して返した。
「とんでもない。私の正月なんざ、コタツにみかんで隠し芸なんかを流し見してる程度なもんさ」
思わず、勢いづいた口調になった。華子は頬を紅く染めて、再び視線を泳がせる。
「それなら、後ほど。除夜の鐘を聴きながらの詣でもオツなもんでしょうが、夜に出歩くのもなんですし、日がのぼった後に出かけるとしましょう」
侘助がやわらかな笑みを浮かべてそう告げた。
華子は、侘助のその声音でふと安堵の息を吐き、ゆっくりと、しかし確かにうなずいた。
「ああ、そうだね。――そういやあ、妖怪達は初詣だとか餅つきだとかはするのかい?」
「神社仏閣へ足を運ぶ連中ってのは、まあ、たまにいますがね。それも、昔に比べればやはり少なくなってきちまいましてね」
茶を淹れなおしてきましょうと続け、侘助は静かに席を立つ。
「今の社会じゃあ、妖怪ってのはおちおち出歩けないもんかねえ?」
羊羹を口に運びつつそう訊ねる。
ふと携帯に目をやると、時計は23時59分を指していた。
「中には巧く化けて生活してる連中ってえのもいるようですが、この辺にいる連中は、もう現世への出入りはしてない奴ばかりですねえ」
「侘助さんは出入りしてんだね」
「ええ、まあ。俺は、連中に比べれば、見目も人間寄りですからね」
微笑む侘助に目を向けて、華子もまた笑みを浮かべて目を細ませた。
「この間は、バーに来てくれてありがとう」
そう述べたのと同時、携帯の時計が日付変更を表示した。
「また来ておくれよ」
「ええ、ぜひ」
華子の言葉にうなずきつつ、侘助は淹れなおした茶を湯呑へと注ぎいれながら、華子の携帯を一瞥した。
「おや、年が明けましたね。あけましておめでとうございます、華子さん。去年は華子さんとお会い出来ましたし、よい年でした」
やんわりとそう告げた侘助に、華子の目尻がじわりと熱を帯びる。
「私こそ、侘助さんと会えて良かったさ。――今年もよろしくね、侘助さん」
もごもごとそう返した、その瞬間。
「よぉ、大将! そろそろ現世の方じゃあ年が明けた頃合いかいねえ」
引き戸を開き、妖怪達が賑わいながら入って来た。
それから数時間は、茶屋の外に広がる薄闇を蹴散らさんばかりの賑わいの中で過ぎていった。
どこからか持ち出された石臼と杵は、年代を知らしめるほどのものだった。かなりの年月を使い込まれてきたのだろうそれは、妖怪達の手によって軽々と持ち上げられ、見る間に美味そうな餅がつきあがる。
華子も介添え役で呼ばれ、不慣れながらもきちんとやり勤めた。その時に杵を握っていたのは侘助だったが、細身の体躯からは意外なほどに、重々しい杵を軽々と持ち上げていたのが、ひどく印象的だった。
「あれまあ、おふたりさん、息がぴったりだでねえか」
横で見ていた妖怪のひとりがそう野次ってひやひやと笑い、辺りに賑やかな笑いがのぼった。
華子は頬をじわりと染めて侘助の顔を見やり、侘助もまた気恥ずかしげに頭を掻いていた。
つきあがった餅はその場で振る舞われ、華子は妖怪達の間を忙しく走り回り、茶を配り、酒を注いでまわった。
「ね、ね。あんた、大将とどこぞへ行くんかえ?」
妖怪のひとりが華子を呼び止めてそう訊ねる。
華子は髪をかきあげて小さな息を吐き、呼吸を整えてからうなずいた。
「初詣に行くのさ」
「へえ、大将が女と連れ立って出かけるなんざ、珍しいこともあるもんだね」
妖怪は目を丸くしてそう返し、小声で華子に耳打ちする。
「大将はね、あんな年して、案外初心な男なのさ。あんた、よろしく頼むよ」
「――――え!?」
耳打ちされた言葉に、華子は弾かれたように顔を向けた。が、その妖怪は既に賑わいの内へと戻っていった後で、華子の返事などにはもう耳を貸してもくれなかった。
愉しげな小噺があり、唄が流れ、数時間が過ぎた。
酔いの回った妖怪達は次々に茶屋を後にして去っていった。
携帯を見れば、時刻は直に明け方であるのを知らせている。
「それじゃあ、そろそろ行きましょう」
袖を捲り上げていた紐を外しながら歩み寄って来た侘助に、華子はちらと首を傾げる。
「でも、まだ少し早いんじゃないのかい」
華子がそう返すと、侘助は軽くかぶりを振って微笑んだ。
「初日の出を拝むのもオツなもんでしょう。それに初詣を済ませた後は、華子さんが作ってくれた御節を食べに戻らなくちゃあいけませんし」
そう笑んで、侘助は両腕を組んで袖の中へと押し込んだ。
華子はふと重箱に目を向けて、しばしの後に頬を緩める。
「私も一緒に戻って来てもいいかい?」
そう訊ねると、侘助は
「あたりまえですよ」
とうなずき、茶屋の外へと歩み出た。
「こんなボロ屋ですから、まあ、こんな風に言っちゃあ失礼かもしれませんが」
そう告げて小さな咳払いをしている侘助に、華子も続いて薄闇の中へと歩み出てから視線を寄せた。
「その、華子さんの家のように思ってくれれば――なんて、やっぱり失礼ですかね、ハハハ」
そう述べ終えて、侘助は照れたように頭を掻いた。
華子は、しばし侘助の顔を見上げていたが、やがて嬉しそうに目を緩め、先に歩き出した侘助を追って足を進める。
「ありがとう、侘助さん」
小声で、ささやくようにそう呟いた。
侘助は華子のその声を耳にして、ふと足を留め、肩越しに振り向いて柔らかな笑みを乗せた。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【2991 / 大徳寺・華子 / 女性 / 111歳 / 忌唄の唄い手】
NPC:侘助
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ライター通信
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新年編、お届けいたします。
改めまして、このたびは「大晦日」「新年」と2件ものご発注をくださいまして、まことにありがとうございました。
前後編的なノベルとなりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか?
わたしの個人的なイメージとしましては、華子さまには非常に大人な印象を抱いております。
ただし、「大人な女性」と一口に申しましても、それは決して「クール」で「かっこいい」ばかりではなかろうとも考えています。
「大人」だからこそ、抑えなくてはならない部分はきちんと理解できていて、時に遠慮してしまったり、時に引いてしまったりもするのだろうと。
抑え込むばかりが大人ではなかろうとも思いますが、その辺は、「大人」であるがゆえに損をしてしまっている部分でもあるのかもしれません。
なんて、書いているうちにわたしもよくわからなくなってきましたが(……)。
ともかくも、華子さまさえよろしければ、今後とも侘助共々よろしくお願いいたします。
侘助に対しては、がつんと御自分をぶつけられても支障ないかと思われますので。
それでは、またお会いできますことを祈りつつ。
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