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■藤里色紙和歌■

エム・リー
【4790】【威伏・神羅】【流しの演奏家】

 
 街中を外れ、電車とバスとで揺られる事、数時間。
 そこには見事な藤棚が咲く事で知られる場所があるのです。

 この度、その藤を愛でつつ茶会でも開こうじゃないかという運びとなりました。
 しかし、ただの茶会では些かつまらないものもございましょう。
 そこで、この度の茶会では、皆様に平安朝の貴族方の装束を纏っていただき、雅やかに百人一首でも楽しもうという運びとなったのです。




ゆく年くる年2005-2006


 108つの鐘がなり止む頃には、神羅の初詣はとうに済んでいた。
 幾分か気の早い詣でだとは思いつつも、だが、年明け早々の初詣と洒落こむには、少しばかり予定がたてこんでいる。新年の慶びを挨拶と代え、頭を下げに赴かねばならない相手が数人ばかり居るのだ。
 
 年末、大晦日。
 酔いに浮かれた客人達からの誘いは、やんわりとした調子ではねのけた。
 客人達からは何やかやと声を掛けられたが、神羅はその野次には耳を傾けない。
 ――年末の、この時間くらいは、ひとり、ゆっくりとした時を過ごしたいという心が強かったのだ。
 のんびりと過ごし、気の早い詣でを済ませ、安穏と酒を傾けるも良いだろう。ああ、酒を傾けるならば、あの茶屋に足を運ぶのが良いかもしれぬ。
 吐き出す息は白く、手袋をつけていない両手はひどく冷えた。
 上を見上げれば、月に代わり、ふらりと舞い落ちて来る雪の粒が視界に映る。

 
「おや、これは、神羅クンじゃないですか」
 たてつけの悪い引き戸を開けて中に立ち入れば、茶屋の主である侘助がのんびりとした声音でそう告げた。
 神羅は、しばし引き戸との格闘を繰り広げ、最後に大きな音をたててそれを閉めきると、侘助の笑顔を睨みすえて言葉を返した。
「この引き戸をどうにかしたらどうじゃ? 開け閉めしにくくて適わんわ」
 口を尖らせてそう言い放った神羅に、しかし侘助はハハハと笑ってみせたきり、否とも応とも口にしようとはしなかった。が、その代わり、
「外は寒かったでしょう。さあ、こちらへ。今、お茶とお茶菓子でもおだししますよ」
 そう云って空いていた椅子を引き、神羅を手招いた。
「いや、しかし、現世ではもう大晦日ですねえ。神羅クンは何所かへお参りに行ったんで?」 
 相変わらず無骨な形の湯呑を差し伸べ、緑茶を並々と注ぎいれる。
 神羅はそれを受け取って一口啜り、ふむと頷いて、ようやく頬を緩めた。
「この茶屋は見目こそ悪いが、出すものはどれも旨いのう。この茶も絶品じゃ」
「ハハ、それはどうも」
 頭を掻いて微笑む侘助を一瞥し、出されたお茶菓子を確かめる。
「ほう、今日の菓子は花びら餅じゃな」
 目尻を緩めて微笑む神羅に、侘助は自分も椅子に腰を下ろして頷いた。
「正月ですしね。薄桃のぎゅうひで味噌餡とごぼうと包んでみたものです」
「縁起菓子じゃのう」
 楊枝でそれを口に運ぶ神羅を見やり、ふと、侘助が手を打った。
「そういえば、神羅クンの和服姿っていうのを見るのは、今回が初めてでしたっけね」
 云われ、神羅は鼻先でかすかに笑み、目を細ませる。
「新年の挨拶回りに赴かねばならぬのでな。どうでならばと、新たに仕立ててもろうたのよ」
 そう返して袖を振る。振りながら、しばし、茶屋の中に目を走らせた。
「コバルトブルーの振袖とは、また随分と珍しいデザインですね。どこか洋装の、ドレスのような趣きで」
 侘助はのんびりとした口調でそう首を傾げ、そして、神羅の目が茶屋の中を確かめているのを見とめた。
「……どなたかお探しで?」
「ブフッ」
 口に運んでいた湯呑を口から離し、神羅は思わず茶を噴いた。そして目尻をほんのりと紅く染めて口を開く。
「な、何を云うておる? 今日はまたいつもよりも客の数が少ないようだと思い、客共の数を確かめておっただけじゃ」
 巾着の中から取り出したハンカチで口を拭うと、神羅はそう答えて侘助を睨みやった。
 侘助は、しかし、神羅の視線に動じた素振りも見せず、小さく肩を竦めてみせる。
「おや、そうでしたか。ハハ、これはとんだ勘違いをしてしまったようで」
 軽く頭を掻き撫ぜながら、侘助はそう告げた。
「そも、私が、この茶屋にわざわざ人を探すために赴いて来る必要なぞないであろう」
 ハンカチを巾着に突っ込んでしまいこみ、言葉も無く湯呑を突き出すと、侘助は神羅の湯呑に新しい茶を注ぎなおした。
「ハ、ハ。いや、失礼しました。……ああ、そうだ。お詫びと言ってはなんですが、ひとつ、土産などどうですか?」
「……ほう、土産とな」
 新しく波打つ茶を一口啜った後、神羅はやんわりと頬を緩ませる。
 その表情の変化に安堵したのか、侘助は茶屋の奥から徳利をひとつ、携えて来た。
「これなんですが、この茶屋でもあまり滅多に出していない、特上のもんでして。正月のお供に、よろしければ」
「ほほう」
 差し出された徳利の蓋を開け、中の酒を確かめる。
 ゆらゆらと波打っているそれは、確かに、この茶屋で出されている古酒よりももっと深みのある色をしていた。
 神羅の頬がゆらりと緩む。
「そなたの無礼はこれで飲み下してやるとしよう。――さて、では、私はそろそろ現世へと戻る事としようか」
 笑みを浮かべ、徳利を大切に抱え持ち、ゆったりとした所作で腰をあげる。
 裾と袖に施された青い大輪花が、ゆらゆらと静かに揺れた。
「おや、お帰りですか。それでは、良いお年を」
 神羅が席を立つのと同時、侘助もまた席を立って歩き出す。
 たてつけの悪い引き戸は、侘助の手によって難なく開け放たれた。
 神羅は侘助に向けて軽い挨拶を残すと、示された四つ辻の薄闇の中へと歩みを寄せたのだった。

 現世では、間もなく新しい年を迎えようとしているというのに、四つ辻の、安穏とした夜の闇は、そんな事などまるでお構いなしといった風情で佇んでいる。
 カラリコロリと風を揺らすは、神羅が履いている草履の音。
 仕立てたばかりの振袖に合わせて買い揃えた草履は、青を引き締める純白色をしている。
 花を模した髪飾りを指で撫ぜ、古酒を入った徳利を片手に、神羅は高揚とした心地で薄闇の中、帰路を目指す。
 四つ辻茶屋で振る舞われる古酒の味は、以前にも味わった事がある。その味を思えば、酒好きならば誰しもが今の自分と同じ心地を覚えるに違いない。
 まして、この中にあるのは、その中でも更に特上のものの中に数えられるという。
「お屠蘇として嗜むには、しかし、ちいとばかり量が少ないかもしれぬのう……」
 独りごちて徳利を掲げ、その量を目算する。その徳利の向こう、ふと、行灯の火影がいくつも揺れているのが見えた。
「ふむ……?」
 しばし足を留め、こちらへと寄って来る夜行へと視線を向けた。
 妖怪達は、見る間に神羅の近くへと寄って来る。恐らく、茶屋へ向かう途中なのだろう。
 浮かれ騒ぎ、唄に興じたりしつつ歩き進んで来る彼らは、どうやら、現世での年明け――年越しを祝っているようだ。
「おう、おまえさんもあれかい。年越し騒ぎに来たのかい」
 夜行の一人が神羅に告げた。
 神羅は肩を竦めて微笑むと、
「そなたらの大将に挨拶に来たまでの事。今から帰路へと向かうところじゃ」
「おやおやおや、そいつぁいけねえ。おまえさんの持ってるその徳利は、あっしら全員で楽しんでこその逸品だろうが」
「む? 何を馬鹿げた事を。これは私がひとりで――これ、この徳利は私が貰うた――」
 妖怪達の手が幾つもにゅうと伸び、神羅が抱え持つ徳利を掴み取ろうとしている。神羅は懸命に身をよじったが、既に酒に酔っている妖怪達の耳には届いていそうにもない。
「そうだ、あんたも一緒に呑もうじゃあねえか。おお、それがいい! ほれ、そうと決まれば路を引き返し、茶屋へと戻るとしようじゃあないか」
 妖怪のどれかがそう告げる。他の妖怪達は皆それぞれに頷き、賛同している。
「いや、ちょ、私は戻らねばならぬと」
「まったく、この酔っ払いどもめが」
 にゅうと伸びた妖怪達の腕に紛れ、人間の腕が一本、ぬうと伸びて神羅の腕を引っ掴んだ。
「酔っ払いのタチの悪さは人間も妖怪も関係ねえもんだな」
 大袈裟にため息を漏らしているその声の主を、神羅はつと確かめる。
「田辺」
 口をついて出た名前に、神羅はふうと息を吐いた。
 神羅の腕を掴み、妖怪達の喧騒から救い上げたのは、黒衣のパティシエ・田辺聖人であった。
「慣れない格好してやがるから、こんな目に遭うんだろうが」
 ため息混じりにそう告げられた田辺の言葉に、神羅の片眉がびんと跳ねた。
「慣れない格好とは何だ」
「おまえが振袖なんて、珍しいなっつってんだよ」
 そう述べて目を細ませている田辺に、妖怪達は口々に挨拶を残して去っていく。田辺はそれを受けて片手を挙げると、その手でそのまま頭を掻いた。
「ふん。新鮮であろう」
 鼻を鳴らしてそう笑むと、神羅は両腕を腰にあてがって田辺の顔を見上げる。
「そなたも年越し祝いのために茶屋へと向かうのか?」
「ああー、んー、まあ、暇だしな。一通り忙しいのも落ち着いたし、たまには少しゆっくりとするかななんて思ってな。……おまえはこれから出掛けるのか?」
「この神羅にも、新年の挨拶を述べに行かねばならぬ相手ぐらいはおるのでな」
「なるほど。それじゃあ、気をつけてな。いい年を」
 そう述べて歩き出そうとした田辺を、神羅の声がやんわりと呼び止める。
「そなた、初詣などはもう済ませたのか?」
「初詣ぇ? んなもん、面倒くせえばかりじゃねえか」
 呆れたような口ぶりでそう返した田辺に、神羅の頬がにやりと緩んだ。
「丁度良い。除夜の鐘も鳴り止んだ事だし、まずは初詣と洒落込もうぞ」
「はあ?」
 神羅の言葉に驚いたのか、田辺は素っ頓狂な声をあげる。だがしかし、神羅は田辺の腕に手を回し、力まかせにぐいと引っ張っるのだった。
「どうせ暇ならば私に付き合え。行きたい社があるのじゃ」
 
 微笑みを浮かべて田辺を見上げると、田辺はぼりぼりと頭を掻きつつも、小さな笑みを滲ませていた。
「はいはい、わかりましたよ。どこへでもお供しましょうとも」
 そう述べた田辺に、神羅は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「夜が明けるまでの間じゃ。なあに、まだまだ夜は長い。ゆるりと過ごすとしようぞ」
 



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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【4790 / 威伏・神羅 / 女性 / 623歳 / 流しの演奏家】

NPC:田辺聖人、侘助

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         ライター通信          
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いつもお世話様です。そして、遅ればせながら、新年のお慶びを申し上げます。

今回のノベルでは、前半部分と後半部分の2描写といった形で書かせていただきました。
神羅さまがあまりにもかわいらしいので、ちょっともだえてみたりしつつ(笑)。
ちなみに、これはまったくの余談ではあるのですが、ノベル中で着ていただきました振袖は、実際に発売されていたものです。
創作振袖というものでしたが、色柄がなんとも物珍しく美しかったものですから、これはぜひ神羅さまにも着ていただかねばと思い(笑)。
お気に召していただけましたら幸いです。

いつも田辺を構ってくださり、ありがとうございます。
よろしければまた構いにいらしてくださいませ。

それでは、またお会いできることを祈りつつ。