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■藤里色紙和歌■

エム・リー
【3629】【十里楠・真癒圭】【文章ライター兼家事手伝い】

 
 街中を外れ、電車とバスとで揺られる事、数時間。
 そこには見事な藤棚が咲く事で知られる場所があるのです。

 この度、その藤を愛でつつ茶会でも開こうじゃないかという運びとなりました。
 しかし、ただの茶会では些かつまらないものもございましょう。
 そこで、この度の茶会では、皆様に平安朝の貴族方の装束を纏っていただき、雅やかに百人一首でも楽しもうという運びとなったのです。




ゆく年くる年2005-2006


 108つの鐘の内、果たしていくつ目の音が響き渡ってきたものだろうか。
 鳴りはじめの12ほどまでは律儀に聴きとめてもいたが、真雄が蕎麦を運んで来てからは、数えるのもすっかり忘れてしまっていた。
 祝い箸を割って手を合わせ、温かな湯気の立ちのぼる蕎麦を口にする。
「……んっ、美味しい!」
 一口食し、真癒圭は目を輝かせてそう述べた。
「殻のついた状態で石臼挽きにした蕎麦粉を使ってみたんだけど、我ながらうまく打てたから良かったよ」
 真癒圭が目を輝かせて二口、三口と食していくのを見やりつつ、真雄は湯呑を口に運ぶ。
「うん、すごい美味しい。真雄、お蕎麦屋さんやったらいいのに」
 ゆったりと微笑み、箸を休める真癒圭の視線を受け、真雄は小さく吹きだした。
「ボクが? ハ、商売なんか興味ないな。第一面倒くさいばっかりだろうし」
「そう? きっと流行ると思うけどなあ」
 箸休めの茶を啜り終えて、真癒圭は再び蕎麦と対峙した。
「そうかな。でもボクの打った蕎麦って、蕎麦粉とか以外にも粉末使ってあるし、さすがにヤバいんじゃないのかな」
 頬づえをついた姿勢で艶然と微笑む真雄が発したその言葉に、真癒圭は動かした箸をぴたりと止める。
「……え?」
 真癒圭の笑顔がかすかに固まった。
 真雄はフと肩を上下させて笑みをこぼし、自分も祝い箸をぱちんと割った。
「そんなわけないじゃん」
 固まっている真癒圭に目を細め、真雄はにやりと頬を緩める。
「……!」
 蕎麦を食しはじめた真雄を見据えたまま真癒圭はしばし呆然と言葉を失っていたが、しかし次の時には軽く頬を膨らませてそっぽを向いた。
「またそんな事言って!」
 そう云うと、真癒圭はぷうと頬を膨らます。膨らましながらも、蕎麦をまた一口。
 真雄は真癒圭の表情の移り変わりを楽しげに眺めて目を細め、湯呑を片手に首を傾げた。
「あれ、怒ったの?」
 穏やかに頬を緩めて真癒圭の顔を覗きこむ真雄の声音は、聞くだけで心が安堵の息を吐くほどにやわらかだ。
 真癒圭は口の中の蕎麦を飲み込むと、ちらりと真雄を一瞥し、そしてゆっくりとかぶりを振った。
「……」
 かぶりを振りつつも言葉を返そうとはしない真癒圭を、真雄は頬づえをついて真っ直ぐに見据える。
 心なしか、自分を見上げる真癒圭の頬が紅く色づいているように思えて、真雄は真癒圭を見つめる視線をゆったりと細ませた。
「食べ終わったら初詣に行こうか」
「……」
 真雄の申し出に、しかし真癒圭は返事を返すことなく、ただ真雄を見上げて蕎麦を口にするばかり。
 真雄はふと頬を緩めて首を傾げ、真癒圭の顔を覗きこむような姿勢をとって微笑んだ。
「晴れ着の着付けはボクがやってあげるからさ」
「……自分で出来る」
 蕎麦を食し終えた真癒圭は、真雄の言葉に頬を膨らませて言い返す。だが、その言葉はさほどには意味を成さなかった。――真癒圭が着付けをやれない事など、真雄はとてもよく理解しているからだ。
「へえ、そうなの? 知らなかったなあ」
 のんびりとそう述べて蕎麦を口に運ぶ真雄を、真癒圭はちろりと一瞥して睫毛を伏せる。
「だって、着付けって下着みたいな状態から始まるじゃない。そんなの見せられないわ」
 ぼそりと呟くようにそう返し、真癒圭はわずかに頬を膨らませた。
「じゃあ、ボクの知り合いの店に行こう。彼女なら女性だし、着付けもプロだし、安心出来るだろ?」
 真雄は微笑みながらそう告げる。まるで、真癒圭が何をどう発してくるのかを、あらかじめ分かっていたかのような口ぶりで。
 真癒圭は余裕めいた真雄の笑顔に軽く腹を立てながら、しばしの後にやわらかな笑みを乗せた。
「真雄が買ってくれた晴れ着を着てもいい? あの紅色のやつ」
「ん? いいよ。真癒圭のために仕立てさせたものだから、きっと似合うと思うよ」
 穏やかに微笑する真雄に、真癒圭は安堵の息をついてうなずいた。

 真雄が予約をいれておいたという店の女性は、時間帯が深夜であるというのにも関わらず、イヤな顔ひとつせずにふたりを迎え入れた。
 朱色の地に小花が散りばめられたデザインの振袖。それに合わせてあつらえたものだろうか、帯は流水に花の柄が織られてある。
「趣味の良い仕立てですねえ」
 着付けをしてくれた女性が感嘆の息をつく。
 真癒圭は彼女の言葉に頬を染め、自慢げに胸をはって応えた。
「真雄が選んでくれたものですから」

 着付けが済み、店の外へと踏み出す。
 真雄は店の外で缶コーヒーを飲んでいたが、真癒圭が出てきたのを知るとふわりと微笑んでうなずいた。
「うん、やっぱり似合うよ。真癒圭にはそういう明るくて優しい色が似合う」
 そう告げて真癒圭の分のミルクティーを差し伸べる。
 真癒圭は差し伸べられた缶を受け取ると、気恥ずかしげに目をしばたかせて上目に真雄を確かめた。
「……ありがとう」
 ぼそりと呟くと、真雄は喜色を滲ませた双眸を緩めて真癒圭の体にショールを巻いた。
「着物に合わせて買ったんだ。寒いから冷やさないようにね」
「……ありがとう」
 再びそう呟いて真雄の顔を見つめる。
 真雄もまた、和装だ。
 落ち着いた色合いの和服は、真雄の年齢を思えば本来ならば多少地味なものになってしまいかねないのだろうが、真雄の放つ独特な空気が、その違和感を見事に克服してしまっている。
 ――しかも。
 真癒圭はミルクティーの熱で冷えた体を温めながら、横を歩く真雄の姿に視線を向ける。
 着ている和服のせいだろうか。あるいは日頃滅多に歩くことのない夜の景色がそう見させているだけだろうか。
 真雄が、ひどく大人びて見えるのだ。
「ん? どうしたの?」
 その時不意に、真雄が真癒圭に微笑みかけた。
「え? ううん、なんでもない」
 真癒圭は慌てて視線をそらした。

 ふたりが目指した先は規模としては多少大きな神社だった。
 時間的にまだ明け方の早い時間――ほとんど真夜中といっても過言ではない時間帯であるとはいえ、やはり年が明けたばかりの神社は人混みでごった返している。
 並ぶ夜店をひやかしつつ本殿へと向かう。
 真雄は真癒圭が気付かないように配慮しながら、真癒圭の進む道を確保する。石畳が真癒圭の足をとらないように。通り過ぎる若者達が真癒圭の肩にぶつかり、押したりする事のないように。

 本殿の前には初詣客達が列をなしていた。
「しばらく待つみたいだね。……どうしようか」
 訊ねつつ、真癒圭の姿を確かめる。
 真癒圭は道すがら買った大判焼きを頬張っていたが、真雄の言葉に少しばかり首を傾げて小さな唸り声をあげた。
「並んで待つのは構わないけど……でも待ってる間に冷え込んじゃいそうだね」
「うん」
 真癒圭の言葉に、真雄は小さく頷いた。
「ボクの知ってる神社があるんだけど、そこに行く? 小さな神社だけど、落ち着いてていい所なんだよ。何より、振る舞ってくれる甘酒が美味い」
「甘酒? おいしいの?」
「絶品」
「ホント?! うわ、飲んでみたいかも」
 真癒圭が目を輝かせたのを見て、真雄はかすかに微笑んだ。
「じゃあ、決定」
 そう述べて真癒圭の手を引き、歩く。
 
 夜風がふわりとふたりを撫でた。

 真雄が言っていた神社までは、タクシーを拾って向かった。
 距離的にはそれほど離れていないんだけど。
 そう告げた真雄に、じゃあ歩いて向かえばいいじゃないと返した真癒圭の言葉は、しかし、かぶりを振る真雄によって制された。

「歩いているうちに冷え込んじゃってもなんだしね」
 目的地である神社の前でタクシーを降りると、真雄はそう述べて肩を竦めた。

 件の神社は、確かに、先ほどまでいた神社に比べれば規模の小さな場所だった。
 しかし、初詣客の姿はまばらで、夜店なども並んでいない。
 ぼうやりとした灯を放つ提灯が揺れ、小さな屋根の下で巫女が御守や札を売っている。
 どこからか流れ聞こえる厳かな祝詞の声を耳にして、真癒圭は白い息をひとつ吐いた。
「……落ち着いてて素敵ね」
 そう呟いて穏やかに微笑む。
「気に入った?」
 その横で、真雄が真癒圭の横顔を見つめながら微笑する。
 真癒圭が嬉しそうにうなずくと、真雄もまた嬉しそうに頬を緩め、
「じゃあ、お参りするとしようか。ここなら並ぶ必要もないし」
 そう続けて真癒圭の手を引いた。

 賽銭を投げ入れ、拍手を打つ。
 本殿の中からは祝詞の声が聴こえる。
 真癒圭は息を整えた後に、目を閉じて手を合わせた。
 ――どうか男性恐怖症が治りますように、真雄や大事な人達が今年一年幸せにすごせますように。
 心の内でそう告げて、むにゃむにゃと祈りの言葉を口にする。
 そして気がつけば、先に願掛けを終えていたらしい真雄が、頬を緩めつつ真癒圭の顔を見やっていたのだった。
「真雄も願掛け終わったの?」
 問えば、真雄はふかぶかとうなずいてから微笑んだ。
「うん」
「なにをお祈りしたの?」
 続けて問うが、真雄はそれに応じる様子を見せず、ふと意地悪い笑みを乗せて目を細ませた。
「何を願掛けしたかって?」
「うん」
 続けて告げられるであろう真雄の返事を期待して、真癒圭の目が輝きを帯びる。
 その輝きを覗き込み、真雄は小さく笑った。
「教えない」
「――!」
 真癒圭の頬が膨らんだ。
 真雄は小さな笑い声を漏らし、真癒圭の髪をふわりと撫でた。
「真癒圭の願いもかなうよ、きっと」
 そう告げた真雄に、真癒圭はふと耳まで赤く染めてそっぽを向く。
「私がなにをお願いしたか、知らないくせに」
「はは。それもそうだね」
「もう。またそういう風に言う。なんか見透かされてるような気がするのよ」
「どうかな。――――それよりも、ほら、甘酒を貰いに行こう。体冷えちゃうだろ?」
「あ、そうよ、甘酒!」
 真癒圭は思い出したように走り出し、仮設テントの下で甘酒を振る舞っている巫女のもとへと向かった。
 真雄は真癒圭の背中を見守りながら、小さな白い息を吐く。

 ちゃんと守るから、大丈夫だよ。

 呟かれたその言葉は、甘酒を貰ってはしゃぐ真癒圭の耳には届かない。
 しかし、真雄はふと笑みをこぼして真癒圭の後を追いかけた。

 





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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【3628 / 十里楠・真雄 / 男性 / 17歳 / 闇医者(表では姉の庇護の元プータロー)】
【3629 / 十里楠・真癒圭 / 女性 / 30歳 / 文章ライター兼家事手伝い】


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         ライター通信          
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お届けがぎりぎりになってしまいました;
お待たせしてしまいましたが、お正月ノベル、お届けいたします。

このたびはご姉弟さまでのご発注、まことにありがとうございました!
ノベル中、お姉さまの振袖の色柄をどう描写しようかと思い悩み、結果、弟さまが所有されているお正月ピンでのものにいたしました。
もしも支障などございましたら、どうぞお気軽にお申し付けくださいませ。

会話などのやり取りが、姉弟のものというよりは恋人同士のそれというようになってしまいました。
お気に召していただけるかどうか、心配であります。

それでは、ご発注ありがとうございました。
機会がありましたら、またお会い出来るようにと願いつつ。