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■ワンダフル・ライフ〜新年パーティをご一緒に■

瀬戸太一
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】
『新年、明けましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました、今年もどうぞ宜しくお願いします!

ということで今日和、ルーリィです。おきまりの文章から始めてみました。
最近はぐんと冷え込んできたから、おこたの中で正月を迎えた方もいらっしゃるかもね?
何はともあれ、新年です。問答無用でおめでたいです。
なのでおめでた続きに、うちの店でもぱーっと騒ぎませんかっていう招待状なのです。

来る1月○日、正午から。
お時間がある方は、是非いらしてみて下さいね。
美味しいお食事とお酒、
未成年の方にはジュースをご用意してお待ちしております。



――…尚、この招待状に記載されている番号を、
   当日従業員までお教えくださいませね。
   内容はヒミツ。当日まで、お楽しみに。』



「…と、こんなものでいいかしら」
 私は今し方和紙に筆で書き付けた手紙を銀埜に見せて、彼の顔色を伺ってみた。
銀埜は店の埃をはたく手を止めて、ちらりと私の手の中を一瞥する。
「特に問題はないと思いますよ。むしろ、枚数のほうが気になりますが」
「枚数?えーと…これで、二桁は超えた…かしら」
 私がそう答えると、銀埜はじとっとした目で机の中央のほうを見る。
そこにはまだまだ、白紙のままの和紙のストックが溜まっている。
「…書けたものは、既に配ってきたそうですね?」
「ええ。善は急げっていうじゃない?」
「善なら良いのですが。…全く無関係の方のところまで届いていたと、知らせがありましたよ。ルーリィ、もしや無差別に招待状を投げ入れているのではー…」
「…………………。」
 暫し私たちは、無言で見つめ合った。
だがすぐにその緊張の糸はぷちんとちぎれ、私は苦笑して頭を掻く。
「あ……あはは。ま、まあいいじゃない?パーティは大勢のほうが楽しいわよ」
「…それだけの人数が、うちの店に収まればいいのですけれど」

 銀埜のそんなぼそっとした呟きが私の耳に届いていたけれど、私は聞かなかったことにした。
だって、招待状を送ったうちの何人が来てくれるかも分からないしー…それに、まだ会ったことのない人と騒ぐのも、きっと楽しいわ。
「大丈夫大丈夫!そんな心配、きっと杞憂になるわ。
さ、招待状を書き終わったら、次は店内の飾り付けよ。忙しくなるから、頑張りましょう!」
「…イェス、マスター」



 …そんな感じで、「ワールズエンド」新年パーティは始まったのです。


ワンダフル・ライフ〜新年パーティをご一緒に

 

 
 空は快晴日本晴れ。気候は穏やか、風は微かに頬を撫でる程度。
そんなとても気持ちの良い或る日、雑貨屋ワールズエンドへと続く道を、4つの人影が仲良さそうに歩いていた。
「ふっふ〜ん。日差しきつくねえってホントにいいよなー」
「こうじゅたん、ふゆなんでちからあたりまえでちよ」
「でも最近は地球温暖化と申しますから、冬でも紫外線対策は欠かせませんわね」
「日焼けクリーム塗るといいなの!夏は欠かせないって持ち主さんがいってたのー」
 性別や年齢、外見もばらばらな4人は、わいわいと静かな住宅街に賑やかな声を響かせている。
4人の行く先は皆同じ、途中でばったり会ったので、丁度いいから一緒に行こうとそういう訳なのである。
 鼻歌を歌いながら先頭を行く浅海紅珠は、上機嫌でふんふん、と飛ぶように歩いていた。
彼女は正月らしく振袖を着込んでいたが、過去の失敗を生かし、紅珠流のアレンジを加えているので、
振袖であっても動き難くは無いようだ。
上半身は極普通の振袖、薄青の地に白い小さな花がいくつもあしらわれている。
そして下半身は通常であればくるぶしまで届く裾があるのだが、
彼女の振袖の裾は膝丈までしかなく、代わりにとばかりに白いニーソックスを履いていた。
だがこれもまた普通のソックスではなく、足先は足袋のようになっている。
一見異様とも見えるアレンジ晴れ着は、これがどうして活発的な紅珠にとても良く似合っていて、
紅珠自身も満足していて上機嫌なのだった。
 無論紅珠のそんな出で立ちは他の3人の目を引くらしく、
清楚な薄桃色の晴れ着を優雅に着こなしている鹿沼デルフェスからは、良くお似合いですわよ、と先程言われたばかりだ。
「僕も晴れ着着てこれば良かったのー。みんなきれいなの!」
 そんな彼女らを羨ましそうに眺める藤井蘭だが、素直な彼らしく、にっこり笑って皆を誉めることを忘れない。
なのでデルフェスは、そんな蘭の頭を軽く撫でて微笑んだ。
「あら、蘭さまはそのままで十分お可愛く思いますわ。
それにパーティではしゃいでしまったら、折角のお着物が汚れてしまいますもの」
 デルフェスのその言葉を聞いて、はしゃぐ気満々だった紅珠がぎくっと震えていたことに、デルフェスは気づかない。
 そんな和やかな雰囲気の中で一人、少々沈んだ顔の少年がいた。
特に蘭の言葉あたりから曇った表情を見せる彼に気づいた蘭は、訝しげに少年の顔を覗き込む。
「クラウレスさんどうしたの?」
「お加減でも悪いのでしょうか?」
 続けて顔を覗き込むデルフェス。少し先に行ってしまっていた紅珠は、ん?と気づき、
とっとこ駆けて戻ってきた。
「どーしたん?あっ、クラウレスまだ気にしてんだろー」
 少年、クラウレス・フィアートが沈んだ顔をしている訳をいち早く察した紅珠は、
にやりと笑ってクラウレスの頭に手を置いた。
「だーいじょうぶだって。きっとみんなかわいーって云うよ」
「…それがいやなんでち!」
 クラウレスはかろうじてそう反撃を返し、そしてハァ、と溜息をついた。




 魔女の雑貨屋、『ワールズエンド』はもうすぐである。











「あっ、わんこちゃんなのー!」
 店の玄関の前にちょこんと行儀良く座っているシェパード犬に気づいた蘭が、
タッと駆け出してその少しちくちくする毛皮に抱きついた。
「おっきいのー、かわいいのー」
「銀埜さま、ご無沙汰しております。本日はお誘い頂き有り難う御座いました」
 蘭に追いついたデルフェスは、シェパード犬に戻っている銀埜を認め、軽く頭を下げた。
蘭はデルフェスの言葉に、抱きついたまま銀埜の顎の辺りを見上げる。
「銀埜さんなの!会いたかったの、やっぱりかわいいのー」
 そう言って、嬉しそうに毛皮に顔をうずめ、くすぐったそうに笑う。
銀埜は抱きつかれながらそんな蘭を微笑ましげに眺め、ぱたぱたと尾を振りながら口を開いた。
「ようこそいらっしゃいませ、蘭さん、デルフェスさん。お二人でいらしたのでしょうか?」
「いえ、もうすぐ来られますわ。…ほら、あちらに」
 デルフェスがそう片手で示すと、渋るクラウレスの手を引く紅珠が、えっちらおっちらやって来るところだった。
「あー、銀埜サーン!ひっさしぶりぃ」
 皆の姿を認めた紅珠は、嬉しそうにぶんぶんと腕を振った。
その腕に強引に引かれているクラウレスは、初っ端から厄介な人にあったとげんなりした。
 そんな二人を眺めながら、銀埜は不思議そうに呟く。
「…クラウレスさんは如何されたのでしょうか?」
 どうみても、紅珠に無理矢理連れてこられたように見える。
少し眉を曇らせた銀埜に、蘭はぷっと吹き出したあとに云った。
「ちがうの、これにはわけがあるの!」
「そうなのです。一目見ればお分かりになりますわ。クラウレスさんは途中までは喜んでいらしたのですもの」
「ほんとなの、とってもかわいいなのー」
 デルフェスと蘭から交互に弁解され、銀埜は首を傾げた。
…どうやら自分の与り知らない事情があるようだ。
 蘭に抱きつかれているので動くわけにもいかず、銀埜はまだ少し遠いところにいる二人をじっと眺めた。
すると呆れ顔の紅珠がなにやらクラウレスに吹き込んだようで、
クラウレスは今までの渋る態度とは一変し、大股でずんずんと自分から歩き出した。
その様子に明らかにおかしいものを感じ、銀埜は眉を寄せる。
クラウレスの後ろからついてきている紅珠が、なにやらニヤニヤと企むような笑みを浮かべているからだ。
「一目で分かるとのことですが、これは―…」
 そういいかけた銀埜は、近寄ってきたクラウレスを見て、思わずあんぐり、と口を開けた。
その様子にデルフェスはくすくすと笑い、着物の袖で口元を隠す。
「唖然としたわんこさんというものは、滅多にお目にかけるものではありませんわね」
「めずらしいなの。銀埜さんびっくりしてるのー」
 銀埜が呆気にとられている理由をちゃんと分かっている蘭は、楽しげにはしゃいで云った。
 そして銀埜があんぐりしている間にクラウレスたち二人はワールズエンドに到着し、
紅珠はにやにやと笑みを浮かべながら、クラウレスはむん、と胸を張りながら、二人して挨拶をする。
「どーも、この度はお招きありがとさん!」
「しょうたいじょう、ありがたくいただいたのでち。きょうをたのしみにしてたのでち」
「……は。えー、ようこそいらっしゃいせ、紅珠さん、クラウレスさん。
…新年のご挨拶は主となさってくださいませ。今の私は単なる案内役故」
「はーい、了解!やっぱこういうもんは、皆そろってからだよなー」
 紅珠はピッと手を上げ、上機嫌に返す。
銀埜は皆の顔を見渡したあと、さっと立ち上がって方向転換し、器用に鼻先でドアを押し開けた。
その動作は機敏というよりかは焦っているというようなもので、多分その場にいる全員がその理由を分かっていた。
「…では皆様、ワールズエンド新年パーティへご案内致します。
主人一同お待ちしておりますので、どうぞこちらへ」
 銀埜はさっと早口でそう告げ、開いた扉の中に自ら体を滑り込ませた。
その銀埜の背の後ろでは、憤慨したクラウレスの声が響いた。
「…ふきだちゅのこらえてまちゅね、ぎんやたん!ひきょうなのでち、どうどうとしょうぶするでちよー!」
 その怒号のあとには、他の3人のどっとした笑い声が聞こえた。
そして銀埜自身も、扉の影で、思わずクックッ、と忍び笑いを洩らしていた。
…さて、主人の反応が実に楽しみである。








                     *






 さて4人が店内に入ると、普段は明かりが灯っている店内が真っ暗だった。
皆が入ったあとに玄関の扉がばたんと独りでに閉められ、カーテンも締め切っている店内は何も見えないほど暗い。
「…くらいのー、こわいなの…」
 蘭のそんな心細そうな声がしたと思うと、蘭のすぐ傍で落ち着き払った銀埜の声がした。
「…暗いですから、足元にご注意下さい。もう少しお進み頂く必要がありますので。
蘭さん、もし不安でしたら私の尻尾を握って頂いても構いませんよ」
 すると、ふさふさした毛が、蘭の腰あたりにぽふぽふと当たった。
蘭は思わずぎゅっとその毛を握る。
 そして蘭と同じように突然の暗闇に驚いている一行が少し進むと、
突然華やかな声が店内に響いた。
「ハッピーニューイヤー!みんな、新年おめでとう!」
 その声と同時に、パッと店内に明かりが灯り、いくつかある窓に掛かっていたカーテンが一気にさぁっと引かれた。
唐突に明るくなった視界に皆は目を瞬かせていたが、やがて視界が落ち着いてくると、
各々の口から、ほう、という溜息が漏れた。
 数日前から準備していたのだろうか、皆それぞれ一度は訪れたことがある店内が、がらりと様変わりしていた。
壁一面にはきらきらと光る粉のようなものが振りまかれ、金が銀のきらめきをふりまいていた。
カーテンの色は赤と白のおめでたい二色、
数がぐんと少なくなって壁際に飾り棚として置かれている棚の中は、小さな犬の牧場と化していた。
良く覗き込んでみるとそれらは全てミニチュアサイズの多種多様な犬の置物なのだった。
一般的なぬいぐるみから始まり、毛糸で編んだ編みぐるみ、粘土細工に重そうな金属製のもの。
果ては針金で組まれた犬まであって、それらは置物の種類ごとに棚分けされているようだった。
そして特筆すべきは、そんな多種多様な犬の置物が、全て命を吹き込まれたように自由に動いていること。
まるで北海道にある某王国のように、広々とした棚の上で、駆け回る犬もいれば
優雅に昼寝を楽しむ犬もおり、かと思えばかみ付き合ってじゃれている子犬もいて、なかなか壮観な眺めだった。
そして棚はとりあえずはガラス張りにはなっているものの、外から自由にのぞきこめる作りになっていて、
しかも犬たちが転んでも痛くないように棚の中にはちゃんと芝生が生えているのだった。
 そんな犬の牧場をウィンドウショッピングのように楽しんだあとは、自然と目は店内の光景に移る。
やけに店内がオレンジ色だと思ったら、通常はランプで賄っている明かりは、
全て特製の色つきランプに置き換えられているのだった。
だがそのランプは誰が何を勘違いしたのか、いくつかあるもの全てが小さな門松型のランプになっている。
あの松が半透明のつくりになっていて、その中でオレンジ色の明かりがとうとうと灯っている。
それに唖然としたあとは、さらに眉を顰めることだろう。
暖炉があった場所に、あの大きな火が見当たらないと思ったら、
暖炉に食い込むようにして、真四角の大きめの木の板がレンガにはめ込まれている。
その高さは床に座れば丁度よいぐらいの高さ、そしてどう細工したのか検討もつかないが、
なぜかその木の板からは暖かそうな布団が床に広がっている。
…どうやら作ったもの的には、一応コタツのつもりらしい。
 そんなナンチャッテ日本の冬にまず最初に憤慨したのは紅珠だった。
「ちがうぜこれー!こんなのコタツじゃないよ!」
 ぶーぶー、とブーイングをたれる紅珠。
デルフェスは内心紅珠に同意しつつも、とりあえず宥めることにしたようで。
「紅珠さま、落ち着いて下さい。ルーリィさまたちの村では、これをコタツと云うのかもしれませんし」
「えー、でもやっぱ違うもんは違うって!これじゃあさ、家族麻雀できねえじゃん!」
 そう言って、ぶぅとまた口を尖らせる。
確かに紅珠の云うとおり、これでは3人はコタツに足を突っ込めるが、もう一人が本来入るべきの場所は
レンガの壁に防がれているのだ。
紅珠は更なる同意を求め、残る二人を探した。…だが次の瞬間、がくっと肩を落とす。
「みてなの、すごいのー!ちっさなわんこさんがじゃれてるのー」
「あっかんでちゅねー。これはすごいでち。いぬどしだからでちか?」
 お子様二人はどうやら犬牧場に釘付けのようだ。
とりあえず文句をいってやろうと店主を探してみたが、店主のルーリィは犬牧場の解説に心を奪われている。
あれは彼女の力作なのだろう。
 紅珠は口を尖らせたまま、ふと気がつけば足元にいた銀埜を見下ろした。
「な、これ誰が作ったんだよ?」
「……私です」
「……………。」
 犬牧場を見ながらきゃっきゃとはしゃぐゾーンとは裏腹に、コタツの傍らでは無言の時が流れてしまった。
「……あ、あの」
 思わず目を逸らし合う二人の間で、デルフェスは珍しく慌てた。
そしてこの状況を打破すべく、ぽん、と明るく手を叩く。
「そういえば、まだご挨拶がまだでしたわね」
 そう独り言のように云って、ぱたぱたとルーリィたちのところに駆け寄るデルフェス。
…あの二人は自分には荷が重いと判断したようだ。
「あー……挨拶な、挨拶っ!忘れるとこだった!」
 初っ端から無言はさすがに勘弁と思ったのか、紅珠は重い空気を取り払うように、わざと明るい声を出した。
「ほら銀埜サン!俺渡すもんあるんだよ、早く向こういこうぜー」
 尻尾と耳をうな垂れてしまった銀埜の腹をぐいぐいと押す紅珠。
だがぽつりと呟く銀埜の言葉に、また固まってしまった。
「……コタツといえば家族麻雀。そんなことを忘れていたとは…本当に私は至らなくて…」
「………………。」
 ああ重い、重すぎる。こんなことなら冗談半分に家族麻雀ができないなんていうんじゃなかった。
紅珠がそう心の中で後悔したそのとき、頭の上のほうから救いの声が届いた。
「ほらさー、やっぱ俺のいうとおりじゃん!銀が資料も見ねえでこんなもん作るからだぜぇ?
ぜってー違うって俺いったのにー」
「え?あれ?こうもり?」
 紅珠は目を丸くしながら、自分の目の前でぱたぱたと羽ばたくその黒く小さな鳥のような獣を見つめた。
その獣、コウモリは羽を器用に羽ばたかせながら、銀埜の頭の上、耳と耳の間のあたりに着地した。
そして紅珠を見上げ、片手―…片羽をあげる。
「よーっす。紅珠ねーちゃんだよな?俺リック、使い魔の一人よ。部屋狭くなるからコウモリに戻っとけってさ。
ひでーよなあ、ここの魔女って」
「へー、使い魔もう一匹いたんだあ。よろしくなっ」
 紅珠はこの重い空気を打破してくれた新顔に心の底からほっとして笑顔を浮かべた。
そして張本人の銀埜はというと、空気のかわりに今度は頭の上が重くなってきたようで、
少々ムッとしながら首を振った。
「重い、降りろリック。それに私の設計は間違ってなんかない。
家族麻雀なんか普通のテーブルでも出来るだろう。コタツは暖まればそれでいいのだ」
 憤慨してそう云う銀埜に、いつもの調子が戻ってきたことを察した紅珠は、けらけらと笑いながら銀埜の毛皮を軽く叩いた。
「そーそー、麻雀なんかどこでも出来るよっ。ごめんなー銀埜サン」
「いえ、お気になさらず。それに紅珠さんの言葉で気にした私が馬鹿だったのです。
では主人のところに参りましょう」
 さらりと失礼なことを言ったあと、銀埜は何事もなかったかのように、
リックを頭の上に止まらせながら、尾をふって主人のところに駆け寄る。
紅珠は思わず引きつり笑いを浮かべ、頭をぽりぽりと掻いた。
「……あーそうね、それがいつもの調子ってわけね。はー」
 そしてやはり、ここの雑貨屋は変な奴が多いと思った。








「では改めまして、あけましておめでとうございます」
 一通り見物も済んだところで、デルフェスが楚々とした動作で頭を下げ、新年の挨拶を告げた。
それに合わせるように、蘭、紅珠もそれぞれ挨拶を交わす。
「あけましておめでとー、なの!」
「おめでとー。今年もよろしくっ」
 出迎えたルーリィと干支に準えてか犬の姿のままでお座りしている銀埜、
そしてその頭の上にちょこんと止まっている黒コウモリのリックも、その挨拶を受けて頭を下げる。
「はい、あけましておめでとう。いらっしゃって下さって嬉しいわ、今年も宜しくお願いします」
 そう新年にお決まりの挨拶を交わしたあとで、ルーリィは残る一人の来訪者に気がつく。
「クラウレスさん?どうしたの?」
 ルーリィは首をかしげてみた。クラウレスは何故か、ふっふっふと不敵に笑い、腰に手を当てているのである。
「るーりぃたん、みなたん!わたちはあいしゃつのまえに、せんせいするでちよ」
「…先生?」
 クラウレスの言葉の意味が良く分からず、もっと深く首をかしげてしまうルーリィ。
そんなルーリィを呆れたように眺め、紅珠がちっちっ、と指を振る。
「宣誓、だよルーリィ。クラウレスはなー、言い分があるんだよなー」
「せんせいなの!かっこいいのー」
 既にその理由を知っているのか、蘭と紅珠は顔を見合わせてくすくすと笑う。
「はあ。宣誓?」
 ルーリィは良く分からず、曖昧な表情をした。
そしてクラウレスは胸を張ったまま、舌ったらずな口調で堂々と述べる。
「きょねんのわたちとはひとあじちがうことを、みせてあげるでち!
ことしのわたちがいままでとおなじだとおもったら、おおまちがいでちよ!」
 そう言って、ふふんと得意そうに胸を張る。
ルーリィが唖然としている間に、彼曰く”一味違うクラウレス”の挨拶が始まる。
「ことしのわたちは、いげんがあり!」
 むん、と堂々とそう告げるクラウレスの頭には、例の呪いなのだろうか可愛らしい犬耳がちょこんと乗っている。
「おとこらちい!」
 その格好を見下ろすと、晴れやかな薄い桃色の下地に豪奢な牡丹の花が刺繍されている振袖。
「あいさつをするでち」
 そして決まりつけは、ささっと振袖の裾を仕舞い、その場に腰を下ろし、深々と三つ指を揃えての挨拶だ。
「というわけで、あけましておめでとうなのでち。ことちもおとこらちいわたちを、どうぞよろちくなのでち」
「…………………。」
 一連の動作を、ポカンとした表情で眺めていた雑貨屋の面々。
まるで時が止まったかのように微動だにしないルーリィ。
そしてクラウレスを除く訪問者たちは、各々必死で笑いをこらえている。
 そんな状況を打ち壊したのは、二階から降りてきたばかりの可愛らしい声だった。
「あっ、リース姉さんもうみんな来てるよ!早く早くっ」
「あーもう急かさないでよリネア。髪がちゃんとアップできてないんだってば」
「リース姉さんはそのままでも十分きれいだよ!ほら皆来てる…あっ、デルフェス姉さん、紅珠ねーさんもいる!
わーい、久しぶり〜!」
 はじけるような笑顔で、皆のいるところに駆け寄ってきたリネア。
その格好はいつもの洋装だが、しっかりおめかしはしているようだ。
訪問者の中に知った顔を見つけ、皆に嬉しそうな笑顔を見せる。
「えへへ、ようこそいらっしゃいましたっ。ええと、デルフェス姉さんと紅珠ねーさん、
あと…はじめましてかなあ?」
 リネアは訪問者たちの顔を順番に眺め、蘭の前で首をかしげた。
蘭は持ち前の明るさと人懐っこさで、元気に手を挙げる。
「はじめましてなの!藤井蘭っていうなの」
「蘭ちゃんかあ、うん、よろしくね。私はリネアっていうの」
「リネアちゃん!よろしくなのー」
 子供二人は、そう言ってお互いにこぉーっと微笑んだ。
そしてリネアは、ぱんぱん、と振袖の裾を払って立ち上がったクラウレスに気がつく。
「あ、クラウレスちゃんだ!来てくれたんだね、ありが…」
 リネアは嬉しそうな顔を見せたが、その次の瞬間母親と同様に硬直する。
そしてだらだらした足取りでやってきたリースが、その桃色呪い満載のクラウレスを見下ろし、
開口一番げらげらと笑い出す。
「ぷっ…あーっはっはっは!すごい、さすがに戌年っていってもそれはないわよ!
ねえ、これどうなってんの?直に生えてんの?ちょうかわいー!」
 クラウレスを指差して、げらげらと笑い転げる。
この無遠慮な笑い声で母子の硬直は解けたようで。
リネアは慌てて笑い転げるリースを押さえ、ルーリィはまじまじとクラウレスの格好を眺める。
「姉さん、クラウレスちゃんに失礼だよっ」
「えー?好きでそんな格好してんでしょ?なら笑ってあげないと失礼ってもんよ・・・ぷぷっ」
「もう、姉さん!」
 リネアはリースに憤慨するが、クラウレスに視線を合わせようとしない。
…決して変な格好というわけではない。逆に、その可愛らしい格好が似合いすぎておかしいのだ。
「リネアー。我慢しないで笑ってあげてもいいんだぞ?
かわいーよなあ、いぬみみっ」
 すると紅珠が煽るようにニヤニヤと笑って云うので、リネアもこらえきれずプッと吹き出す。
「う、うん…!なんか、すごく、とってもかわいいよ…!」
「とーってもかわいいなの!いぬさんなのー」
 蘭のそんな無邪気な声が後押しし、リネアもとうとう腹を抱えて笑い出す。
 そしてルーリィはというと。
「すっごいわねー、この呪い…。わわっ、銀埜見て見て!ちゃんとご丁寧に肉球まであるの」
 クラウレスの振袖からちょこんとはみ出ている手を握り、物珍しそうにうわーうわー、と言いながら観察している。
そんなクラウレスを哀れそうな目で眺め、銀埜がぽつりと呟いた。
「…私とお揃いですね、クラウレスさん」
「干支が二匹でおめでたい、ってか」
 続けて呟いたリックの言葉で、クラウレスのどこかがぷっちんと破れる音がした。
「ひどい…ひどいでち!わたちだって、すきでこんなかっこうしてるわけじゃないでちー!」
 うわぁん、と泣き崩れるクラウレス。
泣きたくなる気持ちも分かる。呪いでこんな姿になっているというのに、
リースとリネアは目の前で笑い転げているし、紅珠と蘭はそれを煽っているし、
招待主にも関わらずルーリィは物珍しそうに、少々目を輝かせながら呪いの具合を観察しているし、
使い魔二匹は哀れみを込めた視線を向けて、うんうん、と頷いているし。
 唯一の救いとばかりに、クラウレスは穏やかな笑みを浮かべて一人変わらず立っているデルフェスにすがりついた。
「でるふぇすたん、なんとかいってくだちゃあい!」
「そう申されましても。…わたくしも可愛いと思っておりますし」
 そう、にっこりと微笑むデルフェス。
クラウレスはその言葉に、ガーンとショックを受けて固まる。ああ、どいつもこいつも。
「まあまあ。クラウレスさん、あとでちゃーんと写真撮ってあげるから!」
 ね?と宥めるように云ってくるルーリィ。
何故かデルフェスと二人、どんなポーズがいいか、背景をどうするかなど、きゃっきゃとはしゃぎあっている。
 クラウレスは振袖の袖を握り締め、ぷるぷると震え、叫んだ。
「そんなことっ…このわたちがゆるちまちゃぇん!」














「えー、では」
 部屋の隅で、うっうっと嘆いているクラウレスを放っておいて、紅珠がコホンと咳払いをした。
無理矢理流してしまおうということらしい。
「おまちかねっ。お年玉ターイムっ!!」
 紅珠がそうリング上のマイクパフォーマーのように叫ぶと、わぁっと拍手が巻き起こる。
「新年といえばお年玉!ということでこれは俺のばーちゃんからだっ」
 といって、雑貨屋の面々に一つずつお年玉袋を差し出した。
各々それを受け取り、珍しい贈り物に目を輝かせる。
「ねえねえ母さん、お年玉ってなに?」
「うーんとね。お正月に親戚のおじさんとかがくれるプレゼントよ。
良い子しかもらえないの。それで時々靴下とかに入れてからくれるのよ」
「へえー、そうなんだ!」
 リネアはルーリィの適当な説明に顔を輝かせた。
「ありがとう、紅珠ねーさん!」
「いやいや、いいってことよ。…ていうかルーリィ、それって他の行事と混じってるぞ…」
「あら、そうだったかしら。ごめんなさい、最近物忘れが激しくって」
 悪びれもせず、ふふふ、と笑って話を逸らすルーリィ。
紅珠に貰ったお年玉袋を礼をいって掲げ、ポケットに直す。
「僕は、年賀状もってきたなの。出し忘れちゃったのー」
 てへ、と笑いながら、蘭は年賀状ハガキを差し出す。
ルーリィはそれを受け取り、雑貨屋の面々と共にその表を眺める。
「わっ、かわいい。蘭くんが書いてくれたの?」
 ルーリィはそう嬉しそうな声をあげた。
年賀状の表には、クレヨンで犬のような動物が大きく描かれ、
その隣には”あけましておめでとう”の文字がたどたどしく綴られている。
そしてその絵と文字を囲むように、あちこちに小さな犬のスタンプがぺたぺたと押されていた。
蘭がきっと一生懸命書いてくれたのだろう。
 蘭は得意そうな顔でこくこく、と頷き、
「がんばってかいたの!ちょっといぬさんが難しかったのー」
「でもちゃんとわんこさんに見えるよ!リネアよりお絵かきお上手だね」
 蘭の年賀状をルーリィから受け取ったリネアは、嬉しそうに何度も眺めている。
そしてそんな光景を微笑ましく眺めていた紅珠から、あ、そうだと思い出したような声があがった。
「俺も持ってきたんだ年賀状。直接渡すのもいっかなーと思ってさ」
 といって紅珠が差し出したのもハガキサイズの年賀状だった。
だが一般的な年賀状とは違い、ど真ん中にどん、と大きくアザラシの絵が描かれている。
それを不思議に思ったのか、ルーリィの手の中のそれを覗き込んでいたリースが云った。
「ね、何でトドなの?」
 その一言に、がくっとうな垂れる紅珠。
だが気を取り直して解説をはじめる。
「これはトドじゃなくてアザラシなのっ。海の犬って言われてんだぜぇ、姉ちゃん知らないの?」
「へえー、アザラシなんだあ、これ」
「海の犬ですか、それは初耳です」
 面白がるように、使い魔二匹もその年賀状を眺めた。
そして次はデルフェスだ。
「わたくしは、アンティークショップ・レンから譲って頂いた品をお持ち致しましたの。
皆さんおそろいの手鏡ですわ」
 そう言って、デルフェスは一人ずつ、趣向が凝らされたアンティーク風の手鏡を手渡した。
「わ、すごい綺麗。良いの?」
 受け取ったルーリィは、手鏡を何度もひっくり返して眺めてみる。
「ええ、皆さんに使って頂いたら、手鏡も喜びますし。
大丈夫ですわ、それは曰くのない品ですから」
 たまにはまともな品もありますのよ、とデルフェスはにっこり微笑んで見せる。
可愛らしい細工の手鏡を貰ったリネアは、笑顔を見せていった。
「ありがとう、デルフェス姉さんっ」
「いいえ、どう致しまして」
 デルフェスはリネアの笑顔を見下ろし、嬉しそうにその頭を撫でた。
 そして残る一人はというと。
「あ、クラウレスさん」
 もうそろそろ隅でいじけるのにも飽きたのか、クラウレスがひょこひょことこちらにやって来た。
そしてもう全て開き直ったのか、ふん、と息を吐き、いつもの調子で云う。
「わたちも、もちろんあるでちよ。…りねあたんには、きょねんおせわになったのでち」
「…私?」
 リネアはきょとん、と首を傾げる。
「リネア様。もしや、あの…赤ずきんの件ではないのでしょうか?」
 デルフェスがそっと囁くと、リネアは、ぽんと手を叩いた。
「ああ、あれかあ!うん、気にしなくていいよクラウレスちゃん」
 リネアは明るくそう言って手を振る。
なかなかの大惨事のはずの事件だったが、リネア的には”面白かったからまあいっか”だそうである。
だがクラウレスはそれだけでは気が済まない様で、
どこかからか、件の”ぷちぱんどらぼっくす”を取り出した。
「だめでち。けじめはちゃんとちゅけるのでち。さ、てをちゅっこむでち!」
「え、これ?」
 リネアは、いいのかな?というように、母親を見上げた。
だが当の母親であるルーリィは、羨ましそうにその”ぷちぱんどらぼっくす”を見下ろしている。
「……母さん?」
「はっ。いやいや、羨ましいなあとか思ってないわよ?さっ、リネアお引きなさい!」
 ルーリィはハッと我に返り、取り繕うようにリネアの背を押した。
リネアは困惑しながらも、えいっとばかりにその正方形の箱に手を突っ込む。
そして何かを掴み、ぐいっと手を引き上げた。
すると、手の中には。
「…わあ、色鉛筆だ!」
 リネアの手の中には、パステルカラーの12色の色鉛筆が握られていた。
どうやら母親のときとは違い、ちゃんとほしいものを引き当てることができたようだ。
「……私は洒落だったのに…」
 思わず悔しがるルーリィである。
「おめでとうでち、りねあたん。それはぷれじぇんとするでち!」
「本当?ありがとう!」
 わーい、と諸手を挙げて喜ぶリネア。
 そうして訪問者からによる贈り物が済んだところで、今度は雑貨屋側からの贈り物である。
ルーリィはこほん、と咳払いをし、
「えーと、皆さんお気遣い本当にありがとう!こちらからもお年玉のお返しがあるの」
 その言葉に、首を傾げる訪問者たち。
ルーリィは、ふふ、と笑ったあと、招待状に書いてあった数字を、順番に教えてくれと云う。
そういえば、招待状の隅にそんな数字が振ってあったっけ、と訪問者たちは思い出し、
順番にそれを告げることにする。
 まずは蘭だ。
「えっと、僕は7だったの。ラッキーセブンなの」
 蘭がそう告げると、ルーリィはオッケーというように親指を立てる。
そのバックでは、銀埜がとてとてとカウンターのほうに行き、何か大きめなものを咥えて戻ってきた。
その様子に、蘭は思わず歓声をあげる。
「銀埜さん、とってもお利巧なの!」
「ま、使い魔だからなー」
 見も蓋もないツッコミを入れるリックをぺしっと叩き、ルーリィは銀埜からそれを受け取った。
「ええとね。私からのお年玉は、私が今まで作った道具のうちの一つなの。
でも、お客様に渡したものをそのまま渡すわけにはいかないから、レプリカ版なんだけどね。
でもちゃんと魔法はかかってるから安心してね」
 そういって、あの数字はくじになっているのだと説明する。
つまり景品とした道具にそれぞれあらかじめ数字を振っておいて、
招待状に書かれた数字にあてはまる道具を渡していく、ということなのだろう。
「蘭くんにはこれ。じゃーん、異次元金魚鉢〜!」
 正方形の箱から取り出し、そのガラスの鉢を掲げてみせた。
「いじげんきんじょばち?それは何なのー?」
 蘭は面白そうに、それを見上げる。
それはレトロなフォルムの金魚鉢で、縁部分は外に向かって広がっていて、波状にたゆたっていた。
材質はガラスのようだったが、上部から下部にかけて緑色の淡いグラデーションが施されており、
大変涼やかなイメージの鉢だった。
 それを見た紅珠が、驚いて声をあげる。
「あっ、それ俺も持ってるぜ!ルーリィに作ってもらったんだよなー」
「ええそうよ、これは紅珠さんに差し上げたものと同じものなの。
でもさっき言ったようにレプリカ版だから、その機能は少し制限してあるけれど」
 ルーリィは紅珠の言葉に、ふふ、と微笑んでみせた。
「蘭くん、これはね、金魚鉢の縁からものをいれると、鉢以上の大きさのものでも、その中に収納してしまうの。
大きさは大体金魚サイズになるわ」
 ルーリィの説明を聞き、蘭は目を輝かせる。
「すごいの、とっても便利なの!」
「そうそう、部屋の飾りにもいいしな。俺はほんとに部屋にしちゃってるけど!」
「ふふ、そういう使い方もあるわね。でもこれは制限があって、何でもっていうわけにはいかないの。
これはね、この金魚鉢の口以上の大きさのものは取り込めないのよ」
「ふぅーん…でもそれ以下ならいけるの?」
 蘭の問いかけに、ルーリィは勿論、と頷いて見せた。
「ええ。そして入れたものを取り出すときは、必ず金魚鉢の口から取り出してね。
鉢を割ったりすると、中のものは元の大きさに戻らないから注意してちょうだいな」
「はいなの、わかったなのー!」
 持ち帰り用の箱に再度詰められた金魚鉢を渡され、蘭は笑顔で頷いた。
「えーと、次は紅珠さんね。番号は何番だった?」
 だがそのルーリィの問いかけに、紅珠はあはは、と苦笑して頭をかく。
「それがさー…ごめん、番号控えてくるの忘れちった!」
 ぱぁん、と手を顔の前で合わせ、頭を下げる紅珠。
ルーリィは一瞬、あら、と目を見開くが、すぐに笑って首を振った。
「了解。大丈夫よ、こちらで選ぶから。…銀埜、あれ持ってきて頂戴」
 主の言葉に、銀埜はワンと一言吼え、カウンターのほうに駆けていく。
そして戻ってきた銀埜の口には、小さな長方形の箱が咥えられていた。
「じゃーん、夢見るマッチ12本入り〜!」
 ルーリィはそれを受け取り、先程と同じように掲げて見せた。
「夢見るマッチ?うわー、すんげえ乙女チック!」
「ふふ、割りと面白い品よ。これはねー」
 と、ルーリィは解説を始める。
このマッチ箱は”マッチ売りの少女”をイメージして作ったもので、
マッチが発火すると煙が円状に固まり、使用者が幸せだと感じた思い出がランダムに煙の中に浮かぶ、というものらしい。
「へえー、まさにマッチ売りの少女!だなあ。面白そう!」
「ええ。でもね、このマッチは宙で一振りしただけで勝手に発火しちゃうの。
だから使用上には注意が必要よ。だからこの箱にも魔法をかけていて、
持ち主…つまり紅珠さんが”開けよう”と思わなければ決して開かないようになってるの」
 そう言ってマッチの蓋の表面を見せると、確かにルーリィの字で”火気厳禁”と書かれた札が貼られていた。
「あとね、本来は蓋を叩けば無限に出てくるようになってるんだけど、これはレプリカ版だから有限。
計12本入りのマッチ箱よ。大切に使ってあげてね」
 ルーリィはそう言って、マッチ箱にさっとリボンをかけて、紅珠に手渡した。
紅珠は嬉しそうな顔で礼を云う。
「うん、サンキューな!また凹んだときに使ってみるよ」
「ええ、そうして頂戴な。きっと効き目は倍増よ」
 ふふ、とルーリィは笑い返す。
「ええと、次はクラウレスさんね」
 そうルーリィが云うと、待ってましたとばかりにクラウレスが楚々と進み出る。
やはり着物を着込んでいるせいか、動作は大人しくなってしまうようだ。
「わたちは11ばんでちた!さあるーりぃたん、なにをくれるでちか?」
「11番ね、オッケー」
 ルーリィが銀埜に目配せを送ると、銀埜は一吼えしてからカウンターのほうに向かった。
そして戻ってくるときには、口にはレトロな飾り箱を咥えていた。
「これはね、少し使い方が難しいかもしれないけれど」
 ルーリィはその箱を開け、中から懐中時計のようなものを取り出す。
「じゃじゃーん。懐中方位磁石〜!」
 またもや某ネコ型ロボットを真似て叫び、取り出したものをクラウレスに見せた。
「…かいちゅうどけいか、ほういじちゃくか、どちらかはっきりしてくだちゃぁい!」
 成る程最もなクラウレスの言葉に、ルーリィはにっこり笑って解説する。
「どちらかというかね、これはどちらも、なの。見て、時計じゃないでしょう?」
 そういわれて文字盤を覗いてみると、確かに普通の懐中時計ではなかった。
数字は描かれておらず、まるで方位磁石のような針が一本埋め込んであるだけ。
針の先端は赤く染められていたが、現在は何故かぐるぐると針は回っていた。
「これはね、良く迷子になっちゃう人のために作ったの。
犬ってとても帰巣本能が強いって知ってる?今は何も埋め込んでいないんだけど、
銀埜に目的地まで行ってもらってその場所を覚え、そして銀埜の毛をこの針に埋め込んだら、
この針は常にその目的地までを指すようになるわ」
 だから、ちょっとややこしい道具なのだけれど。
ルーリィはそう言って苦笑して見せた。
「でも行き先を覚えさせるのは無料でサービスするから、
もしこの道具を使いたくなったらうちの店に来てね。ちゃんと方位磁石が機能するように作るわ」
「…ちゅまり、いまはふじのじゅかいにいるのと、おなじなのでちね」
「ま、そういうことなの」
 クラウレスはふむ、と納得したように頷き、
「わかりまちたでち!またちゅかいたくなったら、ぎんやたんにおねがいするでち」
 その言葉に呼応して、銀埜はワン、と吼えた。任せろ、と言いたいのだろう。
多分現在店内にいる殆どのものが、口で言えばいいのに、と思ったのだろうが。
「…ま、今この子は犬になりきってるみたいだから、そっとしてあげてね」
「…るーりぃたん?」
 突然意味の分からないことを云うルーリィに、クラウレスは訝しげに眉を寄せた。
だがルーリィは、あはは、と笑って誤魔化し、さっさと懐中方位磁石を箱の中に戻した。
そして憮然とした顔をしているクラウレスにそれを差し出す。
「こっちの話よ、ふふ。さ、大事に使ってあげてね?」
「……りょーかい、なのでち」
 クラウレスはラジャー、とボディランゲージで返し、受け取った箱を大事そうに抱えた。
「最後になってごめんなさい。デルフェスさん、何番だった?」
 最後の一人、デルフェスは優美な微笑を浮かべながら、静かに番号を告げる。
「わたくしは3番でしたわ。何を頂けるのかわくわくしておりますの」
「3番ね、オッケ!こっちこっち、来て頂戴」
 今度は銀埜に取りに行かせるのではなく、店内にあるもののようだ。
ルーリィはスタスタとあの犬牧場が繰り広げられている棚の前に行く。
そのあとにはぞろぞろとデルフェスをはじめ、訪問者たちがくっついてくる。
「じゃーん。魔法生命体のわんこちゃん!」
 ルーリィはそう言って、棚のうちの一つを手で指した。
きょとん、としているデルフェスに、ルーリィはにっこり笑って解説をはじめる。
「実はね、このわんこちゃんのうちの一匹を差し上げるつもりだったの。
この子達は見てのとおり、元はただのぬいぐるみよ。
今はこの店内に魔力が充満しているから普通に生きてるように動いてるんだけど、
外に出れば元のぬいぐるみになって動かなくなっちゃうわ」
「…はあ」
 デルフェスはルーリィの真意がまだ良くつかめず、曖昧な返事を洩らした。
ルーリィは続けて、でも大丈夫、というように頷く。
「でもデルフェスさんを持ち主と決めた子は、デルフェスさんの傍にいるときだけは、生きてるように動くわ。
元は小さなぬいぐるみだから、カバンの中とかに入れて持ち歩いてあげてね。
愛情を注げばそれだけ懐いてくれるし、泥棒避け…はムリだけど、
カバンの中にいればスリ避けにもなるし」
「まあ。ではわたくしは頂いた子を抱いていれば宜しいのでしょうか?」
「ええそうよ。デルフェスさんなら安心だわ」
 きっと可愛がってくれるでしょうから。
ルーリィはそう言って、にっこり笑う。
「じゃあ、棚の中から好きな子を選んであげてね」
 そう言って、小さなぬいぐるみの犬が集められている棚を指差した。
そこのぬいぐるみは皆小脇に抱えられるほどの大きさで、犬種も様々である。
デルフェスがその棚の中を覗き込むと、子犬たちは目をくりくりさせてデルフェスを見つめた。
「…皆かわいい子たちばかりで、迷ってしまいますわ」
 デルフェスは暫し悩んだあげく、ほう、と溜息のようなものを洩らした。
「うんうん、俺もわかるよ。あの犬牧場、ほんとかわいいもんなー」
「わんこがいっぱいなの!とってもおめでたいなの〜」
 デルフェスの背後では、皆がわいわいと騒いでいる。
デルフェスは暫し悩んでいたと思うと、何かが閃いた様子で、ルーリィを呼んだ。
「…ルーリィ様。あの…茶色のわんこさんを頂けますか?」
 ルーリィが覗くと、デルフェスの指の先には、一匹だけすやすやと昼寝している子犬が居た。
犬種はラブラドールのように見え、垂れた耳が時折ぴくっと動いている。
「お昼寝中のところを起こすのは、大変申し訳ないと思うのですけれども。
…幸せそうな寝顔が気に入りましたので」
 デルフェスはそう、嬉しそうに云う。
ルーリィはうんうん、と頷き、
「了解しました。じゃあ、帰るときに渡すわね。ふふ、あの子はロニーっていうの。
昼寝が大好きなとっても明るい良い子よ、可愛がってあげてね」
「ええ、勿論ですわ」
 デルフェスは笑顔で頷き、口の中でロニーさん、と呟いていた。
ルーリィはそんなデルフェスを微笑ましく眺めたあと、さあ、というようにパァンと手を叩いた。
「お年玉タイムはこれにて終了!皆さんお腹の具合はどうかしら?」
 ルーリィの言葉にあわせるかのように、誰かのお腹がぐぅ、と鳴った。
そして誰彼ともなく笑い出し、待ってましたの宴会がはじまる。









 内装と同じく、料理も数日前から準備していたのだそうで、
なんとも豪華なイギリスの家庭料理がコタツとカウンターのテーブルの上に並べられた。
どうやら今日は立食形式のようだ。
「ささ、思う存分食べて飲んで頂戴ね。あ、それはローストビーフよ。ビーフグレーヴィーっていうソースがとっても合うの」
 ルーリィはグラスにジュースを注いで回りながら、嬉しそうに料理についてのあれこれを語りだす。
「なあルーリィ、これなんだー?」
「それはね、コーニッシュパスティーっていうパイよ。
細切れのじゃがいも、牛肉、タマネギの具を包んで、オーブンで焼くの。食べ応えがあって美味しいわよー」
「そうそう、ルーリィ様。わたくしもちょっとしたものを持ってきたのですわ」
 デルフェスが持っていたグラスをテーブルに置き、そそくさと店の外へと出た。
雑貨屋の面々が首をかしげている中で、デルフェスは軽々と大きな何かを持って店に入ってくる。
「…デルフェスさん…!ちょ、大丈夫!?」
 ルーリィは慌ててデルフェスを支えにかかる。
デルフェスは大きな木臼と杵、そしてずっしりと重たそうな米袋を持って入ってきたのだ。
「うわお。そういや去年も餅つきやったよなあ!」
 コウモリのままのリックが、楽しそうにぱたぱたと飛びながら叫ぶ。
そう、去年の正月は、裏庭でデルフェスが持ってきた臼と杵を使い、餅つきパーティを行ったのだ。
それを思い出し、ルーリィはハッとなる。
「そういえば、今裏庭使えないのよね。夏に使った池が、今氷が張っちゃってて…」
 その言葉に反応し、すっかり出来上がっている紅珠が叫ぶ。
「まじで!?じゃあ次はスケートだなー!俺ばあちゃんにスケート道具借りてくるからさ、皆でやろうぜー」
「スケートなの!とんでとんでまわるのー、でもこけたら痛いなの」
「大丈夫だよ、俺が教えてやるって!」
 紅珠は上機嫌でケラケラ笑いながら、蘭の頭をぽふぽふ撫でる。
「紅珠ねーさん、私も教えて欲しいな!スケートってやったことないの」
「おー、どんとこい!紅珠ねーさんに任せとけ!」
 紅珠はいつの間にかアルコールが入ってしまったのか、頬を少し赤くしてけらけら笑う。
「…こうじゅたん、ばっちりみせいねんなのでち」
 これ以上醜態を晒しては敵わない、とクラウレスは律儀にジュースをちびちびやっていた。
だがそんなクラウレスにお呼びがかかる。
「クラウレスさーん、暇なら手伝ってー」
 ルーリィたちはどうやら部屋の中央で餅つきをはじめるようだった。
クラウレスがとてとて、とそちらに行くと、餅つきの準備がはじまっていた。
「るーりぃたん、まずもちごめをたかなきゃいけまちぇんよ」
 クラウレスは米のまま突こうとしているルーリィに、一言突込みを入れる。
デルフェスが持ってきた餅米をそのまま臼に流し込もうとしていたルーリィは、ハッと固まった。
そしてそそくさと米を袋に戻し、
「やーねえ、さすがの私でもそんなヘマはしないわよ」
「…そうですわね、わたくし何も見ておりませんでした」
 ふふふ、と笑ってフォローを入れるデルフェス。だがばっちりフォローになっていなかった。
「…じゃあわたちもなにもみなかったでち。おだいどころをかちてもらえれば、
おこめをたくのをてちゅだうでちよ」
「本当?助かるわ。デルフェスさんもやってくれるそうだから、二人でお願いしていいかしら?」
「がってんしょうちでち」
 クラウレスは再度、了解のジェスチャーをして、デルフェスと共に餅米を担ぎ、
カウンターのほうへと向かう。
「でるふぇすたん、おもちはなににつかうでちか?」
「わたくし、今日はお汁粉に挑戦しようと思っておりますの。
突きたてのお餅でのお汁粉は大変美味しいと思いますわ」
「おちるこでちか。…それはいいでちね」
 クラウレスはそう返しながら、栄養補給ができそうだけれど、
甘味度が高すぎて気絶したらどうしよう、と密かに怖くなった。
そんなクラウレスにとどめの一撃とばかりにデルフェスが呟く。
…勿論、デルフェスはそれがとどめになるとは思いもしなかったのだが。
「でもわたくし、お汁粉をつくるのは初めてなので、もしかしたらとても甘くなってしまうかもしれませんが」
「……………!!」
 思わずぎっくん、と硬直してしまったクラウレスである。

 そして餅つきとは別に、すっかり出来上がっているゾーンでは。
「じゃーん、新年かくし芸大会〜!!」
 アルコールが入ってしまった紅珠による、隠し芸がはじまっていた。
「えー、タネも仕掛けもないこの帽子〜。いいですかー、何もないですよー」
 顔を真っ赤にしている紅珠が、ふらつきながら帽子をひらひらと振る。
その観客は蘭にリネア、そしてリックのお子様達だ。
蘭は手をぎゅっと握り、紅珠の動向を一つも洩らさず見つめてやろうとジッと目を見開いている。
リネアはごく単純に、これから何が始まるのかというどきどきで手を握り締めていた。
そしてリックは。
「ちょっ、こらっ、リネア!離せ苦しいいぃっ!」
「もう、リックちゃんは黙っててよ!紅珠ねーさんの声が聞こえないよ」
 自分の拳ではなく、小さな黒コウモリのリックをぎゅっと握り締めていることにも気づいていない。
「ふっふっふーさてお立会い。何もないはずのこの帽子、あら不思議〜」
 紅珠は怪しい手品師のように歌うように喋りながら帽子の中に手をつっこむと、
中から海竜の子供がピギャア、と鳴きながら飛び出してきた。
勿論わぁ、と歓声をあげるお子様二人。
そしてリックは雑巾状態だ。
「わ、すごいの!おねえさんすっごいの!」
 蘭は興奮して、紅珠の足元に降り立った海竜の子供に無邪気に近づいていく。
そして子猫にそうするように、ちっちっち、と舌を鳴らす。
「すっげー、海竜の子が懐いてら」
 紅珠が驚いて目を見張る。蘭の膝元では、飛び出してきたばかりの海竜の子供が、ぐるぐると喉を鳴らしていた。
蘭はその可愛らしい様子に心を奪われ、あやすことに必死になっている。
 紅珠は思惑通りに事が進んだことに満足し、ふふんと一人胸を張った。
「ねえさんすごいね!手品師の人みたい!」
「へへー、練習したもんね!これもばーちゃんのおかげ…ってリネアあああっ!」
 紅珠は自慢げに胸をはっていたが、リネアの手の中を見て、ぎょっと目を飛び出さんばかりに驚いた。
そして慌てて駆け寄り、リネアの手の中からリックを救出する。
「おいっ、使い魔っ!大丈夫かー!?」
「俺の葬式では…手品はやるなよ……がくっ」
「うわーっ、遺言残して白目向くなああぁっ!衛生兵!衛生兵ーっ!」
「うわぁん、リックちゃんごめんねー!」
 紅珠の酔いも一気に覚め、隠し芸大会が一転して戦場に。
これもある意味騒ぎのうちだと云えば、まあそうとも言えるだろう。
「なんでちか、さわがちいでちね…ってうわああ、さつじんじけんでち!さつこうもりでち!」
 台所から手を拭き吹き戻ってきたクラウレスが、紅珠の手の中でぴくぴく痙攣しているリックを見て騒ぎ立てる。
「まあ、大変ですわ。ルーリィ様、大変ですわよ」
 同じく戻ってきたデルフェスは、全く慌てる様子なくルーリィを呼び止めた。
今からまさに餅つきを始めようとしていたルーリィは、やはり痙攣しているリックを見て飛び上がる。
「こ、紅珠さんっ!酷いわ、何てことするの!」
 すっかり紅珠が犯人に仕立て上げられている。
紅珠はぶんぶんと首を振り、泣きそうになった。
「俺じゃねええっ!弁護士を要求する!俺は無実だーっ!」
 そんなどたばた騒ぎの隅のほうでは、蘭がほやほやした笑顔を浮かべながら、海竜の子供とじゃれていて。
そしてカウンターの裏にいち早く避難したリースは、一人グラスを傾けながら、
足元に同じく避難してきた銀埜と目を合わせた。
「…正月ってさあ、これからの一年のはじまりなわけよね」
「…そうともいいますね」
 彼らの目の前ではどたばた騒ぎが繰り広げられていて、リースは心なしか遠い目をして呟いた。
「……なんか今年一年を象徴しているかのよーだわ」
「……異論は御座いません」
 そして二人は、はぁ、と溜息を洩らした。

 多分このどたばた騒ぎを何とかしなくちゃならないのは、今の自分達なんだろうなあ、と思いながら。
冷静になったものが損をするということも、世の中には有り得るのである。



 ちなみに、騒ぎが落ち着いた後に皆で作ったお汁粉は、
少し甘みが強かったけれど、大変美味しかったそうである。









                                おしまい。




                           .

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○ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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○ 【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
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○ 【2163|藤井・蘭|男性|1歳|藤井家の居候】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
○ 【4958|浅海・紅珠|女性|12歳|小学生/海の魔女見習】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
○ 【4984|クラウレス・フィアート|男性|102歳|「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
○ 【2181|鹿沼・デルフェス|女性|463歳|アンティークショップ・レンの店員】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
○ ライター通信
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 あけましておめでとうございます。
この度は当異界の新年パーティにお越し下さり、大変ありがとうございました。
最終的には「なんだこれ」的などたばた騒ぎになってしまいましたが…!
少しでも楽しんで頂ければとても嬉しく思います。

 そして作中に登場しました、当異界からのお年玉プレゼントは、
各PCさんにアイテムとして納品時にお届けさせて頂きました。
また何かのネタにでも使ってやって下さいませ^^

 そして後日、蛇ノ眼ILによる異界ピンナップが、
今回当ゲームノベルと同設定で募集されます。
プレイング中に指定をかけて頂ければ、
当ゲームノベルと同じ行動を起こすことが可能になりますので、
宜しければどうぞ参加してみてくださいね。

 それでは、昨年は本当にお世話になりました。
今年も宜しくお願い致します。