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■何もしらない迷い子■

川岸満里亜
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】
「どぇきたぁぁぁぁぁ!!」
「お姉ちゃん、声大きいっ」
 呉・苑香は両手で耳をふさぐ。しかし既に手遅れで、耳がキンキン痛む。
「うわあぁ、この子達の可愛らしさは、私に続いて世界2位ってとこね。さっすが私って天才よねぇ!」
 耳をふさいだままの妹に構うことなく、呉・水香は2体の人形を前に、一人酔いしれている。
「私って天才」
「私って世界2位」
 目の前の人形達が突如、声を発する。
 10代半ばの少女の形の人形だ。マリオネットというより、ゴーレムの製造法に近い、人の形をした創作物だ。
「ち〜がうっ、天才は私! あなたは、私が作ったただの人形。わかる?」
「はい。私は人形です」
「はい、天才は私です」
 少女の形をしたゴーレムがこくりと頷く。その動作はどこかぎこちない。
「ふふふ、これを大量に売りさばいて儲けるわよ〜」
「はい、売りさばいて儲けます」
「はい、大量に儲けます」
「いや、あなたは売りさばくんじゃなくて、売られる立場なの。わかる?」
「はい、売られます」
「はい、売りさばくんじゃないです」
 水香の言葉に、ただ素直に頷く少女型人形2体。
「なんか、テンション狂うわねぇ」
「お嬢様、学会に出かけるお時間です」
 紳士的な青年が姿を現す。執事の時雨だ。
 スマートな体つき、端麗な顔立ちを持った美青年である。
「はあ〜い、時雨☆ それじゃ、私は出かけてくるから、あとは頼むね、苑香!」
「た、頼むって?」
 水香と少女型ゴーレムのやりとりを笑いながら見ていた苑香が、一瞬にして表情を変える。
「この子達の商品名は水菜よ。水菜サラダを食べていた時に開発を思いついたから、水菜なの! 1体は、販売用。1体はメイド用に、教育しといてね☆ それじゃね〜!」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?」
 水香は、一方的に言うと、時雨と共に急ぎ足で部屋から出て行ってしまった。
 実は、執事の時雨もゴーレムである。水香が自分の好みに仕立て上げた最高傑作だ。
 彼の教育は自分でしたのだが、少女型の教育には興味がないらしい。
「もーう、面倒ごとはいつも私任せなんだからっ」
「はい、私任せです」
「はい、面倒ごとです」
 こくこく頷き続ける2体の人形を前に、苑香は深いため息をつく。
「そうね。販売用の方は友人に任せるか〜。メイドの方には、お使いとか、色々教えなきゃね……」
 苑香は2体に、数時間かけて必要最低限のことを教えると、1体を連れて買い物に出ることとする。
「さて、最初の買い物は……」
 メモを見る苑香。この買い物も、水香にいいつけられたものだ。
「なにこれ……何に使うんだ、こんなの」
 自称天才発明家の姉のことだ、きっとスゴイ研究を始めるに違いない。多分そうだ。そういうことにしておこう……。
 そう諦めて、メモに記されていた『土偶』を買いに行こうとした苑香だが……。
「あれ? 水菜!?」
 後ろを歩いてきていたはずの、人形の姿がない。
 時刻は夕方。
 街は人で溢れている。
 水菜の外見と同じ年頃の少女達の姿も多く見られる。
 しばらく探し回るが、人形の姿は見つからなかった。
「うーん……。まいっか。自動帰還機能ついてるだろうし」
 苑香は諦めて、店に向うことにした。

 一方、水菜の方は……。
「お嬢さん、お兄さんとお茶しようよ」
 ぽつんと立ち尽くす水菜に声をかけたのは、軽そうな茶髪の少年だった。
「変な人にはついていってはいけないと、さっき習いました。あなたは、変人ですか?」
「はあ?」
「はあ、とはなんですか? 食べ物ですか、生き物ですか?」
「いや、あ……ああ、用事思い出した。んじゃなー」
 真剣に問う水菜を気味悪がり、ナンパ男は去っていった。
 水菜はまた、一人、ぽつんと立ち尽くす。
 しばらくして、水菜の口から声が漏れる。
「お母さんのお名前は、呉・水香。お母さんの妹の名前は、呉・苑香。だれか、私をお家に連れて行ってください」
 怖いという感情は知らない。
 寂しいという感情もまだ知らない。
 ただ、淡々と。
 それは、淡々と発せられた言葉であった。
『何もしらない迷子』

 空の色は重たく、雪が舞い落ちてきそうなほど寒い日だった。
「ありがとうございました〜」
 ファーストフード店の自動ドアを通り、外へ出る。風の冷たさに、一瞬目を細めながら、阿佐人・悠輔は、紙袋からハンバーガーを一つ取り出した。
 包みを開けて、出来立てで温かいテリヤキバーガーに齧り付く。
 商店街は夕食の買い物客でごった返している。横断歩道を渡り、大通りへ出ようとしたその時――。
 悠輔の耳に、少女の声が届いた。
「お母さんのお名前は、呉・水香。お母さんの妹の名前は、呉・苑香。だれか、私をお家に連れて行ってください」
 淡々と声を発している少女の髪は金色。外国人だろうか。自分より少し年下に見える。
「お家に連れて行ってください」
 不審に思いながらも、悠輔は同じ言葉を繰り返す少女に声をかけたのだった。
「あんた……迷子か?」
「いいえ私の名前は迷子ではありません。水菜です」
 一瞬、馬鹿にしているのかと思いもしたが、どうもそうではないようだ。彼女の緑色の瞳は真剣そのものだった。
「私を作ってくれたお母さんの名前は呉・水香です。私は人型ゴーレムです。私をお家に連れて行ってください」
「あんた、ゴーレムなのか!?」
 確かに、水菜はフランス人形のような外見だ。しかし、人形だとは到底思えないほど、彼女の姿は人間そのものだった。
 言葉も滑らかで、細かい動作、顔の変化もある。
「はい。私はゴーレムです。私をお家に連れて行ってください」
 どうやら、言葉をあまり知らないようだ。同じ言葉ばかり、何度も繰り返している。
「仕方ないな……。呉・水香か。聞いたことある名だが、家までは分からないな。ええと……水菜はどうやってここまで来たんだ?」
「苑香さんと一緒にお家を出ました。アンティークショップに行くと言っていました」
「アンティークショップか」
 悠輔はハンバーガーを食べ切り、左右を見回しアンティークショップ・レンに向かって歩き出す。しかし、ついてくると思っていた水菜がついてこない。
「ほら、いくぞ?」
「知らない人についていってはダメだと教わりました」
 悠輔は苦笑する。連れて行けといいながら、ついていかないというのだ。
「んー、ああ、そうだな。自己紹介がまだだったな。俺の名前は阿佐人悠輔。高校生だ。あんたを家に連れて行ってやるから、ついて……じゃなくて、一緒に行こう。な?」
 悠輔は少しかがんで、幼子に話しかけるように、優しく言った。
 すると、こくりと水菜は悠輔の言葉に頷いた。
「阿佐人悠輔さん、よろしくお願いします」
 今度は、肩を並べて歩き始めた。
 水菜はたまに、きょろきょろと周囲を眺める。本当に子供のようだ。多分、周りに夢中になっていたために、連れとはぐれてしまったのだろう。
「今度は、はぐれるなよ?」
 悠輔は子供の手を引くような感覚で、水菜の手を握った。
「はい……」
 返事をした水菜は不思議なものを見たような表情をしていた。彼女には、何もかもが不思議なのだろう。

 ほどなく、アンティークショップ・レンに着く。不可思議な場所だが、悠輔は迷うことなく訪れることができる。
 店内は薄暗く、客の姿はない。
「いない、みたいだな」
「はい。いません」
 悠輔は、カウンターに座る店主、碧摩・蓮に聞いてみることにする。
「呉・苑香って女性、ここに来なかったか?」
「なんだい、客じゃないのか。知らないね。いちいち客の名を聞いてるわけじゃないんでね」
 興味なさそうに、蓮は答えた。苑香はここの常連ではないようだ。
「水菜、苑香ってどんな子なんだ?」
「苑香さんは、お母さんの妹です」
「外見の特徴とか……といっても、わからないか」
 水菜に聞くことを諦め、悠輔は蓮に向き直る。
「土偶を買いに行ったそうなんだが。そういうものが手に入るのはここくらいだろ?」
「土偶か。ああ、そういえば来たね。で、アンタは苑香って子とどういう関係なんだい? 客の個人情報を他人に教えるわけにはいかないんでね」
 仕方なく、悠輔は蓮に水菜のことを話して聞かせる。水菜がゴーレムだと知ると、蓮は興味深そうに彼女を見たのだった。
「……なるほどね。嘘じゃないらしい。アンタもそのうち、うちの商品になるのかねぇ」
 浅く笑いながら、宅急便の伝票を取り出す。
「写したらとっとと帰んな。ぐずぐずしてると本当に商品にしちまうよ」
 悠輔は鞄からノートとペンを取り出し、簡単に住所と電話番号をメモする。
 蓮に礼をいい、次は客としてくると約束をすると、再び水菜の手をひいて外へ出る。
「よかったな、家に帰れるぞ」
「はい。帰れます」
 何故帰れるのかはわかっていないようだ。それでも、悠輔の手を握り返し見つめるその瞳は、疑いの欠片も見当たらない澄んだ色をしていた。
 冷たい風に、悠輔は目を細める。水菜はぎゅっと目を閉じた。
 寒さも感じているらしい。
「本当に、人間と変わらないよな、アンタ」
「はい。私は人間と変わらないです」
 ふと、手に持っている紙袋を思い出す。
 悠輔は、紙袋から、一つハンバーガーを取り出す。
「……食べるか?」
「知らない人に食べ物をもらって食べてはいけないと習いました」
「そうか、それなら、“お母さん”に食べていいか聞いてから、食べればいいさ」
 悠輔は紙袋ごと、水菜に手渡した。
「これは食べ物ですか?」
「この袋じゃなくて、この中身が食べ物だ」
 袋を開けてみせ、包装を開き、ハンバーガーを見せる。これが食べれて、この袋は食べれないと一つ一つ丁寧に説明をする。
 水菜はこくこくと頷きながら、真剣に聞いている。
 彼女の歩調に合わせて歩きながら。
 悠輔は当たり前すぎる水菜の質問にも、優しく答えてあげるのだった。
 水菜は時折僅かに驚いたような表情を見せる。表情の表し方もよくわからないようだ。
 今時こういう純真な少女っていないよな……と、悠輔は水菜の反応を微笑ましく感じていた。 

 呉家はさほど遠くはなかった。
 立ち話をしている主婦達に道を尋ねながら、家の前へと着く。
 普通の木造の家だ。石造りの離れがあるようだ。恐らくそこが水菜を作った研究所だろう。
「ここで間違いないか?」
「はい、ここです」
 水菜の顔には安堵の表情というものが現れていた。声も弾んで聞こえる。
 役目は終わったと手を離そうとする悠輔だが、水菜は悠輔の手を離さなかった。
「あの……」
 何かを言いたいようなのだが、言葉が出てこないらしい。
「あ、水菜! お姉ちゃん、水菜が帰ってきたよー」
 少女の声が届く。離れの窓が開いている。
 声の主が部屋着のまま慌ててサンダルを履いて、二人に駆け寄ってきた。
「よかった〜。自動帰還機能ついてないって聞いて、慌ててたところなの」
「お母さんの妹の苑香さんです。私の教育係です」
 水菜が駆け寄ってきた少女を紹介する。
「あったりまえじゃん、水菜はロボットじゃないんだから!」
 追うようにして、もう一人、少女が庭へと駆け出してきた。
「お母さんです。名前は呉・水香といいます」
 水菜の言葉に頷いた後、悠輔は苑香に言った。
「世間を知らない者を連れて歩く時はもう少し気を使ったらどうだ?」
「はい……返す言葉もありません。お手数おかけしました。ありがとうございます」
 苑香は深く頭を下げて悠輔に礼を言った。
「ったく、売り物に傷でもついたらどうしてくれるのよ。ああ、こっちは売らないんだっけ」
 対照的に、水菜を作ったという水香の方は横柄であった。全て妹が悪いといったような態度だ。
「あれ? 水菜、何持ってんの?」
 水菜の手から、水香が袋を取り上げる。
「悠輔さんからもらいました。紙袋と包装紙と、ハンバーガーという食べ物です」
「ふーん」
 ちらりと水香が悠輔を見る。
「お礼は言ったの?」
「お礼とはなんでしょう」
「お礼っていうのはね……うー、めんどくさいっ。苑香、あと頼む」
 紙袋を苑香に手渡す水香。
「ああ、悠輔さん、だっけ? うちの水菜を届けてくれて、ありがとね!」
 振り向いてにっこり微笑んで水香は手を振った。悠輔は会釈で答える。
「これがお礼よ、わかった? 水菜!」
 ガラリと表情を変えて、水香は水菜にビシッと言い放ち、紳士的な青年のエスコートで室内へと戻っていく。
「はい。わかりましたお母さん」
 水菜は悠輔に向き直ると、ぎこちない笑みを浮かべた。
「ありがとね!」
「んーと、この場合『ありがとうございます』がいいかな。頭下げてゆっくりと。もう一度言ってみて、水菜」
 苑香がそう言うと、水菜は頷いて、もう一度言った。
「ありがとうございます。悠輔さん」
 言われた通り、水菜は頭を下げる。
「もう迷子になるなよ」
「迷子という名前にはなりません。私は水菜です」
 頭を上げて言った的外れな返答に、苑香と悠輔は顔を合わせて小さく笑った。
「じゃあな」
 ぽん。と水菜の頭を軽く叩くと、悠輔はその場を後にする。
「あの……っ」
 水菜が呼び止めた。しかし、何も言わない。到着した時と同じように、戸惑った瞳で悠輔を見るだけだった。
「ありがとうございます。悠輔さん」
 そして、今覚えたばかりのお礼の言葉をもう一度繰り返したのだった。
 多分、もっと沢山の……。
 多くの気持ちが今、水菜の中に芽生えているのだろう。
 だけれど、まだ。
 まだ、言葉を知らない。
 その感情をどう表したらいいのか、彼女にはわからない。
 そんな彼女の様子がとても微笑ましくて、悠輔の顔に思わず笑みが浮かぶ。
「またな」
「はい。またです」
 悠輔は軽く手を上げて答える。
 今日一番の冷たい風が顔に触れた。
 けれども、目を細めることはなかった。
 既に微笑みで、目は細まっているのだから。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

5973 / 阿佐人・悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、川岸満里亜です!
 水菜を送ってくださり、ありがとうございます。
 NPCとの関係は継続されます。またお目に留まりましたら、是非よろしくお
願いいたします。