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■CallingU 「小噺・除夜」■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 今日で今年も終わってしまう……。
 そして、新たな一年の始まり。
CallingU 「小噺・除夜」



 掃除道具をとりあえず買いに来た菊坂静は私服で歩いていた遠逆欠月を発見する。
「か、欠月さーん!」
 大声をあげて手を振ると、道の向こう側を歩いていた彼は気づいてこちらを見た。
 ぼんやりした瞳だった欠月は静に焦点が合うと、いつものようににっこり微笑んだ。
「やあ」
「えー? あの、声が聞こえませーん!」
 口の形でなんと言ったかわかったが、一応そう言ってみる。
 欠月は首を軽く傾げてから「うーん」と顎に手を遣って空を見上げ――――。
 にやっと笑ってからくるっときびすを返して路地裏に入ってしまう。
「えっ? か、欠月さん?」
「はいはーい? 呼んだ?」
 真後ろから聞こえて静は仰天して振り向く。
 ひらひらと手を振った欠月が、確かにそこに居るではないか。
「ど、どうやって一瞬でここに!?」
「ふふふ。企業ヒ・ミ・ツ」
 にこにこしている欠月に、静は無性に嬉しくなる。
 今日は大晦日だというのに自分はツイている。
(こんな日に欠月さんに会えるなんて……! きっと来年、いいことあるぞ)
「あの、欠月さんも買い物ですか?」
「え? いや、そうじゃないんだよ。暇でうろうろしてただけ〜」
「暇? いま、暇って言いました?」
 ずいっと近づいて来る静に驚き、欠月は一歩後退した。
「う、うん。暇っていうか……することないだけなんだけど」
「じゃあお願いがあります!」
「……はぁ?」
「年越し蕎麦をご馳走しますから、僕の家の大掃除を手伝っていただけませんか?」
「え……? キミの家の掃除?」
 だめかな。どうだろう。
 静はどきどきしながら欠月の返答を待つ。
 欠月はそんな静を見遣り、にっこり微笑んだ。
「いいよ。お蕎麦が代価ね。じゃあ手伝ってあげよう」
「! 本当ですか!?」
「ウソ言わないヨ。アロハ」
 カタコトで喋る欠月に静は吹き出して笑う。



「へ〜。静君て一人暮らしなのか」
「そうですよ。欠月さんは?」
「こんなに綺麗なとこには住んでないなあ〜」
 静の借りている4LDKのマンションを、欠月はふーんと呟きながら見回した。
「綺麗ですかね……。広いだけですけど」
「まあちょっと広いね。ボクの借りてるアパートなんて、この半分以下……いや、もっと狭いかな」
「ど、どんなとこ借りてるんですか……」
 不安そうに尋ねる静は欠月を誘導して重い物の整理に向かう。
「どんなとこって、格安だよ、かくやす。寝るだけなのにお金とか払うの勿体ないし」
「寝るだけって……生活空間でしょうに」
 どんな生活をしているのか、物凄く不安になる。
(欠月さんて……なんだかズボラに見えるしなぁ)
 面倒で掃除とかやりそうにないタイプだ。
「欠月さんは大掃除は済ませました?」
「へ? いや、掃除するほど物がないんだよね〜」
 へへへと笑う欠月に静は唖然とした。
 い、一体どんな部屋で寝泊りしているのだろうか。
「欠月さん、結構重いものとかありますけど……ここの整理は任せても大丈夫ですか?」
「いいよ。重いもの運ぶと腰痛くなりそうだねえ」
 ふふふと軽く笑う。これは絶対冗談で言っている……。
「重いのが無理なら一緒にやりますけど」
「ジョーダンだってば。ほら」
 近くにあったソファを軽々と片手で少し持ち上げる。
 元の位置にゆっくりと降ろすと、「ね?」と欠月は微笑んだ。
(す、すごいなぁ……。見かけは細いのに、案外力持ちだ)
 ここは欠月に任せて、まだ終わっていない台所へ向かうことにした。
「じゃあお任せします。台所にいますから、なにかあったら声をかけてください。この掃除が終わったら、料理の買い物に行きましょう」
「はいはい。おおせのままに」
「もー。すぐふざけるんですから」
「ふざけてないアルよ。本気の本気ヨ」
「それがふざけてるって言うんです」



 掃除を終えてスーパーにもう一度やって来た静のそばに、欠月がいる。カートを押す静の横をついて歩いていた。
「お蕎麦の材料と……」
 カゴに材料を入れていると、欠月が硬直しているのに気づいて静は不思議そうにする。
 欠月の視線の先を見遣り、「う」と洩らした。
「な、なんであんなのが売って……」
 珍しいけれど。でも。
 買う人なんているのだろうか? いや、このスーパーは度胸がある。
「か、カエル……ですか。食用の」
「…………」
 うわあ、と洩らしながらカートを押して通り過ぎる静の横では欠月が無言だ。
「す、すごいですね。どこかの残り物ですかね。すごい度胸ですよね」
 苦笑しながら言うと、欠月はすいっと視線をそらした。
「欠月さん?」
「…………確かにすごい度胸だね。まさか普通のスーパーでカエルをお目にかかるとは思わなかったよ」
「で、でも一応食用ガエルでしたし……」
「いや、あれって人間が食べるものじゃないと思うわけだよ。まあ食料がない時はカエルを食べるのも致し方ないとは思うけどね」
 早口で言う欠月に静が呆然とする。
 もしかして。
 まさかと思うけど。
「欠月さん……カエルが嫌いなんですか?」
「えっ!? 好きな人がいるわけ?」
「いえ……僕は食べたことがないのでわからないですけど……」
 鶏肉に似ているとか……そういった感じのことはよく聞くが。
「カエルって食べるものじゃあないでしょ。それ言ったらバッタとか、コオロギとかも。昆虫とか芋虫だってそうだよ」
「…………」
 どうやら欠月はそういった系統の食べ物がダメのようだ。
 そういえば前に言っていた。店には滅多に出ないし、日本人はあまり食べないと。
「食べ物じゃないと思うから、嫌いだね」
「まあ……僕も虫を食べろと言われると困りますし」
「でしょ!? なんでああいうものを『食べ物』と称せるのかボクはわかんない」
 きっぱりはっきり言い放った欠月を静は見つめる。
(はっきりしてるというか……変なところは頑固なんだなあ、欠月さんて)
「中国とか行ったら欠月さん、大変そうですね」
「ええっ? 中国なんて行かないよ。絶対。嫌。無理。駄目。アリエナイ」
「そんなにたくさん言わなくても……。わかりましたって」
「ほらほら。買い物早く済ませて。お礼のお蕎麦を食べさせてってば」
 ぐいぐいとカートを押す欠月に、静は笑う。子供みたいなことをする人だ。

 とんでもないことに静は気づいた。
 欠月に「あっちの棚からあれを取ってきてください」とお願いしたところ、彼は「いいよ」と笑顔で言って…………。
 戻って来た欠月は手に違うものを持っていた。
「……欠月さん、これじゃないですけど」
「あれえ? これでしょ?」
「いえ、それは缶詰ですよ?」
「だって同じじゃない。なにが違うの?」
「…………」
 缶詰の表の絵柄を指差す欠月の前で、静は脱力した。
(も、もしかして欠月さんて料理したことないのかな……)
 いや、そんなばかな。だって一人暮らしだって言ってたし。
「そ、それじゃなくて……そういう缶詰になる前のが欲しいんです」
「えー。これは使わないの?」
「そ、それはちょっと……」
 苦笑いをしていると欠月は残念そうに缶詰を棚に戻しに行った。
 本当に……買い物についてきた子供のようなことをする。
 再度戻って来た欠月から、頼んでいたものを受け取って静は安堵した。
「欠月さんはスーパーで買い物とかしないんですか?」
「え? するよ?」
「そ、そうですか……」
 じゃあなんでだろう。
 疑問が渦巻く静に、すぐに答えは提示される。
「だって罠を仕掛けたりするのに塩とかさあ、買いに来るもん」
 あ。なるほど。そっちのものしか購入してないわけね。



 料理をしている最中の静は、ごろごろしている欠月を見て笑いを堪えた。
(欠月さんて、家の中でいつもこうなのかな)
 ソファの上で転がってぼーっとしている欠月は欠伸をする。
 テレビもつまらなそうだ。
「欠月さんは、東京に来るまで何をしてたんですか?」
 多めに用意しようと手を動かしていた静の質問に、欠月は「あー」と声をあげる。
「何してたって……うーん。今と変わらないよ?」
「今と?」
「うん。お仕事の依頼受けて、現地へ行って戦って、倒す」
「自分から進んで探したりはしてなかったんですか?」
「そんなメンドいことしないよ〜。あ、でもそうでもないかな」
 思い出したかのように欠月はむくりと起き上がって静のほうを振り向く。
「憑物封印をしてた、ね。そういえば」
「憑物封印、ですか?」
「うん。巻物に四十四体の憑物を封じるんだけどね。今もやってるんだけど」
「え?」
「その憑物封印をするために東京に来てるんだよ。西日本の巻物は完成させてあるから、東日本のを完成させないと」
 それは。
 静の手が止まる。
「…………その憑物封印が終わったら、帰る、ということですか?」
「まあねえ。そうなるかな」
「あとどれくらいで終わりそうです?」
「まだかかるね。他の仕事が入るし……ボクは封印する憑物には厳しいの」
 その言葉にほっと安堵して、手を動かす。
 だが、一つだけわかった。
 彼はその『憑物封印』とやらが終わったらここを去るのだ。
(そうか……帰っちゃうんだ…………)

 年越し蕎麦を食べ終え、新年を迎えて。
 欠月が時計を見て「じゃあそろそろ帰るか」と立ち上がったので静は慌てて自室から何かを取ってきた。
「あ、あの」
 差し出されたのはハガキだ。
 受け取った欠月は「あ、年賀状?」と呟く。
「はい。あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします」
「………………」
 くるんとハガキを引っ繰り返してから、欠月は薄く笑う。
「芸術的だね、静君の絵って」
「えっ、あ、あの、」
「未来のピカソになれるかもよ」
 にこっと笑われて、静はどーんと落ち込む。
 欠月は悪気はなかったのだろうが……。
(わ、わかってますとも。僕の絵が下手だってことくらいっ!)
「はっきり言ってくれていいんですよ!」
「えー? 前衛的な絵でしょー?」
 ねー? とにこにこする欠月の前で、静は針のむしろに立たされているような感じがした。
 彼は決して下手とは言っていない。だが。なんだか。
(も、もしかして……絵の上手とか下手とか、わかってないのかな……)
「下手だって、思わないんですか?」
「なに? そう言って欲しいの?」
「違いますよっ」
「じゃあ前衛的な、未来風ピカソってことで。ゴッホでもいいね」
 笑顔の欠月に、「負けた」と新年早々静は思ったので、あった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 欠月の嫌いなものが判明しました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。