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■Misty Town ---始---■

雨音響希
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】

 名は全てを表し、全てを肯定する
 其の名は其だけのもの
 其は其の名においてこの世界に存在し得る固体
 名を意識の外に弾かざる事無かれ
 名をしかと己の心中に刻みつけよ
 其を繋ぎとめる其の名を
 決して忘れる事無かれ―――


 どこか遠く。それこそ意識の外側で、そんな声が聞こえた気がした。
 けれどそれはあまりにも小さな声で、幻聴だと言われればそれまで。
 ツキリと針が刺さったように心臓が痛んだ。
 目の前が淡くぼやけ・・・全ての意識を闇へと引きずり込む。
 漆黒に染まる世界が、段々と白色に染まって行く。
 淡く、甘く、朧に揺れる世界の中で・・・瞳を開ければそこは霧が支配する世界。
 己が何故ここに居るのか、そして己が誰なのか、全ては霧の向こう。
 ボンヤリとした頭で考えられる事など何も無く、ただただ前へ前へと進むのみ。

 辺り一帯を、濃い霧が覆いつくす。
 全ての町並みが、白くぼやける・・・。
 此処が何処なのか、何処に向かって歩いているのか、全ては遠い記憶の中。靄に覆われて思い出せない。

 先ほどまでは、学校に居た。その次は図書館に居た。その次は何処かの家の庭に居た。その次は・・・どうして記憶が繋がらないのだろうか?まるで1つ1つの記憶が点として存在しているかのようだった。
 はたと足を止めた。記憶の辻褄の合わなさに、軽い眩暈を覚える。
 そもそも、此処は何処なのだろうか?そして、自分は誰なのだろうか?自分の名前・・・名前・・・。

 『・・・・・・』

 名前を思い出した瞬間、目の前の景色がぼやけ始めた。今まで居た大通りが形を崩し、徐々に新たな形を作り始める・・・それは教会だった。大きな教会の中からは、微かにパイプオルガンの音が聞こえてくる。誰か居るのだろうか?
 教会の両開きの扉に手をかけた瞬間・・・

 リンゴーン リンゴーン リンゴーン

 鐘が鳴った。威厳深くもどこか哀しそうなその音は、きっかり3回鳴ると、ピタリと止った。
 空気が振動したせいか、霧が更に濃くなっている気がする。ぐずぐずしていたら、教会の扉ですらも霧に飲み込まれてしまいそうだ・・・。
 大慌てで教会の扉を押し開けると、その中に入った・・・。


―‐―‐― 教会 ―‐―‐―

 扉を開けると、パイプオルガンの音は一層大きくなった。
 漆黒の髪の少女が一心不乱に鍵盤を叩く背が見え―――こちらを振り返った。
 緑がかった金色の瞳は妖しげで・・・はっと息を呑むほどの美少女だった。
 「貴方・・・誰?どうしてここにいるの?」
 長い長い髪を払うと、少女はすっと立ち上がった。足首まである髪が柔らかに揺れる。
 「どうしてここにいるのか解らないって顔。でも、みんなそうだから。貴方一人じゃないから。」
 酷く優しい声で少女はそう言うと、虚ろな微笑を浮かべた。
 「私の名前は―――」
 段々と目の前がぼやけ始める。意識が、何かの強い力によって引っ張られているのを感じる・・・。

   クラリ

 目が眩み、一瞬だけ目の前が闇に染まる。
 なんとか意識を持ち直そうと、キっと目を開けた先・・・そこは巨大な駐車場の真ん中。

―‐―‐― 駐車場 ―‐―‐―

 どうなっているんだ・・・?
 目の前で起きている事が信じられないと言う風に、顔を上げる。
 先ほどまでは確かに教会に居たはずなのに・・・少女と顔をあわせていたのに・・・今はだだっ広い駐車場の真ん中に座っていた。
 相変わらず濃い霧は、目の前にあるはずの建物を隠している。
 それにしても、ここは何処なんだ?何故自分はこんなところに居る?
 キョロキョロと辺りを見渡しているうちに、ふいに霧の中から誰かがこちらに向かって来ているのが見えた。
 金髪の美女・・・。
 「ようこそ。霧が支配する町へ。」
 霧が支配する街?ここはどこなんだ・・・?
 「ここは現実のようで現実ではない街。けれど決して夢ではない。隔離された世界。誰かによって創られた世界。そして、貴方は此処に引きずり込まれた哀れな人。」
 きゅいっと口の端を持ち上げ、美女は優雅に微笑んだ。
 「大切な事は“自分自身の力を信じる”と言う事と“仲間を信じる”と言う事。この町では、ソレがないと生きてゆけないの。生き残りたいのだったら、一人の力だけじゃ無理ね。冷たい静寂が支配するこの町に住んでいるのは、異なるもの。」
 美女はそう言うと、ポンと目の前に何かを投げた。
 携帯電話―――?
 突然場違いなまでに明るいメロディーが流れ出し、液晶が点滅する。
 「取りなさい。一瞬の判断が全てを決める。どんな情報を生かすも殺すも、貴方次第。」
 言われるままに携帯の通話ボタンを押す。
『麗夜です。聞こえますか・・・?俺も、上手く説明ができないんですが・・・扉が、開かないんです。皆さんは現実に引き込まれてしまったんです。こちらからも、手立てを探しますが・・・もし・・・な・・・探・・くだ・・・』
 切羽詰ったような男性・・・恐らく、声からして歳は10代半ばか後半くらいだろう・・・の声は、ブツリと途中で途切れてしまった。
 そもそも、扉とは?現実とは?そして・・・探せとは・・・?
 目の前に置かれているのは、携帯電話とナイフ、そしてパンと水・・・。
「言ったでしょう?一人の力じゃ無理だって。仲間を探しなさい。生き残りたいのなら・・・ね。」
 美女はそう言うと、手を振った。そして去り際に一言だけ、呟くように言葉を残した。


   『“世界の果て”を目指しなさい。全ては“虹の球体”が教えてくれる。』


 そして霧の中に溶けて行った―――。
 ―――声が聞こえる。何処からとも無く、まるで囁くように、霧の間から・・・。
 『繋がらない世界が、どうして繋がらないか知っている?其れはね、世界が終わってないから。創られ終わってないからよ。だから全ては繋がらずに突然消えたり現れたりするの。全ては終わりがないから。けれど、終わらせる事は出来るの。この意味が、貴方には解る?』

Misty Town ---始---



 ―――そこは霧に閉ざされた町

 創られ終わっていない世界の中で、世界の終わりを目指す。

 ―――世界の終わりは ド コ ・ ・ ・ ・ ・ ?


◆ 進入 ◆


 菊坂 静は、目の前に置かれた二つ折りの携帯を取ると、パカリと開けた。
 液晶に映るのは青い空と緑色の草原・・・・・。
 小さな果物ナイフを取り、数度手の中で回転させて使い心地を確かめる。
 クルクルと手の中で回るうちに、ナイフは静の手に馴染んできたらしく、使い心地は悪くなさそうだ。
 最も、こんな小さなナイフ程度でどうにか出来るのかは非常に心配だったが・・・・・。
 「ここは・・・どこだろう・・・。さっきの人は・・・・。」
 呟いた言葉は霧の中に引き込まれ、霧散する。
 問いかけても答えてくれない霧は、いっそなければ良いと思うほどに冷たくて―――
 視界を遮る霧がどうしようもなく静の心を孤独に突き落とす。
 落ち着け・・・落ち着いて考えないと・・・
 静は俯いて、ぐちゃぐちゃに絡まる頭の中を整理しようと深呼吸をした。
 まず、どうしてこんな所に来てしまったのか。
 普段通り、家に居て・・・そう、キィっと、甲高い蝶番の音が聞こえたのだ。
 扉が開く時特有のソレに顔を上げ―――目の前が数度光った後に、気づけばこの世界に降り立っていた。
 そして、教会で遭遇した少女。
 ・・・漆黒の髪と緑がかった金色の瞳を有した―――。
 あの少女は誰だったのだろうか?そもそも、あの教会は何処に消えてしまったのだろうか。
 「それにしても、麗夜さんって・・・」
 夢幻館に住んでいると言う“夢宮”姉弟の“麗夜”だろうか・・・?
 実際に会った事はないけれども、そのような双子の姉弟がいると言う事は聞いた事がある。
 どちらも特殊な能力を有しているようで・・・勿論、自分だってそのような能力がないと言うわけではない。
 この身に宿る、異なる生命・・・・・・・・
 ギュっと、無意識のうちに右手首を掴む。
 数度深呼吸をし、意識を落ち着かせる―――
 「仲間を探せって事は、飛ばされてきたのは僕だけじゃないよね・・・?」
 先ほどの人もそうだし、もしかしたら他の人もいるかも知れない。
 協調性のある静は、仲間に優しい分自分や敵には平気で酷い事をしがちだった。
 ――― そして、それを“自己犠牲”だと、静は思わなかった。
 例えどんなにはたから見たら“自己犠牲”に見えようとも・・・静は、そう・・・思わなかった・・・。
 そっと瞳を閉じ、周囲に意識を集中させる。
 とは言え、今現在周囲に人が居る気配は無い。
 勿論、この霧のせいで感覚が鈍ってしまっていると言うのもあるだろうが・・・それにしても、濃い霧だ。
 ここはどこかの駐車場だろうが、その先にあるであろう店が見えない。
 「・・・ここに居ても仕方ないよね・・・。」
 この先何が起こるか解らない。この場でじっとしていれば助けが来るなんて思わない。
 自分で行動しないと、始まらない・・・・・。
 静は目の前に置いてあるパンと水を掴むと、そっと移動を始めた。
 ベッタリと身体に絡み付いてくる霧。一寸先はすでに霧の向こう側になってしまい、見えない・・・。
 周囲に気を配り警戒はしているものの、どうしてだろう、いつもよりも随分と感覚が鈍ってしまっている気がする。
 この霧のせい?
 その質問に答えられるものは誰も居ないけれども―――。
 しばらく霧と格闘して、目の前に聳えるスーパーの全貌が明らかになったのは大分近づいてからだった。
 半分閉まったシャッターの隙間から覗く中は明るい。
 ・・・それにしても寒い・・・。
 風が吹いているわけではないが、どこからかヒンヤリとした空気が漂ってくる。
 静は周囲に気を配りながらも、とりあえずスーパーの外壁に沿って一周回ってみた。
 かなり広いスーパーらしく、一周するのに結構な時間がかかる。
 一周して見て解った事は、どうやら出入り口は1箇所しかないと言う事だ。
 この、半開きになっているシャッターの奥、開け放たれた扉以外からは中に入る事は出来ない。他の扉には全て厳重に錠が下りていた。
 ―――こっから入るしかないか。
 静は覚悟を決めると、半開きのシャッターの下から中へと潜り込んだ。
 シャッターに触れないようにそっと屈み、自動ドアは丁度人が1人入れるほどに薄く開いていた。
 そこから身体を滑らせる。
 ・・・明るい店内の奥では何かがチカチカと青い光を放っていた。
 それがやけに不気味で――― 静は確かめるように息を吐くと、小さく吸い込んだ。


◇ 仲間 ◇


 1歩、中に入る。
 右手には食品がズラリと並び、壁際には出店のようなものも並んでいる。
 クレープの絵に、ホットドッグの絵・・・軽食がそこで食べられるらしく、長椅子も等間隔に並べられている。
 左手を見れば上品な雰囲気の喫茶店があり、シャッターが開け放たれ、透き通るガラス越しに開店前の店内が見える。
 積み上げられた椅子は深い茶色で、どこかシックな印象を受ける。同じ色の丸テーブルも上品で・・・良く見れば、値段も“上品”だった。
 珈琲1杯580円。紅茶1杯580円。モカ1杯600円・・・・。
 目の前にはシャッターの下りたエスカレーターがあり、その右にはシャッターの下りた雑貨屋。左には服がズラリと並んであるコーナーがある。
 シャッターの向こう、エスカレーターの脇には1本の小さなツリーが置いてあった。
 チカチカと青色の光を発しながら―――先ほど見た光は、この光だったのだ。
 突如として店内に鳴り響く音楽・・・かなりアップテンポのその曲は“始まり”を連想させるかのようなもので・・・
 『皆様、ようこそお越しくださいました。本日は・・・ク・・・で・・・午・・・い・・・』
 アナウンスの音がひび割れる。
 段々とフェードアウトしていき、ついにはプツンと言う音の後にノイズが数秒響き、無音になった。
 今のは・・・何だったのだろうか・・・。
 静はとりあえず、周囲に気を配りながらも奥へと進む事にした。
 エスカレーターの奥にはそれなりの大きさの噴水があり、その前には木のベンチが数個置かれている。
 噴水の右には書店。左には・・・トイレ・・・だろうか?マークはトイレのマークだが、シャッターが下りているためによく解らない。
 さて、これから先どうすれば―――そう思った瞬間、背後でザっと何かが立ち上がる音がした。
 驚いてそちらを振り向き・・・・・・そこには見慣れた姿があった。
 「桐生さん・・・?」
 小声で静はそう言うと、はっと周囲を見渡した。
 どうやら静と桐生 暁以外には誰もいないらしい。
 ほっと安堵したのと同時に、彼もこの世界に飛ばされて来てしまったのだと瞬時に理解する。
 「ダーイジョーブ。なんも感じないから。それよか静もこっちに飛ばされて来ちゃったんだ?」
 「そうみたいだね。気づいたら駐車場に居て・・・」
 「マリーに会ったと。」
 「マリー・・・さんって言うの?」
 それは先ほどの女性の名前だろうか?
 金髪でゴージャスな美女は、どこか危険で謎めいた雰囲気を纏っていた。
 それこそ、この世界と非常に似合いの雰囲気で・・・・。
 「そそ。マルケリア・デ・ルーブって名前で・・・ちょっとね、以前お世話になって。」
 「・・・お世話にって顔じゃないと思うんだけど。」
 静が苦笑しながらそう言って暁の瞳をじっと見詰める。
 「まーね。色々あったワケよ。騙し騙され?つか、騙され騙され?」
 「騙されてばっかりだったって事?」
 そう言って、思わず小さく笑う。
 顔を上げたそこで、どこか苦々しい表情の暁が何かを考え込むように何処を見るでもなくじっと視線を固定していた。
 「それより桐生さん、ここはどこなの?」
 「・・・そー言われても、俺にもちょっとわかん・・・」
 ふっと、何者かの気配を感じ、暁と静は押し黙った。
 入り口の方から、右手奥に入って行き・・・しばらくしてからこちらに戻って来る。
 コツコツと、いたって規則正しい靴音を響かせながら“何か”ないし“誰か”がこちらに向かって来る。
 暁と静はベンチの陰に隠れて様子を窺った。
 身長160cm程度の、少し緑がかった黒髪の少女。
 水色に近い瞳をキョロキョロと動かし、ふぅっと溜息をつくと立ち止まった。
 膝上5cm程度の改造着物を着て―――
 「桐生さん・・・」
 「や・・・敵じゃないっしょ。多分。」
 暁はそう言うと、立ち上がった。
 少女が驚いたように暁を見詰め、静に視線をスライドさせ―――
 「・・・えーっと・・・」
 「あんたも、こっちに飛ばされて来た人?」
 「んっと・・・解んないけど・・・そう・・かな?」
 視線を宙に彷徨わせながらそう言うと、少女は小首を傾げた。
 いまいち自分の置かれている状況がよく解っていないらしい。勿論、静だっていまいち自分の置かれている状況がよく分かっていないと言うのは少女と同じだ。
 「僕は菊坂 静って言います。貴方は?」
 立ち上がり、人好きのしそうな笑顔を浮かべた。
 少女がほんの少し安堵したような表情をして、ペコリと小さく頭を下げる。
 「私は、比嘉耶 棗(ひがや・なつめ)って言います。」
 「棗ちゃんね。俺は桐生 暁。」
 よろしくねと、暁は柔らかい笑顔を浮かべた。
 静よりも幾分年上だろうか?端正な顔立ちは可愛らしい雰囲気を甘く放っている。
 「外で、金髪の女の人に会ったんだけれども・・・」
 「マリーっしょ?マルケリア・デ・ルーブ。俺も前に会った事あるんだけどね・・・そだ、2人共、最初に言っておくけど・・・」
 そこまで言って、暁が口を閉ざした。
 言おうか言うまいか迷っていると言う表情をしながら、静と棗を交互に見詰める。
 そして、ややあってから重い口を開き―――
 「マリーは、敵か味方か解らないから。」
 「そうなんだ・・・。確かに、不思議な雰囲気はしてたけど・・・。」
 棗がそう言って、小さく頷いた。
 「でも多分・・・言ってた事に嘘は含まれていないはずだ。」
 「・・・虹の球体ってなんなんだろうね。」
 「あの声の事も、引っかかりますね。」
 静の言葉に、暁と棗が顔を見合わせて小首を傾げた。
 「声・・・?」
 「聞こえませんでしたか?“繋がらない世界”とか、“世界が創られ終わってない”とか、“終わりがないけれど終わらせる事が出来る”とか。」
 記憶を辿る。
 あの時聞こえた不思議な声・・・霧の向こう側から、微かにではあるが―――
 「終わりがないけれど終わらせる事が出来る・・・?それが“世界の果て”なのかな・・・?」
 「どうでしょう。」
 「終わりがないけれど、終わらせられる・・・つまり、創られ終わったら終わる・・・?」
 「どう言う事なの?」
 静の問いに、暁が視線をそらし、頭の中を整理するかのように口を閉ざす。
 「つまり、この世界が完成すれば・・・全てが繋がって・・・。」
 「どうすれば・・・完成するのかな・・・?」
 「さぁ。俺もそこまでは解んない。」
 どうすれば世界が創られるのか、そもそも、世界はどうやって創られているのか・・・そこが解らない限りは世界を創る事は出来ない。
 「もしかして・・・“ソレ”が“虹の球体”なんでしょうか・・・?」
 静が小さく呟く。
 世界を創っているものが、虹の球体・・・?では、虹の球体とは・・・?
 ―――虹の球体とは、世界を創っているもの・・・・??
 質問は始めに戻り、答えの出ないまま再び同じ質問に舞い戻ってくる。
 まるでメビウスの輪のように、答えのない質問は同じ場所をグルグルと回っては返って来る。
 「ま、解んないものは解んないよな。ようは、“虹の球体”とやらを探して“世界の果て”を目指す。ソレしかこっから帰れる手立てはないっつー事っしょ?」
 「・・・なんでこんなトコに急に飛ばされたんだろう・・・。」
 「多分、現実の扉の不具合だな。」
 「現実の扉?」
 「夢幻館ってとこにある、夢と対の扉で・・・夢宮 麗夜(ゆめみや・れいや)って子が司ってんだ。」
 棗が小首を傾げた後で口の中で小さく“夢宮 麗夜”と囁く。
 「夢宮さん・・・?」
 「俺も詳しい事はわかんないけど・・・つまるところココは“現実”だな。」
 その“現実”は麗夜の司る“現実”であり、本来の意味である“現実”とは若干意味を違えているが・・・。
 「限りなく夢に近い現実って感じかな?」
 「・・・だからあんなに不思議な雰囲気なんだね。」
 静の呟きに、暁がただ黙って頷いた。
 夢幻館独特のあの不思議な雰囲気は、夢と現実、そして現実の空間が重なり合って、融合しあって出来るモノ。それが良いのか悪いのかは、また別の話しになるけれども・・・・・。
 「夢宮 麗夜さんって、あの電話の人?」
 「そー。携帯にかかって来た電話の・・・待って。つー事は、みんな携帯持ってるって事?」
 「持ってるよ。」
 棗が携帯を取り出し、静もそれにつられてポケットから携帯を取り出した。
 「アドレス交換・・・」
 「そうですね、しておいて損はないですね。」
 アドレス帳を呼び出し、2人のアドレスを登録する。
 「・・・あ、そーだ。忘れるところだった。」
 突然そう言うと、棗が肩から斜めにかけたポシェットの中を漁った。
 ゴソゴソと手を突っ込み、何かを取り出し2人に差し出す。
 コロンと掌に乗ったソレは―――チョコだった・・・・・。
 「チョコ・・・ですか?」
 「うん。チョコ好き。美味しいよね。・・・チョコ、好き?」
 「俺はけっこー好き。甘いしね。」
 「僕も、嫌いじゃないですよ。美味しいですよね。」
 2人の答えに満足したのか、棗が嬉しそうにコクコクと頷いた。
 「とりあえず、一緒に行動しててもアレだし・・・バラけて情報収集するか。」
 「そうだね。結構このスーパーも広いし、手分けした方が良いかもね。」
 「終わったら、ココ集合とか?」
 目の前の噴水を指差す。
 「そうですね。解りやすいですし・・・桐生さんも、それで良いかな?」
 「だな。んじゃ、ココ集合っつー・・・・・・・。」
 はっと、3人の表情が固まった。
 3人の背後で何かが動いた気配があったのだ。サっと、それはかなりのスピードで入り口方向から喫茶店の中へと入って行った。
 「え・・・なに・・・?」
 棗がそう呟いた時、今度は喫茶店からこちらに向かって“何か”が走って来た。


◆ 遭遇 ◆


 ひゅんと、風を切りながら走って来た“人”の手には、鋭く輝くナイフが握り締められていた。
 それは一直線にこちらに向かって走って来て―――
 「危なっ・・・」
 運動能力Aクラスの暁が、咄嗟に2人を突き飛ばした。
 突き飛ばされた2人はなんとか受身を取り、何が起こったのかと振り返る。
 噴水の上に佇む人物は、外見年齢30代くらいだろうか?金色の髪に青の瞳。白人種のその男性は、ギラつく瞳を3人に順々に注いだ。
 「友好的には見えませんね。」
 「・・・こっちの世界に住んでる人・・・かな?」
 「人かどうかは解んないケドねー。」
 暁はそう言うと、良く見てみ?と小声で付け足した。
 立ち尽くす男性の向こう側は微かにだが見えていた。つまり、彼は透けているのだ。淡く、向こう側が見えるほどに・・・・・。
 「死んでるって事・・・?」
 「さぁね。生きてるか死んでるかなんて、この際どーでも良い。相手に敵意があるかないかが重要っしょ?」
 「敵意は・・・あると思うけど・・・。」
 棗がそう言って、視線をナイフに注いだ。
 自分達が持っている果物ナイフとはちょっと違う、もっと殺傷能力の高そうなナイフに思わず顔をしかめる。
 「ねぇ、あのさ〜、訊きたい事があんだけど。」
 「桐生さん!?」
 そう言いながら近づこうとする暁の腕を静が掴み、正気かと、瞳で問いかける。
 「だぁいじょうぶだぁって〜。危険なら逃げればいーんだし。」
 「でも・・・」
 「なぁ、此処がどう言う所なのか、虹の球体が何なのか、知ってるか?」
 1歩、また1歩、近づくたびに男性の呼吸が荒くなる。
 肩で息をして、まるで何かに狙いを定めるかのように―――
 『・・・霧・・・支配・・・町・・・全て・・・飛ばされ・・・虹・・・世界を・・・物質・・・創る・・・其れ・・・大切・・・ここ・・・イレイヴ・・・死・・・助け・・・殺・・・血・・・』
 単語単語に区切られた言葉は、あまりにも意味を成さなかった。
 それでも、その単語に重要なヒントが見え隠れしている事は確かで―――
 ゴクリと息を呑む音が聞こえる。それは些細な音であるにも拘らず、あまりにも大きく響いた。
 「・・・来る・・・っ・・・!」
 棗の言葉を合図に、3人はバラバラの方向に走った。
 敵は誰を追って良いのか解らずに、思わず躊躇し・・・その隙に手頃な場所に身を隠す。
 『・・・殺・・・死・・・血・・・イレイヴ・・・虹・・・終わり・・・創る・・・芽・・・』
 そう呟きながら、敵は食品コーナーの方へと歩いて行ってしまった―――


◇ 分担 ◇


 「イレイヴ・・・?」
 暁がそう呟きながら、柱の影から姿を現した。
 棗がベンチの下から、静が服売り場の商品棚の下から、そっと姿を現す。
 「それだけ・・・カタカナだったよね。」
 「何か意味があるのでしょうか?」
 「さぁ・・・とにかく、手分けして情報収集をしよう。ここが何処なのか、虹の球体が何なのか・・・」
 「どうすればこの世界から出られるか・・・ですね。」
 「まずは・・・此処がどこなのか・・・正確に知らないと・・・だね。」
 「さっきのヤツ、食品街の方に行ったよな。」
 「それじゃぁ、そっちは僕が行くよ。」
 サラリと言ってのけた静の顔を、暁と棗が穴が開くほどに見詰める。
 「・・・危険だよ・・・?」
 棗が不安そうな顔でそう呟き、静が小さく笑みを浮かべる。
 「だからですよ。比嘉耶さんをそちらに向かわせるわけにも行きませんし、桐生さんにはやって貰いたい事があるんだ。」
 「やって貰いたい事?」
 「あそこの書店に、もしかしたら手がかりがあるかも知れない。」
 そう言って、噴水の隣にひっそりと置かれている書店を指差した。
 シャッターは硬く閉じており、格子越しに見える中は薄暗い。
 「あの中で情報収集して来いって事か?」
 「桐生さんなら出来るって、僕・・・信じてるから。」
 にっこりと笑顔を浮かべ、頑張ってくださいと付け加える静に暁が苦笑を洩らす。
 「俺でも、シャッターをこじ開けるのは不可能だ。んな、力強いわけでもないし・・・」
 「それでも・・・桐生さんは不可能を可能にする男だから。」
 「あのなぁ静・・・俺、お前にどう思われてるわけ・・・??」
 「比嘉耶さんは、服売り場でなにか適当な服を見繕ってください。ここは・・・寒いですし・・・。」
 「うん・・・解った。あと、もし・・・できるようならあそこの雑貨屋さんも見てみる。」
 そう言って、書店の隣の雑貨屋を指差す。
 書店同様、シャッターが下りており―――
 「シャッターは桐生さんに開けてもらってください。」
 「うん・・・解った。」
 「おぉい・・・ちょい待て・・・っ・・・!」
 「僕はなにか武器になるようなものとか、食料品とか、探しますから。」
 「頑張って・・・。」
 棗の言葉に、静は柔らかく微笑んで頷いた。
 「比嘉耶さんも、お願いしますね。それと・・・桐生さん、頑張ってくださいね。」
 にーっこりと、可愛らしく微笑み・・・暁が苦々しい表情になる。
 「俺って結構責任重大?」
 「全ては桐生さんにかかってますから。」
 「・・・すっごいプレッシャー、有難う・・・。」
 目元に手を当てて、シクシクと泣き真似をする暁に向かい小さく微笑むと、それじゃまた後でと言って静は食品街の方へと走って行った。
 「気をつけて・・・!」
 「静、待ってるから・・・。」
 背にかかる言葉に、片手を上げて応えるとそのまま左手方向へと伸びる道へと走って行く。
 書店と服売り場と雑貨屋はあの2人に任せておけば大丈夫だろう。
 自分は食品と何か武器になるようなものがあればそれと・・・あと、薬なんかがあれば手に入れておきたい。
 それから、先ほどの人には気をつけなければ。
 なるべく気配を消して―――自分の正体は、仲間割れの原因になりかねない。
 だから・・・見せない・・・
 ・・・見せたく・・・ない・・・・。


◆ 捜索 ◆


 そっと食品コーナーに身体を滑り込ませる。
 辺りをよく確認した後に、1歩中へと進む。
 肉や野菜が陳列してあるコーナーを素通りして、その先のお菓子や保存のきく食品の置いてあるコーナーを目指す。
 途中で買い物かごを見つけたので、それを片腕に引っ掛けて・・・なんだか本物の買い物のようだ。
 とは言えここには静一人しか居なく、挙句お金を払う必要はない。
 ・・・タダで物が手に入るが、その反面命がけの買い物だ。
 辺りに気を配る。
 誰の気配もしない・・・でも、油断してはいけない。
 どうしてだかは解らないが、この世界に入ってから感覚が鈍っているような気がする。
 いつもならば直ぐに感じられる気配も、相手がかなり近づいてからじゃないと気がつかなかったり・・・・・。

   コツン

 誰かの足音がすぐ隣のコーナーから響いた。
 全神経を足音に集中させる―――桐生さん・・・の、わけはない。向こうでシャッターの開閉を頼んだのだから・・・それと同じで、比嘉耶さんの可能性もない。
 つまるところ、考えられる人物としては3人。
 先ほどの男性か、マリーと言う女性か、もしくは他の誰かか。
 ・・・一番最初が濃厚な事は変わりはない。
 マリーは味方か敵かわからないので警戒するに越した事はないが、最後の1人は敵か味方か、本当に不明である。
 飛ばされて来てしまったのが3人だけと言う事は・・・考えられない。
 手に持った乾パンをコツンと買い物かごの中に落とすと、気配を消してそのコーナーを後にした。
 そのまま真っ直ぐ進み、飲み物の置いてあるコーナーで立ち止まり、水とお茶をかごに入れる。
 ・・・かごが重い。
 持っている腕に食い込んで来る・・・。
 チラリと隣を見ると、お酒が陳列されているコーナーが目につき―――静はその中からなるべく度数の強いアルコールを選ぶとそれもかごに入れた。
 あと必要なものは・・・薬品関係と・・・出来ればライターを・・・。

   コツン

 すぐ背後で再び先ほどの足音が聞こえてきた。
 思わず驚いて振り向き―――ずらっと並んだ商品棚の中央、静から10mと離れていない位置に先ほどの男性が立ち尽くしていた。
 じっと、虚ろな瞳を静に向けており、今にも飛びかかってきそうな勢いだ。
 仕方がない。
 静は覚悟を決めると、ナイフを手に――― コツン ・・・
 まるで静の事が見えていなかったかのように、先ほどの男性はそのまま右のコーナーへと歩いて行ってしまった。
 ・・・もしかして、気づかなかったのだろうか?
 いや、それはないだろう。現に静と男性はしっかりと目が合っていた。
 それならば、目が見えないのだろうか・・・?その可能性は大いにある。
 しかし、そうだとしたならば相手は何でこちらを判別しているのだろうか?
 静は小首を傾げながらも、奥へと進んだ。
 食品コーナーの一番奥にある薬局で医療キットを見つけるとかごに入れ、鎮痛剤や解熱剤もかごに入れる。
 絆創膏、シップ、包帯・・・禁煙パイポなんて、必要ないかな・・・
 ふっと、その下にライターが箱詰めにされて置かれていた。
 赤、青、黄、緑、白・・・色取り取りのライターを無造作に掴み、かごの中に入れる。
 ―――随分と重くなってしまった・・・
 早いところ、先ほどの場所に戻らなくては。
 こんな状況で再び先ほどの男性と会ってしまえば・・・荷物が重いからちょっと待ってくれとは言えない。
 それにあのスピードだ。カゴを置く前に静の命をあのナイフが絶っていないとも限らない。
 目を閉じ、耳を澄ませ・・・何の音も聞こえない事を確認した後に慎重に歩を進める。
 飲み物のコーナーを抜け、野菜のコーナーを抜け・・・ふっと、静の目に壁にかかった1冊のノートが飛び込んできた。
 気になって、それに手を伸ばす。
 壁から出た釘にひっかかっている紐を外し、パラパラとページを捲る。
 『12月10日:レイン・シェフォード、12月11日:ウェバー・ゲイル、12月12日:シェリア・メイファ』
 カタカナで明記された名前は、全て外国名だった。
 それがなんだか違和感を静に与える・・・。
 パラパラと、更に先のページも捲る・・・それは、12月23日で終わっていた。12月23日午後10時・・・。
 パタンとノートを閉じ、表紙を見詰める。
 『2000年、冬』
 ―――2000年・・・!?
 混乱する頭で、このノートを持って行こうかどうしようか迷った挙句、静はそっとかごの中にノートを入れた。
 そして再び瞳を閉じ、神経を集中させて―――


◇ And ◇


 リュックの中に、ものを詰め込む。
 棗が見繕ってきたリュックは中々軽く、容量が大きく勝手が良かった。
 洋服を畳んで中に入れ、静が見繕ってきた食料品と水、薬品関係を丁寧に入れ、棗が無言で懐中電灯を2本差し出す。
 小さいものと、中ぐらいのもの―――丁寧に電池までついている。
 「・・・桐生さん、ちょっと・・・見て欲しい物があるんだけど。」
 静が不意にそう言うと、買い物カゴの中から1冊のノートを取り出した。
 パラパラとページを捲り・・・暁と棗がソレを覗き込む。
 『12月10日:レイン・シェフォード、12月11日:ウェバー・ゲイル、12月12日:シェリア・メイファ』
 「外国の人の名前・・・?」
 棗の呟きに、静はただ頷いた。
 パラパラと、更に先のページも捲る・・・それは、12月23日で終わっていた。
 『12月23日午後10時:ディー・セヴェル』
 「多分、当番表とか、その手の類のものだと思うんだけど・・・一番見て欲しいのはこっち。」
 パタンとノートを閉じ、表紙を2人に見せる。
 『2000年、冬』
 「え・・・2000年・・・?」
 驚きの声を上げ、小さな口元に棗が手をやる。
 パチパチと大きな瞳を瞬かせ―――
 「や・・・麗夜の世界だから、あり・・・だと思う。未来の世界にも繋がっていたはずだし・・・」
 ではここは過去の世界なのだろうか?
 いや・・・違う気がする。
 どこが違うとは明確には言えないけれども―――
 「俺も、見て欲しいもんがあるんだ。」
 暁はそう言うと、手に持った本を棗と静に手渡した。
 パラパラと捲る・・・そして、2人ともあるページでピタリと手を止めた。
 
  『Elave:イレイヴ』

 「町の名前だったんだ・・・?」
 自然豊かな観光の町と書かれており、その下には詳細な地図がつけられている。
 「・・・ここって、本当に日本なのかな・・・?」
 棗がそう言って、すいと視線を下げた。
 頬にかかるほどに睫毛が長く、クルリと毛先は上を向いている・・・。
 「さっき、値札を裏返してみたら・・・1円単位まで細かく書かれてた・・・」
 「俺も気になってたんだよね。全部さ、日本語で書かれてるけど・・・なぁんか違和感ない?」
 「そうですね。どこか不自然と言うか・・・。」
 「ここは“誰かによって創られようとしている”世界だから。そう・・・オリジナルを基に進化する・・・いわば、途上の町。」
 凛と響く声は艶かしく、コツコツと響くヒールの音は高い。
 入り口の方を振り向く・・・胸の部分を大きく開けた服を着て、金色の髪を靡かせながら、マルケリアが入って来た。
 右手には先ほどの男性を持ち―――ぐったりと動かない男性をその場にグシャリと落とすと、3人の目の前でピタリと歩を止めた。
 「お買い物は終わったかしら?可愛らしいお嬢さんとお坊ちゃん方。」
 「マリー・・・」
 「はぁい。さっきも会ったけれど・・・相変わらず可愛らしい顔をしているのね、暁。そして・・・後の2人は初めましてね?私は・・・あぁ、その顔。暁が先に紹介していたのかしら?」
 「あぁ。」
 「それならば私にも紹介してくれないかしら?この先も会う事になるでしょうし・・・お嬢さんとお坊ちゃんじゃぁ、あんまりだもの。」
 「比嘉耶 棗って言います。」
 「菊坂 静と申します。」
 「棗に、静・・・ね。覚えたわ。・・・それで、お買い物は終わったかしら?」
 マルケリアが一番最初にしたのと同じ質問を3人に向ける。
 「マリー、その前にこっちからも訊きたい事が・・・」
 「駄目よ。ゲームにはルールしか要らないの。先にヒントを得てしまっては駄目。」
 そう言うと、悪戯っぽく微笑む。
 これ以上は何を訊いても無駄そうな雰囲気に、思わず溜息が漏れる。
 「マリーさん・・・1つだけ、訊いても良い?」
 「踏み込んだコトでなければ。今、貴方達が知っておかないといけない情報内なら。」
 随分と難しい事を言う。
 棗はしばらく考えた後で、ゆっくりと口を開いた―――
 「ここは、日本じゃない・・・よね・・・?」
 「そうね・・・オリジナルは日本じゃないわ。“Elave”は日本ではない。けれど、日本に限りなく近い。」
 「どう言う―――」
 「それを考えるのが、貴方達の役目。オリジナルは日本ではない。けれど、ここは限りなく日本に近い。どうしてか?答えは1つ。けれど、それを導き出すのは容易ではない。今はまだ、情報量が少なすぎるわ。つまり、今はまだ知らなくても良い事。」
 ふわり、薔薇の香りを撒き散らしながらマルケリアが髪を肩から払った。
 キュイっと口の端を上げる。
 真っ赤なルージュが蛍光灯の光を受けて生々しい程に赤く光る・・・。
 「情報を見つけ、頭を使いなさい。どんな些細なものでも、見逃してはいけない。どんなものにも、意味はあるはず。私がここに居る事も、貴方達がこの世界に居る事も、全てが偶然の必然。必然が故に偶然・・・。」
 不思議な言葉を繰る。
 曖昧に濁された言葉は、まるで霧のようだった。
 一寸先は見えない。けれど、その先には確かに何かがあるはずだった・・・。
 「先ほど貴方達を襲ったあの男は、この町に住んでいた者。ここの住民達は、例外を除いて全ては“victim”となり、貴方達に襲い来る。最も、敵は“victim”だけじゃない。けれど、貴方達が出会うまで、私は言わない。」
 「例外を除いて・・・とは・・・?」
 「貴方達も会っているはずよ。教会に住まう一人の少女・・・他にも、居るかも知れない。自らの意思を持った・・・名を持つ存在が。」
 「それは、どう言う・・・」
 「ここでのおしゃべりはもうコレでお終い。貴方達は次の部屋に進まなくてはいけない。虹の球体を探さなくてはならないから。」
 「虹の球体って?」
 「見れば解る。世界を創りし要素の入った、モノ・・・。さぁ、棗・・・鍵を出して。」
 「え?」
 棗の瞳が大きく見開かれる。
 「鍵を、見つけなかったかしら?次へと進む鍵を。」
 その言葉に、棗がおずおずとポシェットの中から小さな銀色の鍵を1つ取り出すと、マルケリアに手渡した。
 それを手に取ると、マルケリアがスタスタと歩き出し―――エスカレーターの前でピタリと止まった。
 閉じたシャッターの鍵穴に細い針金を通し、ものの数秒でカチリと開ける。
 ガラガラと両手でシャッターを開け・・・
 「この先、エスカレーターの向こう。何処に繋がっているのかは解らない。貴方達が、同じ場所に飛ばされるとも限らない。」
 その言葉で、3人は互いの顔を見詰めた。
 折角出会った仲間だけれども・・・先に、進まない事にはどうしようもない。
 3人は決心を決めると、マルケリアに1つだけ頷いて見せた。
 それを確認した後で、エスカレーターの側面にある小さな鍵穴に鍵を差込み、右に回した。
 小さな機械音とともに、エスカレーターが動き出し・・・
 「マリーさん。ここって、実在した町なんですか?少なくとも、2000年までは・・・」
 動き出したエスカレーターを見詰めながら、静がマルケリアにそう問いかけた。
 「2000年の12月24日に“Elave”は“霧の町”となった。それは・・・創りし者の、意思。」
 ・・・それは、どう言う事なのだろうか・・・?
 創りし者の意思・・・・・??
 混乱する頭の中を見透かしているかのように、1つだけ小さく微笑むと、ポンと軽く背中を押した。
 それを合図に3人が次々とエスカレーターに乗り込み―――
 「決して自分を見失っては駄目。名前は、決して忘れてはいけない。この世界で、名前は大切な要素の一つだから・・・」
 マルケリアの声が、段々と遠くなる。
 ・・・ソレと同時に、意識が・・・体から離れていくような感覚がする・・・


 ―――目の前が、真っ白な霧に覆われる


   耳の奥に、エスカレーターの小さな機械音を響かせながら・・・



          ≪ END ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員

  5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

  6001/比嘉耶 棗/女性/18歳/気まぐれ人形作製者

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『Misty Town ---始---』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 マルケリアは、敵なのか味方なのかの見極めが重要だったりします・・・。
 前回のお話ではギリギリ味方だったマルケリアですが、今回のお話ではどうでしょう・・・今のところは味方のようですが・・・。
 次は何処の場所に繋がっているのか・・・勿論、スーパーの2階に繋がっていると言うわけではない・・・と、思いますが・・・。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。