■温泉旅行に行こう!■
志摩 |
【5201】【九竜・啓】【高校生&陰陽師】 |
「明後日温泉に行くぞ」
「それはまたいきなりですね、親父殿」
「千両のやつが山奥に秘湯をみつけたと書をよこした」
紙切れを奈津ノ介にほうり渡し、そしてそれに奈津ノ介は目を通す。
温泉ですか、と奈津ノ介は呟き何事か思案する。藍ノ介はそれを怪訝そうに見下ろしている。
「奈津、この愚息。何を考えている」
「いやあ、温泉旅行なんて商品にできないかなぁとか千両さんがみつけるような秘湯ってちゃんとしたところなのかなぁと思ってまして」
「……確かに千両だしな」
「まぁ、一応行ってみますかね。僕は温泉旅行がものになるかどうかで何人かモニター連れて行きたいんですけど」
「好きにせい。わしはいい湯につかれたらそれでいい」
そう言い放つと藍ノ介は奥にひっこんでゆく。その背にむかってそうですか、と奈津ノ介は言い、アルバイトにきていた要に声をかける。
「要さんも行きますか? 様子見なので日帰りになると思いますが」
「明後日ですよね、だと無理です。残念ながら」
「そうですか……じゃあモニターでも募りますか」
「いい所だったら連れてってくださいね」
「ええ」
奈津ノ介はにこりと笑うと紙と筆を出してきて温泉旅行の募集を書き始める。
途中まではすらすらと書いていたのだが途中で手が止まる。。
「……要さん人数分のお弁当作ってくれますか?」
途中まで書いて奈津ノ介は気がついた。千両からの書には山の中に秘湯だとしか書いてなく他の情報が何もない。
「人数にもよりますね。お重ですか? それとも市販のお弁当用の箱か何かに詰めます?」
「どっちでもいいですよ、要さんのお好きな方で」
「じゃあお重で。三段のお重二つありましたよね。あれにつめます」
「ありがとう、頼りにしてます。うーん……小判君、千両さん、親父殿と僕。あと四人ぐらい、かな。移動は朧車に頼めばいいし……よし」
そう言って書き終わった紙を要に渡す。要はそれを受け取ると店内の出口に近いところにそれを貼った。
『温泉旅行モニター募集
日帰りで無料
場所は山の中の秘湯
昼食はこちらで用意(持参も可)
定員は四名前後で締め切らせていただきます』
■ライターより
まったり基本でお届けしようと思ってます。
募集受注人数は1〜4人程度です。
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温泉旅行に行こう!
温泉旅行の張り紙の明後日。
銀屋の前に集まったのは桐生暁と九竜啓。
「おっはよー! あきらも参加なんだなー俺たっのしみ」
「おはよぉー……一緒なの……うれしい。んっと、お風呂の……おっきーヤツに行くんだよね」
「俺も! あったかくて楽しい、気持ち良過ぎて寝ちゃうかも。秘湯ってトコがなんかいいよね!」
「お、外が賑やかだと思ったらもう来ていたのか」
からから、と店の扉が開く。そこから優しげに笑みを浮かべて顔をだしたのは藍ノ介だ。
「おっはよーございます!」
「おはよぉー」
「うん、良い朝だな。もうすぐ迎えも来るしここで待っておるか」
きっと無意識なんだろう、藍ノ介は暁とあきらの頭を撫でる。
「ん、暁は何を持ってきたんだ?」
「あ、これ?」
それはお楽しみです、と暁はにこっと笑う。中身は手作りお弁当だが、まだ内緒だ。
と、低いエンジン音がしてそちらを向くと一台の車がやってくる。真白い、車高の低いオープンカー。車体にはペイントで赤い焔模様と車輪。
しかも無人。
「お、来たか。奈津、早くしろ」
藍ノ介は店の中に呼びかけて、そして二人を向くと乗れと言う。
「じゃあ俺運転席ー」
「暁、そこは奈津だ。一応免許持ってるからな」
「藍ノ介さんは……もってないの?」
「うむ、ない」
「ちなみに車酔いしますしね、おはようございます、あきらさん、暁さん」
いつの間にでてきたのか後ろから奈津ノ介がくすりと笑いながら言う。
おはようと挨拶もそこそこ。奈津ノ介の後ろには要もいて、お重をよいしょと助手席に置く。そしてその足下には色々と荷物が大小とある。。
「いっぱい作っておきましたから食べてくださいね、私はここでお見送り」
「はい、じゃあ皆さん後ろに乗ってくださいね、広いから三人いけるでしょう」
早く、と奈津ノ介につめられるように三人乗せられる。思ったより広くて余裕だ。
「暁、あきら……」
「何ですかー?」
「何ー?」
藍ノ介は二人、ささやくように呼びかける。その表情は硬い。というか青い。
「奈津は、飛ばすぞ、覚悟しておけ」
「じゃあ行ってきます、シートベルトはいいですか?」
そう言うと同時に奈津ノ介は思い切りアクセルを踏み込む。
一瞬にて暁とあきらは、藍ノ介の言葉の意味を理解した。
奈津ノ介は、スピード狂。
奈津ノ介の荒いハンドルさばきに耐えること約三時間。
気分すっきりな奈津ノ介とテンションがた落ちの三人はとある山の麓にいた。
視界には山、畑といったものばかり、周りにいるのも現地に住んでいる人くらいだ。
最初は楽しんでいたものの、さすがに三時間もあの運転が続くと誰でも参ってしまうらしい。
「相変わらずの運転だな……朧車に任せてもいいだろうに」
「え、いやぁ折角だったので。若い頃の血が騒ぎましたし。でもすみません、暁さんとあきらさんに悪いことしましたね。帰りは安全運転しますね」
是非ともそうしていただきたいと力なく笑む。
「あ……猫……」
と、あきらが視線をのばした先、黒猫がちょこんと座っている。
「小判君」
奈津ノ介もそれに気がつき名を呼ぶ。そうするとたたっとその猫は走り彼の腕の中におさまった。
「あきらさんは初めまして、でしたね。小判君です」
小判が奈津ノ介の腕の中でぺこ、と頭を下げて一鳴き。あきらがそれに律儀にはじめましてと返す姿は微笑ましい。
「親父殿、荷物お願いしますね、大きい方。親父殿が持って行くって言ったものが入ってますからね、それ」
「……増えてないか、色々と」
「文句あるんですか? 昼抜きますよ、働かざるもの……」
「わかった、わかったから」
主導権は満面の微笑みを浮かべた奈津ノ介だ。父は子に弱い。
「俺も……てつだう?」
あきらが控え目に言うと奈津ノ介はでは小判君をお願いします、と渡した。あきらの腕の中で小判は丸くなる。
「あ、俺も手伝うよー」
「じゃあ暁さんにはこれお願いしようかな」
そう言って渡されたのは小さな籠。その中には紙コップや箸といったものが入っている。
「おっけー、まかせて!」
そして奈津ノ介はお重をもつと、乗ってきた車に夕刻またここに、と告げる。
道は一本、山まで続いている。その途中で一人立っている、というか待っている様子だった。のんきに地元の人と話しながら。
後姿、緋色の着物をだらしなく羽織って七分丈のズボンと下駄。少しくるっとした青い、長い髪。
心当たりがあるようで奈津ノ介は嬉しそうな顔、藍ノ介は少し困った顔をした。
「あの馬鹿も来てるのか」
「南々さん――南々夜さんという方なんです、あの人は」
奈津ノ介が暁とあきらにそう微笑んで言う。表情が、会えて嬉しい。そんな感じだ。
「奈津クン……あの人好き?」
「好き……ですね。僕の先生みたいな人です」
そうやって言ってるうちにその南々夜の傍だ。向こうも気がついたらしく手を振っている。
「なっつー! あーいちゃん!」
人懐こい笑み。明るく屈託無い。
「あはーなっつー変わらないね、藍ちゃんも」
「汝もな」
「それで、この二人は? 初めまして、だよね」
ニヒっと目尻を下げて彼は笑う。なんとなく安心できるような、そんな雰囲気。
「桐生暁さんと、九竜啓さんです」
奈津ノ介から名前を聞いてふんふんと南々夜は頷く。
顔と名前と覚えているといった感じだ。
「ボクは南々夜。気軽にななやんでもなやでも、好きに呼ぶといいよ、ボクも好きに呼ぶからね」
「南々夜、汝また変な呼び名をつける気か……」
呆れたように言って藍ノ介は笑う。もう慣れっこらしい。
「うん、決めたよ。キミがあっきーで」
暁を最初に指差す。そして次にあきら。
「キミはあきちゃん。もうこれでばっちりだね!」
「あきちゃん……ちゃん……」
「どうしました?」
「俺……女の子じゃないのにちゃん……」
「あきらさん、愛称ですから、ね?」
「……うん、愛称だもんね……俺、あきちゃん、うん」
と、先ほどまで南々夜としゃべっていたらしい地元民があきらに袋を差し出す。
中身はチョコレート。
「? これは?」
「さっきそこのにーちゃんが畑作業手伝ったお礼、渡しといてくれなー。あと山入るんなら熊に気をつけてなー」
そう言って地元民はまた仕事へと戻っていく。受け取ったあきらは奈津を見上げた。
「いいのかな?」
「貰っておきましょう、ご好意です」
「うん、あとで南々夜さんに渡すね」
にこ、と微笑んだあきらに、奈津ノ介も笑い返す。
「さてそろそろ行かないと」
奈津ノ介は行きますよ、と皆に声をかけて歩き出す。
向かうのは山の中。
獣道、と表現するのが一番しっくりくる。
道は整備されていない、荒い、歩きにくい。
その道中、今日は灰色の着物に身を包んだ者が待っていた。
千両だ。
あきらの手から小判は離れ、彼のもとに戻る。
「小判たん……! 偉かったね、パパ立派に仕事を果たした子を自慢に思うよ……!」
小判は千両の腕の中で嬉しそうに鳴く。背中を撫ぜられるのがそうやら好きらしい。
「よく来たな、温泉はこっちだ」
嬉しげに、千両は言ってついて来いと先に進む。
獣道から外れた獣道。そんなところを少し歩いたところ。
あたたかい空気と湯気が見えてくる。
「うっわすっげー!」
「温泉……温泉だぁ……」
山の中、ちょっと急な斜面にごろごろと大きな石をどこからか持ってきてちゃんと温泉の形にしてある。
「一ヶ月前に掘り当てて形にした」
「千ちゃんすごいねー」
「温泉入るぞ……と言いたいが」
そこで言葉を一区切り。藍ノ介は奈津ノ介のもつお重をじっと見る。
「……お腹が空いた、ですね」
「お昼ご飯……オムライス……あるかな? わっ」
「わーお昼だー!」
「お昼だよーあはー」
後ろから南々夜が暁とあきらの肩をがしっと掴んで楽しそうに笑う。
人懐こすぎる、というか警戒心が無い、というか遠慮が無いのか。
奈津ノ介は藍ノ介に持たせていた荷物から色々と用意する。
レジャーシートやら他にも色々と、準備が良い。
あっという間に昼食準備終了。
「さぁどうぞ」
千両の膝の上に小判、藍ノ介、暁、南々夜、あきら、奈津ノ介と一周。
そしてお重をあける。
一段目は御握りなどが、二段目に玉子焼きやたこさんウィンナー、そして三段目には濃い味付けの角煮などが入っている。
「なっつーが作ったのこれ?」
「いいえ、要さんが」
「なるほど、ボクも納得」
ということで、いただきます。
各々好みの物を選んで昼食開始。
「そうだ……南々夜さん、これ……さっきお礼にって……」
「え、何々? チョコ、じゃああとで皆で食べようねー、デザートデザート!」
チョコレートの袋を南々夜は受け取る。畑仕事を手伝ったときのお礼だ。
「うん、デザートだね」
にへら、と柔らかい笑みをあきらは返す。
と、お重の一段目、そこに黄色い、卵で包まれたものが目に止まる。
もしかして、という思考。でもその一段目が遠い。
「あきちゃん、何がほしいの? ボクがとってあげるよー」
「えっと……おにぎりの、黄色いの!」
うん、と南々夜はそれをとってあきらに渡す。
黄色い卵で包まれた御握り。一口食べると、まぎれもなくオムライスの味。
「要さんが一生懸命作ってましたよ」
「おいしい……オムライス好きー」
幸せ、というときの表情は紛れもなく今の表情なんだろう。
「要さんに……おいしかったって、言わなきゃだめだね」
「そうですね、うん、おいしい」
奈津ノ介もそう頷いてぱく、と玉子焼きを食べる。
と、奈津ノ介が動きを止める。
「あれ、どうしたの? 奈津さん固まってるー」
「暁さん……動かないで、くださいね」
奈津ノ介はにこっと笑ってそう言う。
え、と不思議に思うと同時に奈津ノ介――よりも早く南々夜が動く。
何があったのかわからないうちに後ろでバキッと鈍い音と何か、巨大な物が倒れる音だ。
一撃必殺というのか。
そこには熊が倒れている。
「く、熊!? あれ俺の後ろにいたワケ!? うっわ、ちょっとビビったー!」
「いました、兄さんありがとう」
「うん、あっきーは大事なお友達だからねー」
「気がつけよ藍ノ介」
「そうだよあいちゃん」
「そうですね、親父殿」
小判までにゃーと鳴いて、藍ノ介に反論の余地は無い。
「あ、なんかわし……苛められてる気分」
「藍ノ介さん……がんばって……」
あきらに言われ藍ノ介は頑張るぞと言う。
楽しんでからかわれている、そんな雰囲気。
と、衝撃が足りなかったのか熊がのそりと起き上がり、そして意識をしっかりさせようと首を振っている。
「わー熊、起きたけどどうすんのこれ?」
「熊……逃げる?」
「どうしましょうかね。もしかしてお弁当の匂いに惹かれてきたとか……」
「じゃあボクが熊と話してみるねー」
へらへらと笑って南々夜は言う。視線を熊の高さに合わせてじっと見つめあい。
「大丈夫……なの?」
あきらの少し不安気な声に奈津ノ介は笑う。
「大丈夫ですよ」
「南々夜だしな」
「そう、南々夜だからな」
奈津ノ介、千両、藍ノ介は心配ない、と言う。昔からよく知っているからそう言えるのだろう、緊張した感じは何も無い。
「熊……おっきいね」
「そうですね、見事な毛皮ですね」
「毛皮……? うん、綺麗だねーあったかそう」
暫く双方動かずにいた熊と南々夜。先に動いたのは熊だ。南々夜の方にゆっくり近づいてきて、そして彼に撫でられるのを受け入れる。
「あはーさっきはごめんね、一緒にお弁当食べようね。あきちゃんもあっきーもちょっと空けてー」
南々夜は振り向くとそう言って、熊と一緒に座る。ちょっとした威圧感があった。
「すっげー熊と仲良くなれるなんて!」
「さわっても……大丈夫?」
熊の興味を抱きつつ、触れ合いつつ、いつの間にかお重はすべて空だ。
「美味でした、ゴチ! 美味しかったって言ってたって伝えといてー」
「うん……オムライスの……おいしかった」
「はい、ちゃんと伝えておきますね」
「あ、チョコレートあるんだよね」
思い出したかのように、チョコレートを南々夜は出してはい、と全員に渡す。もちろん熊にも。
「あ、これお酒はいってるやつだねー」
「お酒……俺、お酒弱い……」
「あきちゃん弱いの? 大丈夫だよーちょっとだし、えい!」
あきらの口にぽい、とチョコレートを南々夜は放り込む。あきらも、ちょっとなら大丈夫かな、と深く考えてはいない。
その刹那。
あきらの雰囲気が、変わる。
「……れ?」
「あきちゃんだいじょうぶー? どうかした?」
「あきちゃん……? 俺?」
露骨に眉を顰めて彼は周りを見る。
「あきらさん?」
「俺は……啓だ、あきらじゃない」
その言葉に、各々顔を見合わせる。
「……結局あきちゃんだよね、ならいいよ!」
そう言って南々夜は啓をがしっと捕まえると温泉へと放り込み、自分も飛び込む。もちろん服のままだ。
「うっわ何するんだって、ちょっ!」
「おりゃー!」
湯の中に沈められ、あからさまに遊ばれている。
「楽しそう! 俺も行ってくる!」
暁もうずうずしてそのまま温泉へと飛び込む。
「俺も混ぜてー! あははっ」
「スキンシップスキンシップ!」
「うわーもう……あはは、わっ」
湯の中で掛け合ったり沈めあったり、三人楽しそうにする。
それを奈津ノ介は見ながら、服乾かさなくちゃいけませんねと笑う。
温泉での沈めあい、湯の掛け合いも一段落し、今はゆっくりとその湯に使っている。
先に飛び込んだ三人の服は現在乾かし中だ。
無理矢理に近いスキンシップで今はもう啓も馴染んでいる。
「生き返るぞ……」
「あいちゃんじじくさーい」
「黙れ」
「あれ、奈津クンは入らないのか? 気持ちいいのに」
じゃばじゃばと湯の中を移動して啓は奈津ノ介の方へと近づく。
「ええ、皆さんの服飛ばされるといけないし」
「違うぞ、啓よ」
そこに藍ノ介が口を挟む。にやりと意地の悪い笑みを浮かべてだ。
「奈津はいわゆるでべそでそれを見られたくないのだ」
「えー!? 奈津さんそうなの?」
暁もそれに食いついて奈津ノ介を見る。彼は穏やかに笑んでいる。
「そんなわけないじゃないですか、もう親父殿は嘘なんかついて」
「何を……!? 汝はそうやっていつもわしに……」
反論しようとする藍ノ介に奈津ノ介は満面の笑みを称えて口を開く。
「黙れ親父」
その一言ですべて凍りつく。これ以上この話題は駄目だと直感が言う。
そしてその雰囲気から抜けるのを助けてくれるのは南々夜だ。
「あはーあいちゃん怒られてるー」
「まぁまぁ、俺が背中流してあげるからさ!」
「暁はやさしいなぁ……どこぞの誰かとは大違いだ」
啓は藍ノ介と奈津ノ介の様子を見て笑う。親子っていいなと。
と、ふと白い、真っ白い花が瞳に写る。
カスミソウの花。
くらりと視界が一瞬真っ暗になって、でもすぐに明るくなる。
身体が温かい。
「……あれ? いつの間に入ってたのかな……まぁいいや」
ゆっくり肩まで湯につかっていると心が和んで、そして落ち着く。
「あきちゃんまったりしてる?」
「うん、してる……」
「そっかそっか!」
南々夜が横にきてそして笑う。
「あ、あきちゃんだ」
「え?」
「なんでもない、あきちゃんはあきちゃんだもんね!」
一人で理解納得、そんな感じで南々夜は笑う。
「あきちゃん温泉好き?」
「好き……昔、両親と行った事あるみたい……だけど、俺は、覚えてない……から」
「そうなんだ……」
「……でもね、この思い出を覚えてれば良いって……俺は思うんだ。いつか、その時の事も……思い出したい……けど、俺にとっては、思い出は……作って行くもの……だから」
そうだね、と隣の彼は言う。
「一緒にいっぱい思い出作ろうね」
「うん、作る」
ゆるりとした時間とこの湯の温かさが心地良い。
心も身体も、安らいでいる。
あきらの言葉は啓の言葉でもあって、思いは一緒だ。
そして楽しい時間は終るものでもある。
乾いた服を着て、そして山を降りる準備。行きよりも帰りは荷物も軽い。
「忘れ物はないですね?」
「大丈夫!!」
「熊さん……ばいばい……」
「そうだ、熊!」
名残惜しい、今のうちにさわっとけ、とばかりに暁とあきらは抱きつく。
そしていつまでくっついている、と藍ノ介に引き剥がされた。
「あはは……あ、あそこ果物っぽいのなってる! 藍ノ介さん肩車、肩車!!」
暁は目ざとく気になっている果物を見つけて肩車をせがんだ。
「お、うん、ほれ」
「じゃああきちゃんはボクがしてあげる」
「わっ」
あきらがちょっと羨ましそうにしていたのを見て南々夜はあきらを肩車する。
暁とあきらはちょっとした収穫祭を行っている。
「いっちばんいい感じの藍ノ介さんにあげるね」
「それは嬉しいな」
「俺も、南々夜さんに……あげる」
とん、と肩から二人とも下ろされて嬉しそうだ。
腕に抱えた果物から一番いい具合のものを渡す。
もらった方もあげた方も嬉しそうだ。
「あと……熊にも……」
「そうだな!」
暁とあきらは熊にも一個、渡す。
「さて帰るか、南々夜はどうするんだ?」
「ボクは千ちゃんたちともう一泊かな、皆気をつけて帰ってね。てか千ちゃんたちどこ行ったのかな?」
そういえば姿が見えないな、と思うがどうやらいつもの事のようで藍ノ介も南々夜もそんなには気にしていないようだ。
「兄さんも、また遊びに来てくださいね」
「うん、行く行く。あっきーもあきちゃんもまたねー」
両手をぶんぶんふりながらの南々夜のお見送りを受けて四人は山を降りていく。
楽しかったな、と話をしつつ。
そして山の麓へ出て、行きと同じ車を見て思い出す。
「奈津」
「奈津さん」
「奈津クン」
何ですか、と振り向く表情は笑顔だ。
三人は声を合わせて言う。
帰りは安全運転でお願いします。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【4782/桐生・暁/男性/17歳/学生アルバイト/トランスメンバー/劇団員】
【5201/九竜・啓/男性/17歳/高校生&陰陽師】
(整理番号順)
【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/南々夜/男性/799歳/なんでも屋】
【NPC/千両/無性別/789歳/流れ猫】
【NPC/小判/男性/10歳/猫】
【NPC/音原要/女性/15歳/学生アルバイト】
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■ ライター通信 ■
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温泉旅行いかがでしたか? ライターの志摩です。温泉いいですよね、私も行きたいです。ゆっくりとちゃぷんとつかって……万年肩こりに効く湯を切実に…!
今回もまったーりとして雰囲気でお送りできたと思っております。思い立ったかのように南々夜投入ということになりまして……思い立ったかのように熊がでてきたりと……熊がアクシデントだったらしいです、自分の中で。行き当たりばったり丸出しです(自分で言っちゃった
九竜・啓さま
いつもありがとうございます!
今回はあきらさまから啓さまにチェンジする機会をいただきここぞとばかりに…!!しかもご都合主義でカスミソウ生えてますし!気にしない!(ぅゎぁ)いつもながらほやほや気分を感じつつ書かせていただきました!あきちゃんという愛称を南々夜につけられてしまいましたが、微妙だよ!と思えば次回きっと変わります。何事もなかったかのように…!(…
それでは、またどこかでお会いできれば嬉しく思います!
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