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■診察室 “Letzt Nacht” **case.狐憑き■

徒野
【5484】【内山・時雨】【無職】
「嗚呼、今日和。……依頼を受けて下さる方ですね。」
 扉が開いて、此の病院の院長で有る男性が入って来る。
 貴方は此の応接室の自棄に上等な座り心地のソファに落ち着かない処だったので、助かったとばかりに顔を上げ……息を呑んだ。
 見慣れた黒髪なのに、其の中に収まっている瞳が翠になるだけで斯うも新鮮に見えるのか。
 まじまじと男性を眺めて仕舞い、慌てて視線を余処へ移す。
 眼の色に肌の白さ、其の顔立ちからハーフなのだろうと察しが附いた。
「秋乃侑里です、宜しく。」
 低めの心地良い声が響き……名刺を渡された処で我に返った。
 そうだ、仕事内容を確認しなければ。
 頭を切り換えて、秋乃に問うた。
 秋乃は、貴方の向かいに坐ると頷いて話し始めた。
「狐憑き……御存じですよね、」

「場所柄、『自分は狐憑きではないか』とカウンセリングを受けに来る方が結構居るのですが、大抵の場合は……本人の思い込みの場合が多いんです。然し、稀に本物が混じっていて……。今回も其のケィスですね。」
 秋乃は机上に有ったファイルを捲り、貴方に示した。
「――宮島佐和子さん。十代の女性の方です。」
 長い髪の女性が写っている写真を見る。
 心なしか窶れている様に見えるのは気の所為では無いだろう。
 貴方は視線を秋乃に戻して、承諾の意味で頷いた。
 秋乃は其れを見て弱く微笑んだ。
「有難う御座います。……では、準備が出来次第、御願いします。」
診察室 “Letzt Nacht” **case.狐憑き


「嗚呼、今日和。……依頼を受けて下さる方ですね。」
 其の声に内山・時雨は緩慢に顔を上げ、遣って来た院長と云う其の人を見た。
「秋乃侑里です、宜しく。」
 低めの落ち着いた声で告げられ、名刺を渡される。
 時雨は一応其れを受け取ると、肩を竦めて少し面倒そうに応えた。
「内山時雨だ。如何云うコネで以って、何故私なんか呼び附けたか知らんが――専門職じゃあ無いんでねえ。困るよ、期待して貰っても。」
「然し、蛇の道は蛇とも云いますし……、ね。」
 時雨の態度にも厭な顔一つせず、処かそう云って微笑って見せた侑里を見て、時雨は「面倒な奴だ、」と思ったが然し、もう此処に来て仕舞った以上引き返すのも格好が附かないので、仕方無さそうに小さく息を吐いてから話を切り出した。
「其れで、狐の件だが。」
「ええ。」
「何、簡単だ。インフォームド・コンセントも必要あるまい。天井から吊るして下で火でも焚いて遣れば良い。ちょいと小突けば直ぐに尻尾を出すだろ。」
 至極真顔で。
 否、時雨にとっては其れ位が妥当であろうから、本当に真面目な提案だったのだが。
「確かに狐には有効でしょうが。出来れば宿主に為っている患者の躯の方を優先して貰いたい。」
 侑里も先程の微笑みを崩さない侭そう返した。
「あん、過保護な医者め。奴等は甘やかすと附け上がるよ。」
 時雨はそう云って面倒そうに頸の後ろを掻いた。
「……仕方ない、無駄な手間だが一つ交渉と行こうか。」
「ええ、是非。済みませんね。」
 笑みを苦い物に変えた侑里が申し訳なさそうに呟く。
 時雨は肩を竦めて立ち上がった。
「何、構わないさ。――さて、サシで話したいので人払いを頼むよ。」



 時雨は教えられた病室の号数を確認すると、ノックもせずに扉を開けた。
「ちょいと邪魔するよ。」
「……何方、ですか。」
 長い黒髪の少女――宮島佐和子が、少し怯えた様に小さな声で問うてきた。
 然し其れを見ても時雨は表情一つ変えず……否、少し呆れた様に溜息を吐いた。
「私の前じゃ幾ら化けた振りしても無駄さ。良いからとっとと正体を出しな。」
 淡々と、其れでいて鋭く云い放った言葉に佐和子の躯が揺れる。そして其の侭ベッドに倒れ込んだかと思うと、今度は先程の佐和子に化けていた時とは全く違う、少し嗄れた声で喋り出した。
「貴様ぁ……何者だ……。」
 ゆらりと起き上がった佐和子の眼は据わっていた。完全に狐に支配された状態なのだろう。
 時雨は其の動きを黙ってみていたが、呟かれた言葉に僅か眉根を寄せた。
「やれ、……弱い癖に礼儀を知らん餓鬼だな。」
 年功序列だなんて儒家の教えに興味は無いが。時雨は何方かと云えば、元々の本能――力の強弱に因る序列に従う。
「尾も分かれてないひよっこが。」
「何ィ……、」
「文句が有るなら。……喰ろうて遣るぞ。狐何ぞそう美味いモンでも無いが喰えん事は無い。」
 時雨がそう云って一瞥寄越して遣ると、明らかに狐の動きが止まった。
 相手が視線を逸らすのを見てから、時雨はベッドの横に置いてあった丸椅子を引っ張って来て坐り、当初の目的を切り出した。
「のう狐よ、事情は知らんが現代社会で其れは止めておけ。」
「……何だ、……何の事だ。」
 狐は突然話題を変えた時雨を訝しげに見遣る。
 其れに対して時雨は狐――否、佐和子の躯を示す様に顎を刳った。
「人に憑くって事をだ。如何だ、こんな所に押し込められて窮屈だろう。卑しくも狐なら、いっそ人に化けて暮らした方が賢いと思うがね。」
 そう云って時雨は少し首を傾ける。
「何を云う。憑いているだけで此の娘の生み出す美味い負の感情が喰えるのだ。人化等面倒な事をせずとも良い。」
「そんなモン、夕刻の交差点でも歩けば充分満腹に為るだろうよ。其れとも何かい、転化も出来ないのかい。」
「莫迦にするな。転化する位……人に化ける位造作も無いわ。」
「ならすれば良かろう。如何せそんな輩は掃いて捨てる程居る。其れに隣人が一人や二人増えた処で東京なら誰も気づきやせんさ。」
「……然し、人の世で人として過ごすのも窮屈だろう。」
「まぁ多少はそうだろうが、では御前は今の生活が窮屈では無いと、」
「…………。」
 暫く時雨と狐の応酬が続いたが、狐が眉根を寄せて言葉を止めた。
 其れを見た時雨は肩を竦めて続ける。
「嗚呼、嫌なら構わんよ。……其の代わり此の娘が死ぬる迄療養所暮らしぞ。人間と云うモノを舐めるなよ。」
 其の言葉に狐の表情は更に険しくなる。
「考え……させろ。」
 小さく、絞り出す様に呟かれた其の言葉を聞いて時雨は立ち上がった。
「好きにしろ、但し三日だけだ。彼の男にもそう伝えておく。私はもう此の件から降りるからね。三日過ぎたら別の奴が御前を滅しに来るだろうよ。」
 其れだけ云い残して、時雨は病室の扉を閉めた。


     * * *


 夕刻の交差点。
 時雨は飲み屋を目指してふらりと歩いていた。
 人混みの中、正面から初老の男性が遣って来て、擦れ違う。
「いやぁ、……実際遣ってみると案外悪くない。」
 擦れ違い様に呟かれた声は、数日前に少女の口から発せられていた其れで。
 然し二人共其の侭振り返る事も無く歩いていく。
 唯、此の東京に同類が増えた事を時雨は小さく笑った。

 ――亦一人、か。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 5484:内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職 ]

[ NPC:秋乃・侑里 / 男性 / 28歳 / 精神科医兼私設病院院長 ]

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■         ライター通信          ■
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改めまして御機嫌よう、毎度如何もの徒野です。
此の度は『狐憑き』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
随分御待たせ致しました。遅れましたが此処に御届け致します。

時雨氏が、丸で私のキャラクタ達の様に動かし易くて吃驚しています。
前回のシチュエーションノベル辺りから薄々思って居たのですが……。
狐との話し合いはこんな感じで。
年の功と云いますか、狐の癖に丸め込まれちゃってます。

此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。
――亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。