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■ホストDE夢幻館--- side A ---■

雨音響希
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 あたし、片桐 もな、16歳。
 目が覚めると、うちがいつの間にかホストクラブになっていました―――。


 「え・・・?え・・・??」
 目が覚めて階下に下りると、そこは薔薇で埋め尽くされていました。
 いつもの夢幻館とは違い、赤絨毯も敷かれ、綺麗に花なんか生けたりして・・・。
 「なにこれぇ・・・どーゆー事ぉ・・・??」
 オロオロとするあたしに、この館の支配人、沖坂 奏都ちゃんが声をかけてきました。
 「おはよう御座います、もなさん。今日も良い天気ですね。」
 そう言ってバックに薔薇を撒き散らしながら歩く奏都ちゃんの周囲は、キラキラしていました。
 いつも着ているような服ではなく、何故かスーツを肌蹴させて・・・。
 口調は普段どおりのはずなのに、どうしてでしょう。色気がキツイ気がするのですが・・・。
 「奏都ちゃん!これ、なに!?どうしてこんなになっちゃってるの!?」
 「もなさん、ホストクラブ・夢来館にとっては当たり前の風景でしょう?」
 「え・・・!?夢来館(ゆめらいかん)!?」
 不思議です。昨日までは夢幻館だったはずなのに、いつの間にかここは夢来館と言う場所になってしまったようです。
 あたしが寝ている間に一体何があったのでしょうか・・・。
 「朝食は食べましたか?」
 「ううん、食べてない・・・けど・・・。」
 「もなさんはただでさえも細いんですから、しっかり朝食はとってください。」
 そう言うと、奏都ちゃんはあたしの頭を優しく撫ぜて、髪にそっと口付けをしました。

 ――― 絶 対 奏 都 ちゃ ん じゃ な い ・ ・ ・。

 とは言え、見た目は奏都ちゃんです。
 そうすると、考えられる事はタダ一つ。
 この館のトラブルメーカー・・・紅咲 閏ちゃんしか思い当たりません。おそらく、なにかクスリを飲ませたのでしょう。
 それより、他の人はどうしたのでしょうか・・・?
 「奏都ちゃん!他の人は?」
 「冬弥さんと魅琴さんはいらっしゃいますが、他の方は起きて早々何処かへと行ってしまわれましたよ。」
 つまり、責任放棄を言うわけです。
 なんて酷い・・・。
 「あれ?もなじゃん。今起きたのか?」
 考えるあたしの頭に、今度は梶原 冬弥ちゃんの声が聞こえてきました。
 奏都ちゃん同様、スーツを着崩した感じで・・・
 「おはよう、うちのお姫様。」
 そう言って奏都ちゃん同様、髪にそっと口付けを―――これは絶対確実に間違いなく100%冬弥ちゃんじゃないです。
 いくら見た目が冬弥ちゃんでも、騙されません!・・・と言うか、みんな正気に戻ってよ・・・な、気分です。
 「あれ〜?もなが起きてんじゃん!」
 今度は神崎 魅琴ちゃんがそう言って下りて―――来る前に、あたしは奏都ちゃんと冬弥ちゃんの陰に隠れました。
 ヤツは危険です。普段でも変態なのに、閏ちゃんのクスリとなればタガが外れたように弾けるに決まってます。
 どうしましょう・・・どうしましょう・・・!
 変な3人と一緒に居たくないですが、かと言ってこのまま放っておいたら取り返しのつかない事態になりそうです・・・!
 「と・・・とりあえず、3人でお店やるの、キツクない・・・?」
 あたしは“ある事”を思いつくと、3人にそう尋ねました。
 「そうですね・・・でも・・・」
 「あたしが誰か助っ人呼んで来てあげるよ!ね?ね??」
 「しかし・・・」
 「決まり!それじゃぁ誰か探してくるっ!」
 兎にも角にも、一度頭の整理もしたかったですし、まともな人に会いたいと言うのもあったので、あたしは一目散に夢幻館・・・もとい、夢来館を後にしました。
 走って、走って・・・上着を忘れて来てしまったのに気がつきましたが、かと言って戻る気もしませんでした。
 そしてそのまま近くの公園に入ると、そっとベンチに腰を下ろしました。
 冬の風は酷く冷たく、上着を忘れてしまったためとても寒いです。
 カタカタと思わず肩が震え、少しでも温かくなるように、ベンチの上に体育座りをしてしまいます。
 寒い・・・とっても寒いです・・・。
 けれど・・・このまま帰れません。
 なんだか涙が・・・・・・


□◆□


 ふと歩いていると、公園の中に小さな少女を見つけて思わず足を止めた。
 この寒いのに上着も着ずに、ベンチの上で俯いてじっとしている少女。
 可愛らしい服を着て、髪の毛を2つに結び・・・。
 思わず気になって、公園の中に入ると声をかけ―――
 カタカタと震えていた少女が顔を上げる。可愛らしい顔・・・その中、大きな瞳には涙が溜まっていた。
 思わず少女の方に1歩踏み出すと、キュっと服の裾をつかまれた。
 そして、少女は小さな声でこう言った。

  「助けて・・・・」


ホストDE夢幻館--- side A --- 【 月光下の秘密 】



◆□◆


 ふっと、見慣れた姿を目に留めて、菊坂 静は思わず足を止めた。
 ピンク色の可愛らしいリボンが風に靡き、茶色と言うよりはピンク色に近い色をした細い髪の毛が少女の頬にへばりつく。
 「もなさん・・・?」
 声をかけてみた。
 ビクリと小さな肩が震え、1拍置いた後で少女が顔を上げた。
 大きな瞳に涙を溜めながら、小さく1つだけしゃくり上げると手の甲で涙を拭った。
 「静・・・ちゃん・・・?」
 「どうしたの?こんな所で。」
 この寒空の下、コートも何も着ていないもなは酷く寒そうだった。
 膝上のスカートがヒラリヒラリと風に揺れ――――
 「なにかあったの?」
 しゃがんで、視線を合わせる。
 もながイヤイヤをするかのように、力なく頭を振るとギュっと唇を噛んだ。
 「誰かと喧嘩でもしたの?」
 夢幻館の中で、なにかイヤな事でもあって飛び出して来てしまったのかと訊くが、それに対してももなは力なく頭を振った。
 その度に、重たいスイング音がブンと響く。
 「怪我でもした?」
 とは言うものの、膝も掌も切れている様子はない。
 もながフルフルと頭を振り・・・静は困ってしまった。
 こんなにポロポロと泣いていると言う事は、何かあったと言う事。けれど、その“なにか”が解らない事にはどうしようもない。
 もしかして、言わないのではなくて言えないのだろうか・・・?
 グルグルと考えを巡らす静の耳に、もなの小さな声が聞こえてきたのはそれからしばらくたってからだった。
 「あのね・・・静ちゃん・・・助けて欲しいの・・・。」
 「何かあったの?」
 突然の救援願いに、思わず気を引き締める。
 何があったのだろうか・・・?夢幻館に何かあったのだろうか・・・??
 「ついて来て・・・欲しいの。あたし一人じゃ、どうする事も出来なくて・・・」
 パタっと、音を立てて涙が地面に落ちた。
 砂の上でジワリと広がる涙を見詰めながら、静は立ち上がるともなに手を差し出した。
 「それじゃぁ、連れて行ってくれるかな?」
 ふわりと穏やかな笑顔を浮かべながら言う静の手を、もながとった。
 キュっと手を繋ぎ、空いた方の手で流れ落ちる涙を拭う。
 「もなさん、ちょっと良いかな?」
 そう言っていったん手を放した後で、静は上着を脱ぐともなの肩にかけた。
 「・・・静ちゃん、寒いでしょぉ?」
 「平気だから、もなさんが着ててよ。・・・実は、ちょっと暑くなってきちゃって。」
 勿論、その言葉は嘘だった。
 けれど静の微笑には、嘘を真実に変えるだけの力があった・・・。
 「・・・ありがとう・・・。」
 キュっと静の手を握ると、もなが俯いて小さくそう言った。
 いつもの元気は何処へやら、なんだか大人しいもなに小首を傾げながらも、導きにしたがって歩く。
 見慣れた風景を通り過ぎ―――これは、夢幻館に行く道順だ。
 「もなさん、夢幻館に行くの?」
 「・・・違うの。夢幻館じゃないの。」
 そうは言うものの、直ぐ近くまで迫ったこの雰囲気・・・様々な対が混じり合っている不思議な雰囲気。
 けれどどこか懐かしく穏やかなこの感じ―――
 角を曲がり、そこに見えるは大きな館。
 「あのね・・・静ちゃん。ここは夢幻館じゃないの。」
 巨大な門から中へと入る―――両開きの扉まで続く真っ白な道の両脇には薔薇の花。
 「ここはね、夢来館なの。」
 「・・・夢来館・・・??」
 薔薇の道(ローズ・ロード)が誘う先は夢への館。
 一時だけの甘い夢を、見せてくれる場所・・・・・・・・。


◇■◇


 最初、上着も着ないで涙を流しているもなを見て、内心はかなり心配していた。
 クルクルとよく表情の変わるもなは、よく笑い、よく怒り、よく泣くけれど―――あんなに押し殺したような涙は滅多に見せなかったから・・・。
 だから・・・それこそ、顔にこそ出さなかったけれども静の心は気が気ではなかったのだ。
 何があったのだろうか・・・言えないほどに悲しい事でもあったのだろうか・・・。
 少しでも、力になれないだろうか・・・?
 助けてと囁いた時の声があまりにもか弱くて、儚くて・・・まぁ、事情を知った今となってはあの時の感情は段々と薄らいで来ているけれども。
 静は金の豪華なフレームに彩られた姿鏡の中の自分をじっと見詰めた。
 黒のスーツをキッチリと着て、髪の毛をワックスでラフに弄って・・・どっからどう見ても完璧な“ホスト”に、溜息が零れる。
 そう。夢来館はホストクラブらしいのだ・・・。
 それもこれも、全ては閏のクスリのせいだと言うのだから納得しないわけにはいかない。
 夢来館の両開きの扉を入った途端に、中に居た3人に無理矢理着替えさせられ―――勿論、逃げられないわけではなかった。
 今だって帰ろうと思えば直ぐに帰れるのだが・・・。
 「もなさん・・・?」
 静はそう言うと、クルリと振り返った。
 先ほどから姿鏡の中に、柱越しにこちらを窺うもなの姿が映し出されていたのだ。
 「はわっ・・・見つかっちゃった・・・??」
 「気づいてないと思ってたの?」
 「静ちゃん、背中にも目があるのぉ??」
 そんなわけないでしょうと言って、小さく苦笑する。
 静の表情を上目遣いで窺いながら、もながモジモジとしながら俯き・・・
 「んっと・・・ごめんねぇ・・・。なんか、あたし・・・無理矢理・・・。」
 しゅーんとなってしまったもなの頭をポンと軽く撫ぜ、ふわりと困ったような微笑を浮かべる。
 「ここまで来ちゃったからね。この際参加させてもらうよ。」
 本音を言えば、もなやあの3人を見捨てられなかっただけなのだけれども―――。
 明らかに普段とはオーラの違う3人は、いっそ見ていて痛々しいくらいで・・・いくら閏のクスリのせいと言えど、可哀想になって来てしまうほどだった。
 「静、ここにいたのか。」
 「冬弥さん。」
 髪の毛を後ろに流し、派手に胸元を肌蹴させた冬弥がコツコツとこちらにやって来て・・・もながササっと、静の背後に隠れると警戒心むき出しの表情で冬弥をじっと見詰める。
 「あ?もなもここに居たのか?」
 コクコクと、声に出さないながらもその言葉を肯定する。
 「どうした?そんな顔して。何かあったのか?折角の可愛い顔が台無しだぞ?」
 そう言って、もなの頭に手を伸ばし―――
 シャーっ!!と、もなが威嚇をする。
 その間に挟まれた静はなす術もなくもなの盾として使われ・・・・・・・。
 あぁ、不憫だと、心の中で呟いた。
 本来の彼の性格上、あんな台詞は殆ど口に出さない・・・と言うか、普段なら言わない。
 それなのに・・・それなのに・・・。
 いくらヤラレキャラと言えど、これは流石に“ヤラレ過ぎ”だ。
 見ていて痛々しいと言うか可哀想と言うか不憫と言うか、同情と哀れみの念を誘うと言うか・・・。
 とは言え、ヤラレキャラのくせに外見だけがやたら良いのは確かだった。
 黙っていればヤラレキャラになる事もないだろうに。彼がキングと言われる由縁はひとえにその性格にあるのだろう。ツッコミで世話焼きで鈍ちんで、返す反応が一々素直で、いつもキャンキャンと喚いている印象を受ける。
 静はジっと冬弥を見詰め、盛大な溜息をついた後でもなを振り返った。
 “アナタは不審人物です”と言っている瞳が何故だか痛い。
 もなに大丈夫だと声をかけ、とりあえず冬弥をホールの方へと押しやった。
 「ねぇ・・・静ちゃん、アレ誰だと思う?」
 「冬弥さん・・・」
 「絶対冬弥ちゃんじゃないって!あたし、騙されないんだからぁっ!」
 騙すも何も、アレは正真正銘冬弥ではないか・・・。
 「あたし、皆が元に戻るまであそこの部屋に居るねぇ。なんか・・・ヤだ。」
 「嫌って・・・何が?」
 「皆変なんだもん。皆、違うんだもん。なんか・・・違う人みたいでヤ。」
 ポツリと小さくそう言うと、耐えるようにギュっと唇を噛んだ。
 ・・・何かあるのだろうか?
 あまりにも辛そうな瞳に、手を伸ばしかけたその時・・・静の名前を背後から奏都が呼んだ。
 「静さん、そろそろ準備を・・・」
 「あたし・・・行くね。皆戻ったら教えて?」
 「え・・・あ、うん。解った・・・。」
 タっと、踵を返して走って行き、ホールと反対方向に伸びる廊下の一番手前にある部屋に入ると、バタンと勢い良く扉を閉めた。
 「もなさん・・・なんだか様子がおかしいですね。」
 風邪でもひいてしまったのでしょうかと、小首を傾げる奏都に心配ないとだけ告げておく。
 本当は別の意味で色々と心配だったが―――
 あんなに思いつめた様子のもなを独りにしても良いものかどうか、心の奥に引っかかるが・・・こちらも3人だけにしておいたら何をし出すか解らない。とりあえず、こちらのカタがついたら直ぐにもなの部屋に行って・・・。
 考え込む静の耳に、いつの間にか取り付けられていた鈴の音が軽快に響く。
 リーンと長く尾を引くその音は、夢来館の中を駆け巡り・・・両開きの扉がゆっくりと開くとそこにはお客様の姿。
 「いらっしゃいませ、お客様。」
 にっこりと魅琴が穏やかな微笑を浮かべ・・・


  薔薇の道(ローズ・ロード)が誘う先は夢への館
  一時の甘い夢なれど、その夢は貴方に安らぎの時を与えてくれるでしょう・・・・・・



■◇■


 キャイキャイと騒ぐ女性達を前に、静は穏やかな笑顔で対応していた。
 基本的にお客様には敬語で話し、物腰柔らかに対応する様はまさにストイックな優等生系で、服の露出は少ないが動作での色気が強かった。
 客につく前に魅琴から“会話のマナー”なるものを伝授されており、基本的に受け答えはオウム返しだった。
 「可愛いね」の言葉には「そうですか?」と困ったような笑顔で答え、もしもリップサービスをするならば「貴方の方が可愛らしいですよ」と、女性が喜びそうな言葉を言っておく。
 とは言えそれも客の性格によるそうで・・・・・。
 例えばもなのような客に“可愛いですね”と言えば十中八九“ありがと〜☆”と返ってくるであろうが、奏都のような客に“可愛いですね”と言えば手痛い返しが来るのだそうだ。
 なんだか解るような解らないような・・・・・・・・
 そもそも奏都のようなタイプの人はこのような場所に遊びに来るのだろうか・・・?
 「でね、静君聞いてるぅ〜?」
 「あ・・・えぇ、はい。」
 不意に腕を掴まれて、静は思考を中断させた。
 隣に座ってお酒を飲みながらずーっとしゃべりまくっているこの女性の名前は・・・確か杏里(あんり)さん。
 26歳のOLさんで・・・ノリが良く、小麦色の肌がなんとも健康的だ。
 「だからさぁ、もー上司がムカツクヤツでぇ。君はもっと品と言うものを覚えた方が良い・・・とかなんとか言っちゃってさ〜!アンタは頭の品格をもっと考えろっつーの!ヅラが合ってないらしくって、しょっちゅうズレんだよぉ〜!?もー、マジ会議とかでズレた日には笑いを噛み殺すので精一杯で、会議の内容なんか覚えてらんないっつーの!」
 そう言ってケラケラと笑って―――
 ふぅっと、小さく息を吐き出すと静はそっと髪を掻き揚げた。伏せ目がちになりながら、タイをそっと緩める。
 はたから見ていれば、それはなんとも言えなく気だるげで色気を含んだ仕草ではあったが、当の本人にはそんな気持ちは毛頭ない。
 あまりのマシンガントークに少し疲れてしまったのだ。
 パタと止まってしまった話に、静が顔を上げ・・・ジっとこちらを見詰めていた杏里と視線が合う。
 「どうしました?」
 「あ・・・別に。」
 もじもじと、急に大人しくなってしまった杏里を見詰める。
 ・・・具合でも悪くなってしまったのだろうか?
 なんだか頬が赤いようにも思うが・・・・・・・
 「よ、楽しんでっか?」
 いたって軽い口調で魅琴が杏里にそう声をかけ、断ってから静と杏里の間に座った。
 「魅琴君!お久しぶりだね♪」
 「あぁ。まーな・・・つーか、なんかお前、顔赤くねぇか?」
 「そんな事ないよぉ・・・。」
 杏里の様子を見て全てを悟ったのか、魅琴がはは〜んと、からかうような声を出し、ちょいちょいと静を呼んだ。
 「ちょい内緒話、いーか?」
 「どうぞ?」
 何だろうか?
 耳を魅琴の口元まで持って行き―――
 「杏里のヤツ、お前に惚れたな。」
 「まさか。」
 「乙女チックじゃねーか。杏里のあんな顔、初めて見るぞ?っつーワケで、いっちょサービス行きますか?」
 「何するんです・・・?」
 「まー、俺に任してくれれば万事オッケー。」
 そう言ってひょいっと静の身体を持ち上げると膝の上に乗せ・・・ツーっと、耳を舐めた。
 一瞬何が起こったのか頭がついていかなかった静だったが、直ぐに魅琴の言った“サービス”の言葉を思い出すと、ふわりと微笑んだ。
 ・・・ふわりとは言うものの、背後の色気はそんな柔らかくはいかない。
 ぶわっと静の体から甘い色香が滲み出し・・・
 「魅琴さん。皆さん見てらっしゃいますから・・・やめてください。」
 甘い甘い微笑みを浮かべながら、魅琴の耳元でそっとそう囁いた。
 ・・・とは言え、他の客にも聞こえるほどの大きさで・・・だが・・・。
 一番近くに居た杏里がバっと、大げさに顔を背け―――魅琴が下で小さくVサインを出していた・・・。


 次に静がついたテーブルは、マダムと言った感じの女性だった。
 どうやらお得意様らしく、テーブルには奏都も冬弥もついていた。
 魅琴だけがこのテーブルに居ないのは、ひとえに彼の性格に問題があるのだろう。
 ・・・お下品なネタでもふって、マダムの気分を害してしまった場合―――この素晴らしい二の腕から発せられるパンチは脳震盪ものだろう。
 いや、脳震盪程度で勘弁してもらったのならば幸いだ。頭蓋骨骨折なんてなってしまったら・・・。
 「・・・貴方はお酒を飲まないの?」
 マダムが不意に静にそう言って、すっとグラスを差し出した。
 このテーブルについている人で、法的に飲酒が許可されているのはマダムと奏都だけだ。
 冬弥は19だし、静にいたってはまだ15だ。
 チラリと視線を上げると、マダムの有無を言わせぬ視線があり・・・飲めない事もないが、これは奏都が作ったもので・・・アルコール度は馬鹿高い。
 仕方がない。
 グラスを口元に持っていこうとした時―――隣に居た冬弥がふっと、静の手からグラスを取った。
 「俺が飲んでもよろしいでしょうか?」
 マダムに向けての微笑みは、それこそ腰砕けものだったらしく・・・コクコクと頷く様は、初恋の男性に初めて声をかけられた乙女のようであり―――その外見で乙女かよなんて、厳しい突っ込みは今はしてはいけない。
 「冬弥さん・・・」
 「大丈夫だっつーの。」
 そう言って、穏やかな微笑を浮かべた後で小さく付け足した。
 「ただ、万が一倒れた場合は頼んだ。」
 そんなに言うんなら、飲まない方が・・・止めようとするより前に、冬弥はグラスを一気に煽った。
 「あー・・・お馬鹿・・・。」
 奏都のそんな囁きが聞こえ、ふっと見た先、冬弥の視線が定まっていない・・・!
 マダムがいぶかしむような視線を冬弥に向ける。
 ・・・なんだかマズイ雰囲気だ・・・。
 静は脳を高速回転させると、ふわりと色っぽく微笑んだ。
 そして、冬弥が飲み零したお酒をツゥ・・・っと指で掬い・・・ゆっくりと、指についた透明な液体を舐め取る。
 ふわりと目を伏せ、ゆっくりと視線を上げ―――マダムと目を合わせると、困ったように微笑んだ。
 「かなり強いお酒だったんですね。」
 落ち着いた声でそう言って、すぅっと視線を流し・・・
 マダムがトロンとした表情になる。・・・先ほどまでのセレブな雰囲気は何処へやら、そんな表情になってしまったならば、そこらに居るおば様方とあまり大差ない気がする。
 「まぁた、色気で落としたわけか?」
 いつの間にか背後に立っていた魅琴がそう言って、ニィっと口の端を上げ・・・静はそれには答えずに、ただふわりと妖艶に微笑んだ。


□◆□


 忙しさのピークを超え、段々と人が少なくなって行き・・・ついには静達4人になっていた。
 普通ならばこれからがホストクラブの稼ぎ時だろうに、どうしてだろう?お客さんが訪れる気配は一向にない。
 何かあるのだろうか・・・?
 考え込む静の隣に不意に奏都が座り、突然静の髪をそっと梳いた。
 あまりにも突然の事に、思わず驚いて身体をひき―――奏都がクスクスと小さく笑い出した。
 「・・・からかったんですか?」
 「いえ、あまりにも静さんが真剣に考え事をしていたようで・・・可愛らしかったものですから。」
 その言葉に、思わず視線をそらす。
 普段の彼からは想像できないような言動に、こちらの調子が狂わされる。
 「奏都、俺のハニーに手ぇ出すなっつーの。」
 そう言って魅琴が静の背後からやって来て、ギュっと抱きしめる。
 ハニー・・・と言う事は、戻ったのだろうか?
 とは言え奏都からは相変わらず夜の雰囲気が漂って来ており、椅子に座る冬弥もどこか物憂げで切ない雰囲気がする。
 ―――それなのにそれなのに何故・・・魅琴は静の事をハニーと呼ぶのだろうか・・・。
 ここが夢来館だとかなんだとか言って、記憶も若干おかしくなっているようなのに、そんな事だけはしっかり覚えているなんて、感心するより前に呆れてしまう。
 「あ・・・なんか静、良い匂いがする。」
 「きっと香水だよ。どっかから匂いがうつったんじゃないかな?」
 「香水ですか?」
 奏都が立ち上がり、ふわりと静に顔を近づける。
 肩を掴み、耳元まで顔を近づけて―――これには流石の静もたじたじだ。
 冬弥ならば逆にからかえば良いだけの話。魅琴ならば、そんな事は日常茶飯事なので特に気にも留めなかっただろう。
 ただ、今ソレをやっているのは奏都だ。
 どう対処したら良いのか分からずに、ふっと視線を冬弥の方に向け・・・カチリと視線が合わさる。
 「あれ?冬弥さん、もしかして羨ましいの?」
 咄嗟に考え付いた言葉を口に出し、冬弥が何かを反論しようとして、ふっと口を閉ざした。
 数秒の間の後に、ガタリと立ち上がっての大絶叫―――
 「だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
 すぐ目の前にいた奏都がパチパチと数度瞬きをして・・・あぁ、そうかと、静はこの時になって初めて客が来なくなった理由がわかった。
 つまり、3人が元に戻ろうとしていたからだ。
 なるほど。
 感心する静の耳に冬弥の酷く取り乱した声と、それをたしなめる奏都の声、そして・・・魅琴の小さな呟きが同時に聞こえた。
 「な・・・ななななっ・・・!!なんでこんなっ・・・!!!」
 「冬弥さん、落ち着いてください。」
 「そう言えば、あのクソちびは?」
 魅琴の言葉に、静ははっと顔を上げた。
 そう言えば・・・あの時別れてから今まで一度ももなの姿を見ていない。
 と言う事は、あの部屋にまだいるのだろうか?
 静は自分が行って来ると言ってホールを後にすると、玄関を抜け、長く続く廊下の一番手前の扉の前で足を止めた。
 何時の間にか陽は地平に没しており、薄暗い夜の光が窓から淡く入って来て、床に敷かれた深紅の絨毯を照らす。
 しばらく考えた後で、静はコンコンと2度ノックをした。
 中からの返事はない。いないのだろうか・・・?
 そう思いつつも、ゆっくりと扉を開ける。甲高い蝶番の悲鳴が耳に刺さる・・・。
 ブワっと、中から吹いた冷たい風に思わず顔をしかめる。
 窓の前で真っ白なカーテンが大きく弧を描いて踊り狂い、バサバサと低い音をたてている。
 天井まで伸びた窓ガラスの向こうは闇と星、そして月が咲き狂い、緻密に計算されて描かれた絵画のように美しい配置で並んでいた。
 どうして窓が開いているのだろうか・・・?
 静はトントンと床を鳴らしながらキングサイズのベッドの向こうに回り込んだ。


  ―――それは、あまりにも毒々しいほどの赤で・・・一瞬、何が起こったのか解らずに頭の中が真っ白に染まった


 床に散らばる、赤い赤い薔薇の花弁。
 その中央でぐったりと力なく座る少女の姿は、あまりにもリアルだった。
 咄嗟にもなの頬に手を当てる。
 ・・・温かい・・・。
 ほっと息をつき、その場に座り込んだ。
 薔薇の道(ローズ・ロード)の薔薇を引っこ抜いてきたのだろうか?小さな掌は傷だらけだった。
 素手で薔薇の花を触ったのだろう。棘は、柔らかい皮膚を切り裂くだけの威力は十分に持ち合わせている。
 立ち上がり、開け放たれた窓を閉める。
 その時のパタンと言う音で目が覚めたのか、もながゆっくりと顔を上げ、静の瞳をどこか虚ろな瞳で見つめた。
 「しずかちゃん?」
 「起しちゃった・・・?」
 「んーん。だいじょうぶ。」
 「どうしたの?こんなに薔薇を敷き詰めて・・・」
 「なんとなく。・・・なんとなく・・・」
 その先を言わずに、視線をそらして口を閉ざした。
 もなの隣に座る。じっと掌を見詰めるもなは、どこか様子がおかしかった・・・。
 「なんとなく・・・?」
 「・・・なんとなく・・・さびしかったから・・・。」
 か細い声でそう言って、ギュっと掌を握り締める。握られた掌の上に、静は手を乗せた。
 「独りにして、ごめんね?」
 フルフルと力なく頭を振る。
 「いま・・・ひとりじゃないから・・・いい。」
 そう言って静の手を取ると、もなが潤んだ瞳を向けた。
 そして・・・本当に小さな声で一言だけ言うと、ふっと目を閉じて再び夢の世界へと引き込まれて行った。
 コツンと肩に乗った小さな頭を見詰めながら、静は空いた方の手でベッドの上から毛布を引き摺り下ろし、もなにかけた。
 余った部分を自分の身体にもかけ、そっと・・・上を見上げた。
 もなが囁いた一言が、心の奥底で重く圧し掛かる。

  『ひとりに・・・しないで・・・』

 きっと、目が覚めたならば忘れてしまっているのだろう。今言った言葉は、本当にもなの心の奥底―――それこそ、普段は必死になって隠している“闇”の部分なのだろう。
 だから・・・今の事は、もなに言わないでおこうと、そっと思った。
 けれど同時に、忘れないでいようとも思った。
 決して“もな”が言う事のない心の叫びを聞いてしまった以上、聞かなかった事にするのはあまりにも残酷な気がしたから・・・。
 秘密を聞いてしまったのは、静と月の光だけ。
 静は秘密を守る事を誓った。
 それならば、後は月光が誓えば彼女の秘密は守られる。



  ―――穏やかに地上を照らす月光は、いったい幾人の秘密を知っているのだろうか


  ・・・そして、その重圧はどれほどのものなのだろうか・・・



          ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5566/菊坂 静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」


  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『ホストDE夢幻館--- side A ---』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 “月光下の秘密”は“げっこうかのひみつ”と読みます。

 無意識に色香全開の静様・・・奏都には若干たじたじになっておりましたが・・・。
 お客様の心をグっとつかめる静様ならば夢来館のNo1ホストになる事も夢ではないかと・・・。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。