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■特攻姫〜寂しい夜には〜■

笠城夢斗
【5980】【ラッテ・リ・ソッチラ】【存在しない73柱目の悪魔】
 月は夜だけのもの? そんなわけがない。
 昼間は見えないだけ。本当は、ちゃんとそこにある。
「……せめて夜だけだったなら、こんなにも長い時間こんな思いをせずに済むのに……」
 ベッドにふせって、窓から見上げる空。
 たまに昼間にも見える月だが――今日は見えない。

 新月。

 その日が来るたび、葛織紫鶴[くずおり・しづる]は力を奪われる。
 月がない日は舞うことができない。剣舞士一族の不思議な体質だった。
 全身から力を吸い取られたかのような脱力感で一日、ベッドの中にいる……

「……寂しいんだ」
 苦しい、ではなく――ただ、寂しい。
 ただでさえ人の少ないこの別荘で、部屋にこもるということ。メイドたちは、新月の日の「姫」に近づくことが「姫」にとって迷惑だと一族に教え込まれている。
 分かってくれない。本当は、誰かにそばにいて欲しいのに。
「竜矢[りゅうし]……?」
 たったひとりだけ、彼女の気持ちを知っていて新月でもそばにいてくれる世話役の名をつぶやく。
 なぜ、今この場にいてくれないのだろう?
 そう思っていたら――ふいに、ドアがノックされた。
「姫。入りますよ」
 竜矢の声だ。安堵するより先に紫鶴は不思議に思った。
 ドアの向こうに感じる気配が、竜矢ひとりのものではない。
 ――ドアがそっと開かれて、竜矢がやわらかな笑みとともに顔をのぞかせる。
「姫」
「竜矢……どこに行って」
「それよりも、嬉しいお客様ですよ。姫とお話をしてくれるそうです」
 ぼんやりと疑問符を浮かべる紫鶴の様子にはお構いなしに、竜矢は『客』を招きいれた――
特攻姫〜寂しい夜には〜

 新月の日は、葛織紫鶴(くずおり・しづる)のもっとも苦手とする日だ。
 葛織家は退魔の一族。そして紫鶴はその中でも類稀な能力者。
 しかし葛織の何よりの弱みは、その能力が「月」に影響されることだった。

 新月の日は、紫鶴がもっとも弱まる日。
 一日中ベッドのふせったまま、自分で体を動かすこともままならない。
 最近は話し相手と称して、世話役の如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)が色んな人間を呼んできてくれるのだが、今日はそれがなかった。
 今までと同じように、竜矢とふたり、竜矢の読み聞かせてくれる本をぼんやりと聞いているだけ――

 と、
「失礼致します」
 唐突に紫鶴の部屋が開いた。
 竜矢がばっと振り向いた。とっさに彼の手に、彼の能力である『鎖縛』を行うための針が生み出されている。
 ――ありえないのだ、竜矢以外の人間が、勝手に紫鶴の部屋を開けるなどということは。
 しかし、その「ありえない」ことをやってのけた人物は、にこにことその金色の瞳を微笑ませていた。
「たった今、メイドさんたちにお願いましたら、通して頂けました」
 と彼女は言った。
 竜矢がいぶかしそうにするのが、紫鶴には分かった。彼女が言っていることもありえないことだったから。
 メイドが竜矢の許可もなく他人をこの部屋に通すことも、そう、本来ありえないのだ。
「私の名はラッテ・リ・ソッチラ――」
 瞳と同じ美しい金髪を揺らしながら、女はゆっくりと絨毯の上を歩いてくる。
 ますます竜矢の警戒心が強くなるのを、紫鶴は感じた。
 ――なんだ? 何にそんなに警戒しているのだ?
 生まれた頃から竜矢に教育されている身として、紫鶴も自然と目の前の金髪の美しい女を警戒した。
「そなた……誰だ?」
 何かを……感じる気が、する。
 それが何なのか、新月の自分にはまったく分からないけれど。
 じっとラッテを見つめると――
 ラッテは嬉しそうになぜか己の体をぎゅっと抱きしめた。
「ああ、かわいい……!」
 そんなことを彼女がつぶやいたような気が、した。


 ラッテ・リ・ソッチラ。普通は酒の名前として知られている名。
 けれどラッテの正体は、別に酒ではない。

 ある種それよりももっとタチの悪い――認知されていない、七十三番目の悪魔。

 【酒造】をつかさどるラッテは、普段お酒専門のバーを営んでいる。
 今日も、酒を手土産に持ってきていた。
「どうぞ、粗品ですが」
 ベッドにふせっている少女に差し出した箱は赤い箱――
 愛媛の純米梅錦。メジャー中のメジャーな酒だ。
 ベッドでふせっている両眼色違いのかわいい少女には、それの正体が分からなかったようだが、ベッドの傍らにいた少女の世話役が、軽く目を見張るのが分かった。
「どうぞ」
 ラッテは再び少女に――世話役ではなく少女にすすめる。
 少女の赤と白に入り混じった不思議な色合いの髪が、やつれた頬にかかって、十三歳の年齢に似つかわしくない色っぽさをかもしだしている。
 右目が青、左目が緑のフェアリーアイズをした少女は、困ったように世話役を見た。
「姫。これはお酒ですよ」
 世話役は答える。
「酒……では、私は飲めない。すまないが、頂けない」
「何をおっしゃっているんですか」
 ラッテはにっこりと笑った。
「法律なんてものはどうでもよいのですよ、こんな美味しいお酒、飲まないほうが損です」
「な、なら……その楽しみは二十歳までとっておくことにするから――」
「姫にヘンな教育をしないでください」
 世話役がガードしてくる。
 ラッテは横を向き、ひそかにちっと舌打ちした。
「……竜矢君邪魔」
「今何かおっしゃいましたか」
「いいえ、何も」
 にっこり。
 再びスマイルを取り戻し、
「でもせっかく持ってまいりましたし。一口だけでもいかが?」
「一口……?」
「ダメですよ、姫」
「でも、せっかく持ってきて頂いた……のに……」
 紫鶴はそっと色違いの目でラッテを見上げ、「竜矢に。竜矢にやるのはダメだろうか? 竜矢は酒が好きだから――」
「別に好きなわけじゃありませんよ」
 世話役は苦々しく言う。「付き合いで飲まされることが多いだけです」
 ラッテは再び横を向き、また舌打ちした。
「ほんとに邪魔。本当なら……今頃紫鶴タンとツンデレしてるのに」
「今何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、何も」
 にっこり。
 ラッテは、それじゃあ、と作戦を変更することにした。
「実は他にもお酒はたくさん用意しています。竜矢さん……とおっしゃったかしら? どうぞ、全部お飲みください」
「はあ?」
 そしてラッテは、いったいどこに持っていたのか大量の酒を取り出した。日本酒にバーボン、ウイスキーにブランデー。
 しかも度数の高いものばかり。
「ささ。どうぞ、大人の楽しみです」
 ラッテはしきりに竜矢に飲むようにすすめた。こちらもどこから取り出したのか不明だが、いつの間にかグラスに氷、氷取りまで用意して。
「ロックにもできましてよ」
「………」
 毒入りですか、と竜矢はつぶやいた。
 ラッテは三度目に横を向き、ちっと舌打ちした。
「うるさいヤツ……っていうか、何で毒入りにしてこなかったんだろあたし」
 こうなるとは思っていなかったというのが本音だが。
「こうなったら、こいつを酔わせて眠らせてやる……!」
 小さく吐き捨てて、そしてにっこり営業スマイル。
「ささ、どうぞどうぞ。男の心意気をあなたのご主人様たるお嬢様にお見せしましょう」
「―――」
 竜矢はため息をついて、グラスを傾けた。
 空になるたびに、すかさずラッテは次の酒を注いだ。

 ――……

 二時間ほど経った頃。
 ラッテはさすがに引きつっていた。
「ま、まだ酔わないのですか……? すごいですね」
「おかげさまで」
 竜矢は素っ気なく、グラスを空にして言った。「両親祖父母、とにかく家系的に酒豪なものですから」
 ベッドでは紫鶴がくすくすと笑っていた。
「竜矢自身も子供の頃から飲まされていたものな……」
 紫鶴の笑顔に、「ああかわいい食べちゃいたい!」とか思いながらも、ラッテは憤然と腰に手を当てる。
「それなら紫鶴さんに『酒を飲むな』なんて言える立場じゃないじゃないですか……!」
「だからこそ言うんですよ。子供のうちから酒を覚えるとろくなことがない」
「そうでしょうか? あなたは今楽しそうに飲んでいたように見えましたけれど」
「そうですか……?」
 竜矢は首をひねった。
 ――ほんとに邪魔すぎる、この男。
 ラッテはごごごと危ない焔を心の中に燃やしながらも、一番最初に持ってきた梅錦を抱きしめ、よよよと泣いた。
「くすん。せっかく紫鶴さんのためだけに私が自ら選んできたお酒ですのに……」
「ああ、本当にすまない――」
 紫鶴がベッドからラッテに手を伸ばそうとして――体を無理に動かし、ベッドから落ちかけた。
「!!!」
 ラッテは大喜びで落ちそうになる紫鶴に手を伸ばす。しかし、
 どさり
 紫鶴を受け止めたのは、やはり竜矢のほうだった。
「姫。大丈夫ですか」
「あ、ああ……これぐらいわけない……」
 竜矢の背後でごごごと嫉妬の焔を燃やすラッテに、そんなラッテの心情などまったく気づいていないように紫鶴がさらに手を伸ばそうとする。
「その……ありがとう……」
「―――」
 ああ、もうクリティカルヒットよ! 致死量よ! 辛抱たまんない!
 ラッテがもはや興奮しすぎで竜矢をどっかと蹴り飛ばして紫鶴をゲットしたい気分になったとき――
 つ、と。
 ラッテの首に、冷たい何かが触れた。
「これ以上、姫に近づかないでくださいね」
 それは針だった。長めの針。
「姫は今新月だから分からないでしょうが――お忘れなく。俺も葛織の一角を担っています」
「―――っ!」
 ラッテは悔しげに、今度は派手に舌打ちした。
「なんの……話だ……? 竜矢……」
「姫。お気になさらず」
 紫鶴をベッドに戻し、そして竜矢は今度こそ紫鶴とラッテの間に立った。
「ずいぶんと気配を抑えるのがお上手だ。しかし……気づいた以上、もう姫には触らせません」
 ――最初から指一本触れさせてくれなかったじゃないのっ!
 ラッテは歯ぎしりした。そして、
「ああもう! いい雰囲気になってきたところをゲットするつもりだったのに……!」
「甘く見ないでくださいと言うんです」
「紫鶴タン! こんな融通のきかない男は放っておいて、あたしと一緒に行きましょう……!」
「え……」
「私は紫鶴タンのことが大好きなの! 辛抱たまんないの!」
 きーっと地団太を踏むラッテに、困ったように紫鶴はつぶやいた。
「よく……分からんが……」
 すまない、とその色違いの瞳を伏せて。
「私は……この家から出られないし……何より竜矢と離れてはまともに生活できない――から」
 竜矢がそっと主の髪を撫でた。
 悔しい〜〜〜! とラッテは唇を噛む。
「そ、その、私が成人してからなら、会えるの……だろうか?」
 いまだラッテの正体に気づいていない紫鶴は、そんなことを言った。
「なら、成人したら会いに行く……から」
 もうどこまでもかわいいったらない。
「そうね! 紫鶴タンが成人するころには、こちらのお兄さんもおじさんだものね!」
「失礼な。……姫、会いに行くときは満月にすることですよ」
「?……そりゃあ、新月にはどうせ動けないし……」
「それならいいです」
「くっ……!」
 予防線を張られてしまった。
 ラッテはぎんとすさまじい目で竜矢をにらみ、そして部屋の大きな窓に向かった。
 最後の抵抗、というか嫌がらせ。
 がっしゃん!
 派手に高そうな窓ガラスを割りながら、ラッテは別荘から出て行った。
 唖然とその様子を紫鶴が見送る。
「……まったく……」
 自分が飲み干した酒の、大量の空き瓶を拾い集めながら、竜矢はつぶやいた。
「おかしな『魔』もいたものだ。……世の中、生きづらいわけだな……」


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5980/ラッテ・リ・ソッチラ/女性/999歳/存在しない73柱目の悪魔】

【NPC/葛織紫鶴/女性/13歳/剣舞士】
【NPC/如月竜矢/男性/25歳/紫鶴の世話役】

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■         ライター通信          ■
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ラッテ・リ・ソッチラ様
初めまして、笠城夢斗と申します。このたびはゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございました。
プレイングがあのテンションだったので、つい後半がこんな感じに……;勝手に暴走させてしまい申し訳ございません。
書かせて頂けて光栄でした。また機会がございましたら、お会いできますよう……