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■All seasons■

雨音響希
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
All seasons


 夢と現実、現実と夢、そして現実と現実が交錯する館、夢幻館。
 「おや・・?どうしたのですか?本日はなにも予定はありませんが・・・。」
 穏やかな微笑をたたえながら、青の瞳を細める男性が1人。
 どう見ても高校生にしか見えない彼の名前は沖坂 奏都(おきさか かなと)。
 この夢幻館の総支配人だ。
 「そうですねぇ。たまにはゆっくりとしていかれてはどうです?何時もは・・色々と騒がしいでしょう?」
 眉根を僅かにひそめ、苦笑交じりでそう呟く。
 「けれど・・騒がしいのもまた一興。貴方のお望みのままに。」
 奏都はそう言うと、大きな両開きの扉を押し開けた。
 金具の軋む音が耳障りなまでに甲高い音を立てる。
 「何処かへ行きたいのでしたら、それもまた一興。全ての扉は全ての場所へと繋がっているものですから。そう、それこそ、夢へも現実へも、過去へも未来へも・・。」
 クスリと、小さく微笑む奏都は恐ろしいまでに艶やかな妖艶さを放っていた。
 女性めいた艶かしさは、恐怖と紙一重だ。
 「過去へも未来へも・・は、少々大げさすぎましたね・・。さぁ、どうぞ。夢幻館へようこそ。」
 促されるままに中に入る。
 今度は音もなく、扉が閉まった。


All seasons 【 病人看病のその後で・・・ 】



◇ 残された者 ◇


 「どーすっかなぁ・・・コレ・・・。」
 夢と現実、現実と夢、そして・・・現実と現実が交錯する館。
 そこに住まう者の一人である梶原 冬弥はそう呟くと1つ溜息をついた。
 彼が風邪をひいて寝込んだのはつい先日。
 片桐 もなと言う、小悪魔ならぬ悪魔に水をぶっ掛けられて更に容態が悪化すると言う危機的状況の中で、興信所からやって来た救世主達に命を助けられたのは真新しい記憶だ。
 すったもんだの挙句なんとか完治して、まだ病み上がりの気配が漂いつつもやっと日常に戻って来ていた。
 ・・・が、しかし。
 「・・・ゲホっ・・・こほっ・・・こほっ・・・。」
 BGMは咳の大合唱。
 ゆっくりお茶を飲んでいられるような状況ではない。
 お粥を作って、風邪薬を探して、濡れタオルを作って・・・猫の手も借りたいほどの忙しさとはこの事だろうか?
 とは言え、猫が手を貸してくれると申し出ても丁重にお断りするだろう。
 それはただの比喩であって、本当に猫の手が出て来てしまったのならば・・・邪魔以外の何者でもない。
 「大丈夫か??」
 目の前で赤い顔をして寝ている沖坂 奏都に声をかけ、冬弥は体温計を差し出した。
 「すみません・・・冬弥さん、病み上がりなのに・・・」
 「しゃぁねぇって。風邪なんて、誰でもひくっつーの。ま、俺以外の全員がダウンしちまったのは意外だったけどな。」
 夢幻館1の変態と呼ばれる神崎 魅琴までも風邪でダウンするなんて、想像もしてみない事だった。
 隕石が落ちてきても、宇宙人が攻撃をしてきても、いけしゃあしゃあと生きていそうな魅琴なだけに、隕石や宇宙人よりもはるかに限度の軽い風邪如きでダウンしてしまうなんて・・・。
 「明日は雨だな。」
 「明日までには風邪を治して洗濯物をしたいのですが・・・」
 「そんな主夫みたいな事を言うな。」
 「主夫ですから。」
 奏都がそう言って小さく微笑み―――
 その顔を見詰めながら、冬弥はそっと目を伏せた。
 病み上がりの身体で朝から住民の看病をしていたのだ。とっくに限界は見えて来ている。
 目が眩み、倒れそうになる身体を何とか精神面でカバーをして・・・まだ時間は昼過ぎ。夜までこの体が持つかどうか・・・。
 冬弥はそっと溜息をつくと、霞む目を擦った。


◆ 我が儘 ◆


 連休初日の今日、空はあまりにも高く澄み切っていた―――
 夢幻館の門から両開きの扉まで伸びる真っ白な道を歩きながら、菊坂 静は先日の事を思い出していた。
 冬弥が風邪でダウンしてしまい、数名のメンバーで何とか看病をして―――それにしても、病人の上で水を零すなんて、今思っても凄まじい芸当だ。流石はもなと言うか、何と言うか・・・。
 この間館を訪れた時は、まだ寝込んでいた。
 あれだけ悪化してしまったのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだが・・・・・。
 もう治っただろうか。
 静はそう思いながら、ゆっくりと扉を押し開けた。
 扉は音もなく開き、巨大な玄関と階上へと伸びる階段が目の前に飛び込んでくる。
 右手はホールで左手には奥へと続く長い廊下―――あれ・・・?
 普段とは違う違和感を感じ、静は首を傾げた。
 いつもならば、ホールからは賑やかな声が聞こえて来ているはずだし、扉を開ければ奏都が笑顔で静を迎えてくれるはずだった。
 それなのに・・・今日は館全体がしんと静寂に沈んでいる。
 何かあったのだろうか?
 不思議そうに辺りを見渡す静の視界に、上から下りてくる者の姿が映った。
 トントンと階段を下りて来る人物と目が合い、相手が驚いたような顔をして・・・・・
 「静?」
 「冬弥さん、風邪はもう良いの?」
 「あー・・・大丈夫だ。」
 駆け下りてきて、冬弥が瞳を伏せる。
 見たところ、熱もないようだし顔色も悪くはないが―――まだまだ本調子と言うわけではないらしい。
 「今日はどうした?」
 「様子が気になって・・・それより、他の皆は?」
 「それがな・・・全員風邪をひいて・・・」 
 「え?風邪・・・?」
 「俺のがうつったのかもな。奏都ともなと魅琴はちょくちょく俺の部屋に来てたからまぁ解るが・・・、律はなまじ体力がねぇから部屋に近づかせないようにしてたんだが・・・。」
 どうやら京谷 律も風邪をひいてしまったようだ。
 と言う事は、この館で風邪をひいているのは全部で4人。それを冬弥1人が看病していたとなると、凄い重労働だ。
 「まぁ、アレだな。もな経由で感染した可能性も無きにしも非ずだな。」
 「そっか・・・それなら僕も手伝うよ、冬弥さんも病み上がりだしね。」
 「・・・そうか?悪いな。」
 ふぅっと、小さく息を吐き出すと冬弥が髪を掻き揚げた。
 「んじゃ、とりあえず魅琴は俺が看るので決定として・・・」
 なんで急に?と言う静の表情を見て、冬弥が複雑な顔になる。
 「・・・熱で錯乱状態にある魅琴に何されても文句は言いませんと言う決心があるんならお前が看るか?」
 「いや・・・って、冬弥さんはあるの?」
 「俺は容赦なく殴るからな。」
 「病人相手に?」
 「病人でも、相手が魅琴なら殴るに決まってるだろ。」
 その言葉に思わず苦笑する。
 「そうだな、お前はもなと律を頼めるか?」
 「もなさんと律君だね。解った。」
 「・・・とりあえず、昼飯は食わせたから。夜は何か適当に作って・・・」
 「そうだね。」
 「もなと律は2階の右側の一番手前の部屋とその隣の部屋に寝かせてある。手前がもな、奥が律だ。左側の手前には奏都、奥は魅琴だから“くれっぐれも”間違うなよ?」
 「2階の右手2つでしょ?大丈夫だよ。」
 そんなに強調しなくても解っていると、静は頷いた。
 それなら良いんだけどなと冬弥が小さく呟いて、2人は2階へと上がって行った。
 冬弥が左手の扉に入り、静がノックをしてから右の扉に入る。
 窓にかかった淡いピンク色のカーテンから薄い光が入って来て部屋の中を仄暗く染めている・・・。
 「もなさん、大丈夫?」
 ダブルベッドの中央でぐったりと横になるもなに声をかけ、顔を覗き込む。
 目はしっかりと開いており、大きなクマのぬいぐるみをギュっと握り締めながらダルそうに視線を上げる。
 「ふぇ?静ちゃん??」
 真っ赤に染まる頬が辛そうで、額に乗せたタオルに触れれば温くなっていた。
 タオルを取って、サイドテーブルの上に乗せられた氷入りの洗面器の中に浸す。
 「辛そうだね。」
 「んー・・・グルグル回る・・・感じ??」
 潤んだ瞳を静に向けて、可愛らしく首を傾げる。
 「熱はどのくらいあるの??」
 「さっき測ったら、39℃近くあったぁ・・・??」
 静に訊かれてもどうにも答えられないのだが・・・。
 「高いね。」
 「ん・・・そう・・・かな・・・??でも、ぬいぐるみが一緒だから。」
 ・・・クマのぬいぐるみが一緒でも、熱は下がらないと思うのだが・・・?
 恐らく、ぬいぐるみが一緒だから“寂しくない”と続くのだろうが、無意識にか意識しての事かは解らないが、もなは言葉の先を飲み込んだ。
 「お昼は食べたって聞いたけど。」
 「うん。お粥・・・卵が入ってて、ふわふわだったぁ。」
 洗面器の中に手を入れ、よく絞ってからタオルをもなの額の上に乗せる。
 「・・・冷たい・・・けど、気持ちいー・・・」
 「薬は飲んだ?」
 「んっと・・・飲んだ。」
 コクリと1つ頷き、もなの瞳がトロンと力を失う。
 小さな手で目を擦り―――んーっと、小さく唸ってからジっと静を見上げる。
 「どうしたの?」
 「・・・んっと・・・我が儘・・・言って・・・いー??」
 言って直ぐに視線を落とし、恥ずかしそうにクマに顔を埋める。
 「良いよ。なに??」
 優しい声でそう言って穏やかに微笑むと、もながゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
 「あのね・・・んっと・・・頭、撫ぜて欲しいなぁって・・・」
 どんな事を言われるのかと思っていた静だったが、あまりにも可愛らしい“我が儘”に思わず微笑むと、そっともなの頭を撫ぜた。
 今日はツインテールではなく、髪を下ろしており、長い髪がベッドの上に流れるように広がっている。
 クマのぬいぐるみをギュっと抱きしめ、嬉しそうに微笑んだ後ですぅっと、意識を闇に溶かす。
 可愛らしい寝顔は、ほんとうに小さな子供のようで、静はしばらく寝顔を見詰めた後で部屋を後にした。


□ 自分よりも・・・ □


 もなの部屋から出ると隣の部屋の前に立ち、2度ノックをして扉を押し開けた。
 ベッドに寝ていた律がこちらを向き、驚いたように目を見開いた。
 「静君・・・??」
 慌てて上半身を起そうとするのを制すると、静は部屋の隅においてあった丸椅子を取ってベッドサイドに置いた。
 「・・・どうして・・・?」
 熱で上気した頬と、潤んだ瞳。
 普段から今にも壊れてしまいそうに儚い律だったが、今回はそれに拍車をかけるかのように、一種の色香が混じっている。
 丸椅子に座り、律の頬に手を当てる。
 「結構熱があるね。」
 「・・・そうかな?でも、大丈夫だよ。」
 困ったように微笑んで、ふっと熱い息を吐く。
 元の体力がミジンコ並みの律にとって、少しの熱でも相当身体に負担がかかるのだろう。
 ・・・貧血は大丈夫だろうかと、ふと思うが・・・静はあえて訊かない事にした。
 血を飲ませた時に、律が口走った言葉が耳の奥で木霊する。
 きっと、律にとって“血を飲む”と言う行為は、彼を酷く責めるものなのだろう。
 彼の過去に何があったのかは分からないが―――
 考える静の腕を律がクイっと引っ張った。
 白くか細い腕は、悪戯に触れれば儚く折れてしまいそうで・・・
 「どうしたの?」
 「他の皆は、どうしてる?」
 「冬弥さん意外って事?」
 「そう・・・もなとか、特に・・・。」
 「魅琴さんと奏都さんは解らないけど、もなさんは今は寝てるよ?」
 「そっか。」
 安堵したように微笑むと、手を離した。
 「昼ご飯は食べたの?」
 「・・・少し・・・」
 かなり間を取った後に小さくそう言い、バツが悪そうな顔をする。
 きっと殆ど食べていないのだろう。
 「ねぇ・・・静君。」
 「なに?」
 「俺の事は良いから・・・大丈夫だから、なるべくもなについててあげてくれる?」
 真っ直ぐな瞳を向けられて、静は戸惑いながらも頷いた。
 「律君は大丈夫なの?」
 「・・・俺は、平気。冬弥が持って来てくれた護符も持ってるし・・・」
 「護符?」
 「そう。魔除けの護符。体力が落ちると、異界に取り込まれそうになるから―――。」
 寂しそうな表情でそう言うと、小さく微笑んだ。
 「だから、これさえあれば大丈夫だから・・・ね?」
 「解った。でも、今はもなさん眠っちゃってるから、ここに居るよ。」
 そう言ってそっと律の手を握る。
 「・・・有難う・・・」
 なんて純粋に響く言葉なのだろうかと、思わず驚いてしまう。
 透明に近いその言葉の響きは、どこか静の心の奥底でユラリと揺れ・・・ざわつかせる。
 どうしてだろう。律と居ると色々な情景が浮かんでくる。
 それは、過去の事だったりつい先ほどの事だったり、一貫性はないものの、次から次へと現れる光景は確かに静の記憶の中にあるものばかりで・・・勿論、綺麗な光景もあればそうでないものだってある。辛い光景も、楽しい光景も、全ては数珠繋ぎになってまるで1本の映画を見ているかのように目の前に映し出されては消えて行った。
 うーんと、律が小さく唸り・・・静の手を離すと寝返りを打った。
 いつの間にか眠ってしまったらしい。
 額の上のタオルを取り替えると、静はそっと部屋を後にした。
 窓から差し込む光はもう弱々しく・・・淡いオレンジが引き連れてくるのは漆黒の闇・・・。


◆ 食卓 ◆


 トントンと階段を下り、ホールに入るとキッチンの方から良い匂いがした。
 何かを炒める音が微かに聞こえる。
 ホールの電気をパチリとつけ、キッチンに入ると冬弥の後姿が見えた。
 炒めたものを手早くお皿に盛り付け・・・ふっと、上げた視線が静と合う。
 「ごくろーさん。」
 「冬弥さんこそ・・・」
 「適当に野菜炒め作ったんだが・・・静、野菜食えるか?」
 「食べられるよ。」
 「そりゃ良かった。ありあわせのもんで悪いが、わざわざ買い物に行くのも疲れるしな。」
 「・・・冬弥さん、料理できたんだ?」
 素朴な疑問を口にすると、冬弥が溜息交じりにこちらを振り返った。
 「あんなぁ。出来ないヤツが一緒に居ると必然的にできるようになるだろ??」
 「出来ないヤツ?」
 「もなとか・・・ここの館の住人で料理がまともに出来るヤツは限られてんだよ。」
 「奏都さんは出来るよね、確か・・・」
 「魅琴も出来るぞ。アイツはさり気に上手いしな。」
 なんだか意外な事実に、驚きの表情を浮かべる。
 「意外・・・か?ま、滅多に作らねーかんな。でも、味は全然俺よりも良いぞ。」
 「そうなんだ。」
 冬弥が小さく肩を竦めて、お皿をホールへと運ぶ。
 それを静が手伝い・・・なんだろう・・・なんだか体がおかしい気がする。
 頭がボウっとすると言うか―――
 「お前・・・大丈夫か?」
 「え・・・?」
 急に声をかけられて、静は顔を上げた。
 「顔色が悪いぞ?」
 「大丈夫だよ。ちょっと、なんだろ・・・」
 「貧血か〜?」
 冬弥がそう言いながらお茶を淹れ、2人は向かい合わせにテーブルに座った。
 いただきますと小さく言って手を合わせ、パクリ・・・野菜炒めを口に運んだ。
 「あ・・・美味しい・・・」
 「そーか?別に大したもんじゃねぇよ。」
 そうは言うものの、結構美味しい・・・。
 これよりも美味しいと言う魅琴の料理の味が気になるが―――
 「もなと律、どうだったか?」
 「今はグッスリ寝てるけど・・・?」
 「そうか。後でお粥作って持ってくか。律は・・・ゼリーか何かが良いか・・・。」
 「ゼリー??」
 「水以外で口に出来そうなものはそれくらいだろ、きっと。」
 冬弥がそう言って溜息をつき、こう言う時に普段からあまり食べない人は困るのだと、小さく洩らした。
 「奏都さんと魅琴さんは・・・?」
 「奏都は大人しくベッドに横になって、本とか読んでる。・・・魅琴は・・・」
 冬弥がピタリと動きを止め、無表情で空間をじっと見詰める。
 ・・・何と言うか、目が据わってないだろうか・・・?!
 「魅琴は・・・聞きたいか・・・?」
 「・・・あんまり聞きたくないかも。」
 すぅっと半目になった冬弥に、何だか冷たいものを感じる。
 普段からキャンキャンと騒いでいる冬弥が急に無表情になると、言い知れぬ威圧感がある。
 なまじ、顔立ちが良いせいか、動いていないと本当に人形のようで―――
 「つーか、お前・・・なんか顔色悪いぞ?」
 「え?そう?」
 心配そうな顔をされて、静は小首を傾げた。
 確かに頭が少しボウっとする。・・・でも、本当にそれだけだ。後は何もおかしなところはない。
 なんだろう・・・疲れたのかな・・?
 今日は何か特別な事でもしただろうかと、振り返ってみるが・・・特に何かをしたわけではない。
 日頃の無理が祟ったのだろうか?けれど、最近無理なんて―――
 「飯は俺が食わせるから、お前・・・早く寝ろ。」
 「え?でも・・・」
 「部屋は律の隣の部屋で良いか?」
 「冬弥さんこそ、早く寝た方が良いよ。なんか、疲れてるみたいだし・・・。」
 「病み上がりなんだ。仕方がないだろ?」
 「病み上がりなんだから、尚更早く寝ないと・・・。」
 「・・・解った。アイツラに飯を食わせたらすぐ寝るよ。・・・だから、静も早く寝ろ。な?」
 小首を傾げ心配そうな瞳を向ける冬弥に、静は1つだけ頷いていた。
 それを見た後で安心したようにほっと息をつくと、立ち上がった。
 「俺はあいつらの飯作って食わせてくるから・・・その前に、食い終わってろよ。」
 そう言われて見詰める先、目の前の野菜炒めはまだ半分以上残ったままだった―――――


◇ 優しさ ◇


 食事の後片付けも終わり、静は冬弥よりも一足先に2階へと上がって来た。
 なんだか体がダルイ・・・。
 普段よりも階段が長く思える。
 1段1段をゆっくりと上り、2階に着くと少し考えた後でそっともなの部屋を開けた。
 皆の様子を見てから眠ろうと思い、霞みそうになる意識をなんとか持たせる。
 ・・・これは、本当に早く寝た方が良いかも・・・。
 ベッドに近づき覗き込むと、もなが幸せそうにぐっすりと眠っていた。
 熱もなんとかひいたようで、薄ピンク色に染まる頬は健康そうだ・・・。
 静はそっともなの頭を撫ぜると部屋を後にした。
 向かいの部屋の扉をノックすると中から「どうぞ?」と声が聞こえ、静はそっと扉を開けた。
 ベッドの上で難しい本を読む奏都の姿が、オレンジ色の光に照らされて淡く浮き上がる。
 かけていた眼鏡を外し、パタンと本を閉じる。
 「静さん。すみません・・・なんだか、色々とお手伝いをしてくださったようで。」
 「そんな・・・それより、奏都さん・・・風邪は・・・?」
 「熱はひきましたし、もう回復しました。でも、冬弥さんが大事を取って寝ていろと言うものですから。」
 「その方が良いよ。」
 彼らしい意見だと思いつつ、静は冬弥の考えを肯定した。
 夢幻館を訪れた時に、奏都の出迎えがないと・・・なんだか寂しいし・・・。
 「今日は疲れたでしょう?静さんも、ゆっくり休んでくださいね?」
 「うん、そうするよ・・・。」
 お休みなさいと声をかけて、静は部屋を後にした。
 残る部屋は律と魅琴―――
 考えた挙句、静は律の部屋をノックした。
 はい?と小さな声が聞こえ、ゆっくりと扉を開ける。薄い明かりの下、律がベッドの上で大人しく横になっているのが見える。
 「静君??」
 「大丈夫?」
 まだ熱っぽい律の顔を覗き込みながらそう言うと、額に手を当てた。
 大分下がっては来ているようだが・・・まだ微熱程度はあるのだろう。
 それにしても、他のメンバーは治ったのに律だけが未だ熱があると言うのは、律があまりにも体力がないからだろうか?それとも、他のメンバーの回復力が凄まじいからなのだろうか??
 「他の皆は?」
 「魅琴さんは見てないから解らないけど、もなさんと奏都さんはもう熱もひいてたよ。」
 「そっか・・・良かった。」
 ふわりと律が微笑んで、ありがとうと小さくお礼を言った。
 「静君も、今日はゆっくり寝た方が良いよ。疲れたでしょう・・・??」
 「そうだね、そうするよ。」
 律の言葉に頷いてから部屋を後にし―――後、残ったのは魅琴の部屋だが・・・どうしてだろう。凄く体がダルイ・・・。
 ふっと気を抜けば霞んでしまいそうになる意識をなんとか保つと、静は魅琴の扉をノックした。
 そして、ゆっくりと扉を開け・・・窓辺に立っていた魅琴と目が合う。
 「・・・静?」
 「魅琴さん・・・もう具合は良いの?」
 「あぁ。昼飯食って薬飲んで寝てたら治った。」
 それなら良かったと、小さく微笑み・・・
 ツカツカと魅琴が静の方に歩いて来ると、グイっと腕を引っ張って額に手を当てた。
 「・・・え・・・?」
 「お前・・・熱があるぞ!?」
 ヒンヤリとした魅琴の手は冷たくて、ほっとするほどに気持ちが良かった。
 「風邪がうつったのか?大丈夫か??」
 酷く心配したような顔で静の顔を覗き込み、ふわりと抱き上げるとベッドの上に寝かせた。
 「え・・・!?」
 「寒いか?暑いか??」
 「ちょっと・・・寒いかな・・・??」
 その言葉を受けて、魅琴が静の隣に横たわり、背中に手を回した。ギュっと抱きしめられ―――
 「ちょっ・・・魅琴さん・・・!?」
 「良いから、黙れ。もう寝ろ。な?俺にうつせば良いから・・・」
 あまりにも優しい魅琴の言葉に、静は動揺を隠せなかった。
 いつもはチャラチャラとしており、人に絡んではセクハラ紛いの行動をする魅琴・・・勿論、そうでない時もあるけれども・・・。
 「気持ち悪いか?頭痛いか?」
 「大丈夫・・・」
 背中を撫ぜる手が優しくて、体温が心地良くて・・・静はすぅっと、眠りに落ちた・・・。


■ 誤解 ■


 夢幻館における、神崎 魅琴の地位は果てしなく低い。
 それは普段の彼の行いが悪いせいもあり、更には綺麗な人、可愛い人、とにかく自分の気に入ったものにはスキンシップを通り越したセクハラ紛いの行動を繰り出すと言う一面があるせいもあり・・・。
 よって、その彼のベッドに誰かしら(男女を問わず)が眠っていた場合、容赦なく疑われるわけであって―――
 「な・・・なっ・・・!!!」
 部屋に踏み込んだ冬弥は“ソノ光景”を見てしばし硬直した。
 魅琴に抱かれながらぐったりと力なく眠る少年・・・先ほど部屋を訪れた際に姿がなく、散々館の中を捜し回り、もしかしたらと思いやって来た先でやっと見つけた少年・・・。
 「ん・・・あー・・・冬弥か。もう朝か??」
 そう言って、魅琴がゆっくりと目を開け―――
 「なんでお前が静をベッドに引きずり込んでんだぁぁっ!!!!!!」
 「冬弥さん、なに叫んで・・・って・・・魅琴さん・・・?」
 冬弥の叫びを聞いて走って来た奏都が、静を見やるとニッコリと微笑んだ・・・!
 「や・・・これは違う・・・っ・・・!!」

 「 何 が 違 う っ て 言 う ん で す ? 」

 凄く穏やかに微笑んでいるはずなのに、奏都の笑顔は背筋が凍る・・・。
 「・・・っ・・・んっ・・・」
 あまりにも騒がしい音に、静がゆっくりと目を開ける。
 トロンとした瞳を魅琴に向け、奏都と冬弥に向ける。
 「静・・・!!昨日何があったんだ!?」
 冬弥の言葉に、視線を彷徨わせながらうわ言のように静が言葉を紡ぐ。
 「腕を掴まれて・・・抱き上げられて・・・ベッドで・・・」
 ・・・恐らく最後の接続は“に”だろう。ベッド“に”寝かされて・・・と続くはずなのだろうが・・・。
 如何せん静は熱で意識が朦朧としており、そんな些細な事に拘ってはいられない。
 「ベッドでなにされたんだ・・・!?」
 「んっ・・・抱かれた・・・??」
 そこも、抱きしめられたと言うところだろう。ちなみに・・・“熱が高く、寒がったために”抱きしめられたと入れた方が、なお良い。
 「みぃぃぃ〜〜〜こぉぉぉ〜〜〜とぉぉぉ〜〜〜???」
 地の底から這ってくるかのような低音ボイスに、魅琴が思わず首を激しく振る。
 「違うって・・・!!」
 「・・・貴方って人は・・・一度“きちんと”言わなくてはならないと思っていたのですが・・・。」
 奏都がにっこりと微笑み、その表情のままツカツカと魅琴の傍まで来ると、力任せに魅琴をベッドから引き摺り下ろした。
 「だから、違うんだって!聞けよっ!!!」

 「 そ ん な 言 い 訳 は 聞 き た く あ り ま せ ん 。」

 「魅琴、もながいなかっただけ幸運だったと思え?アイツがいたら、ロケラン発射になりかねなかったぞ?」
 「なんで無実の罪で処刑されなくちゃなんねーんだよっ!!」
 「有実じゃないですか。貴方は明らかに 有 罪 です。」
 「だからっ!!」
 抗議をしようとする魅琴の肩を掴むと、奏都が世にも恐ろしい笑顔で死の宣告を下した。
 「覚悟は良いですか?」
 「覚悟も何も・・・おい、ちょっ・・・やめっ・・・」


  「ヤメロぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


 魅琴の叫び声を遠くに聞きながら、静の意識は闇に溶けて行った―――



          ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5566/菊坂 静 /男性/15歳/高校生、「気狂い屋」


  NPC/神崎 魅琴/男性/19歳/夢幻館の雇われボディーガード
  NPC/梶原 冬弥/男性/19歳/夢の世界の案内人兼ボディーガード
  NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人
  NPC/片桐 もな/女性/16歳/現実世界の案内人兼ガンナー
  NPC/京谷 律 /男性/17歳/神聖都学園の学生&怪奇探偵

 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『All seasons』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 魅惑の病人看病のその後のお話と言う事で・・・魅琴が面白い事になっております。
 普段はやられキャラの冬弥が今回のお話では普通のポジションに・・・!!
 そして恐らく、静様が目を覚ました時には魅琴の姿はないかと・・・・・・・・。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。