■特攻姫〜ライバルがやってきた〜■
笠城夢斗 |
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】 |
例えば窓の外から星が見えれば、
「もう少し手を伸ばせばつかめるのではないのか?」
――そんなことを本気で考え、窓から身を乗り出し……
世話役の目の届かないところで、二階の窓から落っこちる。
それが『特攻姫』葛織紫鶴の『特攻姫』たるゆえんである。
「いい加減にしてください……」
「何事も試してみなければ分からないだろう」
「理屈が通ってるだけに困るんですよ、あなたは」
竜矢がため息をついていると。
こんなときを見計らったように、もっと厄介な人物が屋敷に来訪した。
めきり。そんな何かが壊れた音とともに、
「ほーほっほっほ、紫鶴! また阿呆なことをしてベッドに寝込んでいるなんて、いいざまね」
紫鶴よりひとつ歳上。豪奢な巻き毛の銀髪に、緑の瞳をした少女が扇を手に紫鶴の寝室へと乗り込んできた。
「……紅華(こうか)様。鍵をいちいち壊して入ってこないでくださいと、毎回頼んでいるはずですが……」
「だってまともにノックしたところで、お前は入れてくれないではないの、竜矢」
「当然です。あなたが来てろくなことになったことがない」
「相変わらず正直で嬉しいわ」
端正なその頬を引きつらせながら、葛織紅華――紫鶴の従姉は笑った。
「何をしにきたのだ、相変わらず懲りんヤツだな」
紫鶴がベッドの上で眉をひそめる。
「あら。動けないあなたのお見舞いに決まっているじゃない」
「なぜいつも私が怪我をしているときに限って現れるんだ……?」
「無論!」
紅華は後ろに引き連れた四人の男を示して、大きく腕を広げた。「今こそ、お前に勝つ好機と考えているからよ、紫鶴……!」
「怪我人相手によくそんな姑息なことを堂々と」
「まあ。紫鶴も竜矢もそれなりの術者だと認めてあげているからこそだというのに」
「自信家なのか卑屈なのかよく分かりませんよ……」
「だまらっしゃい!」
紅華はきーっとその場で地団駄を踏んだ。「いいのよっ! 構わなくてよ、そちらに助っ人がいるというのなら、呼んでいらっしゃいな……! 何人でも相手してさしあげましょう」
そう言って、扇の陰でほほほほと紅華は華やかに笑った。
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特攻姫〜ライバルがやってきた〜
その日、久しぶりに葛織紫鶴(くずおり・しづる)の別荘へ飛び込んできた少女は、いつもと様子が違っていた。
精神力で剣を生み出し、それを使って「魔寄せ」の剣舞を舞う一族、葛織家。
次代当主と目されている弱冠十三歳の娘・葛織紫鶴には、従姉がいる。
ひとつ違いの葛織紅華(こうか)である。
「おや……」
紫鶴の世話役の如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)が、珍しそうに片眉をあげた。
「どうなさったんです、紅華様」
「どうもこうもなくってよ、竜矢!」
ぜえぜえと肩で息をしながら紅華はいつも通り四人の従者を従え、紫鶴の屋敷に飛び込もうとした。
「こら待て、紅華」
その従姉を、紫鶴がつかまえる。
「人の家に勝手に入るな。というか……」
紫鶴は困ったように眉根を寄せた。「珍しいな。お前が私が元気な時に来るなんて」
――紅華は常日頃から、紫鶴を負かすことを生きがいにしているかのような言動を取る。
しかし紫鶴は、歴代の葛織家の者の中でも類稀な能力者。まっこうから戦って勝てる相手でないと認めているらしい。
そのため――いつもは、何かしら紫鶴が怪我をしていて全力で戦えないときを見計らってはこの別荘に、果たし状を叩きつけにやってくるのだ。
しかし今日は、紫鶴は何の怪我もしていない。
竜矢とともに、いつも通り退屈にテラスで話をしているところだった。
紅華は自分をつかまえる従妹をにらみつけ、
「いいから家に入れなさい!」
と金切り声で言った。
紫鶴は思わず耳をふさいだ。その隙を見計らって紅華は屋敷の中へと入ろうとするが、
「駄目ですよ」
さらに紅華の前にたちふさがったのは、竜矢だった。
紅華は怒鳴りつけた。
「どきなさい、竜矢!」
「ここは紫鶴様の家です。それ相応の理由がなくては入れません――何ていう固いことは、普段なら言わないのですがね」
竜矢は紅華の肩をつかみ、くるりと少女を回転させた。
「――あちら様のお姿がなければ、屋敷にもお入れしましたよ、もちろん」
紅華が強制的に向かされた方向――
別荘の門のところで、ひとりの少年が興味深そうに紫鶴の別荘を見上げていた。
**********
阿佐人悠輔(あざと・ゆうすけ)――
十七歳にしてはどこか大人びた、冷静な雰囲気。常に手放さず今は額に巻いている赤いバンダナ。
訳あって現在実の親ではなく、叔父の家に居候している彼は、「何で俺、ここにいるんだろう」としみじみと思っていた。
――家庭教師の仕事をしている叔父から、逃げ出した紅華という女の子を連れ戻してくれと頼まれた。
そして、その紅華という、銀髪のやたら偉そうな少女を追ってたどりついたのは――東京にこんな場所があるのかと信じられないほどの広い屋敷。
大きな門のところで立ち往生していると、ひとりの女の子がとことこと歩いてきた。
「どちら様かは存じぬが……紅華に用があるように思える。そうだろうか?」
赤と白の入り混じった、不思議な色合いの長い髪。
右目が青、左目が緑の綺麗なオッドアイ。
もう少し歳がいったら、さぞかし美人になるだろうと思わせる美少女である。
「ああ……葛織紅華っていう子を連れ戻しにきたんだが」
「連れ戻しに?」
「家庭教師から逃げ出した」
「ああ」
オッドアイの少女は納得したようにうなずいた。「アレは勉強嫌いだからな」
となると阿佐人殿のところの方か――? と丁寧に聞かれたから、悠輔はうなずいた。
「紅華さんを連れ戻してもいいのか」
「もちろん」
少女は門を開けてくれた。開けながら、思い出したように、
「ああ、そうそう――私は葛織紫鶴と申します。紅華の従妹です――どうぞお見知りおきを」
西洋風の辞儀をして、少女は名乗った。
「どうも……俺は阿佐人悠輔」
何となくその優雅なたたずまいに気おされながら、悠輔も改めて名乗った。
「紅華はあそこにいる」
紫鶴と名乗った少女は、別荘のドアで青年に捕まっている銀髪の少女を示す。
「ちなみにあそこで取り押さえているのが私の世話役の如月竜矢。紅華を連れ戻すのに邪魔はしない」
「それは助かる」
悠輔はゆっくりと、竜矢という青年に捕まれ暴れている紅華の元へと行った。
目の前で見ると、紅華は紅華で紫鶴とは違う雰囲気の美少女だ。豪奢な白の――光によっては銀に見える――巻き毛に、緑の瞳がよく映える。
「とにかく」
悠輔は手を差し出した。「叔父さんのところに戻ってくれないか」
「嫌よ!」
少女は即座に叫んできた。
ものすごい即答だ。少しくらい考えるとかしないのか。
「嫌よ、嫌! 勉強なんて嫌! 私は紫鶴さえ負かすことができれば、後のことなんかどうだっていいのよ!」
竜矢に取り押さえられたまま紅華は必死で頭を振った。
紫鶴と言えばさっきのオッドアイの――
悠輔が肩越しに振り向くと、紫鶴は呆れたようにこちらを見守っている。
……従姉妹である以外に二人がどんな関係かは知らないが、力関係がどうなっているかは何となく想像がつく気がした。
いや、今は紫鶴のことはどうでもいいのだ。
「そんな訳にはいかないだろう。たしかあんた十四歳だろう? 勉強しないと後で困るぞ」
「嫌ーーーー!」
紅華の金切り声に、思わず悠輔は耳をふさいだ。
「……正攻法は無駄ですよ」
ぽつりとそう言ったのは、紅華を取り押さえている青年だった。「紅華様は筋金入りの勉強嫌いですから」
「仕方ないな……じゃあどうすれば戻ってきてくれるんだ」
「ふ、ふん!」
紅華はそっぽを向き、早口でまくしたてた。
「私は紫鶴さえ負かすことができればいいの! どうしてもと言うのなら、私とそこの四人をまとめて相手にして負かしてごらんなさい!」
「……はあ?」
そこの四人、と言われてきょろきょろと辺りを見渡すと、少し離れたところに、きちっと乱れなく並んだ四人の男性がいた。
ネクタイの色以外はすべて揃った、顔までそっくりな、おそらく四つ子だろうと思わせる男たち。
……四つ子でなければ怖いので、四つ子と断定しておくが。
(……正直、付き合ってられないな……)
悠輔はため息をついた。
(かといって、叔父さんを困らせたくもないしな……)
仕方ない。
さっさと終わらせて連れ戻すとしよう。
悠輔はそう決めた。そして、
「分かった。じゃあ勝負しよう」
と紅華に言った。
**********
紅華がどこからか細身の剣――レイピアを取り出す。
四人の男たちが、構える。
悠輔は額にまいていたバンダナを取り外した。
彼は布の類ならば、思うように形を変えることができる。硬ささえも。剣のようにすることもできれば、レースなみにひらひらにすることもできる。
「一度に五人、か……」
紅華はどうやらレイピアらしいが、四つ子は武器を持っていない。どんな攻撃をしてくるのやら。
と、思った刹那――
赤ネクタイの男が、その両手から炎を生み出し悠輔に向かって放ってきた。
「!」
悠輔は避けた。続いて緑ネクタイが腕を横なぎに振るう。
ぴっ、と頬に傷が走ったのが分かった。
(――風か?)
ネクタイの色と能力が一致しているらしい。となると青ネクタイは――
思った通り、青ネクタイの手からは水の渦が生み出される。
悠輔はとっさに上着を脱いだ。そしてそれを鉄のように硬くし、盾とした。
ぱしゃんっ!
水が上着の盾に弾かれる。
気づくと、紅華が真横にいた。
(今までのは囮か――)
悠輔は冷静に、バンダナを細くし鞭のようにして、紅華を打ちすえる。
「―――っ!」
紅華の肩をまともに打って、紅華は数歩後退した。
恨めしそうな視線が悠輔を見ている。
「悪いな」
悠輔は絶えない炎と水と風の攻撃を盾で受け止めながら、紅華に言った。
「多勢に無勢ってのもあるし……女の子だからって手加減はしない」
紅華は実に素早く華麗な動きで、四つ子の元へと戻っていった。
(……素早いな、本当に)
あれで家庭教師から逃げ出したのだから、当然といえば当然だ。
ぴっ
ぴっ
風の攻撃だけがうまく盾で防げず、悠輔のシャツが裂かれていく。
「ちっ――」
悠輔は心底腹が立って舌打ちした。「叔父さんにこれ以上迷惑はかけたくないのに――」
シャツを買ってくれだなんて、そうそう言いたい言葉じゃない。
自分の怪我よりもむしろシャツが問題だった。
かと言って、シャツまで鉄のように硬くしては重くて動けない。
「あんたら、後で弁償してくれよ」
ぶつぶつ文句を言いながら、悠輔はじりじりと四つ子へとにじりよった。
四つ子自体は、攻撃さえ防いでおけば、特に攻撃するつもりもなかった。
要は紅華さえ捕まえられればいいのだ。
その紅華をかばうというのなら別だが――
「何て男なの……!」
激昂しやすいタチらしい紅華は、自らレイピアで悠輔の懐に飛び込んでこようとする。
「………」
あまりにも単純すぎるその行動に、悠輔はため息をついた。そして、
バンダナの鞭で、紅華の体をからめとった。
「あっ!」
紅華が動きを一瞬止める。
――それで充分だ。
悠輔は紅華の服の一部をつかみ、そして紅華の服を一気に硬く重くした。
ずしん、と紅華の細い体に重みがかかり、紅華はその場につっぷした。
「紅華様!」
四つ子が近づいてこようとするのを、バンダナを剣状にして紅華を狙うことで制して、
「で……」
悠輔は動けなくなった紅華に問いかけた。「降参するか?」
「だ、誰が……っ」
「降参しないなら、まだ重くしてもいいが?」
「―――っ!」
紅華は服に包まれていない腕で悔しそうにどんどんと地面を叩いた。
「もう……! 勉強するくらいなら押しつぶされるほうがマシよ!」
「……そうか。じゃあ押しつぶすか」
「この凶悪男ーーーー!」
何とでも言ってくれ、と悠輔はため息をつく。
何とか悠輔に隙を作りたいのか、四つ子――のうち三人だけ――が、しきりに攻撃してくるが、ほとんどが盾で跳ね返せる。水などは、受け流したせいで紅華がまともにかぶってしまった。
風は相変わらずシャツを刻んでくる。
――あの緑ネクタイだけは倒しておこうかと、一瞬思ってしまった。
「降参しろ」
再度紅華に言う。少しずつ、服に重さを加えながら。
紅華はしぶとかった。しかし、
我ながら拷問チックだな、と悠輔が思ったそのときに、
「――分かったわよう!」
悔し泣きの気配を見せながら、紅華は降参した。
**********
「このたびはうちの従姉がご迷惑をおかけして――」
重い縄状にしたバンダナで縛り付けてある紅華に代わって、紫鶴が頭をさげてきた。
「いや……別にあんたに詫びられることでもないが」
「しかしな」
紫鶴は苦笑して、そっぽを向いたままの紅華を見た。
「……たったひとりの、従姉妹なんだ」
「………」
悠輔は黙りこんだ。
別荘の中から、竜矢が一枚の白いシャツを手に出てきた。
「服はこちらが弁償します。代わりのシャツをお持ちしましたから、どうぞ着てください」
「……お言葉に甘えることにします」
叔父への負担と、大金持ちにかける負担とを天秤にかけて、悠輔は筋違いだなと思いながらも好意を素直に受け取ることにした。
シャツを着替え、上着を着なおす。
「それにしても不思議な技をお持ちなのだな――」
紫鶴が感心したように言った。
「今度、私ともお手合わせ願えないだろうか」
「姫。あなたが剣を使うとろくなことがないと言っているでしょう」
「いや、普通の剣で……」
普通の剣がこの日本国にあってどうするのだろうと、悠輔は苦笑した。
そして、
「機会があるようなら」
と言った。
紫鶴が嬉しそうに微笑んだ。
――まったく、紅華といい紫鶴といい……
(戦うことに意義を見出すのか……怖いな、女の子も)
悠輔はしみじみ思った。
「では、紅華様をお送りするのには俺もご一緒しますよ」
竜矢がそう言ってくれた。また逃げられてはかなわないので、その好意にも甘えておくことにした。
「――戦いでなくてもいいから、またぜひ遊びに来てくれ、悠輔殿!」
門を出るところで、紫鶴が声を張り上げて言ってくる。
悠輔は振り向き、軽く手を振った。
――たまには、こんな大金持ちと遊んでみるのもいいかもしれないな。そんなことを思いながら……
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】
【NPC/葛織紅華/女性/14歳/紫鶴の従姉】
【NPC/葛織紫鶴/女性/13歳/剣舞士】
【NPC/如月竜矢/男性/25歳/紫鶴の世話役】
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■ ライター通信 ■
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阿佐人悠輔様
お久しぶりです、笠城夢斗です。今回はゲームノベルへのご参加、ありがとうございました!
プレイングとしては変則的でしたが、おかげでいつもと違う感じに書けてとても助かりました。悠輔さんの技を使うのはとても好きなので、書かせて頂けて嬉しかったです。
またお会いできる日を願って……
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