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■戯れの精霊たち〜地〜■ |
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笠城夢斗 |
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【3087】【千獣】【異界職】 |
「森とは命の集大成だ。そうは思わないかい？」
――『精霊の森』にたったひとり住む青年は、会うなりそんなことを言い出した。
「といってもここには、動物がいないんだけれどね。僕と、精霊たちがいるだけ」
どことなく遠くを見るような目。
銀縁眼鏡の縁が冷たく光る。
「だけど、その代わりに精霊たちが暖かいんだよ。そう、暖かい――大地の精霊なんかは特に。まるで人間を見ているような気がしてくるね、彼らを見ていると」
大地の精霊……？
自分が足をつける地面を見下ろす。その柔らかい土……
「あ、土にはあいにく精霊はいないんだ。この森の場合」
そう言って、青年は視線をある方向へ飛ばした。
そこに、ひとつの大きな岩と――一本の太い木があった。
「あれ。あの岩と、木に宿っているのが大地の精霊だね」
岩と木。
どちらもとても年季が入っていそうな、古くて、強くて、どっしりとかまえて――暖かい。
ずっとこの森を見守っていてくれたふたりだ――と、青年は言った。
「彼らはかけらも動くことができない。あの場所にいるのが当たり前のまま何十年――何百年だ。外のことを知りたい。でも知ることができない」
願いを、叶えてやりたくてね――と、眼鏡の青年は優しい声でそう言った。
「だから、彼らにキミの体を貸してやってくれないかな」
木と岩は、どこかほんのり輝いて見える。森の外からの来訪者を、歓迎してくれているのだろうか。
「なんだったら、遊んでくれるだけでもいいよ――僕の力で、擬人化させることはできるしね」
お願いしてもいいかな。そう言って、青年は微笑んだ。
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戯れの精霊たち〜それはたったひとつの大切な〜
『精霊の森』の木々は穏やかだ。
それは、それそのものをつかさどっている樹の精霊の気性によるものだと……森の守護者は言う。
「そう、なんだろう……ね……」
千獣（せんじゅ）はつぶやいた。
その穏やかさと優しさと。力強さを知っているから――いつも不思議だった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
先だって精霊の森を害する魔物を倒す際に、樹の精霊ファードが千獣に薬をくれた。
薬――ファードの本体たる巨木を傷つけて手に入れる樹液。
それはファード自身が千獣に渡してくれと言ったのだと、森の守護者は言った。
すなわちファード自身が、自らの体を傷つけてもいいと言ったのだと。
「どうして……」
千獣は思っていた。
「どうして……そんなに、やさしく、なれる、の……」
樹の精霊ファードと話しに行こうとしたときに。
ふと見つけた大きな岩に、気配を感じた。
「………？」
千獣は岩に近寄って、そっと岩の様子をうかがった。
「どうしたんだい？」
背後で森の守護者、クルス・クロスエアの声がする。
「……この、岩にも……誰か、いるの……？」
千獣は岩肌に触れた。
「……冷たい……けど……何だろう……暖かい……」
頑丈――強い。そして、そして――何だろう？
千獣はじっと岩を見つめた。
岩は無言でそこにある。
「相変わらずキミもすごいね」
クルスは笑っていた。「その通り、その岩にも精霊がいるよ」
――樹の精霊ファードのときもそうだった。
まるで導かれるように、引き寄せられるように……千獣は自ら、精霊に近づいていた。
「………」
千獣は振り向いた。クルスに向かって。
「……少し……話してみても、いい……？」
森の守護者は、快く承諾してくれた。
――擬人化《インパスネイト》。
本来は姿も見えず、声も聞こえない精霊たちを、実体化、擬人化させる技だ。
岩の精霊は頑強そうな、壮年の男性だった。
「ゆっくり話しておいで」
と森の守護者は自分の住みかである小屋に戻っていく。
岩の精霊と二人きりになって。
『ザボンと申す。よろしくお願いいたす』
生真面目に頭をさげられ、千獣も慌てて、
「あの……私、千獣……」
と言った。
岩の精霊は、破顔した。
『おお。ファードがよく申しておる娘さんか』
「―――！」
千獣は目を見張った。ファードはたしか、本体である巨木から一歩も動けないはず――
『わしはな、動きは鈍いが動けるのでな。……ファードの話し相手には、たまに、なる』
ザボンはそう言って、優しい目で千獣を見る。
『そうか……そなたが千獣殿か……』
「………」
木々のこずえが鳴るのが聞こえる。
ファードのつかさどる木々の……
『どうなされた。立ったままでは疲れるであろう？ 座ってはいかがかな』
ザボンが言う。
千獣は少し考えてから、ちょこんとしゃがんだ。
ザボンは小柄だから、しゃがんでも見上げなければいけないほどの身長差はそれほどできなかった。
「……あのね……」
千獣は小さい声で、話しだした。
「ファードに、会いに行く、途中、なんだけど、ね……」
『おお』
ザボンはなぜか嬉しそうに、ますます笑顔になる。
千獣は下を向いた。
「……ファードに、なんて、言ったらいいのか……わから、なくて……」
『む？』
「少し、話を、聞いてくれたら……嬉しい、な」
『―――』
どすん、と音がして、気がつくとザボンがあぐらをかいていた。
そうすると、しゃがんでいる千獣よりも背が低くなった。
『うむ。わしでよければ、いくらでも聞こう』
ザボンは固そうな顔を、にこりと笑みの形にした。
千獣は、先だってファードから樹液をもらった一件をザボンに話した。
そして、ファードが、他ならぬ木々を害そうとした魔物を許したことも。
「ファードは……自分を傷つける魔物を、許した……誰かのために、と……自分の体を傷つけても、樹液を、分けてくれる……」
千獣はぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいく。
脈絡のない話し方だったかもしれないけれど、ザボンはうなずいて聞いていてくれた。
「……なんで、あんなに優しく、いられるんだろう……」
――こずえの音が、耳から離れない。
「私は……」
言葉が途切れた。
千獣は視線を泳がせた。――言葉が見つからない。
「私は……」
さやさや……
こずえの音は、絶えることなく。
「……よく、分かんない……」
正直に、そう言った。
呆れられるかもしれないと、そう思った。
しかし――
『そうなのであろうな』
ザボンは腕を組み、納得したように深くうなずいていた。
千獣は顔をあげた。
ザボンは真面目な顔で、もう一度うなずいた。
『お互い異なるもの同士。分かり合えず困惑することもあろう』
「………」
千獣はちょこんと首をかしげて、ザボンを見る。
「ザボンは、ファードが、どうして……あんなに、優しい、のか、分かる……？」
『それはな、千獣殿』
ザボンは重い声で、優しく言った。
『分かる、分からないという問題では、ないのだよ』
「………」
『ファードはたしかに、困っている者にはすすんで自分の樹液を与える。わしもよく知っておる――』
ザボンは何かを思い出すかのように遠い目をし、しかしな、と言葉を続けた。
『それは、ファードにとっては“当たり前のこと”でしかないのだ、千獣殿』
「……当たり前、の……こと……」
『そう。例えば岩であるわしがこのように』
ザボンはごんと地面を打つ。
ぼこりと穴が開いた。
『――硬い体をしておるのも、“当たり前”』
「……うん」
『例えば、たいていの人間が食事をしなくては生きていけないのも、“当たり前”……』
「……うん」
『例えば……そなたにとって、獣と“戦い合う”ことも“当たり前”……』
「………」
『それと同じようにな』
ザボンはそっと言った。『ファードにとって、傷ついた者に樹液をやるのは“当たり前”なのだ』
「――でも――」
『分かろうとしなくてもいいのだ、千獣殿』
岩の精霊はまっすぐに優しく、千獣を見た。
『ただ“ファードはそういう存在だ”とだけ見てやってくれれば、それでいいのだ』
「……でも……」
分からない。
自分を害するものを許せるその気持ちが。
誰かが傷ついていれば、自分が傷ついてでも助けてあげようと思えるその気持ちが。
『どうしても、理解したいかな？』
岩の精霊の声がする。
千獣はこくりとうなずく。
『理解しなくてもいいことだと言っても？』
「……だって、理解、しなきゃ」
言いかけて、千獣は言葉につまった。
――そうだ。
自分はなぜこんなにも、ファードの言動に困惑しているのだろう？
ザボンの言うとおり、ファードはそういう考え方の持ち主だと、それで終わらせてしまえばそれでいいのに。
「……初めて、会った、から……かな、そういう、風に、生きる……誰かと……」
苦し紛れにそう言った。
嘘じゃない。これも嘘じゃ……ない。
ザボンは顔をほころばせた。
『千獣殿は、我々精霊を“生きている”と言ってくれるのだな』
「……え……」
『我々には――クルスに学んではいるが、人間で言う“時間”の概念がない』
それゆえ――と、ザボンは少し目を伏せて言った。
『我々は森から出さえしなければ、死ぬこともない。……ただ同じ刻を刻み続けるだけの我々が、生きていると言えるのかと、昔我らに言った者がおった……』
「生きて、るよ……？」
千獣はごく普通にそう言った。
そう、“当たり前”にそう思っていたから。
『ありがとう』
ザボンに礼を言われて、困惑した。
「……どう、して……」
真顔で千獣は問い返した。
「どうして……お礼、言う、の……」
“当たり前”のことを言っただけなのに――
そうなのだ、とザボンは笑顔で続ける。
『そう思われただろう？ “当たり前”のことを言っただけなのに、礼を言われると困惑する。……それも、同じことなのだ』
「………」
千獣は考えた。
精霊たちを、ごく普通に“生きているものたち”と思っていた。
だから、礼を言われたら困惑した。
――ファードにとって、樹液を与えるのはごく普通、“当たり前”のこと。
だから、どうして？ と尋ねられたら困惑する。
「わ――分かん、ない……」
千獣は頭を振った。
『難しく考えることはないのだよ、千獣殿』
顔を伏せた千獣の頭に、ずしりと乗せられた何かがあった。
手だ。
『そのままでいい、そのままで……。気になるのならば、考え続けてもよいが……そのために、そなたがファードと距離を置いてしまうというのなら、他ならぬファードが悲しむ』
「………」
千獣はつぶやいた。
――ファードが、悲しむ、のは、いや……
『ならば、どうか今までどおり……ファードを好きでいてやってくだされ』
頭に乗っていた手がどけられた。
千獣は顔をあげた。
岩の精霊は、どこまでも笑みのままだった。
『ファードは、自分が悲しむのが嫌だから、そなたに樹液を渡したのだ』
「ファードが……？」
『そう。そなたが傷つけば、ファードはとてもとても悲しむ』
返事に少し、間が空いた。
「本当、に……？」
『当然のこと。わしに千獣殿のことを話すときのファードの顔を見せたいものだ。むしろクルスのほうが知っておるのだろうが。ファードは千獣殿が、大好きだからして』
「本当……に……」
ファードが、自分を好いてくれている？
そんなことがあるのだろうか。
『そうでなくば、今この瞬間に怪我をしているわけでもないのに、“この先怪我をしたときのために”とあらかじめファードが樹液を与えることはあるまいよ』
これはわしも驚いたのだがな、とザボンは言った。
『本来は、ファードは滅多にそういうことはせん。我々は大地の精霊ゆえ、世の理にはのっとって生きるべき。だがファードは、死に行くものを見るのが辛くて樹液を与え、苦しむものを見るのが辛くて樹液を与える。……しかし、“この先のために”とあらかじめ樹液を渡すことなど、滅多にない』
「―――」
どうして、と千獣はつぶやいた。
どうして、私なんかを。
『理由など関係あるのだろうか？』
ザボンは言う。
『千獣殿は、ファードが嫌いか？』
千獣は首を振る。
「大好き……だ、よ」
『ファードがこれほど理解できなくて、分からなくて、混乱する相手でもか？』
「………」
『……理由など、必要ないのだよ』
千獣殿、とザボンは囁いた。
『どうかこれからも、ファードを好きでいてやってくだされ』
「ファードを……嫌いに、なることなんか、」
――あるはずがない。そう、絶対に。
『それでいいのだ』
岩の精霊の優しい声がする。
『元々が、違う存在のもの同士……考え方の違いがあって当然……理解できなくても、好きになることがあって当然』
「……そう、なの……？」
『今、千獣殿がそうなのだろう？』
「………」
『例えばファードが、千獣殿が戦いの中に身を置くことを嘆いたとしても、それでファードが千獣殿を嫌いになることはないのだ。なぜなら、ファードは千獣殿が好きだからこそ――千獣殿が戦いの中にいることを嘆くのだから』
「――……」
千獣は胸に手をあてた。
――この身に飼っている、大量の大量の獣たち。
ずっと戦ってきた……ずっと共に生きてきた。
この中にいる獣たちに、傷つけられたくないから、傷つけた。
傷つけられたくないから、傷つけた。
「傷、つけられたくない、から……傷、つけて……」
『それが、千獣殿の在り方』
「誰かが、傷、つけられるのが辛いから……自分が、傷、ついて」
『それが、ファードの在り方』
「ファード、は、私が、傷つくのは……」
『嫌だから、樹液を与えた』
「ファードは、だから……」
『千獣殿が大好きなのだ』
千獣は胸元をわしづかんだ。
「私……ファードに、何て、言えば、いい……？」
『何とでも』
ザボンは言った。『そなたが思うとおりに』
「何を、言えばいいのか、分からない……」
『しかし、思うことはあるのだろう？』
「……言っても、いいの？」
『駄目な理由がおありかな？』
「――……」
本当に。
言ってもいいのだろうか？
――樹液をありがとう、だなんて、簡単に。
――大好きだよ、だなんて、簡単に。
ふと、ザボンが笑ったのが聞こえた。
「……？ なに……？」
『いや』
ザボンはおかしそうに、目元をやわらげて千獣を見る。
『ファードが、千獣殿を優しい娘さんだと言っていた理由を今、深く納得してな』
「私が……？」
私が優しいと、最初に言ってくれたのはファードだったけれど……
「私は、優しく、なんか、」
『何を言っておる。……ファードが他人のために自分を傷つける行為をそなたは“優しい”と言った。それが“優しいこと”だと分かっているそなたは、その時点でもう」
――優しいのだ。
「――……」
そう……いう、こと、だったの、だろうか。
『自分にはそれはできないから、優しくないと言われるのか？ 考えてみたらおかしな話であろう？』
「――……」
そう、かも……しれない。
『千獣殿には千獣殿なりの、優しさの表現の仕方が必ずある』
「……ある、の、かな……」
『例えば今、動けないファードのために、自分から話しに行こうとしておる』
「………」
『例えばファードを森の外に出してくれた。例えばファードを好きだと言ってくれた』
ほら――
『山ほどあるではないか』
「………」
『その表現方法がファードと違うからって、何の問題があるというのか？』
「―――」
千獣はそっと立ち上がった。
ファードの樹がある方向を向いて。
「……何て、言ったら、いい、のか……まだ、分からない……けど」
『うむ？』
「……そうだ、ひとつだけ……はっきり、分かってる、こと、あった……」
『それはなんであろうか？』
千獣はザボンを見下ろして、微笑んだ。
「――ファードに、会いたい」
ザボンは笑った。嬉しそうに笑った。
ファードもこんな風に、笑ってくれるだろうか？
――ああ、そうだ。
「ファード、に、“会いたかった”って、言ったら……喜んで、くれる、かな」
ふふ、と岩の精霊は意地悪そうな笑みを浮かべる。
『さて……ためしてみなければ分からないがな』
そして自身立ち上がろうとする。が――体が重くてなかなか立ち上がれない。
千獣はそれを見て、両手を後ろにやってぷいとそっぽを向いた。
「……いじわる、な、こと、言ったから……助けて、あげない」
『むむむ……千獣殿、なかなかやるな』
そして二人は笑った。
笑いながら、ああ――と千獣は心地よさを感じる。
これが、包容力。これが――大地の精霊の暖かさ。
（ファードといるときと同じ……）
ファードにちゃんと歩み寄って、
そしてファードと二人で笑い合って。
「そんな、日が……くると、いい、な……」
どすん！ と音がした。
立ち上がりかけたザボンが、再び尻から地面に落ちた音だった。
『あいたたた……千獣殿、た、助け』
「だめ……」
『千獣殿〜〜』
ザボンが情けない声をあげる。千獣は唇の端が笑みのまま動かない。
こんな気持ちはどれだけぶりだろう。
なんて心地のいい気分だろう。
「私、ファードのところ、いく」
ひょいっとザボンに背を向けて。小走りに走り出す――
千獣は知っていた。
置いてけぼりにされた岩の精霊が、しかし優しい目で自分を見送ってくれていることを。
そしてこの先には樹の精霊がいる。
いつも暖かく自分を迎えてくれる樹の精霊が。
――会いたかった、会いたかった、会いたかった……！
森のこずえが耳に優しい。
樹の精霊の巨木が、視界に飛び込んできた。
―Ｆｉｎ―
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【３０８７／千獣／女性／１７歳（実年齢９９９歳）／異界職】
【ＮＰＣ／ザボン／男／？歳（外見年齢４５歳）／岩の精霊】
【ＮＰＣ／クルス・クロスエア／男性／２５歳？／『精霊の森』守護者】
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■ ライター通信 ■
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千獣様
いつもお世話になっております、笠城夢斗です。今回は岩の精霊さんと話してくださりありがとうございましたｖ
勝手に千獣さんがファードを大好きってことにしてるあたり、やりすぎかなと思いつつも；
また精霊の森に来て下さって本当に嬉しかったです。
よろしければ、またの機会にいらしてくださいね。
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