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■真白の書■ |
珠洲 |
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】 |
誰の手によっても記されぬ白。
誰の手によっても記される白。
それは硝子森の書棚。
溢れる書物の中の一冊。
けれど手に取る形などどうだっていいのです。
その白い世界に言葉を与えて下されば。
貴方の名前。それから言葉。
書はその頁に貴方の世界をいっとき示します。
ただそれだけのこと。
綴られる言葉と物語。
それが全て。
それは貴方が望む物語でしょうか。
それは貴方が望まぬ物語でしょうか。
――ひとかけらの言葉から世界が芽吹くそれは真白の書。
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■真白の書−優しい観客−■
「……この書を前に」
促すように卓の上に広げられた『真白の書』とインク。傍らにペンが一つ。
静かに、とても静かに書の白い頁を前に声を落とされるのはキング=オセロット様。
「筆を執ると思う。人生もこのようなものなのかもしれない、と」
三度、訪れられた方はまだその筆を執られずに少しだけ頭を倒しておられるばかり。
髪に硝子森で踊る光が散る中で、オセロット様の周囲はひどく静謐な空気に満ち満ちて。
「それぞれがそれぞれの手に筆を執り、書き込み、時にはすれ違い、時には交差し。長い時の中で、新しい書き手に筆を渡しながら逝き、生まれ出たものは筆を受け取り、新たな文字を書き連ねていく」
オセロット様がほんの少し顔を伏せてしまわれれば、いつだってその落ち着いた眼差しの奥は見えません。今も金色の髪に隠れる青いその瞳で、どれだけの事を見て来られたのか。
いっときの物語を紡ぐ『真白の書』を今は紙巻を持たない指先でゆったりと繰っておられます。
「前置きが長くなってしまったか」
そうして硝子森の光の欠片が溢れる場所で立たれ、しばし言葉を切って苦笑されたオセロット様が白い頁に言葉を記されれば。
ゆるゆると染み渡り綴られる小さな物語。それは小さな一頁。
「……私もいずれは、誰かに筆を渡す時がくるだろう。だが、今はしばらくは」
書を読むことを楽しませてくれないかな、と。
言葉が溶けて世界を作る様を眺めてオセロット様は囁くように、そうっと唇を動かされました。
――ええ、いくらでも。
紡がれる物語。綴られる文字。その全て。
いくらでも、お読み下さい。お楽しみ下さい。
黄金の髪の紗の向こう、深い青の眼差しの奥の心を少し、探りたがる書を広げて。
** *** *
常の黒山羊亭を思い浮かべるときに、例えば時計の針の進む音だとか煮立って泡を立てる料理の小さな気配だとか、そういったものを含むことは少ない。
酒の匂い、笑い声、そこかしこで上がる大声、活気に満ちた人々の様々な表情、時に混ざる沈んだ顔の訪問者。
それらこそが黒山羊亭というベルファ通りでも名の知れた店の日常的な空間だからだ。
先に上げた控えめなものは逆に、その印象的な幾つもに掻き消される小さな主張である。
だが珍しくオセロットはこの日、それを拾い上げていた。
なんということはない、ただ本来の開店より早めに訪れていただけなのであるが、馴染んだ店の珍しい表情に紫煙をくゆらせながら軍装の彼女は瞳を細めて店内を見、往来を見、ふむと小さく零してみた。
「面白いものがあったかしら?」
「そうだな、人が歩いているくらいだが」
これみよがしに首を伸ばして往来を見るエスメラルダに僅かばかり肩を揺らして笑う。
広く取られた出入り口からは通りの更に河川近くまでその気になれば見て取れる程。
「しかし、どうも早く来過ぎたらしい」
綺麗に拭かれたカウンタの天板に視線を落としてからオセロットがつとそう言うと、彼女の視線をなぞって外を見ていたエスメラルダはオセロットとは対照的な濃い色の髪を翻して振り返った。
ああ、と聞こえるか聞こえないかの声量で言って彼女も笑う。
「気にしなくていいわよ。他のお客さんもしょっちゅう来るから」
今日は居ないけれどね。
言い置いてカウンタ向こうに回り込むエスメラルダがそのまま厨房へ何やら話しかけるのを見る。
先程と同じようにふむと零しつつ、出された灰皿に紙巻煙草の灰を落としてオセロットは半ば外へ身体を向けるようにしてカウンタから外を眺める事にした。
* * *
月明かりの頃合とは異なり、開け放たれた扉の向こうでは少年少女の姿も時に通り過ぎていく。
かろうじて覗く川面の光。それが流れに合わせてちらちらと陽光を小さく転がしては光らせる様を片眼鏡に映してオセロットは眺め遣る。
行き交う人の姿は建物の壁に挟まれてまるで舞台に上がり袖に下がる、その繰り返しだ。
酒樽だろうか、車軸から悲鳴が聞こえそうな台車を顰め面で引く男。
崩れた空気を滲ませて髪を梳きながら歩く女。野で摘んだと思しき花を売る少女。
汚れたシャツに幾つもの縄だのブラシだのを抱えて歩く少年。
白山羊亭にもオセロットはしばしば足を向けるが、あちらと比べるとベルファ通りは歓楽街として知られるだけあってどことなし擦れた印象を抱かせる。しかしこれは先入観もあるだろうか。
昼夜の顔が大きく異なる区域を建物の中から眺めてただ考える。
そういった時間の過ごし方は好みの分かれるところだろうが、オセロットは特に厭うことはなかった。
まさに川の流れ行くように時の流れ行く中で佇む。その緩急の、緩。
灰皿にまた灰を落とす。拭いたばかりだろう天板に小さな灰の一つがずれていって、思わず払う。手袋に汚れのないことに、黒山羊亭の人間がどれだけ掃除をしているかが解るといえた。
「もうそろそろ注文聞けるわよ」
「ありがとう」
その黒山羊亭の人間であるところのエスメラルダがカウンタ向こうを歩き抜けざまに声をかけ、オセロットも顔を上げる。
とはいえ珍しくも目的のないまま訪れたこの日、時間はまだ何かを腹に収めるにも早い。
どうしたものかと考えるオセロットは結局「なにか飲み物を」と任せて視線を再びベルファ通りという舞台へ投げた。
静かな店内に、通りの声が潜り込んでくる。
けれどそれも空間を響かせる程ではない。
流れ行く人。水面。瞳にそれらを映しながら耳で小さな常は聞こえぬ音を聞く。
厨房の下拵えなのか肉を叩いていると思しき音、人で賑わう頃には存在も忘れられがちな置時計の音、従業員が歩いて床板を鳴らすその音。
緩やかな空気の流れる場所で通りを眺めるのは、己の心も多少ならず落ち着かせた。
普段から感情を乱したり、意味無く高揚したり、そういったことの無いオセロットには意識して求めるものでもないかもしれないが、埒も無い事を考えるには良い空間だ。ゆるゆると瞼を伏せ気味にしながら目線を下方向へ下ろせば人の足がそれぞれに動く様が見える。
小奇麗な女の足。泥に塗れた男の足。
上半身も鎧姿らしいと解る甲冑姿。
歩き続けたのか引き摺りがちな大人と子供。
何が入っているのか所々がほつれた袋を引き摺る細い足。
多様な足がベルファ通りの石畳を踏み、蹴っていく。
「面白いものだ」
「あら、なにが?」
眺める人々の足に映る表情の多さに時折紙巻を咥えつつ、時を過ごしていたオセロットがほろりと洩らした言葉をエスメラルダが拾い上げた。なんとも見事なタイミングで近付いてくる踊り子である。
気配で気付いてはいたので慌てるでもなく、視線を一度向ける。
「いや、なに――この戸口から見る通りが楽しくてね」
「ああ……この時間はまだ表も賑やかだものね」
「そうだな」
人の足一つとっても様々で、それを面白く思ったのだがあえて説明する程でもない。
エスメラルダの声にただ頷いた。
「そうだ、これ」
ことりとグラスがそのオセロットの側に置かれて見遣れば、鮮やかな色に差し込む光の透けるグラスが一つ。目線で問う。
「出入りの人が新しく仕入れたらしいの」
「ほう」
細いグラスの足を掴んで口元に寄せると酸味を思わせる香りが鼻腔を擽った。
しばしそれを探ってから口中に含む。予想よりも、強い。
「悪くないのではないか?いささか、甘いとは思うが」
「香りの割には酸味が無いでしょう」
「確かに。有るか無しか、というのはたいしたものだ」
「ただねぇ」
「店の客にはそぐわない、か」
「あまりすまし返って飲むようなお客は来ないもの」
「味は悪くはないのだがな」
もう一口。僅かな量を舌に乗せて転がす。
色といい、香りといい、そして味といい、悪くはないのだ。
作った人間は随分と手間をかけたのだろうなと思う。
「……まあ、酒そのものは良いものだと私は思う」
「そうね。ありがとう」
金を払っても構わない品だが、エスメラルダの側にはあるいは感想を求める為だけという気配もある。だが悪くないと思うものに金を惜しむつもりもないので、貨幣をカウンタに乗せて更に酒を舌に乗せると、察してエスメラルダも出された貨幣を半分受け取り笑った。
* * *
そういえば、と思いついたように口にしたのはグラスの中にあった色が全て干された頃だ。
ゆるゆると観賞しながら飲んでいたので時間も過ぎていたらしい。
見えるのは人の数も減ってきたベルファ通り。
「酒というのも」
吐息のように控えめな声はけれどよく透る。
本来の仕事とでもいうべきか、小ぢんまりとした舞台の状態を確かめていたエスメラルダが振り返って声の主――オセロットを見た。そろそろまばらながら客が入り湯気の昇る食事も卓に出ている中で、戸惑わず金の髪を束ねている女性を。
舞台に上がるときの他は指定席のように居る辺り、つまりはオセロットの近くもその一つだがそこに戻って来て先を促すようにエスメラルダは首を傾げた。
「酒も、人生を語る言葉によく使われるものだと思ったのでね」
空になったグラスを掲げてみせる。
その仕草に納得したのか踊り子が笑うと隣の席に腰を下ろし、先程まで自分がいた舞台を指す。
「舞台もね」
「そうだな。酒も舞台も、他にも多い」
「探すと多いものよね。似たようなものも多いけれど」
「違いない」
人がその一生を投影する先だとか、投影する想いだとか、それらは数多くけれど意外と数少なくもあるものなのかもしれない。穏やかな笑みを刷いてグラスを置いた。
「舞台といえば」
そこでつと思い出したのは、今日のまだ人の入っていない頃に店内から見た通りの風景。
黒山羊亭の店内から見ればそれはまさに一つの舞台だった。大きな芝居があるでもなし、けれど通り過ぎる人々の一幕を見せる舞台。ほんのいっときだけ舞台に誰かが上がる。そんなもの。
グラスに灯されたばかりの店内の光源がちらりと揺れた。
「じゃああなたはさしずめ観客かしら?」
「そんなところか」
オセロットの語った言葉に愉快気に視線を投げて来る踊り子。
話す間にも客は増え、エスメラルダを舞台へ送る声がぽつぽつと上がり出す。それに笑顔で応じて立ち上がりながら空のグラスをカウンタの向こうへと何気なく置いて彼女はまた笑った。
「私がまだ舞台に慣れない頃にね」
髪を手櫛で軽く整えながら話し出す相手を座したままオセロットは見る。
「緊張したり、失敗したり、そういう不安でどうしても舞台の周りを見る事があったのよ」
「無理もない」
吟遊詩人でもいたのか、弦を爪弾く音。
広がり始めた声の中でそれは趣が異なり耳を擽った。
「野次や、逆に声援や、色々あったけれど一番気持ちが楽になったのは」
それが節を幾度か奏でる。
軽い曲、激しい曲。緩やかに時を紡ぐ曲。
「静かに舞台を見ていた人だったのよね」
「観るだけだった客かね」
「ええ。優しそうな人だったからでしょうけど見守っているみたいで」
呼ぶ声に舞台へと向かうエスメラルダ。
離れ際にその手入れされた指がオセロットの肩を叩いて、彼女は笑い声を溢れさせた。
「つまり――あなたは他人の人生に対してそういう人なんじゃないかしらって」
ふと思ったのよ。
そう告げて彼女は舞台へと上がった。
踊り出すエスメラルダをしばらく無言のまま眺め、カウンタの向こうに移ったグラスの辺りへと視線を滑らせてから戸口を見る。その向こうにある通りは人影もいまは殆どなく川面に映る光は陽に代わり月のもの。
陽光の下の湖水の色。そんな色味の瞳を石畳を越えてたゆたう川に向けたままオセロットは懐から紙巻を一つ取り出すと唇で挟む。火を点ける前に髪をかきあげて。
一瞬の微笑。
「――光栄なことだ」
黒山羊亭の喧騒の中、紫煙がゆるゆると広がり溶けた。
** *** *
それは、真白の書が映した物語。
望むものか、望まぬものか。
有り得るものか、有り得たものか、あるいはけして有り得ぬものか。
――小さな世界が書の中にひとつ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、繰り返して御参加ありがとうございます。
真白は何度でも参加頂いても良いシナリオのつもりでおりますのでご心配なく。むしろライターとしては光栄ですし嬉しいです。ただどんどんオセロット様についての私的イメージ披露の場になる辺りが不安ではありますが、違和感があれば何かの折にでもお教え頂ければと思います。
今回はどこまでも黒山羊亭の中でまったりして頂く流れになりました。何をエスメラルダ言ってるんだというのは、つまりサブタイトルの一言になっちゃう訳ですが。
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