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■ココロを変えるクスリ■

雨音響希
【5205】【始竜・帝都】【高校生&陰陽師】

 「良いもの買っちゃったぁ〜!」
 小さな薬局から出てきた紅咲 閏は、そう言いながら足取り軽く街中を歩いていた。
 ガサガサと紙袋のなかに手を突っ込み、取り出したのは真っ白なカプセルだった。
 見つけた公園に入り、ベンチに座るとその説明書を読む。
 「1カプセルで効き目は半日。ココロを変えたい対象に1カプセルづつ飲ませてください。あ〜、1カプセル以上飲んじゃうと駄目なんだ。へー。」
 あまり興味がなさそうに閏はそう言うと、キュイっと口の端を上げて微笑んだ。
 「これは試してみなきゃ、ソンでしょ〜!」
 ぴょんとベンチから飛び降りると、大切そうに紙袋を抱えた。
 「さぁって、誰に飲ませよっかなぁ〜!」
 バッチリコンビニで水も買ってきた事だし―――なんとも用意周到である。


ココロを変えるクスリ 【 知らない彼女 】


◇■◇


 「ねぇ、そこの貴方☆ちょっと冒険してみない?」
 「・・・あ?」
 声をかけられて振り向いた先、可憐な少女が満面の笑みで立っていた。
 どこか儚げな雰囲気を纏いながら、ニッコリと・・・悪戯っぽい笑みを浮かべ・・・
 「冒険の旅に、レッツGO!」
 そう叫んで肩を掴むと、口の中に何かを放り入れ―――
 ゴックンと、何かが胃の中へ滑り落ちた。
 「さぁ、これで貴方は変わるわ。良くも悪くも・・・それは、全て天の思し召し。」
 目の前が回る。
 グルグルと、渦を描きながら・・・心臓がギュっと掴まれた様に痛くなり、思わず胸を押さえた。
 痛い・・・痛い・・・けれどコレは、痛いと言うよりも

  キュンと、胸が締め付けられるような・・・

 「あーでも、天の思し召しじゃなくて、私の思し召しかな?なにせ、相手を選ぶのは私なんだから。」
 少女の言ったそんな台詞は、暗い闇と共に掻き消えて行った―――。


◆□◆


 「・・・すか・・・?だい・・・すか・・・?」
 パチリと、始竜 帝都は目を開けた。
 その瞬間に飛び込んできたのは、限りなく澄んだ空と、少女の顔。
 可憐な少女が心配そうに帝都の顔を覗き込み、大丈夫ですか?と必死に声をかける。
 「ここは・・・」
 「先ほどそこの通りで、急に倒れられたんですよ?貧血でしょうか・・・私と、たまたまその場に居合わせた男性でここまで運んで・・・」
 少女はそう言うと、公園の向こうに見える大通りを指差した。
 それなりに交通量のあるそこは、見慣れた通りで――― 帝都ははっと顔を上げると公園の中央に設置されている時計を見上げた。
 約束の時間まで、あと10分ほど・・・
 「っと、ヤッベー、遅れる・・・とりあえず、さんきゅな。」
 「いえ、大した事は出来ませんで・・・」
 「や・・・運ぶの、大変だったろ?」
 見れば少女はかなり華奢で、それゆえどこか儚い雰囲気を含んでいた。
 「私じゃなく、男性が運んでくださって。お急ぎのようでしたから、私が付き添わせていただきまして。」
 ふわり、軽やかに微笑む少女を見詰めながら、今時こんなにも親切なヤツがいるのかと、思わず感心してしまう。
 少女は外見年齢13歳ほどで、まだ幼さを残した顔立ちは丹精だ。
 「俺は・・・始竜 帝都っつーんだ。」
 「私は紅咲 閏(こうさき・うるう)と申します。あの・・・帝都さん、先ほど“遅れる”と言っていましたが・・・」
 何かこれからご予定があるのではないですか?と閏が言った。
 「っと、そうだった・・・その前に、なんか礼をしなくちゃな。」
 「そんな・・・私は何もしてませんから。」
 「けど・・・」
 「それでしたら、今度うちに遊びに来てくださいませんか?私以外にも、人が住んでいるのですが・・・夢幻館と言うところなんです。」
 聞きなれない館の名前に、帝都は眉根を寄せた。
 “館”と言うからには、良いところのお嬢様なのだろうか・・・?
 閏は肩から斜めにかけていたポシェットから、メモ帳を1枚千切るとそこにさらさらと何かを書き付けて帝都に手渡した。
 そこには見慣れない住所が書かれていた。確かにこの近所のはずなのに、何故だろう・・・見覚えのない住所だった。
 勿論帝都はここら辺の地理を全て理解したわけではないのだけれども・・・こんな住所、あっただろうか?
 とは言え、この親切な少女がここに住んでいると言うのならば、この住所は存在するのだろう。
 「お茶くらいしかお出しできませんけれど・・・」
 「いや。まぁ、今度邪魔するな。」
 帝都はそう言って、閏に小さく礼を言うと公園を後にした。
 閏はその姿が見えなくなるまで手を振って―――
 「お礼なんて、良いんですよ。私はデータが欲しいだけですから・・・」
 ニヤリと微笑む閏を見たものは誰も居なかった―――。


□◆□


 「と、マジヤッベー。」
 腕に巻きつくゴツイな時計を見詰めながら、帝都は走っていた。
 今日は彼女である“月見里 千里”(やまなし・ちさと)との水族館デートの日だ。
 待ち合わせの時間からは既に3分が経過しており、帝都は舌打ちを1つした。
 歩道橋を渡り、待ち合わせ場所である水族館のゲート前に着いた。
 キョロキョロと辺りを見渡し・・・どうやらまだ来ていなかったようだ・・・
 チケットを手早く買い、待ち合わせの場所に戻ってきた時、千里の少し焦ったような声が聞こえてきた。
 「ごめんねぇ、ちょっと、アクシデントがあって・・・」
 「や、俺も今来たトコ。」
 帝都はそう言うと、ここに来るまでに起こった出来事を千里に話して聞かせた。
 すると、千里も自分と良く似た状況に今さっきまで陥っていたのだと話し―――思わず驚いてしまう。
 「運命ってヤツかなぁ?」
 「・・・倒れる時まで一緒なら、死ぬ時なんて確実に一緒じゃねぇか。」
 「んー・・・それも良いんじゃない?」
 にっこりと微笑む千里に、複雑な顔を向ける。
 「とりあえず、チケットは買っといた。」
 「ホントー!?有難う!えぇっと、お金・・・」
 「いらねぇよ。またワザワザ財布出すの、面倒だ。」
 プイっとそっぽを向きながらそう言った帝都の腕に、千里がそっと自分の腕を絡めた。
 ピタリと身体をつけ、それじゃぁ行こっかと小さく囁く。
 まだ早朝の水族館は人がまばらで、閑散としたホールは少し寂しいくらいだった。
 美人のお姉さんが愛想笑いを浮かべながらチケットを確認し、館内の見取り図を手渡しながら「楽しんで来てくださいね」と囁いて、丁寧に頭を下げた。
 淡い緑色の帽子が頭の上に上品に乗っているのが印象的で、その姿はバスガイドさんを連想させた。
 「ねぇねぇ帝都、ペンギンいるかなぁ?」
 「さぁな。いるんじゃねぇ?」
 なんだ、ペンギンが好きなのか?と訊くと、千里はイルカが好きだと答えた。
 あまりにも突飛な答えに、思わず笑い出し―――
 「じゃぁ、最初から“イルカ”がいるかどうか訊けよ。」
 「だぁってぇ。“イルカいるかな?”じゃぁ、ぜぇったい帝都『ギャグか?つっまんねー』って言うでしょ?」
 「あぁ。言うな、絶対。」
 あっさりと認めると、千里がプーっと頬を膨らませた。
 薄暗い廊下を抜け、着いた先は広場だった。
 巨大な水槽の中では大きな魚が優雅に泳ぎまわり、青いライトに照らされて、なんとも幻想的な空間を醸し出している。
 「すっごーい!キレー・・・」
 「マグロか?」
 「マグロなのこれ?あ・・・見て見て帝都!ほら、あの赤いの・・・綺麗じゃない?」
 「なんだありゃ。草?」
 「海草かなぁ・・・?珊瑚ともまた違った感じだし。」
 「つーか、随分とデケェ水槽だなぁ。」
 天井まで伸びるガラス越し、大小様々な魚が自由に泳ぎまわっている。
 勿論、それが“本当”に自由と言うのかどうかは帝都には解らなかったけれど・・・・・。
 しかし・・・こうして見ている分には、魚達は本当に気持ち良さそうに泳いでいた。
 「ずーっと泳いでるけど、魚って眠ったりしないのかなぁ。」
 「さぁな。でも、マグロは泳いでないと死ぬって言うしな。」
 「え!?そうなのっ!?」
 千里が目を丸くしながら、目の前のガラス越しに泳ぐマグロを見詰める。
 泳いでいないと死んでしまうと言う事は、止る時は死ぬ時―――それが、どこか自分とリンクして・・・。
 そう、思ってみれば誰だって同じ事・・・
 時は止る事はない。
 時が止る時、ソレは即ち・・・死ぬ時・・・。
 いつも隣り合わせに存在する死を、恐れた事なんてないけれども。
 「次、行くぞ。」
 考え込む千里の腕を引っ張るようにして、歩き始めた。
 千里を半ば引きずられるようにしてマグロの水槽の前を後にする。一度だけ千里がマグロの水槽を振り返った後で、帝都の腕にしがみ付いた。
 その温度を感じながらそっと瞳を閉じ―――
 “時が止まった時は、死ぬ時”
 その言葉がどうしても頭から離れなかった―――


■◇■


 水族館の中に入っている、小さな喫茶店で2人は昼食をとった。
 帝都はサンドイッチと珈琲を注文し、千里はサンドイッチと紅茶を注文した。
 売り場のお姉さんが「カップルさんですか?」と可愛らしい笑顔で訊いてきたので、千里が少し照れながら頷くと、カップルさんには特別にと言ってイルカのピンバッチを2つくれた。
 1つは青のイルカで、1つはピンク色のイルカ。
 ピンバッチなんかどうすんだよと言う帝都が言うと、いならいならあたしが2つ貰うよっ!と千里が言った。
 苦笑しながら青のイルカのピンバッチを1つつまみ、ズボンのポケットにねじ込んである2つ折りの財布を取り出すと、その中に入れ―――
 「おそろいだね。」
 「つけないけどな。」
 「えー!つっまんないのぉ・・・」
 そんな2人の会話をほほえましそうに聞いていたお姉さんが、注文した品の乗ったトレーを2人に手渡し、ごゆっくりと声をかけた。
 まばらな喫茶店の中、日当たりの良い窓際に座る。
 外の景色はどこまでも澄んでおり、時折窓の直ぐ傍を小さな鳥が右から左に飛んで行った。
 「ねぇ帝都、さっきのペンギン可愛かったよねっ!」
 「あぁ・・・お前が騒いでたやつか?」
 「騒いでたって言うか・・・だって、可愛かったじゃない。子供のペンギンが、お母さんペンギンの後に続いてヨタヨタ歩いてて・・・」
 「そうか?」
 素っ気無くそう言うと、千里が少々頬を膨らませながら目の前に置かれたサンドイッチを手に取ると一口だけ齧った。
 それにならい、帝都もサンドイッチを掴み・・・
 ・・・水族館に入っている小さめの喫茶店だしと、あまり期待をしていなかったのだが・・・以外にも美味しい。
 チラリと見たそこ、どうやら千里も同じだったようで、右手にサンドイッチを持ちながら驚いたような顔でこちらを見詰めていた。
 「美味しいねっ!」
 「あぁ。もっと・・・普通の味かと思っていたんだが・・・」
 珈琲も美味しく、千里の顔を見る限りでは紅茶の方もそれなりの味らしい。
 「でもさ、水族館に入ってるのが喫茶店でよかったよね。」
 「なんでだ?」
 「だってさ、日本料亭とかだと・・・」
 そう言って悪戯っぽく微笑んだ千里に、苦々しい表情を返す。
 その言葉の先は、言われなくても解っていた。
 「確かに、気分は悪いな。」
 でっしょ〜?と、少々誇らしげに千里は言うと、ふわりと小さく微笑んだ。
 その笑みが、可愛らしくて・・・しかし、帝都はこの状況に違和感を感じていた。
 目の前に座る千里は以前と変わらない。
 けれど―――そう、何かが違う気がするのだ。
 なんだろう・・・?
 考え込む帝都の目の前で、千里が不思議な顔をして固まっている。
 「どうした?」
 そう声をかけると、千里が顔をあげ―――
 「あ、ううん、なんでもない。」
 と答えた。
 そうかと言ったきり、帝都はカップを手に取り視線を窓の外へと向け・・・。
 ――― 帝都の中で、確実に何かが変わって行こうとしていた・・・。


◇■◇


 水族館の中を一通り見て回った帝都と千里は、最後に水族館の入り口にある土産物屋をのぞいた。
 イルカのぬいぐるみや、ペンギンのぬいぐるみが所狭しと飾られており、中にはイソギンチャクの腰掛なんて、ちょっと変わった物もあったりして・・・・・。
 「ねーねー帝都、おそろいのストラップ買わない?」
 「ストラップぅ?なんの?」
 「んー・・・ペンギン?」
 「そんなにペンギンが好きか?」
 「だぁって、イルカはピンバッチで貰ったし・・・」
 「サメにしろよ、サメ。ほら、サメの歯の入ったストラップがあるぞ?」
 そう言って真っ白な牙の入った小さなストラップを千里の目の前にかざす。
 シンプルなソレは、可愛らしさとは遠くかけ離れたものであり―――
 「可愛くないよぉ・・・」
 「俺に可愛さを求めてどうする。」
 「確かにそうだけどぉ・・・ま、いっか。今度おそろいの何か買おうね〜?」
 千里はそう言うと、帝都から離れてぬいぐるみ売り場に行ってしまった。
 その背を見詰めながら、帝都はこっそりとペンギンのストラップを2つ、レジに持って行った。
 すると向こうから、千里がぬいぐるみを持ってやって来た。
 そんなものを買うのかと溜息をつき―――まぁ、千里らしいなと呟いた。
 にこにこと無邪気な微笑を浮かべる千里を見詰める。
 千里がお釣りと品物を貰うのを確認した後に、2人は水族館を後にした。
 既に日は傾いており、オレンジ色に染まる空はどこか懐かしく、地平で滲む夕日は朧気だった。


 今日は楽しかったね〜と、千里が腕を絡め、そうだなと言いながら千里に歩調を合わせるようにして歩く。
 帝都よりも幾分小さい千里の歩調は、帝都からすればかなり遅いもので―――
 これからもずっとこうして2人で腕を組んで、歩調を合わせて・・・

    パチン

 何かが弾けたような音が響き、帝都の胸を締め付けていたモノがすぅっと消えて行く。
 「・・・あ・・・?」
 見下ろしたそこ、見慣れない顔―――違う、先ほどまで一緒に居た・・・
 月見里 千里・・・今日、会った人。
 けれど、先ほどまで帝都の彼女で―――
 記憶がドっと押し寄せてくる。
 無理矢理薬を飲まされた事も、公園での出来事も・・・・・・・。
 「あの、紅咲 閏とか言う女・・・」
 帝都は低くそう呟いた。
 全ての出来事が、カチリと音を立てて合わさる。
 ふざけた事をしてくれたものだ・・・一瞬呆然となった頭が、直ぐに感情的に動き始める。
 勿論、そんな事は表には出さないけれども・・・。
 「大丈夫?」
 不意に千里が声をかけてきた。
 「あの・・・なんだか、ごめんなさい・・・あたし・・・」
 「いや、俺は大丈夫だ。それより、お前は平気か?」
 そう訊くと、千里は小さく頷いた。
 もし必要ならば今の記憶をなくさせる事も出来るがとの申し出に、帝都は軽く首を振った。
 再びあの少女に出会った時に、覚えていられるように―――
 「お前も、この事は直ぐに忘れた方が良い。」
 俺もなるべく忘れるようにするからと言って、千里の頭を柔らかく撫ぜると腕時計を見詰めた。
 仕事の予定が入っていたのに・・・これは怒られるな。そう思うと、帝都は思い切り顔をしかめた。
 そして直ぐに気を取り直し千里に、これから予定があるから急がなくてはならないのだがお前は一人で大丈夫か?と声をかけた。
 心配は要らない。本当に大丈夫だから、行って下さい。と、元気な笑顔を浮かべながら千里が言い・・・
 「あ、そうだ。コレ・・・要らねーんなら捨てちまって構わねーから。」
 はっと思い出したようにそう言うと、ポケットからペンギンのストラップを取り出して千里に手渡した。
 2つそろいで買ってしまったと話すと、どうせなら片方は持っていて下さいと千里が言った。
 お金を払うかと申し出をあっさりと断り、帝都は千里と別れた。
 じっと背に注がれる視線が何だか痛くて・・・きっと、千里には何かあるのだろうと思った。
 何か触れられたくない過去でも―――
 ふっと、帝都は小さく微笑むと髪をかきあげた。
 触れられたくない過去の1つや2つ、誰にでもあるものだ。
 それをわざわざ詮索するのは・・・・・・・・・・
 「最悪だな。」
 ふわりと心に浮かぶ、少年の顔を・・・かき消した―――――



          ≪END≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  0165/月見里 千里/女性/16歳/女子高校生


  5205/始竜 帝都/男性/17歳/高校生&陰陽師

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『ココロを変えるクスリ』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、初めましてのご参加まことに有難う御座います。
 全体を通してゆったりとした雰囲気になるように執筆してみましたが、如何でしたでしょうか?
 カップルらしい雰囲気が出ていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。