■応接室にて■
川岸満里亜 |
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】 |
「いらっしゃいませ。お嬢様は、ただ今外出しております」
応接室に通される。
6畳ほどの小さな部屋には、美しい風景画が飾られている。
「こちらで少々お待ちください」
勧められるまま、ソファーに腰掛ける。
スーツの似合う紳士的な青年だ。
この青年が人間ではないなどと、誰が信じられるだろうか。
言葉も、行動も滑らかで表情もある。
さて、彼女が帰宅するまで、この青年に何かを聞いてみようか。
それとも、別の誰かを呼んでもらおうか――。
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『応接室にて〜近況〜』
「いや、あんたの主の水香じゃなくて、水菜のことが気になってきたんだ。少し、話を聞かせてくれるか?」
阿佐人・悠輔が呉家を訪れたのは、以前街で出会った水菜という少女型ゴーレムを気にかけてであった。
何も知らず街中で呆然としていたあの少女は、今どうしているのだろう。
「畏まりました」
そう言って、悠輔の向かいに腰掛けたのは、時雨であった。
言葉も物腰も滑らかなこの青年もまた、ゴーレムだというのだ。俄かには信じ難いのだが、水菜と触れ合った悠輔には信じられた。
「水菜は今、チョコレート作りをしております」
時雨が水菜について、語り始める。
水菜は教えられたことを忠実に守っているようだ。
ただ、常識が通じないため、苑香はとても苦労しているらしい。
「チョコレート? お菓子作りより、先に覚えることがあるんじゃないか?」
「ええ、そうなのですが、バレンタインデーが近付いていますので。毎年、水香お嬢様は、得意様にチョコレートをお配りになるのです。手作りチョコレートが大量に必要になる為、人手が足りず水菜にも手伝わさせております」
決して時雨は水香の悪口は言わないが、話を聞く限り、水香は苑香や水菜を奴隷のようにこき使っているように思えなくもない。水香自身は全くチョコレート作りには関与していないというのだから。
この家の家族構成は父、母、水香、苑香の4人家族だということだ。学者の父は殆ど家にはおらず、世界各地を飛び回っているらしい。看護婦の母も毎晩帰りが遅く、幼い頃から水香と苑香は二人で夜を過ごしていたということだ。
水香がゴーレムの製造に興味を持ったのは、そういう寂しい幼少時代を送っていたことも原因なのだろう。
とはいえ、水香は時雨を可愛がりはするものの、水菜の教育の方は苑香に任せっぱなしなのだが。
苑香は水菜を買い物に頻繁に連れ出しているらしい。苑香も注意しているため、あれ以来迷子になることはないようだ。
「水菜は苑香お嬢様の手を握るそうですよ」
悠輔が手を引いたときのように、苑香の手を握っているのだろう。
「自我はまださほどないのですが、スーパーに買い物に行くと、決まって欲しがるものがあるそうです」
それは、バンズ、レタス、魚のフライだということ。
食べ物を作るのに、必要だからと熱心に訴えるらしい。
バンズとはハンバーガーに使われるパンだ。
悠輔が水菜にあげたハンバーガーが、水菜の中では始めての食べ物として強く印象に残っているらしい。
「確か、あれはフィッシュバーガーだったからな」
悠輔は、他にもコロッケやハンバーグを挟んでも美味しいと、水菜に伝えてくれるよう時雨に頼んだ。
「阿佐人様は、近頃何をされているのですか?」
一通り、水菜の近況を話すと、時雨は悠輔に訊ねたのだった。
「何を……って、普通に高校に通ってるだけさ」
学校でのことを、時雨に話して聞かせる。
時雨自身も学校には行ったことがないのだろう。興味深げに聞いていた。
悠輔は勉学に励む他、様々な怪奇現象に関わっているのだがそれは一応伏せておく。
「実は、水菜が阿佐人様のことを、たまに口にするのです」
悠輔さんは、何をしているのか。
誰と生きているのか。
お家はどこなのか。
……そのような問いだということだ。
苑香が悠輔は高校生だと話すと、高校生とは何だと問い、高校について話すと、自分こそ学ばなければならないことが沢山あるので、自分も行くと言い出し苑香を困らせているという。
「本人も、今はまだ、何がわからないのかわからないといった状況ですので。つまりは、阿佐人様にお会いしたいという意思表示なのだと思います」
コンコン
応接室のドアがノックされた。
どうぞ、と時雨が声をかけながら、悠輔に微笑んだ。
「メイドを通じて水菜にも伝わっていると思います。今、阿佐人様が、こちらにいらっしゃることが」
「失礼します」
入ってきたのは、白いメイド服に身を包んだ、小柄な少女だった。
金色の髪の毛は肩に届きそうな長さだ。以前より、少し伸びた。
緑の瞳は、悠輔を見つめている。
少女は、白い腕に盆を抱えて、部屋に入ってくる。
「いらっしゃいませ」
少女……水菜は会釈をして屈み、悠輔の前にカップを置いた。少し震えているのは慣れていないせいだろう。
続いて、時雨の前にもカップを置く。
立ち上がって、お辞儀をして……。そのまま、じっと悠輔を見た。
「久しぶり、元気だったか?」
声をかけたのは、悠輔の方だった。
こくりと、水菜は頷いた。
だけれど、何も言わずに、悠輔をじっと見つめているだけだった。
「水菜?」
悠輔は不思議そうに水菜の名前を呼んだ。
そんな水菜に、時雨が小さく笑う。
「先日、お客様への対応を厳しく教えられたばかりですから。忠実に守っているのです。教えられた作法を。けれども、阿佐人さんと話がしたくて、どうにも動けないようです」
今度は悠輔が小さく笑って、水菜の手を引っ張った。
「俺はこの家のお客様だけれど、水菜のお客様でもあるんだ。だから、水菜もここにいていいんだよ?」
優しく紡がれた悠輔の言葉に、水菜はちらりと時雨を見る。
時雨は大きく頷いた。
すると。
「はいっ!」
水菜は大きな声をあげて……花のように、微笑んだ。
赤子の成長は早いものだけれど、この少女の成長にも驚かされる。
以前はこんな風には笑わなかった。
「始めてです。……水菜がこんなに感情を表したのは」
少し、驚いたように時雨が言った。
時雨は立ち上がり、変わりに水菜が悠輔の向かいに座った。
「私が入れたんです、そのお茶」
それは、お茶ではなかった。
甘い香りがする。
悠輔は一口、口に含んだ。
ココア……だろうか。とても甘い。
「私、今チョコレート作りを手伝っているんです。溶かしたチョコレートに牛乳を混ぜて作ったんです。苑香さんに習いました」
どうやら、ホットチョコレートのようだ。
じっと水菜は悠輔を見ている。反応を待ているのだろう。
それは、良いことをした幼子が、褒めてくれるのを待っているような顔であった。
悠輔は優しい瞳で、水菜の緑の眼と視線を合わせた。
……さて、何と答えようか。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5973 / 阿佐人・悠輔 / 男性 / 17歳 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、川岸満里亜です。
水菜にとって少し早いバレンタインになりました。^^
発注ありがとうございます!
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