■合わせ鏡の迷宮楼■
蒼木裕 |
【1522】【門屋・将太郎】【臨床心理士】 |
『こんにちは、初めまして。さて、君はどうして此処にいるのかな?』
『こんにちは、初めましてだな。で、お前はどうして此処にいるんだ?』
それが彼らからの最初の一言だった。
夢の中で貴方は何を思うのか。
目を閉じて暗闇の中に身を投じて、息を吐き、瞼を開くでしょう。
心の中で何かが生じた時、貴方はこの世界でまた生まれる。
漂っているばかりの人、歩くだけの人、夢の中でも惰眠を貪る人。
そして、迷ってしまった貴方がこの世界で出逢うのは……。
―――― さあ、今日も貴方は夢を見る。
この空間の住人は面立ちそっくりの少年二人。彼らを分けているのは口調と髪の分け目、そしてまるで合わせ鏡のような黒と蒼のヘテロクロミア。
彼らは兄弟でしょうか。
それとも双子でしょうか?
いいえ、そうではない。彼らの関係を決めるのは貴方のお心次第。彼らが映し出されるのは貴方の心の鏡、そのものだと言っても良いのです。
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+ 合わせ鏡の迷宮楼2 +
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夢の中の希望。
逢いたいと言う気持ち。
飛んでいけ。
貴方が此処に来るくらいなら。
「何でいるんですか」
「何でいるんだよ」
二人の最初の言葉が此れ。
正直歓迎されるとは思ってなんかいやしなかったけれど、あからさまに拒否の感情を向けられると俺だって落ち込みたくなる。彼ら二人は俺の正面に立ちながらはぁ……と息を吐き出す。それから同時に相方の方を見遣り、肩を竦めた。
俺は門屋将太郎、二十八歳の成人男性。
まだまだ業界じゃ若造の臨床心理士。だけど、個人で心理診療所……まあ、砕いて言えば心の相談室つーもんをやってる。今じゃそれなりに患者――クライエントには信頼されていると思う。でもまあ、医者と言ってもやっぱり人間ではあるわけで、色々悩み事も多いわけ。
先日、診療所への来客数が少ないことでこれから先の経営方針を迷っていたら俺はある『夢』を見た。同じ顔の子供二人が出てきて俺の迷っている事をぶっ飛ばしてくれる夢だ。でも、俺としてはそれがあまりにもリアルすぎてどうしても『夢』に思えない。自身の中にそんな夢想的なものがあったとも思えないし、何より彼らのようなファクターは身近にはない。
其処で導き出したことは一つ。
―――― あれは現実であったことじゃないのか?
引っ掛かり始めると人間ってのは結構思い悩むものだ。
それが他者からしたら大したことじゃなくて、むしろ軽視されるような事だとしても……だ。だから俺はどうすれば良いのか考え始めた。本当にあれが都合の良い夢ならば俺の望むがままに夜見ているだろう。大体夢なんて念じ続けていれば都合の良いものが見れることが多い。
事実、あいつらが出てくる夢ならば幾つも見た。だけど一つも以前のような感覚は沸き起こらない。どうしても自分にとって都合の良過ぎるものばかりだった。
だが、そろそろあれは夢だったと諦めようとしていた折……再びこの状態に入った。
そして以前と全く同じように身体に纏わり付く気配によって、俺はやっとこの場所が夢じゃないと気付いたんだ。
「よう、こないだは世話になったな」
手を持ち上げて挨拶をする。にっこりと俺的満面の笑顔を浮かべて言ってやれば、彼らはまたしてもため息を零した。
「世話なんてしてませんよ」
「世話なんてしてねえよ」
「「よってお礼の言葉は結構」」
相変わらずお揃いの言葉を吐き出す彼らに笑みが浮かぶ。
俺は寄りそうに目の前に立つ彼らの言葉に気分を害することはなく、足を一歩進める。じぃっと見上げてくる瞳の色は相変わらず黒と蒼の瞳。しかも鏡合わせの様に二人の瞳の埋め込み方は逆だった。
「あ、ちなみに今回は俺が何でここに迷い込んだかはお前等が良く知っているだろうから何も言わんぞ」
「質問の前に返答ですか」
「質問の前に答えんのかよ」
「はっはっは、だってお前ら俺のことなんでも分かってくれんだろ?」
ズボンポケットの中に乱暴に両手を突っ込んで肩を竦める。
突き放した物言いは彼らの特徴だと言うのは前回分かった。だからこそ俺も気になどしない。彼らは繋いでいた手をゆっくりと解く。それから片手ずつ俺の方に差し出してきた。
幼い手の平は俺の一回りは小さい。けれどしっかりとした印象を受けるのは何故だろうか。
「貴方は迷っている」
「下らないことでね」
「貴方は下らないことを思っている」
「俺達にとってもお前にとっても」
「「それでもようこその言葉くらいは掛けてあげるよ、<迷い人>」」
ぷっと思わず噴出す。
素直に両の手を差し出して出されていた手を軽く握る。挨拶の意味を含めた握手だ。彼らからも軽く握られ、上下に揺らされる。体温が伝わってきて、それが自分よりも温かいものだと言う事に気が付く。子供体温なんだな、と心の中で笑った。
仄かに湧く空間の風。
なぜるように俺たちの間を吹き抜け、何処かに消える。
その時、少年達が僅かに微笑んだ気がした。
「俺は」
握った手をそっと解く。
「お前らに逢えて正直嬉しいよ」
心から本心を伝えた。
「そう」
「あっそ」
「お前らだって俺に逢えて嬉しくねえか? あー……それとも、鬱陶しいか?」
「別に何も思ってません」
「別に何も思ってねえよ」
「そーそー、その物言いだよ。初めて会った時は『ガキのくせしてキツイこと言うな』と思っていたが、それは俺のことを思ってのことだったんだよな」
けらけらと笑う。
だが、二人は顔を左右に振った。ん? と見つめていると彼らは口を開く。其処から落ちてきたのは、否定だった。
「僕達は鏡」
「俺達は境」
「僕達は狂」
「俺達は叫」
「「だからこそ、迷い人の心を反射して作られる虚像でしかない」」
寂しそうに目を伏せる。
対して俺はぐっと息を飲んだ。解かれていた手を彼らは再び絡み合わせて繋がる。力強く握り合わされたそれは不安の塊のせいか、それとも他に何かあるのか。俺は膝を片方折り、相手より身長を低くする。
今度は自分が彼らを見上げる番。きょとんっと見下げられた瞳に写りこんだ自身の姿を見遣りながら俺もまた言葉を吐いた。
「俺は前回お前らに心を軽くして貰った。お陰で診療所の方も何とかやってる。お前らに初心を思い出させて貰えて、自分が何をしたいのか、何をしていけば良いのか気付くことが出来た。だからすっげー有り難いと思っているんだ」
垂れ下がった二人の拳にそっと手を伸ばす。
びくっと一瞬怯えたように引かれる。だが、それを追いかけて手の平を覆い被せてやると、動きは止まった。
「今度は俺がお前等の迷いを聞く番だ。お前等にはそういう悩みや迷いは無いのか?」
触れた部分から動揺らしき振動が感じられた。
だが言葉としての返答はなく、ただただ彼らは首を振る。その行動一つにしても彼らは本当に鏡のように反している。動きは全く同じなのに境界線を引いた部分からは全く逆。髪の毛がさらさらと音を立てていた。
俺は膝の上に手を置いて勢い良く立ち上がる。
再度高くなった視線で上の方を見遣れば何もない空間が広がるばかり。
「……どうやら、お前等は俺に心を開いてくれないようだな」
苦笑が零れる。
くっと持ち上げた指先を額の上に当てた。悔しさの感情が心を支配するが其れは自分勝手なものだ。瞼を下ろして再度開く。それから少年二人を見つめた。
引っ張られるような感覚が全身に纏わり付いてくる。自分でも其れがなんなのか分かっていたからこそ抵抗なくその場に立つ。
自分と少年二人。
年齢なんて関係なく対等にある自分達。
なあ、この場所は開かれているか?
「俺は諦めない。お前らが俺に心を開いてくれるその日が来るまで、何度でもここに来てやるからな。覚悟しておけよ」
ばちんっとウインクを一つ。
それからびっしぃと宣戦布告の意味を込めて指を突きつける。本当はマナー上は宜しくはないが心意気を伝えるために、だ。
俺は消える。
ゆっくりとこの場所から排出されていく。今回の迷いは『こいつらにどうやったら逢えるか』だった。つまり、逢えたのならばその迷いは消化されたということになるのだろう。
段々と視界が真っ白になっていくのを朧に感じながら目を伏せた。
「僕はカガミ」
「俺はスガタ」
薄くなる視界の中で手を捕まれた。
驚いて目を開けば彼らが背を伸ばすように顔を近づけているのが見える。耳元にそっと吹き込まれたのは『名前』。彼らを示すために必要な其れを俺は知る。
「覚えてて、夢から覚めても」
「覚えろよ、夢から覚めても」
「そして次がまたあると言うなら」
「そして次また来るって言うなら」
「「今度はそっちが名前を教えると約束して」」
とんっと指先で胸を突き放され、後方に倒れ込む。
崩れた身体を安定させようと足を踏ん張るが、地面がなくなったかのように力が込めれなくなった。
黒から白へと変わっていく空間。伸ばした手先は宙を舞うばかり。
そして。
最後に見た子供達の笑みが心の中にとんっと降って来たのをきっかけに俺は目覚めた。
……Fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1522 / 門屋・将太郎 (かどや・しょうたろう) / 男 / 28歳 / 臨床心理士】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、青木裕です。
二度目の発注を真に有難う御座いましたv前回よりもNPCとの仲良くなって頂けましたので、こちらも楽しんで書かせて頂きましたっ。楽しいプレイング、有難う御座います!
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