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■CallingU 「腕・うで」■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 定期的な連絡を、いつものように深夜過ぎの電話ボックスでおこなう。普通の家ならばこんな時刻に電話をすれば激怒されるだろうが、遠逆では違う。
 相手が出るまでの間、その少しの時間、そっと自分の指を掲げて眺めた。
 細くて、冷たい指。
 じっと見つめる顔には感情などなく、まるで能面そのものだ。
 観察するような目で見つめていると、相手が電話に出た。
 自分の名を言い、早速報告する。
「憑物封印は半数を越えました。ええ……順調です」
 喋りながらも、指先をじっと見ていた。
「え?」
 ふいに表情が戻る。驚いたような顔をして苦笑した。
「気になることは…………あるにはあるんですが」
 濁したような言葉を吐き、それから微笑む。
「いいんです。たいしたことではないですし……。あと半分くらいなので終わらせて帰った時にでも。
 え? いやー……なんかこっちでは都市伝説みたいに言われてるんですよね……」
 鈴の音を響かせて出現するという人物の噂は、ひっそりと広まっていた。
CallingU 「腕・うで」



 神崎美桜はぼんやりと読んでいた本を見つめていた。だがそこに書かれている文章は目に入っていない。
 彼女はずっと考えていたのだ。
 遠逆欠月の言っていたことを。
 平均に埋もれるほうが……いいという、彼の言葉を。
 どうしても納得できない。
 上海にいる彼ならどう言うだろう?
 一理ある、と言うだろうか? 言いそうだ。
 だけど。
(声が聞きたい…………)
 挫けそうになる自分が嫌だ。
 もうすぐなのに。彼が帰ってくるまであとちょっとだというのに。
(兄さんは私が強いって言う……)
 なにを根拠にそんなことを言うんだろう?
 瞼を閉じて、テーブルに突っ伏す。
(欠月さんの言ってることは正しい…………安全な方法です)
 実際にそうやって生きている者も少なくないだろう。
 欠月がそうしないのは、異質すぎるからだ。彼は戦うために東京に居る。身を潜める必要はない。
 美桜は嘆息し、窓の外に視線を遣る。
 月がみえた。
(ほら…………私ってこんなに弱い……)
 囁くように心に洩らす。
(一人だと、こんなに弱い)
 夜は特に寂しくなる。
 大きな家に一人きり。
 また嘆息していた時、美桜はハッとして目を見開き、顔をあげた。
「だれ……?」
 なにか声が聞こえる。
 だが弱々しくてうまく聞き取れない。
 必死に助けを求めているような……そんな声だ。
「なにか……あったんでしょうか……」
 不安になってしまい、美桜はイスから腰をあげてコートを羽織った。外はまだかなり寒い。

 外に出て冷たい風に身を震わせた。
「とにかく行かないと……」
 声のするほうへと向けて美桜は夜の道へと踏み出した。



 公園に着いた美桜は、不審そうにしながら探す。
「ここ、ですかね」
 草むらの陰をそっと覗くと、そこに居た。
 九つの尾を持つ子狐だ。
「狐……? でも尻尾が九本……」
 不思議そうにする美桜であった。ここに彼女の兄か恋人がいれば説明してくれるだろうが、ここにはいない。
「えっと……」
 ちょっと困ったようにしていると、狐と目があう。
<おねえさん>
「は、はい?」
<おかあさん、しらない……?>
 その言葉でだいたいのことに察しがついた。
「迷子なんですか……?」
<うん>
「そうですか……」
<ひとのことばがしゃべれないの……だから、だから>
 瞳をうるませる狐は俯く。
 途方に暮れてここに居たのだろう。
 美桜は狐を抱き上げた。
「わかりました。私ではちょっと頼りないかもしれませんけど、一緒に探します」
<おねえさん……>
 微笑む美桜は狐を腕に抱き、歩き出す。
 あちこちを探してみたが、どこにも狐の親の姿はなかった。
(困りました……。どうすれば……)
 普通の動物ではないことはわかっていたが、だからといって美桜にそういった知識はない。
 どこにこんな狐がいるかなど、わかるわけがなかった。
(兄さんに訊いてみようかな……)
 心細くなってしまう美桜は、ふいに何かに気づいて顔をあげる。
 暗い夜道。自動販売機の前に立っている人物がいた。
 彼は首を傾げ、ちょっと思案してボタンを押す。
 その濃紫の制服。間違いない。遠逆欠月だ。
 気まずい気分になった。
 また、前のようなことを言われたらと。
 だが今は狐のことを優先するべきだろう。
 美桜は意を決して欠月に駆け寄る。
「欠月さん!」
「ん〜?」
 缶に口をつけたまま欠月がこちらを振り向いた。
「あ、あの! お願いがあるんですけど!」
「…………」
 美桜と、その腕の中の狐に視線を遣り、彼は目を細める。
 コーヒーをすべて飲み干すと、ゴミ箱に缶を捨てて彼は嘆息した。
「まーたそんなことやってるし…………懲りないねえ、キミも」
「放っておけません!」
「妖怪なんて拾ってどうするの?」
「妖怪……?」
 腕の中の狐を見つめる。狐はきょとんとした瞳で美桜を見返した。
 妖怪でも、関係ない。
 救いを求められているのだから。
「お願いします! この子、親とはぐれたらしいんです! 一緒に探してくださいっ!」
 自分でもこんな大きな声が出たのかと驚いた。
 夜道に声が異様に響き、美桜は顔を赤くする。幸い、不審に思って家の窓からこちらを覗く人はいなかった。
「嫌だって言ったら?」
 意地悪く笑って言う欠月の前で美桜は涙ぐむ。
 どうしてこの人はこうなんだろう。
(確かにこの性格だと、あの人とは気が合いそうにないですけど)
 仲良くして欲しいと奔走していたちょっと前までの自分を思い出す。
 生真面目な美桜の彼氏と、このいかにもな小悪魔の欠月では性格が合わない。
 顔を合わせると喧嘩になりそうだ。美桜はやっとそこまで想像できるようになった。欠月のことを知る機会が増えたからだろう。
 出会った頃に比べて美桜は欠月のことを多く知っている。だからこそだ。
「お願いします……欠月さんしか頼れなくて……」
 唇を噛み締めて言うと、欠月が苦笑した。
「そんな顔しなくてもいいよ。ちょっと意地悪だったね」
「え?」
「いや、ボクを見てちょっと困ってたでしょ。なに? 前に言ったこと気にしてるの?」
 ぎくっとする美桜に彼はくすくす笑ってみせる。
「顔に出てるけど……。うん、まあそれはそれとして、その狐が迷子で? 親がいない?」
「は、はい」
「ふむふむ。ボクとしては妖力の高い妖狐はあんまり助けたくないんだけどね」
「どうしてですか?」
「退治する時に、手強いから」
 さらっと笑顔で言う欠月に、子狐が震えた。どうやら欠月が退魔士であることに恐怖を感じているようだ。
「だ、ダメです! 退治しては!」
 慌てて狐を庇って強く抱きしめる美桜に、欠月はケラケラと声をあげて笑った。
「まあ仕事でもないんだし、退治はしないよ。助けてあげてもいいけど、代価はもらう」
「だ、代価ですか……?」
「うん」
 にこっと微笑む欠月は「ああ」と呟く。
「そういえば前にマフラー貰ったね。よし、あの代価をきちんとボクは払ってなかったな。じゃああのマフラーの代価で手伝ってあげる」
「???」
「気にしないの。それで、親をこんな街中で探してるの?」
「は、はい……」
「人に化けてるのかな……。空気が悪いから山から降りてこないと思うんだけど」
 うーんと悩む欠月に、美桜は狐から聞いたことを話す。
「人の姿になっているそうです。あんまり街が珍しくて、それではぐれてしまったようです」
「じゃあこの子は変化が解けたわけだ。まあ無理もないね」
 さすがに退魔士だけあってか、欠月はとても詳しい。美桜は心強くなった。
「んー……」
 欠月は瞼を閉じて眉根を寄せ、左右にゆらゆらと頭を揺らす。
「ど、どうかしたんですか?」
「……いや、辿ろうかなと思ったんだけど…………今ちょっとさぁ……」
 ぼんやり言う欠月の言葉は美桜にはちんぷんかんぷんだ。ここに美桜の彼氏がいれば説明してくれるだろうが……それは無理な話だろう。
 ぱち、と欠月が瞼を開けた。唐突だったので美桜は彼の紫色の目をつい見てしまう。
 暗い闇色の瞳だ。よく考えれば彼の明るさに反しているような色である。
「まあ大丈夫かな」
「本当ですか?」
「こんなことで嘘なんかつかないよ。報酬は前払いでもらってるんだしね」
 ちゃんと働くよ、と彼はぼやいた。

 美桜は狐を強く抱きしめていた。
(ひゃああ!)
 ぱたぱたと走る美桜の横では、怨霊の腕をひょいひょいと影の刀で斬り払う欠月の姿がある。
 彼は美桜を見て呆れたような目をした。
「ほんとに体力ないんだねえ、美桜さんて。こんなんじゃ四十四代目がちょっと哀れだよ……」
「ほ、放って……お、おいてっ、く、くださ……」
 荒い息を吐き出して、美桜は夜の道を欠月と共に走っている。
 妖気を出したら親が気づいてやって来るんじゃないの? という欠月の提案を受け入れたが最後だった。
 親狐どころか怨霊が大量に寄ってきたのである。
「夜が大変だなあ…………同情しちゃうよ」
「! なっ、なにをっ、い、言うんです、か!」
 顔を真っ赤にする美桜に欠月はきょとんとした。
「あれ。もしかして、経験済みなの?」
「っ!」
 カーっと耳まで赤くなる美桜に彼は「ぶはっ」と吹き出す。
「ああ、そうなんだ。ふふっ、あははは!」
「な、なんで笑うんですかっ!」
 涙目で言う美桜の横の欠月は愉快そうに大声で笑った。
「へー。あいつも男だったわけか」
「まじめに戦ってください!」
「こんな雑魚相手に無理言わないの」
「どうしてあなたはそうなんですかっ……!」
 息がきれる。
 美桜はふらつく足をもつらせた。
「なにしてるの」
 欠月がかろうじて腕を引っ張ってくれたおかげで、なんとか転ばずにすんだ。
 もうだめだ。足が痛い。
(欠月さんに狐さんのことをお願いして……)
 そう思っていた時だ、上空に狐火を撒き散らしながら何かがぬうっと現れた。
 巨大な狐だ。
 狐はかぁ、と口を開けると怨霊を全て焼き払う!
 凄まじい火炎だ。
「ありゃー、でかいね」
 呑気に言う欠月に脱力しつつ、美桜はその場に座り込む。もう立っているのも辛かった。
<おかあさん!>
 子狐がはしゃいだ。
 親狐は美桜のそばに着地すると、どろんと煙をたてて人間の女性に化けた。これがまた若い。
 ミニスカートの若々しい女はどう見ても水商売をしているような服装だ。
 女はばっと頭をさげる。
「うちの息子を守ってくださってありがとうございます!」
「い、いえ……」
 美桜は微笑みながら子狐を女に手渡した。途端に女は息子の頭にゲンコツを振り下ろす。
「もう! だからあれだけ気をつけなって言ったでしょ!」
<ごめんなさ〜い!>
 痛みと嬉しさで泣き出す子狐の様子に、美桜はほっと安堵の息を洩らしたのだった。



「欠月さん……私思うんです。確かに私の力は、普通の人から見ればとても異質です。
 でも……この能力にだって意味はあるって、思うんです。…………欠月さんの言うように、普通の人に合わせて生きるのってとっても楽だと思います。
 ……自分を偽るのは辛いです……私。だから……普通じゃなくても、いいって……思うんです」
 美桜を背負って歩く欠月は無言だ。
 疲労して動けない美桜を家まで送り届けてくれるそうである。
 欠月は「そう」と呟いた。
「楽な方法を教えてあげたのに」
「でもそれは……『私』じゃないです」
 自分が自分であるために。
 欠月は無言になった。そして小さく呟く。
「在るがままに………………か」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 少しずつですが着実に親密度はあがっています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!