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■CallingU 「腕・うで」■

ともやいずみ
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】
 定期的な連絡を、いつものように深夜過ぎの電話ボックスでおこなう。普通の家ならばこんな時刻に電話をすれば激怒されるだろうが、遠逆では違う。
 相手が出るまでの間、その少しの時間、そっと自分の指を掲げて眺めた。
 細くて、冷たい指。
 じっと見つめる顔には感情などなく、まるで能面そのものだ。
 観察するような目で見つめていると、相手が電話に出た。
 自分の名を言い、早速報告する。
「憑物封印は半数を越えました。ええ……順調です」
 喋りながらも、指先をじっと見ていた。
「え?」
 ふいに表情が戻る。驚いたような顔をして苦笑した。
「気になることは…………あるにはあるんですが」
 濁したような言葉を吐き、それから微笑む。
「いいんです。たいしたことではないですし……。あと半分くらいなので終わらせて帰った時にでも。
 え? いやー……なんかこっちでは都市伝説みたいに言われてるんですよね……」
 鈴の音を響かせて出現するという人物の噂は、ひっそりと広まっていた。
CallingU 「腕・うで」



 近頃耳にする、鈴の音と共に現れる人物の噂――。
(…………それって、欠月のこと、だよな…………)
 ぼんやり思う。
「そういうのって、迷惑なんだよねー」
 肩をすくめて鼻で「ハッ」と笑う欠月を想像できた。
 目立たないように細心の注意を払って動いてると……羽角悠宇は思っていたのだが。
(まさかと思うけど、どっか具合が悪いとか……じゃないよな?)
 自分に問い掛けてみても答えが返ってくるわけなかった。
 彼の手の冷たさを思い出して、悠宇は暗い気持ちになる。
(なんか変な病気とか……じゃないよな)
 …………あんなに性格の悪い欠月のことなのに、悠宇は心配していた。
 空を見上げる。
 こんな月が静かに浮かぶ夜には、欠月が現れるのではないかと――――期待して。



「かったりー……さっさと帰るか……」
 欠月について色々考えていたら結局頭の中がグチャグチャになってしまった。
 そもそも欠月本人に訊いてもいないのに、自分が悩んでも仕方ないことだ。
 すたすたと歩く悠宇は公園の横を通る。
 夜になると公園というのは静かで不気味だ。昼間はあれほど子供たちの声が響いているというのに。
「変なのがうろうろしてるかもしれないしな……」
 遠目に公園を眺めて、足を止める。
 誰か居た。
(変質者とかじゃないよな……?)
 ホームレスかもしれない。
 酔っ払ったサラリーマンかも。
 だが。
(か、欠月……)
 がーん、とショックを受ける悠宇であった。
 公園の中で突っ立っているのは濃紫の学生服を着た欠月だ。
 砂場の近くに立つ欠月は漆黒の刀を片手に目を閉じている。
(うわ……遠くから見ると危険物持ってる高校生にしか見えない……!)
 木刀に見えないこともない黒い武器。まあ欠月が手を離せば影に戻るのだろうが。
 欠月は瞼を閉じたまま何か呟いている。まるで呪文だ。ここからではよく聞き取れない。
(なんか手伝えるかな、俺に)
 こっそりうかがっていた悠宇はそう思った。
 やっぱり退魔の仕事っていうのは危険だ。自分では足手まといになるかもしれないけど……。
 欠月がうっすらと瞼を開ける。その色違いの瞳。紫の闇の瞳はぼんやりと地面に向けられていた。
 まだ呟いている。
 ひゅう……と、やけに生暖かい風が吹いた。
 それが気持ち悪くて悠宇は背筋に悪寒が走る。
 呟きが終わった。
 公園の暗闇からぬぅ、と何かが現れる。鬼だ。
(で、でけーっ!)
 仰天する悠宇は思わず欠月を見遣る。彼はじっと鬼を見つめていた。怖がっている様子はない。
(そりゃそうか。あいつは退魔士だもんな)
 しかし人間の大男以上の大きさだし、筋肉質の身体だし……。
 あの手の爪。引っかかれたら顔の肉と皮が容易く剥がされてしまう。
 足音を響かせて鬼は欠月に近づいた。欠月は刀を構えない。
(!?)
 なにやってんだあいつ。早く構えろよ。
 近づいてくる鬼は欠月という獲物を見て笑いもしない。ただ餌があるくらいにしか見えていないのだろう。
 油断させるつもりなんだろうか?
(いや、でももう構えないとマズイだろ!?)
 欠月はそれでも無言でじっと鬼を見ていた。動きはしない。
 これはいくらなんでも……!
 焦った悠宇は咄嗟に背中から石の翼を出現させて飛び出す。
 低空飛行をしながら欠月を横からさらった。今まさに、鬼の爪が振り下ろされる直前で。
 どかっ!
 と、鬼の爪が地面を抉る。その衝撃で悠宇の髪がなびいた。
「っぶね……」
 冷汗が出る。
 欠月は悠宇を見て不思議そうにしていた。
「羽角くん……なにしてるの?」
「おいおいおい! それが助けてやった恩人に対する言葉かよっ!?」
「…………ふーん」
 ふーん、て。それだけ?
 内心そう思う悠宇であった。
 悠宇は着地して欠月を降ろす。
「ほらな。一人じゃやっぱり危ないだろ!」
「…………」
「な、なんとか言えよ」
 怖いから、と心の中で付け加える。
 欠月はじっと悠宇を見ていたが、やがて鼻でフンと息をするとニヤ、と笑った。
 その様子に思わず身構えてしまう悠宇だったが、欠月は何も言わずに鬼のほうを振り向く。
 距離が開いている。
「この距離なら…………うん、いけるかな」
「?」
 悠宇は欠月の呟きの意味がわからない。
 刀を構える欠月。
「助けられなくても大丈夫だってこと、証明してあげるよ」
 欠月は悠宇に背中を向けてそう言った。
 その姿が一瞬で掻き消える。
 いや、鬼の前まで一気に詰め寄ったのだ。なんという速度だ。
「――――散れ」
 短く言い放った欠月の刀は鬼の視界に映りはしなかった。



 バラバラにした鬼は、欠月が取り出した巻物を広げた途端に消えてしまう。
「はい終了」
 欠月は巻物を閉じるとそのままぽいっと無造作に投げた。巻物が空中に吸い込まれて消える。
 悠宇は顔を引きつらせていた。
「おまえさぁ……俺が邪魔だって言いたいなら口で言えばいいだろ……」
「邪魔ってわけじゃないけど。お節介してると、巻き込まれて死んじゃうよ?」
「でもさっき、鬼の前でずっと突っ立ってたじゃないか!」
「まあケガするの覚悟して立ってたからね。多少の傷はしょうがないよ」
「……なんでずっと構えなかったんだ?」
 欠月はちら、と悠宇を見た。深い闇の紫色の眼に悠宇はどきりとする。
「……金縛りってのさぁ……あるでしょ」
「! あ、ああ……それでか?」
「そうそう。それそれ」
 軽く言う欠月は手を握ったり開いたりしていた。強力な金縛りだったのだろうか?
(そうだよな……欠月が動けなくなるくらいだし……)
 じゃあやっぱり助けて正解だったじゃないか!
「やっぱり俺が助けてよかったんじゃないかっ。金縛りだったなら、あのままなぶり殺されてたかもしれないだろ!」
「……そこまでマヌケじゃないよ」
 欠月が綺麗な笑顔で言うので悠宇は青ざめた。
(お、怒らせた……?)
 こわい……。
 欠月はいつもの表情に戻ると嘆息した。
「まあでもこれでここにはあの鬼は金輪際出てこないし……依頼も遂げて、憑物封印もできてお得だったかな」
「……つきものふういん?」
 知らない単語だ。
 悠宇は首を傾げる。
 その様子に欠月は「へ?」という顔をした。
「ああ、そっか。知らないんだっけ。憑物封印っていうのはね、ボクが遠逆の家からやれって言われた仕事なんだよ。これをするために東京まで来てたの」
「え? そうだったのか?」
「うん。じゃないと、こんなに長いこと東京に居ないって」
 それを聞いて悠宇は複雑になってしまう。
 錯覚していた。
 欠月はずっとこれからもここに居て、ずっと東京で仕事をしていくって。
 だから手伝えるならと……思っていた。
(そっか……そうだよな)
「憑物封印ってのが終わったら、帰るのか?」
「そりゃそうだよ。ボクは万能ってわけじゃないんだから。苦手な妖魔だっているかもしれないでしょ? まだ知らないだけで。
 それぞれの退魔士のレベルや、退治方法に合う仕事が与えられるんだよ本当は。それで言ったらボクはここ周辺は全部請け負ってるわけだから、すごい重労働になるんだよね」
「…………」
「ああ、言っておくけどキミに手伝って欲しくて『重労働』って言ったんじゃないよ。ものの例えだから。
 やれないこともないし、任された以上はやり抜くって決めてるからね」
「じゃあおまえ、憑物封印ってのしながら普通の仕事もやってたのか?」
「憑物封印っていうのは、言わば人外の存在を巻物に四十四体封じること。
 仕事で戦った妖魔を封じれば、ほら、お仕事もできて憑物封印もできる。お得ってことだよ」
 ああ、なるほど。だからさっき……。
 それでも悠宇は異様なほど自分が落胆しているのに気づいていた。
(……そっか……俺、欠月がいなくなるなんて……考えもしてなかったな……)
「最近ボクのこともなんか変な噂になってるし……。まあべつに構わないんだけどね。だいたい隠れるように動いてないし」
 ぼんやりしていたため、欠月の言葉は悠宇の耳に全く入っていない。
 欠月は首を傾げ、それから悠宇が出現させたままの黒い石の翼に気づき薄く笑う。
「てりゃ」
「ってギャー! なにすんだおまえーっっ!」
 いきなり斬りかかってきた欠月を悠宇が慌てて避ける。
 漆黒の刀を構えた欠月はじりじりと悠宇との距離を詰めようとした。
「いや、珍しいもの持ってるなって思って」
「珍しいって……! 試し斬りしようとすんなよっ!」
「見た感じは硬質っぽいけど……羽角くんてビックリショーに出れるね。うん」
「いやだから! 穏やかに言いながらじりじりと詰めてくんなよっ!」
 本気の欠月相手だときっと避けられない!
「冗談だよ。もー、すぐ本気にするんだから」
 欠月はあっさりと刀を落とした。刀はどろっと溶けて地面の影になる。
「おまえのは冗談か本気かわかんねーからヤなんだよ!」
「でもさあ、その翼、ほんとにどうしたの? なんかに寄生されてるんなら、退治してあげるよ。お金貰うけど」
「バカー! 寄生じゃないっての!」
 真剣な顔で言わないで欲しかった。
 まるで悪い虫に取り憑かれているような口ぶりである。
「これは生まれつきだ!」
「隠さなくていいって……。大丈夫、痛くないよ……?」
「そんな天使みたいなかわいい顔で真剣に言ってもダメだっつーの!」
 慌てて欠月から距離をとる悠宇であった。
 欠月のことだ。なにをされるかわかったものではない。
「それって霊的物質なのかな……オーラとか、エレメントとか……。それとも体内にある硬物質が結晶化してそういうふうに顕現してるのかな……?」
「だから眼が怖いんだよおまえ!」
 しかも欠月がなにを言っているのか悠宇にはさっぱりわからなかった。同じ退魔士がいればわかるだろうが、ここには悠宇しかいないのだ。
「もしかしたら病気かもしれない! そうだよ、きっとそうだ!」
「ぜってー楽しんでるだろっ!」
「ふふふっ。まさかあ」
 あやしいーっ!
 なにその笑顔! とばかりに悠宇が顔を引きつらせた。
「い、意地悪したってダメだからな! おまえのこと、手助けするって俺は決めたんだ!」
「!」
 びっくりしたように欠月が目を見開く。そしてちょっと不愉快そうに顔をしかめた。
 彼はすぐににこっと微笑む。先ほどの表情が嘘のように。
「ああそう。じゃあ間違ってボクが斬っても怒っちゃヤだよ」
「なにさりげなく恐ろしいこと言ってんだーっ!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、羽角様。ライターのともやいずみです。
 着実に欠月との仲は進展しているようですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!