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■CallingU 「腕・うで」■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 定期的な連絡を、いつものように深夜過ぎの電話ボックスでおこなう。普通の家ならばこんな時刻に電話をすれば激怒されるだろうが、遠逆では違う。
 相手が出るまでの間、その少しの時間、そっと自分の指を掲げて眺めた。
 細くて、冷たい指。
 じっと見つめる顔には感情などなく、まるで能面そのものだ。
 観察するような目で見つめていると、相手が電話に出た。
 自分の名を言い、早速報告する。
「憑物封印は半数を越えました。ええ……順調です」
 喋りながらも、指先をじっと見ていた。
「え?」
 ふいに表情が戻る。驚いたような顔をして苦笑した。
「気になることは…………あるにはあるんですが」
 濁したような言葉を吐き、それから微笑む。
「いいんです。たいしたことではないですし……。あと半分くらいなので終わらせて帰った時にでも。
 え? いやー……なんかこっちでは都市伝説みたいに言われてるんですよね……」
 鈴の音を響かせて出現するという人物の噂は、ひっそりと広まっていた。
CallingU 「腕・うで」



 弓を、引く。
 的に当たったのを見届けて、梧北斗は小さく息を吐き出した。
 一番集中できる部活中だというのに……北斗の心はここにあらず状態である。
(原因はわかってるんだよなぁ……)
 はあ、と溜息をついた。
 鈴の音と共に颯爽と現れる不思議な少年……遠逆欠月。
(ていうか、あいつ男だから! なにやってんの、俺!?)
 一人で唸ったり落ち込んだりしている北斗は周囲に誰もいないのに本気で安堵する。
 今の妙な動作を見られていたら絶対変に思われているだろう。
 年始めに一緒にお参りしたことを思い出して、口元が緩む。
(だーっ! だからあいつは男なんだよ! オ・ト・コっ!!)
 だれかたすけてー!
 頭に両手を遣って何度も首を振った。誰が見ても気が狂ったように思える行動だ。
(でもなぁ……欠月のこと、もっと知りたいんだよな。あいつ、なんだかんだで秘密主義だし)
 そう思って少し悲しくなる。
 確かに欠月はいつも笑顔だが……平気で嘘をつく。
(もっと……信用して欲しいって思うのは、贅沢なことなのかな……)
 信用されていないわけではないだろうが、欠月のことがいまいちわからない。
 だいたい……偶然でなければ会えないというのが北斗は気に入らなかった。
 他愛無いことを喋りたくても欠月との連絡がとれない。
「はあー……」
 大きな溜息。
(記憶……欠月の記憶か……)
 戻らなくても平気そうだが、あの勘のいい欠月に記憶が戻らないというのだから一筋縄ではいかない。
 神頼みがきいてくれればいい。
(前の欠月はどうだったんだろうな……)
 北斗はハッとして頭を振る。
 集中しなければ! こんなふうに注意散漫になるからここに来たのに!
 気づけば欠月のことばかり考えている! これでは恋する乙女だ!
(いやいやいや……俺にだってカワイイ彼女がそのうちできるんだ。そういう予定だ。青春の高校生ライフを送るんだ)
 自分に言い聞かせる北斗は表情を引き締めた。
 矢を番えようとして、ぞくっと背中を悪寒が駆ける。
(――――――――なにかいる!)
 振り向いた北斗の頬のすぐ横を、何かが通った。チッ、という小さな音が耳に届く。
 北斗の真後ろにいた何者かの眉間に何かが突き刺さった。
 黒い矢だ。その全てが闇でできているような矢。
 それが見知らぬ男の眉間に刺さっていた。
(う、ウワーッ!)
 思わず心の中で絶叫する北斗である。
 すごい光景だ。しかもこんな間近では見たくない光景だ。
「北斗さん、大丈夫?」
 聞き覚えのある声がしたので、一瞬幻聴かと思ってしまう。なにせ、彼のことを散々考えていたから。
 自分はそこまで重症だったのかと……実は思ってしまった。
 道場に入ってきた濃紫の制服。これもまた、幻かと思ってしまった。
 そんな幻の少年が矢を番える。黒い矢は数を増やして一気に彼の手から放たれた!
 どすどすどすっ。
 北斗の目の前で矢が男の頭に全部突き刺さった。
 ぐらっと揺れて、男はそのまま倒れてしまう。
「…………」
 呆然としている北斗に、少年が近づいた。
「ちょっと。どうしたの? なにぼんやりしてるの?」
「……かづき?」
「そうだよ。なに?」
 不審そうにしている欠月はきょとんとし、北斗にさらに近づいてこちらをうかがってきた。
 本物だ。
(うわっ、うわーっ!)
 またも心の中で叫ぶ北斗であった。
 間近で欠月の整った顔を見るのは心臓に悪い。特に今は。
「あんまり俺に近づくなーっ!」
 ずざざっと、欠月と距離をとり、ぜーはー、と荒い息を吐き出す。
 唖然とする欠月は「はあ?」と呟いた。
「半径3メートルは近づくな! 頼む!」
「……そんなことしてる場合じゃないと思うけど」
「え? だ、だって今おまえが退治……」
「双子なんだよ」
 欠月の言葉に北斗は目を見開き、すぐさま矢を番えて放った。
 矢は一直線に敵まで飛ぶ。
 気配に気づいた北斗が放ったのだ。
(欠月ばかりに任せていられるか!)
 対等に付き合いたい。友人として。
 北斗の矢は欠月の背後に出現した男に見事に当たる。
 が、そこで気づいた。
「あ」
 そうだ……。
(しまった! これ、俺の武器じゃないっ!)
 ガーン!
 退魔用の武器ではないことに気づいても遅かった。
 ショックを受けている北斗の前で、欠月は苦笑する。
「まったくさぁ……そういうところ抜けてるんだから」
 彼は振り向いた。
 その手にある漆黒の弓が形を変え、刀になる。
 迫る男の首が、一瞬で吹き飛んだ――――。



「ご、ごめん…………マジごめん」
 何度も謝る北斗と一緒に道場の床に座り、欠月は彼の言葉を黙って聞いていた。
 あの一撃が退魔用の武器だったら。
 もしも欠月が負けていたら。
 そんなことを考えて北斗は深く落ち込んでいた。
 正座をして、俯いたまま。
 何度も何度も……謝る。
「ほんと、抜けてるっつーか…………悪ぃ……」
「いいよ。もう、いいから」
 囁く欠月のほうを、北斗はそっと顔をあげて見る。
 彼はいつものような、満面の笑顔ではない。
 ただ……じっと北斗を見つめていた。
 そして欠月は、微笑む。
「ありがとう」
「…………」
 そう言われて、北斗はかあああ、と顔を真っ赤にする。
「まあ。マヌケではあったけどね」
「そ、それを言うな!」
「ふふっ。キミって面白い人だね、ほんとに」
 くすくす笑う欠月を目にして、北斗はなんだかぽーっとしてしまう。
 もしかしなくても、欠月のこんな笑顔は初めてのはず。
「あっ、え、えっと! さっきの妖怪みたいなの、ほら、巻物に封じただろ? あれってなんだ!?」
 慌てて話題を変えると、欠月はいつもの笑顔に戻ってしまった。
「憑物封印のこと?」
「ツキモノフウイン?」
「ボクが東京に来たのはこのためなんだよね」
「え……?」
 なんだか、聞いてはいけないことを、聞いたような気が……。
(な、なんだ……?)
 胸に宿ったざわつきを隠し、北斗は欠月の説明を聞く。
「四十四体の憑物を巻物に封じるんだよ」
「へ、へぇ……。で、そ、それが終わったら……?」
「そりゃ、目的が終了したら帰るよ。本当はね、色んな土地に出向いて妖魔を退治するのが遠逆の特徴なんだ。今のほうが不自然なんだよ」
 笑顔で、言わないで欲しかった。
 帰るなんて。
「そ、そっかぁ……」
 一気に力が抜けた北斗は、多少青くなったままでふふふ、と引きつった笑い声を洩らす。
「い、今どれくらい集めたんだ?」
「そうだねー。けっこうな数になるね。あとちょっとだよ」
「……ふ、ふうん。
 あ! でも帰ってもまた東京に来るかもしれないんだよな!?」
「仕事先が東京だったらね」
 にこっと笑う欠月に、北斗はずどーんと落ち込む。
 しょんぼりしている北斗を、欠月は不思議そうに見た。
「なに落ち込んでるの?」
「……べ、べつに……」
 つい意地を張ってしまう。
 欠月には直球で言わないとダメなことは、わかっていた。
 だってコイツ性格悪いんだ。言わないと、絶対に……。
 ぐっと拳を握りしめる。
 言わないと。
 言わないと!
「欠月!」
「は、はい?」
 大きな声で名前を呼ばれて欠月はきょとんとする。
「仕事だから仕方ないけどさ! 遊びに来いよ、絶対! 用事なくても!」
「…………」
 ぽかーんとしている欠月は、すぐに視線を逸らして不快そうな表情を浮かべた。
 それを見て北斗はズキ、と胸が痛む。
 嫌われた!?
(ど、どうしよう〜……)
 欠月をうかがうと、彼はぼそっと呟く。
「…………なんでそんなにボクを……」
 小さな声なのでうまく聞こえなかったが、北斗はどきどきしていた。掌にはじっとりと汗までかく。
(も、もしかして俺……図々しかった…………?)
 心臓の音がやけにうるさい。なんでこんなにうるさいんだろうか。
「か……欠月……?」
「ん?」
 ぱっと欠月が笑顔に戻る。
 北斗はそれをひどく哀しげに見つめた。
「わざと明るくしなくていいんだぞ……? 俺のこと嫌いなら、嫌いって……」
 自分で言っていて辛くなる。
 欠月は「え」と呟いて目を見開くと、苦笑した。
「ちょっと考え事しただけ。べつに北斗くんのこと嫌ってないよ?」
「嫌ってない……? ほんとか?」
「だからさあ、そういう乙女みたいな反応しないでよ。男が好きみたいに見えるじゃない」
「違うっての!」
「最近ちょっと色々考えることがあってね」
「…………」
 北斗は黙ってしまう。
 記憶のことだろうか? 尋ねてしまっても大丈夫だろうか……?
(心臓に悪いんだよなぁ……欠月が怖い顔すると)
 ついさっき経験したばかりだ。正直に言うともう二度と経験したくない。
(それに……平気な顔してるけど、踏み入られていい気分はしないかもしれないしな)
 笑顔でも内心どう思っているかわからないからだ。
 けれども……。
 出会った時のような……悪意はもうあまり感じない。
「そっか。なんかあったら遠慮なく言えよ? 俺にできることなら協力するからな!」
「気持ちだけもらっておくよ」
「またおまえはそういうことを言う〜!
 そうだ。なんなら弓を引くか?」
「え?」
「やってみろって。ほらほら!」
 立ち上がって欠月を引っ張る。欠月の手はひやりとしていた。
 欠月は手を引っ込める。
「北斗くんの手はあったかいね」
「え? そ、そうか? ……おまえが冷たすぎるんだよ。ったく、寒いのに外をうろうろしてるからだぞ」
 いつも夜に行動している欠月。それを思い出して北斗は座り、欠月の手を再度掴んだ。
「冷てっ! カイロくらい持ち歩けよ!」
「そうかな……」
「まあ少しでもあったかくなるなら、ちっとは握っててやらんでもない」
 顔を赤くして、ぷいっとあさってを向いて。
 そう言う北斗を欠月はぼんやり見つめた。
「…………こういうことは、好きな女の子にしてあげればいいのに」
「やかましいっ!」
「………………不思議だね」
 小さく呟いた欠月は自分の握られた手を見下ろす。
 なにが不思議なのか北斗はわからなかったが、それでも良かった。
「ほんと冷たいな……おまえ、血液ドロドロじゃないだろーな?」
「そうかもね。健康に気を遣ってないだろうし……。あ、でもお酒は飲めるけど、タバコとか吸わないよ?」
「酒もダメだろーが! 未成年だろおまえも!」
「あと麻薬もしないよ」
「当たり前だーっ!」
 そんな北斗に、欠月は小さく笑う。
 だがその手は、いつまでたっても暖かくなりはしなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 二度目の呼び方チェンジです! いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!