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■CallingU 「腕・うで」■

ともやいずみ
【5566】【菊坂・静】【高校生、「気狂い屋」】
 定期的な連絡を、いつものように深夜過ぎの電話ボックスでおこなう。普通の家ならばこんな時刻に電話をすれば激怒されるだろうが、遠逆では違う。
 相手が出るまでの間、その少しの時間、そっと自分の指を掲げて眺めた。
 細くて、冷たい指。
 じっと見つめる顔には感情などなく、まるで能面そのものだ。
 観察するような目で見つめていると、相手が電話に出た。
 自分の名を言い、早速報告する。
「憑物封印は半数を越えました。ええ……順調です」
 喋りながらも、指先をじっと見ていた。
「え?」
 ふいに表情が戻る。驚いたような顔をして苦笑した。
「気になることは…………あるにはあるんですが」
 濁したような言葉を吐き、それから微笑む。
「いいんです。たいしたことではないですし……。あと半分くらいなので終わらせて帰った時にでも。
 え? いやー……なんかこっちでは都市伝説みたいに言われてるんですよね……」
 鈴の音を響かせて出現するという人物の噂は、ひっそりと広まっていた。
CallingU 「腕・うで」



 月のない夜は危ないのだと、昔から人は言っていた。
 遠逆欠月は目を細めて風に髪をなびかせる。
 能面のような感情のない顔で、ただ真っ直ぐに真下を見た。
 右手に握られた刀を強く打ち下ろす。
 鈍い音。
 飛び散った血を顔に受けるが、欠月は動揺すらしない。
 それがさも、当然のことのように。
 雲の切れ間から月が覗く。
 彼が倒した憑物の無残ななれの果てがただ沈黙していた。
 欠月は頬についた血を拳で拭い、そのままきびすを返して歩き出す。



 そんな夢を、菊坂静はみた。
 あまりに現実的で悪寒が走る。
 だが静は欠月のあんな顔を見たことがない。
(変な夢……)
 頭を振って再度静は眠りについた。

 月のない夜は危ないのだと、昔から人は言っていた。
 月は夜道を照らす唯一の明かりだったからだ。
 先ほど見た夢を、静はまた見ていた。
(ま、また……?)
 困惑する彼は、今度は欠月の背後からそれを見ていた。
 濃紫の制服の背中。
 ああ、みたくない。
 振り向かないで欲しい。
 あの顔で……。
 そう願ってしまう。
「静君てさあ、ボクのこと好きなの?」
 伏せた視線を、静があげる。そして振り向いた。
 屈んで頬杖をつき、こちらを見上げている欠月が居るではないか!
「欠月さんっ!?」
「やー、キミの夢にボクが居るとは思わなかった」
「えっ? ええっ!?」
 交互に二人の欠月を見る静。
 後ろに居た欠月は「よっこらせ」と声をかけて立ち上がると、影で作られた長い杖にすがる。
「しっかしよくできてるなあ。そっくり」
「そ? いえ、全然似てません!」
 はっきり言う静を見て、欠月は苦笑した。
「そうかなあ。目覚めてから少ししか経ってないボクに、そっくりだけど」
「え?」
「ほら、記憶喪失だって言ったでしょ? 記憶がなくなって目覚めてしばらくは、あんな感じだったから」
 明るく笑って言う欠月の言葉に静は呆然とする。
 今の欠月とは雲泥の差だ。
(でも……記憶がないんだから、ああなるのかな)
 静は憑物に刀を振り下ろす欠月を見遣った。
「あの、でもなんで? 僕は欠月さんの過去は知らないですよ?」
「キミがボクのことばっかり考えてたからじゃないの〜?」
 にやにやする欠月に、静は頬を赤らめる。
「からかわないでくださいよっ」
 欠月に言われたことは図星だった。
 憑物封印が終われば彼は帰ると知ってから、静はそれで頭がいっぱいだったのだ。
 別れがいつかくることは、なんとなくわかっていた。でも。
「モテる男は辛いね」
 くすくす笑って言う欠月は、静を見て微笑んだ。
「静君、ここはね、キミの夢の中なんだよ」
「え?」
「獏って知ってる?」
「え……と、確か中国のですよね? 悪夢を喰べるっていう…………え? 僕、憑物に?」
「そ。なに悩んでたか知らないけど、キミの夢はヤツの餌になってるってわけ」
「す……すみません」
 静はしょんぼりとして肩を落とした。
 その様子に欠月はきょとんとする。
「欠月さんの手を煩わせることになってたなんて…………迷惑をかけないようにって、思ってたのに……」
「静君……」
 不思議そうに静を見ていた欠月は眉間に皺を寄せ、不愉快そうな表情をした。静は俯いていて気づかないが。
「なんでさ……そうやってボクを慕うの? ムダなことなのに……」
「え!?」
 驚いて顔をあげたそこに、欠月は笑顔でいる。
「もっと青春を謳歌したまえ、若人よ。男のボクより女の子のお尻追っかけてるほうが有意義だと思うけどな」
「…………欠月さんて、時々、非常に……オッサンみたいなこと言いますよね」
 呆れている静に彼は明るく笑ってみせた。
「そんな脱力しなくても〜。あはは」
「それで……どうするんですか? どうやって退治するんです?」
「やだなあ。ボクは専門家だよ? 任せておきなさい」
 そう言うや、欠月はもう一人の……静の夢の中の欠月を杖で殴り飛ばした。
 容赦のない動きに静は唖然とするしかない。
 吹き飛ばされた欠月が地面を滑り、停止する。
「な、なにしてるんですか!?」
「だ〜か〜ら〜。アレが、静君の『核』なんだってば」
「え?」
 むくりと起き上がった欠月は唇から血を流していた。そっくりなだけだとわかっていても静の心臓には悪い。
 静の横の欠月は、びくんっ、と痙攣してから首を傾げる。
「……早めに倒さないとマズイかなぁ」
 そう言うと欠月は目をすぅ、と細めた。冷酷な色が浮かんだ。
 そして一瞬で静の横から姿を消した。次の瞬間には彼は憑物に向けて詰め寄っている!
「……消えろ――!」
 欠月の手の中の杖があっという間に刀になる。
 迎え撃つ気の憑物は、なにをされたかわからない。
 欠月の刀が、その首を吹き飛ばしていた。
 なんという速さ。なんという鮮やかさ。
 事の成り行きを見ていることしかできなかった静は、『目を覚ました』。



 瞼を開けると、そこは自分の部屋だった。
 どこかで秒針の音が聞こえる。
 天井を眺めてから静は起き上がった。
「今の……ゆめ……?」
 夢か現実か、わからない。
 額にかいていた汗を拭うと、「大丈夫?」と壁のほうから聞こえてビクっと反応した。
 ドアの横の壁に背をあずけ、腕組みしたまま欠月が立っている。
「か……欠月さ……」
「やあ。お目覚めかな?」
「今の……夢だったんじゃ……」
「ひどいな。せっかく助けてあげたのに」
 喉を鳴らす欠月の表情は見えない。陰のところに彼が立っているからだ。
「現実だったんですね……」
「ふふっ。『夢』ではあるけど、まあ現実かな」
 静は欠月を見る。やはりだ。顔が見えない。
 どうしてこんなに不安になるんだろう。
(まだ…………帰ったりしないのに)
「憑物封印の進行は、どうですか?」
「そうだね。おおむね、順調。あと少し」
「…………」
「静君?」
「…………欠月さんが帰ってしまうのは、なんとなく…………わかってました」
 小さく呟いた静の言葉に、欠月が笑みを消したのが気配でわかる。
「でも……それは仕方ないことです。欠月さんはお仕事でここに居るんですから」
「…………」
 まっすぐ見たいのに、彼の顔が見えなくて……。
「生きてたら……生きてたらまたどこかで会えますから……」
 甘いな、と自分でも思う。でも否定はして欲しくない。
 生きているなら会える。どれだけ確率が低くても。
「生きてたら………………ね」
 嘲笑するような欠月の一言に静は冷汗が出る錯覚をおぼえる。
「やめてください! お願いですから……死ぬこともあるなんて、思わないでください……!」
「おや。随分好かれたもんだね」
 からかうような欠月の言葉に静は嘆息した。よかった。どうやら彼の冗談だったようだ。
「僕……今まで色んなことを、無理にでもわかって生きてきた……。納得していかないと、生きていけなかった……。
 死神と、混ざってしまった時に…………そうすることでしか、生きていけないって……」
 感情を吐露する静は、シーツを握りしめる。
「欠月さんが、初めてなんです……。こわくない、って言って……守ってくれたの。
 今まで会った能力者の人は……『おまえはもう死神だから、死んでも構わないだろう?』って…………」
 だけど生きたかったから。
 静は自分の手を見つめる。
 したくなかったことも、してきたのだ。自分は。それが仕方ないことだから。
「いつの間にか……『気狂い屋』って呼ばれるように…………なって」
 ただ……生きることを優先しただけなのに。
「おかしなことを、言うんだね」
 囁くような欠月の声は、笑いを含んではいない。
「死神だから死んでもいい、だって? 愚かな」
「欠月さん……」
「そんなの…………『人間』なんだから、死ぬのは当然だろ……って言ってるのと同じだよ」
「…………」
「どんな生物だって、死んじゃうんだよ? キミを攻撃してきた人も、『死んで当然』だったわけだ」
 寿命がくる。どんな生き物にも、終わりはくる。
「まあそんなことをキミに言うようなヤツってのは、反撃されても文句ないだろうけど」
「そ、そうでしょうか……?」
「そうだよ。能力者ってのは、『普通』じゃないんだから。『平均』から外れた時点で…………バケモノでしょ?」
 静の背筋に悪寒が走る。
 彼の声はとても優しい。
 顔が見たい。
 いつものあの穏やかな笑顔をみせて欲しかった。
「キミはおかしくないよ。生きることに執着するのは、当然だよ。生き物なら」
 懐かしむように言う欠月は姿勢を正す。
 腕組みを解いた。
「……欠月さん……」
 ああ、やっぱりとても大切な人だ。
 この人は否定しない。静を。
「キミから手を出したわけじゃないんでしょう?」
「は、はい……!」
「なら、キミのせいじゃない。
 キミに攻撃して返り討ちにあって文句を言うなら……初めから手なんて出さないでしょ」
「そうですか……?」
「そうだよ。その『覚悟』のない者が、『敵』を攻撃するなど…………滑稽だ」
 欠月は戦士なのだ。根っからの。
 自分が攻撃する時は、相手からも攻撃されることを念頭において戦っているのだ。
「僕は欠月さんに生きていて欲しい……」
 思わず言ってしまい、静は少し焦る。
 けれど続けた。
「大事な…………人ですから、欠月さんは。僕にとって」
 欠月の纏う空気が変わった気がする。
 彼の空気は冷たい。
「大事……ね。そこまで果たしてボクは価値があるんだろうか……」
「え……?」
「…………」
 沈黙してしまった欠月は一歩、静の居るベッドに近づいた。
 カーテンの隙間からわずかに入ってくる月光で欠月の顔がみえる。
 安心した。
 いつもと同じで彼は微笑んでいる。
「だからさあ、そういう甘〜いセリフは女の子に言ってあげなよ〜。ホモかと思うでしょ?」
「! ホモじゃないですよ、僕はっ」
「あはは。元気出た?」
 明るく言う欠月の前で、静は頬を染めた。
 この人はいつもこうだ。からかって、笑って。
「わかってるって。静くんは女の子なんて選り取り見取りなんでしょ?」
「違いますよ」
「変なふうに考えないで、いつもそうやって笑ってりゃいいのに。かわいいよ?」
「! な、なに言うんですかっ」
「ふふっ。あんまり言うと怒られるから帰ろうかな」
 すっと陰に引っ込む欠月。
 静はまたわけもなく不安になる。
「じゃあね。あったかくして寝なよ」
 くすくす笑い、鈴の音を響かせて欠月は去った。
 静は自分の部屋を見回す。そして布団にもぐりこんだ。
 どうしても……小さな不安が消えなくて――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 みえない何かが変わっていく……そんな感じにしましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。