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■魂籠〜雪蛍〜■

霜月玲守
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
 携帯電話の普及は、止まる所を知らない。
 パソコン並みの機能を搭載した携帯電話が続々と登場し、今となっては電話をかけたりメールをしたりするだけではないものが殆どとなった。昔は単音だった着信メロディも、今や何十音にもなっている。モノクロだった画面も、カラー画面になったのはもちろんの事、解像度は新しいものが出るたびに増え続けている。
 そうなってくると、当然のように増えていくのが携帯電話専用サイトである。
 着信メロディや画像をダウンロードしたり、ショッピングやオークションを楽しんだり、チケットの予約やホームページを楽しんだりする事もできる。
 そうして、ゲームも。
 最近話題になっている携帯サイト「天使の卵」は、メールコミュニケーション育成、という携帯電話ならではとも言えそうなゲームジャンルを銘打っていた。そのゲームを提供しているのは、株式会社HIKARIとある。
 何処にある会社なのかは、良く分からない。携帯電話のサイトを提供する会社を詳しく調べようとする人間など一握りもいるかどうかくらいであり、大半は気にもしない。肝心なのは、提供されているゲームそのものだからである。
 その内容とは、メールアドレスを登録して卵を受け取る。その卵は、定期的に送られてくるメールに特定の返信したり、載っているアドレスにアクセスして様々なイベントをこなしたりする事により、最終的にその人だけの天使が生まれるというものである。その天使はアプリとしてダウンロードでき、毎日占いや天気予報、はたまたキャラ電話などもできると言うものなのだった。卵の時にやっていたミニゲームも、可能だという。
 ゲーム「天使の卵」は、今はまだテスト期間だと書いてあった。そのため、一度に限り卵の育成を無料でさせてくれるのだとも。ゲームのサイトではよくある事である。
 だが、そんな「天使の卵」で卵を育てた者達に異変が起きていた。何人かが、理由が全く分からない意識不明に陥ってしまったのである。勿論、何も起きなかった者もいる。本当に、幾人かだけがそのような状態に陥ってしまったのである。
 共通点は、ただ一つ。彼らは皆「天使の卵」にて卵から天使を生じさせていたのだが、その証拠ともいえる天使のアプリが携帯に残されていなかったのであった。
魂籠〜雪蛍〜


●序

 必要なのは、仄かな光。

 携帯電話の普及は、止まる所を知らない。
 パソコン並みの機能を搭載した携帯電話が続々と登場し、今となっては電話をかけたりメールをしたりするだけではないものが殆どとなった。昔は単音だった着信メロディも、今や何十音にもなっている。モノクロだった画面も、カラー画面になったのはもちろんの事、解像度は新しいものが出るたびに増え続けている。
 そうなってくると、当然のように増えていくのが携帯電話専用サイトである。
 着信メロディや画像をダウンロードしたり、ショッピングやオークションを楽しんだり、チケットの予約やホームページを楽しんだりする事もできる。
 そうして、ゲームも。
 最近話題になっている携帯サイト「天使の卵」は、メールコミュニケーション育成、という携帯電話ならではとも言えそうなゲームジャンルを銘打っていた。そのゲームを提供しているのは、株式会社HIKARIとある。
 何処にある会社なのかは、良く分からない。携帯電話のサイトを提供する会社を詳しく調べようとする人間など一握りもいるかどうかくらいであり、大半は気にもしない。肝心なのは、提供されているゲームそのものだからである。
 その内容とは、メールアドレスを登録して卵を受け取る。その卵は、定期的に送られてくるメールに特定の返信したり、載っているアドレスにアクセスして様々なイベントをこなしたりする事により、最終的にその人だけの天使が生まれるというものである。その天使はアプリとしてダウンロードでき、毎日占いや天気予報、はたまたキャラ電話などもできると言うものなのだった。卵の時にやっていたミニゲームも、可能だという。
 ゲーム「天使の卵」は、今はまだテスト期間だと書いてあった。そのため、一度に限り卵の育成を無料でさせてくれるのだとも。ゲームのサイトではよくある事である。
 だが、そんな「天使の卵」で卵を育てた者達に異変が起きていた。何人かが、理由が全く分からない意識不明に陥ってしまったのである。勿論、何も起きなかった者もいる。本当に、幾人かだけがそのような状態に陥ってしまったのである。
 共通点は、ただ一つ。彼らは皆「天使の卵」にて卵から天使を生じさせていたのだが、その証拠ともいえる天使のアプリが携帯に残されていなかったのであった。


●始

 手を伸ばす。引っ込める。……伸ばす。


 梧・北斗(あおぎり ほくと)は、突如ヴヴヴと携帯電話が震えたのを感じて取り出した。
「あ、メール」
 ぱか、と携帯電話を開く。すると、見た事も無いメールアドレスからのメールであった。迷惑メールか、と北斗は溜息をつく。
 捨てようかどうしようか迷っていた時、今度は電話がかかってきた。送信先は、草間。北斗はにやりと笑い、通話ボタンを押す。
「もしもーし。武彦?」
「お、早いな」
「そりゃ、愛しの武彦からかかってきたから、すぐに出ねーとな」
 ふっふっふ、と笑いながら言うと、電話の向こうで草間が「は?」と、気の抜けた声を出してきた。北斗は必死に笑いを堪えながら、電話を続ける。
「やだなぁ、武彦。俺と交わしたあの日の約束を忘れたのかよ?」
「な、何の約束だ!」
 慌てる草間に、北斗は思わず吹き出す。電話の向こうで、からかわれている事にようやく気付いた草間が、電話の向こうで「おい」というツッコミをしている。
「ああ、ごめんごめん。余りにも、武彦が連れないからさぁ」
「怖い事をいうな!」
「可愛い冗談だろ?もっと大人になりなよ、大人にさ」
 北斗の言葉に、草間がぐぐぐっと唸っているのが聞こえて来た。北斗は再びくすくすと笑い、暫くしてから「で?」と尋ねる。まだ、笑い声だ。
「何かあったんだろ?武彦」
「……おう、お前のお陰で忘れそうになった用事がな」
「根に持つなぁ」
「じゃかしい。……詳しい説明は興信所でするが、今から来れるか?」
「ああ。すぐ行くって」
 北斗はそう答えて携帯の通話ボタンを切り、ぱたんと閉じてポケットにねじ込んだ。そしてにやりと笑ってから、草間興信所へと向かうのだった。


 草間興信所に到着すると、北斗はノックもせずに「ちわー」と言いながらドアを開けた。
「ちわーって……客がいたらどうするんだよ?」
 草間が苦笑しながら北斗に言う。北斗は「いやいや」と言いながら、にやりと笑う。
「いい確率で、客なんていないじゃん?」
「そ、そんな事は無いぞ?」
「そうじゃないって、言い切れないのって問題なんじゃない?武彦」
「……お前がそう言うのが、問題なんじゃないか?」
 草間の言葉に、北斗と草間は思わずじっと見つめあう。先に北斗が「ぷっ」と笑い、草間もつられて笑う。
「似たり寄ったりってことだな」
「しょうがないから、そういう事にしてやるかー」
 北斗はそう言い、ソファに座る。草間は「やれやれ」と呟きながら、北斗の前に座る。
「お前、携帯電話でゲームとかするか?」
「ゲーム?そうだな、時々はするかなぁ」
 北斗はそう言いながら、携帯電話を取り出す。保存しているアプリの中に、ちらほらとゲームアプリも混じっている。かちかちといじっていると、草間は「それじゃあ」と言って、口を開く。
「天使の卵っていうゲームアプリは知ってるか?」
「天使の卵?」
「ああ、天使を育てるゲームだそうだ。メールをしたりサイトにアクセスしたり……ああ、あと電話を使ったりしても育つらしいしな」
「どっかで聞いた気がするけど、どこでゲームを手に入れるんだよ?メニューリストにでも載ってるのか?」
 北斗はそう言いながら、携帯電話から目を外して草間を見る。草間は「それがな」と言いながら、苦笑する。
「いきなりメールを送りつけてくるらしい」
「迷惑メールみたいに?」
「ああ。株式会社HIKARIというところが配信しているとは書いてあるみたいだ。何でも、無料テスト中だと言ってメールを送りつけてくるらしい」
「株式会社HIKARIに、迷惑メール……」
 北斗はじっと考え込む。つい最近、それらの単語を見たような気がしてならない。
「それで、そのゲームがどうしたんだよ?」
 北斗が尋ねると、草間は資料を取り出して北斗の前に置いた。そこには、結城・圭(ゆうき けい)という名前と高校一年生だという情報が書かれていた。
「彼は今、突如原因が分からないままに意識不明になっている」
「意識不明?突然って……病気じゃないよな?」
「だろうな」
 草間はそう言い、煙草を口にくわえる。
「俺独自で調べてみたら、ここ最近そういう『原因が分からないが、意識不明に陥った』っていう症例が起こっているみたいだ」
「そんな、頻繁に起こるって明らかにおかしいよな。そして、武彦向き」
 北斗がいうと、草間は渋い顔をする。相変わらず、自分が怪奇探偵と呼ばれるのは嫌らしい。
「で、彼らの共通点が」
「天使の卵って事か。なるほどね」
 北斗はそう言い、携帯をいじる。そうして、ようやく気付いた。
 自分が、迷惑メールを貰っていた事に。
 携帯で確認すると、やはりそれは「天使の卵」からのメールであった。無料お試し期間なので、是非やってみないか、という誘いである。
「……武彦」
「あ?」
「俺、そっからメールもらっちゃってるわ」
「そうか……って、何だと?」
 草間は慌てて北斗の携帯電話を覗き込む。北斗が出していたメール受信画面には、確かに株式会社HIKARIからのメール「天使の卵」への誘いが載っていた。
 北斗はそれを見つめ、次に草間に見せられた資料を見てにやりと笑った。
「これを利用しない手はないよな?」
 北斗の言葉に、草間は「気をつけろよ」と声をかける。
「なにせ、意識不明に陥らせた根源かもしれないんだからな」
「だよなぁ。だってさ、ただ遊んでただけなのに意識不明だなんて。絶対にこのゲームが怪しいって」
 北斗はそう言い、メールに添付されているアドレスをクリックするのだった。


●動

 そこには明確な意志は無く、ただ在るだけ。


 サイトに接続しています、というアナウンスが画面に出ていた。北斗は、じっと神妙な顔をして砂時計を見つめる。
(実際、別に根拠なんてないんだよな)
 サイトが変、という根拠はどこにもない。だが、考えたとしても分からないのならば、やれる事をやる事が一番だ。
 最初に、卵をモチーフとしたようなフラッシュが続き、最後に「入り口」が出てきた。迷わず、そこをクリックする。ぱあ、と画面が明るくなり「天使の卵」のコンテンツがずらりと並ぶ。システム説明、ゲーム説明、キャラクタ説明、現在無料テスト版配信のお知らせ等といった、至極ありふれたコンテンツである。
「別に、変わったようなものは無いけどなぁ」
 何処にでもありふれているかのような、コンテンツたち。その中に「卵を受け取る」というものがある。そこをクリックすると、生年月日や性別、それにハンドルネーム可の名前を入れる欄がある。
「これ、やってみた方がいいかな?」
 北斗が尋ねると、草間は「どうかな」と言って、加えていた煙草の煙を吐き出す。
「そこは俺にはなんとも言えないからな。お前が思うようにしたらいいと思うが」
「なるほどね」
 北斗はそう言い、暫く迷う。そして、にっと笑ってから各項目に入力していく。
(虎穴に入らなきゃ、虎児なんて得られないっつーの)
 全て、やってみなければ分からない事だ。如何なる結果が待っていようとも、その結果が導き出される為にはまずは行動を起こさなければ何もならない。
 北斗は全ての項目に入れ終わると、最後にあった「卵を受け取る」というボタンをクリックする。すると、アプリをダウンロードする画面になった。
「ここで、アプリを受けとりゃいいのか」
 最初に、アプリを起動させる毎に設定を読み込むための通信をするという注意が出てきた。それを了承すると、いよいよアプリのダウンロードが始まった。
 実際、ダウンロードはすぐに終わる。長いのは、ダウンロードしたアプリを一番初めに起動させる作業である。最初は設定を読み込むため、たくさんの時間がかかるのだ。もっとも、それも一度やっておけば次からはスムーズに立ち上がるのだが。
 全てが終わると、スタート画面が現れた。北斗の為の卵が、画面上でうにうにと動いている。
「武彦、始めるぜ」
「気をつけろよ」
「分かってる」
 北斗はにっと笑って見せてから、決定ボタンを押した。すると、卵のメニュー画面が開いた。
 メール送信、電話をかける、サイトに繋ぐ、会話をする。
 そういった項目が、ずらりと並んだ。やっぱり何処にでもありそうな、普通のゲームに見える。
「どうだ?」
「これといって変だってところは無いな。こういったゲームには、よくある画面だ」
「そんなに、普通なのか?」
「ああ。つまりは、メールとか電話とかしたら卵が育つんだろ?だったら、別に不思議な画面とはいえないし」
 北斗はそう言い、ひとまず「会話をする」を選ぶ。すると、卵から吹きだしが飛び出してきて、北斗に話し掛ける。
『こんにちは。私を選んでくれて、有難う』
 選択肢は「どういたしまして」「嬉しい」「これから宜しく」「残念だったけど」の四種類。北斗は無難に「どういたしまして」を選ぶ。すると、卵の中から星マークが飛び出してきた。ヘルプ画面を見ると、ハートマークが愛情、星マークが友情、ドクロマークが不仲を表すのだと言う。
「結構面白いかも」
 それが、北斗の素直な感想だった。よくあるコミュニケーションゲームであるが、卵と仲良くなるのも不仲になるのもはたまた恋仲になるのも自由、というような節が見られるからである。選択肢も難しいものではなく、自分が思ったように進められそうだ。
「何が一体悪いんだろうなぁ」
 北斗はそう言い、アプリ画面をじっと見る。別に、おかしいとは思わない。そう思って草間を見ると、草間は「だが」と言って苦笑する。
「そのアプリがおかしいのは、間違いないぞ」
「何で?」
「意識不明者の共通点は、ただゲームをやっていたというそれだけじゃない。……消えていたんだよ」
「消えてた?アプリが?」
「ああ。意識不明に陥った人間は、皆そのゲームを消すという話はしていなかったそうだ。そしてまた、家族もそういうアプリを消すような事はしなかったらしい」
「友達とかもだよな?」
「ああ。意識不明者は皆アプリをいじる事なく、倒れたんだ」
 北斗はじっと考え込む。ゲームが勝手に消えるなど、有り得るのだろうか?配信期間が終了した為に、ダウンロードできなかったりゲームを始められなかったり、というのはある。だが、いずれの場合もアプリ一覧というフォルダ内に名前だけでも残されているのが当たり前だ。
 つまり、勝手に消えるなど、有り得ない。
「俺も、携帯電話を見せて貰ったんだが。そういったゲームアプリの類は全く無かった」
「消えた、か」
 北斗は自分がやっていた「天使の卵」を終了する。アプリ一覧にある「天使の卵」は、他のものと何ら変わりがあるようなものには見えなかった。
 終了すると、また先ほど見ていた「天使の卵」のサイトに戻った。北斗は「トップに戻る」を選び、今度はコンテンツをじっと見つめた。その一番下に、提供元が書かれていた。
 株式会社HIKARIと。
「……株式会社HIKARIって、どこにある会社なんだろ?」
 北斗は質問箱があるのはちゃんと見つけられたが、その会社に関する情報が殆ど出ていないのに気付く。小さく「ふむ」と呟き、草間興信所内にあるパソコンに向かう。
「どうしたんだ?」
「ちょっと貸してよ。……検索してみたいからさ」
 草間の問いに北斗はそう答え、検索のホームページで「株式会社HIKARI」と入力する。すると、件の「天使の卵」が一番上にやってきた。
 クリックして見てみるが、携帯電話で見たものと何ら変わりはない。
 北斗はページを戻し、次に出ていた「危なくね?」というタイトルのものを選ぶ。そこは匿名掲示板で「天使の卵」についてのスレッドであった。
『株式会社HIKARIなんて、何処探してもないんだけど。おかしくね?』
「無いって……マジで?」
 その書き込みに対し、北斗は怪訝そうに呟く。
『検索使ってもねーし、会社が載っている雑誌みたいなので探したけど、無かったんだよな』
 そこまで探しても見つからないという、株式会社HIKARI。このような掲示板で見つからないという報告が出ているのならば、本当に見つけられないのかもしれない。確かに存在しているだろうに、何処に在るかが全く分からない会社。
 そんな事が、ありえるのだろうか?
「……武彦、因みにさ。意識不明に陥った人だけが、卵から天使に生じたのかな?」
「いや。俺が調べた限りでは、天使になっても大丈夫だった人の方が圧倒的に多いぞ」
「だよなぁ」
 北斗はそう言い、がっと椅子の背もたれに重心をかける。
「もしそうだったら、天使が何らかの事をやってると思ったんだけど」
(魂を吸い取ったりとか)
 それは想像でしかない。だが、可能性としては無い事も無いのでは、と思うだけのものはあった。
 卵から天使になる。それ自体は、とてつもないエネルギーを必要としそうだから。
 しかし無事な人もいる以上、本当にそうなのかどうかは怪しかった。むしろ、そうなってしまった人とならなかった人の違いがよく分からないのだ。
 分岐点が、必ずあるはずだから。
 北斗が悩んでいると、携帯電話がヴヴヴと震えた。北斗は携帯電話を取り出し、確認する。
「メールだ」
 それは、卵からのメールだった。
『さっき、道で仔犬が捨てられていました。どうしましょうか?』
 そのメールに対する答えの選択肢は「拾おう」「飼い主を探そう」「餌や毛布だけでも与えよう」「無視する」の四種類。
 何か意図的なものを感じる、質問と答え。
 北斗はそれに対して「拾おう」を選ぶ。すると、ハートマークが飛び出した。愛情のしるし。卵が北斗に対し、好きだといっている証。
「……待てよ」
 意図的としか思えない選択肢。選んだ答えに対する感情評価。それらは全て、エンディングである天使の誕生に至る道の一つ。
 選び取る、道。
「まさか」
 北斗は呟き、がたんと音をさせて立ち上がった。草間が「どうした?」と尋ねると、北斗は机の上の資料を掴んでポケットに入れた。そうして、ソファに立てかけていた退魔弓『氷月』を手に取った。
「これは、ただの選択肢じゃない。これは、どう考えても……試されている気がする」
「試されている?」
「俺もよく分かんないんだけどさ。……ともかく、病院に行ってみる!」
 北斗はそう言い、興信所を飛び出した。背中から草間が「後で報告しろよ」と言っているのが聞こえたが、それに手だけで答えてただひたすらに走った。
 結城・圭が入院している病院へと。


●光

 全ては一本に繋がっていて、分岐して、一本になる。


 北斗は病院で手早く面会手続きをし、結城の病室へと向かった。
「ええと、草間興信所から来たんだけど」
 ノックをした後、北斗はそう言って病室に入った。意識が無いという以外は異常が無い為、集中治療室ではなく一般の病室だった。ただ、何が起こるか分からないので個室ではあったが。
「ああ。わざわざ、有難うございます」
 母親が目の下にクマを作ったまま、礼をした。北斗はそれに対して慌てて礼をし、じっと結城を見た。ただ眠っているかのような、結城。
「あのさ、天使の卵っていうアプリをやっていたのは知ってる?」
「はい。息子は、それを楽しそうにやってましたから……」
 母親は不思議そうにそういう。そうして、苦笑交じりに「何故か、消えてますけど」と付け加えた。
「それで、選択肢が一杯出てくるんだけど。何を選んでいったか、知ってる?」
「どうでしたでしょうか……」
 母親はそう言って、記憶を辿る。息子がやっていたアプリの内容まで、恐らく母親は知らないだろう。だが、彼女の記憶しか頼る術はない。
「例えば……ええと、仲悪くなるようにするのとか」
 北斗がいうと、母親は「あ」と声を上げる。
「そうです、確かそのように言っていました。人と違った事をやってみるんだ、と」
(よし)
 北斗は頷き、今度はベッドに横たわっている結城を見つめる。ゆらり、と何かしらの気配が見えた。
 結城らしき気配と、もう一つの気配がある。
 何かがいるのは、間違いないようだ。北斗はそう確信し、手にしていた氷月を包んでいた布から取り出す。
 ぴん、と張った糸が冷ややかな感触を指に与える。そっと弾くと、空気が震えた。
 ここを、魔の者が立ち入っている空間だと告げるかのように。
「……いるんだろ?」
 ぽつり、と北斗は呟く。
「悪い選択肢を選んでいった結城を、捕らえているんじゃないのか?」
 ヴ、と弦が震えた。北斗の問いに、呼応するかのように。
「結城はその体の中にいるんだろ?そうして、外に出ようとするのに歯止めをかけているんだろう?」
 ヴヴヴ、と弦が震える。
「それに負荷がかかったから、結城は意識を失った。……違うか?」
 びんっ!強く弦が反応する。北斗はにやりと口元だけで笑い、くるりと振り返る。結城の母親が、青ざめた顔で事の成り行きを見ていたからだ。
「悪いんだけど、ちょっと席を外して貰っていい?絶対に、何とかすっから」
「……あ、は……はい」
 母親はそう言い、何度も結城と北斗を見つめながら病室を後にした。北斗は「さてと」と言い、氷月を構える。
「出てこないなら、引きずり出すまでだ」
 北斗はそう言い放ち、ゆっくりと弓を構える。手に意識を集中させ、頭の中でイメージを浮かべる。
 光が、一筋の光となるように。
 まるでそれは、紙縒りを縒るような、イメージ。大きく丸い光があり、それがだんだんと小さく細く纏められていく。
 一本の、矢となるべく。
 それは北斗の手にゆるりと生じていく。そうして練り上がるのは、一本の矢。北斗の気が練り上げられた、魔を打つための光明。
 ぎりぎりと弓を引く。すう、と深呼吸をする。心臓の音が聞こえる。
(狙うは、一つ)
 結城ではなく、結城を捕らえる魔の者だけ。
 北斗は意識を集中させたまま、ぴんと矢を放った。
 放たれた矢はまっすぐに結城へと向かっていき、見事命中した。魔を打ち砕く為の、退魔の矢。それが、綺麗に結城の体に入っていったのである。
「う……」
 意識不明に陥っていた筈の結城が、声を出した。
「うおお……おおおお!」
 結城は叫び、矢の刺さった腹のあたりを押さえながら起き上がった。既に魔を射抜いた矢は、消えてしまっているが。
「正体を見せやがれ!」
 北斗は叫び、氷月を再び構えた。すると、結城は突如くつくつと笑った。小さくうめきながらも。
「……この者に、生きる資格を与えるか」
「何者だ?お前」
「この者は、世を破壊せんとする者だ」
「だから、お前は何だって聞いてるんだよ?」
 北斗は氷月を構えたまま、威圧的に尋ねる。結城はゆっくりと北斗の方を見、にたりと笑った。
「お前だって、持っているではないか。世界をより良くする為の……」
「天使様ってか?」
 嫌味たっぷりに北斗がいうと、結城は大声で笑い、ばたりと倒れた。北斗は暫く様子を見た後、先ほどの禍々しい気配が消えたことを確認して近寄る。
「おい、大丈夫か?」
 北斗が声をかけると、結城の目がゆっくりと開いていった。
「……ここは?」
「病院だよ。お前、意識不明だったんだぜ?」
 覚えてない、と結城は答えた。そうして、あたりをきょろきょろと見回した。
「どうしたんだよ?」
「携帯。俺、天使の卵って言うゲームをやりかけで」
 結城はそう言い、にたりと笑った。
「面白い事になってきたんだ。俺の育てた天使、レアっぽいのになってさ。破壊を齎すとか言って……」
 だむっ、と北斗はベッドを殴った。結城はびくりと体を震わせ、口を噤む。
「……お前、あんまり物騒な事をするんじゃねぇぞ?」
 北斗はそれだけ言い、病室から出ようとした。すると、結城は俯いてぽつりと呟く。
「物騒って……たかがゲームじゃないか」
 病室から出かけた北斗は、くるりと振り返る。じっと、結城を見つめて。
「たかがゲームじゃねぇよ。されど、ゲームなんだよ」
 北斗はそう言い放つと、乱暴に病室の戸を閉めた。それでも、病室の戸はバタンと閉まらないように出来ている。思わず舌打ちをしてしまった。
「あの……終わったんですか?」
 おずおずと、母親が尋ねてきた。北斗はそれに対して「ああ」とだけ答え、溜息をついた。
「たかがゲームだなんて、いうなよ」
 ぽつりと、呟いた。ぎゅっと氷月を握り締めた手が、妙に熱く感じた。


●結

 選び取る。さあ、手を伸ばして。ただ在るだけの光よ。


 再び草間興信所に戻ってきた北斗は、大きな声で「あーあ」と言いながらソファに腰掛けた。
「どうしたんだ?」
「どうもこうもないって」
 北斗はそう言い、肩を竦めた。草間は苦笑し、珈琲の入ったマグカップを両手に持ち、一つを北斗の前に置いた。
 北斗はそれを受けとって一口啜り、溜息をついた。
「携帯って、便利だよな」
 ぽつり、と呟く。
「いきなりだな」
「だってさ、今日呼び出されたのも携帯じゃん?いつでも何処でも連絡できて……ゲームも出来てさ。だけど、それっていいことばっかじゃないんだよな」
 たかがゲーム。されどゲーム。そういった二面性は、何もゲームに限った事ではない。携帯電話だって、便利な反面束縛されている気がするのは否めない。
 矛盾を孕んだそれらの二面性が、いつも以上に腹立たしく感じた。便利だから、楽しいから。そういった安易な理由が、酷く不愉快な気分にさせる。
 草間は「だが」と呟く。
「便利だと思う以上、その便利さが救いになることだってあるさ」
「そうかな?」
「そりゃあるだろう。今日だって、お前に連絡できたから何とかなったんじゃないか」
 草間の言葉に、再び北斗は「そうかな」と呟いた。草間は「そうだ」ときっぱりと言い、にやりと笑う。
「ま、物は使いようって奴だな。どのように使うのが一番いいか、本人が知ればいい事なんだしな」
 北斗はその言葉を聞き、そっと笑った。
「携帯電話も、ゲームも……武彦も。使いようって事か」
「ちょっと待て。今、最後に訳の分からないもんが入ったぞ?」
「気のせいじゃない?」
「そうか……って、納得できるか!」
 草間はそう言い、眉間に皺を寄せて珈琲を啜った。北斗はそんな草間にくすくすと笑い、珈琲をぐいっと飲み干した。
 程よい熱さの珈琲に、体の奥底からくる温かさを感じるのだった。

<蛍雪の光にも似た温度を感じ・終>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5698 / 梧・北斗 / 男 / 17 / 退魔師兼高校生 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度はゲームノベル「魂籠〜雪蛍〜」にご参加頂き、本当に有難うございます。
 ゲームノベル二作目のご参加、有難うございます。前の「蝶の慟哭」とはまた違った雰囲気だったと思いますが、如何だったでしょうか。
 このゲームノベル「魂籠」は全三話となっており、今回は第一話となっております。
 一話完結にはなっておりますが、同じPCさんで続きを参加された場合は今回の結果が反映する事になります。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。