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■想いの数だけある物語ver1.5■

切磋巧実
【1252】【海原・みなも】【女学生】
●オープニング
 ――アナタは眠っている。
 浅い眠りの中でアナタは夢を見ています。
 否、これが夢だとは恐らく気付かないでしょう。
 そもそも夢と現実の境界線は何処にあるのでしょうか?
 目が覚めて初めて夢だったと気付く時はありませんでしたか?
 アナタは夢の中で夢とは気付いていないのだから――――

 そこは夜だった。
 キミにどんな事情があったのか分からないが、見慣れた東京の街を歩いていた。賑やかな繁華街を通り抜けると、人の数は疎らになってゆく。キミは何処かに向かおうと歩いているのだが、記憶は教えてくれない。兎に角、歩いていたのだ。
「もし?」
 ふと落ち着いた女の声が背中から聞こえた。キミはつい顔を向けた。瞳に映ったのは、長い金髪の少女だ。髪は艶やかで優麗なラインを描いており、月明かりを反射してか、キラキラと粒子を散りばめたように輝いていた。赤い瞳は大きく、優しげな眼差しで、風貌は端整でありながら気品する感じさせるものだ。歳は恐らく17〜20歳の範囲内だろうか。彼女の肢体を包む衣装は純白のドレスだ。全体的にフリルとレースが施されており、見るからに――――あやしい。
「あぁ、お待ちになって下さい」
 再び先を急ごうとしたキミを、アニメや漫画で見るような奇抜な衣装の少女は呼び止めた。何故か無視できない声だ。再びキミは振り向く。
「わたくし、カタリーナと申します。アナタに、お願いが、あるのです」
 首を竦めて俯き加減に彼女は言った。両手をモジモジとさせて上目遣いでキミを見る。
「私は物語を作らなければなりません。あぁ、お待ちになって下さい!」
 ヤバイ雰囲気に、キミはさっさと立ち去ろうとしたが、彼女は切ない声で呼び止めた。何度か確認すると、どうやら新手の勧誘でも商売でもなさそうだ。兎に角、少女に先を促がした。
「あなたの望む物語を私に教えて下さい。いえ、盗作とかそんなつもりはございませんし‥‥えぇ、漫画家でも作家でもございませんから、教えて頂けるだけで良いのです」
 何だか分からないが、物語を欲しているようだ。仕方が無い、適当に話して解放してもらおうと思い、キミは話し出そうとした。
「あぁッ、待って下さい。いま準備しますね」
 教えてくれと言ったり、待ってくれと言ったり、我侭な女(ひと)だなと思いながらキミは待つ。彼女は腰の小さなポシェットのような物を弄ると、そのまま水平に腕を振った。すると、腕の動きに合わせてポシェットから青白く発光する数枚のカードが飛び出し、少女がクルリと一回りすると、カードの円が形成されたのである。
 これは新手のマジックか、それとも‥‥。
「どれがよろしいですか? これなんかいかがです? こんな感じもありますよ☆」
 彼女は自分を中心に作られたカードの輪を指差し、楽しそうに推薦して来る。カードは不思議な事に少女の意思で動くかのように、自動で回転して指の前で止まってくれていた。
「あ、説明が未だでしたね。あなたの望む物語は、このカードを選択して作って欲しいのです。簡単ですよ? 選んで思い描けば良いのですから☆」
 キミは取り敢えずカードを眺める事にした――――。
想いの数だけある物語ver1.5

 ――あたしが純血種狩りの罠、拘束スーツに『縛られ』て幾日が過ぎましてた。
 今では、愛玩動物としての生活にスッカリ慣れてしまっています。
 気分の良い時は歌い(囀り)、餌‥‥食事ですね、ごはんが欲しい時は鳴き、退屈な時は人魚の半獣と化したシャイラさんや、何やら色々とやっているナミさんを眺め、用を足したい時にして、眠くなったらそのまま眠るんです。だって、あたしは、篭の中の『鳥』なんですから‥‥。
 ヒトって駄目ですよね(人魚ですけど)。堕落しちゃうとどこまでも堕ちてしまう。
 だから、あたしは行動に出たんです。それがどんな結果になるかも考えずに――――。

■マーメイドみなも物語――純血種狩り決着編――
「こ、これがシャイラ様と友人のみなも様!?」
 ハイランダーの男は驚愕の色を浮かべ、声を響かせた。
 彼の瞳に映るのは、両手が長い尾と同化したような金髪の人魚と、インコと人間を掛け合わせたような鮮やかな水色の動物だ。それぞれ、飼育用に渡された人間が収まる大きさの鳥篭と金魚鉢の中で、円らの瞳を向けていた。シャイラは水槽から半身を覗かせ、尾鰭で水面を叩いて微笑み、海原みなもだった『みなも鳥』は、顔を伏せた男に小首を傾げながら鳴いている。
(どうしたのですか? 辛そうな顔してますよ?)
「‥‥なんという事だ。実際に見ると憐れ過ぎます」
「まあ、写真で見るのと実物は違うものよ♪ それで、危険を冒してまで訪れた理由は何なの? まさか鑑賞に来た訳じゃないでしょ?」
 白衣を纏った12歳の少女は、赤い三つ編みを揺らして振り向くと、テーブルにカップを置く。サイエンティスト(マッド付き)ナミの眼鏡に映る男が真剣な顔を向けた。
「鑑賞なんてトンでもない! 私はシャイラ様やみなも様の無事をこの目で確認したかっただけです! それに、報告したい事もありましたので‥‥」
「ほんのジョークよ★ 報告ってなに? 悪い話なら彼女達に迷惑なだけよ。人間の言葉は喋れないけど、言葉を忘れた訳じゃないんだから」
 男が今一度、金髪の人魚と水色の鳥に顔を向ける。シャイラは不安げな顔色を浮かべており、みなも鳥は、静かに動向を見守っていた。気のせいか、円らな青い瞳が不安を彩っているようだ。静寂に包まれる中、ハイランダーは再びナミに向き直り、神妙な顔つきで口を開く。
「‥‥純血種狩りのアジトが判明しました」
(ほ、本当ですか!?)
 みなも鳥は『ピピッ!』と高らかに鳴き、シャイラは驚愕にパシャンと大きな飛沫を打ち上げた。
「へぇ〜♪ 流石は海底都市で生活するハイランダーね。アジトは確かなの?」
「はい‥‥囮を使いましたから」
(お、囮!?)
 狙う相手が決まっていれば、最も確実な方法は囮捜査だ。ハイランダーは先ず、選抜された人間を地上に送り込み、純血種狩りに捕えさせたのである。囮の体内に発信機を埋めて置けば、疑わない限り見つかりはしない。勿論、囮役も拘束スーツを着せられる事を覚悟したプロだ。
 大胆な行動に出たハイランダーに、ナミは感心しながら笑った。
「うんうん♪ 確かに確実だわ。逆に言えば、有力な手掛かりが見つからなかった為の強行手段に出たって所よね★」
「‥‥楽しそうに痛い所を突く方ですね」
 シャイラとみなもが今も愛玩動物として生活しているのは、調査及び事後処理までの間、匿われていた方が安全だと判断したからであった。つまり、結果的に調査は難航し、先ずは組織を着き止め、純血種狩りの全貌を把握する手段に出た訳である。元々海底都市で生活する者達は、地上について感心が欠如していた。海の種族が絡んでいるかもしれないとは言え、広大なだけに、特定も難しい。ましてハイランダーでも上位であるシャイラの家族や、純血種の人魚である、みなもの家族に急かされては、慎重に裏を取る時間も限られ、苦渋の選択として囮の導入となったのだ。
「それで? 場所はどこなの?」
「発信機の止まった地点とナミさんの地図を照らし合わせると‥‥」
 男は一点に印を刻んだ。恐らく、闇の動物オークションに出荷される人間達が囚われている場所と断定したらしい。
(拘束スーツで半獣となった人達を救出して、壊滅させましょう!)
「ピーピー煩いわよ、みなも。場所は何となく掴めたわ。問題はどうするかよね‥‥」
(ど、どうするかって! 壊滅ですよ、か・い・め・つ! ‥‥ッ!)
 スッと向けられた銃口に、みなも鳥は『ビッ!』と短く鳴いた。男が困惑したような顔色を浮かべる中、ナミの鋭い瞳が愛玩動物に向けられる。
「いい? あんたの事だから壊滅とか考えているでしょうけど、ここからは慎重に行動するべきだわ。敵の防衛力や攻撃力、それにルートだって掴みたい所よね」
「‥‥仰る通りです。囮がいるのは確実ですが、ここが本拠地かは特定できません。まして、表沙汰になると、我々ハイランダーも巻き込まれてしまいます。本来、我々が踏み込むべき問題ではないのですから‥‥」
(そんな‥‥)
 地上を捨て、海底に都市を築いて移り住んだハイランダー。政治的な関係は既に破綻しており、利益をもたらす観光客としてのみ、地上で成立しているだけの関係だ。
 彼等の腰は重かった――――。

●無力故に
 ――いやあぁぁッ!! もう帰して! 犬の生活なんて耐えられないわ!
 何時ぞやの鑑賞会での出来事が、みなもの脳裏を過ぎった。一週間ごとにスーツを脱いで行われる鑑賞会と呼ばれる身体拭き。その時だけ、人間は半獣型の拘束スーツから解放され、本来の姿となれるのだ。僅かな解放の隙を突いて逃げ出す者が沢山いた。或る者は麻酔弾に倒れ、或る者は見限られて蜂の巣と化し、薬物投与で大人しくなっていた者は最後の抵抗故か涙を流していた。
(もう、こんな事は終わりにしなければいけない!)
 みなも鳥は静かに鳥篭から出ると、テーブルに置きっぱなしの地図を確認した。紙面には場所を特定させる為、ナミの住処、オークション会場、鑑賞会のビル、そしてアジトに印が付いている。必死に頭の中へ叩き込み、アジトの場所を覚えると、水色の翼を羽ばたかせた。
(よし! 飛べるわ。シャイラさん、待ってて下さいね)
 水槽の底で横になり穏やかな寝顔を浮かべる少女を暫し見つめ、みなも鳥は月明かりの浮かぶ空へと飛び立った――――。

 ――夜空をみなも鳥は滑空してゆく。
 鳥としての生活にも慣れた少女は、翼を巧みに操り、思うように飛んでいた。眼下に浮かぶ浸水の進行した幾つものビルが、神秘的且つ荒廃的に映った。屋上では猫の半獣人が背中を丸めて眠っている姿も捉えられる。大海に飲み込まれようとしている世界でも、純血種と呼ばれる人間を狩り、利益を求めているのだ‥‥。人間とは何て愚かな生物なのだろう‥‥。
(あれ、ですよね?)
 目標のビルを確認すると、みなも鳥は高度を下げた。今更説明する程ではないが、この世界は水没の一途を辿っている。つまり、生活空間として成立するのは、水嵩が増しても完全に浸水していない高層ビルと限られているのだ。その為、このビルが何を行っているのか分かるように、大抵は大きな看板が屋上に飾られたり、案内地図が置かれていたりする。だが、このビルだけ何も目立った所は見当たらない。
(如何にも怪しさ一杯です。きっとこの中に沢山の捕まった人間達が‥‥)
 瞳を研ぎ澄まし、風を切りながらビルの周りを滑空すると、適当な窓から中へと侵入した。拘束スーツで鳥の半獣と化しても、本当に鳥の遺伝子を取り込んだ者とは違う。みなもは月明かりを頼りに通路を歩いてゆく。幸い、見張り等は見当たらなかった。当然と言えば当然だ。敵対する者がいなければ見張りや防衛システムは必要ない。狩られる人間は非力であり、対抗手段を持たないのが現状だ。身を守る事が精一杯で、囚われた仲間を救い出そうなどと考える者はいないだろう。
(うーん、何処にアジトがあるのかな?)
 ハッキリ言えば、みなも鳥は迷っていた。ビルとは数階のフロアで区切られた建造物だ。場所を特定しても、何階の何処にアジトがあるか特定するのは難しい。尤も、ビルの見取り図が予め入手されていれば話は別だが‥‥。ハイランダーが安易に踏み込めない理由もそこにあったのかもしれない。
(あ、少し明るくなって来た。もう朝なんですね。急がなくちゃ!)
 みなも鳥は通路を飛び交いながら捜索を続けた。警戒の必要が無ければ、慎重に行動する意味はない。それに飛んだ方が速いというものだ。何度も天井にぶつかったのは見なかった事にしよう。
(このドアが怪しいわ!)
 辿り着いたのは重厚なドアの前だ。入口の割りに壁は広く、室内が広いであろう事が読み取れた。みなも鳥は羽ばたき滞空状態を保ちながら、足で器用にノブを回す。
 ――カチャッ★
 金属独特の音が静寂の中に響き渡り、ドアが開く事を示した。そのまま羽ばたきながらノブを渾身の力で引っ張り、隙間を確認すると一気に細い身体を滑り込ませた。
(先ずは明かりを探さなきゃ‥‥これね)
 首を左右に振り、照明スイッチを見つける。鳥と化していても人間の考える事は分かるし、半獣として獣の遺伝子を受け継いだ人種とて退化する必要は無い。
 みなも鳥は長い嘴で明かりのスイッチを押し込んだ。刹那、天井から注ぎ込む光で一瞬視界を奪われたものの、室内を照らした空間が直ぐに浮かび上がった。
 瞳に映るは、幾つもの檻が敷き詰められた一室だ。中には水槽も確認できる。みなもには見覚えのある場所だった。
(そうよ、あたしが囚われた場所と同じです! ここがアジトだったんだ)
 その時だ。明かりが点いた事と、みなも鳥の姿を見た拘束スーツの半獣と化した人間が、彼方此方で声を響き渡らせた。忽ち、室内は鳴り止まぬ悲鳴に包まれたようなもの。慌ててみなも鳥が鳴くが、当然会話が成立する訳がない。
(お願いですから静かにして下さい! あたしは助けに来たんですから!)
 みなも鳥もけたたましく鳴くが、これでは全く意味がない。かえって喧しいだけだ。
(そうです! 証拠を見せればいいかも)
 飛び立ち、一番奥から順に檻を開けてゆくみなも鳥。しかし、自分もそうだったように、逃げられないよう鎖と首輪が巻かれていた。
 ――助けて! 早くここから出して! 家に帰らせてくれ!
 悲痛な鳴声が様々な形で飛び込む。鳥の声もあれば、猫や犬の声もある。シャイラのように唯一の意思表示である尾鰭をしきりに打ち鳴らす者もいた。みなも鳥は困惑の色を浮かべ、左右に首を振る。
(どうしよう‥‥鍵が外せないと‥‥!!)
 その時だ。鈍い音と共にドアが開けられた。現れたのは猫の半獣人だ。太り気味のふてぶてしい顔つきの男は、ギロリと眼光を疾らせる。同時に鳴き止む檻の中の半獣達。みなも鳥の姿は見当たらない。
<なんで灯りが点いてやがんにゃ? 変だにゃ‥‥>
 クンクンと匂いを嗅ぎ、異常が無いか先ず鼻で確認する。眼光を閉じた刹那、みなも鳥が飛来して強襲に挑んだ。鍵を持っていれば助けられる! 動物で例えれば猫と鳥では大きさも違うが、半獣人も、みなも鳥だって元は人間。大きさに大差は無い――が、問題は腕力、或いは攻撃力だ。
<な、なんにゃ! コイツ、どうやって逃げ出したにゃ! えぇいッ!>
 必死に羽ばたき、嘴で突ついたみなも鳥だが、薙ぎ振るわれた爪に叩き落とされた。幾つもの羽根が舞い落ちる中、鮮血を流した少女は気を失っていた――――。

●恥辱の躾
<困りますなぁ。飼い主がシッカリして頂けないと‥‥>
 二ヤリと口元を歪ませ、狐の半獣人は窓を背に、細い瞳を流す。視界に映るは、半獣人スーツを着込んだ赤い三つ編みの少女だ。彼女は、みなも鳥の飼い主として呼ばれたのである。
<「ごめんなさい。ちょっと慣れて来たから放し飼いにしようとしたのよ。まさか逃げられるとは思わなかったわ」>
 チッチッチッ、と指を振り、狐は口を開く。
<その油断がいけないのです。聞けば、薬の投与も行っていないそうじゃないですか? 純血種は逃げる事に関してはプロなのですから、気をつけて下さい>
<「ええ、そうするわ。それじゃ、アタシの返してくれるかしら?」>
 腰をあげるナミ。しかし、狐は首を横に振って溜めを作った。
<監督不行きによる罰則を与えさせて頂きます。先ずは承諾のサインを>
<「はぁ? 確かにアタシに落ち度があったけど、罰則ってなによ!?」>
<愛玩動物の調整ですよ。契約書にも書かれていたでしょう? 心配なさる必要はありませんよ>
 ナミは狐と共に部屋を移動した。そこには他にも半獣人達がおり、前方にはステージのようなモノが確認できる。席に案内され、三つ編みの少女は訝しげに瞳を細めた。
<「何を始める気?」>
 ナミの疑問に、隣の椅子に腰掛ける半獣人が口を開く。
<調整ですよ。わしもペットに逃げられましてな。探してくれたのは良かったのですが、調整が必要だと。勿論、無料で、気に入らなければ高値が買い取ってくれるそうですよ>
<「気に入らなければ、買い取るですって?」>
 ステージのカーテンが上がり、スポットライトが照らされた。浮かび上がるは、逃げられないよう足に錘の付いた鎖を巻かれた拘束スーツの半獣達だ。その中には、みなも鳥もいる。
(ナミさんッ! ごめんなさい! あたし‥‥助けてくれますよね?)
 一斉に主を確認したペット達が騒ぎ出した。救いを求めているのだろう。そんな中、マイクを片手に握った狐の声が響き渡る。
『それでは、愛玩動物の調整をさせて頂きます。この処置により外見が今までと変わる事になります事を御了承下さい。これは逃げ出した者と飼い主への罰なのです』
 靴音を響かせ、みなも達の背後に半獣人達が並ぶ。手に持っているのは一本の注射器だ。
(なに? いやッ! ナミさんッ助けて下さい! 怖いよぉッ!)
<「ま、待って! 薬物投与は望まないわよ! アタシは彼女のままがいいの!」>
『では申しましょう。この青い鳥は飼い主から逃亡しただけに終わらず、どうやって知ったのか、我々の商品を逃がそうとしたのです。下手をすれば大損害! 先ほども申した通り、躾は罰なのです。貴方にも責任があるのですから、受け入れて貰わないと困りますねぇ』
 狐が背後に並んだ半獣人達に顔を向けると、拘束スーツに注射針を突き刺した。痛みを告げる短い悲鳴が響いた後、室内は静寂に包まれる。マイクを持った半獣人の細い瞳が笑う。
(あ‥‥なに? あ、あぁッ!)
 拘束スーツのペット達と合わせるように、みなも鳥もパタリと倒れると、翼と足をバタつかせて苦しみに足掻き出した。一瞬にして室内は様々な動物の悲鳴に包まれる。ナミ達が固唾を呑んで見守る中、一つの変化が訪れた。みなも鳥の翼が細く縮み出し、顔を覆っていた鳥の面影がズリルと溶け出し、肢体を包んでいた羽毛が泡を吹いて消失してゆくのだ。
(身体が痛いッ! ナミさんッ、あたし、どうなってい‥‥あ゛ぁ゛ッ!!)
 青い髪を床に波打たせた少女が大きく瞳を見開き、声にならない悲鳴をあげた。刹那、ビキビキと音をたてながら、みなもの両足が有り得ない方向に曲がり出す。流石のナミも黙って見ていられない壮絶な光景だ。
<「や、やめさせて! 何をしたのよ!」>
『躾は始まったのです。もう誰にも止められませんよ』
 みなもは仰向けになり、翼をバタつかせて尚も足掻く。白い肢体を弓なりに仰け反らせ、端整な風貌が涙と苦悶の色を浮かばせる中、少女は何度も小刻みに痙攣を起こしながら気を失った――――。

 ――みなも! みなもってば!
(あれ? 誰かが呼んでる‥‥ナミさん? あたし、こんな風に起こされるの久し振りかも‥‥だって、あたしは鳥なんだから‥‥!! 鳥?)
 激痛と恐怖が背筋を疾った。みなもは戦慄の表情を浮かべ青い瞳を開く。ぼんやりと霞む視界に映るは、心配そうに覗き込んでいるナミの姿だ。そして、もう一人、狐の半獣人がいる。
<目覚めたようですね。では試しましょうか? みなも、笑いなさい>
(え? なに言ってるの? そんな‥‥!? なに? 口が、勝手に‥‥)
 ベッドに横になっているみなもは、端整な風貌に微笑みを浮かべていた。思わず驚愕の色を浮かべる少女。狐は満足そうに二ヤリと微笑む。
<ふむ、命令の後の戸惑い‥‥侵蝕は成功ですよ>
(侵蝕? 何の事? あれ? そういえば嘴が見えない‥‥)
<さあ、自分の姿を見るがいい!!>
 シーツが勢い良く払われ、天井がスライドすると、鏡が現れた。みなもは瞳を見開き、戦慄する。鏡に映った自分の容姿は、中途半端な形で肉体と癒着したものだった。腕が面影もなく鳥の翼と化しており、細い足は所謂『鳥形』に曲がり、もはや人間の足ではない。それより、少女を戦慄かせたのは、端整な顔と白く細い肢体は人間のままという事だ。例えるならファンタジー物語に登場する『ハーピィ』に近いだろうか。
(な、なに‥‥? これがあたし‥‥)
 露となった人間の身体に、みなもは顔を背けて羞恥に頬を染めた。隠したくとも翼が曲がってくれない。
<さあ、立って主に挨拶をしなさい>
(どうして? こんな、こんな姿に‥‥!? あれ? なに? 身体が勝手に‥‥!?)
 みなもはベッドの上でバネの効く両足で立ち上がり、呆然とするナミに向き直っていた。三つ編みの少女が震える口を開く。
<「どういう事なの?」>
<罰ですよ。恥辱や尊厳など自意識を残したまま従属化したのです。拘束スーツはナノレベルで身体と脳を侵蝕し、どんな命令にも心で抵抗しても身体は指示通りに動くのですよ。人間の身体は色々と使い道もありますからね。例えば‥‥みなも、私の靴を舐めろ!>
(そんな事できる訳が‥‥!? いやッ、なに動いているのよ? ちょっと? やめてッ!!)
<「もういいわ! アタシのペットなんだから勝手な事しないで! ‥‥帰るから、この娘に羽織る服とかないの?」>
<罰ですから。それに服は着れないでしょう? オーダーメイドで作るか、ご自分で作られるしかありませんなぁ>
<「ちょっと! それじゃ、アタシのペットは晒し者じゃないの!」>
<見せしめですから、仕方がないでしょう。私は言いましたよ、飼い主への罰でもあると。あぁ、リストを確認させて頂きましたが、鑑賞会は人魚だけで結構ですから。もうこのペットには必要ありません>
<「‥‥みなも、帰るわよ。庇ってあげるから少しの間、我慢なさい」>
<そこまで純血種フリークだったとは意外でしたね。こんなにペットを愛しても、逃げようとするのですから、皮肉なものですなぁ>
 ――あたしはナミさんに庇われながら歩く中、狐の半獣人の言葉を思い出していました。
 人間が飼っている愛玩動物も、心は通じているように見えて、本当は擦れ違っているのに気付かずにいるんじゃないかって‥‥。きっと、意思の疎通が出来てこそ、心は通じ合うんです‥‥。
 その後、事態が急変する事をあたしは未だ知りませんでした――――。

●報復という結末
 純血種狩りのアジトと思われるビルを取り囲むように、数隻の潜水艦が姿を浮かばせていた。
 ハッチが開くと、完全武装した兵士達が現われ、次々とビルの出入り口に陣取ってゆく。中には向かいのビルに駆け、窓へ銃口を向ける者達もいた。そんな緊迫した光景の中、潜水艦の外部スピーカーから声が響き渡る。
『我々は海底都市の人間である。我々の民である一人の少女と、親睦を深めた人魚の少女を拘束し、辱めた行為は許す訳にはいかない! 元より、獣の遺伝子を取り込み、地上に残る民が人間を狩ろうと自由ではあるが、マーメイドビレッジの名において、我が同胞を辱めた行為に対し、報復する!』
 海面から姿を見せたのは、弓を構えた幾人もの人魚達だ。
 つまり、報復という決断に達したのは、マーメイド達によるものが大きいと窺える。人魚であるみなもの、不完全同化を果たした姿を見せられれば、誰もが憐れみと怒りを覚えた事だろう。
 ――報復は圧倒的な武力により行使された。
 無論、獣の遺伝子を取れ入れて半獣人達の中には、己を過信して抵抗を及んだ者も多くいたが、獣の牙や爪、並びに地上の武器に完全対処した防備の兵達により、全て蜂の巣と化した。言い換えれば圧倒的虐殺と呼んでもいいだろう。ビルの壁面や通路には夥しい鮮血が飛び散り、躯は血の池に浮いているようだと謂われる程だった。
<地上を捨てて海に逃げ込んだ奴等が今更何を言う! こうなれば責任は貴様にある! 恨むならハイランダーを恨むがいい!!>
 狐の半獣は囚われた拘束スーツの人間達に薬物投与し、多くの者が不完全な侵蝕の犠牲となったが、その事についてマーメイドビレッジは一切関知しなかったらしい。
 ここに、ハイランダーによる報復という大量虐殺が沈みゆく運命の地上に刻まれたのである――――。

●エピローグ
「ほら、みなもちゃん♪ 私が作った新しい服ですよ☆」
 みなもの瞳に映ったのは、シャイラの笑顔だ。拘束スーツから解放され、今は昔と変わらない風貌と容姿で普段の日常を取り戻していた。両手に広げた衣服は、まるで首から掛けるエプロンのよう。致る所にフリルが施されているのが、彼女らしいか。
(うわぁ☆ 可愛らしい服ですね♪)
 青いロングヘアの少女はコクリと頷き、小首を傾げて微笑んだ。今のみなもには、これが最大限の意思表示。不完全な拘束スーツとの融合は、言葉を失わせ、鳥だった時のように囀る事も侵蝕と同時に切除されていた。長い金髪の少女は緑色の瞳を和らげ、微笑む。
「今、着ますか?」
(はい☆ これから出掛けますから丁度いいです♪)
 みなもは端整な風貌に満面の笑みを見せて応えた。今の彼女は嫌でも誰の言う事にも従ってしまう。だから、本当の意思である事を告げる為、オーバーに表情を見せるようになっていたのだ。
(‥‥シャイラさん?)
 シャイラは聖母のような風貌に、瞳を潤ませたが、少女が顔色を曇らせ覗き込んで来ると、努めて明るく振る舞った。
「‥‥はい☆ それじゃ、着替えましょうね♪」
 ――コンコン★
(あ、迎えに来たのかも!)
『みなもー、着替えたらラボに行くわよ〜』
 ノックの後、ドア越しに流れて来たのはダルそうなナミの声だ。彼女はシャイラとの約束通り、現在はマーメイドビレッジに移住し、みなもの治療研究に携わっていた。
「ん? なに、みなも? アンタの事だから、眠そうとか言いたいんでしょ?」
(はい‥‥とっても眠そうですよ? それに疲れているみたいです‥‥)
 コクコクと青い髪を揺らし、顔色を曇らせた少女が頷く。ナミが殆ど眠っていない事をみなもは知らない。みなもの身体を侵蝕した拘束スーツとナノマシンの研究。そして、ロストテクノロジーである拘束スーツそのものの研究。更に、対殲滅用ナノマシン製作と、やるべき事は沢山あるのだ。
「ふふん♪ 甘く見ないで頂戴★ 寝不足はサイエンティストの勲章よ♪」

 ――その後、純血種狩りが完全に消えたかは現状報告は受けていない。
 ただ、今は、みなもやシャイラが笑顔を取り戻し、自分も笑顔で彼女達に接していられれば良いと、白衣の少女は思っていた――――。

「‥‥はい、みなもさん☆」
 カタリーナは瞳を開くと、胸元に当てた一枚のカードをみなもに差し出した。青い髪の少女は佇んだまま、自分の身体に手を当てて見る。
「良かった。あたしのままだ‥‥」
「みなもさんの履歴を更新いたしました。『純血種狩りの組織を壊滅させようと、単身踏み込んだみなも。しかし返り討ちに合い、躾として不完全な拘束スーツとの融合を果たす。人魚族の働き掛けもあり、ハイランダーの武力で組織は壊滅したようだ。現在は幼馴染とマッドな科学者の少女に飼われ治療中』って感じです☆」
「‥‥そうですか」
 みなもは俯き、顔色を曇らせながら薄く微笑んだ。
「みなもさん? あなたの想いに何があったか存じませんが、頑張って下さい☆ どんな事があっても負けない想いは、きっと力になってくれる筈ですから」
「え? あの‥‥」
「それでは、みなもさん、ごきげんよう☆」
 カタリーナが微笑む中、次第に大きくなる眩い閃光に、みなもは瞳を閉じた――――。

<人魚の生活を続ける> <目を覚ます>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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 この度は継続発注ありがとうございました☆ 
 こん**わ♪ 切磋巧実です。
 大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした(汗)。切磋、体調崩してしまっておりました。
 それにしても、偶に何か切っ掛けにして窓開けようと、2月8日に1時間だけ受注したのですが、気付かれるとは思いませんでした。お目に留めて頂き、有り難うございます。
 さて、何か話数切り上げたアニメみたいに急展開してしまいましたが(はい、切磋が窓開けないからですね(汗))、いかがでしたでしょうか? かなり辻褄合わせに難儀したのはヒミツです(笑)。
 みなもさんは、肉声(?)で一切喋っておらず、挙句は声まで奪われてしまっていますが、悲劇譚とはいえ、こんな結末で良いのかと不安になってしまいます(微妙に完結していませんが)。
 お気に召しましたら是非、続編をカタリーナにお聞かせ下さい。勿論、別の世界で物語を綴るのも自由です。‥‥いえ、ゴメンなさい。窓開けないと駄目ですね、はい(^^;。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆