■魔女の唄、キミの夢■
千秋志庵 |
【5973】【阿佐人・悠輔】【高校生】 |
魔女――そう呼ばれる少女は、闇を纏った世界で唄を奏でていた。
哀しい旋律を、時に表情へ僅かに感情を滲ませながら。
願ってもいない力を愛で、
望んでいない死を受け入れるために。
「来た、のね」
求めるのは、自分を壊す相手。
欠片もなく、存在を消してくれる存在。
その力を計るために、殺し続けるだけの存在。
魔女は、人から嫌われるだけの存在なのだから。
――でも私は、どうしてそう思うようになったのだろう。
ただの殺人者、通り魔と成り果ててもそう思う理由を、少女は知らない。
都市伝説の一つでもない、少女の噂。
唄う魔女の夢を見る、一人の少年。
少年は或る日、少しだけ行動を起こすことになる。
一つ、少女の願いを叶えることを。
一つ、少女をこの世界に留めておくことを。
そのいずれかを、選択するために。
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魔女の唄、キミの夢
――唄が届くことを、祈っています。
ゴーストネットOFFの掲示板に載っていた少しだけ変わった形の通り魔の噂の調査を、阿佐人悠輔は二つ返事で了承した。同じ場所に時間を問わず現れる通り魔は、人外のモノであるともいう噂がある。
それと同時に、一つのあまり良くない話も、だ。
どちらにせよ、噂の域は未だに出たものではない。
退治するかどうかは悠輔の手に掛かっているらしいから、詳しくは会ってからでも構わないだろう。平時の装備と荷物を手に出発し、時刻が零時に差し掛かる少し前にその場所に辿り着いた。
噂は真実で。
少女はにたりと笑って、其処に立っていた。
通り魔は<少女>。
そして自分を殺してくれる存在を、待ち続けていると言う。
それが噂の全て。
何から問おうか考えた末、悠輔は一番知りたがっていたことを名乗るよりも先に口にした。
「あんたは、人を殺したいと思っているのか?」
「その質問、正しくないわ」
思っていた以上に落ち着いた声で、少女は答えた。
「自分を殺してくれる人に、会いたいの。警察や下っ端なんかには用はないの。本当に、殺してくれる人に、会いたいの」
「死にたいのか?」
「殺されたいの」
「……違うのか?」
「違うわよ。雲泥の、差」
少女は人差し指を口元にやって、悠輔は困惑したように腰に手をやった。
「唄が、聞こえない?」
「唄?」
「ふうん、貴方でもないのか。なら、死ぬ? そうすれば、彼も出てくるわよね」
「彼?」
「私の、唯一の唄の聞き手」
「つまり……彼に、殺されたいのか?」
「そうね。それも悪くない。でも、どこにいるかも分からない人を探すには、自分がこうやって居場所を明らかにする以外に知らなかったのよ」
「探偵に依頼する、とか」
「<私の唄が聞こえる人>をどうやって探すって言うのよ? 方法は、これしか思い付かなかった」
「単純だな」
「ええ、単純よ。でも、単純なものが一番複雑なのよ」
「……それでも、幸せそうには見えないな、俺には。悲しそうな顔をしているようにしか見えないよ」
「うん、そうかもしれない」
「本当に死にたいのならば、自ら命を絶てば良い。そうしないのは、まだ生きることを諦めていないからだろう?」
「殺人衝動は、生まれつき。私はこの世界の人間じゃないから、消えるべき運命。その前に、ちょっとだけ」
――助けを求めたって、いいじゃない。
「支離滅裂な話だな」
「そうね。でも、質問に答えたらこうなっちゃっただけ。大体ね、全ての行動と発言に因果関係なんてあると思っちゃ駄目だよ、少年」
「で、お前は結局どうして人を殺してるんだ?」
「殺したいから、食事や睡眠と同じように必要を感じているから。あとは、こうやって有名になれば、会えるかなって思って」
「好きな人、か?」
「うーん……ちょっと違うかな。でも、遠からず」
さて、と。少女は両腕をぐーっと上に伸ばした。
「殺し合おうか、少年」
「……いやだ」
「そうか、なら私の気紛れに、その意見を尊重させてあげるよ。今までの人なんて、問答無用で斬りかかってきたからね。これくらい、寛大なものよ」
意外と呆気ない反応に、悠輔は首を傾げた。意味を問うような仕草に、少女は笑った。
「その代わり、また会いにきてよ。私を殺しに」
「そのとき、今みたいに殺さなくても構わないか?」
「勿論。でも、私がキミを殺すかもしれないけど?」
「殺させないよ、俺が」
「……変な少年だ」
明らかに自分よりも幼い少女が自分を<少年>と呼ぶことに違和感を覚えながら、悠輔は最後にと一つだけ問うた。
「もう人殺しを止める、と。約束は出来ないか?」
少女は明らかに戸惑った様子を見せたが、はにかんだ年相応の顔を一瞬だけ見せた。
「無理。でも妥協として、私はいつもこの時刻に此処で<狩り>をするから、誰も通るなって言っておいて。それなら、悪くもないでしょう?」
私を殺してくれる人以外はね、と付け加える。
殺戮に理由はなく、人と人が繋がる絆としてそれを使う。
間違った、それでも不器用にもその方法しか行使出来ず。
「ヘタクソだね、人との付き合い方が」
「そうよ。だって私は<魔女>だもん。人じゃないわ」
――だから、いつか殺しに来てよ。
最後に、少女はそれだけを残して姿を消した。
闇に溶けていく姿を追うことは出来ず、幻想との会話をしていたかのような空虚さが後味悪く残った。
殺戮を、決して正当化しない。
それでも、少しだけ、ほんの少しだけ<殺戮を自身の定義>としている彼女を哀れに思う。もしこの先で再び会い見えることがあっても、そのときに少女は望むように死ぬときであろうことを何となしに予測してしまっていた。誰にも変えることはない運命の類であっても、変えることが厭わぬものであっても。
「それでもやっぱり、誰も死ななくて、誰も傷付かない方法を見つけたいな……」
望む死に理由はなく、殺す生に理由もない。
それならば、逆もまた然りなのでは――?
「<魔女>、か」
魔女だから、人とは相容れない。そう言って、微笑んだ。
今、少女は生きている。
悠輔と交わした一つの約束を、風の噂ではそれでも頑なに護り続けているという。
その度に死者は増えていくが、それは少女が未だに生き続けているという証明でもあった。
死ぬために、生きる。
「それじゃあ、俺も久し振りにあの子に会いに行ってくるかな」
時刻は深夜。
答えを共に見つけるために、悠輔は少女の存在する場所へと進んで行った。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5973/阿佐人悠輔/男性/17歳/高校生】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
因果関係が全てにおいて成立しない、という台詞が好きです。
<思った>が故に<行動した>という繋がりが、存在しない感情もどこかにはあるのではないかと思います。
ただ何となく唐突に存在した<行為>そのものが、意味をこじ付けるよって与えることで本来のモノとは異質のモノになってしまうのではないか、と。
「生きて欲しい」と思うことに理由はなく、そう思ったから、そう願ったから、そのようにした。
ひょっとしたら、このような感情こそ一番正直な気持ちなのかもしれません。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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