■CallingU 「腕・うで」■
ともやいずみ |
【1600】【天樹・火月】【高校生&喫茶店店員(祓い屋)】 |
定期的な連絡を、いつものように深夜過ぎの電話ボックスでおこなう。普通の家ならばこんな時刻に電話をすれば激怒されるだろうが、遠逆では違う。
相手が出るまでの間、その少しの時間、そっと自分の指を掲げて眺めた。
細くて、冷たい指。
じっと見つめる顔には感情などなく、まるで能面そのものだ。
観察するような目で見つめていると、相手が電話に出た。
自分の名を言い、早速報告する。
「憑物封印は半数を越えました。ええ……順調です」
喋りながらも、指先をじっと見ていた。
「え?」
ふいに表情が戻る。驚いたような顔をして苦笑した。
「気になることは…………あるにはあるんですが」
濁したような言葉を吐き、それから微笑む。
「いいんです。たいしたことではないですし……。あと半分くらいなので終わらせて帰った時にでも。
え? いやー……なんかこっちでは都市伝説みたいに言われてるんですよね……」
鈴の音を響かせて出現するという人物の噂は、ひっそりと広まっていた。
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CallingU 「腕・うで」
(そういえば……あのクッキーどうだったのかな)
空はすっかり暗くなっていて、辺りも静かになっている。
早めに帰ろうとは思っていたが、どうも遅くなってしまった。
天樹火月はお正月の際に日無子に渡したクッキーのことを思い出している最中。
一応自信作ではあったが……やはり気になる。
(あれ? あそこに居るのは日無子さん?)
電話ボックスで誰かと喋っている日無子を火月は発見した。
日無子は苦笑しつつ喋っている。
(…………せっかく日無子さんに会ったんだし、ちょっと待ってようかな)
そんなに長くかかるわけでもないだろう。
日無子の後ろ姿を見つつ、火月は待つことにした。
夜になるとかなりまだ寒い。火月はコートのポケットに両手を突っ込んだ。
と、日無子がこちらを振り向いた。完全に目が合ってしまう。
「あ」
小さく呟いた火月をじっと見て、日無子は話し相手に小さく何か言うと受話器を置いた。
ぎ、とドアを開けて日無子が出てくる。
「なにしてんのそんなとこでー」
相変わらず呑気な声だ。
火月は姿勢を正し、日無子に近づく。
「この間の……っ」
ぶお、と背後から強風が吹いて火月が前のめりになった。
(え……?)
よろめいて前に倒れていく自分。日無子が驚いて手を伸ばして――。
さらに強い風が二人に向けて吹く!
バタン! とドアが閉まった。
(え? なに?)
状況がよくわからず火月は疑問符を浮かべる。
強い風が吹いてよろよろと……?
「えっ、あ!」
目の前に日無子がいる。
よく見ればここは電話ボックスの中だ!
狭い。とんでもなく狭い。
「す、すみません日無子さん……で、出ますから」
ぐらり、と電話ボックスが揺れた。どうやら外からの風に倒されかけているようだ。
ゆっくりと傾いていく。
「わ、わ……」
日無子のほうへと火月は倒れていく格好になった。
(そ、そんな……!)
完全に電話ボックスが倒れるかと思われた時、そのまま浮かび上がる。
「な、なんで浮かんで……?」
ゆらゆらと不安定に揺れる電話ボックスの中で火月はあることに気づいた。
無言でいる日無子がすぐ近くにいる。しかも、密着状態で。
(…………は、……)
かあー、と頬を赤く染める火月の心中など知らず、日無子は冷徹な表情で外を見つめていた。
電話ボックスはかなりの高度を飛行している。
「これ……何かが抱えて飛んでる」
「え?」
ハッとする火月はそっと視線を上のほうへ向けた。暗くて何も見えない。
「見えませんけど……」
「……周囲の景色を纏ってるだけ。むぅ……どうしようかな…………こっから攻撃するには狭いしなあ」
「す、すみません……っ」
慌てて日無子と距離をとろうとした火月はそのまま後ろに倒れる。
え、と思った時は遅い。
電話ボックスのドアには鍵などないのだ。簡単に開いて火月はそこから空中に倒れこんでいく。
――――落ちる!
がっ、と日無子が火月の手を掴んだ。そのままぐっと自分のほうへ引っ張る。
日無子の腕の中に飛び込むような形になった火月は完全に混乱してしまった。
なんでこんなに密着しているのに日無子は気にしないのだろうか。おそらく……火月に異性を感じていないか、そういう性格なのかどちらかだろう。あるいは両方かもしれない。
「ちぃ……! ったく面倒かけさせるんじゃないっての!」
日無子はいつの間にか右手に握っていた漆黒の刀を真上に向けて突き上げる。
ズガガッ! と、まるでマシンガンを撃ったように天井に穴が数個あいた。刀での攻撃なのに。
電話ボックスの揺れが激しくなり、さらに上のほうから甲高い鳴き声が響いた。悲鳴のような、鳴き声が。
「わっ、わっ……!」
ぎゅう、と日無子とくっつく。
ダイレクトに伝わる日無子の感触に頭の中がさらに混乱する。
「天樹く〜ん、そんなに密着されると動き難いんだけど〜」
にやにや笑って言う日無子に、火月は「え、え」と慌てた。
「まあいいかぁ。おねえさんにしっかり掴まっておきなさいな」
「な、なにするんですか、日無子さん?」
「メンドクサイから、一気に……」
「落ちますから!」
この高さで落ちると無傷で済むわけない!
止めないと!
(日無子さんて大雑把なんだな……)
にかっと日無子が笑った。
「なんとかなるって! これくらいなら落ちてもあたし、着地できる自信あるよ?」
「…………」
なにを明るく言ってるんだこの人は。
青ざめる火月はだんだん日無子のことがわかってきていた。
「俺はどうなるんでしょうか……」
「…………」
しーん。
なんでなにも言わないんだろう……。
日無子はちょっと考えてから笑う。
「あはは。そういえばそっかあ」
そっかあ……って……。
とにかく。なんとかしなければこのまま飛行を続けることになる。
日無子は腕を軽く動かしていた。大きく動こうとするとどうしてもガラスに当たって動きの妨げになるのだ。
(……使うしかないのかな)
だがこんな空高くで技を使えば地面まで一直線だ。
このままでいるわけにもいかないし……。
この狭さでは……。
がん、と日無子が腕を思いっきり引いた。肘で後ろのガラスを突き破ったようだ。
「ひ、日無子さ……!?」
腕から血が……!
日無子はそのまま腕を真上に振り上げる。
ビッ! と短く鋭い音が火月の耳を打った。
「天樹くんさあ、ちょっと支えててね」
「えっ!?」
咄嗟に電話にしがみつき、日無子の左腕も掴む。
ずずず……と電話ボックスが崩れていく。日無子の今の一撃でボックス内の至る所が斬られたのだ。
崩れ落ちていく中、外からの風が一気に内部に侵入してきた。なんて冷たい風だ。そして、強い。
日無子はまっすぐ真上を見上げている。火月もそちらを見遣った。
今度はちゃんと見えた!
着物を風になびかせて日無子はぐっと刀を握り締めて外へ身を乗り出した。
「日無子さん、落ちますよ!」
「今しかない! このままだとコイツの結界内に連れ込まれる!」
日無子が半分なくなった床に立つ足に力を入れて武器を操る。刀だったそれは長い長い棍棒となり、それを巨大な鳥の頭にぶち当てた。
火月は日無子の腕を強く握る。離せば彼女は地上に落ちてしまう!
けぇぇぇ! と鳥が鳴いた。
「ウザい!」
日無子の一撃が鳥の頭を貫く――!
鳥が動きを止め、電話ボックスを浮かせていた力がなくなる。一気に真下へと落ちた。
エレベーターが落ちるとこういう感じなのだろうか!?
急激な落下に意識がとびそうになった。
完全にバラバラになった電話ボックスを横目に見て、火月は日無子に視線を遣る。
彼女は落ちている最中だというのに巻物を広げていた。なにをしているんだろうかこの人は。
(でも、手は……)
離していない。良かった。
ぼんやりそう思っていると日無子が武器をさらに変形させていた。パラシュートのようになる黒いそれ。
これなら地上まで無事に降りれる。そう思っていた時だ。
日無子がびく、として動きを止めた。右手から「影」を離す。
舌打ちした日無子が掴まれた腕を見てから火月を見た。
それを見て火月は、なんとなく、わかってしまう。
(…………庇う気だ)
俺を庇う気だ、この人。
日無子はゆっくりと地面を見る。そして目を細めた。
地面に激突しようと、どうということのない目をしている。
ダメだ。
(そんなの、ダメだ!)
*
地上に落ちた二人は無事とは言いがたい。
日無子は右腕を折っていた。変な方向に曲がり、骨が肉を突き破っている。
だがそれ以上にひどいのは火月のほうだ。
直前で日無子が火月を引っ張った時、素直に寄るふりをして日無子を逆に庇ったのである。
おかげでかなりの重傷だ。
血を流して横たわる火月は日無子を見上げた。
「だ、大丈夫……です。すぐに治ります…………」
傷を癒していく火月はゆっくりと深呼吸する。
痛い。とても痛い。
声にならないほど痛い。
「日無子さん…………ケガは……?」
「…………」
黙って佇み、見下ろしている日無子は無表情だ。彼女の曲がった腕は火月の血まみれの視界には映っていなかった。
ごきごきと鈍い音をさせて日無子の腕が元通りに戻っていく。
「日無子さん…………あの、ケガが治るまで、傍に居てくれませんか……?」
火月の言葉に日無子はすぐ横に座った。気配を感じて火月は安堵する。
「この間のクッキー……あ、味は、どうでした……?」
「……美味しかったよ」
「そうですか……良かった。今度は、手料理を食べてくれますか……?」
「…………」
「さっきの……巻物、なんです……?」
「憑物封印。四十四体の憑物を封じる巻物。あたしはそれが目的で東京に来てるから」
星空を日無子は見上げた。
かなり遠くまで来たので、帰るのが大変だ。なにせ周囲は草ばかり。民家も見当たらない。
「……そうですか……。日無子さんの家は、どこに……?」
「企業秘密」
「て、手厳しいです、ね。…………お仕事、大変ですか?」
「べつに」
日無子は興味がないように呟く。
会話で痛みを紛らわしていた火月は、染み渡る癒しの力に身を任せた。
「どんな……家なんです……?」
「ネクラ」
「…………ねくら、ですか」
「まあね。でも、憑物封印が終わったらあそこに帰るのか。そう思うと……なつかしいのかもね」
火月は痛む身体で起き上がる。顔についた血を、手で無理やり拭った。
膝を抱えて座っていた日無子はどこもケガをしていない。いや……火月が知らないだけだ。彼女の傷は完治したあとなのだから。
「……あの、ケガをしていてなんですけど……」
「ん?」
「俺に……なにか、手伝えますか……?」
日無子はそれを聞いて目を見開くと、ケラケラ笑い出した。
あまりに明るく笑うので火月は不安そうに見つめるしかない。
「そういうのはケガしないようになってから言いなよね。それにあたしを庇うのもどうかしてるよ」
「どうしてですか?」
日無子は火月のほうへ腕を伸ばし、額の前で止めるとビシ! と指を弾く。デコピンであった。
ケガをしている火月にはかなりこたえる。
じーん、と痛みが身体に反響した。
「そんな大ケガしといてよく言うよ、まったく」
額をおさえてうずくまる火月を見もせずに日無子は笑う。だがその表情は、いつもの笑顔ではなく……何か別のことを考えているものだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【1600/天樹・火月(あまぎ・かづき)/男/15/高校生&喫茶店店員(祓い屋)】
NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、天樹様。ライターのともやいずみです。
少しずつ友情を育んでいる感じです。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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