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■CallingU 「腕・うで」■

ともやいずみ
【5682】【風早・静貴】【大学生】
 定期的な連絡を、いつものように深夜過ぎの電話ボックスでおこなう。普通の家ならばこんな時刻に電話をすれば激怒されるだろうが、遠逆では違う。
 相手が出るまでの間、その少しの時間、そっと自分の指を掲げて眺めた。
 細くて、冷たい指。
 じっと見つめる顔には感情などなく、まるで能面そのものだ。
 観察するような目で見つめていると、相手が電話に出た。
 自分の名を言い、早速報告する。
「憑物封印は半数を越えました。ええ……順調です」
 喋りながらも、指先をじっと見ていた。
「え?」
 ふいに表情が戻る。驚いたような顔をして苦笑した。
「気になることは…………あるにはあるんですが」
 濁したような言葉を吐き、それから微笑む。
「いいんです。たいしたことではないですし……。あと半分くらいなので終わらせて帰った時にでも。
 え? いやー……なんかこっちでは都市伝説みたいに言われてるんですよね……」
 鈴の音を響かせて出現するという人物の噂は、ひっそりと広まっていた。
CallingU 「腕・うで」



「ふぎゃああああっ」
 潰れたような声が辺りに響いた。
 それもそのはず。
 自転車に押し潰されている人物がいた。
 幸いなのか、それとも不幸なのか、周囲には誰もいない。
 恥を見られることもないが、大丈夫かと駆け寄る者もいないのだ。
 道路の僅かな段差によってタイヤが引っかかり、そしてあっという間に転倒である。
「うぅ、いたい……」
 しょんぼりしながら自転車を押し退け、風早静貴はよろよろと起き上がった。
 なんとも間抜けだ。自分で思って悲しくなる。
 とりあえず休日で講義もないので、静貴は姉からの仕事要請を受けてここにやって来ていた。
 なにせ老舗の栗羊羹までつけてくれるという。ここで行かねば後悔するに違いない!
 と、ここまでは良かった。
 だがしかし。
 頭上でカラスが不気味に鳴き、黒猫がささっと目の前を横切り、そして挙句はこの転倒。
 嫌な予感をひしひしと感じないほど静貴は鈍感ではない。
(もしかしなくても……今日はろくな目にあわないかも……)
 すでに自転車転倒で嫌な気分を味わっている。どうかこれが最後であればいい。
 自転車を押して目的地まで歩く。どうせあと少しだ。
「あ。あれかな」
 見えたのは古びた廃屋だ。
 静貴は思わず無言になる。
「…………なんだか……いかにも、って感じに見えるのは気のせいかな……」
 気のせいだと、誰かに言って欲しい気分になった。
 自転車をさらに押し、静貴は廃屋の真正面までやってくる。
 塀に囲まれたそこを門の外から覗き込んだ。
 薄暗く、人の住んでいる気配はない。これで烏がカァカァ鳴いていれば完璧だと思う。
(と、とりあえず周りはどうなんだろう)
 自転車を置き、静貴は塀に沿って歩いた。
 怪しげな結界もなさそうである。
(ふむふむ。まあ外側には危険なものはなさそうだな)
「おっと。前みて歩いたほうがいいよ」
 どうやらぶつかりそうになったが相手が避けてくれたようだ。
 静貴はぺこっと頭をさげる。
「あ、すみませ……って、欠月君じゃないかーっ!」
 大声をあげてしまったので、両手で口を塞ぐ。
 欠月はにこっといつものように微笑んだ。
「やっほー」
 なにが『やっほー』なのか。相変わらず呑気な少年である。
「ど、どうしてここに……?」
 心臓が飛び出るほど驚いた静貴はこそこそと尋ねた。
「も、もしかして欠月君……し、仕事……?」
「さて、どうでしょうか? 当ててみてよ」
 ナニー! と静貴が青ざめる。
 いきなりクイズとは。
(ど、どうしよう……)
 欠月は濃紫の学生服姿だ。この姿ということは……きっと仕事だ。
「えと。し、仕事……」
「はい、ブー。不正解。さようなら」
 すたすたと去っていこうとする欠月に、「わーっ、待ってぇー」と静貴が小さな悲鳴をあげた。

「実はねぇ、この廃屋って最近妙な噂があってさ」
 こそっと門の外から廃屋を眺めていた静貴は、横に立つ欠月の言葉を聞いていた。
(妙な噂……)
「はは……そ、そういえばなんかすごい話になっちゃってるよ、欠月君のこと」
「ん? なにが?」
「夜な夜な鈴の音をさせて現れる若い男の噂がね、広がってるんだよ。ものによっては怪談みたいなのとかあるよ」
「へぇー」
 楽しそうににこにこ笑う欠月に、静貴が「うっ」と小さくうめく。
「あの、ぼ、僕じゃないからね、そんな噂流したの!」
「だれもそんなこと言ってないでしょ。まあ最近ちょっと目立ってたなあとは思うから」
「そうなの……?」
「動きが派手になってるのは認めるよ。それにいいじゃない、そういう噂。おもしろくて」
 おもしろい?
 静貴が怪訝そうにする。
「尾ひれがついてどんなのになるか、楽しみだね」
「欠月君て、変なところが大らかだよね……」
「そうかな? まあその噂を悪用したりする輩がいたら……」
 す、と欠月が目を細めた。
 ぞっとする静貴。
「悪用したりするヤツなんているのかな……?」
「わからないよー? 女の子を怖がらせるために使う男もいるかもしれない。夜遅くに帰る女性を襲う口実にしたりとか」
「あ、うん。それは……まあ、あるかもね」
「そういうバカなことをする輩がいたら……」
「いたら……?」
「それこそ、男に生まれたことを後悔させてやろう…………と思う」
 にたり、と悪魔のような笑みを浮かべる欠月。
 しーんとなって静貴は青ざめたまま硬直した。
「ナンチャッテ」
 てへ、と可愛く笑う欠月だったが、静貴は笑えない。
 欠月とは短い付き合いであるが、彼がどういう人物か静貴は少しは理解しているつもりだ。
 彼は悪人ではないし、曲がったことをするわけでもない。
 やると言えば必ずやるだろうことはわかる。
 ただ言っていることが冗談か本気わからないというのがかなり問題だ。
(や、やりそう……欠月君なら……)
 怖い。本気でそう思う。
「いやぁ、でもこんな変テコな噂を悪用しようなんていう度胸があるならお目にかかってみたいなあ」
「こ、殺さないよね……?」
「まさかあ。そんなことに時間を割くほど暇じゃないよボクは。ふふふ」
 最後の笑いが非常に気になってしまうが、尋ねるだけムダだろう。静貴としても、これ以上怖い思いはしたくない。
「と、とりあえず行ってみようか」



 廃屋の屋根はぼろぼろで、少しだが日の光が中に入っていた。
 薄暗い部屋の中を見回していた静貴だったが、あまり妙な感じがしないことに不思議になる。
「おかしいなぁ。ここに巣食ってるって聞いたのに」
「静貴さん、ボクは見物してていい?」
 適当な場所に腰掛けている欠月に、静貴は頷く。
「いいよ。だって今回のは僕の仕事だし」
「二回も手を出すわけにはいかないからね。じゃあボクは危なくなったら助けてあげよう」
「……あの、僕も一応プロなんだけど……」
「ではその腕前、とくと拝見させていただきましょうか」
 にこにこと微笑む欠月の言い方に、静貴はうーんと眉根を寄せる。
(悪気はないんだろうけど……欠月君てどうしてああいうからかうような言い方するのかなぁ)
 家の中を探検するように歩き回る静貴は、おかしなところがないかどうかチェックしていた。
 玄関近くにいるであろう欠月はきっと今頃欠伸でもしているに違いない。
(霊気も出ている様子はないし……)
 あ、と静貴は思う。
 欠月はここに妙な噂があると言っていたではないか。
(聞いてくればよかった! なにかヒントがあったかも!)
 二階に移動していたため、静貴は慌てて階段を降りる。
 玄関のほうへ視線を移動させると、瞼を閉じている欠月が見えた。
「欠月君、ちょっと起きて」
 眠っていると思って近づきながら言うと、欠月はすんなり瞼を開ける。どうやら寝ていたわけではないようだ。
「終わった?」
「いや、まだ終わってないけど」
「あれ。そうなんだ。
 それで? ボクになんか用?」
「変な噂があるって言ってたよね? どんな噂か教えて欲しいんだけど」
「いいとも。代価は払える?」
 意地悪な笑みで言う欠月に、静貴は眉間に皺を寄せて困ったような顔をした。
「僕からお金でも巻き上げようとしてるの?」
「ははは。そんなわけないよ。冗談冗談。
 じゃあ教えてあげよう。
 この廃屋から子供の声が聞こえる」
「……それだけ?」
「それだけ」
 にこっと微笑む欠月は欠伸をした。
「じゃあ頑張って。ボクは好かれないから出てこないだろうし。静貴さんなら……大丈夫でしょ」
「え? それってどういう……」
「さてな」
 欠月は瞼を閉じてしまう。
 嘆息した静貴は顔をあげて耳をすました。子供の声とは、いったい……?
(やっぱり何かがいるのかな。でも、なんで欠月君は好かれなくて僕が……?)
 同じように退魔の者なのに。
 変なの。
 そう思いながら二階へ行く。
 ぐにゃ、と周囲が歪んだ気がした。
 きょとんとするものの、静貴は首を傾げる。
 しくしくと泣き声が聞こえた。
「ん?」
 見れば廊下の隅に座り込んで泣いている少女がいる。見たところ中学生くらいの女の子だ。
(もしかしてあれが……?)
 危険な感じはしない。
「あの……」
 声をかけると少女がびくっとして顔をあげた。かなりかわいい。
「え……に、人間……?」
「確かに人間だけど……」
 少女は足首に鎖がつけられている。
「あの、あの、どうか助けてください……! この鎖を外して!」
「ええ?」
 戸惑う静貴だったが、目の前のこの子は悪いモノには見えない。
「わかった。じゃあちょっと待ってて」
「奥に魔物がいます。危ないですから早く鎖を……!」
「魔物? で、でもそんな気配は……」
「私の結界です。おかげで……も、もう……」
 くらっと眩暈を起こして少女が倒れてしまう。静貴は慌てた。
 疲労の色が濃くみえる。
「奥……」
 静貴は決意して廊下の奥にある部屋に歩き出した――――。



 断風を使って戦い、なんとか始末した。
 少女を背負って階下に向かう静貴。
 玄関前に居たはずの欠月は階段の下で待っていた。
「やあ。無事に終えたみたいだね」
「欠月君! 知ってたの?」
「知ってたけど、ボクではちょっと無理だったから」
 くすっと笑う欠月。
 静貴の背中にいた少女が悲鳴をあげて隠れた。
「ほらね」
「え……どうして欠月君を怖がるの……?」
「座敷童は純真な心の持ち主を好むからね。ボクみたいなのは苦手なんだよ」
「ザシキワラシ?」
 この子が!?
 こんなに大きい姿なのだろうかと静貴は驚いた。
(普通はもっと子供というか……)
「静貴さんはやっぱり好かれたみたいだね」
「そ、そうなのかなぁ」
 欠月にできないことをできた、というのが静貴はちょっと嬉しい。
 照れる静貴であった。
「僕はそんな……綺麗な心の持ち主ってわけじゃないと思うけど」
「魂の色ってのを視ることができるからね。さすがに隠せないと思うよ」
「そ、そうなんだあ」
 背中の座敷童をちらっと見遣る。
 ではなぜ欠月は好かれないのか……。
(欠月君は性格が少し難ありだとは思うけど…………)
 もしかして、そこが嫌われる原因なのかもしれないなと静貴はちょっと思ってしまった。
「そういえば……欠月君は、憑物封印てのが終わったら……帰っちゃうんだよね。……なんだか寂しいなあ」
 ぼそっと呟いた静貴の言葉に欠月が目を細めて不愉快そうな表情をする。だがすぐに嘆息した。
「なにが寂しいだよ。仕事なんだから仕方ないでしょ」
「そっか……。あまりここに長居をするのもなんだし、帰ろっか」
 元気よく言って静貴は玄関のドアを押し開ける――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5682/風早・静貴(かざはや・しずき)/男/19/大学生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、風早様。ライターのともやいずみです。
 少しずつな感じですけど、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!