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■CallingU 「腕・うで」■

ともやいずみ
【2387】【獅堂・舞人】【大学生 概念装者「破」】
 定期的な連絡を、いつものように深夜過ぎの電話ボックスでおこなう。普通の家ならばこんな時刻に電話をすれば激怒されるだろうが、遠逆では違う。
 相手が出るまでの間、その少しの時間、そっと自分の指を掲げて眺めた。
 細くて、冷たい指。
 じっと見つめる顔には感情などなく、まるで能面そのものだ。
 観察するような目で見つめていると、相手が電話に出た。
 自分の名を言い、早速報告する。
「憑物封印は半数を越えました。ええ……順調です」
 喋りながらも、指先をじっと見ていた。
「え?」
 ふいに表情が戻る。驚いたような顔をして苦笑した。
「気になることは…………あるにはあるんですが」
 濁したような言葉を吐き、それから微笑む。
「いいんです。たいしたことではないですし……。あと半分くらいなので終わらせて帰った時にでも。
 え? いやー……なんかこっちでは都市伝説みたいに言われてるんですよね……」
 鈴の音を響かせて出現するという人物の噂は、ひっそりと広まっていた。
CallingU 「腕・うで」



 獅堂舞人は森の奥深くにある、古びた屋敷に来ていた。
 そこにある倉庫に妙なものが居るという。
 倉庫を整理していた人間がまず一人殺されたところから、始まった。
 多くの能力者が挑んではやられたという。
(どんなものがいるのか……)
 ふぅ、と舞人は軽く溜息を吐いた。



 屋敷はすっかり植物に侵食されている。ぼろぼろの壁や屋根に舞人は息を吐いた。いかにも、じゃないかこれは。
(鬼婆とかがいそうだ……)
 夕方なので余計に雰囲気が出ている。これで包丁を砥ぐ音がしたら笑ってしまうだろう。
(これは夜になるな……。まあ早く片付けて帰ったほうがいいだろう)
 夜の森はひとを飲み込むことがあるから。
 舞人は門を潜って入ると、倉庫のあるほうを見遣る。
 あとで付け加えたような、屋敷と不似合いな現代っぽい建物があった。だがあちらもそれなりに古い。
「あそこか……」
 しかし何人もの能力者がやられたというのは非常に危険な相手だ。
 覚悟しなければならないだろう。
 一歩ずつ倉庫に近づいていく舞人だったが、倉庫の頑丈な扉が少し開いているのに気づいた。
(? なんで隙間があるんだ? 誰もいないはずだぞ)
 そう思ったとほぼ同時に扉が蹴破られる。
 中から出てきた人物が力任せに蹴ったのだ。
 扉が片方吹っ飛び、そこからその人物は飛び出してきて地面の上を転がって止まった。
「ちっ……狭いところでブンブン振り回して……」
 ぶつぶつ文句を言いながら起き上がったのは遠逆日無子だ。舞人は唖然としてしまう。
 どうして彼女がここにいるのか。
(待てよ……。そういえば遠逆は退魔士だったな)
 妖魔がいるところには現れる、ということだろう。
 倉庫の中から何か音がしていた。
 がしゃ、がしゃ、と擦れる音だ。
「遠逆、どうしてここに?」
「ん?」
 どうやら今、舞人に気づいたらしい。
「なにしてんの、こんなとこで」
「それはこっちのセリフだと思うんだけどな……」
「あー。もしかして舞人さんの仕事ー?」
 面倒そうに言う日無子は今にも帰りそうだ。
 がしゃん、と倉庫から音がして舞人はそちらを見る。
 鎧武者だ。しかも、二体。
 手に刀を持っている。怪しい輝きを放っていた。
 どうやら日無子はこいつらと戦っていたらしい。
 武者は近くにいる日無子に狙いを定めると、鎧の重さなどものともせずに駆け寄り、刀を振り上げた。
「ったく!」
 日無子は持っていた漆黒の刀で一撃を受け止めた。ずどん、と重さがきて日無子の足が地面に少し沈んだ。
 横からもう一体が迫る。
 日無子はそちらに目配せをしたが、舌打ちしただけだ。彼女は目の前の武者を蹴りつけ、横からの一撃を避ける。
 いや、完全に避けられなかった。タイミングが遅かったためだ。
 日無子の左腕が傷つけられた。赤い血が流れていく。
 それを見て日無子はぎょっとしたように目を見開くが、顔つきが変わる。
「イテーだろーが……!」
 刀なのに彼女は武者の横っ面をそれで攻撃した。力任せの一撃だ。
 吹っ飛ぶ武者。
 舞人は驚いた。
 日無子があれほど怒ることはないと、思っていたからだ。
 ハッとして日無子の援護に入る。
「遠逆、一体ずつ始末する。どうだ?」
「……知らない」
 日無子は無表情でそう言うや、左腕を見た。傷はもう消えかけている。
「おー、いて。切れ味が良かったからすぐに傷が塞がったけど……」
 ぶつぶつ呟く日無子を唖然としてみていたが、ゆっくりと距離をとりつつ近づいて来る武者たちに舞人は構えた。
(操られている感じがするな。動きが奇妙だ)
 だったらその原因はどこだ?
 舞人は武者たちを観察する。
 不自然な箇所を探せばいい。
(鎧自体にはそれほどなにも感じない…………)
 刀だ。異様なのは、武者が持っている刀。
 おそらくはあれが元凶だ。
「遠逆、ケガは大丈夫か……?」
 日無子のほうを見もせずに問うと、日無子はいつもの表情で「へ?」と呟く。
「ああ。そんなのもう治ったよ。あ、そうだ。あたし手助けしないから」
 あっさりと日無子はそう言う。
「舞人さんの仕事だしね。助けを求めないでしょ、舞人さんは」
 その通りである。
 舞人は日無子に助けを求めない。
「あたしは親切じゃないからね。ピンチなら、まあ見かねて手を貸さないこともないけど」
「相変わらずだな」
「自分の仕事なら譲らないけど……ひとさまの仕事に手を出すほど無粋じゃないだけ」
 日無子はぶん、と刀を振ると手を離した。刀であった影は地面に落ちて日無子の足もとにたまる。
「そのほうがいい……。遠逆は退がっててくれ」
「……まあいいけど」
 肩をすくめて日無子はさっさとそこから離れた。そして屋敷へと入っていく。
 残された舞人は武者の攻撃をうかがう。
 左側の武者が刀を振るった。
 まずはそちらの刀を左の拳で破壊する。神秘破壊と呼ばれる、舞人特有の攻撃だ。
 刀は粉砕される。まずは一体。
 右側の攻撃を避ける。だがぐっ、と相手が刀をこちらに伸ばした。
 そのために舞人が読んでいた距離より長く……。
 舞人は右腕が斬られてしまう。
 一閃された腕に赤い線が走った。
 痛みで顔をしかめるが、体を素早く回転して左の拳を当てられるようにする。
 ごっ、と拳で刀を粉砕した。
 破片を撒き散らす刀は妖力を失い、武者たち……いや、操られていた鎧もどしゃ、と地面に落ちて転がる。
「……なんだか、少し呆気ないかもな」
 何人もの能力者がやられている、というわりには。
 血が出ている腕を早速手当てしていると、日無子が屋敷から出てきた。
「あー、終わったんだー」
 呑気なものである。
 彼女は手鏡を持っていた。
「あ、ケガしてら」
「……間合いを間違えただけだ」
「ふーん」
 まったく気にもしていない様子の日無子である。
「気にしてないだろうが、一応言っておく……斬られたのはかわせない俺のせいだし、遠逆が傷つくほうがよっぽど後味悪いからな」
「そういうの、ウザイって言うんだよ」
 けろっとした表情で日無子は言った。「ウザ……?」と、驚く舞人である。
「そういう恩着せがましい言い方するなってこと。それにあたしは守られるほど弱くない」
 だったらせめて怒っているような顔をしてくれればいいのにと舞人は思う。
 いつもと同じようにどうでもいいような口調で言うものだから、混乱してしまうではないか。
「そ、そうか……」
「そうだよ」
 にこっと微笑む日無子は持っている手鏡をその場で叩き壊した。元々ヒビが入っていたが、そこまですることはないのではと舞人は思ってしまう。
「それは……?」
「これは別件。あたしの仕事はこの鏡を始末することだったから」
「そうだったのか」
「能力増幅の鏡。まあ今回は妖魔退治じゃないから簡単だと思ってたんだけどね」
 目的を達成した日無子は舞人を見遣った。
「手当て終わるまで待っててあげるよ。早くしたら?」



 屋敷の縁側に腰掛けて包帯を巻く舞人。
 その横には日無子が座っている。
(別に恩を着せようなんて思ってたわけじゃないんだが…………どうも俺の言い方を遠逆はあまり好きじゃないようだな)
 自分に向けて「後味悪いんだ」と言っているのを想像する。
「……へえ。そうですか」
 としか言いようがないか、と舞人は思った。
 嫌われているわけではないようだが……友人として見られているかも不安である。
 異性として見られているかといえば……まったくの論外だろう。
(普通は異性だと認識していたら、横で大欠伸はしないだろうしな……)
 先ほどから無言だったので、思い切って舞人は話題を口にした。
「憑物封印……は、その後どうだ?」
「ま、順調」
「そうか。……終わりそうなんだな。終わったら、帰るんだろ?」
「当たり前じゃん。それが仕事なんだから」
「帰るのは寂しいな。せっかく会えたのに」
 ぼそっと呟くと、日無子は「そういうもんかなあ」とぼやく。
 どうやら日無子は舞人と会えなくても寂しいとも思わないようである。
(本当に変わった子だよな……遠逆って)
「そういや遠逆、都市伝説化してるな。逆に同業者に襲われないように気をつけろよ。もしもそうなったら、相手にせずに逃げたほうがいい。仕事でもないのに面倒だろうし、返り討ちにして、その噂からさらに敵を増やしてもしょうがないだろ」
「なんで同業者に襲われるわけ?」
 変なこと言うね、とばかりに不思議そうにした日無子が首を傾げた。
「あたしは同業者の仕事には手を出さないし、そういう縄張りはきっちり守ってるもの」
「そう言われれば、そうか」
 先ほどの舞人にも一切手を貸さなかったではないか。
「当たり前でしょー? あたしは東京に一定期間滞在してる、いわば居候の身なんだから。なんか問題あったら困る」
 腕組みして日無子はフン、と鼻息を出す。
「手当たり次第に妖魔を調伏したりするお節介とは違う。あたしはそういうとこ、厳しいの」
「なるほどな」
「あたしは優しくないからね」
 薄く微笑む日無子に、舞人は苦笑した。
「確かに遠逆はかなり手厳しいとは思う」
 だからなのかもしれない。
 傷を負った舞人の心配をしないのも。
 それは舞人が自分の仕事で負ったもので、日無子とは関係のないものだ。
 縄張りを重視し、他人の仕事に介入しないという徹底ぶりは……日無子らしい。
 舞人は手当てを終える。それを見て日無子はやれやれと立ち上がった。
「やっと終わったか」
「そうだな。待っててくれてありがとう」
「べつに舞人さんのために待ってたんじゃないよ。ここを焼き払えって命令されてたからね」
「冷たいな、遠逆は」
「あたしに親切を期待してもムダ」
 にやっと笑う日無子に、舞人は嘆息する。
「さあ、早く帰って。ここって変なものを呼び込んじゃう作りだからさ」
「終わるまで待ってるけど……」
「そういうお節介はいらない。早く帰れとあたしは言ってる」
 あまりここに居ると日無子が力ずくで追い出すだろうことは予想できた。
「じゃあ帰るか。遠逆も気をつけて帰れよ」
「……あのさあ、舞人さんてあたしのことなんか誤解してるよ」
 呆れたように言う日無子は肩をすくめる。
 舞人は屋敷から去った。そしてしばらく歩き、屋敷がかなり遠方になった時……。
 後ろを振り向くと、屋敷があった場所から煙があがっていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2387/獅堂・舞人(しどう・まいと)/男/20/概念装者「破」】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、獅堂様。ライターのともやいずみです。
 微妙な友情進行具合です……今回はあまり進んでないかもですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。