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■真白の書■ |
珠洲 |
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】 |
誰の手によっても記されぬ白。
誰の手によっても記される白。
それは硝子森の書棚。
溢れる書物の中の一冊。
けれど手に取る形などどうだっていいのです。
その白い世界に言葉を与えて下されば。
貴方の名前。それから言葉。
書はその頁に貴方の世界をいっとき示します。
ただそれだけのこと。
綴られる言葉と物語。
それが全て。
それは貴方が望む物語でしょうか。
それは貴方が望まぬ物語でしょうか。
――ひとかけらの言葉から世界が芽吹くそれは真白の書。
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■真白の書−初恋手前−■
「……そういえば、今、世間はバレンタインで賑わいでいるようだ」
なにやら愉快そうな様子でペンを扱うのはキング=オセロット様。
金色の見事な髪を緩やかに束ねて光に晒されるその様を、いつも私は眩しく見る方です。
ゆったりと笑みを浮かべて開いた頁にペン先を軽く当てて、文字はオセロット様の手で綴られていくのですけれど――あら、微笑ましい言葉ですね。お珍しい。
「贈られるチョコもさまざま、恋模様も様々。甘い恋やら、苦い恋やら」
私の知るオセロット様の印象からすると、やはり本日は少しばかり軽い空気のように思えます。
もしや何方かの……いいえ、巷の方々の恋模様を楽しまれてこられました?
「それぞれの恋の味を、味わっているのだろうな」
インクを微かに引いて文字を止めたオセロット様。
ああ、やはり第三者の立場からの楽しみを見出しておられる様子。
綴られていく物語を見るそのお顔は、そう。
言い方は悪いですけれど、マスタが誰かを揶揄うときにも似通って。
ご本人には言えませんけれどね。
――さて、此度綴られるのは如何様なものでしょう。
おそらくは騒がしいばかりの、けれど胸の内を温めるはずの物語。
** *** *
「お隣さんなんですけど、本当の弟みたいなものなんですよ」
かの白山羊亭のルディア・カナーズ程には活発でなく、黒山羊亭のエスメラルダ程には妖艶でもなく、にこにこと笑って話す店員は程よく大人の女性手前といったところだ。いやいや別に先に挙げた二人がいけないわけでもないけれども。
ともかくその店員の女性が語ることを耳に流し込みつつ、成程な、とオセロットが片眼鏡越しの瞳を白々と伏せた理由は厨房近くのテーブルにあった。
「オマエなんか姉ちゃんにふさわしくねぇ!」
「だからそんなこといわれても――ったぁ!」
「へん!」
「脛蹴られたらどれだけ痛いと思ってるんだお前」
「なんだこのヒンジャクヤロウ」
「両手で勝負しといて何言ってんだこの小僧め」
「トシのサのハンデってヤツだ!」
「蹴りもハンデか?」
「センジュツだろばーか」
「……はっはっは」
「あー!くそ!」
風に揺れる表の『準備中』の札が主張してカタカタとしきりに戸を叩く。
あまりにそれがリズミカルな為に自分の指先も誘われてついつい節を取っているのを止めると、手元の紙にペンでオセロットはきゅっとサインをする。眼前の勝負の勝者の名前だ。
いや、勝負、というか。
「それにしても腕相撲にどれだけ時間かけるのかしら……」
「彼が納得するまでだろうな」
「……もう二十回くらいしてますよねぇ」
「正確には二十三回。今二十四回目が始まったが」
元気なものだと笑うしかない。
オセロットと店員の女性とが眠気さえ覚えるような心持ちで見守る中、そのテーブルでは少年とエプロンをつけた青年とが真面目な顔で腕相撲に挑んでいる。無論勝敗は青年の方が圧倒的に白星ばかりなのだけれど、時折『年の差ハンデ』と『戦術』――どちらも少年の言い分だ――で黒星がつく。そのせいで少年も諦め切れないのかもしれなかった。
何がと言えばつまり、オセロットの傍らで母性溢れる困り顔を披露している女性を。
「どうも、私は邪魔なだけのようにも思えるな」
「そんなことないですよ。やっぱり勝負事には立会人も必要ですから」
「……ふむ、立会人、か」
納得したように頷いて、微かに苦笑する。
確か自分は客ではなかっただろうか。とは言わずにおくけれど。
――そもそもの始まりは昼時を過ぎた頃にまで遡る。
そこは何気なく入った小道の先にあった、こぢんまりとした店。
白山羊亭のような喧騒もなく穏やかな気配は表通りの賑やかさとは対照的だった。
何やら似たような行事に覚えのあるオセロットが娘さん達から距離を取るべく――凛々しい年上の女性に微妙な乙女心を抱く例はままあるものだ――普段とは違う区画を歩いた結果の発見だけれども、悪くない、と数呼吸分程外観を眺めてから扉を開けた昼下がり。
「ぎゃー!」
頭上でカランと響いたベルの音を掻き消す勢いで耳を叩いた声に、問答無用で意識を向けさせられたオセロットは瞬間鋭く眇めた瞳をそのまま瞬きに切り替えた。
「あいたたたたたたた!グリって言ったグリって言った!いてー!」
「お前がいい加減うるさいからだ、ろ、が!」
先程までは静かな印象だった店は、踏み込むなり響き渡った大声がそれを塗り替える。つまり騒がしい。
扉を開けた体勢のままのオセロットの視界に映るのはエプロン姿の男性が少年のこめかみに拳を押し当てているところ。両方から当てて軽く回転をかけているので確かに「グリ」程度には響きそうだ。いや違う。
……営業中ではないのだろうか。
確かに食欲をそそるだろう香りも店内に漂っているのだけれど、準備中だったかもしれない。
むしろ準備中ならいいと心の片隅で我知らず思いながら振り返り、閉めたばかりの扉を押す。ベルが再び揺れて、その音は会話の切れ目に落ちたらしい。カラン、と今度は役目を果たすべく店内に音を転がした。
「……」
ふ、と息を吐く。
かろうじて見えた扉の向こうには札の類はかかっていない。
「あ、いらっしゃいませ」
「姉ちゃん!」
奥から笑顔で出て来た女性がにこやかに言い、弾んだ声を上げる少年。
入れ替わりに男性はゲフゲフと咳払いをしながら厨房へと引っ込んだのが、店内へ向き直ったオセロットには見えた。
「いや、準備中のところすまない。また開店してからお邪魔するとしよう」
「今開いたばかりですから、どうぞ?早いですけれどお食事も出来ますよ」
けたましかった店内は一転心地よいだろう静けさ――つまりオセロットが扉を開ける前と同じ雰囲気を漂わせ、そこで店員が笑顔でテーブルを示す。その状況で入ってすぐに立ち去るのもどうかと、多少なりとも思ってもおかしくはないだろう。
「そうか。ならばお言葉に甘えさせて貰おう」
そうしてオセロットは、常と変わらぬ冷静さでもって頷いたのである。
* * *
「なーお客さんは軍人さん?」
「……元、だな」
「そっか」
お嬢さん方の微妙な愛情の篭った贈り物攻勢を避けている間に昼食を食べ損ねていたことを思い出し、テーブルについて遅めのそれを頼んでから用意されるのを待っていると、先程の賑やかな少年がグラスを運んで来るなり問いかけてきた。手伝いとは感心なことだ。
探るような言葉に苦笑したのはただ現在は放浪するばかりの己を思ってのこと。
髪を一筋二筋落として笑う目の前の客――つまりオセロットを、少年はどう見ているのだろう。
品定めする目付きもあからさまなのだけれど、嫌悪を抱くものではないので注文が来るのも先であるからと彼が口を開くのを待ってみる。こういったとき、どうにも紙巻を手に取りたい。
「あ、のさ」
「なにかな」
半ば無意識に懐を探りそうになる手元を自覚するオセロットに、そこで少年が口を開いて手を止めさせる。扉のベルが鳴って訪れる客。近所の者らしい男は自分でグラスを取るとテーブルを選んでいた。
「あのさぁ、お客さん強いよな」
「さて」
少年の基準からすれば強いだろうけれど、正直に言うのも頂けない。
どういった理由で質問しているのかも解らないのだから――いや、なんとはなし予想も出来たりはする。例えばそう、来店時の一幕から想像してみれば。
「ええと、俺の代理でケットウとか頼めないかなぁと、思って」
「……」
「ケットウ」
「……」
この店を訪れてから、普段の冷静さが少しばかり何処かに落ちてしまっているようだ。
青い瞳をぱちくりと一度大きく瞬かせてオセロットは少年を見つめずにはおられない。
その視線に居た堪れなくなったのか、説明不足だと感じたのか、身振り手振りを交えて目の前で少年は更に言葉を紡ぐ。というか捲し立てる。
「いやほら近所のオヤジが『ときに恋は決闘を挑み勝利してこそ得るものだ』とか言ってたしそれにオレもここはひとつ姉ちゃんをあのヒンジャクヤロウから助け出さなきゃいけないかなとか確かにずっとコイビトとか言ってるけど朝から晩まで料理してるようなヤツじゃ姉ちゃんもきっと楽しくないし第一オレが大きくなるまで待っててくれるって言ってたのに」
「…………そうか」
たいした肺活量だと思いながら、オセロットはただ一言を返すに留めた。
一気に話されたが内容はつまり『姉ちゃんの彼氏とオレの代理で勝負してくれ。だって大きくなるまで待っててくれるって姉ちゃん言ってたもん』ということでいいだろう。
つまるところ、やきもち。
恋というよりも、母姉に近い位置の年上の女性を奪われたくなくて、という。
いじらしいというのか、ただ微笑ましいというのか、なんとも少年を見る目は優しくなる。
「どうかなー」
「残念だが、協力は出来かねる」
「ええ!」
しかしだからといって、その優しげな顔に期待されても断るものは断るのだ。
問うてくる少年に申し訳なさそうな表情は僅かに見せながら、すっぱりきっぱり断ったオセロット。
彼女は見た。
断られて少年が大声を上げた瞬間に、増えてきた店内の客が自分達を見て「またやってるなアイツ微笑ましいなやー年頃だねえ」的な顔をした挙句に手近な誰かとそのままな内容の話を短く交わしたのを。元の世界の技術の高さを証明するオセロットの能力が、確かにそれを拾い上げた。
「日常的なものなのか」
「え?」
「いや」
なんでもないと流してオセロットは置時計に目を向ける。
確かめるまでもなく解ってはいたが、やはりさほどの時間は経っていなかった。
誰も少年に用を告げないところを見るとどうやら店の手伝いでもないらしいし、となれば自分に話しかける口実だったのかと運んできたグラスを見、また少年を見る。仕方がない。しばらく相手をしよう。
なんのかんのといったところでオセロットはきっと面倒見の良い部類なのだ。
姿勢を改めて少年に向き直ると、だが、と口を開いた。
「実際のところ、人の手で勝利を与えられてそれで問題はないのかな?」
「ダイリケットウってだめかな」
「状況によるだろうが、少なくともその近所のオヤジさんとやらは『他人任せの勝利』を勧めてはいないのではないかと私は思う」
「だけどオレ子供だからあのヒンジャクヤロウに勝てないんだよなー」
「相手は貧弱なのに?」
「オトナじゃねーか」
「ふむ」
ちらりと厨房に視線を投げる途中で、他の客に『ごくろうさん』と言いたげにグラスを掲げられたのには、少し笑って返しておく。
「だがそれは力勝負の話だろう」
「うん」
「ならば別の分野で挑めばいい。たとえば……友人との遊びで使えそうなものがあれば」
「アイツ毎日店開けてて留守にしねーの」
むすりと返す声にまた苦笑する。どうも笑いを誘われがちだ。
でも留守にしたらショウバイニンシッカクで姉ちゃんやらねぇ、と付け加えるところを見ればこの少年とて本気で二人を邪魔するつもりもないのだろう。本当に、やきもちで駄々を捏ねているようなものか。
「ちなみにどんな勝負を挑んだのかな」
「ケンカ売ったらムシされてー、料理はアイツのオハコだろ、早口言葉はオレ勝ってたけど舌噛んで引き分けてー、店の掃除勝負とかって言われてリヨウされてー、ええとカードも負けて」
「いやもう十分だ」
ふと聞いてみた勝負内容に、オセロット以外の誰かが噴出す音がした。
その気持ちは少し解る、気もする。
「ううーんと……あ!腕相撲してねえ!あーでもオトナには負けるよなー」
「やってみてはどうかね」
「ダイリは」
「駄目だな」
縋るように問われるのにもきっぱりとお断りすると、目の前で「ぬー」とか「ぐー」とか唸りだす少年は言ってはなんだか愉快だ。
そんな風に感じていたからだと、オセロットは自分では思う。
何がといえばつまり――思いついた一言で少年をある意味けしかけてみた、というか、そういった展開に至る切欠というか、だから。
「こんな言葉もあるな」
「?」
「男は度胸」
瞬間の、少年のまさに雷に打たれたと言わんばかりの反応は非常に芝居がかっていた。
だが本気でその言葉に衝撃を受けたらしく無言で自らの腕を見たと思えば「ありがと!」とオセロットに言い放ち、テーブルをすり抜けて厨房に突っ込んで行き。
「腕相撲でケットウだこのヤロウ!」
「鍋の中身かぶりたいのかこのボケ!」
響いた怒鳴り声にオセロットはグラスの水を静かに呷りテーブルに置いた。
「迂闊だったか」
お待たせしましたぁ、と騒ぎの中心であるべき女性がにこやかにトレイを掲げてきたのはまさに大声の後。
タイミングを計っていたのかと、注文の品ではでなく運んできた彼女を見たオセロットだったり。
* * *
勝負は四十回を超えた。
見ていた客もオセロット以外は途中で飽きて立ち去っていき、今はオセロット含む四名だけが店内に居る。
「いい加減止めるべきじゃないのか」
「夜間の営業分は準備出来たから大丈夫です」
「……そうか」
小休止を挟みつつ延々と腕相撲を繰り返す男二人。
見守る女性の答えは方向がいささかずれているけれど、最早何も言うまい。
静かに手元の勝敗表を見下ろすオセロットは立ち去り損ねてそのままだ。その気になればすぐに出て行けるのだけれど、結局急ぐ用事も無いからと付き合う辺りが、繰り返すが面倒見の良いオセロットである。
「あ、紙巻どうぞ」
癖のように紙巻を取り出してしまった手元を見て女性が灰皿を持ってきた。
ありがたく受け取って馴染んだ紫煙を広げて力を抜いたところに微かな、とても微かな音。
「うん?」
ベルさえ揺れない程に控えめに細く開かれた扉へと視線を向ける。
そこに柔らかそうな髪の毛の女の子が一人、よく見れば手元にラッピングされた何かを持って店内を覗き込んでいた。
「――――」
すうと煙草を吸う。
ぎゃいぎゃいとけたたましい男二人へと視線を投げている入り口の小さな影をさりげなく視界に収めたまま、手袋をした指先で傍らの女性の注意を引く。こちらを見た彼女にそっと示すその扉の隙間。
「あら」
「心当たりは」
「妹さんですよ」
彼の、と目線で伝えるのは当然ながらエプロンをした少年曰くの『ヒンジャクオトコ』だ。
となると――
「さぞ胸を高鳴らせていることだろうが」
「お客さんも覚えはあります?」
「さて、どうだろうな」
「まあぁ」
小さく扉を開けては閉めて、また開ける。
頑張って!と隣で女性が拳を握り締めて呟くのにオセロットは口元を綻ばせると、少年へと視線を流す。
「なにくそ!」
「まだやるのか」
「姉ちゃんにふさわしいかオレがハンダンしてやるってんだ!」
「姉ちゃんはやらねぇんじゃなかったのかー」
「だっだからそう言ってるんだこのヒンジャク」
「そんなに俺は貧弱かなー?」
「むぎゃー!」
もうしばらくは幼い憧れに目が向いているだろうか。
けれどその気持ちが落ち着いたときに彼の前に立つ――きっと初恋の相手になるのは、さて。
「楽しみな事だ」
時々来て、彼の変化を観察してみるのも悪くはない。
どことなし人の悪い微笑を刷いて、オセロットは紙巻を咥えて煙で遊ぶ。
** *** *
それは、真白の書が映した物語。
望むものか、望まぬものか。
有り得るものか、有り得たものか、あるいはけして有り得ぬものか。
――小さな世界が書の中にひとつ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳(実年齢23歳)/コマンドー】
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■ ライター通信 ■
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かろうじてイベント月にお届けとなり安堵の息を吐いてみるライター珠洲です。
単語自体は出るか出ないかくらいの影の薄さとなりましたが、全体に微妙な影響は出ていると思っています。出ているといいなぁ、といいますか!
オセロット様に対するイメージがあくまで『一歩下がっている方』 というものなので、NPCに押されていないといいのですけれど。要所要所で発言・行動されるのが私的イメージです。
いつも硝子森に訪れて下さり有難うございます。繰り返しお会い出来て嬉しい私でした。
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