コミュニティトップへ



■早朝公園■

十門ゆきう
【1685】【海原・みたま】【奥さん 兼 主婦 兼 傭兵】
 早朝、いつものルート、いつもの公園。
 飛び散る汗、苦しい呼吸。快感はぼうっとなる脳みそと反比例してうなぎ登り。
「いやーっ、気持ちいい! 朝の空気はやっぱ最高やあああ!」
 誰もいないのをいいことに奇声を張り上げる筋トレ大好き熾天使フェリエル。
 日課のロードワーク中である。
 ある意味人間くさいといえなくもない……。

 そんなフェリエルだったが、ふと足を止めた。
 異様な霊力を感じたのだ。微量で、今にもついえそうな――。
 霊力をたどって、ゴミ箱の裏を覗いてみた。

 そこにいたのは……


1.血まみれの天女
2.血まみれ悪魔っ娘
3.衰弱した、翼を生やした柴犬


早朝公園

 空は灰色の夜明けを迎えようとしていた。
 娘の代わりにすぐそこまでゴミを捨てに行って、捨て終わって一息ついたとき。
 公園から男の素っ頓狂な奇声が聞こえた。
「どないしたん!」
 公園の中からだ。
(なにかあったかな)
 最近子供を狙った事件が増えてるじゃない。嫌よねえ、ほんと。
「……様子、見ておくか」
 海原みたまは公園の周囲に張り巡らされたフェンスに手をかけ、ひらりと飛び越えた。

 公園の奥まった場所。
 やたらと筋肉質な金髪の男が、ゴミ箱の裏に膝をついている。青いジャージを着ているところを見ると朝のジョギングでもしていたのだろう。
「どうかした?」
 みたまは気軽に話しかけた。
 男は背越しにみたまに振り返る。
「怪我人やねん」
「ちょっと見せて。私、こういうの得意だから」
 みたまは近づいていったが、しゃがんだ男の前に横たわっているモノを認めた瞬間、思わず肩をすくめた。
 まず目に入ったのは黒い皮の翼。それから切り傷だらけで赤い肌に、皮製の黒ブラジャーと黒パンティー。銀色の頭髪からにょっきり生えたねじくれた角。
「悪魔ね」
 それもかなり色っぽい類のやつだ。
(うちの娘よりは色気があるわねぇ。流石)
「そうやな。ってネェちゃん、驚かへんの」
「慣れてるからね。そういうあんたは驚かないの?」
「ボクも慣れてるねん」
「おあいこね」
 この男、悪魔を見慣れているというのだから、一般人とは思えない。だが目撃者には違いない。
 悪魔なんて止めを刺してしまうのが一番いいのだが、目撃者がいては……。ここで自分の正体をばらせば海原家のご町内での立場が危うくなってしまう。
 放置して行っちゃおうかな。でもな、家の近くだし。万が一娘に知られたら情操教育に悪いしな。
「とりあえず、治療しとくか」
 みたまが男の隣に座ろうとし、男が場を譲ろうと身体を揺すったとき――。
 殺気が走った。
 直感を信じて後ろに飛ぶ。
 膝をクッションにして衝撃を和らげつつ、手はスカートの内側に入っていた。
 太股のホルスターから引き出されたのはニューナンブ。日本でいちばん手に入りやすい銃だ。警察関係にツテがあれば、の話だが。
 長い金髪が肩に落ちてくる前に、みたまは銃を両手で構え、発射体勢を整えていた。
 赤い瞳が見たのは綺麗に斜めにカットされたゴミ箱。
 そして、大鎌を振り下ろした格好の、黒い服を着た白い髪の少女――。
 異様な大鎌だった。悪魔めいた、何重もの鋭い牙のような装飾がある。
「なんやワレ」
 少女には似つかわしくない野太い男の声だった。
「邪魔せんといてほしいんやけどな」
 いや、少女の口は動いていない。動いていたのは大鎌の牙だ。
 少女は鎌を構えなおした。
 みたまではなく、みたまの上空に対して。
 ニューナンブを握る白い手に、真っ赤な血がぽたりと落ちてきた。
 上空にあの金髪の男が浮かんでいた。白い法服を着、背からは複数の白い翼を生やしている。血まみれの悪魔を片手で抱え、片手に青いリボンを巻いた長槍を持っている。
(なるほどね。これなら悪魔も慣れてるでしょうよ)
「なあ、こいつ悪魔やけど、そんな悪そうにも見えへんで。それをいきなりばっさりっちゅうのはそらあんまり殺生やないか?」
「じゃかぁしいわ、ボケ。おまえ天使やろ。天使が悪魔なんか庇ってどないすんねや」
 上の天使は悪魔を助けようとしている。それに対し、前の少女というか大鎌は悪魔を殺そうとしている。
 それにしても。
(大阪弁同士の会話って、迫力あるわね)
「ボク、無駄な殺生は嫌いなんや」
「交渉決裂やな。いくでスノー」
 スノー。おそらく少女の名前であろう。スノーは無言で頷くと、大地を蹴った。
 嘘のように身軽にスノーの身体は空中を飛ぶ。重さなど無いかのように空中で鎌を振り上げ――。
(しょうがないか)
 みたまはトリガーを引いた。
 すさまじい爆発音が鳴り響く。
 キン、と鉄が弾を弾く鋭い音。
 大鎌にみたまの放った銃弾があたったのだ。ただの銃弾ではない。上の天使の霊力を少し拝借して弾に乗せておいた。あの鎌に普通の武器が通用しなかったとしても、これならダメージを与えられたはずだ。
 その証拠に、少女は声もなく地面に降り立った。みたまからはそう離れていない。
 銃の爆発音はまだ反響を公園に残している。
「あーら大変!」
 銃口をスノーから外さず、みたまはわざとらしく慌てた。
「今の銃声で人が集まってきちゃうわー。ただでさえそろそろ人気が多くなる時間帯なのにー」
「むむむむむむむむ」
 大鎌が何重にも生えた牙をこすり合わせて唸る。
「ヘゲル……」
 少女の口が動き、それだけをつぶやいた。
「わーっとる。退散や」
 大鎌を下ろすと、スノーは後ろにジャンプした。ふわっとスカートが広がり、ずっと後方まで飛んでいく。着地すると、駆けて公園を出て行った。
「やるやんかネェちゃん」
 上から男の声が聞こえてきた。
「ありがと。それより私たちもなんとかしないとヤバイわよ? 人が来て困るのは私たちだって同じなんだから」
「せやなぁ」
 呑気に答えながら男はみたまの前に降りてきた。
 蘭に似た涼やかな香りが漂う。おそらく、この天使の放つ香りだろう。
 彼に抱かれた悪魔はぐったりと目をつぶって動かない。
 血が天使の衣に染み込んでもよさそうなものなのに、白い法服にはまったく血は付いていなかった。
「とりあえず、あそこに移動しよか」
 男が視線で示したのは、鬱蒼と茂った植え込みだった。

 植え込みに移動し悪魔を横たわらせると、二人とも外から見られないように身をかがめた。
 天使に回復能力があるかどうか聞いてみたが、自分なら回復できるが他人を回復させることはできないという。
 携帯電話で人外も見てくれる病院に電話を入れてから、みたまは自分で悪魔に応急処置を施すことにした。
 常備持ち歩いている簡単な治療セットを取り出し、手早く悪魔の傷に薬を塗ってガーゼを当て、テープで貼っていく。人間ではないモノにこの治療法が効くかどうかは分からないが、しないよりはマシだ、と思う。
 とにかく傷の量が多いので、小さいものは放っておいて、致命傷になりそうな深い傷だけを手当てした。
 特にひどかったのが背中の傷だった。斜にばっさりやられている。あの大鎌で斬りつけられたのだろう。
 背中の傷を治療していると、悪魔が薄目を開けた。
 みたまは手を止めることなく悪魔に話しかける。
「おはよう、悪魔さん」
 一瞬おびえた瞳でみたまと男を見て、それからまた目をつむった。
 もう一度目を開けたときには、意識を持った、しっかりした緑の瞳だった。
「あの、あたし」
「そうよ。あのお嬢さんにばっさりやられちゃったの。で、私らに助けられたってわけ。救急車呼んだからもう大丈夫よ」
「あんた何しはったん」
 男が横から会話に参加してきた。すでに天使の姿から人間の姿――青いジャージに戻っている。
「なんであいつに狙われたん?」
「あたしが悪魔だから……。あいつ有名なダークハンターなんだ」
「なにか悪いことしたとかじゃないわけ?」
「するもんか、こっちに来たばかりなんだから。空を飛んでたら、急にあいつが襲ってきたんだよ」
 勢いで助けてしまったが、この悪魔、それほど邪悪な存在ではないようだ。
「これに懲りたらもう魔界から出て来ぅへんことやで。人の世界なんてあんたらが思うほどパラダイスやないんやから。あないな怖い嬢ちゃんもおるし」
 男はちらりとみたまを横目で見てから、言葉を続けた。
「こないなネェちゃんもおることやし」
「褒め言葉として受け取っておいてあげるわ」
 売り言葉に買い言葉。少し手先に力を込めすぎてしまったらしい。
 背中の大傷に、みたまの白い指先がずっぷりと刺さってしまった。
(へぇ、悪魔の体温って人間と同じなんだ)
 思いっきり他人事のみたま。
「ぎゃぁっ」
 当の悪魔は一声悲鳴を上げると、くったりと気絶してしまった。
「エグイことしはるわ、ネェちゃん」
「わざとじゃないんだからしょうがないわよ」
 何でもないことのように傷口から指を引き抜くみたま。
 その指は根本まで、べったりと赤い血で染まっていた。

 救急車が来て、気絶したままの悪魔を運んでいった。
 そうこうする内に、公園はいつもの朝を迎えていた。
 ニューナンブの爆発音は思ったほど集客力がなかったようだ。それとも、銃声に怯えて出てこれなかったということだろうか。そういえば、公園に来る人が、心なしか少なめな気もする。
(危うきには近寄らず、か。最近治安が悪くなる一方だものね。まったく、この国はどうなるのかしら)
 自分のことなど棚に上げて国の将来を憂いていると、隣で男が屈伸運動をはじめた。
 そしてその場でジョギングし、みたまに向かって手を振る。
「じゃな、ネェちゃん。世話になったわ」
「あ、待ってよ」
「なんや?」
「名前、聞いてなかったでしょ」
「名前な」
 男はズボンの後ろポケットに手をやって……、両サイドのポケット、上着の二つのポケットを探って、それから大声を上げた。
「ああっ、忘れてもた!」
「どうしたのよ」
「名刺や、名刺。部屋に忘れてもたわ」
「あんた名刺なんか持ってるの?」
「名刺は基本やで。まあええわ。ボクはフェリエルいうんや」
「フェリエル。覚えておくわ。私は海原みたま」
「うん、海原みたまね。んじゃ、みたま。世話になったわ。ありがとな」
「どういたしまして」
 みたまが笑うと、男――フェリエルは笑い返し、手を振って、今度こそみたまの前から走り去っていった。
 みたまはぼんやりと空を見上げた。
 いつの間にかすっかり日は昇り、空は青く、雀の声がどこからか聞こえてくる。
(夕方までかかるかもって覚悟してたけど、これなら朝食にも間に合いそうね)
 うーん、と背伸びをする。
 悪魔を助けるなんて、変な天使もいたものだ。
(変な天使だけど、いい奴っぽかったかな)
 どこか爽やかな気分で、みたまは足を家に向けたのだった。

 ――家に残っていた娘たちに、ずいぶん時間かかったけどどうしたの、と聞かれて一から説明してやったのはまた別の話である。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 1685/PC名 海原・みたま (うなばら・みたま)/性別 女性/年齢 22歳/職業 奥さん 兼 主婦 兼 傭兵】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
〜早朝公園 2.血まみれ悪魔っ娘編〜

 このたびは、発注していただいて本当にありがとうございました。
 海原みたま様の豪快な性格と無敵さが出せていたら嬉しいな、と思います。