■【楼蘭】桜・始開■
紺藤 碧
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】
 蒼黎帝国が首都・楼蘭。
 この時期になると、必ずといっていいほど何人かの街人が化かされる。
 覚えているのは舌に残る酒の味と、足を取られるほどに風に乗る桜の花弁。
 面倒なことにこの“化かし”にあうと、通常手に入る酒がどれもこれも不味く感じることになるという。
 酒代が家計を圧迫しているような人間がこの“化かし”にあえば、結果的に酒を飲まなくなりそう言った面では良いとも言える。
 これだけならば害は何もないのだが、“化かし”にあった人々はまるで何かに精気を奪われたかのように必ず三日三晩眠り続ける。
 そしてこれは意図して起こるわけではなく、全てが偶然―――そう、偶然なのだ。
【楼蘭】桜・始開


 淡い紅色の花弁がまるで誘っているかのように舞い上がる。
 花弁吹雪に視界を取られ、ゆっくりと瞳を開ければ、気がつけば桜咲き誇る場所へと足を踏み入れていた。
「誰かに化かされたのかな?」
 その一際大きな桜の木の根元、4畳ほどの畳の上で酒と肴を広げる御仁が一人。
「どうだい? 一杯」
 朱色の杯を進められ困惑するも、
「あぁ、そうだね。見ず知らずの人間からの杯はやはり取れないかな?」
 そう御仁は苦笑して差し出していた杯の酒を1杯飲み干し、どこか人の良さそうな気弱そうな笑顔で微笑む。
「私は瞬・嵩晃。しがない薬師さ」
 キング=オセロットは、なるほど花見か。と納得し、瞬の畳へと足を運ぶ。
「あぁ靴は脱いで上がってね、異国の人」
 サイボーグである自分にとってアルコール程度ならば分解できなくもないのだが、オセロットは瞬が差し出した杯をやんわりと手で静止して靴を脱ぎながらふと桜を見上げる。
 見事に咲き誇る桜の木は時々吹く風に花弁を舞わせ、地面や畳の上に優しく舞い落ちる。
「お酒は、嫌いかい?」
 正直酒やその他食べ物に何かしら特別好き嫌いがあるわけではないが、もしこの場所が楼蘭へと足を踏み入れたときに耳に入れたあの“化かし”とやらならば、この酒は口に含まないほうがいい。
 実際確証はないどころか、殆ど覚えている人間も居ない都市伝説的なものだろうと考えていたが、こうして似たような現象に自分が出会ってしまうと、どうも疑ってかかってしまう。
「名を言われて、名乗らないのは失礼にあたるな」
 完全に体勢を崩してリラックスした状態でまた杯の酒を煽っていた瞬はそんなオセロットの言葉に手を止めて、薄らと笑って顔を上げる。
 知識的に何処かの本か何かで靴を脱ぐ習慣を持つ種族があったように思う。その種族の座り方に正座というものがあったはずだ。
 どうにもこの目の前の男がそれに当てはまるとは思いがたいが、この敷物として使われている物はそれに近い気がする。
「私の名はキング=オセロット。この世界の…エルザードというところから来た」
 本当は異世界から来たのだが、それをまた別の国の人間に話したところであまり意味の無いことだろう。
 そにれ、エルザードから4月と4日という長い船旅の末辿りついたというのもまた、事実。
 オセロットは畳の上で何処か馬鹿正直に正座の体勢で瞬を、そしてその背後の桜を見ながら話す。
「最近、多いよね。そこから来る人」
 実際こうして会って話すのは初めてだ。と初めてどこか無邪気な笑顔を浮かべたが、すぐさま元の気弱そうな笑顔に戻って、
「いい、お土産話になると思うよ」
 そう言ってまた瞬は杯をオセロットに差し出した。
「あぁ、ありがとう」
 この酒の香りは中枢機関を麻痺させる。どこか、甘く誘うように。
 しかしオセロットは一度口元まで運んだ杯をふと止めて、畳の上にコトリと静かに置くと、懐から煙草ケースを取り出して1本手に取る。
「悪いが、桜の気の下で楽しむものも、やはり煙草というのが信条なのでね」
 ざっと畳の上を軽く見回し、当たり前とも言うように灰皿が無い事確認すると、煙草の隣に携帯灰皿をそっと置いた。
 ヘビースモーカーであるからこそ、マナーを守って煙草を吸う。という事は当たり前に身についている。
「おや」
 そうして新しい煙草に火をつけてゆっくりと煙を吐いたオセロットを見てクスクスと瞬は笑う。
「振られてしまったかな?」
 袖を口元に当てて尚更笑う瞬に、オセロットは口元を薄らと笑みの形に持ち上げて、細く煙を吐くと言葉を告げる。
「あなたが桜を見る時酒を飲むように、私は桜を見る時煙草を吸う。同じことではないかな?」
 要するに、誰にだってその時を楽しむ方法は自由であり、それは時に譲れないことだってある。という事。
「まぁそれは、分からなくも無い」
 またこくっと喉を鳴らせた瞬に、オセロットはそういう事だと言わんばかりに、細く長く煙を吐く。
「それにしても……」
 近づいて見て分かったが、この桜の樹……
 オセロットは立ち上がると、そっと桜の樹まで歩み寄りその幹に触れる。
「どうか…したかな?」
 瞬はその微笑に多少の妖しさを含めて問いかける。
 しかしその声を背中で受け止めたオセロットには分かるはずも無い情報。
「私には、この桜の樹がもうずいぶんとご老体に見えてね」
 こんなにも、見上げた桜の花は美しく咲いているのに、どうしてだろうそれを支える幹の何と力の乏しいこと。
「気のせいかな」
 最後の一花ともまた違う、違和感。
「無粋とは、思わないかね」
 今年もまたこうして花を咲かせ、楽しませてくれる桜に対してそれは失礼なのではないか? と意味合いを含んだその言葉に、オセロットは薄らとどこか寂しげな微笑を桜にむけたまま言葉を続ける。
「いや、少々羨ましいと思ってね」
 私の身体は鋼で出来ているから、もうこの先この身体が正しく時を刻むことは無い。
「流れる時を刻み、緩やかに変化していくその姿」
 こうして老いていく事が出来ることが、純粋に羨ましいと思った。
「それが美しいと感じるのだよ」
 変わらぬ時、不変に美を感じる者がいることも知っている。
 だが、変わりゆく時をその身で感じ、変化していけること、自分には無い時の流れだからこそ、美しいと感じてしまう。
 立てた膝に顔を預けてオセロットを見上げる瞬は、言葉の続きをそっと待つように空の杯を手にしたまま微笑む。
「この桜は美しい。しかしこれ以上、時を体に刻み込んでいくのは酷に感じる」
 触れた幹はパラパラと崩れる。それは樹命が来ている証。
「生命は、老いの果てに死に逝く」
「老いて尚咲きたいと願う桜に君は酷な事を言う」
 うっすらと吊り上げた口元と口調に、怒りも哀しみもそんな感情は一切感じられない。ただただ淡々と告げられる言葉。
「だが、それは新しい命に自らの場所を譲り、自身は暫しの休息を楽しむため」
 そうしてまた命は巡り、この桜も新しい命となって産まれるだろう。その時まで休息を得ず時を刻み続けることは、本当に幸せだろうか―――と。
 オセロットの言葉に瞬は瞳をそらし、ただ口元押さえる。
「…………」
「少々喋りすぎたかな」
 瞬は軽く瞳を伏せ、何の事は無いと言うように軽く手を上げる。
「いや、面白い解釈だった」
 しゅっと衣擦れの音を伴って体勢を変えると、伏せた瞳をゆっくりと開く。
「どうする?」
 行き成り逆に問われ、オセロットは瞳をパチクリとさせるが、瞬がどうするかと聞いた相手は、オセロットを通り越した先――そう、桜だった。

―――美しいと

 声が、した。
 幻聴かと思い辺りを見回すが、ここにいる人間は自分と瞬以外に見当たらない。
『老いたわたくしを美しいと言うてくれましたか』
 それは桜の樹が発した、桜の声。
「あぁ、私は美しいと思ったよ」
 桜の声に答えるようにオセロットも桜を見上げて答える。
 その言葉に満足したのか、桜は何処か嬉しそうに花を揺らせた。そして、
『老いて花を咲かせずともわたくしは生きていた』
 桜はゆっくりと自分の事を話し始める。
『でも生きているのに咲かせられない事は、どれだけの苦痛でしたでしょうか』
 だから、花を咲かせたかった。何としてももう一度。
 美しい―――と、言って欲しかった。
『瞬憐……いえ、旅の薬師様のお力でまた花を咲かせたまでは良かったけれど』
 どうにも人を呼び込むために用意した物のほうが強すぎて、桜が望んでいたものを人は与えてくれなかった。そしてその内に桜自身の樹命が尽きて。
「私のせいとでも言うのかい?」
『いいえ。感謝しております』
 こうしてオセロットに出会う事が出来たのだから。
「旅の人には関係のない話だろう?」
 ね? と、にっこり笑顔を向けられて、オセロットはどうしたものかと苦笑して軽く肩を竦める。
「また新しい命となって生まれてこればいい」
 私はその時また見にこよう。
 オセロットはふぅっと長く煙を吐き出して、桜を見上げて微笑む。
『ほんにありがとうございました』
 わたくしはこれでもう思い残すことはありません。
「そうかい? それならいいけど」
『他の桜とは違うて、花を咲かせたまま逝けるわたくしはほんに幸せものですね』
 どこかウキウキとしたような声音で桜は告げる。

―――人を糧にした事、後悔はしていません。

 そして、桜の花弁が一気に散った。


















 オセロットの目の前には枝だけの桜の古木だけがひっそりと佇んでいた。
 花見用にと用意されていた酒や肴、そして瞬が座っていた畳さえもその場には無い。
「時から外れた命だとしたら、私もまた―――いや」
 ふとした呟きにオセロットは振り返ると、今のことが真実である証でもあるように瞬が立っていた。
 瞬は振り返ったオセロットに、にっこりと笑いかけると軽く頭を下げる。
「では異国の人。私はこれで」
 突然の突風にオセロットは腕で顔を覆う。
 ヒュルリ。と、風の音だけを残して、その場にはもう誰もいなかった。
 オセロットは新しい煙草に火をつけて、風が吹いていった方向を見つめ小さく呟く。
「ただの薬師では、あるまい―――」
 もしかしたら、また会う事もあるかもしれないと思いながら。









☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【NPC】
瞬・嵩晃(?・男性)
仙人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】桜・始開にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。桜に対する思いありがとうございました。今回のNPCはちょっと食わせ者なので下手な文句では逆に言いくるめられてしまったことでしょう。他に譲れないものがあればお酒は別に飲まなくてもいい、上手い回避方法だったと思います。
 それではまた、オセロット様に出会える事を祈って……


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