■月下の暗殺者■
志摩 |
【5307】【施祇・刹利】【過剰付与師】 |
月には雲がかかっておりその光がボンヤリと降りそそぐ。
暗闇、足下はほのかな街灯で見えるほどだ。
と、後ろからひゅん、と風の音。
なんだろう。
振り向く、そしてその瞬間、白銀が閃いて、鼻先を掠めた。
ぴっと痛みが走る。
「よけた……」
声が聞こえてふっと月にかかった雲が途切れ明るくなる。
月下、自分に刃物を向ける―――
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月下の暗殺者
月が高い。今日は満月だ。綺麗な綺麗な、円が空に浮かんでいる。
施祇 刹利はこんな良い月夜に月見をしないのは勿体無いと思いたった。近くのコンビニに団子は置いてあるかな、と思って少し肌寒い夜闇を走り、目的の団子を買ったその帰り。そのへんの家の屋根にでも登って眺めようと思っていた矢先。
普通の家並み、その中にある普通の道。
ふっと風の音がして、振り向きざま、閃いた白銀の刃をかわした。
そして、視線が会う。
刹利の瞳に写ったのは自分と同じくらいの年頃の少女。きらきらと、腰まである銀色の髪が月光に映えている。そして、左目に眼帯、手には大鎌。漆黒の服に身を包んだ彼女から感じるのは不穏な感覚。殺気、だ。
つ、と頬を一筋、冷たい一閃がかすった感覚がある。痛みは感じなかった。
刹利はかすったところを指で撫ぜる。微かに赤い色がみえた。
「……物騒なもの持って、ボクに何か、御用かな?」
「私は凪風シハル……施祇 刹利さん、あなたを殺させていただきます」
すちゃ、と大鎌を刹利に向け、淡々と彼女、シハルは言う。
「そういわれてもお月見したいし……あ、キミも一緒にお月見しない? お団子を一人で食べるのも寂しいしね」
刹利は手に持ったコンビニ袋を掲げて笑いながら言う。彼女は一瞬眉を顰めた。
「この状況でそんな事、言うなんて余裕ですか」
「そうじゃない、けど……あー、キミもボクを殺すって目的があるんだよ、ね? うーん……そうだ!一定時間……次に雲に隠れた月が出てくるまでボクが生きてたら、キミ……えっとシハルさんだっけ、シハルさんがお月見に付き合うって条件なら戦うって事で、どうかな?」
頭上の月を指差しながら刹利は提案する。先ほど、丁度月は雲に隠れたところで、薄明かりが降り注いでいた。
構えられた武器は収められそうにない。そして自分も、同じかもしれない。
「大人しく、殺されてくれない、ということですね」
「そうだね。それにボクもさっき斬られたせいか、眼が発動しそうだし……」
刹利はその金色の瞳を細める。その瞳は凶眼、自分の意思とは関係なく自動的に発動してしまう。これをおさめる時間も今は必要だ。
「……わかりました。もしあなたが生きていたら、大人しくお付き合いしましょう」
「うん、してもらう。さて、久し振りの狂騒か……意味あるものになれば、いいがな」
刹利の雰囲気が今までの穏やかなものから変化する。鋭敏な刃のような、そんな感覚をシハルは受けた。
たん、と軽やかにシハルが一歩を踏み出し初動に入る。刹利はそれを的確に見て、理解し、かわす。
左手にコンビニの袋を持ったまま、右手に多数のカッターの替え刃を何時の間にか持ち、シハルの懐に出来た空間へと身を深く沈め慣性無視の高速移動で飛び込む。
その一瞬全てにシハルはその左瞳を見開いて驚く。
にやりと凶暴な笑みを刹利は浮かべ、そして思い切り力を乗せた肘をシハルの鳩尾へと叩き込む。
鈍い音がして、シハルは後ろへと数歩よろめき、そして刹利を睨む。
「今のは、痛かったです……」
「刃、持ったまま拳を入れてもよかったが、それじゃあ面白くないしな」
「その甘さ、命取りです」
同じ金色の瞳。
双方どちらもきらきらと、煌々と輝く。
相手を見て、捉えて、逃がさない。
もう一度距離をとった二人。今度先に動いたのは刹利の方だ。
手にしていたカッターの替え刃をダーツの矢のように数枚投げる。それは攻撃のための布石。
シハルは鎌の一閃、それで全て落とす。それは跳んでくる刃に鎌の刃を当てるというよりもその風圧で落とすような感じだ。そのまま自らも舞うように回転し、その反動でさらに鎌に勢いを持たせる。
その振り下ろされる鎌の刃を、流石に右手一本で受け止めるのは無理と判断して左手で右腕を支える。
カッターの刃を極限まで強化し、それで受け止める。
刹利のカッターの刃とシハルの鎌の刃は高い音を立てて、響きあう。
ギィンと暗闇に響く音は何時の間にか解けて消える。
シハルの刃は崩れることはないが、刹利のカッターの刃は引くと同時にばらりと、きらきらと輝きを放ちながら地に落ちていく。
「それが、あなたの力ですか」
「もう、壊れたか……そう、ボクの能力、力、一度の極み、そして永遠の滅び、なんだよね……」
刹利はその破片を見下ろす。
なんて儚いのか、と思う。
と、シハルが鎌を下ろす姿が眼に映る。彼女の表情は困ったような諦めたような、そんな表情だ。
「……私の負け、です……月が、出てしまいました」
溜息をつきながら彼女が夜空を見上げる。
つられて刹利も見上げると確かに、雲が晴れて月が煌々、さきほどよりも明るい。
「お約束ですから、お月見しましょう」
シハルは手にしていた鎌を放す。それは彼女の影に溶け込むように消える。
そして今まで放っていた殺気のような緊張感もふつりと、糸が切れるかのように無くなった。
その素早い変わりように刹利は少しばかり調子を狂わされる。
そして何時の間にか、自分の凶眼もおさまっている様で。
刹利はにこりと笑う。
「うん、しようしよう。そこの家の屋根の上とか、どう?」
「……そこですか」
刹利が指差したのは双方見知らぬ人の家。二階建ての一戸建て。
身軽に塀に飛び乗って、そして屋根へと二人は移動する。そこにちょこん、と二人並んで座った。
地にいるよりも空が近い。
「みたらし団子は、好き?」
「嫌いじゃないです」
よかった、と刹利は呟き、コンビニの袋をがさがさと開ける。
「あ、ちょっと暴れたからよっちゃってるけど、大丈夫だよね」
「味に変わりはないと思います」
問題ない、というようにさらりとシハルは答える。
ならよかった、とシハルにみたらし団子を刹利は渡す。
それを無言で、はぐはぐと少しずつシハルが食べていく様子を刹利は眺めた。
「……あなたは食べないんですか?」
「食べてるよ」
「私よりも月を見てください」
お月見の意味がありません、と視線を空にと向けさせる。
刹利は確かに、と夜空を見上げる。
照る月は暖かく柔らかい光を注ぐ。
「あ、ねーなんでボクを狙ってたの?」
「それは言えません。守秘義務があります」
「そうなんだ、でももう狙わない、よね?」
「……はい。今日は、もうお月見しかしません」
その言葉を最後にシハルは黙り込んでただただぼーっと刹利とともに月を見上げていた。
何もしゃべらないと、していないとその存在が希薄で本当に隣にいるのかと時々不安になってしまう。
いるとわかっているのだけれどもいないような感覚。
シハルがしゃべらないので、刹利もなんとなくしゃべらない。
穏やかな穏やかな時間が流れる。先ほどとは一転したその雰囲気は居心地がいいような悪いような。
「なんだかボクたち」
「はい」
「お月見デートしてるみたいだよね」
「私とあなたはそんな甘い関係じゃないです」
ピシッと、シハルは否定する。でもその声色は少し楽しそうだ。
「私はまた、あなたを殺しに来るかもしれません」
「うん、じゃあまたその時も、条件とか何かつけよう」
「……なんだかずっと、そうやって逃げられそうです。あなたはすばしっこい、感じがします」
そうかもね、と刹利は軽く笑う。
「じゃあさ、次はいつ来る?」
「それは、わかりません。私は失敗した事を依頼人に伝えなければいけない。その後どうなるかは私が決めることじゃないです」
淡々と、自分とは関係ないことだ、というように言葉を紡ぐシハル。刹利がそんなものなんだ、といった言葉にそんなものですと返す。
「失敗させてごめん」
「謝るのは、おかしいです。死にたくないんでしょう?」
「あ、そっか。そうだよね、うん」
刹利はその通りだ、と苦笑する。
どこかずれている人だな、とシハルは思うが言葉にはしない。
「あ、月が隠れました。私はそろそろ行きます。お団子、ごちそうさまでした」
「うん、またね」
ひらひらと刹利は手を振る。シハルは立ち上がってぺこ、と頭を下げて例をした後にとん、と道へと屋根から軽く飛び降りた。
彼女が歩いていく背中を刹利はじっとその金の瞳で見る。
自分と同じ色の瞳だったけれども、自分の持つそれとは異なっていた。
同じであるなんてことはまず無いのだけれどもそれでも、自分とは異質なもの。
「また会ったら、今度は何をしようかな」
ぽつりと楽しげに呟いて、刹利は夜空を見上げる。先ほど雲に隠れた月が少し、また顔を覗かせていた。
施祇 刹利と、凪風シハル。
今の関係は、暗殺する側される側からお月見仲間に。
今回は引分のような、刹利の勝ちのような、微妙なところ。
次に出会う時、この関係がどうなっているのかは、まだ誰も知らない。
知るわけが、無い。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【5307/施祇・刹利/男性/18歳/過剰付与師】
【NPC/凪風シハル/女性/18歳/何でも屋】
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■ ライター通信 ■
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施祇・刹利さま
はじめまして、今回は無限関係性一話目、月下の暗殺者に参加いただきありがとうございました。ライターの志摩です。
刹利さまの温和さと、ちょびっと戦闘のところでそれとは異なる面をおしだせたら、と思いながら書いておりました。そしてお月見を…!のほほーん?(なぜ?がつくのですか)な雰囲気もお送りできたら幸いです。
次にシハルと出あったとき、今回の続きなのか、それとも他の形での出会いか、それは刹利さま次第でございます。
ではでは、またお会いできれば嬉しく思います!
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