■CHANGE MYSELF! LIVE SPECIAL Side:B■
市川智彦 |
【3738】【ウルフィアス・ローラン】【TI社特殊強化服装着員 】 |
『虚無の境界』がまた密かに動き出した。『死霊使い』としては名高き能力者である江崎 念道を東京に送り込んだのである。
彼は十数年かけて完成させた悪霊や怨霊がいくつも交じり合うことで動き出す人形『クグツ』を新東京海上開発地域に惜しげもなくありったけ放った。整地がようやく終わったこの地でせっせと仕事をする関係者たちは命なき人形たちの毒牙にかかる。罪なき者たちの魂はすぐさま身体を抜け出し、まもなく憎しみの怨念へと変化する。これが人形の本来の力なのだ。そして地に伏した人間に憑き、クグツたちと同じように動き出す。そしてまた生きている者を手にかけ、仲間をどんどん増やしていった。無意味に繰り返される殺戮と増殖。人工島はまさに地獄絵図と化していた。
この事態を深刻に受け止めた異能力育成ならびに教育機関『アカデミー』は日本支部の教頭であるレディ・ローズを派遣。彼女はすぐさまクグツの破壊に向かった。上しかし層部が手を打つのに膨大な時間が掛けすぎたのか、それともクグツの仕事っぷりが早かったのか……彼女が現場に到着する頃には、救われぬ死者たちが恐ろしい数にまで膨れ上がっていた。
それからまもなくしてローズの部下にして教師の風宮 紫苑が状況を把握、リィール・フレイソルトには別働隊として現状を打破するメンバーを結成することを依頼した。彼女は小さく頷くと、そのまま部屋を出て行く。次にメビウスには自分の補佐役を願い出た。もちろん彼が断るはずもない。紫苑は「ありがとうございます」と礼を言うと、さっそくしかるべき筋に情報を流し始めた。教師の中でも一目置かれる存在の紫苑だが、まさかこの作戦で身内が足を引っ張るとは夢にも思わなかっただろう。念道なる人物の能力が記されたプリントを読んで、メビウスはひとりの男として呟いた。
「由宇……」
歯車は音を立てて軋み始めていた。だが、誰もそれを止められない。メビウスは情報収拾に忙しい紫苑の隣に控え、言われたことだけをひとつずつ片付ける。多くの能力者が集まるので応接室を空けてほしいとか、リィールの連絡があれば聞いておいてほしいなど仕事はさまざまあった。それを黙ってこなす彼の心には、今はもうこの世にいない恋人の笑顔が常にあった。時間が経つに連れ、よからぬ考えが脳裏をよぎる。これは人間のサガなのか、それとも……
アカデミー日本支部のある古城には、リィールが自分の屋敷からさまざまな仕事をこなすメイドが働いていた。彼女たちにもてなしの準備を頼むと、いつも従順な返事をする。実はある事件を境にメビウスは彼女たちに指示を出すことをためらっていた。何を話しても由宇の面影が胸に突き刺さるからだ。「俺がこんなことを頼めば、あいつは間違いなく嫌な顔をするんだろうな」と根拠のない確信を胸に抱きながら、無言で去っていく彼女たちを見送ることが多くなった。そのたびに忘れたい事実が、彼の足をがんじがらめにする。霊能力を使う家系に生まれたにも関わらず、まったくその力を持たずして生まれた彼女は不幸な事故で命を落とした。メビウスの能力は紫苑など比較にならないほどレアなものである。だが彼は最近になって『てめぇの好きな女も救えやしないくだらない能力』だと再び思うようになっていた。まさに名は体を表すとはこのことだろうか。彼の思考は裏も表もないリングになろうとしていた。
時が過ぎた。もうすでにリィールよりも出遅れた感すらある。紫苑は応接室に入り、集まった者ひとりひとりに丁寧な挨拶を交わす。部屋に一番乗りしたのは、黒いロングコートと片眼鏡をかけた姿が印象的なブラッド・フルースヴェルグ。彼は長身でありながら、それでもさらにその存在感を周囲にアピールするほどの容姿と雰囲気を醸し出している。今回の作戦に関していくつか提案したいことがあるらしく、早く話し合いが始まらないものかと眼鏡の向こうで瞳を妖しく輝かせていた。
その横にはまるで彼に付き従うかのように立っているカソック姿の男性……いや女性が立っていた。紫苑が手に入れた資料にはルージュ・バーガンディという名が記されていた。特徴の欄に書かれている黒い薄手袋と十字を模った黒いピアス、そして十字を模った細く長い杖が本人だと物語っている。教皇庁教理省内非公式機関に属し、『異端狩り』の異名を持つバーガンディはまさに異色の存在だ。
ところがまだまだ癖のある人物が登場する。次は紫苑かメビウスの連絡ミスかと疑ってしまうような壮年の主婦が紅茶を飲みながらソファーでくつろいでいるではないか。紫苑が彼女に挨拶代わりの握手を求めると、極めてミーハーな態度で「あら〜、あんたきれいねぇ〜」と井戸端会議のようなセリフをのたまう。しかし紫苑はその手には引っかからない。女性とは思えないほど強い握力、そして隙を見せない身のこなし……誰が彼女のことを殺し屋だと思うだろうか。手を取った瞬間からふたりの駆け引きは始まっていた。大杉 俊江、48歳。氷刃のような表情を見せるのはいつのことだろうか。
最後に温和な微笑みを振り撒く青年は自分から篠原 朔羅と名乗った。メビウスは由宇の家の関係で退魔師については詳しい。すぐに尾張にある名家である篠原一族のことを連想したが、まさにその通りだった。彼は表向きはプロボクサーとして、裏では若き当主としての活躍をしているらしい。人当たりのよさそうな朔羅を見て、メビウスは自分の目的が達成できるかどうかを聞き出そうと機会を伺う。しかし今はそんな状況ではない。さっそく紫苑の説明が始まった。
「誠に残念な報告ですが、現在『アカデミー』の教頭を務めるレディ・ローズが新東京海上開発地域にはびこるクグツが生み出した死人の群れを退治できずに東京某所に逃げ込んだとの情報がありました。そこで皆様方にお集まりいただいた次第でございます。」
「報酬の件に関しては紫苑との間で交渉が成立しているはずだ。今はここにいる全員から忌憚のない意見や提案がほしい……とまぁ、うちとしてはそんなところだな。」
喉元まで出てきそうな言葉をメビウスはぐっと胸まで押し込み、なんとか教師らしく振る舞おうとする。さすがの彼も不自然さが際立つと思ったのか、すかさず紫苑の表情を横目で伺った。しかし状況が状況だけに身内にまで神経を使う余裕がないらしい。ホッと溜め息をついたその刹那、朔羅が口を開いた。
「確かあそこは東京湾を埋め立てて新都市を作ろうとしている場所ですよね?」
「あら、あんた若いのによく知ってるじゃない。」
「敵である念道は地下工事がある程度終わり、地上での作業が活気付いたところを狙ったようです。」
計画的犯行……俊江の脳裏に虚無の境界らしい心霊テロ事件の事例がいくつか浮かんでは消える。だがここまで広範囲を侵食し、都内にまで勢力を拡大しようとする計画は聞いたことがない。彼女はしっかりとした準備が必要だと考え、紫苑にさりげなく走り書きしたメモを見せた。そこには最初の交渉よりも大幅に上乗せされた数字が並んでいるではないか。しかもちゃっかりと『必要経費を含む』と書かれていた。紫苑はタキシードの内ポケットから万年筆を取り出し、あえて後ろにゼロを書き足してメモを返した。さすがの俊江もこれには驚き、「意外と話せるじゃないの」と微笑んだ。
バーガンディは不浄の存在を天に返すは当然と仕事を請け負ったが、どうも隣に立つブラッドの態度が気になるようだった。その疑念を振り払うかのように彼は自論を展開、「地上をいくら攻めても原因となる死霊使いを倒さなければ意味がない」と主張する。おそらく本人は数体のクグツを使役して地下に潜伏しているのではないかと推測した。実は彼が口にしたことはすべて真実なのだが、その根拠を明らかにするといらぬ騒ぎが起こってしまう。今はそれを口にすべきではないとブラッドは口を堅く閉じた。だがその言葉だけでは情報の信憑性に欠ける。ところがこの案に教師のメビウスが乗ってくるではないか。ブラッドの片眼鏡が一瞬だけ煌いた。
「紫苑、上は教頭に任せて俺たちは地下を攻めようぜ。俺はブラッドの意見に賛成だ。」
「だが私の案を実行するにはまだ人数が足らない。アカデミーにはそれだけの人材を集めてもらいますよ。それが条件です。」
「教頭も魔力が減退しているらしいのですが、リィールが集めた能力者の中に強力な術者が混じっているそうです。さらに彼女は協力者を募るとも言っていた。確かに我々があちらと同じ行動を取るのは無意味かもしれませんね……」
紫苑が自分の思惑通りに動き出した。場の流れも状況も自分に味方し、すべてがうまく進む。ところがこの展開を喜んでいるのは、何も彼だけではなかった。ブラッドもまた心の奥底でほくそ笑んでいた。彼が紫苑が語った『強力な術者』を牽制すべく、ただ自分がやりやすい行動を提案したに過ぎない。彼はこの事件を素直に解決したのでは何の得もないのだ。地下に潜む敵を倒してすべてを終わらせることに意味があるのだ。人間の思考を超越した大いなる打算はすでに動き出していた。
「メビウス、決めました。我々は地下を攻めます。あなたはリィールにその旨を伝えて下さい。私は他の能力者たちに連絡を取ります。非常に危険な戦いになるでしょうが、今はそれしかないでしょう。」
歯車はどんどん軋む。時計の針は確実に破壊の瞬間へと向かっていた。これを止めることができるのは、いったい誰なのか……
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CHANGE MYSELF! LIVE SPECIAL Side:B
『虚無の境界』がまた密かに動き出した。『死霊使い』としては名高き能力者である江崎 念道を東京に送り込んだのである。
彼は十数年かけて完成させた悪霊や怨霊がいくつも交じり合うことで動き出す人形『クグツ』を新東京海上開発地域に惜しげもなくありったけ放った。整地がようやく終わったこの地でせっせと仕事をする関係者たちは命なき人形たちの毒牙にかかる。罪なき者たちの魂はすぐさま身体を抜け出し、まもなく憎しみの怨念へと変化する。これが人形の本来の力なのだ。そして地に伏した人間に憑き、クグツたちと同じように動き出す。そしてまた生きている者を手にかけ、仲間をどんどん増やしていった。無意味に繰り返される殺戮と増殖。人工島はまさに地獄絵図と化していた。
この事態を深刻に受け止めた異能力育成ならびに教育機関『アカデミー』は日本支部の教頭であるレディ・ローズを派遣。彼女はすぐさまクグツの破壊に向かった。しかし上層部が手を打つのに膨大な時間が掛けすぎたのか、それともクグツの仕事っぷりが早かったのか……彼女が現場に到着する頃には、救われぬ死者たちが恐ろしい数にまで膨れ上がっていた。
それからまもなくしてローズの部下にして教師の風宮 紫苑が状況を把握、リィール・フレイソルトには別働隊として現状を打破するメンバーを結成することを依頼した。彼女は小さく頷くと、そのまま部屋を出て行く。次にメビウスには自分の補佐役を願い出た。もちろん彼が断るはずもない。紫苑は「ありがとうございます」と礼を言うと、さっそくしかるべき筋に情報を流し始めた。教師の中でも一目置かれる存在の紫苑だが、まさかこの作戦で身内が足を引っ張るとは夢にも思わなかっただろう。念道なる人物の能力が記されたプリントを読んで、メビウスはひとりの男として呟いた。
「由宇……」
歯車は音を立てて軋み始めていた。だが、誰もそれを止められない。メビウスは情報収拾に忙しい紫苑の隣に控え、言われたことだけをひとつずつ片付ける。多くの能力者が集まるので応接室を空けてほしいとか、リィールの連絡があれば聞いておいてほしいなど仕事はさまざまあった。それを黙ってこなす彼の心には、今はもうこの世にいない恋人の笑顔が常にあった。時間が経つに連れ、よからぬ考えが脳裏をよぎる。これは人間のサガなのか、それとも……
アカデミー日本支部のある古城には、リィールが自分の屋敷からさまざまな仕事をこなすメイドが働いていた。彼女たちにもてなしの準備を頼むと、いつも従順な返事をする。実はある事件を境にメビウスは彼女たちに指示を出すことをためらっていた。何を話しても由宇の面影が胸に突き刺さるからだ。「俺がこんなことを頼めば、あいつは間違いなく嫌な顔をするんだろうな」と根拠のない確信を胸に抱きながら、無言で去っていく彼女たちを見送ることが多くなった。そのたびに忘れたい事実が、彼の足をがんじがらめにする。霊能力を使う家系に生まれたにも関わらず、まったくその力を持たずして生まれた彼女は不幸な事故で命を落とした。メビウスの能力は紫苑など比較にならないほどレアなものである。だが彼は最近になって『てめぇの惚れた女も救えやしないくだらない能力』だと再び思うようになっていた。まさに名は体を表すとはこのことだろうか。彼の思考は裏も表もないリングになろうとしていた。
時が過ぎた。もうすでにリィールよりも出遅れた感すらある。紫苑は応接室に入り、集まった者ひとりひとりに丁寧な挨拶を交わす。部屋に一番乗りしたのは、黒いロングコートと片眼鏡をかけた姿が印象的なブラッド・フルースヴェルグ。彼は長身でありながら、それでもさらにその存在感を周囲にアピールするほどの容姿と雰囲気を醸し出している。今回の作戦に関していくつか提案したいことがあるらしく、早く話し合いが始まらないものかと眼鏡の向こうで瞳を妖しく輝かせていた。
その横にはまるで彼に付き従うかのように立っているカソック姿の男性……いや女性が立っていた。紫苑が手に入れた資料にはルージュ・バーガンディという名が記されていた。特徴の欄に書かれている黒い薄手袋と十字を模った黒いピアス、そして十字を模った細く長い杖が本人だと物語っている。教皇庁教理省内非公式機関に属し、『異端狩り』の異名を持つバーガンディはまさに異色の存在だ。
ところがまだまだ癖のある人物が登場する。次は紫苑かメビウスの連絡ミスかと疑ってしまうような壮年の主婦が紅茶を飲みながらソファーでくつろいでいるではないか。紫苑が彼女に挨拶代わりの握手を求めると、極めてミーハーな態度で「あら〜、あんたきれいねぇ〜」と井戸端会議のようなセリフをのたまう。しかし紫苑はその手には引っかからない。女性とは思えないほど強い握力、そして隙を見せない身のこなし……誰が彼女のことを殺し屋だと思うだろうか。手を取った瞬間からふたりの駆け引きは始まっていた。大杉 俊江、48歳。氷刃のような表情を見せるのはいつのことだろうか。
最後に温和な微笑みを振り撒く青年は自分から篠原 朔羅と名乗った。メビウスは由宇の家の関係で退魔師については詳しい。すぐに尾張にある名家である篠原一族のことを連想したが、まさにその通りだった。彼は表向きはプロボクサーとして、裏では若き当主としての活躍をしているらしい。人当たりのよさそうな朔羅を見て、メビウスは自分の目的が達成できるかどうかを聞き出そうと機会を伺う。しかし今はそんな状況ではない。さっそく紫苑の説明が始まった。
「誠に残念な報告ですが、現在『アカデミー』の教頭を務めるレディ・ローズが新東京海上開発地域にはびこるクグツが生み出した死人の群れを退治できずに東京某所に逃げ込んだとの情報がありました。そこで皆様方にお集まりいただいた次第でございます。」
「報酬の件に関しては紫苑との間で交渉が成立しているはずだ。今はここにいる全員から忌憚のない意見や提案がほしい……とまぁ、うちとしてはそんなところだな。」
喉元まで出てきそうな言葉をメビウスはぐっと胸まで押し込み、なんとか教師らしく振る舞おうとする。さすがの彼も不自然さが際立つと思ったのか、すかさず紫苑の表情を横目で伺った。しかし状況が状況だけに身内にまで神経を使う余裕がないらしい。ホッと溜め息をついたその刹那、朔羅が口を開いた。
「確かあそこは東京湾を埋め立てて新都市を作ろうとしている場所ですよね?」
「あら、あんた若いのによく知ってるじゃない。」
「敵である念道は地下工事がある程度終わり、地上での作業が活気付いたところを狙ったようです。」
計画的犯行……俊江の脳裏に虚無の境界らしい心霊テロ事件の事例がいくつか浮かんでは消える。だがここまで広範囲を侵食し、都内にまで勢力を拡大しようとする計画は聞いたことがない。彼女はしっかりとした準備が必要だと考え、紫苑にさりげなく走り書きしたメモを見せた。そこには最初の交渉よりも大幅に上乗せされた数字が並んでいるではないか。しかもちゃっかりと『必要経費を含む』と書かれていた。紫苑はタキシードの内ポケットから愛用の万年筆を取り出し、後ろにゼロを書き足してメモを返した。さすがの俊江もこれには驚き、「話せるじゃない」と微笑んだ。
バーガンディは不浄の存在を天に返すは当然と仕事を請け負ったが、どうも隣に立つブラッドの態度が気になるようだった。その疑念を振り払うかのように彼は自論を展開、「地上をいくら攻めても原因となる死霊使いを倒さなければ意味がない」と主張する。おそらく本人は数体のクグツを使役して地下に潜伏しているのではないかと推測した。実は彼が口にしたことはすべて真実なのだが、その根拠を明らかにするといらぬ騒ぎが起こってしまう。今はそれを口にすべきではないとブラッドは多くを語らなかった。だが、その言葉だけでは情報の信憑性に欠ける。ところがこの案に教師のメビウスが乗ってくるではないか。ブラッドの片眼鏡が一瞬だけ煌いた。
「紫苑、上は教頭に任せて俺たちは地下を攻めようぜ。俺はブラッドの意見に賛成だ。」
「だが私の案を実行するにはまだ人数が足らない。アカデミーにはそれだけの人材を集めてもらいますよ。それが条件です。」
「教頭も魔力が減退しているらしいのですが、リィールが集めた能力者の中に強力な術者が混じっているそうです。さらに彼女は協力者を募るとも言っていた。確かに我々があちらと同じ行動を取るのは無意味かもしれませんね……」
紫苑が自分の思惑通りに動き出した。場の流れも状況も自分に味方し、すべてがうまく進む。ところがこの展開を喜んでいるのは、何も彼だけではなかった。ブラッドもまた心の奥底でほくそ笑んでいた。彼は紫苑が語った『強力な術者』を牽制すべく、ただ自分がやりやすい行動を提案したに過ぎない。この事件をそのまま素直に解決したのでは何の得にもならないのだ。地下に潜む敵を倒して終わらせることに意味がある。人間の思考を超越した大いなる打算はすでに動き出していた。
「メビウス、決めました。我々は地下を攻めます。あなたはリィールにその旨を伝えて下さい。私は他の能力者たちに連絡を取ります。非常に危険な戦いになるでしょうが、今はそれしかないでしょう。」
歯車はどんどん軋む。時計の針は確実に破壊の瞬間へと向かっていた。これを止めることができるのは、いったい誰なのか……
その後、数人の能力者が召集された。その誰もがアカデミーの存在を知り、何らかの形で関わってきた者ばかりである。大学生で巫女をしている天薙 撫子は応接室に入るや、今回の顔ぶれをみて「一筋縄では行きそうにない方々がお揃いですね」と思わず苦笑いをした。同じ退魔を生業とする朔羅のことは祖父から聞いている。実は彼女は紫苑の連絡よりも先に、祖父から今回の事件について聞かされていた。なぜ彼がそれを知り得たのか……その理由がなんとなくわかった気がする。
しかし一癖も二癖もあるようなメンバーだらけである。アカデミーと提携関係にあるテクニカルインターフェース社からはウルフィアス・ローランなる人物が派遣された。彼もまた周囲の者たちが放つ異様な雰囲気に、その鋭い視線を緩めようとはしない。もしかしたら性格的にそういうタイプなのかもしれない。それを証拠に、顔をよく見ると眉間にしわが寄っている。特に俊江がたまに見せるあの独特な存在感は、今の自分と同じ匂いがするような気がしてならない。ただ、断定はできない。それを確認することができるのはほんの一瞬だけだからだ。
そしてウルフィアスの視線はえらく軽いノリの男へと向けられる。この場で唯一の女性であるバーガンディを口説いている胴衣姿の偉丈夫こそ、古武術の達人である彼瀬 春日である。しかし彼女をあっさりと女性と見抜くその眼力は本物だ。未成年だろうと何だろうとお構いなしの春日だが、当の本人はまったく意に介さず無碍な返事をするばかり。ところがここで春日は懸命に食い下がる。もう彼は目の前の少女に釘づけだ。ちなみに俊江がバッグからファンデーションを取り出し、「次のターゲットはあたしかしら〜」とそそくさとお化粧直しをしていた。
紫苑があたりを見回し、いい頃合いを見計らって声を上げた。美しい旋律のような声が広間を響かせる。
「本日はアカデミーへようこそ。今回の作戦は教師を務めますメビウスから説明いたします。」
「俺の名はメビウス、つっても知ってる奴らばっかりか。じゃあ手短に行くぜ。新東京海上開発地域を乗っ取った異形の存在はそのまま地上、いや東京都心への移動をカタツムリのような速度で進んでいるらしい。その辺はうちの別働隊がなんとかするらしいし、あっちには教頭もいるから問題ないと思う。」
「ローズ様が別行動で陣頭指揮をされてらっしゃるのですね?」
「あちらもあちらで優秀な能力者の皆様が集っているとお聞きしました。おそらく大丈夫でしょう。」
撫子の質問に紫苑が答えると、再びメビウスが喋り出す。
「地上はものすごい数の死者と怨霊の群れらしいが、今は強力な術者によって結界が張られている。それが消滅するタイミングで、作戦が開始されると思う。で、この施設は地下も作ってるんだ。何のために使用するのかはさておき、設計図を見る限りでは天井がずいぶんと高い。手の届かないところにある通気口から怨霊が入りこみ、だだっ広い空間でクグツとやらと一緒に夏祭りよろしくたむろしてんだろうぜ。」
「くだらん。そんなことをいちいち説明している暇があるのか?」
「そうだな……なら簡潔に言おう。目的は一番奥にいると思われる念道の撃破だ。だが、捕獲を優先したい。」
メビウスの信じられない発言に周囲は少なからず戸惑いの色を見せた。その中でブラッドだけが「ふっ」とほくそ笑む……ウルフィアスも春日も、朔羅も俊江もこの提案を素直に受け止められない。メビウスの発言で一気に場が緊迫した。それを察知した紫苑がフォローに回る。
「確かに相手は大量殺戮を画策しましたが、素性や目的を調べる必要がありますので……」
「あ〜ら、あんたらしくもない。あたしたちがそんなことも知らずにここに来てると思ってるの?」
「まったくだ。俺は好きなようにやらせてもらう。闇には闇の掟があることを、その身に刻み込んでくれる。」
「……では、メビウスの案は現場で考えることにしましょう。今回はアカデミーの教師が出払ってしまいますので、お留守をブラッド様に守っていただきます。ご本人の申し出がございましたので……ブラッド様、何かございましたらそこの電話でご連絡下さい。後は我々が帰還するまではおくつろぎくだされば幸いかと。」
「お言葉に甘えるといたしましょう。そうだ、あなたにはこの指輪をお預けしておきます。これは遠見の指輪といい、私はこれで現場の状況を見せていただきます。必ず身に付けておくようお願いします。」
彼はメビウスに黒光りする美しい指輪を手渡す。これでブラッドは安心して留守番ができる。いや、多少表現が違うかもしれない。正確には『現場に行かない』のではない。もう『行く必要がない』のだ。あとは彼らが動くだけで、自分の意のままに事は運ぶ。メンバーの冷たい視線を気にもせずにブラッドは近くにあったソファーに座って静かに目を閉じた。
「それでは皆様、そろそろ参りましょうか。」
「俺たちが向かう場所は新東京海上開発地域から離れたところにある作業者用トンネルから侵入できる。ただ、どこから敵が現れるかわからない。俺は常に紫苑の影に潜んでいるが、あんたらは気をつけろよ。」
「どうせ地下にいるのは全部倒さなきゃいけないんだから、いきなり出てきたらいきなり倒すだけですよ。」
朔羅がそう言って微笑むと、メンバーたちがいよいよ動き出す。俊江は紫苑の案内でいずこかへ、撫子は朔羅やバーガンディたちと一緒に外に向かった。ウルフィアスは設計図の下に隠れている地上殲滅隊の名簿に目を通す。そしてある名前を見ると、思わずほくそ笑んだ。
「あいつ……まぁ、いい。今回は見逃してやろう。」
彼はそうつぶやくとゆっくりと歩き出した。その後ろを春日が追ったが、なんとも言えない表情をしている。確かに今回の目的は念道の撃破だ。しかし、なぜメビウスはあの外道に対して「捕獲しよう」などと言い出したのか。それが不思議だった。これまでアカデミーの事件に何度か首を突っ込んでいるが、ここまで腑に落ちないことを言った奴はいない。彼は長い溜め息をつくと、扉に向かいながら言った。
「ブラッド、留守を頼むぞ。」
「皆さんのご無事を祈っております。」
相手のそっけない返事を聞いて「フフン」と鼻で笑うと、連中に遅れを取るまいと春日は走り出した。こうして、ゆっくりと歯車が動いていく。
メンバーがトンネルに突入する頃、人工島にはメビウスの説明とは違う結界が出現していた。『しかしあの結界はこの通路まで塞ぎきっていないはずだ』と朔羅は分析する。さっそくメビウスが紫苑の影に潜んだ。これで超加速がパワーアップしたのに加え、『時間停止』も使うことができる。しかしこの力はふたりに極度の負荷がかかるため、2回しか使えないことを撫子は知っていた。切り札としては十分すぎる能力なのだが、いかんせん紫苑は霊能力を所持していない。使いどころは限られてくるが、人間である念道には有効だろう。今は目前の敵を倒すのみと、彼女は自分が戦闘に立って進む意志を伝えた。御神刀の神斬をすらりと抜き、すべてを見極める神眼・龍晶眼を発動させてメンバーを導こうと突入を開始。皆、後に続いた。
しばらくは下りの道が続く。エレベーターなどの輸送装置が見当たらないので、これは人道トンネルなのだろう。人工島の地下まであと半分というところで、死者が群れをなして通路を塞いでいた。工事用の黄色いヘルメットをかぶっている……どうやら地下の作業員らしい。思わず春日は目を背けた。
「ここまでとは……な!」
「ひとりの身体に数体の霊が憑いて……お気の毒に。」
撫子もバーガンディもさすがに息を飲んだ。地下にまで霊が入り込んでいるとは……メビウスの説明以上である。
しかしその勢いに圧倒されないようにか、俊江が撫子の後ろから容赦なくサブマシンガンを撃った!
ガガガガガガガガガガ!
『ぶぶぶぶ、ぶぶぶごぉえぇ!』
「さすがは銀の弾丸ね。しかもいいのを持ってるじゃない。撃ち放題であの報酬なら次も呼んでほしいわ。」
「個人的にはこのような事件は二度と起こってほしくないのですが……」
「ここから先の道は私が切り開く。貴様らは先に行け。ここは大杉と私で十分だ。はっ!」
烈空の戦斧を構えたウルフィアスは誰もいない天井を薙ぐ。すると空間が裂け、そこから強化服『エリゴル』が出現し自然と彼の全身に装着された!
『撫子、見えているところまででいい。敵がいる場所を教えろ。大杉は後方から敵を撃破、篠原は死者から逃げ出そうとする怨霊を消せ。くれぐれも私の足を引っ張るな。』
「そこまで的確な指示を出して、最後の台詞がそれですか?!」
『お前は俺の後に続いた方がいいかもしれないな。私の打撃だけで死体から霊が抜け出る可能性がある。奥に死霊を溜めないようにするのが俺たちの役目だ。』
朔羅は「やれやれ」といった表情は見せるものの、指示通りに戦うつもりだった。ところが相手は彼の準備が整わないうちから戦闘を再開する。それでも抜群の運動神経でそれに対応する。ウルフィアスの予想通り、依り代となっている死者に一撃を加えただけでも霊が抜け出そうとした。彼と連携して同時に攻撃を仕掛ければ、確かに死霊を討ち漏らすことはない。彼は雷のエネルギーを両手に収束させ、回り込む形で死者と対峙した!
「不浄の霊、滅せよ! 退魔雷神掌っ! うりゃあっ!」
『ぶげひぃぃぃーーーっ!』
ガガガガガガガガガガ!
「えっ、もう次?!」
「ほらほら、あんた早くしてよ。みんなが通る道だけさっさと作るんだから。」
ウルフィアスと俊江のわがままに付き合わされる朔羅はたまったものではない。三面六臂の活躍とはまさにこのことだ。だがそのおかげで密集していた敵に隙間ができた。それを撫子が確認すると、奥にいる敵は神斬を優雅に操って見事に切り伏せる。そこをメンバーたちが一気に駆け抜けた。
「皆様、この通路を下り切れば地下空洞にたどり着きます。通路の敵はお任せしますわ。今の騒ぎに気づいてずいぶんな数が押し寄せてますが、本当に大丈夫でございますか?」
『構うなと言ったはずだ。早く行け。』
悪魔の化身となったウルフィアスはどんどん敵を薙ぎ倒していく。そして敏江は彼を盾にして跳弾などを駆使し、その場に応じた武器で応戦。それを朔羅が浄化するというパターンが確立された。春日もそれを見ると安堵の表情を浮かべ、撫子の肩を何度か軽く叩く。
「行くぜ、お嬢ちゃん。さっさと済ませてデートだ。」
「えっ、は、はぁ……」
状況が状況だけに撫子もさすがに口説き文句とは思わず、つい曖昧な返事をしてしまった。もちろん春日はニンマリである。しかし彼の心は決して穏やかではなかった。まだ、あの心配を拭い切れていない。きっとこの先に答えがあるはずだ。春日は何かに押されるようにして前へ進む。地下空洞まではあとわずか……メンバーは力業で道を切り開いた。
その頃、アカデミー日本支部の留守を預かるブラッドがメイドが用意したハーブティーを飲みながら状況を把握していた。ただ彼が見ているのはメビウスに持たせた指輪からの映像ではない。その片眼鏡から見えるリアルタイムの映像である。実はあの指輪がなくとも、ましてや電話での報告がなくとも彼はすべてを見通すことができるのだ。指輪はあの場にいた全員を納得させるための口実に過ぎなかった。いや、もっと重大な意味を持ったアイテムなのである。
「彼が潜む影から……あの指輪から誰にも見えない煙が天井に溜まっていく。いかに退魔師といえども魂を完全に浄化するのは不可能だろう。物言わぬ霊魂の欠片があの煙に触れれば、無垢な瘴気となって永遠にこの世界を彷徨うことになる。無理に地上で覇権を争わずとも、地下で蓄えを用意すれば条件は五分。あとは、彼らの働きに期待しましょう。」
やはり撫子の読みは当たっていた。どいつもこいつも一筋縄ではいかない連中ばかりである。ブラッドは片眼鏡で金髪の青年の姿を見て、わずかにほくそ笑んだ。
地下空洞には死者とクグツが同じくらいの数だけ蠢いていた。ただクグツにはかなりの怨霊が入り込むことができるため、死者よりも倒しにくい相手である。しかも頭上には無数の浮遊霊が肉体が開くのを今か今かと待っていた。これを通路に行かせてなるものかと、撫子は天位覚醒して東洋の女神を彷彿とさせる神々しい姿へと変身。さらに三対の翼が彼女を一度包んだかと思うと、さらにその上を行く戦闘態『戦乙女』を発現させた!
「撫子様……まさか奥の手をお持ちとは……」
紫苑が驚くのも無理はない。いつも見ている天位覚醒に肩や胸に装甲を得たその姿は、誰が見ても重厚感と神々しさを感じる。彼女はかなり高いところにいる浮遊霊を退治するために飛び立つ。とはいえ、それほど力を持たぬただの死霊ならこの力に触れるだけで完全に浄化されてしまう。撫子は天女のように宙を舞った。ただその最中、『なぜ霊は天井にぶつからずに一定の高さで留まっているのでしょう?』と疑問を感じていた。
一方、地上では春日がまさに孤軍奮闘。身体中に飾りをつけた大男が姿を現すと、「こりゃ入りやすそうだ」と言わんばかりに敵が近づいてくる。そこに向けて硬度のある光をその剛健な身体からいくつも放つ!
「紫苑さん、危な……いっ………!」
そのすさまじい光量に驚き、バーガンディが避けながら紫苑に注意を呼びかけた瞬間……世界はゆっくりと動き始める。その中で自由に動けるのは紫苑だけだ。これが紫苑の持つ能力『神速の脚』だ。現在はメビウスの『大いなる助力』でパワーアップしているため、時間はいつもよりも減速している。
「春日様の近くにはいられませんねぇ。危なくっていけません。」
『バカ、お前には防ぐ手立てがないんだから気をつけろよ!』
「あなたのおかげで楽に逃げられますけどね。いやはや、すばらしいお力だ。」
そして時の流れが元に戻る。春日の放った光はクグツや無数の死者を破壊し、そこから抜け出る魂までもを消滅させるほどの威力を秘めていた。バーガンディは自分の前に立って光の反射をその身に受ける紫苑を見て、思わず驚きの声を上げる。
「私の忠告よりも早く……! それが、紫苑さんの能力ですか。」
「私は念道を見つけるまでは待機します。彼の姿が見えた瞬間に『時間停止』するためです。多少の違和感はご了承くださいませ。」
「ところで紫苑さん。あなたは……本当にこのメンバーを信用しているのですか?」
紫苑は不思議そうな表情で彼女を見た。この言葉の真意がわからない。バーガンディの視線が不意に下へ落ちた……それを見た時、紫苑はようやく理解した。彼は軽く微笑む。
「今はかけがえのない仲間ですから。私に霊能力がなくとも、どなたでもお助けいたします。それだけです。」
「失礼しました。それでは左のクグツを破壊します。何かありましたら、お声をかけてください。」
彼女は妙なアクセントのついた返事を聞き、あえて彼の近くで戦うことにした。十字を模した細い杖を構えると、そのままクグツへ突進。さまざまな意味で鈍重な敵をスピードで圧倒する。戦いの最中、バーガンディは確かに紫苑が『霊能力がなくとも』という部分で語彙を強めたのを思い出していた。何かのキーワードなのだろうが、それをすべて読み取るまでには至らなかった。それは撫子や春日、そして後から来るウルフィアスでさえわからない重大な秘密であろう。おそらくすべての謎は『時間停止』が明らかにしてくれるはずだ。その時に何も起こらなければいいが……彼女の心配は不安で膨らんでいく。
あっさりと上空の敵を殲滅した撫子はそのままクグツの破壊を開始。春日は敵陣に切り込んで光線を乱射して敵を圧倒する。これに後続の俊江と朔羅が合流した。押せ押せムードが漂う中、紫苑の真正面に邪悪な祈りを捧げる白装束の男が見えた。あれが首謀者の念道だ。そう認識した刹那、彼の目つきが鋭いものへと変わる。朔羅が現場の指揮官である紫苑に近づき、口早に通路での戦闘結果を報告しようとしたまさにその時であった。
「紫苑さん、通路は俺と大杉さんが食い止めますんで……」
「念道……っ!」
「し、紫苑さ」
時間が……止まった。
歯車が、動き出した。
紫苑は一心不乱に念道へと向かう。その表情は鬼気迫るものがあった。だが、それはだんだんと懇願のような弱々しい表情へと変わっていく。間に合ってくれ、間に合ってくれ……呪文のように繰り返される気持ちは表情や言葉に出ていた。時間を止めたのは……メビウスである。いや、義経というひとりの男だった。
再び世界が動き出した時、念道は羽交い締めにされていた。さらに首元には紫苑の長い髪が蛇のように絡みついている。これは一瞬にして刃物へと変わる『呪縛の毒蛇』という能力だ。紫苑が持つ唯一の攻撃手段である。ちょうどバーガンディはクグツにとどめを刺し、四散する霊を撫子が浄化するというコンビネーションを披露した後だった。全員の視線がふたりに注がれる。メビウスはお構いなしに念道の耳元であることをつぶやいた。
「お前は死霊使いだ……一流のな。なら、自分が望む霊魂を呼び出せるんじゃないのか?」
「わっ、私を殺す気か、と、突然、なぜここまでっ?!」
「余計なことを言うんじゃない。時間がないんだ。悪いようにはしない。今すぐ石川 由宇の魂を呼び寄せろ。俺にわかるようにだ!」
「こっ、ここでか? バカ言うな。この天井にはすべての魂を瘴気に変える結界が張られているんだぞ! 今ここに呼び出せば、霊魂は確実に破壊される!」
メビウスは愕然とした。まさかそんなものが頭上にあるなんて……誰だ、誰の仕業だ。沸々と湧き上がる怒りはすぐさま言葉となって現れる。
「てめぇら! 誰が勝手に結界なんて張ってるんだ! さっさとそれを解け! 邪魔なんだよぉぉぉっ!!」
「ぶぐっ……ぐはっ、なっ、何が……悪いように……しな、い、だ。ぐは。」
『お遊びはここまでだ。将は兵の動きを見るため、しんがりに立つ。目の前で大事が起これば、自然と後ろに隙が生まれる。まぁ、お前もその程度だったということか?』
声の主はウルフィアスだ。彼は次元を切り裂くだけでなく、それを通って移動することができたのだ。念道は不意打ちを食らい、そのまま絶命した。あと一歩だったのに……せっかくは捕らえておいたのに。念道の身体はどんどん冷たくなっていく。メビウスは気が狂いそうになった。
「て、てめぇ……な、な、なんてことを……!」
『メビウス。今ここでお前が私に指示したことをもう一度言ってみろ。』
「あんだとぉぉぉ!!」
『アカデミーの望んだ結末を言ってみろ。少なくとも、お前が念道に囁いた内容ではないはずだ。』
メビウスは拳を握り締める。無謀にも強化服に身を包んだ相手に殴りかかろうとした。
彼は不意に違和感を感じる。なぜ自分の感情をそのまま表現できるのか。今は紫苑を操っているはずだ。おかしい、何かがおかしい。自分の視界にいつの間にか撫子が入っていることに気づいた彼は、ふと息を飲んだ。
「メビウス様。もう紫苑様の支配はできません。」
「どいつもこいつも……ぉぉ!」
バキッ!
「おぐあっ……か、彼瀬ぇぇ!」
「すまん、つい手が出ちまった。とにかく……お前やめとけ。」
戦闘をしていたはずの撫子、春日、そして楔から放たれた紫苑がメビウスを見る。ウルフィアスはバーガンディや朔羅、俊江の奮闘を見守っていた。口の中を切ったメビウスは拳でそれを拭いながら立ち上がる。だが彼の瞳には覇気がない……春日は自分を鏡で見るように話しかけた。
「何をする気だったかは聞かないし、俺に説教をする資格もない。だが、それは絶対にお前のためにならない。」
「目的は……由宇さんの反魂ですわね?」
「揃いも揃って説教か。勝手にしな。」
ますます自分らしい行動をするもので、春日は思わず長い溜め息を漏らしてしまう。
「女、か。お前、惚れてたんだろう? 今でもここにこびりついてるんだろうが。ここに。」
「必ずしも形になって戻ることが救いに繋がるわけではありませんわ。春日様のおっしゃるように、心に残った暖かな気持ちを抱いて生きていくことが大切なのです。」
「霊魂が返ってきたら必ず幸せになるとでも思ってるのか? お前は今よりもさらに重い業を背負うことになるんだぞ?」
春日は親指で自分の心臓に指を当てたまま話し続ける。そんな時、意外な人物が話に割って入った。紫苑だ。
「メビウス、私はうすうす勘付いていました。アカデミーに入った本当の理由は……それだということを。」
「お、お前……」
「私も皆さんと同じ気持ちです。その無念や悔しさは後から聞きましょう。ですが、今は……」
『お説教はそこまでだ。やはり死霊使いともなると、死んでもしぶといな。すべてを吸収しようとしている。』
エリゴルが指差す先……それは地下空洞の中心でクグツや死者や飲み込んで膨張する邪霊だった! 全員の視線がそちらに向かう。
「わたくしが動きを封じ込めますわ! 皆様は攻撃の準備を! 」
「天井には念道ではない誰かが作った結界がある。それに霊魂が触れさせると瘴気になっちまうらしい。できれば破壊してしまいたい!」
「らしくなってきたじゃねぇか。ならば往くぞ、子猫……」
春日はその身に宿る白虎の封印を解き、ひとつに膨れ上がった邪霊と対峙する。すでにウルフィアスは、朔羅とバーガンディとともにいる。最後の戦いが今まさに始まろうとしていた。撫子は懐と髪に忍ばせておいた多数の妖斬鋼糸をすばやく放ち、邪霊の動きを完全に封じる。それを合図に朔羅とバーガンディがそれぞれの武器でラッシュをかけた!
「「うおおおおおおぉぉぉぉっ!!」」
『ぶぎゅあがががが、がががあがが、ががが!』
「子猫、やれ!」
春日の指示で動く白虎はすさまじい威力の烈風を巻き起こす! それはさながら小型の台風で、邪霊の中心で猛威を振るった! しかも四散する霊を貪り食う様は恐ろしいものがある。さすがの紫苑も驚きの表情を見せた。敵に歪みが現れたところでウルフィアスは烈風の戦斧で大きく空間を切り裂き、邪霊を放り込むほどの大きさに広がった次元の裂け目を作り出す。そして有益な攻撃方法を持っている俊江に指示を出した!
『マガジンを使い尽くす勢いで撃ちまくれ!』
「ほら、あんたも撃って!」
「なぜ私が銃を持っていると知っている……?」
「匂いがするのよ、匂いが。さ、行くわよ!」
俊江はバーガンディも同じ武器を持っていることを察知していた。おそらく火薬の匂いに敏感なのだろう。彼女は仕方なしにモーゼルとルガーで援護射撃するために構えた。そしてウルフィアスは右腕を突き出すと、手のひらから高密度に濃縮した闇の弾丸を無数に打ち出す! それを合図にふたりも銀の弾丸を撃ちまくる!
ババババババババババババババババババババ!!
『ぶげげげげげ、ぶげげげげげげげぇぇぇ〜〜〜〜〜っ!!』
邪霊は束縛されたまますべての弾丸を食らう。その巨大な身体とは裏腹にいくつもの穴が開き、次元の切れ目まで追いやられる頃にはなんとも無残な姿になっていた。そして最後にはウルフィアスの巨大な弾丸で裂け目へ押し込まれ、そのまま異次元へと封じ込めた。地下空洞の激戦はいくつもの出来事がありながらも、なんとか収束に持っていくことができた。
その後、紫苑が教頭直々に連絡を受けた。どうやら地上の制圧も成功したらしい。撫子も朔羅も皆、ホッと胸を撫で下ろす。ウルフィアスが任務完了を確認したことから社に戻るというので、この場で解散という形となった。教頭がある屋敷でのんきにパーティーをしているというので、俊江やバーガンディは食事代とばかりについていくことにした。メビウスはしばらくは複雑な表情をしていたが、春日の行動を見てなんとなく吹っ切れる。
「撫子、ではデートにでも行こうか。」
「そうですわねぇ。ではパーティーの席でご一緒いたしましょう。」
「あらら、うまいこと言うねぇ。紫苑もメビウスもいるところでデートか、トホホ。」
女たらしがあの台詞……まぁ、人生はどうにでもなるということだろうか。メビウスは過去の女性の名を一度だけつぶやき、紫苑の隣に駆けていく。
「俺はアカデミーをやめねぇぞ。」
「わかってますよ、それくらい。」
「能力者にしか救えないものがある。そうだろ、紫苑。」
「あなたが早めにそうなってくれればありがたいのですが……お見合いでもしますか?」
「そんな柄じゃねぇよ。余計な気ぃ回すんじゃねぇ!」
「立派な写真がた〜くさん送られてくるんですよぉ〜。緊張しますよ、メビウスさ〜ん?」
朔羅もその話に混じって盛り上がる。彼らの笑いは天井まで響くが、それが瘴気に変わることはなかった。事態の収拾とともに、その結界はいつの間にか姿を消していた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】
0328/天薙・撫子 /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
3738/ウルフィアス・ローラン /男性/20歳/TI社特殊強化服装着員
4451/彼瀬・春日 /男性/42歳/鍼灸整体師兼道場主
(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)
【クリエーター名/ NPC名 /性別/ 年齢 / 職業】
天瀬たつき 様 /篠原・朔羅 /男性/23歳/アウトドア系のショップ販売員・退魔師
竜城英理 様 /ブラッド・フレースヴェルグ /男性/27歳/獄が属領域侵攻司令官代理・領域術師
深海残月 様 /ルージュ・バーガンディ /女性/15歳/教皇庁教理省の『異端狩り』
深海残月 様 /大杉・俊江 /女性/48歳/主婦・某殺し屋組織の一員
市川 智彦 /風宮・紫苑 /男性/27歳/秘密組織『アカデミー』の主任
市川 智彦 /メビウス(白樺・義経) /男性/23歳/秘密結社『アカデミー』の教師
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■ ライター通信 ■
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こんばんわ、市川 智彦です。「CHANGE MYSELF! LIVE SPECIAL Side:B」いかがでしたか?
今回は豪華2本立てにして、豪華な出演陣。そして素敵なキャラクターさんが揃いました!
まさにスペシャルにふさわしい作品となりましたことをこの場で感謝いたします!
ウルフィアスさんはお久しぶりです。今回は陣頭指揮を取ったりしていただきました。
それだけ色の濃いキャラクターが集まってるんですよ……『Side:B』には(笑)。
本当においでくださってありがたかったです。最後もちーゃんと決めましたしね!
今回は本当にありがとうございました。同じ時間軸で動く『Side:A』もよろしくです!
また次回の『CHANGE MYSELF!』やご近所異界、通常依頼などでお会いしましょう!
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