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■CallingU 「小噺・病」■

ともやいずみ
【0413】【神崎・美桜】【高校生】
 こんな時期に風邪をひいてしまうなんて。
 誰か看病をしてくれないだろうか……?
CallingU 「小噺・病」



 台所に立つ神崎美桜は腕捲くりをした。
 この間助けた九尾の子狐が遊びに来るというのだ。人間の言語も少し勉強したのでそれをお披露目しに来るのだろう。
 冷蔵庫の中を覗き、あ、と小さく洩らす。
(あまりものがないです……)
 がーんとなる美桜であった。
 それもそのはず。
 現在この屋敷で暮らしているのは美桜ただ一人。一人で食べる食事の量はたかが知れている。
「仕方ないですね。買い物に行きましょうか。でも狐ってなに食べるんでしょう……」
 ご馳走を作るのはいいが、食べられないものを作るわけにはいかない。
 玄関に鍵をかけて美桜は早速買い物に出掛けた。



(ち、ちょっと買いすぎてしまったかもしれないです……)
 苦笑して屋敷への道を歩いていると、公園のベンチに座る欠月を発見した。
(欠月さん……今日も仕事でしょうか)
 通り過ぎようとした美桜だったが、欠月の顔色が悪いことに気づいて引き返してくる。
 欠月はうーんと考え込むような顔をして頬杖をついていた。
「欠月さん、大丈夫ですか?」
 美桜の声に彼は瞼を開け、うかがってくる。
「なんだ。美桜さんか」
「顔色が悪いですよ? どうかされたんですか?」
「いや〜、なんかよくわかんない」
「よくわからない?」
「なんか少し熱っぽいような気がするだけ。まあ気にしないでよ」
「…………それ、風邪じゃないんですか?」
 欠月はきょとんとしてから皮肉っぽく小さく笑った。
「風邪? ボクが風邪なんてひくわけないでしょ」
「でも……。だとしても、体調が悪そうです。私の家に行きましょう、すぐ近くですから」
「やだね」
 ベンチから立ち上がり、欠月は「はあ」と大仰に嘆息する。
「どうしてキミの世話にならなきゃいけないんだよ」
「せめて少し気分がよくなるまででいいですから」
「大丈夫だって。ふつうに歩けるんだから」
 美桜の伸ばした手を彼は振り払った。本当に強情だ。
 途端、欠月はがくんと地面に膝をつく。
「ほら! やっぱりダメです! 私の家に来てください!」
「……今のは体調不良のせいじゃない。膝から力が抜けただけ」
「そんな言い訳が通じると思ってるんですか!?」
 がし、と美桜が欠月の腕を掴んだ。
「顔色がもう少しよくなるまででいいですから!」



 無言で美桜の屋敷までついてきた背後の欠月を、美桜はそっとうかがう。
 玄関の鍵を開けた。
(どうしてあんなにかたくななんでしょうか……)
「どうぞ、欠月さん。客室まで案内しますね。そちらで休んでください」
「…………」
 ちら、と美桜を見た欠月はやれやれと嘆息する。どうせ「お節介」とでも思っているのだろう。
 客室までくると、欠月はそのベッドの大きさにまず呆れた。
「無駄遣い」
 小さく呟いて彼はベッドに腰掛ける。
「座ってないで横になってください。お水を持ってきますから」
「……こんな柔らかいところで眠れるわけないじゃん。気色悪い」
「もう……欠月さんはどうしてそうなんですか?」
「こういう性格なんだよ。放っておいてくれる?」
 笑みを浮かべて言う欠月は深呼吸をした。
 美桜は部屋から出て肩を落とす。欠月のあの態度はかなり問題だ。
(とりあえず氷枕と……お水はいりますよね)
 自分もよく病気にかかるのでそのへんはよく心得ている。
 玄関のチャイムが鳴って美桜はそちらに向かった。
 ドアを開けると子狐がいるではないか。
(あ、そうでした)
「ご、ごめんなさい。まだなにも用意してなくて」
「おねえちゃん、どうしたの?」
 きょとんとして首を傾げる狐に美桜は苦笑する。
「実はこの間の人が……欠月さんが具合が悪いようなんです」
「……びょうき?」
「たぶん……」
 狐はぱっと顔を輝かせてくるくるとその場を歩き回る。
「よくきくやくそう、しってる! とってくる」
「えっ、あ」
 止める間もなく狐はたんたん、と軽く跳ねて出て行ってしまった。
 美桜はドアを閉めて、狐が戻ってくるのを待つことになりそうだと大きく息を吐く。

 お盆に水の入ったコップを乗せてやってきた美桜は、ソファに座ってぼんやりとしている欠月に驚いた。
「寝ててくださいって言ったのに!」
「だれも寝るなんて言ってないでしょ」
 つんとした態度で言う欠月を、美桜は呆れたように見つめた。
 ここまで強情だと逆に清々しささえ感じる。
(……欠月さん、もしかして)
 記憶という大切なものが抜けてしまって、その恐怖を隠すためにこんなに壁を作っているのだろうか?
「眠るのが、嫌なんですか?」
 美桜の言葉に欠月は「は?」と半眼になる。
「なんかまた勘違いしたような顔してるな……。怒らないから言ってみなよ」
「記憶がないことに対して……怖いんじゃないですか欠月さん」
 唖然とした欠月が肩をすくめてから苦笑した。
「そこまですごい想像できるってのは、ある意味才能だと思うよ美桜さん」
「違うとは思えません。だからこんな風に、他人を拒絶するんじゃないですか?」
「はっきり言っておくけど、記憶に対して執着は全くない」
 欠月はまっすぐに美桜を見つめてそう言う。迷いのない目だ。
「例えるならあれだよ。もらった商店街のくじ引きの券を、気づけば落としていた。あんな感じ。
 あー、ちょっと勿体ないかも、っていうアレだな。
 記憶が大事なものだったかどうかなんてわかんないのに、恐怖なんて感じるわけないでしょ」
「……嘘は言ってないですか?」
「言ってない。
 だいたいそれはキミの価値基準から考えた結論だろ?」
 記憶がないのになぜ不安にならないのだろう?
 だが彼の瞳を見てもそこに恐怖はない。まったく、ないのだ。
(……闇の底を見ているようです……)
 その闇に呑まれそうになる。
 そうだ。
(欠月さんには…………大事なものが、ない)
 記憶も、自分の身体でさえ、彼にはそれは大事ではない。
 何にも執着せずに。何にも心を動かされない。
 なぜだろう。
 突然美桜は怖くなった。
 薄く笑う欠月から距離をとる。
(……空虚)
 自分が閉じ込められていたあの闇のニオイが口の中に広がって、美桜は顔を逸らした。
「か、……」
「ん?」
「欠月さんは……大事なものはないんですか……?」
 振り切るように尋ねた美桜。
 欠月はちょっと目を見開いてから頬杖をつく。
「ないね。いや、逆に言えば大事なものだらけなのかもね」
「?」
「ボクにとってはゴミみたいな価値しかなくても、キミには物凄く価値のあるものもある。そういうことだよ」
 よくわからない。謎かけでもしているのだろうか?
 美桜だったら、記憶がなくなれば不安でたまらない。だがそれは。
(想像内ですものね……)
 経験したことのない者が勝手に想像した苦しみ。
 自分が誰かわからないというその恐ろしさを欠月は微塵も感じていないのだ。
 欠月を目の前にしている今ならはっきりわかる。
 記憶がなくて、その恐怖を隠すためではないのかとか。そういう美桜の想像はまったくの見当違い。
 記憶がない恐怖そのものが『わからない』のだ、彼は。
 美桜は震える手でコップを差し出した。
「ど、どうぞ」
「どうも」
 受け取った欠月はにこっと微笑む。
 美桜は欠月を見遣った。彼が視線をコップに移したからだ。
「あの」
「今度はなに?」
 コップから目を離さずに欠月は言葉を返す。
「な、なんでもないです……」
 欠月は美桜の恋人と同じく憑物封印をしている最中だ。
 遠逆の『四』のつく当主を生贄に捧げてきた契約。
 欠月には当てはまらない生贄の数字。
 だが別にそうでなくてもよいのならば、犠牲になるのは欠月かもしれない。
 美桜が勝手に心配しているだけだ。欠月がこの気持ちを知ったら迷惑がるに決まっている。
 きっとこう言うだろう。
「そういうのやめてよね。重い」
 心配するのは無条件でいいことだと思っていた。相手を思い遣っていると。
 欠月は今まで美桜が出会った人間とは明らかに種類が違う。
 そういう気持ちを邪魔だと、迷惑だと、重荷になるとはっきり言うのだ。
 暗い表情でいる美桜を見遣り、欠月は呆れたような顔になった。
「うざったいなあ。なんなのさっきから」
「いえ……私が勝手に……」
「キミって顔にすぐ出るの自覚したら?」
 コップの水を飲みながら言う欠月に美桜は苦笑する。
「よく言われます」
 隠していてもすぐに見破られてしまう。嘘が下手だと恋人は苦笑していた。
 もしも欠月が遠逆の契約に苦しんでいるならば手助けしたい。そっとそう心に誓って美桜は微笑む。
(『壁』……)
 拒絶しているような壁を感じる。
 そう美桜が感じているだけなのかもしれない。
 美桜の恋人が持っていたような、一線を引く距離の取り方ではないのだ。
 もっと根本的な。
 もっと根深い。
 まるでそう――――――べつの生き物を見るような目で欠月は美桜を見ていることがある。
「……出会ってけっこう経ちますけど……欠月さんて全然打ち解けてくれませんよね」
「あのさ……そういうのをボクに期待しないで欲しいんだけど」
「でももう少し……色々話して欲しいです」
「話すほど記憶がないんだっての。気づけば? そのへん」
 失言だった。美桜は青ざめて口元に手を遣り、慌てて謝罪する。
「す、すみませんっ」
「いや。気にしてないし。
 打ち解けてべらべら喋るねちっこい仲を期待してるんなら、ボクは適任じゃないからね」
 水を飲み干して欠月は立ち上がった。ゆっくりと体を動かし、腰を捻り、腕を回す。
 顔色は随分良くなっていた。
「まだ熱があるかもしれないけど……まあこれくらいなら大丈夫か」
「ダメですよ、治るまでこの部屋はお貸ししますから」
「そういうの、ボクは嫌いなんだっていい加減学習して欲しいな、美桜さん」
 軽く笑う欠月はコップを美桜の手に渡す。コップが冷やしたように冷たくなっている。
「ボクはお喋りは嫌いなの。わかった?」
 耳元で囁き、欠月は足音を響かせて部屋を出て行こうとした。
「無理だけは」
 ドアを開けたところで、美桜の声に反応して欠月は手を止める。
「…………無理だけはしないでください。止めても無駄だって、わかってますから」
 美桜を振り向いて、彼女の背中に欠月は考え込むような視線を向けるが「ありがと」と小さく言ってドアを閉めた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 すみません。親密度の関係から欠月の症状が軽くなってしまいましたが……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!