■汐・巴の一日■
緋翊 |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
「うーむ……」
―――――その時。
汐・巴は、非常に困っていた。
目の前に在るのは木々。鬱葱と生い茂るそれは、人が足を踏み入れる事自体を拒絶しているかのようだ。
事実、其処は人外の巣窟であり――ある意味で凡人が安易に足を運べぬ場所である。
右手側に行けば、竹林が広がっている。
魑魅魍魎、妖怪妖魔の類に出会いたければ進むが上策。
左手側に行けば、真実森林が広がっている。
ファンタジー御用達の怪物、モンスターの類に出会いたいのなら絶好のフィールド。
そこに巣食う彼等は屈強であり、時に「その身体自体が価値を持つ」
更に云ってしまえば。ときたま古城や洞窟に出くわすことも、そこで財宝を得る事態すらある。
つまるところ。そこは巴にとって、修行と収入取得を兼ねた場所なのだ。
「困ったな……」
だが、それらを目前にして彼は唸る。
どちらの道を行こうか、ということもその悩みの種ではあるのだが………
「……一人では、な」
ふん、と首を傾げる。
無論、彼とて一級の戦闘者。この奥で巴を倒せる存在など殆ど居らぬ。
しかし……人数の方が都合が良いのは動かしがたい事実だ。
浅い部分を散策するのではない、深奥に迫る探索。
それは。自分一人の場合では命を落とすこともあるし、手に入れた値打ち物の輸送が困難なこともある。
(強者との一騎打ちを臨みたい時は手を出すな、と云えば良いのだしなぁ…)
はぁ、と嘆息する。
いつもならセレナを誘うのだが、生憎彼は読書に忙しいらしい。
(冷たい奴だ。馬鹿じゃないのか……)
否、きっと心底馬鹿だ。
「しかし……どうしたものかね、実際…」
――――そんな思考をしながら。
彼は結局方針を決められずに、また、むー、と気難しげに唸り始めた。
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汐・巴の一日
【1】
「まったく……冗談ではないぞ」
ぶつぶつと愚痴りながら、壮麗な並びをした竹林を横切る。
その前に通ったのは針葉樹林だったか、と風景の奇天烈さに呆れながら。
彼女、黒・冥月は黙々と、諧謔に満ちた空間を歩いていた。
「あの男……私をなんだと思っているのだ。なんでこんな小間使いの真似事を…」
周りの空間は驚きと興味に値するが、それが怒りを静めるわけでもない。
目下のところ、冥月は己の現状を愚痴ることに力を注いでいた。
「そもそも、私の与り知らぬ用件だぞ?まったく、本当に。何かがおかしい……」
呟きながら、彼女は目の前に広がっている森の入り口を目指している。
――――巴さんでしたら、奥の森に居るはずですよ。
目に付いた宿で彼の所在を訊いたところ、物腰穏やかな女性にそう教えられたのだ。
相棒に振られてしまったため、未だに入り口で唸っているはずだ、とか。
「……帰ったら、絶対に殴ってやる。ふふふ、決めた。絶対に殴ってやるぞ…」
物騒な台詞を吐きながら、彼女は森の入り口に進んでいく。
実のところ。優れた自分の瞳は、とっくに目標を捕らえていた。
「……お前が、汐・巴だな?」
――――木々の前で悩んでいる黒い男に、そんな声をかける。
「うん?」
誰だろうと思い、ちら、と男が視線を移す。
全身を黒い服装で固めた黒髪の男が、その漆黒の瞳でこちらを見詰めてきた。
「おや……見ない顔だな。俺のことは知ってる様子だから良いとして……お前さんは?」
「……黒・冥月と云う。今日はな、汐・巴」
手短に己の名を名乗り、冥月はじろりと巴をねめつける。
「実に下らない、時間の浪費としか思えん用件で此処に参上した次第だ」
続いて、ずいと懐から取り出した紙を彼に押し付けた。
む、と唸りながら巴は紙切れを受け取る。彼は訝しげにその文面を読み上げて、
「……請求書?」
「前回依頼した事件のもの、だそうだ。貴様、草間に人物紹介料を払っていないだろう?」
「あ」
マヌケな顔で、ぽんと手を打ち合わせた。
「ああ、そういやそうだったな。事件が解決して、安心して昼寝をしていたら忘れちまった」
「貴様がもう少し利巧だったら、私もこんなことに時間をとられなかったものを……」
「いや、悪かった悪かった。次からはアンタに迷惑をかけないよう気をつけるよ」
「ふん……当然だ。金輪際、私の手を煩わせるんじゃない」
巴の謝罪を一言で切って捨て、彼女は早々にその場を立ち去ろうと身を翻す。
既に彼女の意識は、この理に適わない仕事の遂行から、いかに草間を泣かせるかにシフトしていた。
そして、それを。
「……なあ、アンタ。このお使いの後って暇かい?」
目を細めた、巴の台詞に止められた。
「暇かといわれれば……暇ではあるな」
「そいつは嬉しい。それじゃ、なんだ。腕は立つかい?」
「それなりにな」
探りを入れてくる彼の台詞をさらりと受け流す。
それに特に不満も抱かず、巴はふむ、と思索をする。
なんとなく、彼が次に何を言い出すかは予想がついていた。
「冥月、と言ったか………なあ、暇つぶしに俺に付き合わないか?」
「……ほぅ」
話してみろ、と無言で促す。
「この森の奥には、まあ色々とあってな。暇を潰すにはもってこいだぜ?実のところ、最奥付近の探索は一人じゃ危ない。手に入れた品の運搬も大変だ……つまるところ、だな」
「ああ、成程」
「お、理解が早いのは良いことだね」
「うむ。つまり、お前の骨を拾えと―――」
「駄目だろ!?」
音速の域に達したツッコミで、巴がぺしりと冥月の肩を叩く。
それを見て彼女は軽く鼻を鳴らして、口の端を歪めながら巴を見た。
「ふん……悪くない反応速度だ。良いだろう、付き合ってやる」
「………冥月って、意外とお茶目な芸人気質か?」
「次に戯言を吐いたら殺すぞ」
「…………へいへい」
じろりと睨まれて、半眼で巴が肩を竦める。
――――そんな邂逅を経て。二人は共に、森へ徒歩を進めることになった。
【2】
――――轟、と風が轟いた。
「……この三時間付き合って、俺は悟ったことがあるよ!」
「ほう、言ってみろ」
はぁ、と嘆息しながら吐いた自分の台詞に、一瞬で返答が帰ってくる。
何かにつけパーフェクトだな、と心の中で思いながら、巴は憮然として続きを呟いた。
「お前さ、完全に散歩するつもりで俺についてきてるだろ?」
「……ふむ」
きっとそれは、こちらへの皮肉であったのだろうが。
「気付くのが遅いな」
「即答しやがったなテメェ」
微笑すら浮かべて、冥月は巴の皮肉を切り捨てた。
…………因みに、これで彼の愚痴は三十四回目であると記憶している。
「それで私を恨むなら筋違いだ。そもそも、お前は物品を運搬できる私の能力を聞いて、その効果の運用のために私を同伴させたのだろう?仕方なく付き合ってやっているのに皮肉まで言われては、な」
――――ぎぃん!と、硬質のもの同士がかち合う音が木霊する。
「……いざという時の援護は頼むぞって、俺は五十回くらい言ったけどな!」
「すまんな。超局地的に爆音が五十回ほど轟いて、その嘆願は聞こえなかった」
「となると、今初めて俺の嘆願は聞き入れてもらえたのか?」
「ああ、聞こえた。聞こえたが―――――勿論却下だ」
「左様で……」
――――やれやれと再び嘆息して、巴がまた前進のバネを利かせて横へ飛ぶ。
実際のところ、目を飽きさせない探索は中々に面白かった。
森林の先にピラミッドがあるかと思えば、その内部が武家屋敷になっている遺跡すらある。
それはルノワールとゴッホ、水彩画とルネサンス絵画が共に壁に在るかのような、奇妙な美をすら内包していた。成程、暇つぶしを目的とした散歩にはうってつけである。
更には、出てくる怪物と「先導する黒ずくめのガイド」との戦闘まで見られるのだから。
「……今、とんでもないことを考えていたな?」
「無論だ」
「……せめて否定しろよ」
鋭く聞いてきた巴を軽くいなしながら、彼女は周りの風景を楽しんでいる。
………実際、巴は既に十数度の戦闘を一人でこなしていた。
巴が一人で奥へ向かうのを忌避するのも分かる、中々に手ごわい化物の嵐。
それを、文句を言いながらも一人で全て退ける彼の実力は相当なものであった。
(ガイドとしては、合格か)
そう、一人で訳の分からない基準で彼に及第点を出しながら冥月は。
「また、面白い見世物を披露してくれているしな」
呟いて、手近な木に背を預けていた。
「……本当に手伝わないのだから、恐れ入る!」
苦笑して、先頭にいた巴が己の得物を構える。
…………きっ、と彼が見た先には、咆哮を上げてこちらへ迫る飛竜が居た。
「まさか竜まで出るとはな!ちぃと拙いぜ!」
「ああ、拙いな。携帯してきた酒が切れた」
「ちっとは心配しろぉぉぉぉ!?」
マイペェスを崩さない冥月に絶叫しながら、彼はこちらへ急降下してくる竜へ飛ぶ。
すれ違いざまに剣を叩きつけるが、堅固な鱗に容易く弾かれた。
「ち……」
巴は舌打ちする。何度と無く試した攻撃。
術に対しても相当の抵抗力を持ち、素早い敵へ大打撃を与えられない。
「おお、そろそろ死ぬか?火葬で良いな?」
「ふざけんな……って、お前その葬式場のパンフレット何処から出しやがった!?」
「先程探索した、古城でな」
「ああああああ、もう何処から反論したら良いのやらっ!?」
息を切らせながらも、律儀に巴がこちらと会話してくる。
実際、巨大な飛竜は洒落にならない。並の戦闘者であれば一ダース居ても全滅だろう。
(だがまあ、このガイドなら何とかするだろう)
そう考えていた矢先、巴が再び敵へ走り出す。
「ッ……オーン!」
鋭く叫んで、かざした札から無数の触手が出現し―――竜をとらえる。
しかしその拘束は数秒、いや一秒保つかどうかも怪しい。
「………ふっ!」
その、刹那に。
巴は見事な跳躍で竜の背中に飛び乗っていた。
「此処だ……ッ!」
振り落とされる前に、迷わず彼は翼の付け根に剣を突き立てる。
何度も集中的に狙われていたそこは、ついに剣に負け、爆ぜた。
「ギャアアアアア!?」
「遅ぇんだよ、うつけ―――――!」
続いて高速で打ち出された巴の抜き手が、その傷に深々と突き刺さる。
「グアアアアアアア!!!!」
止めを刺そうとしたところで、暴れる竜が巴をいとも簡単に振り落とした。
(決着だな……)
それを観察して、冥月がその戦闘から視線を外す。
「―――――Lagu!」
そして、彼女の予想通り。
巴の叫び声と共に、爆発的な威力で爆ぜた水の束が内部から竜を四散させた。
「ルーン文字か?芸達者だな」
「相棒の魔術師に、少しだけ仕込まれてな………流石に、今のが限界だが」
近づいてくる冥月にひらひらと手を振りながら、巴が苦笑する。
今までの連戦に加えて、先程の戦闘で受けたダメージは彼に対して決定打だった。
「すまんな。もうそろそろ帰るとしよう…流石にこれ以上はキツいぜ」
「……良いだろう。時間も潰せたしな。だが、巴よ」
「うん?」
「―――その前に、周りの無粋な連中を倒さねば帰れんぞ?」
うっすらと笑いながら、冥月がそう呟いた矢先。
一気に木々という木々の間から、一つ目の巨人が現れた。数にして五十は下るまい。
「サイクロップス……くそったれ、嫌になる数だな」
「同感だ……で、お前は何を?」
舌打ちしながら再び剣を構える巴を見て、本気の口調で冥月は問うた。
「何って……決まってるだろ、逃げられないから敵の一角を切り崩す」
「その身体で?面白いジョークだな。私に助けを求めないのか?」
「は……そりゃまた正論だが、冥月よ」
眉を顰める冥月に巴が笑いかける。
「本当に助力を求めるなら、最初に、もっと徹底的に言っていたよ。気の乗らない奴に手助けさせちゃ、友達にはなれない」
「………」
束の間の沈黙が、訪れて。
猛り狂う野獣の群れを前に、同じく獰猛な笑みを浮かべながら巴が相対する。
「というわけでだな、もう少し俺が、」
「否、気が変わった」
満身創痍で巴が駆け出す直前に、にやりと冥月が微笑み。
「流石にこの規模では、私も攻撃を受け続けるのが面倒だ。どれ、全部私が殺してやろう」
「……それは」
「黙って見ていろ巴。なに、お前の見世物に劣ることは無いだろうよ―――!」
何かを言いたげにこちらを見た巴は、既に彼女の視界に入っていない。
唸りを上げて自分へ迫る一匹のサイクロプスの拳も、そう。
彼女のかざした「黒い何か」が受け止めている。注意に値しないものだった。
「な……冥月、それは」
「グア!?」
「その目に焼き付けろ、巴。そして下郎共、貴様等にはその身に刻んでやる……」
静かに、歌うように言葉を紡ぎ。
「―――――暗く、影多き森で。この黒・冥月に挑む下策を恥じるのだな」
彼女の「影」が、動揺するサイクロプスを串刺しにした。
「影……いや、或いは闇さえも操る異能か!?」
「良い推理だ、退魔の師」
巴が戦闘中に浮かべた、獣の笑み。それと同質の、危うい笑みで彼女は敵を睥睨する。
その中に秘められた虚無を本能的に感じ取り、敵が一斉に彼女だけを狙って迫る!
「「グ……アアアアアアアアアアアアアアア!!!」」
「は、化物にしては良い判断だ」
その暴力の嵐。圧倒的な暴性を前にして、しかし彼女は昂ぶりを覚え、退くことは無い。
「だが、いささか遅すぎるし……」
そう。
彼らは、逃げるべきであったのだ。
「―――私の好みの容姿では無いな。全員死んで出直して来い」
……彼女が見せた嗤いがトリガーだったのだろう。
五十に上る屈強の群れの進行が、己の影に拘束されて強制的にその歩みを止め。
自分達の愚を後悔する暇も無く、全て一瞬で影に貫かれ絶命した。
それは勝負でも、闘争でもない。
いっそ虐殺といって差し支えない圧倒的な終末だった。
「は……こいつは驚いたよ、黒・冥月。尊敬に値する」
「手合わせでもするか?お前なら、或いは死なないだろう」
「遠慮しとく。絶対にどちらかが死んじまうからな、そいつは」
「………ふむ」
ふ、と冥月が微笑む。
彼女は悪くない機嫌らしく、微笑みのままに巴へ近づいて。
「いや、素晴らしいまでに男前だったぜ、冥月」
その台詞に、ぴきりと硬直した。
「ん、どうした?」
「お前もか……」
「いや、おい、冥月?」
「ふ、ふふ…そうか、お前もか。草間だけでなく私の周りの男共はこれだから……」
ふふふふふ、と微笑しながら再び歩み始める冥月。
敵は一掃したというのに。敵に対するための影が、何故か巴を拘束した。
「ち……駄目だ、もう解除する余力が…っていうかなんで俺が拘束される!?」
「あのな、巴」
「どうしたんだよ冥月!?あああああ、殺気!殺気が凄ぇぞ!?俺は純粋に褒め―――」
「私は女だ、この馬鹿者!」
どかっと、打撃音。
言わずもがな、「彼女」が巴を思い切り殴りつけた音である。
「い、痛ぇ………」
「手伝わせておいて無礼極まりないが、まぁ初犯だ。一発で許してやる」
「ひ、酷すぎるぞ……大体、お前が女だってのは分かっているのだが」
しゅん、と影から開放されてうずくまる巴が、涙声で弁解する。
「ならばその、スバラシイマデニオトコマエという台詞は何だ?」
「いや………だってアンタ、美人で男前じゃねぇか」
即答してくる、巴。
そう、サイクロプスの愚策を、彼はこの現状において責めることはできないだろう。
うずくまっていたせいで、冥月の「テキヲコロスエガオ」に気付けなかったのだから。
「そうかそうか、巴……あのな?」
「うん、誤解が解け」
再び、巴を影が拘束する。
「解けてないっ!?」
「それ以前の問題でな―――理解した上でその言葉を褒め言葉に使う根性、度し難いわあああ!!」
「ぎゃああああああああああ!!!!!!」
森の奥で、退魔師の断末魔が響き渡る。
一騎当千、屈強な術を繰る戦士がその一撃で容易く昏倒し、ぱたりと沈んだ。
それから最初に寄った宿屋で身を休め、此度の空間から帰ったのが翌日。
「最後の二撃は痛かったが、楽しかったぜ。また来いよ?」
「ふん……まあ、気が向いたらな」
他人へ向ける淡白さと警戒を解いた笑みで見送る巴に、短く答えて。
―――黒・冥月は、存外に長くなってしまった武彦の使いを終えて帰路に着いたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 二十歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
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■ ライター通信 ■
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黒・冥月様、はじめまして。ライターの緋翊と申します。
この度は「汐・巴の一日」へのご参加、ありがとうございました!
「巴を助ける描写」については、大群との戦闘を圧倒的な異能で一方的に終了させる展開にしました。如何でしたでしょうか?
別件の「暗躍する魔術師」の方も、鋭意製作中です。どうか暫らくお待ち下さい。
出来うる限りプレイングに忠実に物語を書き起こしました。楽しんで頂ければ、幸いでございます。
それでは改めて、ノベルへのご参加、ありがとうございました。
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