■CallingU 「小噺・病」■
ともやいずみ |
【4757】【谷戸・和真】【古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】 |
こんな時期に風邪をひいてしまうなんて。
誰か看病をしてくれないだろうか……?
|
CallingU 「小噺・病」
谷戸和真は店を今日は休業にし、遠逆日無子に会うために公園に来ていた。
公園のベンチに腰掛け、とりあえず今日一日は何時間でも待つことにする。
勿論、日無子が通りかからない可能性もあるだろう。だが……。
(あんな一方的に嫌って欲しくない……)
公園にある大きな時計は昼の三時を回ったところだ。
(深夜まで待ってこなかったら……今日は諦めるか)
はあ、と嘆息していると無言で歩いている遠逆日無子が公園内を横切った。
あっと思って和真が立ち上がる。
無表情で歩く日無子に慌てて声をかけた。
「遠逆!」
日無子は足を止めてくるりと振り向く。
彼女はにっこり微笑んだ。
「あら。誰かと思ったら谷戸さんか」
「ひ、久しぶり」
「久しぶり。顔を忘れそうになってたんだけど、お元気?」
嫌味ったらしく言う日無子に和真は挫けそうになる。
彼女と会ってもう数ヶ月は経過していた。会っていない期間はかなり長い。
(確かに……憶えていてくれて良かった)
「ああ。元気だった」
「ふーん。じゃあね」
さっさと立ち去ろうとする日無子の右手が小さく震えている。
和真はそれに気づいて尋ねた。
「手をどうかしたのか?」
「手?」
日無子はいま初めて気づいたように怪訝そうにし、己の右手を見下ろす。
微かに震える手を彼女は無言で見つめ、それから嘆息した。
「右手を行使し過ぎてるからね。武器を握るのはこっちの手だから」
なるほど。どうやら右手の使いすぎらしい。
「そうか。最近風邪が流行っていると聞いていたから、そうかなってちょっと思ったんだ。熱で震えてたのかなって」
「あたしが風邪なんかにかかるわけないじゃん。病気にはかかりにくい体質なのに」
にこにこと笑顔で言う日無子に、和真は苦笑いを浮かべる。
(遠逆が憑物封印に選ばれたのは、こういう理由もあるのかな……)
健康な、しかも病になりにくいような丈夫な体の持ち主ならばこの仕事には適任だろう。
「風邪でも仕事のし過ぎでもいいから、少し話しをしないか?」
「ヤだ」
きっぱりと日無子が言い放つ。
「どーせ四十四代目のことでしょ? 谷戸さんの頭の中ってあの女のことしかないんだね」
呆れたように肩をすくめる彼女はぶんぶんと右手を振った。少しは震えがおさまったようだ。
和真としてはここで引き下がるわけにはいかない。
日無子とは仲良くしたいのだ。そして、和真の婚約者の少女とも仲良くして欲しい。
「じゃあ……ある女の子の話を聞いて欲しい」
「くどい!」
珍しく日無子が声を荒げた。
「何度も言わせないで。あの女の話をあたしの前でしないでちょうだい」
「俺たちのことを理解して欲しいんだ」
「うるさい。それはあんたの勝手でしょ。あたしは聞きたくないと言ってる」
「だけど……」
「聞きたくない話を、あなたは聞くの? 聞けるの? できないでしょ?」
「聞かないとわからないこともあるじゃないか!」
「…………あたしが理解してどうなるの?」
ぽつりと、日無子は言う。
「あたしが理解してそれで? あんたたちを祝福しろって? 冗談じゃない。あたしにはなんの利点もないじゃないの」
「それはそうかもしれないが、険悪なままよりいいと思う」
「……谷戸さんは嫌いな人間がいないの?」
表情を消して日無子は尋ねてきた。
まだ昼過ぎだというのに、彼女だけが闇の中に佇んでいるような雰囲気がある。
「一人もいないの? 世の中に。みんな好きなの?」
「そんなわけないさ。腹の立つ悪人には、好意なんて抱かない」
ニュースを観て虫唾が走る時だってあるのだ。
日無子は小さく笑った。
「じゃあその人が、自分のことを谷戸さんに聞いて欲しいってきたらどうする?」
「え……。そ、それは……」
「身の上話だといいけどね。でも……例えば愉しんで犯罪を犯したヤツの、愉快な話だったらどうする? 聞いてるだけでムカついてくるやつだったらさ」
「…………」
聞いているだけでムカムカしそうだ。
目の前の日無子は「ほらね」という顔をした。
そうなのだ。
彼女にとっては、和真の婚約者の話はそれと同等の苛立ちが発生するのだろう。
「そんなヤツの話を『理解』できるわけ? すごいな、谷戸さんて」
「………………」
できない。と、和真は思った。
どうしてもそれはできない。
だがその犯罪者と、和真の婚約者の話は全然種類が違う。苦難の物語だ。孤独な少女の話だ。
しかし……日無子にとっては大差ない、腹の立つ話なのだ。
「どうして、そんなに彼女を嫌うんだ……?」
「…………じゃあさ。もう一個例を挙げるね」
ぴっ、と日無子は左の人差し指を立てた。
「ガムをくちゃくちゃ食べながら物凄く偉そうな態度で反省の色も見えない感じの……殺人者」
「?」
「そいつに対してさ、どこを『嫌い』かって……言えるかな?」
ふふっと日無子は微笑む。
和真は返答に困った。
それは……もう、なんというか全てが嫌だ。
挙げればきりがなさそうで……。
「わかってくれた? 生理的に嫌いなんだよ。だからいい加減にして欲しいわけ」
「…………わかった。もう、しない」
諦めるしかないだろう。日無子にこれ以上嫌われるわけにはいかない。
和真は嘆息してから笑みを浮かべる。
「じゃあ……遠逆のことを話してくれないか? 知りたいんだ」
「…………話すことなんてないよ」
冷たく日無子は言う。
「あたしには、あなたに話すほどの『物語』なんて……ないもの」
「? どういうことだ?」
「さて。どういうことかしら」
日無子はからかうように肩をすくめて微笑んだ。
これだ。日無子は和真になに一つ話す気がない。
「最近の愚痴でも、悩みでもいいんだ…………俺でなにか助けになれればと思って」
「……もしかして、そのためにずっとここに居たの?」
「えっ!? な、なんでそのことを知ってるんだ?」
焦ってしまう。どうしてここにずっと居たことを彼女は知っているんだ???
「朝もここに居たでしょ?」
「ええっ!?」
頬を赤らめて和真は小さく唸る。
その通りだ。
朝の6時くらいからずっとここに居た。日無子がいつ現れるかわからなかったのでそうするしかなかったのである。
暇だったので持っていた本を読んだりして時間を潰していたのだが……。
(そ、そうか。朝にこの近くを通ったのか……)
日無子が声をかけてこなかったのは単に和真に用がなかったからだろう。
今もそうだ。和真が声をかけなければそのまま素通りしたに違いない。
「てっきりこの公園が好きなんだとばかり思ってたけど……あたしを待ってたとはね」
「し、仕方ないじゃないか。遠逆に会う確率が一番高いのはここかと思ったんだ」
「…………一番確率低いよ」
「ええっ!」
「当たり前じゃん。あたしは仕事をするために東京に来てるんだよ? あちこち移動して妖魔退治をしてるのに、公園に寄る暇があると思う?」
「う……」
そう言われればその通りだ。
(そ、そうか。遠逆は仕事が忙しいんだな……)
和真の婚約者は自分のためにやっていた憑物封印。だが日無子はそうではない。
彼女は『仕事』でやっているにすぎないのだ。
「……大変そうだな、仕事」
「当たり前でしょー。東京はあたし一人が請け負ってる状態なんだもの」
「一人!? 遠逆が?」
「とはいえ、この東京ってのは魔が多いと同時にあたしみたいな退治屋の数も半端じゃなく多いからね。
あたしはその人たちの邪魔をしないように仕事してるだけ。そりゃ、あたし一人しか退魔士がいないってんならそれこそ死に物狂いで働くしかないけど」
「それでもかなりの量なんだろ?」
無表情で歩いていた日無子のことを思い出して言う和真である。
あれは疲労のためだと思ったのだ。
日無子は「はー」と長い溜息を吐く。
「まあ間違ってないけどね」
「そ、それは……お疲れ様」
ついついそう言う和真に日無子はきょとんとしてからくくく、と低く笑う。
不思議だ。
和真は本当にそう思う。
遠逆の退魔士に会うのは日無子で二人目だが、和真の恋人とはまったくタイプが違うのだ。
(環境が同じなのに、ここまで違いが出るのか……?)
日無子は目を細める。
「ははっ。変な人だね、ほんとに」
「そ、そうか……?」
「あたしがたまたま通りかかったからよかったものの……。谷戸さんがあの女のことをどれだけ好きかはわかったわ」
肩をすくめる日無子についつい期待の眼差しを向けてしまう。
だが彼女はすぐに小さく睨んできた。
「おっと。あたしはあの女とは仲良くする気はさらさらないからね」
その言葉に和真はがっかりする。
「だいたいちょっと考えりゃわかるじゃん。あたしとあの女が仲良くできる?」
やれやれという感じで言う日無子。
そう言われれば性格があまり合いそうにない。
(こ、口論しそうだ……)
生真面目な恋人と、この飄々とした日無子では話が噛み合わないだろう。
なかなか……難しいかもしれない。
日無子は額をごしごしと手の甲で擦っている。
「? 額……どうかしたのか?」
「……べつになんでもないよ。ちょっと目が霞むだけ」
「目が霞む? 疲れてるんじゃないのか? それともやっぱり風邪じゃ……」
「どっちでもいいよ。どーせたいしたことないし」
「そんな……。遠逆、無理はよくないぞ」
「うるさいなあ。関係ないでしょ」
背筋を正して日無子は呆れたように言い放った。
「あたしに構うのはやめて。あの女のためにしてることは、わかってるんだから」
「遠逆……」
「あなたはあの女のことだけ考えてりゃいいのよ」
腰に片手を当て、残った片手をひらひらさせる日無子はバカにしたように笑う。
どうして日無子はこうなのだろう。
(わざと……なのか? あいつみたいに、近づけないため……?)
彼女がどう思っているかなど、和真にはわからない。なにせそれほど日無子のことを知らないのだ。
日無子は薄く笑うや歩き出す。
「じゃあね。さっさと帰りなさいよ。夜がきてもあたしは助けてなんかあげないから」
すたすたと歩き去っていく日無子の背中を、和真はただ見送ることしかできなかった。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
PC
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】
NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ご参加ありがとうございます、谷戸様。ライターのともやいずみです。
いまだに日無子の警戒が高めですが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
|
|