■〜Auberge Ain〜にて■
竜城英理 |
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】 |
落ち着いた内装を持つ様式に、歴史を感じさせる調度品が突然迷い込み、どことなく落ち着かない気分にさせていた心が平穏を取り戻す。
玄関ホールで誰か居ないかと声をかけようとした時、奥から現れた人物に気付き、声をかけた。
その人物は、丁寧にお辞儀をし、言った。
「ようこそ、Auberge Ainへ。今宵の料理と遭遇する出来事が貴方をお待ちしていました」
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桜の杜 〜Auberge Ain〜にて
春。
麗らかな気温に惹かれて咲く花々は冬から解き放たれて、美しさを競い合う。
その中でも日本の春は海外では類を見ないほど、一つの樹に征服される。
桜だ。
桜前線とともに日本全国を桃色に染め、人々の目を楽しませる桜は文字通り人を酔わせる。
重箱に入った色とりどりの料理と、嗜む程度のお酒が一番良いのだが、羽目を外すものが多いのもこの季節の特徴だ。
これも桜のもたらす魔法の一つかも知れなかった。
シュライン・エマは草間興信所所長の草間武彦と共に少し足を伸ばして、桜見物にやってきていた。
手に持つ紙袋には三段重箱に日本茶の入った魔法瓶と日本酒の小瓶が一本入っていた。
満開になっている桜の樹の下では、既にビニールシートをひいて宴会をしている人や後からくる人を待つ場所取りの人達に占領されていた。
シュラインは隣で歩く草間を見ると、どうするの?と表情でたずねた。
「そうだなぁ。入り口近くは全滅だろう。いっそのこと上の方に行くか。見下ろすのも良い気分だろうしな」
「そうね」
ウォーキングシューズに履き替えてきて良かったわと内心呟き、手を出す草間に紙袋を手渡した。
素っ気ない仕草だが、シュラインには十分嬉しかった。
ライトアップされた夜桜の下を歩き、時折よろめいて出てくる酔っぱらいに気を付けながら、ちょうど良い場所を見つけ支度を始める。
「ここ、静かに桜見出来そうね」
「ああ」
煙草の吸い殻を携帯灰皿に入れた草間は、紙袋からビニールシートを出そうと地面に降ろす。
シュラインは草間に近づき、シートの片側を持つ。
地面に敷こうとした時、一陣の風が敷き詰められていた桜の絨毯を巻き上げ視界を塞ぐ。 風がシートを攫って行こうとするのをシュラインはジャンプしてギリギリで捕まえた。
「良かった。武彦さんは大丈夫だった?」
シュラインは側にいた草間を探す。
だが、草間の姿は見えなかった。
「武彦さん?」
不安になって、やってきた道へ戻って探そうとするが、その道は消えていた。
「武彦さん……」
ひとり取り残された気がして、シュラインは小さく呟く。
草間が何もいわずに場を離れるということは普段からすればないのだが、心細い気持ちが支配する今はそこまで思考がまわらなくなっていた。
どれくらいの間その場所に佇んでいたのか。
シュラインは少し落ち着きを取り戻すと、草間を捜すべく行動を開始した。
「まずは状況判断よ」
あたりを見渡し、様子が違うことに直ぐに気がつく。
よく似た桜だが、幹の太さが微妙に違った。
「さっきいた場所じゃないわ」
いつの間に場所を移動したのだろう。
「誰か居ないのかしら」
シュラインは霧の晴れた向こうに建物が見えた気がして歩いていく。
現れたのは白壁が美しい西洋建築の建物だった。
意匠を凝らした薔薇模様のアーチをくぐる。
左右対称の庭は双子のよう。
読書をするのに良さそうな円形の四阿。
同じだと間違えそうだわ、と素直な感想を抱く。
人影もなく誰か現れないかと待っていたが、扉にはノッカーも無かったので、シュラインは両開きの扉に手をかけ、入っていった。
落ち着いた内装を持つ様式に、歴史を感じさせる調度品。
どの時代、と特定できない様式だが、たぶん良い所を取り入れてこの館は出来ているのだろう。
突然迷い込み、どことなく落ち着かない気分にさせていた心が平穏を取り戻す。
玄関ホールで誰か居ないかと声をかけようとした時、シュラインは奥から現れた人物に気付き、声をかけた。
その人物は丁寧にお辞儀をし、言った。
「ようこそ、Auberge Ainへ。今宵の料理と遭遇する出来事が貴方をお待ちしていました」
男は夜の正礼装である燕尾服に身を包んでいる。
「シュライン・エマ様ですね。手荷物はお一つで宜しいでしょうか」
「えっ、ええ」
畳んだビニールシートを何となく照れながら手渡す。
「お連れ様は先に到着されています。お部屋の方はご一緒で構わないでしょうか」
「連れ? 誰かしら。もしかして武彦さん?」
「はい。草間武彦様です」
「うぅーん。ごめんなさい。一緒じゃなくて、そうね、隣の部屋にして貰えないかしら」
「かしこまりました。隣の部屋へご案内します」
姿勢正しく案内する男の後をシュラインはゆっくりと追いかける。
あまり見慣れない調度品の数々に戸惑いつつ、時折、立ち止まり眺めたりしながら、宿泊する部屋の扉の前に辿り着く。
立ち止まっている間、男はシュラインの側で静かに佇んでいた。
「こちらの3号室がシュライン様のお部屋になります。草間様はお隣の2号室です」
金色のアンティークな鍵を穴に差し込む。
カチリと音を立て、開かれた扉。
落ち着きのある臙脂色で纏められた室内。
天鵞絨のカーテンが引かれた室内は、硝子の洋燈に照らされて暖かさを感じさせる。
中に入り、男は部屋の仕様を丁寧に説明していく。
一通り説明が終わると、男は扉の前で礼をした。
「ありがとう。そういえば、チェックインのサインしなかったけれど、大丈夫だったかしら」
「はい。館に訪れられた方は、ご記憶になくとも既に館のご予約をされた方ですから。草間様然り、シュライン様然り」
「そうなの? じゃ、私と武彦さん以外で宿泊している人は居ないのかしら」
「いいえ。後お一方おられます」
「そう。せっかくだもの、初めて会う人とお話してみたいものね」
「ゆっくりとお過ごし下さい」
「さて、どうしようかしら」
ゆっくりと時間が過ぎる静かな空間に突然放り込まれると、普段忙しい時間を過ごしているシュラインは何をしたら良いのか分からなくなる。
「まずは……、夕食のメニューよね」
ここに来る前は花見をするためにお腹を空かせていたのだ。
美味しそうな写真を見れば、逆に空腹を刺激するかも知れないが、それはそれ。
室内に用意されたティーセットで空腹を誤魔化すことにして、お湯を入れて葉を蒸らすために砂時計をひっくり返す。
優美な曲線を描く猫足のテーブルの上に館内の説明書を開き、読み進めていく。
時折、白磁のティーカップに満たされた琥珀の液体を口に含む。
「図書室があるわ。こういうところって珍しい書物が収められていたりするのよね。穴場っていうより、分かっていてそういうものだけを置いているような感じ」
まずは図書室へ向かう事にして、部屋を出る。
隣室の草間の様子が気になったが、すぐに後で会えると思い、扉の前を過ぎる。
薔薇の彫刻が施された大きな扉を開けて中に入り、シュラインは円形のフロアの中心に立つ。
「凄いわね。見たい本はこの書見台を見ればいいのね」
放射状に本棚が天井まで埋め尽くし、数々の本が並んでいた。
「どのジャンルから行こうかしら、悩むわ」
近所の図書館で見かけるような本は流石になく、魔術書や歴史書、見たことのない架空なのか、それとも実在するのか悩む世界地図や、占いの本まであった。
その中でシュラインが惹かれたのは、見たことのない文字で書かれたエリア。
右奥にある読書室に近い棚にあるらしく、迷子にならないようにもう一度確認してから本棚の間をゆく。
語学オタクといってもいいシュラインだ。
目にしたことのない稀少言語なのかもしれないと思うと、好奇心が刺激された。
ヒールじゃなくて良かったわ、と内心呟く。ヒールであれば大理石の床はさぞかし響いたことだろう。
「このあたりね……」
適度な大きさと分厚さの本を一冊手に取る。
「あら、絵本だわ」
意外だったらしく、顔がほころんだ。
先の読書室に持っていって読もうと一旦本を閉じ、丁寧に扱い両手で抱えて移動する。
絵本とはいえ、大判で見た目より重量があった。
居心地が良さそうな読書室には先客がいた。
シュラインは、もう一人宿泊客が居るといっていたのを思い出す。
黒の長衣と膝程までもある長い黒髪が印象的な男だ。
数冊重ねられた本の上に片眼鏡が置かれている。
白い手袋に包まれた長い指はページを繰っていた。
その指を止めると、男はシュラインが現れたことに対して、初めて反応を示した。
「人が現れるのは珍しいな」
まるで人以外の来客の方が多いような言い方だ。
「そうなの? じゃ、あなたはその珍しい人を見た人以外のひとなのね」
あっさりと人間外なのね、とシュラインは男に確認をしてみる。
「人型であるのには変わりないが、人以外というのは正解だ。会話することで意思疎通ができるのならば、別段拘らずとも良いと思うがな。紹介が遅くなった、名をブラッド・フルースヴェルグという。この館にいるあいだは外での関係は無意味だといっておこう」
「公私混同はしない主義なのね。シュライン・エマよ。よろしくね」
シュラインは向かいの席に座ると、テーブルの上に絵本を置いた。
「面白いものを手にしてきたな」
「絵本のこと?」
「ああ。その本があるエリアは敢えて来客には読めないように解読不明な言語で書かれていただろう」
確認するようなブラッドの口調にシュラインは合点を得る。
「あぁ、それで見たことのない文字だったのね。案内のところに書かれていたのは文字じゃないのね。でも見たことのない文字だと逆に興味が惹かれない?」
興味が惹かれるのはそれだけ好奇心旺盛ということだ。
「そういうものか? まぁ、人それぞれだろうが。案内書に書かれていたのは文字ではなく暗号だな、あれは」
「解読するとどういう意味なのかしら、ブラッドさんは分かるの?」
ぱらりと絵本を開いて、ブラッドを見た。
「幻獣の召喚書だ」
瞬間、開かれた絵本の中かから、掌に乗る大きさの頭に角が一本生えた馬が現れた。
一角獣だ。
「可愛い」
小さな生き物に目がないシュラインは、嬉しそうに一角獣に手を差し出す。
ぴょん、と身軽な動きで掌に乗った一角獣の背を撫でる。
艶やかな手触りでとても気持ちよかった。
その様子をブラッドは眺め、口の端に笑みを刻む。
「小さな幻獣でよかったな。あまり大きなものだと制御できないからな」
「私は召喚初めてよ? 絵本があるからできたのかしら」
「あなたが本来いる世界では幻獣を召喚する必要のない世界だからではないか。必要のない技能を敢えて目覚めさせる必要は何処にもないからな。この館にいるあいだは自分が所属する世界の定義は成り立たないが、その分珍しい体験ができるのが良いところといえるだろうな」
「幻獣はお腹空かないのかしら」
素朴な疑問を、答えてくれそうなブラッドにたずねた。
「物理的なものは摂取しないが、その代わりに幻獣は場にあるエネルギーを摂取する。主に召喚主なわけだが」
「え、っていうことは、いま私のエネルギーを食べているってことよね」
「そうだ。だから小さな幻獣で良かったといったのだ。大きければそれだけ場に留まるために膨大なエネルギーを必要とするからな。その生き物くらいならば宿泊しているあいだは召喚していても問題はないだろう」
「手乗り一角獣って可愛いわね」
思わず映像に残しておきたいと思ったが、今この場でそういった機材を取り出すのは無粋に思えた。
「幻獣の定義は人それぞれだ。あなたが絵本を見て召喚したから一角獣は絵本のままの姿形だが、次にその絵本を手にして思い描けば違った形で現る。例えば黒いたてがみの一角獣でも。ただ、完全な記憶を持つものなら、それはまた別の話だが。………話しすぎたか」
ブラッドは懐中時計を手にして時刻を確かめると、そろそろ時間だ、といって立ち上がった。
「あなたも用意するといい。そろそろ晩餐の時間だ」
シュラインの手を取り、席から立たせる。
「絵本、どうしたらいいかしら……」
「部屋に持っていけばいい。館内ならどこに本を持っていっても問題はないはずだからな」
どこに持っていったとしても、ここには館しかない。
「後で会おう」
そういってブラッドは宿泊している部屋へと戻っていった。
シュラインも戻って服を着替えないと、とクローゼットにかけてあったドレスを思い出す。
「武彦さんに、ちゃんとした服装に着替えてもらわなくちゃ」
どこにいくときも普段着な草間だ。
食事だからと進んで着替えているとは思えなかった。
白いドレスを身に纏ったシュラインは、草間と共にダイニングに現れた。
ブラッドは先に席に着いていた。
簡単な紹介をシュラインは草間にしたあと、給仕が近づいてきたので口を閉じる。
本日のメニューを見ると、美味しそうな料理ばかりだった。
かなり料理の数が多いが、大丈夫かしらと自分のお腹の心配をする。
草間といえば、首元が窮屈なのか、解いてしまいたいのか指を一本いれて、余裕を持たせていた。
オードブル盛り合せ
牛肉のカルパッチョ
冷製パスタ
イカのトマト煮 スペイン風仕立て
牛フィレ肉のグリエ
鯛の黄金焼き
ジェラート
ここのシェフは料理を良いと思ったのは取り入れる主義らしい。
西洋折衷な感じのメニューだ。
シュラインも美味しいのならどのような形式でも構わないと思うタイプだ。
何より色彩のコントラストが食欲を誘う。
それに自分で用意しないでもいいというのは嬉しいものだ。
グラスに注がれたミネラルウォーターで舌を湿らせると、シュラインは一品目に手をつけた。
ワインを飲み過ぎたのか、草間は顔を赤くしている。
シュラインは草間の手を引いて部屋に戻る途中だった。
時折、シュラインに迷惑をかけている草間が気に入らないのか、一角獣が小さな角で突っついている。
「ああ、駄目よ。角で借り物の服に穴が開いちゃうわ」
注意のしどころが違うのではないかと。
「武彦さん、鍵はどこ?」
ポケットから金色の鍵を取りだしたのをシュラインは受けとり、鍵穴に差し込む。
「なぁ、シュライン」
「なぁに、武彦さん」
何かいいかけた草間だが、宙に留まっている一角獣を視界に収めると、
「いや、何でもない。……寝る」
「おやすみなさい、武彦さん」
「あぁ、おやすみ」
服を脱がずに草間はベッドに倒れ込んだ。
あの邪魔な一角獣さえ居なければ良かったのに、と思いながら。
シュラインにも空腹を満たしたお陰で、心地よい眠気がやってきていた。
ドレスを脱ぎ、パジャマに着替えてベッドに潜り込むと、シュラインはまもなく意識を手放した。
「武彦さん……?」
夢の中でも草間を捜しているのかしらと、夢うつつで思っているとどうやら違うらしいと気がついたのは、手にしたビニールシートのお陰だった。
それで気付くあたりどうなんだろうと、自分に突っ込みを入れたくなったが、自分らしいといえば自分らしかった。
「シュライン、ここだ」
桜吹雪に視界を取られて、声を頼りに草間の居る場所へと向かう。
「凄いわね、これだけ散ったら」
「ああ、明日なら葉桜だったかもな。運が良いといえば運が良い。これは日頃の行いという奴だ」
些か威張り気味の草間に、シュラインは肩を竦めると、
「今度こそちゃんと持ってね」
二人はビニールシートの両端を持ち、地面に敷いた。
「ね、さっき、こことは違うところに居たのよ私」
草間に日本酒を注ぎながら、シュラインは夢に見た出来事を語るようにいう。
「そうか。俺もやたら堅苦しい服を着て居たのを覚えている。同じ夢を見ていたのかもな」
「二人一緒の夢って、珍しいわね。夢じゃないのかも……」
あの可愛い一角獣はどうしたのかしらと、シュラインはまた会えるのを楽しみに思いを馳せる。
紙袋の中で名刺サイズのシルバープレートが2枚煌めいていた。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【公式NPC】
【草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】
【NPC】
【ブラッド・フルースヴェルグ /男性/27歳/獄が属領域侵攻司令官代理・領域術師】
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■ ライター通信 ■
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>シュライン・エマさま
こんばんは。竜城英理です。
〜Auberge Ain〜にて、参加ありがとう御座いました。
現実の方では花見、館の中では晩餐会。
図書室にてミニ召喚術レクチャー風になりました。
行って食べて、戻って食べてとなっていますが、料理は別腹といいますし(それはデザート)。
では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。
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