■【楼蘭】桜・始開■
紺藤 碧
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】
 蒼黎帝国が首都・楼蘭。
 この時期になると、必ずといっていいほど何人かの街人が化かされる。
 覚えているのは舌に残る酒の味と、足を取られるほどに風に乗る桜の花弁。
 面倒なことにこの“化かし”にあうと、通常手に入る酒がどれもこれも不味く感じることになるという。
 酒代が家計を圧迫しているような人間がこの“化かし”にあえば、結果的に酒を飲まなくなりそう言った面では良いとも言える。
 これだけならば害は何もないのだが、“化かし”にあった人々はまるで何かに精気を奪われたかのように必ず三日三晩眠り続ける。
 そしてこれは意図して起こるわけではなく、全てが偶然―――そう、偶然なのだ。
【楼蘭】桜・始開


 淡い紅色の花弁がまるで誘っているかのように舞い上がる。
 花弁吹雪に視界を取られ、ゆっくりと瞳を開ければ、気がつけば桜咲き誇る場所へと足を踏み入れていた。
「誰かに化かされたのかな?」
 その一際大きな桜の木の根元、4畳ほどの畳の上で酒と肴を広げる御仁が一人。
 アレスディア・ヴォルフリートはふとかけられた瞬の声に赴くままに桜の根元へと足を運び、辺りを舞う桜の花弁に思わず顔をほころばせる。
 あまりに幻想的な光景に一瞬心ここにあらずといった気分に陥り、アレスディアははっとすると少々ばつが悪そうな表情を御仁に向けた。
「いや、構わないよ」
 桜を楽しめるのなら、それは同好の士とも言えるのだし。と、どこか淡々としたような感情があまり読み取れない口調でそう口にする。
 そしてアレスディアを畳の上へと招いた。
「桜見酒とは、なかなか風流」
「どうだい? 一杯」
 朱色の杯を進められアレスディアは少々困惑の表情を浮かべていると、御仁はそれを察したのか言葉を続ける。
「あぁ、そうだね。見ず知らずの人間からの杯はやはり取れないかな?」
 そう御仁は苦笑して差し出していた杯の酒を1杯飲み干し、どこか人の良さそうな気弱そうな笑顔で微笑む。
「私は瞬・嵩晃。しがない薬師さ」
「いや、そう…ではなく」
 あまりにまったりとした口調でありながらも、途中で口を挟むのは憚れるようなどこか常人とは違った雰囲気に、アレスディアは根底の問題はそこではないと伝えようと口を開く。
「申し訳ないが私は未成年故、飲むわけには行かぬのだ」
 何処からが成年で、何処までが未成年か。という基準は国によって違うものである。
 瞬はアレスディアの言葉にただ小さく首をかしげ、
「君はまだ、子供という事かい?」
 と、問いかける。
 見た目からすれば18歳という年齢に達してしまうと、成年・未成年の区別は付きにくい。
 ここ蒼黎帝国にそういった系統の法律がなければ、何にこだわっているのか理解できない。と言うのは致し方ない話ではあるが、アレスディアはそんな瞬の質問に頷いて、
「酒は、成人後の楽しみにとっておこうと思う。だから、今はまだ子供の身として、この桜を楽しませてもらえないだろうか」
 アレスディアは、申し訳ない。と苦笑しながら瞬に小さく頭を下げる。
「異国の決まりごとに口を出すわけには、いかないしね」
 たかだかそんな程度で国家間に亀裂が入るとは思いがたいが、トラブルは無いに越した事は無い。
 しかしそんな風に酒を断ったアレスディアと、酒を勧めた瞬の見た目をはたから見ると、どうしても瞬の方が年下に見えてしまうのは眼の錯覚か。
 いやしかし、もしかしたらこの国の成人設定が低いだけという落ちなのか、しれないが。
「しかし見事な桜だ」
 凛と立ち、見て欲しいとその姿が訴えている気がした。
 アレスディアはそっとその幹に触れて、幹が伸びる先を瞳で追いかけるようにして満開の花を咲かせる枝へと視線を移動させる。
 何も花と共に楽しむ何かを用意しなくても、アレスディアにはただこうして花を眺めているだけで充分に感じた。それほどにこの桜の樹は美しくそして満開の花を咲かせているのだから。
 ふと心がさらわれる様な感覚に陥り、自然と顔を緩ませていたアレスディアの心に1つの出来事が思い出される。それは、偶然街中で耳にした噂話。
「ところで、ご存知だろうか? この都に妙な噂があることを」
 桜に見入っていたアレスディアのことなどすっかり忘れていたかのように視線を外してた瞬が、振り返ってそう問うたアレスディアに瞬きと共に視線を戻す。
「噂?」
 ゆっくりと問われた言葉を反芻しているかのような間を置いて、瞬は口に運びかけた杯の手を止めてゆっくりと問い返した。
「ある日、目が覚めたらどの酒も不味く感じ、飲めぬようになるそうだ」
 街中で聞いた噂は確かそんな話だったが、噂の主達はさしてそれを問題にはせずある種の世間話的な声音だったような気もするが。
「酒が飲めなくなるのは、困るな」
 一度は止めた杯だったが、瞬はそう一言返すと変わらぬ表情のまま、また酒を煽る。
「その人達が覚えているのは、酒の味と風に舞う花弁だけなのだそうだ」
 アレスディアはまた風に乗って舞う淡い紅色の桜の花弁に視線を向けて言葉を続ける。
「もしかしたら、私達と同じように桜を愛でながら酒を楽しんでおられたのかもしれぬな」
「君は桜を愛でているだけだけどね」
 確かに飲んでいるのは瞬だけだ。
 どう贔屓目に見ても瞬の場合は飲み過ぎだとは思うが。なんと言ってもアレスディアが来る前から飲み続け、今も飲み続けているのだから。
 実質の年齢は分からないのだし、飲みすぎだと口を挟む権利などないのだが、しかし酔わないのだろうか。
「行き過ぎた飲酒に困っておられた方々なら、一利あったとも言えるが……」
 そんな瞬を見てついそんな事を思いつつ、ポロリと口から零れ落ちた言葉。
 瞬はその言葉にやっと今まで似非臭かった微笑を崩して、眉を寄せて笑う。
 何か面白い事を言っただろうか? と、アレスディアは少々不思議に思って瞬の顔を見つめる。もしかしたら酒好きが(覚えていないのだから)ほぼ一瞬で酒嫌いに転向してしまったこと、と知りもしない人の台所事情を想像して笑ってしまっているのかもしれないが、それは本人のみが知る事であって、今のアレスディアにはそれを理解するだけの経験と情報が足りなかった。
「いいね、それ」
 その言葉っきり瞬の表情はまた元に戻り、最初と同じようにゆっくりと杯を傾けている。
 桜をまた眺め見つめる時間へと戻り、アレスディアは酒を飲む瞬のどこか幸福感が漂う表情を一度視界に入れ、呟く。
「このような美しい桜を友に飲む酒は、きっと極上なのだろうな」
 あと2年―――
 自分が大人と呼べる年齢になったら、この桜の下で桜見酒を楽しみたいと考えながら、桜の幹に背を預け花びらを見上げる。
 だからこそ、そんな突然の出来事で酒が飲めなくなってしまった事は不憫に思えた。
「それが飲めぬようになってしまったとあっては、例え飲酒行為に少々困っていたとしても、過ぎた灸のように思える」
 なぜか思いが口からポロポロと零れ落ちていく。一瞬沈黙が流れたが、アレスディアははっと我を取り戻すように瞬へと顔を向けると、
「ああ! 瞬殿に言っても仕方がないことだな」
 と、手を振る。
「……灸ね」
 体操座りで両膝を抱えて指先でつまんだ杯を弄ぶ瞬は、アレスディアの言葉に意味深な声音で小さく呟く。
「別に人は選んでいないんだよね」
 だから、灸とか言われてもちょっとお門違いかも。
「瞬殿?」
 問いかけるような確認するようなそんな気持ちで名前を呼ぶと、立てた膝に肘を付いて頬杖を付いた瞬のとぼけたような表情が返ってきた。
 困惑したような表情の自分の姿が瞬の瞳に映っている。そんな姿に瞬はにっこりと微笑んだ。
「それで…さ、君はどう思う? その人達」
 言葉の意味を理解して問いかける前に質問をされた事に少々口ごもるも、アレスディアの気持ちは変わらない。
「私は、なんとかならぬものかと思っている」
 自分が真剣である事を相手に伝えるためには、その瞳を真正面から見つめ言葉を返すのがよい。
「この桜を見ては、かつて楽しんだ、今は楽しめぬ酒の味を思い出しては嘆いているかも知れぬ。それが私にはとても不憫に思うのだ」
 アレスディアは知らない。この桜が誰にでも見えるわけではないという事を。
「そうだね、酒好きが酒を飲めなくなるのは不幸だ」
 それも体質に合わずに好きなのにそれを口にする事が出来ないというならば諦めも付くが、ただとても酷く不味く感じるだけで口にしてもなんら不都合が出るわけではない。
 自分が酒好きだからその辛さは分かると口にしているのかもしれないが、瞬の口調からはそんな感じは一切伝わってこない。ただ何となく受け言葉に返し言葉として口にしたような、そんな無関心さ。
「ならば、あなたはどう思う?」
 そう来るならば、同じ質問を返して見るのもまた手。
「私かい」
 瞬は少々考えた後、にっこりといい笑顔を浮かべると、
「私の酒を口にして、他人の酒の方が旨いと言われたら、少し傷ついたかもしれないな」
「―――!?」
 クスクスと笑いながらそう口にした瞬の言葉にアレスディアは瞳をパチクリとさせ、言葉の意味を理解するように思考をフル回転させる。
「それは」
 つまり――――
「さて」
 アレスディアの言葉が続くより前に瞬はすっくと立ち上がり、畳に落ちる紐を手にかけた。
「今日はお開きにしよう」
 紐に繋がって持ち上がった瓢箪から、とぷんと酒が揺れる音が聞こえる。
「また明日」
 それは、アレスディアにではない“何か”にかけられた言葉。
 その後、言葉を紡ぐ形で薄く唇を開いたままのアレスディアに視線を移動させ、まるで子供のように無邪気な笑顔を浮かべる。
 それは、さよならの合図。
 ざっと吹き上げる花嵐の向こうへひょいひょいと歩いていく瞬。
「待っ…!!」
 追いかけるように立ち上がろうとしたアレスディアの耳に風のように聞こえた言葉。

―――夢現が現だとしても、全ては夢なんだよ

 立ち上がりかけた体勢のまま、ぴくっと動きを止める。
「あなたが、酒を飲ませていたという事…か?」
 アレスディアがそう呟いた時には、真偽を確かめる術もなく、桜の樹も瞬の姿も消え、最後にはただ何もない地面に1人膝を付いて立っていた。








☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【NPC】
瞬・嵩晃(?・男性)
仙人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】桜・始開にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。きっとPC様にとってはかなり扱いにくいNPCのご登場といった感じのノベルになっているような気がします。言葉のキャッチボールが全て空振りしているような…。しかし酒対策に関しましては未成年を理由に出されては発表は日本国だけに手も足も出ません(笑)
 それではまた、アレスディア様に出会える事を祈って……


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