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■ある一夜の夢■

蒼木裕
【1335】【五代・真】【便利屋】
 夢を見ている。
 夢でなければ説明が付かない。
 そうだ、これは夢だとも。


 でなければこんな変化――どうしたらいい!?
+ 二人が困った問題―押し掛け少女― +



■■■■



「以前は私の迷いを断ち切って下さって真に有難う御座います。心からお礼を申し上げたいと思い、こうしてスガタ様に会いに参りました」


 深々とお辞儀をする少女。
 彼女はスガタの前に立ち、にっこりと微笑む。だが、スガタの方は「はぁ……」などと気の抜けた返事をする。隣に居たカガミの方をちらっと見遣ると、彼はむぅーっと眉を寄せて機嫌が悪そうだった。


「あの、僕だけじゃなくてカガミも君の案内をしたんだけど」
「あら、そうでしたわね。私スガタ様しか目に入っておりませんでしたわ。申し訳御座いません。ついでにカガミ様も有難う御座いました」
「俺はついでかよ……」


 むっすぅー! と更に機嫌が良くないカガミをよしよしとスガタは宥める。
 少女はスガタの手をぱしっと掴み、唇を綻ばせた。そしてうっとりとした目で見つめる。スガタは自身の唇がひくっと引きあがるのを感じた。


「スガタ様。私、考えましたの」
「な、何を?」
「私、貴方様のお傍に居たいのですわ!」
「「はぁ!?」」


 二人の声がハモる。
 良く分からない展開に二人して首を傾げた。


「私が父との不仲のことを悩んでいた時に与えてくださった的確なアドバイス、案内して下さった時の心優しいお言葉、そして気配り……何よりその私のお好みにジャストフィーットなお顔!」
「俺も同じ顔なんだけど……」
「いえいえいえ、同じ顔付きでもやはりスガタ様とカガミ様は滲み出るものが違っておられますわ」


 少女はきっぱり言い切った。
 何となく腑に落ちないその理由にカガミの不機嫌ゲージがぐぐぐぐぐっとあがっていく。いつ切れるか分からないその状態に冷や汗をかいたスガタは、取り合えず彼の背中を撫でて落ち着かせようとする。
 だが。


「と、言うわけでこの肖子 霞(あやかし かすみ)。本日より、スガタ様の身辺のお世話をさせて頂きますわー!」
「お前、いい加減にしろぉおおおおお!!!」
「か、カガミ落ち着いてぇえええ!!!」


 きゃっと可愛らしく宣言した少女に対してぶち切れてしまったカガミ。
 どうしようと引き攣り笑いするスガタはこの先を想像して……思わず泣きそうになった。



■■■■



「えと……ここはどこだ?」


 五代・真(ごだい・まこと)は辺りをきょろきょろと伺う。
 どうやら彼は何処かの世界に迷い込んでしまったらしい。だが、何かあるかと様子を伺って見てもその場所には何もない。それこそ普通ならあるはずの『景色』と言うものが全くなかった。ただ、闇の様な世界が広がっているだけ。だが、其れは五代の知っている真っ暗闇ではない。その証拠に自分の手足はちゃんと見えていた。


「何でこんなとこに迷い込んだんだろう……。ま、いっか。暫くしたら帰れるだろ。お、そこにいるのはスガタ・カガミコンビじゃねぇか」
「んん? あ、五代っ!」
「あ、五代さん!!」
「よう、久し振りだな。何困った顔してんだよ」
「困ったも困った。めっちゃ困ってんだよ」
「ちょっとこっちに来て貰えます?」
「おいおいおい、一体何事だぁ?」


 二人に両手を捕まれ、そのままずるずると僅かに距離を取る。
 前を見れば、スガタとカガミの他にもう一人女の子が居た。幼い少女は突然現れた五代を訝る様に見つめる。五代はその視線の強さにほんの少し居心地の悪さを感じた。


「なあ、あの子は一体誰だ? お前ら一体何があったんだ?」 
「あいつは肖子 霞って言うんだけどさ。実は前に俺達が『案内』してやった女なんだけどよ。やっかいなことにその時にスガタに惚れちまったらしくってさ」
「僕のお世話をするー! って言い出して聞かないんだよ……でもね、この世界を見たら分かるけど、世話をするような要因なんて何処にもないんだよ。むしろ彼女にとってはこの世界は退屈なだけ」
「はぁ……成る程……。それって『押しかけ女房』ってヤツ? しっかし、今時の年端もいかない子供は大胆だねぇ」


 ちろっと霞を見遣る。
 彼女は仲間はずれにされてしまったことが嫌なのか、むぅーっと口を尖らせていた。だが、三人の間に入るような真似はしないらしい。そこら辺の分別はある程度弁えているらしかった。
 二人は「頼むからどうにか説得して追い出してくれ」と頼み込む。五代はぽりぽりと自身の頭を掻いた。


「困っているからどうにかしろって? んなもん『帰れ』の一言で――――」
「スガタ様、そろそろ霞ともお話して欲しいですわっ」
「――――は、すまないな。仕方ない。話をしてみるか」


 五代の声を遮るように霞が呼びかけてくる。
 じっとりと不信な目つきで見上げられてはどうも落ち着かない。はぁあっと溜息を零しながら少女の目の前まで歩んでいく。後ろからは「五代ガンバ!」「お願いしますねっ!!」と応援する二人の小さな声が聞こえた。


「お嬢ちゃんが霞ちゃんか」
「お兄様は何処のどなたですの? 私のスガタ様とお知り合いですか?」
「ああ、知り合い。で、ちょっと聞きたいんだけど良いか?」
「なんですの? 私早くスガタ様の元に行きたいんですの。お話しはさっさと御願い致しますね」
「いや、お嬢ちゃんはスガタのどこが好きなのか俺に教えてくれない?」
「スガタ様の魅力で御座いますか!? それはもう、まず顔ですわ、顔! 私の好みにジャストフィーットなお顔! その点ではカガミ様も基準値をクリアなさっておられますが、やはりお付き合いする分には性格も必要でしょう? その点、スガタ様はカガミ様と違って落ち着きがあって、思慮深くて、思いやりもあって、気配りもして下さって……。其れこそ私の足元に小さな石があっただけでも『こけると危ないから気をつけてね』なんて手を差し伸べてくださった上に素敵スマイルを下さったのですわぁー!」
「……はぁ」
「それから、スガタ様は……」


 延々と五代に対して彼女から見たスガタの魅力を語る霞。
 其れを背後で聞いてた他の二人もうわぁー……と顎が落ちた。恋する乙女とは本当に一直線で周りが見えていないらしい。恋フィルターの掛かった霞の目にはスガタの姿は理想の男性としか見えていないようである。
 べらべらと語る彼女の何処からそんなにも言葉が湧いてくるのか本当に不思議だ。
 スガタとカガミはくいくいっと五代の服を軽く引っ張る。げっそりとした顔付きになった二人の顔を見た彼は、霞の前に手を出して言葉を止めることにした。


「あのな、霞ちゃん。わかってるかもしれないが、あんたとあの二人は住む世界が違うんだ。だからずっと一緒ってワケにはいかないんだ。そのこと、わかっているんだろう?」
「分かっておりますわ。ですから私は私のいた世界を捨ててまでスガタ様の傍に居ようと決心したのです!」
「……いや、その心意気は認めるが……」
「お話は以上ですの? だったら、私スガタ様のところに行かせて頂きますので失礼致しますわ」


 スカートの端を摘んでぺこりん。
 お行儀良くお辞儀をする霞に対して五代は異常なほど疲れを感じていた。そして同時に諦めの念も湧き始めていた。


「……なあ、スガタ。お前がこの子と一緒に暮らすってのは?」
「いや、それ何の解決にもなってないですよ!?」
「いや、それ何の解決にもなってねーから! むしろ俺的にこいつに居られると超絶困るからッ!!」


 カガミは本気で顔を歪める。どうやら相当嫌らしい。
 しかし打開策の思いつかない五代にはもうお手上げ。どうして良いのか分からない。霞はスガタの腕を取ってふふふっと笑う。肩に頭を寄りかからせて、嬉しそうに微笑んでいる彼女を追い出すにはもっと高度な策が必要である。これが悪意であるならば力で追い返せるが、如何せん彼女はスガタが好きなのである。好意である以上、そう邪険に扱えない。
 彼女に対してカガミが胃痛を、スガタが頭痛を感じ始めたその時。


「何々、皆してなにやってんの〜?」
「なにしてるのー……?」


 突然空中に空間がぴょっこりと開き、其処から顔を出してきたのは三日月社といよかんさん。
 一人と一匹はぴょーんっと穴から飛び降りる。事情を説明しようとカガミが口を開こうとした……が。


「まぁああああ!! なんですの、なんですの、このぷりちーきゅーとで美味しそうな蜜柑は!!」
「みかんちがうー……いよかんー……」
「あら、失礼致しましたわ。いよかん様」
「ちがうーちがうー……いよかんさんなのー……。『さん』までがなまえなのぉー……」
「あら、ではいよかんさん様ですわねっ! ああ、香りまで素敵ですわっ! フレッシュですわぁー!」


 霞が甲高い声を出し、いよかんさんに駆け寄る。
 それからいよかんさんをむぎゅぅうっと抱き締めた。抱き締められた彼? はじたじたとその針金のような手足を動かす。霞の周りには一瞬にしてハートが散らばった。
 其れを見た社はぴぴん! っと自身の頭の上に生やしている猫耳を跳ねさせる。それからにまぁんっと顔を緩ませると、つつつーっと霞の方に寄って彼女の肩を人差し指でとんとんっと叩いた。霞がきょとんっと社を見たところで、素早く懐から電卓を取り出して数字を打ち込む。


「ねえねえ、お嬢さんー。こいつこれくらいでどうよ?」
「あら、売り物ですの?」
「こ、こいつをやるからスガタは諦めろ! な、な!」
「カガミ煩いッ! で、今ならおまけでもう一匹つけて……この値段でどう?」
「御願い致しますわっ」
「毎度あり〜☆ 後で現実世界の貴方の御宅に宅配便でお届けするね〜っ! にゃははん!」
「ああ、嬉しいですわ、嬉しいですわぁー!」


 がしっと社の手を掴み、キラキラと目を輝かせる少女、霞。
 どうやらそんな彼女の恋の標的は一瞬にしてスガタからいよかんさんに移ったらしい。その行動に対して心中複雑なのは当のスガタ。そんな彼の肩を五代がぽんっと叩く。気にするなと目で合図すると、スガタもまた頷いた。


「五代さんも彼女に関してはご迷惑掛けて御免ね。そして有難う」
「まあ、困った時は助け合い精神が大事だしなっ」
「はー、マジで今回は助かったぁー……」
「御疲れさん、カガミ」
「五代もな」


 拳を作った手を持ち上げ、コンっと突き合わせる。
 にぃっと笑い合うと、目の前では霞が消えるのが見えた。彼女は現実世界に戻ったのだろう。社が嬉しそうに金勘定をしているのを見つつ、三人は伸びをすることにした。
 さてさて。これにて、二人が困った問題は取り合えず一件落着。



「押し掛け女房はマジでもう勘弁」


 カガミの言葉に皆で笑った。



……Fin





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1335 / 五代・真 (ごだい・まこと) / 男 / 20歳 / バックパッカー】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回はご参加有難う御座いました。
 流石に霞をスガタの傍に置いておくわけにはいきませんでしたので、このような形とさせて頂きました。少しでも気に入って頂けると嬉しく思いますv