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■『オウガストの絵本』■ |
福娘紅子 |
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】 |
『オウガストの絵本』
魔法使いダヌの館を訪れたあなた。
彼女の膨大な魔法書籍を閲覧しに来たのか、マジックアイテムを借りに来たのか。
だが、扉の前には不在の札が下がり、細い麻紐が風に揺れる。
「大家さんに用ですか?うちで少し待つといいですよ」
同じ敷地内の建物はアパートメントのようだ。詩人のオウガストが窓から声をかけた。
「散らかっていますけど、適当に座っててください。お茶を入れますね」
居間のテーブルには、包装を解かれたばかりの数冊の絵本が乱雑に置かれる。手描き手作りの一冊ものの絵本だ。
「ああ、それ?さる富豪が、お嬢様の贈り物用に私に依頼したものです。同居人の画家と一緒に作りました。きれいな絵本でしょう?」
ヒュアキントスは巧い画家だが、技術以外のことで有名だった。
描いた絵に何かの条件が重なると、描いた物体が現実に飛び出したり、鑑賞していた人が絵の中に入り込んでしまったりするのだ。
その現象も一定時間で解消はされるものの、彼にドラゴンや炎の屋敷などを描かせるのは危険と言われていた。
「絵本の中に入れるようにというご所望で、その条件は満たしているのですが。不良品だと言うんで返品されて来たんです」
不良品?
「ダヌから貰ったインクで書いたのですが。どうもマジック・アイテムだったようで」
読む人によって、ストーリーが変わってしまうのだと言う。
オウガストは小さな少女が喜ぶお話を書いたつもりだった。
だが、本から戻ってきた令嬢は怖がって号泣した。母親が試しに入ってみたら、大口笑いを扇で隠しつつ帰って来た。父親の富豪も入ったが、現実に戻って本を壁に叩きつけたほど怒っていたそうだ。
異世界から持ち込またお伽噺たち。それらをオウガストなりに書き直したと言うテーブルの上の絵本は、不良品と言われても、表紙絵を見ているだけでも楽しかった。
あなたが興味深そうに絵本を眺めていると、オウガストがポットに茶葉を入れながら何気なく言った、「読んでみますか?お茶が入るのを待つ間」
あなたは頷いて、その中の一冊に手を伸ばす。
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『オウガストの絵本*−月からの使者−』
< 1 >
以前キングがこの家を訪れたのは、木枯らしの季節だった。あの時は、家主のダヌは不在で。コートの衿を立てて待つつもりだったが、隣のアパートの住人が中に招き入れてくれた。
季節は巡り、今は桜の季節だ。ダヌの家の前にある大木もはらはらと白い花びらを踊らせていた。今日は老女とはきちんと約束をしていた。もう扉の前で立たされることはない。
紙巻煙草をくわえたまま、何の疑問も無くダヌ家のドアノブを引いた。
「え?」
腕に予想外の反動があった。扉に錠がぶら下がっているのに気付かなかった。
『やれやれ』と肩で息をつく。軍服の堅いコート、その衿に花びらが一枚着地した。
その時、また、アパートメントのオウガストが窓から声をかけた。
「キングさん〜。大家さんから荷物を預かっていますよ。急用で出かけるそうで、謝ってました」
こうしてキング=オセロットは二度目の招きに応じた。
「これです」
オウガストはテーブルの上に、濃紺のベルベッドの包みを置く。フルートでも包んであるような細長さだが、布を解くと銀の華奢な棒が現れた。蔓草の繊細な飾りと一輪の薔薇が添えられた棒は、蛇が鎌首をもたげるように途中で曲がっている。
ダヌが、もう不要だからとキングにくれる約束をしたブツだ。思った以上の美しさにキングは唇の端を緩めた。
「・・・キセルですか?」
詩人が棒をしげしげと眺める。
「いや。シガレット・ホルダーだ。紙巻をここに差して吸う。使うかどうかはわからんが、綺麗なものだな。大切にすると伝えてくれ」
「早速、一服やりますか?試してみたいって顔してますよ」
「かなわんな」とキングは破顔し、コートの懐中から煙草の黒い箱を取り出した。微かな甘やかな香りが部屋に漂った。
テーブルには、以前にも有った返品絵本が置かれたままだ。読む人によって、ストーリーが変わってしまうという絵本。
煙草一本を吸い終わるまでの手なぐさみに、キングは特にタイトルも見ずに手に取った。見たとしても、知らない話だったかもしれない。それには『竹取物語』と書かれていた。
< 2 >
「起きろ!こんな時に寝るんじゃない!」
キングは男の襟首を掴むと、珍しく声を荒らげた。夜は浅く、まだ眠気の起きる時刻ではない。まして仕事中だ。
自分と同じ傭兵達は、大理石の床や壁にだらしなく横たわり、だらりと体の力を抜いていた。仕事の前に酒でも飲んだか。いや、そこまでの荒くれ者は居なかった。それとも食事に薬でも盛られたか。そんな隙のありそうな奴らじゃない。さっきまで直立で廊下を警護していた屈強な十数人の、このザマは何だ。
ここを攻められたらひとたまりもないだろう。キングは舌打ちすると、援護兵を頼みに城門へ走った。そこには正式な騎士のレーヴェの軍隊が待機している。統率の取れた小隊を一つ回して貰わないと危険だ。
「なんと・・・」
門まで走り出たキングは、百名もの鎧兵が眠り込む様を見て茫然と立ち尽くした。いったい何が起こったというのか。今夜は満月で、明るい月が彼らの立派すぎる鎧に虚しく艶を与えていた。
石だたみの上、辛うじて中腰で立つ大男を見つけた。レーヴェだ。彼は、自分の剣を左腕に当てて皮膚を斬り、血を滴らせる。その痛みで正気を保っていた。
キングは駆け寄った。
「レーヴェ殿?」
「キング、か。お前は・・・平気なのか、この匂い」
レーヴェは、普段は鋭い眼光をとろんと眠気で鈍らせ、欠伸を噛み殺して尋ねる。
「え?」
そういえば、城の中にも庭にも、仄かに百合のかおりを感じた。今も、鉄の城門に花壇など有るはずもないのに、鼻孔に痛みを伴う百合のきつい香がする。
「この匂いがし出して・・・急に、眠く・・・」
レーヴェの頭ががくりと垂れ、すぐに大鼾が響き始めた。
「・・・。」
催眠効果のあるかおり。だが、キングには効かないようだ。キングは高機動型サイボーグであり、細部の器官は人間ではない。
もしや、キングを残して城中の警護兵が眠ってしまったのか。これは直々にエルザード王に知らせに行かなくてはならない。王が起きていれば、の話だが。
キングは銃を握ると、再び城内へと向かった。
* * *
この大袈裟な警護は、エルファリア姫を護る為だった。
『姫のエルファリアは、百合の花から生まれた』。
突拍子もない噂がソーンには有った。だが、そんな神秘的な想像を喚起させるほどに、エルファリアは美しかったのだ。白百合のように清楚でたおやかで気品が有り、誰からも愛された。当然父王エルザードも溺愛しているようだった。
「ほんとだべさ。お姫様は産まれたのは40年も前のはずだべ。歳を取らないだよ。百合の精に違いないべ」
まだ平穏だった今日の昼間、半分耄碌したような下働きの婆が、城の庭の井戸で水を汲みながら唾を飛ばしていた。キングはエルファリアの歳は24と聞いている。亡くなった姉の姫と混同しているのだろう。桶を持ってやりながら、笑って聞き流す。
姫の誘拐予告状が王の元に届いたと言うので、正規軍以外に、キングのような傭兵が大勢雇われた。この大軍を蹴散らして姫を連れ去る可能性は、キングでなくても皆無と思っただろう。
「予告状、どこから来たか知っとるか?月からだべ。エルファリア姫は月の人間だべよ。そして、月へ連れて帰られるんだべ」
「はいはいはい」と、キングは煙草を唇に乗せたままいい加減な返事をして、桶を竈の側に置いた。
「ふん、信じてないだね」
木の枝のように痩せた婆は、悪態をついて腰を伸ばした。大儀そうに背中を叩く。
「エルザード王の容姿だってねえ、わしが子供の頃に見た時と変わってねえべよ」
「そうかい。あなたも、40年前と少しも変わっていないよ」
キングは唇を笑みの形にして煙を吐いた。
「きーっ、馬鹿にするでねえ。あんたとは昨日初めて会っただよ!」
老婆は桶の水を杓で掬ってキングへ撒いた。意外に最近のことも覚えているようで、キングは早々に退散した。
今思えば、もっと婆の話を聞いておけばよかった。月の世界の奴らなら、地上の人間を一瞬で眠らせることも可能かもしれない。
< 3 >
廊下に重なり合って眠る兵士たちを跨ぎ越えながら、キングは王の居室の扉をノックした。姫も今夜は王と一緒に控えている。部屋の護衛らは椅子に座ったまま爆睡中だ。
ドアは姫が自ら開けた。侍女も眠ってしまったのだろう。
「傭兵?起きている兵士がいたなんて」
「あなたこそ。私はサイボーグなのでね。まさか姫も、なんてことは無いだろうな。
こんな状態なので、王に指示を仰ぎに来たが・・・」
キングはちらりと部屋の中を覗く。ソファで首を垂れて鼾をかく王の姿が見えた。
「無駄だったようだ」
「一人でどうするつもり?」
「一人でも、姫をお護りするつもりだ」
「それは困るわ」
「では、今から街へ傭兵を頼みに走ろうか」
「いいえ。戦って欲しくないの。誰も怪我人を出したくないの。
だからみんなに眠って貰ったのに・・・」
催眠剤を撒き散らした犯人は、姫だったのだ。キングは眉を寄せた。
エルファリアは、人間のことを学ぶ為に異世界からやって来たのだと言う。そして今夜迎えが来る、ただそれだけのことだ。
「私達は、色々な効果のある薬を扱う種族です。今夜の催眠剤も。父が使って来た不老の薬も。
父は、私がいなくなると、不老の薬を貰えないから。それで私を引き止めたいのよ」
「それだけだとは思えないが?」
目の前のエルファリアは、百合の精の噂が立つのが納得いく清らかさだった。王とてこの愛娘を手放したくないだろう。
「いえ。そう思っていた方が、去るのに気が楽です」
亡くなった姉というのもエルファリア本人だそうだ。彼女は歳の取り方が遅い。不審に思われるので、妹が産まれたことにして擦り変わった。
キングは、あの婆の言葉を軽んじたことをすまないと思い始めていた。
「異世界というのは、月のことか?」
「月?・・・月って、夜空に浮かぶ、あの?」
きょとんとした瞳がキングを見上げた。
「いや、すまない。馬鹿なことを尋ねた。
あなたは百合から・・・ああ、もういいい、何でもない」
迎えは、街の人々から目立たぬように森に来ているという。姫は眠る父王の額に静かに口づけして別れを告げた。
「お一人で行かれるか?護衛するが」
「大丈夫、街中が眠っているわ。今、聖都で意識があるのはあなたと私だけ。
あなたも、眠っていたフリをした方が面倒が無いわよ。後であれこれ聞かれるのも煩わしいでしょう?」
「確かに」
姫は螺鈿のテーブルにシルクの袋を置いた。子供の握り拳ほどの包みだ。
「不老の薬なの。せめてお父様の慰めに。たった二百年分ですけど」
キャンドルの灯に映える白い光沢の袋は、幸福の薬なのか魔の毒なのか。これは慰めになるのか。老いの無いキングにはわからなかった。
* * *
城中が眠りこけて姫を連れ去られた後、王は警備兵らをそう強くは叱らなかった。こうなることは予想していたのだろう。形だけの捜索が始まり、傭兵は引き続き雇われた。
キングは、今日も井戸のところで、女−今度は若い娘だった−が水を汲むのを手伝ってやった。
「あたいは掃除女なんだけどね。賄いのバアサンが寝込んでるから、代わりにサ」
「あの、威勢のいい婆が?」
「もうトシさ。危ないみたいだよ」
「・・・。」
城の一画に、住み込みで働く者の居住区がある。粗末な石造りの長屋の、陽の当らぬ一部屋を見舞った。
「キング=オセロットかい。手ぶらで見舞いとはいい度胸だべ」
「すまん」とキングは苦笑する。口は元気なようだが、粗末な木製のベッドに横たわる婆の顔は枯れた幹の色のようだった。
耐えられず視線を逸らすと、壁にかかる小ぶりの肖像画が目についた。白いドレスに白いパラソル。二十歳くらいの美しい娘の画だ。
「この絵は、お孫さんかい?」
「ふん。わしだよ。わしだって、昔は『百合から産まれたよう』と言われただべ」
居たたまれない気持ちで、無意識にコートの懐中を探る。だが、駄目だ。婆の前で喫煙は控えようと、キングは手を下へ降ろした。
「実は私はあの夜、眠っていなかった。サイボーグだからね。あなたの言った通り、月の使者が迎えに来たのだよ。
金銀で飾られた立派なチャリオットが、夜空を飛んで姫を連れに来た。大きな乗物は音も無く庭に降り立った。使者はゆったりした白いドレスを着て、百合の髪飾りをしていた。姫が百合の精だっていうのは、本当だったのだな」
キングは娘の絵を見たまま、ベッドに背を向けて喋り続けた。キングがこんなに多弁なのは稀だ。唇が乾いて、軽く痛んだ。
「・・・わしの様子はそんなに酷いだべか。今にも死にそうなほどか」と、婆がため息をついた。
「わしにも今夜くらいに、月からお迎えが来るだべなあ」
キングは何も言葉が見つからない。
「墓には、白い百合を飾ってくれ」
「わかった」と短く答える。
「馬鹿か、おまえさん。こういう時は『そんなこと言うもんじゃない』とか、『まだまだ元気そうだ』とか言うんだべ。ったく、若いもんは礼儀も知らね」
婆はまだまだ口だけは達者だった。キングの方が慰めて貰った形になった。苦笑して「すまん」と返事した。
軽い扉を押して外へ出た。夕焼けの時刻だった。西が赤く染まって、反対から透ける月が昇りかけていた。
< END >
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2872/キング=オセロット/女性/23/コマンドー
NPC
オウガスト
エルファリア(公式NPC)
レーヴェ(公式NPC)
賄いの婆
掃除女
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
『竹取物語』、竹でなく百合に変えてお届けしました。
今回は「老い」の話でした。
百合は、漢方では咳止めや精神安定剤になるそうです。美しいだけでなく役に立つなんて、偉い花です。
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