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■超能力心霊部 サード・コレクション■

ともやいずみ
【5698】【梧・北斗】【退魔師兼高校生】
「こっちこっち!」
 正太郎に気づいた朱理が手を振る。やはりいつもの二階の窓際に彼女たちは居た。
 一人はボブカットの少女。もう一人は長い髪の美少女。
 彼女たちの前に座って、正太郎は「遅くなって」と小さな声で謝った。
「あれ? 正太郎、なんか顔色悪いよ?」
「え?」
 言い当てられて、正太郎の笑みに力がなくなる。
 無口になってしまった正太郎に、奈々子は尋ねた。
「また写真ですか? 今度は何が?」
 正太郎は奈々子を一瞥すると、鞄に入れていた写真を取り出して見せる。
 受け取った奈々子はすぐさま顔をしかめた。横から覗き込む朱理は不思議そうな表情だ。
「正太郎って、絵なんて描くの?」
 朱理の問いかけはもっともだと思う。
 正太郎は否定した。
「ボクは絵なんて描かない」
 だが写真の中の正太郎は、自画像を見ている。自画像は完成間際のものらしい。
「美術の課題のことかもしれませんね」
 奈々子が幾分か安堵して言う。いつもの心霊写真ではなくて、安心したからだろう。
 正太郎は微妙に顔を引きつらせ、苦笑してみせた。
「そ、そうだね……」
 美術の課題ならいい……。
 でも。
 写真を再度見直して、正太郎は喉をごくりと鳴らした。
(この写真のボク……なんでこんなに『愉しそう』なんだろう……)

 ファーストフード店をあとにして、正太郎は陰鬱な気持ちでいっぱいだった。
 写真を見ては溜息をつく。
 自分がこんな表情ができるとも思えないのだから、仕方ないだろう。
 びくりとして正太郎は足を止めた。強引に引き寄せられるのを自覚して、周囲を見回す。
「……? 屋敷?」
 いつからあったのだろう。いつのまにできたのだろう。
 嫌な予感がして足を踏ん張るものの、体は言うことをきかなかった。
「いや……だ! たすけ……っ」
 鞄を落としてしまうが、それを拾うこともできずに屋敷の中へと足は進んでしまう。
 背後で重く閉まるドアの音が聞こえた。
超能力心霊部 サード・コレクション



「正太郎は行方不明じゃないのか?」
 梧北斗の声に奈々子が半眼になる。
「行方不明じゃないです。電話に出ないだけですよ」
 携帯電話を片手に言う奈々子。
 ファーストフード店から出てきた朱理と奈々子に北斗が会ったのは、つい先ほどのこと。
 慌てて出てきた二人に尋ねると、正太郎が忘れ物をしたので追いかけるということだった。
 北斗も暇だったので二人に付き合うことにしたのだが……。
「でも……鞄が落ちてるけど」
 目の前に落ちている正太郎の学生鞄を拾い上げる北斗。
 いきなり落ちているのもおかしいだろ。どうみても。
(どう考えても行方をくらましてるだろ)
 鞄からひらりと何かが落ちる。北斗は「しまった」と思ってそれを拾った。
 一枚の写真だ。
 正太郎が、自分の肖像画を描く写真。だがその表情は――。
(……なんつーか、珍しい表情してるな)
 根っからの臆病者の正太郎がこんな……愉悦の表情を浮かべるだろうか?
「あ、それって正太郎が撮った写真じゃん」
「え? やっぱりそうなのか」
 朱理の声に応え、北斗は写真を鞄に入れてやる。
 携帯電話から耳を離し、奈々子は嘆息した。
「困りましたね。薬師寺さんが出ないです」
「朱理の次は正太郎か……よくよく面倒なことに巻き込まれるな、おまえらは。…………まぁ、俺も似たようなものだし面白いけどさ」
 最後のほうはぼそぼそと小さく呟く。奈々子に聞かれてしまっては、こちらに彼女の拳が降ってくることになるだろう。
「ま、正太郎がいなくなった場所はここだろうからな。俺も一緒に探すぜ」
「ええっ! 探すのも手伝ってくれんの?」
 朱理の言葉に北斗は「勿論」と胸を張った。
「なんたって三人揃ってのお笑いコンビだろ。一人足りないだけでも物足りないし」
「…………『コンビ』は二人組のことですよ?」
 二人を安心するために叩いた軽口に、奈々子がツッコミを入れる。ぎょっとして北斗が奈々子を見た。
「三人は『トリオ』じゃないんですか?」
 しーん……。
 奈々子の言葉に北斗は顔を引きつらせ、咳をして誤魔化した。
「そ、そうとも言うな」
「へー。そうなんだ。あたい、知らなかったなあ」
「普通に辞書に載ってますけど」
 きっぱりと言い放った奈々子に朱理までがなぜか「ご、ごめん」と謝っている。
 呆れたように見てくる奈々子の前で、北斗と朱理は顔を見合わせて苦笑した。
(俺もこいつらの仲間に入ってればいいけど……)
 そう思いつつ、北斗は二人と手分けして周囲を探すことにする。
 周りはどこにでもある住宅街。近道するためなのか、正太郎はここを突っ切っていくつもりだったようだ。
 あの正太郎が鞄だけ落としたまま帰るはずはない。きっと何かあったのだ。
「やれやれ……。あいつなんか攫ってもいいことないと思うけどなぁ」
 ギャーギャー騒ぐか、青くなってがたがたと必要以上に震えているに違いない。
 想像した映像に北斗は「ははは」と、乾いた笑いを洩らす。
 北斗は地面に視線を落とした。
 なんの変哲もない場所だ。どうしてここに鞄だけが落ちていたのか。
(なにか……あったんだろうけど)
 でもなにが?
 ぐっ、と引き寄せられる感覚がして北斗は顔をあげた。
 いつの間に。
 驚く北斗は目の前に突然現れた屋敷に目を丸くする。古い洋館のようだが、さっきまでこんな建物は存在していなかった。
(どこから……?)
 怪訝そうにした瞬間、二階の窓際にいる正太郎の後ろ姿を発見する。
「正太郎! おまえ何して……!」
 北斗の声に気づいたのか正太郎は振り向いてこちらを見下ろしてきた。「タスケテ」と唇が動く。
 目を見開く北斗は視線を屋敷の扉に向けるや、そこを目掛けて一直線に駆けた。
 扉の前まで来ると足を止め、ノブに手をかける。すんなりと扉が開いた。
「正太郎!」
 声をあげて中に踏み込む北斗。
 中は薄暗く、視界が悪い。
 暗闇に目を慣れさせることも考えたがそれどころではない。正太郎が危ないのだ。
(二階……階段……)
 周囲を見回して階段を発見する。北斗は足場を確かめながら階段へと進んだ。
 目が慣れてくると壁の模様がなんなのかはっきりとわかった。模様ではなく、びっしりと壁を占める……。
(し、肖像画!? 趣味悪ぃなあ……)
 そもそも絵心などないのだから、絵の良し悪しはわかりはしない。だが肖像画のどれもが不気味だった。
 なぜだろう?
(……そっか。どいつもこいつも恐怖を浮かべてるからだな)
 怯えた目の者が多い。
 北斗は階段を駆け上がり、正太郎が居た部屋を目指す。
(あそこだな!)
 ドアを力任せに蹴破り、北斗は中に踏み込んだ。
「正太郎、無事か!?」
 だが返事がない。
 部屋の中央に居た正太郎はゆっくりと北斗のほうを振り向いた。
 ぞくっと、北斗は背筋に悪寒が走るのに気づく。
 描きかけらしい絵の前に立つ正太郎は薄く笑った。
 不自然だ。
 正太郎はあんな笑いをしたか? いや、北斗が知る限り、あんな笑みは浮かべない。
「おまえ誰だ?」
 問いかけると正太郎の姿をした者は「おや」という顔をした。
「よく見破りましたね、少年」
「これでも正太郎の友人なんでな。……その気配、てめーは人間じゃないな?」
 正太郎の姿をした者はにっこりと微笑む。
「私はただのコレクター」
「コレクター? なんのだ」
「人間の魂」
 魂、だと?
 怪訝そうにする北斗はじりじりと近寄りつつ尋ねた。
「へぇ……また変わった趣味だな。魂を喰うのか?」
「喰べる、と同じことなのかもしれません。私は魂をゆっくりと消費していくのですよ」
「は?」
「霊力の高い者の魂をじっくりと堪能するのです」
 言葉の意味はよくわからないが……なんだか気持ち悪さを感じる。足もとから虫が這い上がってくるような感覚だ。
「姿や声や、ありとあらゆるものを奪い……その者自身となっていく。それが私です」
「奪う? てことは、正太郎は……?」
「前の魂はすっかり消費してしまったのでどうしても代わりが欲しかったんです」
「答えになってねぇ!」
 はっきりと北斗が言い放った。
 だいたい。
(なんだその笑みは……。あの写真とそっくりじゃないかよ)
 愉悦の笑いだ。
「正太郎をどうした……?」
「さて。どうしたのでしょうか?」
「なぜこんなことをするんだ」
「そうしなければ私は生きていけないのです」
「生きていけない……?」
「そうです。なので、見逃してください」
「…………嘘をつくな」
 目を細めて、コレクターを睨みつけるように見遣った。
「なんで愉しそうなんだ?」
「私にとっては人間の食事と同じ。人間も、美味しいご馳走だと楽しくなりませんか?」
「……霊力の高い人間は、高級料理と同じってことか?」
「そういう例えをされたのは初めてです」
 彼は笑顔のままだ。その笑顔がまた、北斗をイラつかせる。
「おまえにとっては『生きるために必要なこと』でも…………俺の友達を犠牲にするなら、邪魔するだけだ」
「……人間が私に勝てるとでも?」
「…………」
 勝てるかどうかが問題じゃない。勝つかどうかなど、二の次だ。
(どうやって正太郎の姿を奪い返すか、だろ?)
 自分に言い聞かせる。
 見たところ、このコレクターはまず絵に人間を封じ込めるのだろう。
(やつの目の前にある描きかけの絵が正太郎のものに違いない)
 コレクターに消費されて完全に絵となった者は全て飾られているのだ。あの壁一面の肖像画は、きっとそうに違いない。
(奪い返す……!)
 だがどうやって? 武器も持っていないというのに。
 いいや武器はある。学校帰り。弓道の、弓と矢が。
 弓袋から取り出して北斗は矢をつがえる。
 本当は退魔用の武器である氷月があればいいのだが。
「ははっ。そんなモノで戦おうと?」
 嘲るコレクターから目を離しはしない。矢の先端には符がつけられている。
「…………ようは、おまえから絵を守ればいいんだろ?」
 そう呟いた北斗が弦から指を離し、矢を放った!
 矢は一直線に絵まで飛び、突き刺さる。途端、結界によって絵が包まれてしまった。
(こんな使い方をするとはな……)
 自分でも驚きの使用方法だ。結界を張ることのできる『火月』をこんな形で使うのは初めてである。
「なっ!?」
 絵に手を伸ばすコレクターが結界によって弾かれ、部屋の隅まで吹き飛ばされた。
 その隙に北斗は絵に走り、結界符ごと絵を持ち上げる。こういう時、自分が人間で良かったと思わざるを得ない。
(結界に弾かれる恐れもないしな。まあ結界を発動させた本人だからビクビクすることないけどよ)
 絵を見ると、怯えたように縮こまっている正太郎が描かれていた。……その姿にちょっと笑いそうになってしまうが北斗は堪える。
「正太郎、大丈夫か!?」
 尋ねるが返事はない。まあそれもそうだろう。
(絵になってる人間が返事したら気持ち悪いよなぁ……)
 とにかくこの屋敷から逃げることにした。起き上がるコレクターの気配に気づき、北斗は部屋を飛び出すや落下防止のための手摺りを軽く跳び越え、一階へと着地する。
 軽やかに着地、とまではいかないが多少衝撃を和らげて一階に到着すると北斗は出口を目指す。
 正面の、開いたままの扉!
(もう少し!)
 その時だ。背後からうめきに近い声が響いた。
「逃がすものか……貴様ら……っ」
 扉を閉められたらおしまいである。閉じていく扉にぎょっとしつつ北斗は手を伸ばした。
 届かない! あと、一歩分!
「あ」
 正太郎の絵が扉に挟まった。
 右手に持ったままだったため、手を伸ばした状態でそうなってしまったのだ。
 青くなる北斗の目の前で、扉の閉まる力と絵に張られた結界の力が衝突し…………力に耐えられなかった絵と扉が破壊されてしまう。
「わあー!?」
 仰天した北斗は背後でコレクターが悲鳴をあげるのを聞いた。
 振り向いた瞬間――――。

「あれ?」
 周囲は屋敷の中ではなく、正太郎が鞄を落としていた場所だった。
 足もとには、いつの間にか北斗が落としていた正太郎の鞄がある。
 じゃあ今までのは……夢?
 呆然とする北斗は、正太郎がすぐ横に立っているのに気づいた。
「夢……じゃ、ない……よな?」
 尋ねる北斗の声に正太郎はやや呆然としたまま半笑いで頷いたのである。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

NPC
【高見沢・朱理(たかみざわ・あかり)/女/16/高校生】
【一ノ瀬・奈々子(いちのせ・ななこ)/女/16/高校生】
【薬師寺・正太郎(やくしじ・しょうたろう)/男/16/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 正太郎救出の話でしたが、いかがでしたでしょうか?

 今回はありがとうございました! 楽しんで読んでいただけたら嬉しいです!