■封印の祭壇■
緒方 智
【2919】【アレスディア・ヴォルフリート】【ルーンアームナイト】
床に描かれた精緻な魔方陣。
その中心で青白い光に包まれた剣が浮かんでいた。
油の滴りそうな刃。優美な獅子と鷹をあしらった鍔は見る者の心を奪う。
レムは自ら生み出した剣に歩み寄ると、賢者からもらった霊薬を躊躇なく撒き散らす。
瞬間、青と赤の炎が巻き起こり、剣を焼き尽くさんばかりに覆い尽した。
が、それが消えた後には見事な波紋が刃身に刻み付けられていた。
「完成した・・・・これで、決着がつく。」
レムの呟きが誰に聞かれるともなく響いた。

「剣ができた。すぐにそっちに送る手配をする。」
レムの言葉に鏡面に映る少年が真剣な表情で頷くが、一抹の不安をよぎらせる。
ラスタ鉱山から始まった一連の事件。
裏で操る奴に感づかれているのだ。
へたに動くわけにはいかないことは少年にも分かっている。
だが、レムとてそれを見逃す訳ではない。
「手は打つ。これ以上……一族の名を汚す者は許しておけないからね。」
冷ややかに言い放ったレムの背後でゆらりと影が蠢いた。

「この包みをブルムに届けてもらえる?私の弟子がそこで待っている。そいつに渡してほしい。」
にこやかな笑みを称えてレムは頼むが、その瞳はどこか鋭かった。



封印の祭壇〜贖罪の水晶宮

白銀の切先が閃き、血飛沫が舞う。
どうと倒れた魔物の後ろから別の魔物達は蜘蛛の子を散らすように森の奥へと姿を消す。
容赦なく襲い掛かる魔物の群れに防戦一方に追い込まれた三人はその華麗にして冷酷な一撃に思わず息を飲む。
剣についた血糊を払い、鞘に収めると少年はようやく彼らに顔を向けた。

「危険な依頼になる。それだけは覚悟しておいてもらえるわね。」
なじみとなった銀髪の彫金師・レディ・レムの鋭い視線に三人は無言で頷くと、細長い包みを受け取った。
―ブルムの町にいる弟子に完成した剣を渡して欲しい。
単純な言葉の羅列にすぎない依頼。
しかし、その旅路は困難極まりなかった。
明らかに正気を失った魔物たちが我先にとアレスディア、オーマ、ノエミの三人に襲い掛かってきたのだ。
不殺を誓っているオーマはもちろん、アレスディアとノエミも無闇に命を奪いたくはない。
ましてや、操られている哀れな魔物を殺すことなどできなかった。
攻撃をかわすと、アレスディアは素早く背後に回りこみ、剣の柄で強烈な打撃を加え、その意識を失わせる。
『キュア・スフィア』や魔法を駆使し魔物の動きを鈍らせ、アレスディアとオーマのサポートをしつつ、ミラースマッシュで攻撃を弾き返す。
二人に負けじとオーマは格闘技を駆使して魔物たちを次々と気絶させる。
だが、魔物数は減るどころかさらに増していく。
そのあまりの数に三人は辟易する。
なんとか攻撃をかわし、街道沿いにある宿場町に着いた時には疲弊しきっていた。
「凄まじいな…こいつは」
「今回も妨害が入るのだろうなと予想はしていた……これが最後の機会だと言わんばかりに。」
「ええ……それほどまでにこの剣が邪魔なのでしょうね。」
テーブルに置かれた包みを見つめ、三人は小さく息をつく。
詳しいことは聞かなかったが、前回の霊薬の件といい今回の事といい、敵は並大抵の相手ではない。
あれだけ大量の魔物を操り、霊薬や剣を奪おうとする者。
レディ・レムは何かを掴んでいるようだったが、何も言わなかった……いや、あえて何も言わずに依頼していた。
が、三人はそれ以上追求するつもりはなかった。
何か考えあってのことだろうし、何より彼女を信頼している。そして、レディ・レムも自分達を信頼してくれている。
それに答えるべく、今は一刻も早くブルムにいる彼女の弟子に剣を届けなくてならなかった。

宿場町を離れると同時に魔物の凄まじい攻撃が待ち構えていた。
新手の魔物だけでも厄介というのに、先日倒した魔物まで現れるものだから手に負えなかった。
「まずいな、数が多すぎる!」
「だからっていって殺れるわけねーだろ?!」
キュアウルフと呼ばれる狼型の亜種を数体なぎ払うが、さらに増す魔物にアレスディアが舌を打つとオーマがつかさず大声で叫び返す。
頭では分かっている。
本気で倒さなくてはこちらがやられると。
けれども操られているだけの―被害者ともいうべき存在の命を奪う事などできなかった。
こうして話している間にも魔物は攻撃を増していく。
「魔法で援護します!」
叫ぶと同時にノエミは完成させた魔法を解き放つ。
深紅に染まった魔物の瞳がさらに狂気を増す。
血に飢えたうなり声を上げ、魔物たちは三人に怯むことなく襲い掛かった。
「下がれ!そいつらを本当に助けたかったら手を出すな!」
涼やかな凛とした声が響く。
三人と魔物の間に一つの影が割って入る。
銀色の風が一瞬にして閃く。
わずかな鮮血が空に散り、どうと魔物は倒れ伏し、ぴくりとも動かなくなる。
「お久しぶりです。オーマ、アレスディア、ノエミ。」
「久しぶりじゃねーっ!!どういうつもりだ!」
見せ付けられた冷徹な技とは裏腹に明るい笑顔を向ける少年にオーマは怒りをにじませ、掴みかかる。
不快感を露にアレスディアは眉をしかめ、あまりに残忍な光景に目を伏せるノエミ。
現れた少年を彼らは知っていた。
彼こそ剣を渡す当人であり、レディ・レムの弟子であった。
出会った頃と変わらない笑顔をこぼす少年。
少年を知っているからこそ、この光景が許せなかった。
「別に殺してはいないよ。」
やれやれと肩を竦め、少年は目で倒した魔物をさす。
何を今更と、三人は魔物を見やると先ほどまで全く動かなかったはずの魔物の身体がかすかに動く。
驚愕し、思わず掴んだ手を外し、その光景を凝視する。
幽鬼のごとき漆黒のオーラが魔物の身体から立ち込め、小さく何かがはぜる音がした。
その瞬間、魔物の姿は大きく変貌を遂げ、アレスディアの腕に収まるほどの―子犬程度の大きさの動物となる。
小さく身体を震わせると彼らに怯えるように茂みへと姿を消す。
「これは……」
「説明してる暇なかったからね。首領っていうか、親玉の得意技が魔物を操るだけじゃない。無害な動物を魔物に変えて操ることもできるんだ。」
驚愕し言葉を失うノエミたちに少年は逃げ去った動物のいたあたりにかがみこむと、二つに割れた黒い石を拾い上げた。
「なんだ?その石は。」
「オプシディアンっていう鉱石だ。」
怪訝な表情を浮かべるオーマに少年は拳を握りしめると、石はあっけなく砕け散る。
「隠された能力や真の自分を解放させる力が秘められた石で、こいつが操る元凶。人に贈るとその人を操るっていう謂れもあるから決して贈ってはならない。逆に言うと……」
「魔物を操るには格好の道具と言うわけなのだな?」
「そういうこと。おまけに埋め込んだ場所まで遠隔操作できるから、この場合説明してる余裕なかった。」
驚かせて悪かったよ、と詫びる少年をアレスディア達はこれ以上とがめるつもりはなかった。
そういう事情があったならば、彼の判断はまさに最善の判断であり妥当なもの。
自分達だけでなく操られていた魔物―動物を救うにはそれしかなかった。
「ところで……なんで、お前がここにいるんだ?ブルムまであと2〜3日かかるのにな。」
納得して頷いていたオーマだったが、ふいに浮かんだ疑問を口にした。
レディ・レムの話では彼はブルムの町で待っているはず。
にも関わらず、どうしてこんな離れた街道にいるのか?
疑問に思うのは至極当然のことだった。
「ブルムで待ってても変わんないからね。1日中魔物に襲われてたし、みんなも襲われてるって予想もついたからこっちから合流した。」
間に合ったから良かったよ、と笑う少年に釣られるように三人も今までの疲れも忘れて笑い声を上げた。

「目的の場所ってのはどの辺りだ?」
「もう少し先。あの岩場だよ。」
取り囲んでいた魔物たちの最後の一体を倒した少年にオーマは肩をまわしながら問いかける。
目の前に広がる荒野の先に見える岩場を指差しながら少年は息を整えた。
ブルムの町をさらに北上し、たどり着いたのが岩肌がむき出しとなった荒野。
ここが最終的な目的地だと少年は語った。
どんな意図があるのかは語らなかったが、ここが決戦の地になることをアレスディアは感じ取っていた。
受け取った剣を抜くどころか、その包みを解くこともなく少年はそれを背負い、目的の場所を目指している。
その姿にはただならぬものがあり、自然とアレスディアも気を引き締める。
整えられていない自然そのままの荒野にようやく踏み込んだ瞬間。
ごうと風がうなりを上げ、憎悪を孕んだ殺気が彼らの間を駆け、反射的にその場から離れる。
炸裂音と閃光。
立ち込めた砂煙が消えた後には大地が不自然に醜くえぐり取られていた。
「ようやくお出ましか。反逆者さん?」
「ちっ……あいつに似て、いー性格してやがるぜ。」
挑むように空を睨む少年。
その視線を追うと、大剣を肩に乗せた赤髪の男が浮かんでいた。
忌々しそうに舌をうち、すぅっと大地に下りてくる男にアレスディアは言い知れぬ重圧を感じた。
「なにもんだ?こいつ。」
オーマもそれを感じ取っているのか、声音が幾分堅い。
得体のしれない力にわずかばかり恐怖を覚える。
「レディ・レムの一族…神竜族の恥さらし。」
「何が恥さらしだ。『神』の名を持つ一族として当然のことだ。」
尊大に胸を張る男を少年だけでなくアレスディア達は睨みつける。
「ふざけるな!罪のない生物を操るわ、実験台にするわ……挙句に多くの異世界で無意味な争い引き起こして、何が『神』だ!!全竜族の名を汚しておいてよくも言えたな!!」
キッと剣を突きつける少年。
その言葉の激しさにアレスディアは驚愕すると共に男が引き起こした一端を知り、怒りを胸にたぎらせる。
短い言葉だが、この男がどんな非道を行ったのかは明白だった。
鋭い眼差しで構える剣を構えるアレスディアとノエミ。
複雑な色を走らせつつも、険しい表情で男を睨むオーマ。
「卑小な分際でほざいたな!!覚悟しやがれ!!」
彼らの行動を、いや、レムに力を貸したということが赤髪の男にとってすでに反抗だった。
異様な光の筋が立ち上らせた男の全身が盛り上がり、異形の姿へと変貌する。
深紅に染まった銀翼がはためき、アレスディアたちの身体を吹き飛ばさんばかりの烈風が貫く。
一瞬、全身が浮き上がった途端、禍々しい咆哮を上げた一頭の巨大な竜が炎を撒き散らし、無防備になった彼らを襲い掛かった。
「うわぁ、あんなので竜の姿に戻るか?普通。」
「だが、真実なのだろう?」
呆れをにじませる少年にアレスディアは静かに問いかける。
荒野に突き出した岩陰に隠れ、様子を窺いながら少年は小さく頷くことで肯定する。
少年が突きつけたのは偽りなき真実。
だからこそ、赤髪の男―竜は自分達を抹殺しようとしているのだ。
自らの過ちを知る者を消すことで自らの行動を正当化しようとしている。
「悪いけど、少しだけあいつの気を引き付けて。オーマとノエミに協力してもらうように行ってくる。」
「分かった。策があるのだな?」
「ああ、というか、そうするようにレムに頼まれた…すぐに済ませる。危険だけど頼めるか?」
「……真に討たねばならぬものを討つのみ。奴がそうだと思っている。」
行け、と言外に告げると、少年はオーマのいる岩を目指して駆け出す。
つかさず鉄球のごとき尾を振りおろす竜にアレスディアは迷いなく切りつける。
苦痛にのたまう叫びを上げ、竜は怒りをたぎらせアレスディア目掛けて鋭い爪を振り下ろす。
軽い動きで背後に飛び、紙一重でそれをかわすと第二撃を与える。
「幾度の戦いで、白銀の輝きを失ったこの鎧。しかし、まだ落ちぬ。邪な意思を宿した矛では落ちぬ。」
静かな闘志をにじませ、アレスディアは剣を振う。
鋭き白刃が舞うが如く閃き、確実に攻撃を加えるが、致命的なとはいかない。
敵の竜も急所を狙う一撃を避け、攻撃を繰り出す。
一進一退を繰り返す戦い。
だが、このままでは圧倒的にアレスディアが不利になる。分かってはいるが、下手に仕掛けることもできない。
と、アレスディアの背後から何かが空を切り裂く音が上がる。
振り向くと同時に竜の顔面で眩い閃光と薄紫の煙が炸裂した。
「遅くなってすまねぇな。ノエミの様子がおかしいってんで、先に援護させてもらうぜ。」
不敵な笑みを称えたオーマが手にした銃からは薄い煙が立ち上ってた。
「不殺に反するのではないか?オーマ殿」
「心配するな、ただの目くらましと催涙弾だ。万一に備えて貰って来たんだとよ。」
口をついて出た言葉にオーマは片目をつぶって応じると、迷うことなく閃光弾を放つ。
敵とはいえ無闇に命を奪いたくないオーマにとってはちょうど良い武器と言えた。
これならば攻撃も与えやすい。
そう判断するとアレスディアは剣を閃かせた。
ドンッと強い重力が竜のみならずアレスディアとオーマを襲う。
突然の強烈な圧力に身動きできず、思わずひざをつき、苦痛と悲鳴の入り混じったノエミの叫びが耳を打つ。
それに耐えながらわずかに開いた瞳が捉えたのは対峙する竜と同等、それ以上の大きさをした巨大な狼の幻影が牙を剥き、竜の身体を切り裂く光景。
あまりに信じがたい光景にアレスディアのみならずオーマも息を飲む。
次の瞬間、ぐいっと誰かに肩を引かれ、重力から解放された。
「大丈夫だね、二人とも。」
緊迫を含めた少年の声にアレスディアとオーマははっと見上げる。
柔らかな蒼い光を帯びた銀の刃が日の下で輝く。
唸りと怒号が入り混じった二体の獣の咆哮が響く中、少年は背負って来た包みを解き、一振りの剣を抜き放つ。
賢者より授かりし霊薬とレディ・レムの魔力を込められ完成した霊剣がようやく目を覚ましたのだ。
「事情は後で話す。動きが止まってるのがチャンスだしね……ノエミのこと任せた。」
アレスディアが問う暇も与えず、少年は重力に逆らうように暴れ狂う竜の背を駆け上がると躊躇うことなくその額に霊剣を突き立てた。
青白い光が周囲を照らし、三人は固く目を閉じた。

「ご苦労様、無事終わったようね。」
エルザード近郊の森に抱かれた館に戻ってきた彼らをレディ・レムは穏やかな表情を浮かべて出迎えた。
蒼い光がブルムの天を照らした、と聞いた時、複雑な思いが去来したが、それでも全てが終わったことにレムは安堵を禁じえなかった。
「何とか終わったよ……こっちはね。」
意味深な弟子の一言に一瞬表情を引き攣らせるが、瞬時に霧散させるところはさすがレディ・レムというところだろうか。
まだ思うように身体が動かないノエミをオーマと一緒に奥の部屋へ運ぶ少年を見送ると、レムはやれやれと椅子に腰掛け、アレスディアにお茶を勧める。
小さく頭を下げると、アレスディアは席につき、ようやく息をついた。
思い出すのは少年が霊剣を竜の額に付き立てた後の出来事。
光が収まった後、アレスディアが目にしたのは無数の水晶に覆われた赤髪の男の姿だった。
「これは……」
「竜としての力をこの水晶の中に封じ込めた。本体は元の世界に強制送還されてるから殺してはないよ。」
呆然とするオーマに少年は苦笑混じりに応える。
反逆者とはいえ無用に命を奪うことは一族の意に反する。だが、犯した罪はあまりにも深い。
そして下されたのは、竜としての力を取り上げ、一から全てをやり直させるという罰。
当然の報いとはいえ、どこか哀れにも思えた。
「大変だったわね。あの弟子に全部やらせようかと思ったけど、さすがに手に負える件じゃなかった。」
「確かにそうだった……だが、一番大変だったのは貴女ではなかったのか?レム殿。」
アレスディアの言葉にレムは小さく微笑み返し、そっと窓の外を見つめた。
水晶の如く澄み切った、どこまでも広がる蒼天が広がっていた。


FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】
【1953:オーマ・シュヴァルツ:男性:39歳:医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2829:ノエミ・ファレール:女性:16歳:異界職】


【NPC:レディ・レム】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です。
毎回遅くなって大変申し訳なく思いますが、封印の祭壇お届けいたします。
今回連作の最後ということもありまして、かなり字数オーバーしております。
それぞれの見せ場を出し、練り上げてみましたがいかがでしたでしょうか?
お楽しみしていただければ幸いです。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。




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