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■超能力心霊部 サード・コレクション■

ともやいずみ
【3604】【諏訪・海月】【万屋と陰陽術士】
「こっちこっち!」
 正太郎に気づいた朱理が手を振る。やはりいつもの二階の窓際に彼女たちは居た。
 一人はボブカットの少女。もう一人は長い髪の美少女。
 彼女たちの前に座って、正太郎は「遅くなって」と小さな声で謝った。
「あれ? 正太郎、なんか顔色悪いよ?」
「え?」
 言い当てられて、正太郎の笑みに力がなくなる。
 無口になってしまった正太郎に、奈々子は尋ねた。
「また写真ですか? 今度は何が?」
 正太郎は奈々子を一瞥すると、鞄に入れていた写真を取り出して見せる。
 受け取った奈々子はすぐさま顔をしかめた。横から覗き込む朱理は不思議そうな表情だ。
「正太郎って、絵なんて描くの?」
 朱理の問いかけはもっともだと思う。
 正太郎は否定した。
「ボクは絵なんて描かない」
 だが写真の中の正太郎は、自画像を見ている。自画像は完成間際のものらしい。
「美術の課題のことかもしれませんね」
 奈々子が幾分か安堵して言う。いつもの心霊写真ではなくて、安心したからだろう。
 正太郎は微妙に顔を引きつらせ、苦笑してみせた。
「そ、そうだね……」
 美術の課題ならいい……。
 でも。
 写真を再度見直して、正太郎は喉をごくりと鳴らした。
(この写真のボク……なんでこんなに『愉しそう』なんだろう……)

 ファーストフード店をあとにして、正太郎は陰鬱な気持ちでいっぱいだった。
 写真を見ては溜息をつく。
 自分がこんな表情ができるとも思えないのだから、仕方ないだろう。
 びくりとして正太郎は足を止めた。強引に引き寄せられるのを自覚して、周囲を見回す。
「……? 屋敷?」
 いつからあったのだろう。いつのまにできたのだろう。
 嫌な予感がして足を踏ん張るものの、体は言うことをきかなかった。
「いや……だ! たすけ……っ」
 鞄を落としてしまうが、それを拾うこともできずに屋敷の中へと足は進んでしまう。
 背後で重く閉まるドアの音が聞こえた。
超能力心霊部 サード・コレクション



「なんだ?」
 夕飯の支度をしようかと台所に立った諏訪海月は、ぶつん、と音がしたことに不思議そうにする。
 音の出所は海月の首の辺り。
 足もとに今までつけていたチョーカーが落ちた。
 そっと首に手を這わせると、やはりそこにチョーカーはない。落ちているのは間違いなく自分のものだ。
「なんでいきなり切れる……?」
 怪訝そうにしながらチョーカーを拾い上げてまじまじと見遣った。
 元々このチョーカーには力が込められている。そう簡単には切れない代物なのだ。
 チョーカーが切れた時に思い出していたことといえば……。
 ハッとして海月は呟いた。
「あの三人……か?」
 いつもファーストフード店の二階の窓際に陣取っている、高校生の三人組。
 彼らのことをふと思い出していたのだ。
(虫の知らせというべきか……)
 海月はエプロンを手早く外し、急いで館を後にする。
 目指すはあのファーストフード店。三人に何かあったに違いない。
(無事でいればいいが……)



 店まであと少しだ。
 海月は見慣れた道であることを確かめ、進む。
 こういう時は焦って別の道に進んでしまうことがある。それは遠回りになるので避けたい。
(ここを突っ切れば……あとはもう一直線だな)
 そう考えて進む海月は違和感を感じて足を止めた。
 見慣れた道。見慣れた景色。
 だが。
 視線が一点で止まる。
 見慣れない……屋敷。
(こんなの……いつ建ったんだ?)
 自分がこちらの道を通らなかった間に建ったとでもいうのか? そんなバカな。短期間でそれは無理だ。
 海月はそちらへと歩いて行き、目の前に立つ。
 表札のようなものはない。不気味な屋敷は塀に囲まれ、ただ静かに佇んでいる。
 この異様な雰囲気……。
「雰囲気は明らかに怪しいが……」
 急いでいる最中なので無視するところなのだが、そうはいかない。
「正太郎の匂いが……いや、気配がするな」
 きっとチョーカーが切れた原因はココだ。
 海月はそっと正面に回り、入口の門の近くに落ちている学生鞄に気づいて、拾う。
 見覚えのある校章。それに、これは間違いない。
(正太郎の、だな)
 ここに落ちているということは……海月の予感はほぼ当たっている。間違いなく、正太郎はこの屋敷に居るのだ。
「正太郎、助けてやるからな」
 海月は鞄を地面に置いた。なにか小さく呟いて、人差し指を鞄に当てる。
(『目印』になってもらうとするか……。万一、この屋敷から出られなくなったら困るからな)
 用心しておくと、後で困らない。
 海月は立ち上がって正面の扉に進んだ。
 ぞくぞくする寒気に海月は苦笑する。なんというか……『重い』。
(重苦しい空気だな)
 うんざりしてしまうが、仕方ないだろう。
 扉のノブに手をかけるが回しても開かない。
「…………」
 軽く嘆息する。とりあえず蹴破ってみることにした。
 乱暴なのはどうかと思うが、力ずくという方法を試してダメなら次の手を考えるまでだ。
 力を入れてドカッ、と扉を蹴る。刹那、屋敷全体が『たわんだ』。
 するん、と扉を通り抜けたかのように屋敷内に海月は立っている。
 振り向いたそこには扉。通り抜けた感覚はなかったが、扉が破壊されるのを防ぐために海月を中に通したのかもしれない。
 薄暗い部屋の中を見回す。壁にびっしりと肖像画が飾られていた。
 コレだ。
(……やたらと重い空気なのは、コレが原因か……っ)
 怨嗟の念が溜まりに溜まっている。
 正太郎の気配を辿り、海月は奥へと足早に進んだ。
 一番奥の扉は屋敷内で見たどの扉とも違い、凝った模様が描かれている。
 ノブに手をかけて回すと、あっさりと開いた。拍子抜けするものの、用心深く海月は扉を開いて中をうかがう。
 部屋の中にはイスに腰掛けて絵を描く正太郎が居る。
 海月は安堵し、彼に声をかけようとするものの……すぐに異変に気づいた。
 愉しそうにくすくす笑って筆を滑らせている正太郎が、あまりにおかしい。
(あれは……誰だ?)
 正太郎そっくりの姿をした、偽者に違いない。
 だいたいなぜ絵を描いている?
 筆を止めた偽者は薄い笑みを浮かべたまま海月のほうを見遣った。
「お客様だね。どうしたの? 入ってきたら?」
「…………」
 相手の誘いに乗るべきか迷うが、黙ってここに隠れていられるのも限度がある。
 海月は扉を完全に開けて中に入って行った。
 この部屋まで肖像画で埋め尽くされている。不気味すぎた。
(気持ち悪い屋敷だな……本当に)
 こんなところでよく暮らせるものだ。悪趣味な。
「やあ、こんにちは」
 にこっと微笑んだ少年に海月は反応しない。
「挨拶をするのが人間の礼儀ではないのかい?」
「……おまえは誰だ」
「ふふっ。やだなあ。僕はコレクター。そう呼んでおくれよ」
「コレクターだと? なぜ正太郎の姿をしている?」
 海月の問いかけにコレクターはにこにこと微笑したまま描きかけの絵を手で持ち上げ、海月のほうへ見せた。
「どうかな?」
「! 正太郎の、絵……?」
 しかも肖像画だ。まだ描きかけのようだが、ほぼ完成している。
「彼はもう僕のコレクションの一つさ。ふふふ……」
「……なぜ同じ姿をしている?」
「『それ』をコレクションしているからだよ。人間だって好きなものを集めるだろう? ピアスだったり、宝石だったり」
「?」
「好きな時、好きな気分でコレクションを身に付ける。そうだろ?」
「姿を……コレクションしているのか!?」
 コレクターはちっちっ、と人差し指を振ってみせた。
「姿だけじゃない。『人物そのもの』がコレクションなんだよ」
「…………」
 海月の全身を寒気が襲う。
 ということは……。
(この屋敷の絵は全部やつのコレクション…………こんな膨大な数の人間を!?)
 コレクターは正太郎の絵を大事そうに抱きしめる。
「まあ、霊力だけは食事としていただくけどね。それはオマケみたいなもんだし」
「なにがオマケだ……! 人間をコレクションしてるということだろ、要するに」
「あはは! その通りだよ」
 高笑いするコレクターを海月は睨みつけた。
 生きたまま絵に封じ込めていたこいつを許せるわけがない。
 だがどうする?
(問題は正太郎だ。絵に封じられているのはわかった。……元に戻す方法はどうすればいいんだ?)
「……悪いが、おまえが姿を奪ったそいつは俺の知り合いなんだ。返してくれないか」
 交渉してあっさりと返してくれればいいが……。
 彼はふと目を見開き、にたりと笑う。
「う〜ん。考えなくもないよ」
「……本当か?」
「この屋敷に絵を飾る場所がなくなってきてるからね。でも惜しいな。この姿、気に入ってたんだけど」
「それで、どうすれば返してくれる?」
 コレクターは正太郎の絵を海月のほうへ投げた。
 慌てて受け取る海月。
「元に戻す方法は教えてあげない。その絵を持ったまま、無事にこの屋敷を出られたら……」
「無事に屋敷を出たら……元に戻してくれるのか?」
「キミの能力じゃまず無理だろうがね……。ふふっ。やれるものならやってみたまえよ」
 コレクターの姿も、部屋も全て消えてしまう。
 周囲はまるで人間の体内のような、脈打つ肉に変わっていた。
 これがこの屋敷の本当の姿なのだ……!
(出口は……)
 海月は外に置いてきた鞄を思い浮かべ、進んでいく。
 頭上から酸のようなものが垂れてきた。
「くっ……」
 絵を抱えたまま走る海月はとにかく鞄の気配を目指す。
 陰陽術では戦えない。魔を祓うというレベルの話ではないのだ。
 今は自分が魔の体内に居る。
 柔らかい地面を踏みしめて駆ける海月はコレクターの嘲笑が聞こえた気がした。
 どうせ逃げられないと思っているのだろう。だがそうはいかない。
(必ず脱出してみせる……)



 どれくらい走ったかなどわからない。
 疲労している足で走り続ける。
 鞄の気配は近くなっているが、あと少しなのに届かない。
(何かで邪魔をされてる……?)
 それがなんなのかわからない。
 鞄に近づく直前で、また別の場所へ飛ばされるのだ。
(何度も何度も……)
 海月はハッとして手の中の絵を見た。
 これだ。これがあるから出口に辿り着けないのだ。
(あいつ……)
 出られないのを知っていてわざと……。
 腹立たしいが、怒りをぶつける相手はここにはいない。
(だが……もしも無事に脱出できても、正太郎は元の姿に戻るんだろうか……)
 飾られた幾千、幾万という肖像画を思い出す。
 あの嘆きの念の強さを思えば……絶望的かもしれない。
 絵を描きあげることが術の完成と同じことだというならまだ望みはある。
(術はどうやったら霧散する……?)
 そこにヒントがあるのかもしれない。
 もうすぐ鞄の気配だ。
(ここで邪魔されたら……)
 いいや大丈夫。
 からくりはわかった。
 絵が空間を歪める瞬間、海月はそれを『超えた』。
 歪みに入らなければこちらのものだ。
 トン、と足を着地させたそこは屋敷の外。正門のところだった。
 振り向くと屋敷が在る。
「どうやって……どうやって抜け出た……?」
 低い声が屋敷から響いてきた。屋敷そのものの声だ。
「どんな時でも『隙』ってものは……あるんだ」
「なんだと……」
「さあ、正太郎を元に……」
 最後まで言い終わる前に、屋敷が唐突に消えた。
 驚く海月は周囲を見回す。だが屋敷はどこにもない。
(なんで……?)
 理解できない。いきなり消える理由はないと思うのだが。
 そう思っていると、海月の持っていた絵がボンッ、と破裂してしまった。
 慌てて絵から離れ、立ち込める煙を手で払う海月。煙が徐々になくなってくると、そこに座り込んでいる人物が見えてきた。
「……正太郎?」
 そっと尋ねると、地面に体育座りをしていた正太郎がハッと瞬きしてキョロキョロと辺りを見回す。
「大丈夫か?」
 近づいてうかがうと、正太郎はみるみる涙をためて泣き出した。
 よっぽど怖かったのだろう。海月の足にしがみついて激しく泣いている正太郎を見下ろして、海月は苦笑する。
(まあでも……無事で良かった)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3604/諏訪・海月(すわ・かげつ)/男/20/ハッカー&万屋、トランスのメンバー】

NPC
【高見沢・朱理(たかみざわ・あかり)/女/16/高校生】
【一ノ瀬・奈々子(いちのせ・ななこ)/女/16/高校生】
【薬師寺・正太郎(やくしじ・しょうたろう)/男/16/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、諏訪様。ライターのともやいずみです。
 正太郎がメインとなる救出のお話でしたが、いかがでしたでしょうか?

 今回はありがとうございました! 楽しんで読んでいただけたら嬉しいです!