■火竜王の神殿〜後編〜■
神城仁希
【2787】【ワグネル】【冒険者】
「よし……ここは連中の言葉に乗ってみるしかなさそうだな。目標地点は大広
間。そこを目指して突破を図る。そこに行けば、真実が分かるのだろう」
 そして彼は、ワグネルに大広間までの簡単な地図を書いてもらった。
「闘技場から入り口付近までは当然として……。あとはここか」
「そうだな。それに、ここも待ち伏せしやすい場所と言えるだろうな」
 もう一度内部構造を確認した上で、一行は襲撃用ポイントを三ヵ所と睨んだ。
 入り口付近と、そこから本殿へ通じる長い通路。そして、扉が繋がっているド
ーム部分である。
 ある程度、退路を確保しながら先に進む事が要求されそうであった。
「なぁ、ジェイク……」
「どうした?」
「レベッカは、どうして奴らにさらわれたんだ……? 今、この時にも彼女の身
に危険が……」
「レッド!」
 エランが首を振って彼を止めた。そして、彼を励ますように言う。
「多分……古き血筋というあたりがポイントでしょうね。天界人騒乱の際にも、
王家の血筋が狙われた事があったし。カオス絡みであれば、十分考えられるわ。
だとすれば、時間的な余裕はあるはずよ。すぐには……」
 ゆっくりと目を閉じる。そして、決心を固めたように目を開けて言った。
「殺さないと思う」
「俺も、概ね今の意見には賛成だ。時間的余裕がどの程度まであるかは判らな
いが、助け出すチャンスは必ずある」
 ジェイクは窓へと近づいていき、振り向いて言った。
「ジルが回復しだい、もう一度突入をかける。そのつもりでスタンバイしていて
くれ」
 そして、再び窓の外の景色に目を向けた。
 その視線の先、神殿の上空には、暗雲が立ち込めようとしていた。



『火竜王の神殿〜後編〜』

●前夜〜シティ郊外〜
「ほぅ……なるほどな。ここならそう簡単には気づかれないか」 
「ああ。あそこの……見えるか? 石のあたりから中に入ると気づかれるようだ」
 木々の間に身を潜めるようにして、洞窟の入り口を監視しているのは、孫太行とグ
ランディッツ・ソートであった。
 この辺りの森は奇妙な仕組みになっているのか、迷いやすくなっている。
 一度来た者であっても、再度来るのは難しかった。しかし、グランは生粋のグライ
ダー乗りである。方向感覚と案内には自信があった。
 二人は一旦、その場を離れ、後続と合流するべく戻る事にした。
「さて、それじゃあとの事は任せたぜ」
「分かったよ。だが、グランは本当に参加しないのか?」
 太行の問いかけに、彼は軽く肩を竦めた。
「仲間が一足先に、火竜王の神殿に向かってるからな。あとを追わなきゃ。レッドの
奴もついてる事だし、滅多な事はないと思うが……」
 後続の部隊まで戻ってくると、グランはグライダーを最小出力で起動させた。この
程度であれば、周囲の動物達さえ気づいてはいない。
 太行は、後続の部隊を率いていた陳将已と細かい打ち合わせに入ったようだ。
 カグラ冒険者ギルドにはギルドナイトという組織が存在しない。したがって、あく
までも太行らが選抜した冒険者の集団に過ぎない。
 それでも腕が立ち、口の堅い連中を集めているのは間違いない様で、統率はそれな
りに取れているようであった。
「それじゃ、作戦の成功を祈ってるぜ」
「ああ、そっちも気をつけてな。ジェイクの奴にもよろしく言っといてくれ」
 別れの挨拶を残し、グライダーはゆっくりと空へと舞い上がった。十分な距離まで
来たところで、速度を上げていく。
 洞窟にいるモノ達に気づかれないようにと注意したつもりだが、彼が意識したより
も、その速度は急速に上がっていった。
(……どうにも嫌な予感が消えないな。急ぐとするか……)
 仲間達は彼の為に道標を残していってくれているはずだ。
 グランは強くアクセルを回し、グライダーは猛々しく蒼穹を駆け抜けていった。


●廃墟の片隅にて
「レベッカがさらわれたってどういう事だよ! お前がいて何で護ってやれなかった
んだよ!」
 グランがレドリック・イーグレットの胸倉を掴み、乱暴に問いただす。二人にはそ
れなりの身長差があるのだが、発する怒気がそれを感じさせなかった。
「落ち着けよ、グラン。撤退を指示したのはジェイクだし、あの場面ではそうしなけ
りゃあ全滅してたと思うぜ?」 
 カイ・ザーシェンが二人の間に割って入る。普段ならば年長のカイが止めに入れば
引き下がるところだが、今の彼には逆効果だった。 
「ジェイクもジェイクだぜ! どうして撤退なんか指示した! 俺がその場にいれば
……っ!」
 今度はジェイクに食って掛かろうとしたグランであったが、その勢いは弱々しくな
って消えた。火竜王の神殿に行く事は知っていたが、自分の都合を優先した。肝心な
時にいなかったのは自分自身のせいである。
 抱えきれない後悔の念を飲み込んで、グランはボロボロの柱に八つ当たりした。
「……それ以上責めてやんなよ。撤退の原因はあたしにもあるからね。肩身が狭い」
「ジル!」
 隣の部屋に寝かされていたジル・ハウが部屋に入ってきた。グリム・クローネが支
えるように隣にいるものの、その足取りはしっかりとしている。
「……行けるか?」
「手間とらせたな。らしかねぇとは思うんだが、根っこにあるものはなかなか直らね
ぇもんだ」
 ワグネルの持ってきたエリクサーは劇的に効いたらしい。ジルに言わせると、体調
は常よりもいいくらいに回復したようだ。
 と、そこへエトワール・ランダーが鍋を抱えて姿を見せた。息子のシディアス・ラ
ンダーもそのお手伝いである。
「さ、薬膳スープを作ったわ。飲みながら、今後の事を話し合いましょう。グランも
それでいいわね?」
「母様の料理おいしいでつよ!」
 絶妙のタイミングで現れた女性陣のおかげで、その場の雰囲気もなんとなく落ち着
いたようだ。もっとも、グランにしてみれば『何故こんなところに子供が?』という
思いにかられたのだが。
 エランの作ったスープは疲れを癒し、精神を落ち着かせる効果があるのだという。
一行はそれを平らげた後に、神殿への再突入について話し合いを始めた。


「まず〜、最優先事項はレベッカ様の救出ですわね〜。その上で、余裕があれば火竜
王の乱心について真実を聞き出すことでしょうか」 
 ファルアビルドの口調は常のそれと変わらなかったが、彼女も彼女なりにレベッカ
の身を案じているようだ。彼女が依頼主である事に変わりはないが、もはや事態はそ
れだけに留まらなくなってきている。   
「火竜王様に会えれば、私に直接尋ねさせてください。その際は、この身体を通して
語っていただく覚悟も出来ています!」 
 フレミア・ダルケニスはあくまでも火竜王の無実を信じているようだ。その姿勢は
一貫して変わらない。
「さて、どうかな。あるいはジルが相手をした侍あたりから上手く聞き出せるかもし
れん。その時はレベッカ救出後、即時撤退もありうるぞ」
 慎重論を唱えるのはあくまでもジェイクの仕事である。
 常であれば、楽観ないし強行論を申し立てるのがジルだったりするのだが、今回は
いたって大人しかった。
「ふむ。そうなると、じゃ。展開としては入り口を突破した後、通路を進む。ここで
何名かが後続を断つ為に残り、他のメンバーはドームに向かって進行ということにな
るかの。誰がしんがりを守る?」
「その役目は私が担当しましょう。シアンは入り口付近で『ローレル』と共に待機。
いいわね?」
「あい!」
 時間に余裕がないことは、皆理解している。
 アレックス・サザランドの言葉を受けたエランは即座にしんがりを志願した。これ
は入り口付近にまたカオスの魔物たちがいる事を想定しての事である。また、36騎
士の武具を受け継ぐ者としての自負もあった。
 シアンも今回は駄々をこねる事無く、素直に指示に従った。
「そうだな……他に誰が残るかは状況次第といったところか。ワグネルには道案内を
かねて先に行ってもらう形になるが、いいか?」
「分かった。ただ、戦力には数えないでくれよ? 身を守るくらいで精一杯だと思う
からな。あと、エリクサーも一本残ってる。覚えておいてくれ」
 ワグネルは自分のポジションというものを心得ているようだった。
 アミュートを纏っている者達に比べれば劣るとはいえ、彼とて歴戦の冒険者である。
腕にもそれなりの自信はあった。だが、あえて裏方に徹する事でパーティの力になっ
ているのである。
「よっし。話もまとまった様だな。そんじゃ……っと、その前に」
 手を打ち鳴らしたジェシカ・フォンランがふとグランの方を振り返った。
「レベッカを助けたいんなら、もっと冷静に事をつめろ。周りが見えなくなってる奴
に来られても迷惑だ」
 厳しい表情で言った後、ジェスは破顔一笑して付け加える。
「前科持ちの俺が言うんだ、間違いない」
「ふっ、ちげぇねぇ」
「説得力ある〜♪」
 ジルとグリムに茶化されて、その場に笑いの波が伝わっていった。
 どんなに辛い状況でも、この仲間達とならば切り抜けられる。
 生死を共にした者達だけが持ちえる、固い絆で一行は結ばれていたのであった。


●神殿、突入
「出てきやがったなぁっ……!」
 闘技場の上空をパスしながら、グランは眼下に広がる光景を眺めていた。
 シアンが乗る『ローレル』を先頭にして、仲間達が突っ込もうとしている。それに
呼応するかのように、闘技場内部には魔物達の姿が現れ始めていた。 
「……やはりそうか」
 グランは自分の手にする魔法剣が強く光を放っている事に気がついていた。彼の剣
もまた、ロード・ガイの36騎士縁の一品である。
 カオスの魔物と対峙する時、それらの武器は真価を発揮すると言われている。この
状況下では、それが心強かった。
「いくぜ、相棒!」
 獲物に襲いかかる猛禽類の様に、グライダーは舞い降りていった。
 神殿上空までひとっ飛びと行きたいところだが、一人で出来る事など限られている。
それにワグネルから事前に結界が生きているようだと釘を刺されてもいた。不用意に
上空からの進入は出来ないらしい。
「でやぁぁぁぁっ!」
 高速で機体を滑らせながら、円舞曲の様にグライダーを躍らせていく。
 けして、一所に止まる事無く、グランはスライシングエアを放ちながら敵陣を乱し
ていった。
「いくでつよ、『ローレル』!」
 シャイニングランサーを構えたドラグーンは、一気に闘技場を駆け抜けた。前回の
ような大型の魔物はいないようだ。ならば、『ローレル』のチャージングを止められ
るものなどいるはずがない。
 とはいえ、一気に駆け抜けた後の立ち上がりにもたつくのも修行不足の現れである。
 ヒット&アウェイで縦横無尽に駆け回るとこまで機体が追従してくれないのだ。こ
れはシアン自身の経験の無さ故である。
 『ローレル』が切り開いた道を仲間達が走り抜けていく間、シアンとグランはその
場の魔物たちを一手に引き受けていた。
 グランはスピードで攪乱し、シアンはドラグーンに備わっているバリアであるエレ
メンタルフィールドで攻撃を防ぎ続けた。本来であればバリアと呼べる出力には達し
ていないのだが、敵の多くが黒きシフールであるため、飛び道具が火属性である事も
味方していた。
「『ローレル』……まだまだ未熟な僕でつが、力を貸してくれまつか?」
 その問いかけに答えるかのように、水のスモールドラグーンは力を発揮し続けた。
 カオスの力を狩る為に存在するもの。それがドラグーンなのである。
 闘技場の観覧席にいる敵に向かって、シールド裏に備え付けられた短剣を投げつけ
る。短剣といっても並みのブロードソード程はある代物だ。それが次々と観覧席にめ
り込んでいく様は迫力があった。
「よし。坊主! 留守番は頼む! 姉様……行って来るぜ」
 ジルはゼラに軽く小剣を振った。
 いかにドラグーンに乗っているとはいえ、子供一人戦場に置き去りにしておけぬと、
ゼラが残る事にしたのである。
 もっともそれは、自分がついて行くとジルに甘えが生じてしまうと、そう考えた為
でもあったのだが。
(お行きなさい……ジル。自分の過去は自分で乗り越えるしかないのだから。一人で
は無理だとしても、貴女には心を許せる仲間がいるのでしょう?)
 愛弟子の背中を見送った後、彼女は『ローレル』の元へと近づいていった。


●吹き抜ける烈風
「こっちだ!」
 ワグネルの誘導で、一行は神殿の内部を駆け抜けていった。
 事前に起こしていた内部の地図は殆ど狂いが無く、初めて来たとは思えないスピー
ドで突破していける。
「いかん! 待ち伏せじゃ! 上の柱に……8体おる!」
 事前にかけていたブレスセンサーのおかげで、不意打ちに関する心配も最低限に抑
えられる。魔物については、36騎士の武具で感知できる事もあって、神殿内部の進
行はスピーディであった。
「助かるぜ!」
 先頭をいくワグネルの手からスライシングエアが閃き、右側の柱の影にいた2体を
葬り去る。だが、廊下に降り立った6体の魔物は獅子に似た頭部を持つ、近接主体の
タイプのようだった。数度斬りあった後、ワグネルは後方に飛び退いた。
「任せるわ。そこそこ出来るぜ」
「OK! ……どけぇっ!!」
 レッドとグランが交代で前衛に入る。
 果敢に突っ込むグランと、その動きを把握した上で敵を葬っていくレッド。二人の
コンビネーションは絶妙で、敵に付け入る隙を与えない。
 また、一太刀ごとにグランの魔法剣は力を増していくようにも感じられていた。
 その一撃で片腕を落とされた魔物の一体が、よろよろと後ずさっていく。その歩き
方に違和感を感じ取ったワグネルが叫んだ。
「まずい、あいつを止めろ!」
 その手からスライシングエアが放たれるよりも早く、オーラショットが一閃し、魔
物の背中を直撃した。それはエランのものであったが、彼女の神速をもってしても、
僅かに間に合わなかった。
カチリ
 床の一枚を踏む事で、前方の通路に巨大な炎の壁が出現した。それは魔物の死体を
瞬く間に消し炭に変えて、通路いっぱいに広がった。
「こいつはやっかいだな……解除出来ないのか? ワグネル?」
「元々、対侵入者用の仕掛けみたいだな。向こう側にレバーかなんかあると見た。こ
ちらからでは無理っぽいな」
 今から入り口まで戻って迂回するには時間がかかりすぎるし、入り口から入ってき
たらしい後続の魔物とも鉢合わせする事になる。
「くそっ、どうすりゃいいんだ」
 焦るグランとレッド。
「道は俺が作ってやる……駆け抜けろ!!」
 振り返ると、アミュートを進化状態にしたジェスが、高々とエクセラを掲げていた。
精神を集中し、己の身の纏う風を高ぶらせ、剣の周囲に展開しようと意識する。
 彼女の纏っているのはシルバーアミュート。素材でいえばレッドのそれと変わらな
い。にも関わらず、彼女には真の意味でエレメンタルブレードが扱えた事はなかった。
だが、今こそ親友でもあるレベッカの為に力を振るいたかった。
「くぅっ……!」
 荒れ狂う暴風が彼女を、エクセラを中心に巻き起こる。
「いくぜ……精霊剣技! ストーム・ブレー……!?」
 今まさに振り下ろそうとする瞬間、彼女の支配する風の精霊力が限界値を僅かに超
えた。
 腕の自由を奪われ、荒れ狂う風たちが意思とは無関係に放出されていく。
 懸命に力の矛先を炎の壁に向けようとするジェス。しかし、それさえも暴風に翻弄
されてままならなかった。
(まずい、このままじゃ……!)
 その時だった。
「落ち着け。腕の力で剣先を振るうんじゃない。精霊たちの声を聞き、その流れを剣
の彼方に誘導する感覚だ!」
 ジェスの体を後ろから抱きかかえるようにして、ジェイクがしっかりと彼女の腕を
ホールドしてくれていた。彼の体温が、アミュートごしでさえ感じ取れるようで、ジ
ェスの気持ちを落ち着かせた。
「訓練の通りでいい。気負うな」
「はい!」
 ジェイクの呼吸に合わせるようにして、ジェスはもう一度風の精霊力の制御に入っ
た。暴走した風は真空刃となってジェイクの体を切り裂いている。失敗するわけには
いかなかった。
「精霊剣技……! ストーム・ブレーードーーーッ!!」
 一陣の烈風が通路を吹き抜けた。
 通路を埋め尽くしていた巨大な炎の塊を切り裂き、その中に向こう側への道を切り
開く。
「今だ! 走れ!!」
 ジェイクの言葉に、弾かれるように一行が走り出した。そして、レッドが横を駆け
抜けようとした時、エランは彼の肩を叩いて言った。
「好きな女性の前で思いっきり格好つけて来なさい!」
「!」
 その言葉に押し出されるようにして、レッドは走り続けた。
 後ろは振り向かなかった。足音を聞かずとも、エランがついて来ていない事くらい
は察しがつく。
 彼が走り抜けた瞬間、通路を形作っていた烈風がその力を弱め、道を閉じようとし
ていた。恐らく、ジェスはジェイクやエランと共に、あの場所で後続を迎え撃つつも
りなのだろう。
 そして、彼が壁を抜けてまもなく、道は消えたのであった。
「あいつら……背水の陣のつもりかよ」
 カイの小さな呟きに、答える者は無く。
 ただ、ワグネルだけがそこに残る事を告げた。
「この先はドームと大広間だけのはずだ。中心部に近いから、こんな大掛かりな仕掛
けもないだろう。俺はここで罠の解除装置を探す。後続を断っても、合流できないん
じゃあいつらが可哀想だからな」
 その言葉に頷き、一行はさらに奥を目指して駆け出していった。


●炎の獣と月の涙
 大広間に通じる部分はどうやらワグネルの書いた地図とは微妙に異なるようであっ
た。
 地竜王の神殿にあったドーム状の部分、天井絵が描かれていたところが隠し扉にな
っておらず、そのまま開放されていたのである。
「ジル……!」
「ああ、分かってるよ。ここからでもビンビン感じ取れるからな」
 そう言って彼女は軽く舌なめずりをした。
「あいつの殺気がね」
 そしてジルは、自分を残して先に進むように告げた。やばくなった時、また暴走し
ないという保証が無い。それだけの相手であった。
 だが、彼女の手をぎゅっと握り締め、グリムは笑った。
「全力で戦って。もし、それで暴走したとしても、今度こそあたしが止めるから……
どんな事をしてでも」
「ま、そういう事らしいんで。お前ら皆先に行けと。アレックス、悪いけどこいつら
の面倒見てやってくれ。レミ、ファラの事頼むぜ」
 カイもまた、飄々と二人の肩を叩いた。
 レッドとグランに声をかけなかったのは、言わずもがなという事なのだろう。
「おい、いいのかよカイ。グリの身の危険を考えたら止めるべきじゃないのかい?」
 それでも、何故か嬉しそうにジルは言った。
 その言葉に、カイは肩を竦めて答えたものであった。
「グリムのそういうところが好きなんでね」
 優雅な手つきでサーベルを抜きつつ、彼はレッドとグランに視線を向けた。
「……どっちが危険かなんか分かりゃしないさ。けど、グリムは俺が守る。だから、
お前らはレベッカを守れ」
 蒼いアミュートが差し込んでくる篝火を照り返して光った。 
 二人は前に、カイがレジスタンスの頃にアミュートを身につけていなかった理由を
聞いたことがあった。そして、彼がグリムを追ってこの街に来た時、アミュートを持
ってきた事に驚き、再度理由を聞いたものだ。 
 その時の答えは、今と同じだった。
 愛する女性を守るために、一度は捨てたアミュートを身に纏う決意をした男を、二
人は純粋に尊敬したものだった。
「分かった。頼むぜ」
「ああ」
 そして彼らは走り始めた。


「かっかっか! 来たか。待ってたぜぇ〜〜!」
 血の色に染め上げられた鎧を着た武者がそこに立っていた。目の無い顔でまっすぐ
にジルを睨みつけ、十文字槍を掲げる。
「他の連中はてめえらで相手しろ。こっちの邪魔はすんな」
 黒きシフールを従えた魔物に声をかけ、侍は真っ先にジルに向けて踏み込んできた。
 グリムとカイもそれを迂回しながら他の連中を奥に進ませるべく、魔物と対峙して
いく。
「舞え! アイスチャクラム!」
 カイのアミュートの周囲に、4つの氷のリングの様な物が発生した。
 グリムの背中をカバーしながら、カイは自在にそれらを操って周囲の魔物を翻弄し
ていった。
 一撃の威力はさほどでもないが、今回の様に多数の敵を相手にするには有効な能力
であった。
(大したもんだ……!)
 横を駆け抜けるレッドが内心で唸る。
 高速で動く4つのチャクラムを操作しながら、自らもサーベルを振るい、グリムの
カバーに務める。
 高い空間認識力を持つレッドだからこそ、その凄さがよく理解できるのであった。
 少なくとも、グリムの動きを完全に把握していなければ、ああは使えない。まして
や、彼女に飛来する黒き炎を、チャクラムでガードしたりもしているのだ。
 無論、炎を受けた物は粉々に砕け散ったが、次の瞬間には新しい物を生み出してフ
ォローしている。
 実に器用な男であった。
 そのグリムは、サポートを受けながら次々と人型の魔物と切り結んでいた。
 彼女は元々は一介の踊り子にすぎず、戦士という訳でもない。だが、そのしなやか
な腕から繰り出されるシミターの一撃は、魔物の剣を掻い潜り、軽々と傷つけていっ
た。さすがに一撃の威力には欠けるものの、見事な腕前といって良かった。
 カイと二人、お互いのポジションを交換しながら戦う様は舞踏会を思わせるところ
がある。
 グリムの使う攻撃魔法、ムーンアローもまた、対象を定めれば曲線を描いて飛ばす
事など造作も無い。周囲を舞うチャクラムと合わせて、魔物たちを一方的に翻弄して
いくのであった。 
 そうして彼女は、ジルが一対一で戦えるように尽力し続けていた。


「前回の借りはきっちり返させてもらうよ。借りっぱなしじゃ商売上がったりなんで
ね!」 
 ジルの闘気に呼応するかのように、真紅のアミュートが姿を変えていく。
 既製品の様に特徴の無かったシルエットから、左右非対称のそれへと変化していく
様を、侍は面白そうに眺めていた。
「面白れぇ変化してくれるじゃねぇえか。どんな人生歩んできたんだか興味がわくけ
どなぁ……ここで死ねやぁ!」
「死ぬのはあんただよっ!」 
 アミュートの変化に伴って、ジルは自分の思考が狭まっていくのを感じ取っていた。
 ただ、相手の殺気に反応し、それを避ける。
 ただ、相手の隙に乗じて、剣を振るう。
 気絶する瞬間に視界がブラックアウトするかのように、ジルはただ剣を振り続けて
いく。そうすることで、アミュートはさらに力を貸してくれるような気がした。
(駄目だ……魔物相手ならともかく、こいつ相手じゃあ、小剣では足りねぇ……っ!)
 陽炎の小剣をコアとして、ジルから引き出された力がそれに纏わりついていく。
 歪な形に纏まったそれは、彼女が昔から使っていた蛮刀のイメージに重なった。
 燃え滾る血のままに、灼熱の炎を宿して。
「ガァァァァッ!!」
「ぐぅっ……こ、こいつぁ!?」
 しなやかに、猛獣のごとき力強さを備えてジルが猛る。
 瞬間ではあるが、侍の動きをも凌駕して、灼熱の蛮刀がその鎧を削っていく。だが
それは、彼女自身の肉体にもダメージを与え続けていた。
 十文字槍で手傷を受けながら懐に入り、竜巻の様に蛮刀を振るい続ける。
 常人のそれを遥かに上回るスピードとパワーの引き換えとして、限界を超える肉体
はどんどん傷ついていった。
「はーーっはっはぁ! こいつは最高だ! 脳がはちきれそうだぜぇ!」
 侍もまた、狂気の雄たけびをあげ、狂想曲を奏でていく。
 周囲に近づいた魔物達を血祭りにあげながら、どこまでも戦いはヒートアップして
いくかのようであった。
 だが。
「まずいな……」
「え?」
「あの侍と、ジルは殆ど五分で斬りあってる。それは大したもんだが、このままでは
先に力尽きるのはジルだろう」
 カイの指摘通り、ジルの体は限界に近づこうとしていた。人の領域を超えて動き続
けるダメージに加え、侍とほとんどノーガードの斬り合いを続けているのだ。
 それでもなお、彼女の思考は戦いの継続のみを選んでいた。そこにはもはや、生命
の維持を考える余地など無い。不思議な事に、そうなるほどにアミュートがもたらす
力は増えていくのであった。
 そしてついに、全身の血管が切れ始めた。
 全身を真紅に染め上げた獣は、それでも右手の蛮刀を肩口に叩きつけ、もう一本を
打ち合わせるように全力を振り絞った。 
「ぐわぁっ!」
 侍の左手が飛び、相手は大きく飛び下がった。
 だが、ジルはもはや目の前の敵すら見えずに、ただ、蛮刀を振りまわすだけとなっ
ていた。
「駄目!」
 血の暴風が収まったドームの中で、グリムが声をあげた。
 今度こそ止めると約束したのだ。
 彼女は月の精霊に祈りを捧げ、『テレパシー』でジルに語りかけた。
「(ジル……ジル! お願い、あたしの声を聞いて!)」
 しかし、『テレパシー』さえも届かぬ心の奥底に、ジルの心は囚われている様であ
った。
(どうしよう……このままじゃジルを止められないよ。もっと奥深くへ声を届けない
と。でも、どうやって……?)
『大丈夫よ』
(……!)
 懐かしい声を聞いたような気がした。
 次の瞬間、グリムの意識は飛んでいた。
 深く、暗い、血と暴力が吹きすさぶ地へ。それはジルの心の中だったのか。
 そこでは子供のジルが現実と同じ様に蛮刀を振り続けていた。
 涙を流しながら、ただ何かに贖罪をするかのように。
『まだ足りないんだ!』
 そう叫ぶごとに、黒い力が彼女を奥深くへと沈み込ませていく様であった。
『もういい……もういいのよ……ジル……!』
 グリムは後ろからそっと彼女を抱きしめてやった。
『もう……いいの?』 
『ええ……だから、帰りましょう? 皆のところへ……!』
 黒き淵から、二人の意識は急速に浮上を始めていった。
 皆が待つ、明るい場所へと。


「気がついたか……?」
「え、あれ……? ここは……神殿の中?」
 気がつくと、グリムはカイに抱き抱えられていたようだ。
「急に倒れたんだ……糸が切れた操り人形みたいにな。しばらくしてジルも止まった」
「そう、ジル……ジルは!?」
 跳ね起きて、周囲を見渡す。気づかなかったが、知らぬ間にジェイク達も合流して
いたようだ。ジェイクとエランが血だらけのジルに回復魔法をかけようとしていると
ころだった。
「あいつも無事だよ。侍の方もぴたりと止まったし……よくやったな、グリム」
 優しく頭を撫でるカイに甘えるように寄り添いながら、彼女は先程の声が誰の物だ
ったのか、唐突に思い出していた。
「ううん。あたしだけの力じゃない……また、助けられちゃったな」
「あん?」
 彼の胸に顔を埋めながら、グリムは心の中で感謝を告げた。
(ありがとう……ジュディス)
 涙が一筋、頬を伝い、蒼いアミュートに弾けて消えた。


●合流
「そうか……アミュートの力としては異例だな。暴走がきっかけというのは間違いな
さそうだが」
 オーラリカバーをかけ終えたジェイクがやって来て、グリムの話を聞き終えるとそ
う言った。
「力を必要とするほどに、暴走の危険性も高まるわけだ。もし、あのアミュートを使
い続けるなら、どこまでもそのバランスに追われることになるだろうが……使いこな
せれば強力ではあるな」
「……封印した方がいいのかな?」
「決めるのは本人だ。まぁ、初期化することで対処できるかもしれんしな」
 そう言って彼は立ち上がった。
 後続を断ち切ったところで、ワグネルが罠を解除してくれたらしい。
 グリムとジルを守りながら戦い続けるカイの元に着いてからも、結構あったらしい。
 ジェスもエランも疲労の色が濃かった。ジルも意識が回復して、グリムに礼を述べ
たものの、完調ではないらしい。そんな中で、ジェイクだけがいつも通りであった。
 この、長時間の戦闘でまったく動きが衰えないというところが、ジェイクの戦士と
しての美点でもあった。
 その彼は今、侍の前に立っていた。
「さて、何故火竜王が裏切ったのかなど、聞きたいことはいろいろあるが……仲間が
心配だから後を追わせてもらう。その後で、聞かせてもらえるか」
 侍は身じろぎもせず、こう言った。
「あの女の底力に免じて、質問には答えよう。だが、全ては大広間の巨大樹を切り倒
した後だ。早く行くがいい」
「巨大樹を……?」
 ジェイクは首を捻ったが、それ以上は問いたださなかった。
 ただ、仲間達にその事を告げ、奥の大広間に向かって走り出したのであった。


●捕らわれの姫君
 その樹木は、そびえ立つという表現がまさに正しかった。
 禍々しくも歪んだ幹の上端に、意識を失ったレベッカが半ば身を埋めるかのように
捕らわれていた。
 その巨大樹の前では、二つの影が会話をしていた。
「どうだ……洗脳の調子は?」
「思わしくないわね……。さすがはあの男の娘といったところかしら? 記憶のフィ
ードバックは進めているのだけれど、定着の時点で執拗に拒まれている。並の人間で
あれば、巫女として操れるとこまで行ってておかしくはないというのに……。『月』
であれば、もう少し上手く出来たのかもしれないが」
「そうか……『闇をまとうもの』の計画は最終段階に入ろうとしている。火竜王への
駄目押しとしては間に合わぬかもしれぬな」 
 その時、大広間に通じる通路の彼方から、爆音が近づきつつある事に彼らも気がつ
いていた。
「英雄の血筋は、あくまでも邪魔をするかよ……」
「そのようね。ここまで来るということは、この娘の仲間達もかなりの力を持つので
しょう。誤算でしたね……。アトランティスから放浪中と聞いたので、そこまでの障
害にはならないと思ったのですがね」
 女性の方が、軽く肩をすくめる。
「まぁ、『闇をまとうもの』に伝えておいてください。そちらの計画は予定通りに遂
行して欲しいと。プラント完成までは問題ないでしょうから。門の開放には障害とな
るかもしれませんがね」
「承知した……」
 微かな鈴の音を残して、男の姿は闇へと消えた。
「さて、出迎えの準備をしましょうかね」
 そして白い影は、ゆっくりと入り口の方へと歩いていった。


「どけぇっ!」
 グランが三つめのフェイントから斬り返し、魔物の右手を寸断する。
 既に大広間は目前に迫っていた。
 後方に、僅かに遅れてレッド。そしてファラを守るようにレミとアレックスが突破
してきていた。
「ここまでの連戦は……バジュナ以来じゃのぅ」
 アレックスが大きく息をつく。既に魔法の残数は最後の一回を残すのみ。バーニン
グソードをかけたハルバードを手にここまでやってきたものの、魔物の返り血で全身
は汚れていた。
「それにしてもグランは元気じゃな」
「ああ。何だか、この剣が力を分けてくれてる様な……そんな感じだよ」
 さしものレッドでさえも、肩で息をし始めている中で、グランのタフネスさは常人
の域を越えているとさえ感じられた。
 そのグランは、ファラが魔法で作り出した『竜の盾』を手に、先頭を切って走り続
けていた。どちらかといえば二刀流のイメージが強い彼だが、アミュートの防御力と
合わさって、魔法の盾はグランの身を幾度も護り続けてきた。 
 そして彼らは、ついに大広間まで辿り着いた。
 そびえ立つ巨大樹を背にして、一人の女性が立っていた。白い服。そして、全ての
物を惑わすような、邪な微笑み。
 女性として、直感的にレミは気がついた。
 こいつがカオスの魔物であると。
「貴女……人間じゃないわね! 火竜王を惑わしたのも貴女なの? 答えなさい!」
「さて……惑わしたのはどうかな……? 心に隙を持つものは皆、カオスの声を聞く
もの。そこに我々は存在する。私でなくとも、別の『滴る毒』がね」
 こいつが元凶だ。
 レッドもグランも、そしてアレックスも。心の中で姿勢を整える。
 だが、男どもよりも早く、火竜王を信じる少女は愛剣を振り上げた。
「ならば、貴女を討って、王の目を覚まさせてみせます!」
 ここまで、周囲の重力制御を主としてきた彼女が、初めて鎧から剣へとハウルを切
り替えた。羽根が生えたような軽捷さで、一足飛びに階段の上に立つ魔物へと斬りか
かる。
「いいですわ……。『滴る毒』が一人、『火』が貴方達のお相手を務めましょう!」
 瞬時に、魔物の姿が変貌する。
 全身に紅蓮の炎を纏った巨大な蛇。それが魔物の正体の様であった。
 重力で加速したハウルの一撃は、その鱗を捉えて切り裂いた。だが、その体液は灼
熱のマグマと化して、切りかかったレミに襲い掛かる。
「気をつけてください! こいつ厄介ですよ!」
 空中でとんぼをきるようにして、レミが着地する。彼女自身が火のエレメンタリス
であるし、ましてや身に纏っているのは爆炎剣・イグニスを鎧化したものである。生
半可な熱ではダメージを受けないはずであったが、それでも痛みに顔をしかめている
姿があった。
「ちいっ!」
 グランが自らを陽動として、盾でガードしながらその巨体に幾度も切りかかる。し
かし、魔物を滅するこの剣をもってしても、大半が鱗によって弾き返されていた。
 周囲を取り囲もうとする一行に対し、『滴る毒』はその強靭な尻尾を振り回し、彼
らを何度となく壁に叩きつけた。
 また、炎の舌から生み出される矢が、離れたところでファラを護るアレックスにも
容赦なく浴びせかけられる。
「ぐぬぅ……厄介な相手じゃな」
 唸るアレックスに、後ろのファラが訝しげに声をかけた。
「アレックス様、様子がおかしいですわ〜」
「どういうことじゃ?」
「今、『竜の眼』と呼ばれる魔法で観察してみたのですが、あの魔物には殆どダメー
ジがいっておりませんの。いえ、というよりも強い力で回復をしているような感じで
すわ〜」
 確かに、レッドのオーラショットなども効いてはいるようだが、その動きを止める
までには至っていない。逆に長期戦になるほど、疲労を残しているこちらが不利にな
っていく様であった。
「くっ……レベッカを助けるまでは……こんなところで止まれるかよぉぉぉっ!!」
 咆哮と共に、レッドのエクセラが大蛇の鱗を切り裂いていった。その一撃は確かに
傷を残しているのだが、全身を包む炎の中で、その傷跡すらつかめなくなっていく。
「確かに妙じゃな。あやつだけなら、強敵とはいえ、倒せない相手とは思えん……。
待てよ。力……炎……そうか!」
 アレックスの目が戦場を越え、奥にそびえ立つ巨大樹に向けられる。その視線の先
に、捕らえられた姫君が映るまでは、さほどの時間はかからなかった。
「レッド! 先にレベッカを救うのじゃ。樹木の上端に捉えられておる!」
「!」
 その声を聞いたレッドが、『滴る毒』を迂回して一気に駆け抜けようとする。
「やらせないよ!」
 大蛇の口、その牙から毒液が広範囲に吹きつけられる。
 だが、レッドはそれをオーラマックスで回避し、朱雀翔を発動させた。
 火の鳥が高速で樹木を駆け上がる。
 茨のような物で捕らえられたレベッカの元まで辿り着くと絶妙のコントロールでそ
の戒めを切り裂いた。
「レベッカ!!」
「レベッカーーーッ!!」
 グランとレッド、二人の声が大広間に響き渡る。
 戒めから解き放たれた彼女は、その樹木から落下する最中、高らかに叫んだ。
「吹き抜けろ風よ! その力、我と共にあり!」
 エメラルドグリーンの閃光を発し、彼女の体がアミュートに包まれる。
 瞬時に『風の翼』を展開し、巨大樹を越え、暗き空へと駆け上がろうとする。
「レッド、ヴォルカニックで樹を横薙ぎに!」
「分かった!」
 空中で束の間、火の鳥とすれ違い、さらに高みへ。
 意図に気がついた『滴る毒』が巨大樹へと近寄ろうとするのを、レミが渾身の力を
込めた高重力で足止めし、グランも返り血を浴びながら、魔法剣を胴体に深々と突き
立てた。
「アレックス……雷を!」
「承知した! ダイアモンドよ……アマゾナイトよ……天空よりの剣を、今ここに!
 ヘブンリィ……!」
 呪文の詠唱が聞こえるかのように、レベッカはエクセラを展開し、高々と天空へと
かざした。
「……ライトニング!!」
 空に立ち込めてた雨雲から、一条の光が舞い降りる。その一閃のタイミングを、レ
ベッカは見逃さなかった。
「ラァァイトニング! ブレーードォーーー!!」
 刹那、エメラルドグリーンの残像を残して、彼女の姿は電光と化した。
 エクセラで吸収した雷を、巨大な刃に形成し、縦一文字に振り下ろす。その一撃は
巨大樹を半ば以上真っ二つにするだけの威力があった。
「レッド!」
「おう! 精霊達よ……この剣に力を貸してくれ! ヴォォォルカニック……!!」
 地上に舞い降りていたレッドが、横薙ぎに構えたエクセラに全ての精霊力を注ぎ込
む。己の内にこもる闘志を根こそぎ放出する感覚が彼を襲う。
「……ブレェェェドォォォ!!!」
 巨大な炎の剣を振り切った時、エクセラから放たれた膨大な熱量が周囲を圧倒し、
倒れかかっていた巨大樹を、今度こそ倒壊させていった。
「お、おのれぇぇぇ!」
「これで終いじゃ。もはや、お主に力を貸してくれるものはおらんぞ!」
 既に全身を覆っていた炎のオーラもなくなり、白き大蛇へと戻った『滴る毒』に向
かって、傷だらけの三人が最後の力を振り絞って切りかかる。
 アレックスは渾身の力でハルバードを振り回し、遠心力の乗った一撃を頭部へと叩
きつけた。
 レミはその一撃にかぶせるようにして、ハウルを逆側から振り切った。装飾のつい
た大剣は淡い残光を残しながら深々と鱗にめり込んでいく。
 そしてグランは盾を捨て、その両足に精霊力を集中して『跳躍』すると、大蛇の口
元を縫うように魔法剣を突き刺した。何かを吸い取るような脈動が剣を握り締めた左
手に感じられた後、カオスの魔物はゆっくりと神殿の床へと倒れこんでいったのであ
った。


●恋しさとせつなさと心強さと
「レベッカ!」
「大丈夫か!」
 口々に叫びながら、仲間達が近寄ってくる。
 その姿を見て、レベッカの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「ありがとう……。ごめんね、心配ばかりかけて……」
 グランとレッドの頭を抱きしめるようにしがみつき、レベッカはそのまま座り込ん
でしまった。
 喜び合い、笑いあう彼らの姿を、アレックス達は笑みを浮かべながら見守っていた。
 そして。
「くっくっく……」
「!」
 串刺しにされた口元から『滴る毒』の最期の声が聞こえた。
「なるほど……仲間を思う心が、最後の壁というわけね……。まぁ、いいさ。火竜王
の制御には失敗したが、所詮この程度の力しかないという事だからね……」
 どす黒い血の塊をはきだして、それ以上魔物は動かなくなった。
 薄ら寒い思いで、その姿を眺めていた一行のところに、残りのメンバー、そして片
腕となった侍がやってきた。
「レベッカ! 無事だったのね?」
 グリム、ジェスらと喜び合うのもそこそこに、レベッカは真剣な顔をして侍に向き
直った。
「東天火竜王に……会わせてもらえますね?」
「いいだろう……ついて来い……」
 侍の後を追うようにして、彼らは大広間の奥、扉の前へとやってきた。そして侍が
聞き取れない言語で何かを呟くと、エレメンタルブレードの余波でさえびくともしな
かった扉が、ゆっくりと左右に開いていった。
 その中では、姿を見せなかったもう一体の侍が跪いており、さらにその奥には大き
な神像のごとき姿が鎮座していたのであった。
 東方風の鎧には、炎と黄金の意匠がほどこされており、周囲を圧倒する力に溢れて
いた。
 レミはルーンアームナイトとしての鎧装を解き、剣に戻すと、それを床に置いて跪
いた。
「火竜王よ。私は貴方の無実を信じる民です。我が身を使い、貴方の御言葉を賜わり
たく」
 その言葉に、僅かに火竜王の目の部分が光ったかと思うと、全員の脳に響く声が伝
わってきた。
『長き時の果てに巡りあいし異邦の民よ。まずは魔樹の討伐をしてもらった事につい
て、礼を言わせてもらいたい。手間をかけた』
 そしてゆっくりと一同を、そしてその先にある景色を見て深い溜息をついた。
『これが、かつて繁栄を極めし、天空都市レクサリアの姿だというのか……。しかも、
その崩壊を招いたのが、守護を賜りし身の我だというのだからな……』
 その言葉に、レミが反応する。
「で、では……火竜王が地竜王を滅ぼしたというのは、真のことであったのですか?」
『左様。いかに魔樹にたぶらかされたとはいえ、それはきっかけの一つにすぎん。我
が犯した過ちについては、何も弁解はできんな』
「……」
 火竜王の言葉に、声も出なくなったレミに変わって、ファラが一歩前に出て跪いた。
彼女は竜語を話せるので、それで語りかけた様であったが、それは音としてそう捉え
ただけであり、内容はすんなりと頭の中に入ってきた。
「それでは、この地における精霊力のバランスの崩れについても、王の暴挙が原因で
あると言えますでしょうか?」
 言葉は丁寧だが、言ってる事は結構辛辣である。レミがその横顔に咎める様な視線
を送ったが、ファラは余裕でそれを受け流した。
『我が地竜王を滅ぼした事により、配下の精霊達が減少した事で、都市が落下したの
だという事は解る。そして恐らくは、水竜王が自身と配下の精霊達に命じて深い眠り
についたのだろうな。それがバランスを崩している要因だろう』
「眠りについた? 何故ですか?」
『四天は相互不可侵。それが盟約であった。もし、それが破られた時は他の王達は眠
りにつくことで力を抑え、消滅を食い止めることとなっていた。だが、それも間に合
わず、地竜王は消えたという訳だ。先に凍結した水の精霊たちに釣られように、我々
も眠りにつかざるをえなくなる。そして、都市の落下を防ごうとした、風竜王とその
配下もまた……』
 そして火竜王は天を仰いだ。 
『そのバランスが崩れたままの状態が、今日の状態を作り出しているわけだ。心惑わ
され、友を裏切った代償が、汝らが堕ちた都市と呼ぶこの場所の全てだよ!』
 火竜王自身の憤りが、何より自分自身を許せぬ怒りが、言葉の圧力となって一同の
心を吹き抜けていった。
「王よ……これからどうするおつもりですか?」
 レミが心配そうに声をかける。だが、火竜王の返答は力ないものであった。
『護るべき民を失い、護るべき土地はもはや荒廃した。そこで王を名乗る事こそ滑稽
であろう。この上は、盟約を破棄し、消滅するかしかあるまい。それ以外に……罪を
償う術などあろうものか』
「ですがそれは、さらなる精霊力のバランス崩壊に繋がるのではありませんか?」
 ファラの言葉には遠慮が無かった。
 この上は、精霊力の回復に努めるのが火竜王としての責務ではないのかと説く。
 しかし、火竜王の意思は固そうであった。
 その姿を見て、複雑そうな表情を浮かべていたレベッカが口を開いた。
「王よ。消滅する事でのみ、罪を償えると思っているようですが……」
『いかにも』
「もう、王は罪の報いを受けているのではありませんか?」
『うむ?』
 レベッカの表情はどこか痛ましげで、いつもの彼女の表情であり、妙に大人びた他
人の様でもあった。
「盟友を討った罪は重い。ですが、その罰として、王は自分が護ってきた都市の崩壊
と民の離散を目の当たりにしているのではないですか? 確かに、あのカオスの魔物
に心の隙をつかれたとはいえ、犯してはいけない過ちだったと思います。その代償が
時の経過と都市の崩壊だとは言えませんか?」
『……』
「王が今やるべき事は、過ちで崩れたバランスをそのままにして消える事ではなく、
この地で再びバランスを取り戻すことだと思います。それを……シャラ・シャールも
望んでいるのではないでしょうか?」
『……そうかも……しれんな』
 火竜王はしばし迷った後、そう呟いたのであった。


 再び扉をくぐって大広間に戻った一行に、2体の侍は深々と頭を下げた。
「主殿の目を覚ましてくれた事について、我らからも礼を申したい。また、闘技場に
ての無礼も謝らせていただこう」
 落ち着いた性格の方の侍がそう言って頭を下げるのを、一行は困惑の眼差しで見て
いた。どうやら彼ら自身はカオスの力には惑わされていなかった様である。
「え……でも、もう一人の方は、見るからにカオスっぽかったけど?」 
 グリムのツッコミは軽く流された。
 なんでも、もともとああいう性格だったらしい。
「そうなんだ……」
「まぁ、こっちのジルだって日頃から似た様なもんだからな。あれが地でも不思議じ
ゃないだろ?」
 カイの軽口は強烈な拳の一撃となって返礼され、周囲に笑いを振りまいたのであっ
た。


●罪と罰
 結局、火竜王は精霊力のバランスを回復することを彼らに約束し、神殿に残る事と
なった。元々、力の殆どが休眠状態だという事もある。
 バランスの回復には水竜王リルファメースの覚醒が必要との事で、すぐにどうこう
と言うわけにはいかないようであったが。
「やーれやれ。今度は北かぁ。本当におつかいイベントみたいだよなぁ」
 ジェスの軽口にもいささか明るさがまじっている。とりあえずは、いい方向に向か
っているような気でいられたからだ。
 一行が荷物を隠してある廃墟に戻る途中、ふと気がついたグリムがレベッカに問い
かけた。
「ところで、さっき言ってたシャラ・シャールってなに? 人の名前?」
「あ、うん。そうだよ。地竜王の巫女だった女性の名前だよ」
「地竜王の巫女?」
 前を歩いていたジェスも振り向いて聞いた。ちょうど、レベッカの周りは女性陣の
集まりとなっていたからだ。
「そう。火竜王リフレイアスが、地竜王の巫女に……恋をしたって言ったら変だけど。
自分の神殿に仕えさせたいという欲求が発端だったみたい。初めは些細なきっかけに
過ぎなかったんだけど、それがいつのまにか膨れ上がっちゃったんだね……。あの、
魔樹。あれは欲望と力を吸い取って成長し、抑制心を失わせる魔力があるんだよ」
「そんなことが……都市が墜落した理由だってのかよ?」
 呆れたようにジルが鼻を鳴らした。
「ん〜……僕が知ってるのはシャラ・シャールとして洗脳し、利用しようとした魔物
たちの記憶だからね。多少、偏ってはいると思うけど」
 なんとなく理不尽な気はするものの、誰もそれ以上は何も言わなかった。
 そんな中、じっとレベッカの後ろを歩いていたエランが、廃墟に入る寸前に口を開
いた。
「でもレベッカ……。さっき貴女が言っていた台詞。そっくりそのまま貴女にも当て
はまるんじゃないかしら?」
「え?」
「確かに、カシアは貴女の身代わりになって死んだ。でも、身代わりとして死なせた
罪を、レベッカは王家の人間として名乗りを上げることで晴らしたんじゃないかしら」
 足を止めた彼女に、エランは優しく微笑みかけた。
「あの戦いで背負った様々な苦難が、貴女に与えられた罰だった……とは考えられな
い? だとすれば、幸せになる権利はあると思うけど?」
 レベッカはゆっくりと深呼吸を一つして、またあの時の表情を浮かべた。
 自分は幸せになっていいのかと問いかける、幼子のような表情を。
 そんな彼女に、聞くとはなしに聞いていたジェスも片目を瞑って笑いかけた。
「幸せになっていいんじゃないかな……じゃないと、俺の好きが否定されるんだ」
 真意を問いかける間もなく、ジェスは階段を駆け上がっていった。
 いつのまにか雲は晴れて、どこまでも続く青空が彼女の頭上に広がっていた。
「よし!」
 呟いて、レベッカも階段を上り始める。
 カグラの街に辿り着く、2日前のことであった。


●新たなる火種
「ちっ! 宝貝を持ってねぇ連中は下がれ! そいつらは今までのタイプとは桁が違
うぞ!」
 洞窟内に、太行の声が響き渡る。
 順調にガードゴーレムを排除して進みつつあった彼らの前に現れたのは、見たこと
も無い歪な形体をしたゴーレム達であった。
 人を模していることが多いゴーレムの中で、尻尾や角を生やしているそれらは異形
のものといってよかったし、何より通常の武器を受け付けないその戦闘力には目を見
張るものがあった。
 太行でさえ、複数を相手にすれば危ういだろう。
「なんだってんだこいつら……? 神殿で見た竜因子なんちゃらタイプとかってぇの
とも違う、この禍々しさ……?」
 重傷を負った仲間達を救出しつつ、しんがりで太行はその新型ゴーレムの猛攻を防
いでいた。
「太行! ここはもう限界だ! 撤収するぞ!」
「分かった!」
 とっておきの爆煙弾をばらまいて、太行は逃げに徹する事にした。敵の首根っこを
抑えることは出来なかったが、有効な物証はいくつか押さえる事に成功している。
(とはいえ……どうなる? こんなのが街に入ってきたら大騒ぎになるぜ)
 夜の森を、友と逃げる太行の心はどこまでも重かった。



                         ……to be continued




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業

2361/ジル・ハウ/女性/22/傭兵
2787/ワグネル/男性/23/冒険者
3076/ジェシカ・フォンラン/女性/20/アミュート使い
3098/レドリック・イーグレット/男性/29/精霊騎士
3108/グランディッツ・ソート/男/14/鎧騎士
3127/グリム・クローネ/女性/17/旅芸人(踊り子)
3077/フレミア・ダルケミス/女性/18/ルーンアームナイト
3116/エトワール・ランダー/女性/25/騎士
3216/アレックス・サザランド/男性/43/ジュエルマジシャン
3218/シディアス・ランダー/男性/5/竜騎士見習い

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 皆さんは「女神異聞録ペルソナ」というゲームをご存知ですか? 実は私は、メガ
テンもデビルサマナーもやった事がなく、このシリーズだけしか経験がありません。
 それなりにキャラの立った仲間達との冒険は、中々面白かったものです(近日中に
3が出るらしいですね)。
 この2作目が「ペルソナ2 罪」そして「ペルソナ2 罰」という一組のゲームに
なっています。かつて罪を犯した主人公が、贖罪として続ける冒険の最後で、仲間達
との絆ゆえに新たな罪を犯してしまうというものです。
 今回は、レベッカの罪と罰ということで書いてみました。最初に考えていたよりも
陳腐になってしまった感はありますが、まぁ一区切りと言ったとこでしょうか。

 物語は動き始め、新たな展開になりつつあります。
 堕ちた都市の謎は解けつつあるが、新たな敵が迫りつつあります。
 さて、どうなることやら。
 すっかりお待たせしてしまいしたが、今回も楽しんでいただけて、次回を楽しみに
思っていただければ何よりです。
 それではまた、次のシナリオでお会いしましょう(5月下旬くらいになるかな)。   

 
>ジル
 暴走アミュートのイメージは、「ベルセルク」の狂戦士の鎧みたいな感じですかね。
 アミュートの力が異常に上がってるわけではなくて、潜在能力を限界以上まで引き
出している感じです。

>ワグネル
 すいません。延々お待たせしました。
 今回もプロっぽく。楽しんでいただければ幸いです。

>ジェス
 オチまでつけていただいてありがとうございますw
 ストームブレードをマスターしました。合体技の時は、こんな感じでらぶらぶ天驚
拳なんすかね?w

>レッド
 久しぶりのヴォルカニックブレードです。
 精霊力は相性もありますので、簡単には他の属性を取り込んだりは出来ません。一
方で、同じ属性の強化をしたりは出来るわけです(精霊力放出)。

>グラン
 当初は「ただの魔法剣」だったはずなんですがw
 生命の騎士の遺跡から発掘という事で、カオススレイヤーに加えて、魔物の体力を
吸収し、使い手に還元するような剣として書いてみました。すんごい強力な気もしま
すが、敵がカオスの魔物でなかったら、「ただの魔法剣」なんですけどねw
 エクセラがないと、精霊剣技が使えないのが難点ですな。

>グリム
 宝石には人の思いがこもる。と、いう事で書いてみました(よってジュエルアミュ
ートにのみ起こりえる現象です)。
 あくまでも残留思念であり、会話とかは出来ないんですがね。
 あと、サイコダイブのシーンは裸がデフォですので、よろしくお願いしますw(謎
 母性のイメージで書いてみました。

>レミ
 武器化、鎧化については了解しました。武器が増えるたびに技が増えそうですねw

>エラン
 なかなか雷鳴の指輪を書くシーンになりません。やっぱ敵に魔法使いがいないとき
ついですねw

>アレックス
 実にMT13第三回以来の(!)、ヘブンリィライトニングでした。前々からやっ
てみたかったんです、ライデインストラッシュw

>シアン
 ごめん。最後のシーンでグランとの掛け合いを書こうと思っていたら、女性ばっか
のシーンになって削れました。きっとこんな感じでしょう。

グラン:「へ〜、これがウォータードラグーンかぁ。乗ってみたいなぁ」
シアン:「『ローレル』は自分の意思がありまつ。乗せてもいい人なら、自分から制
     御房を開けてくれまつ」
グラン:「……開かないぞ?」
シアン:「いじめっ子は、乗れまてんよ」



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