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■白卵■

笠 一
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
 立て付けの悪い扉が、来客を告げる。騒々しくもあるが日常茶飯事の音に顔を上げたのは「開眼凡才亭」主人――――ではなく、番台で牡丹餅を食らう薬師、石輪乃願だった。
 指についたあんこを舐めながら、入り口で立ち止まった客へと呑気に笑いかける。入るように促して、行儀悪く足で椅子を勧めた。座るように示され、客がゆっくりと腰を下ろす。
「牡丹餅食いますかぃ?」
 皿を差し出したが困ったような顔を向けられて、願は牡丹餅を一つくわえて番台に戻した。
「店主に習ってビードロの説明でもしたいとこだがね、オレが知ってることなぞたかが知れてますや。かわりに面白いモンがあるんで。――見ますかい」
 楽しそうに首を傾げられ、客ははい、と頷いた。
 もはや本業が副業のような願は、もたれかかっていた薬味箪笥から一つの籠を取り出した。
 竹で編まれたそれは手の平よりも一回り小さく、藍の紐でぐるぐると封をされている。紐の途中には小さな木札がひっついていて、「卵」と焼き印が入れられていた。
「今、「とっけべい」てぇ店をしましてね。いらねぇもんを、オレが持ってる本とかと交換するんで。そこで「とっけべい」したモンなんですが、なかなか珍しい品なんでさ」
 甚平の袖を揺らし、得意げに説明しながら藍の紐を解いていく。籠の蓋を開け、柔らかな黒の布を退けると、真っ白な卵が現れた。
 願は愛おしそうに固い白を撫で、顔を上げて客の顔を見上げた。
「ちょぃと、割ってみませんかね?」


■ライターより
参加人数お一人様。
願が差し出した白い卵。手の平に乗せた途端に割れる卵から出てくるのは――。化け物でも懐かしい思い出でも、歌うセキレイでも鉱石でも、何でも出てきていい卵。戦うも眺めるも思い出すもよし。
シチュエーションノベルに近いものです。なるべく、内容を詳細にお書きいただけますと、とても助かります。どうぞ、キャラクターの口調でプレイングをお書き下さい。
白卵


 立て付けの悪い扉が、来客を告げる。騒々しくもあるが日常茶飯事の音に顔を上げたのは「開眼凡才亭」主人――――ではなく、番台で牡丹餅を食らう薬師、石輪乃願だった。
 指についたあんこを舐めながら、入り口で立ち止まった客へと呑気に笑いかける。入るように促して、行儀悪く足で椅子を勧めた。座るように示され、客がゆっくりと腰を下ろす。
「牡丹餅食いますかぃ?」
 皿を差し出したが困ったような顔を向けられて、願は牡丹餅を一つくわえて番台に戻した。
「店主に習ってビードロの説明でもしたいとこだがね、オレが知ってることなぞたかが知れてますや。かわりに面白いモンがあるんで。――見ますかい」
 楽しそうに首を傾げられ、客ははい、と頷いた。
 もはや本業が副業のような願は、もたれかかっていた薬味箪笥から一つの籠を取り出した。
 竹で編まれたそれは手の平よりも一回り小さく、藍の紐でぐるぐると封をされている。紐の途中には小さな木札がひっついていて、「卵」と焼き印が入れられていた。
「今、「とっけべい」てぇ店をしましてね。いらねぇもんを、オレが持ってる本とかと交換するんで。そこで「とっけべい」したモンなんですが、なかなか珍しい品なんでさ」
 甚平の袖を揺らし、得意げに説明しながら藍の紐を解いていく。籠の蓋を開け、柔らかな黒の布を退けると、真っ白な卵が現れた。
 願は愛おしそうに固い白を撫で、顔を上げて客の顔を見上げた。
「ちょぃと、割ってみませんかね?」




 あら、とシュラインは小さく笑った。
「確かに面白そうだけど、割ってもいいのかしら」
「それが卵の運命なんでさ。人が割るか、自分で割れるかってぇ違いなだけで」
 そう言って、願は卵のてっぺんを叩いてみせる。大いに含みのある笑顔に乗りたいのは山々であったが、シュラインはうなずきかねていた。
「せっかくのお店なんだから、なにか買わせていただける?」
 細い指でぽっぴんの並ぶ棚を示す。棚の背後から陽光が差し込み、狭い店内には天に浮かばない虹が揺れている。シュラインが視線を泳がせれば床だけでなく、乱反射で壁にも天井にも極彩色は広がっていた。
「素敵」
 呟いたシュラインに願は後頭部を掻く。自分の店でなければ商売気が出ない彼はどうぞ、と言って、傍らの牡丹餅をほおばった。言葉に甘えて腰を浮かしたシュラインは、棚の商品達を覗き込む。
「同じ柄ってのは、無いのね」
 棚に並ぶはどれもこれも柄違い、または色違い。緑であっても薄いが濃いか、またはムラがあるか斑か。願は欠伸すらしそうな気怠さで答えた。
「一点物が売りらしいですぜ。店主の道楽で始まったような店なもんで」
 赤紫のぽっぴんを食いるように見つめ、唇に人差し指を当てた。
「店主さんに会ってみたいわねぇ」
「やめといたほうが賢明ってもんだ。悪い人じゃないが、どうにもお節介が過ぎるってもんで」
 ま、そこが売りですがねぇと苦笑した願はふと思いついた顔になる。
「お名前、聞いてもいいですかぃ」
 遅まきながらの自己紹介にシュラインは願を振り返った。
「シュライン・エマよ」
 よろしくの意味を込め微笑んでみせると、姉さん格好いいですねと笑われた。
「オレは石輪乃願でさ」
 よろしく差し出されたのは牡丹餅で、シュラインは短い礼を言って一つ頬張った。
「あら美味しい」
「あんこに関しちゃ、その道のプロがいるもんで」
 指についたあんこを舐めて、眺めていたぽっぴんへと視線を戻す。願は両手で卵を転がしながら、シュラインが選ぶのをひたすら待っている。鼻歌でも歌いそうなシュラインは、陽気に棚を見て回った。
「あら」
 シュラインが目を留めたのは、お手玉の舞う千代紙に乗せられた小振りなぽっぴん。赤と青がうねるように絡み合って、所々が青紫になっている。青紫に仕切られて、ステンドグラスのようにも見えた。
「それがいいんですかい?」
 願の問いかけに振り返る。
「ええ。おいくら?」
「その棚のはですねぇ――」
 提示された額を財布から抜き取って、願に手渡す。番台の引き出しに放り込まれた札と入れ替わりに小銭が戻ってきた。包んでくれるというので包装を頼み、シュラインは椅子に腰を下ろした。
 ぽっぴんが乗っていた柄の千代紙で包まれていく木箱を眺めていたシュラインは、番台に乗った卵に手を伸ばす。ずしりと重いのだが不快でもなく、冷たい表面は微かに振動していた。
「割っていい?」
「もちろん」
 包装の手を止め満面の笑みで答えられては今すぐ割るしかない。が、硬そうな卵は床に落としただけでは割れないような気がした。無論、そんな芸のない割り方をするつもりは毛頭なかったが。
 椅子に座り直し、正面から卵に向き直る。
「さてどうしよう――」
 とりあえず卵ならと、小動物にするように撫でて暖めてみた。ところが手の平から熱を奪っていくだけで変化はなく、相変わらずの冷たさにシュラインは首を傾げた。振ってみても勿論音はしない。
「ねぇ」
「あい」
 包装を終えて紙袋に木箱を入れていた願が顔を上げる。
「元の持ち主から、卵についてなにか聞いてない」
 紙袋を番台に置いて、願はふむと薄く唸る。
「オレも詳しくは。その元持ち主ってぇのも、回り回ってどっからか貰ったっちゅー話ですわ」
「そう」
 釉薬を塗ったようにつるりとした卵はどこか作り物めいている。側面をこつこつと叩く。それにも反応が返ってこない。シュラインは溜息をついた。どこをどう割ればいいものか非常に悩む。
「お手上げですか」
「そうねぇ、っと」
 次の手を考えていたシュラインの手の平で、卵が一度脈動した。
「あ、あら」
 先程ノックした側面に小さな亀裂が入っている。ぽろ、と欠片が手の平に落ちる。磁器の欠片の向こうに光が見えた。柔らかい、粒子の流れる黄色い光り。
「なんですかい、それ」
 願が身を乗り出してくる。シュラインは恐る恐る指を伸ばして、光りに触れた。
「ぁ、え……?」
 何が起こったか解らぬ願が呆気にとられている。シュラインは、耳の奥底を撫でて消えていった音に身震いした。恐ろしかったわけでない。TVのノイズの先に笑い声を聞いた気がする。
「だ、大丈夫ですかい?」
 遠くを見たままだったシュラインの肩を願が揺らす。はっと我に返れば、手の平で卵は無数の欠片となって崩れていた。
 笑い声が、聞こえたはずだ。ノイズにかき消されたそれではない。ノイズに被さるようにして、柔らかな笑い声が――――。
「今のって」
「なんか見えたんで? それとも聞こえた?」
 先程よりさらに身を乗り出して願が聞きたそうにしている。
「聞こえた、の方ね。音がリアルすぎて映像が浮かんでくるぐらい」
「どんな音で?」
 願の質問に答えかねた。
「どんな、と言われてもねぇ。笑い声と、なんか、TVの砂嵐みたいなノイズ、かしら」
「はぁ」
「なんの音かしら」
 やけに懐かしい、なじみ深い音である。耳の奥に横たわる音の残りが、鼓膜のあたりでゆらゆらと揺れている。
「ノイズ、ねぇ」
 願が目を閉じて唸る。
「なにかしらねぇ」
「砂漠?」
「ぶっちゃけすぎじゃない」
 ぶっちゃけて立てた願の人差し指が、力無く折れた。
「それ以外っても、何が」
「そうよね」
 すぐ側に答えがありすぎて目を向けるのが難しい。
「ラジオ、じゃぁなさそうですねぇ」
「機械的な音じゃなかったもの。うぅん、なんていうのかしら、これ」
「生き物みたいな?」
「そう、そんな感じ。それに近いわ。あぁ気持ち悪い。喉の所まで出てるのにっ」
 生き物、と願が繰り返す。シュラインは胸の前で腕を組んだ。
「テレビつっても」
「テレビっぽかったわ」
「……テレビ……?」
「なによ」
「そうだ、えぇっと、なんだったっけ。あのですねぇ、どっかで聞いたんですや、これ」
 前髪を掻き乱し、願はいっそう唸った。思い出せ、とシュラインは助け船を出す。
「テレビよ、テレビ」
「そう!」
 いきなり両手をならした願は掘り起こした記憶を捲し立てた。
「テレビだテレビ。言葉のしゃべれねぇ赤ん坊が泣きやまねぇ時に、砂嵐見せりゃぁ泣きやむってぇ話をテレビで見たんですや」
「それよぉッ!」
 同じく手を叩きそうになったシュラインの手の平で、卵の欠片が光を放った。え? と呟いたシュラインの目の前で卵の光りは渦巻いて収束していく。

 ぱちん。

 弾けるような音で手の平に転がり出たのは、最初よりもさらに小さな、ビー玉大の白卵。一度だけ小さく震えて、光りは消えた。願が呆気にとられてこめかみを掻く。
「卵の中から、卵ですかい」
 ふ、とシュラインは微笑む。握ればたやすく割れそうな卵。うずらといい勝負の大きさである。
「なんかの絵本で読んだような話ね」
「これ割ったら、また卵ですかねぇ」
 願が、割りそうに卵に指を伸ばしてくる。とっさに卵を握りしめて腕を引いた。
「だめよ。これでいいわ」
 どうしてだか、さらに笑みが湧いてくる。
「さ、ぽっぴんも買ったし、牡丹餅もいただいたし。帰ろうかしら」
 相変わらずこめかみを掻きながら、願は言った。
「まぁ、よくわからんですが満足頂けたんですかねぇ」
「ええ。とっても満足」
 大きく笑って立ち上がり、差し出された紙袋を受け取る。
「何はともあれよかった。またなんか入ったらお知らせしますぜ」
「ありがと」
 願に見送られ、店主さんによろしくと言って扉を開ける。足で押し広げたような形になったがそれでも気にせず、閉めるときはさらに乱暴だった。
「懐かしい、ね」
 TVの砂嵐は胎児が聞く音。赤ん坊が泣きやむのは、懐かしい音を聞いて心がほっこり和むから。
「そうでしょ?」
 手の平の卵に向かって同意を求めれば、手の平に脈動が返ってくる。それが当たりだと言われているような気がして、シュラインはにこりと微笑んで見せた。
 ノイズに被って聞こえた笑い声は、愛しい子供の誕生を喜ぶ母親。きっとそうだ。だってあんなに楽しそうに、嬉しそうに笑っていたから。










登場人物

□0086 シュライン・エマ 女 二六歳 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■NPC石輪乃・願 男 二〇歳 薬師