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■魔女と姫君 閑話休題■

瀬戸太一
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】
「…銀埜、リースは?」
「自室で寝ております。どうやらリックの一件以来、体調が思わしくない様子…やはり負担が大きいのでは」
「リースは魔力自体は高いはずなんだけど…。カリーナはそれ以上だもの。
あの子のキャパシティを超えてるのかもしれないわね」
「…早いうちに何とかしなければ、寝込む以上のことになるやもしれません」
「そうね…ほんとに、何でこんなことになっちゃったのかしら。
…でも、今は寝ててくれて好都合ってところかしら」
 ルーリィはそう眉を寄せて呟き、ポケットから一通の封筒を取り出す。
「…届いたのですね」
「ええ、今朝。婆様に頼んで調べてもらった、カリーナの詳細よ。
銀埜、読んでみる?」
 そう問いかけられた銀埜は、ゆっくりと首を振る。
「私よりも、まず読んで頂かなくてはならない方々がいらっしゃるでしょう」
「―…そうね」

 迷惑かけちゃったものね。


 ルーリィはそう呟き、ゆっくりと瞼を閉じた。




魔女と姫君 閑話休題








「じゃあ、あとは宜しくね、デルフェスさん。リネア、あんまり騒いじゃだめよ」
「はぁい、母さん」
 ルーリィはそう部屋の中の彼女らに笑いかけて、ぱたん、とドアを閉めた。
それを見送ったリネアは、にこーっと笑って来訪者―…デルフェスの膝に上半身を預け、見上げた。
「えへへ、来てくれてどうもありがとう、デルフェス姉さん!」
「いいえ、どう致しまして。リネア様方の元気なお顔が見られて、わたくしも嬉しく思いますわ」
 デルフェスは自分に甘えてくるリネアの頭を愛しげに撫で、それから傍らのベッドの上を見やる。
「…リース様、お体の調子は如何ですか?」
「んー…何とかね、大丈夫。ただ妙にだるいだけ」
 ベッドの上のリースは、枕に頭を埋めながら、デルフェスのほうを見る。
本当は上半身でも起き上がりたいのだが、病人は無理をするなと、
先程デルフェス自身に止められてしまったので、自粛している。
「顔見に来るだけなら、リネアとルーリィだけでよかったのよ、デルフェスちゃん。
わざわざ寝室にまで押しかけてこなくても良かったのに」
 そう苦笑しながらリースが言うと、デルフェスはふるふる、と首を振る。
「わたくしの責任でもありますし。それにわたくし、寝たきりのリース様を放って置けないのですわ。
リース様にはご迷惑かもしれませんけれど…」
「そんなことないよ! リース姉さんも、本当は嬉しいんだよね。照れ屋なんだよ」
「まあ」
 リネアがすかさずフォローに回ると、デルフェスは思わず顔を綻ばせた。
子供にしてやられたリースは少々頬を赤くして、ぷいっと寝返りを打つ。
「ほらね?」
 その様子を指差し、リネアが得意げにデルフェスを見上げると、
デルフェスも可笑しそうに笑った。
「ええ、本当に」










 鹿沼・デルフェスがこの店を訪れたのは、今から1時間ほど前のことである。
事前に店主から聞いていた好物のクッキーを手土産に、一緒にお茶を、との名目で、
その実前回のカリーナ騒動の疲れを癒しに、だ。
 そして店主のルーリィをクッキーをつまみながら暫し話に花を咲かせ、
その話の中でリースが自室で寝込んでいることを聞きつけた。
そうなるとデルフェスの元来の性格から黙っていることは出来ず、丁度デルフェスと遊びたそうにしていたリネアと共に
リースの寝室へ赴き、看病のためにベッドの傍らにちょこんと座っている―…というのが現在の状況だ。
気を利かせたルーリィは場を離れ、今はリネアと共に、リースの具合をうかがっている。
とりあえず寝込んではいるが、さほど体に深刻な害はなさそうだ、と判断したデルフェスは、内心ホッと一息ついた。
リースが寝込んでいる理由には、確かにカリーナの寄り代になっているという負担もあるだろうが、
もう一つ考えられることとして、自分が換石の術をかけてしまったということも考えられたからだ。
あまり想像よりもリースの症状が重くなかったようで、その心配は解けたが、無論それでお仕舞いというわけにはいかない。
「リース様、お腹は大丈夫でしょうか? 空腹でしたら、わたくし何か運んでまいりますが」
「うーん…大丈夫。さっきお昼ごはん食べたばっかり」
 デルフェスが問いかけると、リースは苦笑して答える。
食欲がない、というのなら心配だが、これならば安心だ。
そう思いながら、デルフェスは頭の中でピン、とひらめいた。
 そして膝の上に腕を置いているリネアの頭を撫でた。
「リネア様、それからリース様。これを覚えてらっしゃいますか?」
 そう言って、座っている椅子の横に置いていた自分の鞄を取り、中からぬいぐるみを取り出す。
そのぬいぐるみを膝の上に乗せると、思わずリネアが目を丸くして飛び起きた。
「あっ、ロニーだ! 姉さん、この子お正月に母さんからあげた子だよね」
「ええ、賢い良い子になりましたわ。ちゃんとお座りとお手も致しますのよ」
 そういいながら、デルフェスはぬいぐるみの犬を抱え、リースの枕元へと置いた。
ルーリィの魔法がかかり、まるで生きた犬のようになったぬいぐるみ、ロニーは、
リースの枕元でちょこんとお座りをした。
「すごい、母さんが作ったのに賢いね。デルフェス姉さんに可愛がってもらってるんだぁ」
 リネアはお利巧なロニーの様子に頬を綻ばせ、その小さい頭を撫でる。
「ルーリィ様に作って頂いたから、ですわ。
わたくし今日は、ロニーと一緒にとことんリース様の看病をさせて頂こうと思いまして。
ロニーにはわたくしの魔力も入っておりますから、リース様の療養には最適ですわ」
「ふぅん…犬は特に好きってわけじゃないけど、この子は好きよ。噛まないもんね」
「ええ、そんなことは致しませんわ。ちゃんと躾けておりますもの」
 デルフェスの言葉に、寝ながら顔を横に向けたリースは、苦笑してロニーの顎のあたりを撫でた。
ごろごろ、と気持ちよさそうにのどを鳴らすロニー。
その姿を見ていると、ぬいぐるみとは言え本当に生きているようだ。
「確かにね、少しだけだけど体の具合がよくなるみたい」
「魔力と体力をしっかり補充しなければなりませんわね」
 そういいながら、デルフェスはリースのベッドの傍らに置いてある水差しを見た。
中の水はほとんど切れ掛かっている。
それに気づいたデルフェスは、一階に下りてルーリィに水をもらってこようと思った。
だがそのデルフェスを引き止めるように、リースがぽつりとつぶやく。
「…でもね。あたし、カリーナを憎む気にはなれないのよ」
「……リース様?」
 リースは顔を天井に向け、片腕を額に乗せている。
デルフェスからはっきりとリースの表情を伺うことは難しかったが、
どこか遠くのほうを眺めているようだ、とデルフェスは思った。
「今は彼女の意識はないけど、何となく伝わるの。
彼女の心は深い深い闇の中にいるわ。自分でもどうしたらいいか分からないのよ」
「……」
 デルフェスは黙って、ぽつり、ぽつりと洩らすリースを見つめている。
「ルーリィがいってたわ。…彼女、何百年も前の魔女なんですって。
それが私たちの村の創始者だったっていうのよ? …すぐには信じられない話だわ。
彼女に何があったか知らないけど、これだけ長く魂が在るんですもの、その闇も相当なものなんでしょうね」
 そこまで言ったリースは、ふっと顔を横に向けて、穏やかな表情でデルフェスを見上げた。
「…だからね、デルフェスちゃんがお友達になりたいって言ってくれて、彼女もきっと嬉しかったと思うの。
あのときほとんど私の意識はなかったけど、それでも微かに覚えてるわ。
嬉しかったけど、素直になれないのよね」
「……わたくし、絶対に”貴女”を見捨てたり致しませんわ」
 デルフェスはベッドの端に手をかけて、ジッとリースの瞳を見つめてそう言った。
リースの奥に眠る彼女まで届くように、と。
リースはくす、と笑い、
「…お願いね。きっといつか彼女にも届くわ」
 そういって、また寝返りを打って天井を見つめた。
「…何か喉が渇いたわ。水、取ってきてもらって良い?」
「ええ、勿論ですわ」
 取ってまいります。 そういってデルフェスが立ち上がると、
黙って二人の様子を見つめていたリネアがデルフェスの服のすそを掴んだ。
「私もいくね。手伝うよ」
「リネア様?」
 デルフェスは不思議そうに首を傾げたが、リネアは笑顔でリースに向き直ると、
「じゃあ、ちょっといってくるね! ロニーいじめちゃだめだよ、姉さん」
「分かってるわよ、いってらっしゃい」
 リネアに手を引かれる形で、リースに見送られながらデルフェスは彼女の部屋を出た。






 リースの部屋のドアをぱたん、と閉めると、リネアが複雑な表情をして、階段の手前で待っていた。
その様子が気に係り、デルフェスは尋ねる。
「リネア様、如何か致しましたか?」
「えっと…あのね」
 リネアは考えながら口にする。
「カリーナって人のことね。私も、リース姉さんと同じ考えなんだ」
「……」
 リネアの言葉に、デルフェスは無言で頷く。
「リース姉さんは知らないけど…私、母さんに聞いちゃったの。
あの人ね、昔好きだった人間の人とカケオチしたんだけど、
その人間の人の仲間にハクガイされて殺されちゃったんだって。…酷いよね、魔女だってだけで」
 自分も魔法によって生まれたからか、リネアは肩を落として寂しそうにした。
もし自分がそうだったら、と思うと居た堪れなくなるのだろう。
「…だからね、私も、デルフェス姉さんがあの人に言ったこと聞いて、嬉しかったんだ。
デルフェス姉さんの気持ち、きっとあの人にも伝わるよ。…時間はかかるかもしれないけど」
 だから、がんばろうね。
そういってリネアはデルフェスの手を取った。その手は小さく、ほんのりと暖かい。
デルフェスはその温かみを冷たい我が身で感じながら、瞼を閉じる。
そして再度瞼を開けたとき、その表情にはいつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。
「…ええ、がんばりましょう。きっとカリーナ様は、妄想に囚われている自分を助けて欲しいのだと思いますの。
ならばわたくしは、ご協力を惜しみませんわ」
「…うん! ありがとう」
「いいえ。…それとわたくしは、リネア様には謝らなくてはなりませんわね」
 デルフェスの手を持ち、一階に下りようとしていたリネアは、きょとん、としてデルフェスを見上げる。
デルフェスは申し訳なさそうに眉を落とし、
「先日のカリーナ様の件で、わたくし見境が無くなってしまいましたの。
リネア様に止めてもらうまで、我を忘れておりましたわ」
「…デルフェス姉さん」
 リネアはデルフェスを暫し呆然と見上げていたが、すぐにぷるぷる、と首を振る。
「ううん! 私のためにああしてくれたんだよね。だからいいんだ、ありがとう」
「…今度はしっかり自制致しますわ。怒りでは何も生みませんものね」
 そう呟くように言ってリネアの頭を撫でると、リネアも嬉しそうに何度も頷いた。
だが、少しの傷をこの少女が追っただけで、自分はああなってしまったのだ。
この次、カリーナがもしこの少女を標的にすることがあれば、自分はどうなってしまうのだろう。
そう思うとデルフェスは恐ろしくも感じたが、その不安は無理に心の中から追い出した。
今はただ、この仮初の妹の笑顔を守ることだけを思っていれば良い。
神経を無理に高ぶらせる必要はないのだと、そう思った。
「…リネア様。わたくしが持ってきたクッキーがありますの。
リース様とご一緒にお召し上がりますか?」
 そう優しく尋ねると、リネアは飛び上がって喜んだ。その様子に、デルフェスの頬も綻ぶ。
「うん! やったぁ、クッキーって大好きなの。早くしないと母さんに全部取られちゃうね」
「まあ。でも慌てると階段から落ちてしまいますわよ」
 くすくす、と笑いながら、リネアに手を引かれて階段を下りていく。
その途中で、デルフェスは、この平穏が末永く続くようにと祈っていた。









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▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
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【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】

【2181|鹿沼・デルフェス|女性|463歳|アンティークショップ・レンの店員】


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▼ ライター通信
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 こんにちは、いつもお世話になっております!少々遅れまして申し訳ありませんでした;

連作、そして閑話休題へとご参加下さり、真にありがとうございます。
作中でNPCたちが言っておりましたとおり、
デルフェスさんの優しいお心遣いにいつも感謝しております。
そのお心遣いの結果がハッピーエンドに結びつきますようになりたいなあ、と
私も祈っております。

 それでは、またお会いできることを祈って。