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■お友達になりたくて〜第3章〜■

笠城夢斗
【2029】【空木崎・辰一】【溜息坂神社宮司】
 葛織家は代々『剣舞』と呼ばれる「魔寄せ」の舞を受け継ぐ一族である。
 現在、次代当主と目されている少女は弱冠十三歳。その歴代の当主たちの中でも、あまりにも高すぎる『魔寄せ』の能力のために、彼女は生まれてすぐ別荘へと、半ば閉じ込められるように移された。
 今、十三歳となった少女は、ひとりの世話役たる青年と、数名のメイドとだけ接して暮らしている――

     ***********

 先日、次代当主たる葛織紫鶴(くずおり・しづる)は、近所の薔薇庭園に住むロザ・ノワールと友達になろうと、七人の人間の力を借りて奮闘した。ノワールを紫鶴の家でのお茶会に呼んだのである。
 しかし――、紫鶴のたったひとりの叔父である葛織京神(けいしん)によって、ノワールの愛する薔薇が散らされ、ノワールは怒ったかのように無言で帰ってしまった。
 紫鶴は泣いた。あの、たいていのことでは泣かない娘が、泣いてノワールへの詫びの言葉を紡ぎ続けたのだ――……

     ***********

 如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)。紫鶴のたったひとりの世話役。
 彼の力を借りずにノワールと仲良くなると力んでいた紫鶴は、竜矢には何も言わずに実行していたが、ここまでくればさすがに竜矢にだって分かる。
「何をしに行くかって? 姫があれ以降ふさぎこんでいるのでね……姫の代わりに薔薇庭園のノワールさんに、お詫びに行こうと思っているんですよ」
 一緒についてきてくれますか――? と竜矢は友人たちに尋ねた。
「詫びるついでに、ノワールさんやその保護者の紫音(しおん)さんに、仲良くなる方法を訊いてこられるかもしれませんしね」
お友達になりたくて〜第3章〜

 葛織家は代々『剣舞』と呼ばれる「魔寄せ」の舞を受け継ぐ一族である。
 現在、次代当主と目されている少女は弱冠十三歳。その歴代の当主たちの中でも、あまりにも高すぎる『魔寄せ』の能力のために、彼女は生まれてすぐ別荘へと、半ば閉じ込められるように移された。
 今、十三歳となった少女は、ひとりの世話役たる青年と、数名のメイドとだけ接して暮らしている――

     ***********

 先日、次代当主たる葛織紫鶴(くずおり・しづる)は、近所の薔薇庭園に住むロザ・ノワールと友達になろうと、七人の人間の力を借りて奮闘した。ノワールを紫鶴の家でのお茶会に呼んだのである。
 しかし――、紫鶴のたったひとりの叔父である葛織京神(けいしん)によって、ノワールの愛する薔薇が散らされ、ノワールは怒ったかのように無言で帰ってしまった。
 紫鶴は泣いた。あの、滅多ななことでは泣かない娘が、泣いてノワールへの詫びの言葉を紡ぎ続けたのだ――……

     **********

 空木崎辰一は、紫鶴のロザ・ノワールとお友達になろう計画に最初から参加していた。紫鶴の精神的な支えになろうと、色々と助言してきたつもりだ。
 だが――、前回のあの出来事には対処できなかった。
 紫鶴の性格はよく知っている。あれから紫鶴がどうしているか気になって、辰一は竜矢に連絡をした。
「紫鶴さんですが、あれからどうしていますか? そのことが気がかりで……」
『月も影響してかなりの落ち込みっぷりを発揮していますよ』
 と、世話役の如月竜矢は言ってきた。
 ――気づけば新月が近い。葛織家の人間は、月に体調が影響されるのだ。
「まだ落ち込んでいるようでしたら、そっとしておいてあげてください」
『ええ、何も言う気はありません』
 ただ――、と青年は話を続けた。
『ノワールさんたちのところに、お詫びにいくつもりです。姫がそれを気にして落ち着かないようなので、代わりに』
「ノワールさんと……紫音さんにですか。僕も同行しますよ」
 あの一件は僕の責任でもありますから――
『明日、行くつもりです。ご予定大丈夫ですか?』
 竜矢が訊いてくる。
 ええ、と辰一は答えた。
『ありがとうございます。では明日の午後一時に、うちの門の前で――』

     **********

 竜矢の同行者は実に九人にものぼった。
 紫鶴の「お友達になりたい計画」に、最初から参加していた浅海紅珠(あさなみ・こうじゅ)、空木崎辰一(うつぎざき・しんいち)、蒼雪蛍華(そうせつ・けいか)、伊吹夜闇(いぶき・よやみ)、天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)、エルナ・バウムガルト。
 途中から参加した、阿佐人悠輔(あざと・ゆうすけ)。
 そして――、今回は辰一の幼馴染で臨床心理士の門屋将太郎(かどや・しょうたろう)に――
「………?」
 何の脈絡もなくついてきたのは、小さな少年――
「君、名前は?」
 辰一や撫子、蛍華にエルナあたりは、少年にただならぬ気配を感じていた。
 辰一が名前を尋ねると、
「F(えふ)」
 少年は低い声でそれだけ答えた。
「……ぼうや、いくつ?」
 撫子がそっと尋ねる。
 Fは無言で、片手を突き出した。五本の指――
「五歳なんだねっ。キミも一緒にくるの?」
 エルナは努めて明るくふるまう。
 Fはこくんとうなずいた。
「竜矢の……仕事だろ。ついていってやるよ」
「なんじゃ、竜矢の知り合いか」
 蛍華が青年を見やると、竜矢は首をかしげて、
「知っているような……知らないような……」
 とよく分からない反応をした。
「何でもいい。俺もついてく」
 Fはぶっきらぼうにそう言った。
 その場にいるメンバーは顔を見合わせ、しばらく考えた後、
「……まあ、いいですよ」
 と竜矢が言い、
「そうですね。害意は感じませんし」
 辰一が続ける。
「おいおい、その子供がどうしたってんだあ?」
 辰一の幼馴染である将太郎がぽりぽりと首筋をかきながら訊いてくる。
「何でもないですよ。おそらく」
 竜矢は軽い口調で言った。「とにかく、このメンバーで行きましょう」
 さしあたり反対する理由もないので、皆竜矢に従った。

 ノワールの、というよりはノワールの保護者である紫音(しおん)・ラルハイネの所有地である薔薇庭園は、紫鶴の別荘から大体三十分ほど歩いたところにある。
 その建物を見たとたん、
「わあ……」
 エルナが感嘆の声をあげた。
「すげえな。紫鶴んちにも負けてないんじゃねえか?」
 紅珠がつぶやく。
「素敵な洋館ですね……アンティーク調、とでもいいましょうか」
 辰一が微笑んだ。「ここになら、薔薇は似合いそうです」
 すでに――
 薔薇の華やかな香りが、皆の鼻をくすぐっていた。
「いい香りだな」
 将太郎が満足そうに鼻をくんくんさせた。
「犬みたいじゃの」
「何を。香りを満喫するにゃこうするしかないだろうが」
「ただよってくる香りを呼吸とともに吸えば充分じゃろうが」
 蛍華と将太郎が言い合いになった。
「でも……薔薇さんの香りってこんなに強かったですかぁ?」
 夜闇が、例によってダンボール箱をかぶったまま洋館を見上げた。
「それだけ量が多いのでしょう。ほら……ここからでももう見えますわ」
 撫子が夜闇の視線を促した。
 洋館の前庭とでも言うべき場所に――
 色とりどりの華が、咲いていた。
「あれがすべて薔薇なのか。徹底してるな」
 悠輔がつぶやいた。
 Fは無言でじっと洋館を見つめている。
「とにかく急ぎます。今――」
 言った竜矢は、すぐに門のベルを鳴らした。

 紫音・ラルハイネとは、つまりかけねなしの美人だ。
 長いつややかな黒髪に、赤縁の眼鏡がなぜかその紫の瞳をさらに際立たせている。
 紅色のルージュがとてもよく似合う、二十代後半ほどの女性――
「あら、いらっしゃい――また大勢ね」
 紫音は笑顔で突然やってきた一行を出迎えた。
「今日はどうしたの? 薔薇をごらんになる?」
「いえ」
 竜矢が苦笑した。「この間のお詫びを――と思いまして。ぜひノワールさんにも……」
「この間……ああ」
 紫音は思い出したかのように目をぱちくりさせて、
「そんなに気にすることはないのに」
「ですが……」
「あれから、ノワールからの連絡もないと聞いての。紫鶴がふさぎこんでおる」
 蛍華が紫音に真顔で言う。
 紫音が顔をくもらせた。
「……ああ、申し訳ないわ。ちょっとこちらも立て込んでいたものだから――」
 決して紫鶴ちゃんのせいじゃないのよ? と紫音は言う。
 が、
「あのとき、たしかにノワールさんは怒っていましたですぅ」
 夜闇がおそるおそる声を出す。
「怒らせたのですから、ちゃんとお詫びをして帰らないと、紫鶴さん気にしたままです」
「……そんなわけなんですよ紫音さん。何しろうちの姫は屋敷から出られない。様子を見に来ることができませんのでね」
 竜矢が後を継いだ。
「そうね……」
 紫音は視線を泳がせて何かを考えたようだったが、
「――分かったわ。ぜひノワールとも話をしていって」
 と一行を門の中へと迎え入れた。

 門から少し中に入ると、前庭に咲く薔薇たちが一行を出迎える。
「すごい……」
 夜闇が呆然と声をあげた。
「ふふ。気に入ってくれた?」
 紫音が一輪一輪、種類を説明してくれる。
 そんな紫音に、辰一が頭を下げていた。
「お久しぶりです、紫音さん。紫鶴さんの代わりにお詫びにまいりました。ご無礼、お許しください」
「ああ、そんなに堅苦しくしなくていいのよ辰一」
 紫音は外国の血がまじっているせいか、名前を知っている人間とはすぐに打ち解ける。
「わたくしも、お詫びにまいりました」
 こちらをどうぞ――と撫子が手土産に持ってきたカステラを差し出す。
「あ、俺も」
 同じく桜餅を手土産に持ってきた紅珠が、撫子に並んだ。
「まあ、二人ともありがとう」
 紫音は嬉しそうにそれを受け取る。「またお茶会でも開きましょうか。お昼もすぎてあたたかいいいころあいだわ」
 時は昼下がり。
 あたたかい陽気に時おりふんわりと風が吹き、薔薇の香りを贈ってくれる。
「紫音様。ノワール様のご様子はいかがですか?」
 撫子が訊いた。
「ノワールならいつもどおりよ。薔薇の世話をして毎日を過ごしているわ」
「……怒っておらんのか?」
 蛍華が不審そうに尋ねる。
「そう……ねえ」
 紫音はその細面に手を当てた。「薔薇を散らされたことには……怒っているわ。たしかに」
「なら、やはり――」
「でもあれは、紫鶴のせいではなかったでしょう」
 紫音は洋館のドアの、ノッカーを叩いた。
「今ノワールを呼びました。皆さんノワールとお話にいらしたのでしょう?」
 とりあえず――と紫音はどこか楽しそうに言った。
「この庭でお茶会でもしましょうか。人数が多いから、立食パーティ風なんていうのはどう?」

 紫音や竜矢、撫子や辰一の手によって立食パーティの用意がされていく。
 これを予想していたのか、竜矢が用意周到にも十二人分の茶器を持ってきていた。
 お茶のほうは、紫音の薦めでこの洋館にあるローズティーが出されることになった。
「さすがに今回は酒は我慢してやるわ」
 蛍華が薔薇を見ながらぼやいた。
 ふふ、と紫音が笑った。
「この機会にローズティーの味も覚えてくださいな。素敵な味よ」
「ノワールもローズティーが好きなのか?」
 紅珠がそっと紫音に近づいた。
「なあ、教えてくれ。ノワールの好みって何だ?」
「そうねえ……」
 紫音は困ったように眉根を寄せた。「あの子は薔薇の世話で手がいっぱいで、他のことに気が回らないのよ。特にこれといった好みは……」
「そんな、ひとつくらいあるだろ。ていうか一日中薔薇の世話なのか? 薔薇ってそんなに手間かかるのか?」
「それは――」
「ねえ紫音さん……」
 エルナが紫音の元に歩み寄っていき、自分の左肩のあたりを飛んでいる赤い蝶を紹介した。
「この子、エラト。仲良くしてくれると嬉しいですっ」
「あら、綺麗な蝶々……素敵ね」
 紫音がそっとエラトに手を伸ばすと、エラトは逃げもせず紫音の細い指にまとわりついた。
 エルナがいつも左肩で結んでいるリボン。それが変化したのがエラトだ。
 エラトは一通り紫音の指にまとわりついてから、薔薇園に飛んでいった。
 色とりどりの薔薇の間を飛び回る赤い蝶――
「本当だ。……綺麗だな」
 悠輔が和んだ表情で言った。「ふむ」と蛍華がしゃがみこんでその様子を眺めている。
「いい光景だ。こういうのも楽園って言うんだな」
 将太郎が景色を満喫するように言った。そのとき、

 きい

 洋館の扉が開いた。

 皆がびくりと反応した。

「……何か御用。紫音」
 そこに――
 金髪に黒薔薇を挿した美少女が、立っていた。

「ノワール」
 紫音が両手を広げて客人たちを示すようにする。
「皆さんが来てくださったのよ。これから簡単な立食お茶会をするから、あなたも参加なさい」
「……薔薇の世話が終わっていない」
「しばらく休みなさい」
 紫音は有無を言わさなかった。
 ノワールは無表情に、こちらへと一歩足を踏み出した。

「初めまして、空木崎の友人の門屋だ。よろしく」
 初顔となる将太郎がノワールに挨拶をする。
「……どうも」
 ノワールは必要最低限の返事で応えた。
 カステラと桜餅を並べ、ローズティーを添えて。
 簡単なテーブルに、簡易な立食パーティの用意がされている。
「さ、食べな」
 将太郎がノワールをテーブルへと押し出した。
「………」
「ノワール、おいしいわよ」
 紫音がカステラを一欠けらかじって、ようやくノワールもローズティーに手を出す。
「ねえ、綺麗な薔薇庭園だねっ! さすがノワールちゃんたちがお世話してるだけあるよ」
 エルナが近くの薔薇を指しながら明るくノワールに言う。
「ええと、薔薇って育てるの大変? 黒薔薇はここにはないんだね」
「黒薔薇は人工的に作り出さなきゃないんだよ」
 悠輔が以前小さなお茶会をしたときに、紫音に聞いた話をする。
「あっ、そうなんだ? じゃあどこか別のお庭にあるのかなっ。エラトが黒薔薇の周りを飛びたいって言ってるんだけど」
 あの赤い蝶、エラトって言うの――とノワールに紹介すると、
「……綺麗な蝶ですね」
 抑揚のない、けれど確かな反応が返ってきた。
 薔薇園の周りをエラトが飛び回る。昼下がりの日光が薔薇を照らし出した。
 しばらく、あたりさわりのない会話が進められた。
 ふと、エルナがつぶやいた。
「力は……他人を踏みにじるために使っちゃいけないよ。あたしが言っても、説得力ないと思うけど」
 しんと場が静まる。
「訊いておきたいのじゃがな、ノワール」
 蛍華が口を開いた。「おぬし、あの馬鹿親子に対して怒っておるのか?」
「………」
「話は辰一から聞いたよ。紫鶴ちゃんの親戚がノワールちゃんの大切な薔薇を散らしちまったんだってな」
 将太郎が横から口を出した。
「ノワールちゃんは紫鶴ちゃんのこと、どう思ってるんだ?」
「―――」
 ノワールが無言になる。紫音が将太郎の前に出た。
「ごめんなさいね、この子人づきあいが苦手で――」
「教えて欲しい、ノワールちゃん」
 将太郎は聞かなかった。
「お前さんにとっても、初めての友達じゃないのか? 大事な薔薇を散らされたのは、紫鶴ちゃんのせいじゃないってことは分かってるだろ?」
「………」
「紫鶴に怒っておるのか? 親戚を抑えることができなかったから?」
 蛍華が訊く。
 ノワールはひたすら無言だった。
「……へえ」
 初めて――
 Fが口を開いた。
「そういういきさつだったのか」
 ごくごくと遠慮なくローズティーを飲みながら、少年はつぶやく。
「しかしよぉ、こういうヤツは無理に近づこうとガツガツした所でろくなことがねえ。少なくとも俺がそうされたら嫌だ」
「Fさん……」
 夜闇が悲しそうな顔をした。
「……なるほど。別の方法を取れ……と?」
 辰一があごに手を当ててうなった。
 それでも――、
「言えることはこれだけしかないんです……Fくん」
 辰一はFに言った。
 そしてノワールに向き直った。
「ノワールさん……僕も紫鶴さんの代わりにお詫びに来たんです。紫鶴さんはあれ以来ふさぎこんでいるんだ。ノワールさんの連絡がないことを不安がっている」
「いや」
 悠輔がようやく口を開いた。「不安がってるばかりじゃない。あの子はあの子でちゃんと……護れるものは護れるようになろうと努力してる。今も」
 あのときのことが原因で――と。
「それでも……あの後、紫鶴さんが泣いたことは間違いがない」
「うちの姫は、あれでも滅多なことでは泣かないんですよ。親戚に鍛えられていますから」
 竜矢が肩をすくめた。
「それでも……姫が泣いたのは、俺でさえ久しぶりに見ました」
「それだけ紫鶴様はノワール様のことがお好きなのです」
 撫子が心配そうに言った。
「そうだよ。紫鶴ちゃん……ノワールちゃんと友達になろうって一生懸命だったもん」
 エラトを手元に戻しながら、エルナが言葉をつないだ。
「あのときの薔薇みたいに――」
 辰一は遠く、何かを思い出すような目で言う。
「……今の紫鶴さんは元気がない。ノワールさんが薔薇を大事にしてるように、紫鶴さんはノワールさんのことが護りたいくらい好きで、キミと仲良くなろうと必死で努力していたんだ」
「そうだ、護りたいんだ」
 悠輔は熱心にノワールの目を見つめる。「紫鶴さんはノワールさんを護りたいんだ。友達……だから」
「―――」
 ノワールは目をそらす。
 Fがせせら笑った。
「だからよ、言っても無駄だよ。……どうせ言われなくても分かってることなんだからよ」
 ノワールはゆっくり顔をめぐらせて、Fを見た。
 Fはノワールの髪に挿されている黒薔薇を見て、
「その黒薔薇なんだ」
 と遠慮なく訊いた。
「これは……」
「ノワールのおしゃれですわ」
 紫音が横から割り込んだ。まるで答えるのを許さないかのように。
「ふん。うさんくささ百倍。まあいいけどな」
 Fはローズティーの何杯目かのおかわりをし、それをぐいと一気に飲み干してから、
「――言われなくても分かってる。分かってても行動しねえ。こいつはそういうヤツだろ」
「の――ノワールちゃんは、薔薇の世話があるからっ」
 エルナがノワールを弁護しようと声をあげた。
「薔薇の世話ってのは二十四時間張り付いてなきゃいけねえのか?」
 Fはふんと鼻を鳴らす。
 ノワールの、Fを見る目つきが心なしか険しかった。
「行動しないということは……やはり紫鶴が嫌いなのか? おぬし」
 蛍華が再度尋ねる。
「ノワールが紫鶴を嫌いなんてことはないわ」
 ノワールではなく、紫音が声を強くして言った。
「訊いているのはあんたの意見じゃなくてノワールの意見なんじゃがな。……とりあえず、もし紫鶴に対して怒っておるなら許してもらう方法を教えてもらおうかの」
 蛍華はローズティーを口にして、不満そうな顔をした。お酒じゃないので物足りないのである。
「もしあの馬鹿親子に怒っているだけなら、あの馬鹿親子を徹底的につぶしてやるが。何なら土下座でもしてやる、答えろノワール」
「え」
 竜矢が驚いたような声を出した。
 なんじゃ、とじろりと蛍華が竜矢を見る。
「あなたの口から土下座するなんていう言葉が出るとは……」
「ふん。蛍華にも不思議じゃ。……まったく、つくづくあの娘には弱いの、蛍華は」
「あたし、あたしはねっ」
 エルナがエラトを皆の間にひらひら飛ばしながら手をあげた。
「紫鶴ちゃんとノワールちゃんが多くの人とかかわりを持つこと、大切だと思うの。自分を肯定してくれる人の言葉にしか耳を傾けなくなっちゃったら……内側に閉じこもって、孤立していっちゃうと思う。一見の印象だけど、この間乱入してきた女の子はそうかなって気がするよ」
「紅華様のことですか」
 竜矢が補足した。それは蛍華の言うところの馬鹿親子の片割れたる娘、紫鶴の従姉の名だ。
「紅華さんは紅華さんで、色々と思うところがあるみたいだけれどな」
 紅華と縁のある悠輔が言った。「彼女はうらやましいのかもしれない。紫鶴さんが……」
「そうですわね。紅華様も寂しい方ですわ」
 一度紅華をいさめたことのある撫子が神妙な顔つきになった。
「ノワール様。すぐに答えていただく必要はないのです。ゆっくりとでよいですから、答えを見つけて欲しいと思います。……お嫌でなければまた紫鶴様の別荘にお越しください。紫鶴様も安心なされますから」
「……私は」
 ノワールは何かを言いかけて言葉を止めた。
「答えなんざとっくに出てるんだろうよ」
 Fが子供らしくない言葉を吐く。
「だがこいつにゃこいつのやり方があるんだろうよ」
「やり方……」
「紫音さん、あんたはどうなんだ?」
 将太郎が紫音に言葉を向けた。「保護者ならノワールちゃんのこと理解してるだろ。二人がどうしたら仲直りできるか、俺たちと一緒に考えてくれないか。頼む!」
「仲直りっていうか、ケンカなのかどうかも分かんねえけど」
 紅珠が首をひねりながら、「このまま距離があるのはもったいねえな」
「ああ、そのとおりだ。……あんな形で二人が会えなくなるのは悲しい」
 悠輔がぐっと拳を握った。
「……邪魔の入らない形でもう一度……紫鶴さんは、ノワールさんに謝りたいと思っている。だから、紫鶴さんに謝る機会を与えてくれないだろうか?」
「……紫鶴が」
 ノワールがつぶやいた。その名を。
 そのノワールの傍に、皆のまわりをひらひらと舞っていたエラトが飛んでいく。
「ほら……」
 エルナが微笑んだ。「多分……エラトもノワールちゃんと友達になりたいんじゃないかな」
「………」
 ノワールはそっと赤い蝶に指を伸ばした。
 その指先に、エラトは止まった。
 一瞬、ノワールの目つきが和らいだのを――皆が見た。
 夜闇がダンボールを引きずりながら、撫子の傍へ行った。
「撫子……さん。たしか……この間散らされた黒薔薇……お持ちじゃなかったですかぁ?」
「え? ええ、保管してありますわ」
「よろしければ私に下さいですぅ」
「ええ? でも……」
「……埋葬してあげたいのです。ノワールさんの育てたこの薔薇仲間たちのところへ……」
「………」
 撫子は目元を和らげた。
「分かりましたわ」
 神力で保管していた黒薔薇の花びらを空中から取り出し、夜闇の小さな手に渡す。
 夜闇は黒薔薇の人形を作り出した。そしてその中に、撫子から預かった黒薔薇を溶け込ませた。
 そのまま夜闇はダンボールを脱いで――
 薔薇園に近づいた。
 花壇の隅のレンガにのぼり。
「何をするの? 夜闇」
 紫音が訊いてくる。
「埋葬するのです……」
 夜闇は小さく答えて――黒薔薇人形を、くるくると回した。花びらが散るように。
 ひら ひら
 一枚一枚がかすかな風に乗り、他の薔薇たちの元へ飛んでいく。
 夜闇はすべての黒薔薇の花びらを、他の薔薇たちに憑依させていった。
 ひら ひら ひら……
 ノワールが、呆然とそのさまを見ていた。
 夜闇は花壇のレンガからおり、
「散った黒薔薇……もう少しノワールさんを飾っていたかったに違いないのです……そう思ったら、少し悲しかったので、せめて……」
「……夜闇」
 ノワールが彼女の名を呼んだ。
 夜闇がびくっと震えて、ノワールを振り返る。
 ノワールの目は――
 不思議そうな、ありがたそうな、なんとも言いがたい光を帯びて夜闇を見つめていた。
 夜闇はえへへと肩を縮めながら笑った。
「命は永遠に廻るもの……また、綺麗に咲けるといいのです……」
 撫子が微笑んで夜闇のダンボール箱を夜闇のところまで持ってくる。
 そして夜闇がダンボールに手をのばそうとしたそのときに、そっと夜闇の髪を撫でた。
「素敵ですわ……夜闇様」
「ああああのっ。ダンボール……」
「はい」
 くすくす笑いが起こった。穏やかな笑い。
 夜闇は恥ずかしそうに小さくなりながら、ダンボール箱の中におさまった。
「ノワール」
 紫音が、穏やかな声で名を呼びながら、金髪の少女の肩に手を置く。
 ノワールは無言のまま、誰かと視線が合いそうになるとさっと目をそらす。しかし――その頬が染まっていることは、隠せなかった。
「あ、あのさ」
 紅珠が手をあげた。
「紫鶴は上がり症っぽいし、ノワールも口下手っぽいし、ゆっくり答えだすなら文通とかどうかな?」
「文通……?」
 ノワールが紅珠を見る。
「そうだよ。手紙ならゆっくり考えながら言葉出せるじゃん? 返事もゆっくりでいいし、何度も読み返せるし、紫鶴が屋敷から出られないことも邪魔にならねえし、色んなレターセット楽しめるし……アレに邪魔されることもないし」
 ひそかに紫鶴の親戚親子に怒りを燃やしている紅珠は、親戚親子を「アレ」と呼んだ。
「メール流行の今だけどさ、手で書いた字のほうが近い気がすんじゃん? ゆっくり近づいていけるっつーか。どうだろ?」
「それは名案ですね」
 辰一が手を打った。
「いい案ですわ」
 撫子が、空になったティーカップにローズティーを注ぎながら同意する。
「そうだな、ゆっくり考えるのに、それもいいかもしれない」
 悠輔があごに手をやって、うんとうなずいた。
「いい考えだすじゃねえか、お嬢ちゃん!」
 将太郎が紅珠の頭をぐりぐりなでて――「触んな髪型崩れる!」と蹴飛ばされた。
「なるほどな。蛍華には考えつかぬことだったわ」
 蛍華はハイペースでお茶を飲みながら桜餅をつまむ。
「ふん。手紙で『あんたなんか嫌い』と書かれなきゃいいけどな」
 Fが憎まれ口を叩いた。
 一瞬場が固まった。
 しかし、
「それはありえないと――キミは思ってるんだろう、F」
 竜矢がFの頭をかいぐりなでる。
「わ、やめろ竜矢!」
 ――やはりFは竜矢を知っているかのように話す。
 が、今はそれを気にしているときではなかった。
「怒っているなら手紙にそう書くか? それはダメージ倍増じゃ。蛍華から頼む。それはやめてくれ」
 ノワールに向かって、蛍華が真剣な顔をした。
 ふわりと――、紫音が微笑んだ。
「それはありえませんわ。ねえノワール」
「………」
「ノワール、お手紙に挑戦してみましょう。それならあなたもさしあたり屋敷を出なくて済むわ――」
「屋敷を出ちゃいけない理由があるんですか?」
 辰一が尋ねた。
 紫音は困ったように微笑んだだけだった。
「じゃあ手紙は俺が郵便屋のごとく受け渡しに来ますよ」
 と竜矢が言った。
「よっし、文通決まり! あとはゆっくり二人が話し合っていけばいいことだ……!」
 将太郎がぱんと手を打ち鳴らす。
 そこからは、ただのお茶会となった。

     **********

「紫音様、次回もお茶会いかがでしょう? 今度はわたくしがお茶をお持ちしますわ」
 撫子が紫音に話を持ちかけている。
 お茶会もお開きとなり、全員が帰る準備を始めていた。
 ノワールは――
 小さく頭を下げて、そのまま館の中へと戻っていってしまった。
「ごめんなさいね、薔薇の世話の途中だったものだから――ああ、次のお茶会も歓迎よ」
 紫音は笑顔で撫子の案に乗る。
 そして帰り際――
 すでに陽が落ちかけている時間帯、長いお茶会の後で。
 エルナがそっと竜矢に近づいてきて言った。
「あたしは……あたしにできる方法で、紫鶴ちゃんやノワールちゃんの力になるよ。……『和』を大切にする方向でね」
「………」
 竜矢は黙って微笑んだ。
 横顔が、夕陽に照らされて赤く染まる。

 振り返った前庭の薔薇庭園――
 黒薔薇たちが埋葬されたその場所。

 夕陽を浴びて、いっそう不思議な色に色づいた薔薇たちが、かすかに吹いた風に揺れて、まるでさよならを言っているようだった。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者】
【1522/門屋・将太郎/男/28歳/臨床心理士】
【2029/空木崎・辰一/男性/28歳/溜息坂神社宮司】
【4958/浅海・紅珠/女性/12歳/小学生/海の魔女見習】
【5655/伊吹・夜闇/女性/467歳/闇の子】
【5795/エルナ・バウムガルト/女性/405歳/デストロイヤー】
【5799/F・―/男性/5歳/???】
【5973/阿佐人・悠輔/男性/17歳/高校生】
【6036/蒼雪・蛍華/女性/200歳/仙具・何でも屋(怪奇事件系)】

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■         ライター通信          ■
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空木崎辰一様
こんにちは、笠城夢斗です。
いつもありがとうございます!今回も一生懸命紫鶴を助けてくれようとしてくださって嬉しかったです。
またよろしければ次回、お会いできますよう……