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■記憶の欠片、輝きの源■ |
笠城夢斗 |
【2447】【ティナ】【無職】 |
「またお客さんか……」
友人がつれてきた他人の姿を見て、少年は大仰にため息をついた。
「次から次へと。いい加減にしてよ、ルガート」
地下室で、ごちゃごちゃとしたがらくたにうずもれるようにしてそこにいた少年が、冷めた目つきで友人を見る。
ルガートは本来愛想のいいその表情を、むっつりとさせた。
「これは俺のせいじゃねえよ。お前の評判が広がっちまってんだ」
「だったら君が追い返してくれればいいのに」
人がいいんだから、とあからさまに嫌そうに少年は椅子――らしき物体――から立ち上がる。
ちらりとこちらを見て、
「あなたも物好きのひとりなんですね」
どこかバカにしたように言いながら、十五歳ほどの少年は足場の悪い床を事もなげに歩いて、こちらの目の前に立った。
初めて、まともに視線が合った。
――吸い込まれそうなほど美しい、黒水晶の瞳。
「何を考えてるのか知らないですけど。俺の仕事がどんなものかは、ちゃんと分かってますね?」
淡々とした声音は、却って真剣に問われていることに気づくのに充分で。
大きくうなずき返す。
少年――フィグという名の彼は、困ったように苦笑した。
「分かりました。ならやらせて頂きましょう――あなたの記憶を、のぞきます」
何でもいい、あなたが思い出したいことを。
「何が出来上がるかは保証できかねますので、あらかじめご了承を」
フィグはわざとらしくそう言い、それからいたずらっぽく微笑んだ。
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■□■□■ライターより■□■□■
完全個別シナリオです。
「過去」のシチュエーションノベルだと考えて頂ければいいかと。
記憶は「フィグに覗かれる」だけで、消えるわけではありません。
最終的にその「記憶」から何が完成するかは「指定可能」ですが、お楽しみにもできます。形あるものとは限りません。フィグの判断次第では、キャラクターの手に渡されずに終わることもあるかもしれません。
どうしても受け取りたい場合は、そう明記なさってください。
また、出来上がったものは「アイテム」扱いにはなりませんのでご注意を。
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記憶の欠片、光の源
『クオレ細工師』と呼ばれる少年がいる。
街はずれの『倉庫』の地下室にひっそりと――
何でも彼は、人の記憶を覗き、そこから何かを作り出すのを得意としているらしい。
――けれどそんなことはティナの知ったことではなかった。
人間は信用できない。
そのことのほうが、先にあったから。
**********
「あ、かわいい!」
とある建物の前を横切ろうとしたとき、ティナにそんな声をかけた少年がいた。
少し癖のある茶髪。そばかすがいかにも人懐っこそうな雰囲気をかもしだしていた。
「ねえねえ、君は獣人?」
何の遠慮もなく訊いてくる少年に――
ティナは威嚇の姿勢を取った。四足で歩いていた彼女は、頭を下げ、お尻をあげるようにして。
ティナは、少年の言う通り獣人だ。狐が入っている。爪を立ててきっと鋭いまなざしで少年をねめつけると、少年は「わっ」と驚いたように一歩ひいた。
「あれ、ごめん。怒らせた?」
「……そりゃあ怒るだろう、ルガート……」
その場にもうひとり――
ふと、気配を現した少年がいた。
ティナはますます警戒した。黒い髪の、先の少年より歳若く見える新たな少年は、ティナが今までに見たこともないような不思議な雰囲気を身にまとっていたから。
彼らは、両手に紙袋を抱えていた。
その中に食料が入っているのは、匂いで分かった。
黒い髪の少年の――
不思議なほど綺麗な黒い瞳が、ティナを捕らえた。
「すみません。こいつは悪気はないんです。まあ適当に引っかく程度で許してやってください」
――……
「おい、引っかくのあり!?」
「当たり前だ、あれだけ失礼な声のかけかたをしてからに」
「え、そんなに駄目だった、俺!?」
ルガートと呼ばれた茶髪の少年は、嘆くように天を仰いだ。
「………」
ティナは警戒を解かずに少年たちをにらみつける。
――こんな街はずれ、人気のない場所でこんなに簡単に人とはちあわせるとは思わなかった。軽い散歩のつもりだったのだけれど、うかつだった。
黒髪の少年がふとティナをみやって――
紙袋の中から、ひとつの果物を取り出した。
そしてそれを、ティナに投げやった。
「――お詫びです」
慌ててそれをキャッチしたティナに、少年はそう言った。
ふわりと、優しい笑顔を作って――
「引っかかれなくてよかったな」
「そんなに引っかかれなきゃいけないのか俺!?」
「引っかかれたほうが面白かったのにな」
「お前それ自分の趣味だろ!?」
少年たちはガヤガヤ話しながら建物の中に入っていこうとする。
「――待って!」
ティナは思わず呼び止めた。
少年たちが足を止める。
振り向いた。――ティナは慎重に慎重に、少年たちを観察するように見た。
「……お前たち、誰だ?」
「あれ、興味持ってもらえたぞ?」
俺の勝ち! と訳の分からないことをルガートが言っている。
その頭をガンと殴ってから、
「俺たちはただの街人。気にしなくていいですよ」
と黒髪の少年は言った。
「普通の人間に思えない……!」
ティナは押し殺した声で言う。
ルガートが、にやにやして隣に立つ少年に言った。
「ほら、お前だお前。お前はやっぱり普通の人間には見てもらえないんだな」
ガンッ
「……こういう失礼なヤツは置いといて」
黒髪の少年は、ルガートを再び殴った拳から力を抜いて、
「そんなに俺は普通に見えないですか?」
ティナに訊いてきた。
ティナはうなずいた。――野生の勘が言っている。この少年は、ただ者ではない。
黒髪の少年はため息をついた。
「でもまあ、俺が普通の人間じゃないからってあなたが気にすることじゃないでしょう。気にしないでください」
「気になる」
自分でも分からないうちに即答していた。
ルガートがにやついている。隣に立つ少年を指差して、
「こいつね、人の記憶が覗けるんだよ」
「………?」
「そんでクオレっていうの作り出して、細工するのが仕事」
「お前、人が気にしてることをどうしてそうナチュラルに言えるんだ?」
「ナチュラルだから良いだろ。ていうかお前も働け、この居候」
「………」
黒髪の少年が大きくため息をつく。
そして、ティナに向き直った。
「俺はフィグ。『クオレ細工師』ってちまたでは呼ばれてる」
「くおれ……?」
「早い話が人の記憶を見て、その記憶から何かを作り出すんです」
「人のキオク……」
今回は仕事にはならないけれど――とフィグと名乗った少年は言った。
「やってみますか? 何ができるか保証できませんけどね」
何が何だか分からないけれど――
強く心惹かれて、ティナは思わずうなずいた。
『倉庫』と呼ばれる建物。
その地下室は、ひどく散らかり放題な汚い部屋だった。
しかしティナはかぎとった。――部屋の一部に、何だかとても……とても不思議な気配がする箇所がある。
「ああ、そこのことか」
フィグはすべてを見透かしたように、まさにティナが視線を向けていたその場所を指差した。
「そこは、人のクオレを作って……それをお客さんに渡さなかったときに、出来上がったものを保存してる場所」
「………?」
「別に理解できなくてもいいですよ」
座ってください、とフィグは言った。
ティナはちょこんとその場に座った。
ルガートが椅子を持ってこようとしてやめた。ティナの座り方が、いかにもそれが一番楽そうな座り方だったためだ。
フィグはじっとティナを見つめた。不思議な黒水晶の瞳で――
「―――」
ティナは捕らわれて動けなくなった。そんなティナに、
こつん、と額と額をぶつけて。
「……あなたの思い出したいことを。あなたの思うがままに」
「なに、言ってる?」
「要するに、何も考えないでってこと」
「何も……」
「さあ、今から行こう。記憶の旅へ――」
瞬間、
浮遊感があった。落ちていくような――
底へ。意識の……底へ。
**********
人里離れた場所でひっそり暮らしていたところを、
人間にさらわれ、
無理やり見世物にされ、
逃げ出してもまた人間につかまり、
いじめられ、蔑まれて――
人間不信に陥った。
けれど、そんなティナにも――
あたたかい記憶はある――
++++++++++
不可解な人間がいた。
警戒心を解かないティナに対して、それでもめげずに何度も食料をくれて。
暖かくティナを包み込もうとしてくれた人間がいた。
ティナも、最後にはその人間との生活を暖かく感じるようになっていたけれど――
最後には、自分から彼の元を去ってしまったけれど――
不可解な人間がいた。
今なら思える。自分は彼が大好きだったと。
彼との思い出は大切で大切で、仕方のないものだと……
++++++++++
樹の精霊と過ごした一日があった。
ある森の青年に頼まれて、精霊を体に宿し、森の外へ出たときのこと――
樹、そのものに自分の体の中に枝葉を伸ばすように忍び込んでいた精霊の気配。
嫌じゃなかった。
ただ草原を走るだけで、風を切るだけで喜んでくれた精霊――
精霊を宿したまま、海に飛び込んだ。
魚を捕った。そうしたら、精霊が悲しそうな声で、食べるときは死なせなくてはいけないと言った。
そんな精霊がかわいそうで、ティナは一生懸命説明した。その分、おいしく食べてあげるのだと。
精霊は微笑んだ。微笑んだ――ような気がした。
本当は体の中にいるから、顔など見えなかったのだけれど。
樹の精霊を宿したまま木々に登って、木の実や果物を採って。
そして、たくさん食べた。
精霊が食べることが好きだと言ったから、たくさん食べた。
――誰かと一緒に物を食べるなんて、あの不可解な人間以来で。
誰かと一緒に物を食べていても警戒しなくていいのも、あの不可解な人間以来で。
おいしかった。
いつも食べているものが、とてもおいしく感じた。
食事の楽しさを、思い出させてくれた。
そして――
精霊は言った。『苦しいことを思い出させたのではないか』と。
ティナは首を振った。
精霊は言った。『あなたの心は暖かい』と。
ティナは――顔を上向かせた。
こぼれてくる何かを、こぼさないように……
樹の精霊と分離して、精霊の本体の樹の幹に抱きついて。
ずっとこうしていられればと思った。
幹から感じる鼓動。脈動。
ずっとこうして感じていられればと思った。
不可解な人間と、優しい精霊と。
なんて――
心地よい記憶だったのだろう。
大切で大切で。
捨てたくない、捨てられない思い出……
**********
――もう、いいですよ。
言われて、ティナはそっと目を開けた。
「どんな気分でした?」
目の前でフィグが、その黒い瞳をいたずらっぽく笑ませている。
「……幸せ」
ティナはつぶやいた。
思い出したことはすべて、心地よい記憶ばかりだった。なんて自分には暖かい記憶が多かったのだろうと。
「幸せ」
ティナは繰り返す。
フィグが微笑んだ。
そして、片手を差し出してきた。
握りこぶしにされたその手からは、光がこぼれている。
そっと開かれたその掌――
光あふれる野の花が、あった。
「これが、『クオレ』……あなたの記憶から取り出したものです」
「くおれ……」
ティナはそっと手を伸ばす。
この花。覚えている。不可解な人間の元を離れるとき、詫び代わりにドアに置いてきた――
それにもうひとつ。
――樹の精霊を身に宿したまま、駆け巡った草原に咲いていた花。
ふいに涙が、こぼれた。
「これを加工するのが俺の仕事……」
フィグが優しい声で言う。
「こんなに光輝いてる花です。……幸せな記憶からできただけありますね」
「光、輝く……」
――こぼれる光。
涙でかすんだ視界の中、ますます鮮やかに見えた。
どうして? どうしてそんなに輝いている?
答えはひとつきり――
「幸せ……ティナ、幸せ……」
すん、と鼻をすすって。ティナはうなずく。
「その花、欲しい」
「分かりました。このままじゃ手に持って歩かなきゃいけない……大変そうだから身につけられるようにしますよ」
「ん」
数日間待ってください――と少年は言った。
数日間も待てないと思った。けれどティナは、おとなしく従った。
三日後――
約束の時間にティナがいそいそと『倉庫』へ行くと、ルガートが待っていた。
「おっ! できてるよ、ほら中にどうぞ!」
『倉庫』の地下は相変わらず散らかり放題――
その中央で、すうすう寝ている黒髪の少年がいた。
「あ、また寝てやがる。ごめんな――ここんとこ徹夜続きだったらしいから」
起きろ! とルガートはフィグの後ろ襟を引っ張る。
ぐえ、とフィグは苦しそうにうめいた。
そして目をしぱしぱさせて、
「ああ……いらっしゃい」
ティナを見て言った。
フィグはのっそり起き上がり、ぽりぽり首筋をかきながらあの不思議な気配のする場所へと行く。
その場所は――棚だった。
フィグは棚から、ひとつの瓶を取り出した。そのコルク栓をはずし、中身を取り出す。
ティナの前に、腰につけられそうな加工をされた光輝く花が現れた。
「作りなおしはききませんから精一杯作らさせて頂きました。もし作りなおしたければ、記憶覗きから再度しなきゃなりませんが」
フィグが言う。
ティナは首を振った。
「それで、いい」
そして腰にそれを取り付けて、手でもてあそんでみる。
細かい細工のされた鎖がついていて、しゃらしゃらと綺麗な音がする。
「代金は特別無料で。とりあえず、このアホの失礼な言動を許してやってくれれば」
「え、俺のアレまだ有効!?」
「当然だアホ」
「だってさだってさ」
ルガートとフィグの言い合いが始まる。
ティナはくすっと笑った。
それに気づいて、フィグが微笑んだ。
「こんな仕事してると嫌なことのほうが多いんだけど――」
と少年はつぶやいた。
「――たまに笑ってもらえるなら、いいんだ」
「………」
ティナは囁く。
ありがとう、と。
フィグの顔がほころんだ。
ああ――
ティナは思う。
これでまたひとつ、大切な思い出が増えたのかもしれない。
それからティナは、お礼に持ってきた木の実をフィグに渡し。
ひとりで『倉庫』を出た。
腰でしゃらりと音がする。こんなにも心地いい音。
大切な記憶の塊――
光る花はその場所で、永遠に消えない光を放ち続けていた。
―Fin―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2447/ティナ/女/16歳/無職】
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■ ライター通信 ■
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ティナ様
お久しぶりです、笠城夢斗です。
このたびはゲームノベルへのご参加、ありがとうございました!
完成したものが何にするか迷いましたが、こんな感じになりました。ティナさんには花が似合うかな、と思いまして。いかがだったでしょうか。
書かせていただけて嬉しかったです。またお会いできますよう……
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